日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

10月≪ 2019年11月 ≫12月

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

行きて帰りし走行記録 PBP2019走行編 Part.4

 帰国後、初めて会う役員(以前の東京勤務時代の直属の上司)に、「お前、なんか萎んでないか?」と、変なことを聞かれました(^^;)。

 「あ〜、お盆ごろに、ちょっと海外を走ってきましたから……」の一言で、「深く触れてはならぬ」ことと察したようですが、確かに帰国後、「痩せたよね?」と言われることが多いですね。
 よく言われるのが、特に「肩幅が明らかに狭い」ということですが……。

 ヒトの体って、脱水でしぼむと、肩幅が狭くなるんでしょうか?
 (んなわけないと思うけど……)

 ちなみに、PBP出発前、体重は68kgくらいありましたが、帰国後、測ってみたら、一旦は66.7kgまで落ちていました。
 が、さすがに一週間経った今、出国前と同じレベルに戻っているのですが……見かけは戻ってないみたいですね……。

 貧相になっていなければ良いのですが(^^;)。

 では本題です。
 PBP2019走行編、Part.4をお送りします。

 前回で、ルデアックの仮眠を経て、折り返し地点のブレストに到着しました。
 2015年の初挑戦の時には、到達することさえできなかった場所に、時間内到達です。

 当然、このまま復路も走るつもり満々でした。
 普通の1,200kmブルベなら、走行距離が600kmを越えたこの段階は、時間制限が緩和され、走れば走るほど貯金が順調に溜まっていくボーナスタイムになっています。

 このボーナスを生かし、復路はどんどん楽になっていくだろう、と、当初は皮算用でそんなことを考えていたのですが……。

 さて、そんな風に楽勝モードで走ることができたのか、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.Brest ~ Carhaix-Plouguer
 ブレストのPCは、駐輪場を中心として、主要施設の配置が結構バラバラだったので、効率よく動くことを考えないと、ズルズルと時間を浪費してしまいそうでした。

 ……という事に気付いたのは、このレポートの執筆段階(^^;)。
 何でいちいち、バイクの所に戻って、次の場所に行って、を繰り返していたのかなあ、と思って、衛星写真でブレストのコントロール周辺を見てみたら、コントロール、トイレ、メカニックサービス、レストランがバラバラの場所に置かれており、一本の動線で繋げなかったのだという……。

 とにかく、到着後、コントロールでチェックを終わらせた後は、施設の一番奥にあるメカニックサービスでブレーキの具合を見てもらいました。

 「エクスキューズ・ミー」

 と言ってメカニックサービス前に車体を引っ張っていったら、声をかけた相手の方が日本人だったという、4年前と同じ失敗をここでもやらかしたのでした(^^;)。

 なお、ここでメカニックサービスにかかっていた日本人の方は、スポーク切れトラブルがあったものの、完組ホイールだったので修理できず、前輪のみですが、ホイール購入になったのだとか……。
 道半ばまで来て諦められないし、この程度の出費なら、とのことでしたが……しかしまあ、私も同じ状況なら、同じことをやるでしょうね。

 なお、私のブレーキトラブルですが……。
 レバーを握れば、ほぼ同時にアームが動くので、ワイヤーは切れてはいない様子だ、とのこと。
 効きが急に悪くなったのは、振動でワイヤー固定ネジが甘くなり、固定が滑ったのだろう、との判断で、とりあえずワイヤーの張りを調節して、問題ない状態にしてもらえました。

 工賃を払おうとしましたが、「この程度、なんでもない」と受け取っていただけなかったので……。
 お礼まで、同じ場所にあった物販(お店はメカニックサービスと同一らしかった)で、後半のナイトライドを想定してカフェイン入りのエネルギージェルを2, 3個、購入しました。

 その後、駐輪場にバイクを置いて、トイレで用足しついでに、ペダリングの動きで擦り切れた尻にハイドロコロイド型絆創膏を貼り、レストランで補給もして……と、PC内を行ったり来たりしているうちに、結構、時間を浪費してしまったようです。

 ちなみに、ブレストのPCでは、時間ギリギリに飛び込んできたぜっとさん、momさんと再会。
 レストランでは同席させていただきつつ、補給を取りましたが……話の中で、次のPC、カレ・プルゲールへの帰還を考えると、実はあまりのんびりしていられない状況であることが判明。
 ちょっと急ごう、と駐輪場に戻ったところで、こーへーさんがちょうど、出発するところでした。

 私も、車体の具合を改めてチェックした後、復路の走行を開始します。
 調整してもらったブレーキは好調で、今度は後輪の方が少々、頼りないか、というくらい、よく効くようになっていました。

 ブレストからカレ・プルゲールへの帰還路は、最高標高地点周辺は同一ですが、ブレスト市街地からの離脱と、カレ・プルゲールへのアプローチルートがそれぞれ異なっています。


19081899.jpg
これから見るサインボード、
色はオレンジ、行先はParis。
前回は全く辿れなかった方向だ。


 ブレストからの復路は南の海岸線には向かわず、北東の陸路を経由して、コース最高地点であるテレビ塔のある山へと向かいます。
 往路、ブレスト到着直前の高速道路沿いの地域のような、極端なアップダウンはありませんが、それなりの頻度でガンガン登りが出てくるので、そろそろ疲労が激しくなってきた体にはきついです。

 そして……私の体には、新たな問題が出てきました。

 ここにきて、疲労蓄積の影響が出たのか、昼間なのに「睡魔」がかなり強めに出ています。
 復路の夜、睡魔が出るであろうことを想定し、ブレストのメカニックサービスでカフェイン入りのエナジージェルを購入してあったので、補給として試してみましたが、あまり効き目がない様子です。

 ケイデンスを80以上に保ち、心拍を強制的に上昇させることも併せて考えて実施してみましたが、緩やかな登り坂が多い区間であるため、どうしてもケイデンスは落ち気味になり、あまり有効な対策にはなりません。
 ちょっとまずいな、どこかで気分転換ができれば、と思いますが、延々アップダウンが続く郊外の道路。
 私設エイドも周囲には見当たりません。

 かなり睡魔の侵攻が酷くなってきて、登坂が本当につらくなってきました。
 車体をフラフラさせずにまっすぐ走るのがやっとです。

 とある長目の登坂中、右手から細い道が合流するところに、日陰の草地が広がっていました。
 少し、腰を落ち着けるか……と思って停車、標識に自転車を立てかけて、地面に腰を下ろしてみたら……。
 そのまま、クラクラと風景が回るように感じたので、ヘルメットを枕に、その場に横になります。
 ついに私も、PBP名物「行き倒れ」の仲間になりました。

 夜はとても寒くて、道端に転がってもとても休憩した気分にはなれませんが、昼間は日陰の地面の冷たい感じが心地よいです……。

 そして10~15分ほど、そのまま行き倒れていたようです。
 その間、何人か、同じように行き倒れたり、少し座って休憩して出ていく気配がありました。

 また、後にPC等で会った複数の日本人参加者から、「途中で倒れてたね」と指摘されたので、実は結構、沢山の方に目撃されてしまっていたようでした(^^;)。
 (坂の途中で速度が落ちている場所だし、日本反射ベストだったし、目立っただろうなあ ^^;)

 まだ頭がぼんやりしている気分でしたが、少し気分が上向いたのでコースに戻ります。

 相変わらずのアップダウンするコースを、多くの参加者に混じって、時に多数を追い越し、時に集団に追い越されつつ進みますが……ううむ、やはりどうにも睡魔が残っている……。

 PBP参加者を迎えてお祭り騒ぎになっている町に差し掛かったので、ちょっと補給しようか、と、街角のバーに向かいます。
 壁のメニュー表を見て、「エスプレッソ・グロンデ(エスプレッソの大カップ)」をオーダーしました。

 普通のコーヒーカップに、並々と注がれたエスプレッソコーヒーは、眠気を一気に吹き飛ばしてくれそうです。

 「砂糖は?」
 「二つ(デュ、とVサインを出しながら)」
 「OK」

 普段はクリームのみで飲むことが多いのですが、エネルギー源となるものは採っておきたい。
 砂糖をコロコロと受け皿に置かれるのを見ながら、ブルベカードホルダとして使用している、100均販売のA5サイズのチャック付ポリケースからゴソゴソとコインを取り出し、ちょうどの金額をカウンターにチャラっと出します。

 「パーフェクト」
 (Parfait、かもしれない。発音は、無理にカタカナにすると、パッフェッ)

 ちょうどの金額で会計すると、大体の場所でそういって受け取ってもらえるのですよね。
 日本語では、「ちょうど頂きます」程度の言葉なのかもしれませんが、「完璧です!」と言われているようで、ちょっと嬉しくなってしまうので、今回の渡仏中は、紙幣よりコインを優先して使うようになっていたのでした。


190818a0.jpg
エスプレッソ・グロンデ。
普通のサイズのカップに、
エスプレッソが注がれている。


 そして、このエスプレッソは、めちゃくちゃパンチが効いていました(笑)。
 日本のエスプレッソより苦くないか、これ(^^;)。
 一発で眠気が吹っ飛んで、意識がシャキッとしました。

 そういえば、しばらくずっと麦茶と水ばかりで、カフェインはさっき補給したジェルくらいでしか採ってなかった気がするぞ。
 軽いカフェイン断ちになっていたのかも……。

 とにかく、あまり時間はないですが、休むときは休むぞ、とじっくり構えていると、宮城ジャージの肩に入った日の丸印とJapanの文字を見て、おじいさんが「遠くからよく来たな、ジャポネ」という感じで握手を求めて来たり、「どっちに向かってるんだ?」「パリだ」「ブラボー!」でタッチを求められたり、これ、結構楽しいぞ(笑)。

 そろそろカップを飲み干すぞ、という頃になって、3人の子供たちがトコトコと近寄ってきて、手を振りながら一言。

 「ニイハオ!」

 思わす、笑ってしまいました!
 そうそう、確かに、最近の国際情勢を考えると、欧州圏で見かける東洋人は中国人が一番多くなっているでしょうからね。
 少し年長の皆様は、東洋人=日本人、という感覚のようでしたが、子供たちにとっては、東洋人=中国人なのでしょう。

 「ニイハオ! アンド、こんにちは!

 一度、中国語で返してから、肩の「Japan」をよく見えるように突き出して、日本語でも挨拶。
 子供たちはそれを見て何か急にワイワイ騒ぎはじめ、「コニチワ、コチニワ!」と何度も挨拶を返してくれました。
 日本人って、そんなに珍しいかな?(^^;)

 ほんの気まぐれで立ち寄ったカフェでしたが、思ったより楽しい休憩になりました。


190818a1.jpg
そして店の外に出てこの風景を見る。

あの教会の隣の石のゲート、
前回の公式DVDで見たぞ!


 ここ、前回の公式DVDの中でも、参加者を派手に歓迎している様子が映されていた、シジュンの町でした。
 教会の尖塔の意匠が物凄く凝っていて、メドレアックとはまた違う形で「これは凄い」と思わせるものがあります。

 立ち寄ったカフェは町の中央広場、おそらく、昔日には市が立ち、乗合馬車や行商人でごった返していたであろう場所に面していました。
 その中央広場には町の皆様が集まって、テントが立ち並んで、PBP参加者をもてなしているというこのお祭り騒ぎ。
 復路に大盛り上がりするというヴィレンヌ・ラ・ジュエルに勝るとも劣らず、という感じです。

 というか、普段の町のお祭りも、多分、こんな雰囲気なのでしょう。

 ここはブレストまで数十キロの地点なので、かなりの長時間にわたって参加者が往復、通過していきます。
 ブレストに向かう参加者には、「アレー、アレー!(行け、行け!)」。
 パリへと戻る参加者には、「ブラボー!」も混じった声援が多数、飛んでいます。
 町ぐるみで参加者を応援しているという雰囲気です。

 ううむ、こんなに声援を送られたら……頑張るしかないじゃないか!

 復路のカレ・プルゲールのクローズに間に合うか、気が付いたら非常に微妙なラインですが、間に合わせてやる、という気持ちで走行再開です。

 「アレアレアレ-!」の声援を背中に受けて、復路の最高峰を目指すのでした。


190818a2.jpg
またも長い長い登り。
復路ではここで、
モーターパラグライダーが飛んでいた。


 テレビ塔が近付くと、往路では軽快に下っていった長い坂が、長い登りとなって現れました。

 コース最高峰に戻ってきたのは、17:30頃。
 時間的には既にかなり苦しい状況だと思いますが、ブレスト方面に向かう参加者の姿も途切れなく続いています。

 その中に、スタート時に待機列の中で声をかわした、福岡ジャージの方がいらっしゃいました。
 向こうも気付いたようで、「おおーっ!」という声とともに、手を振っての合図がありました。
 こちらも挙手で答え、心の中で頑張れ、と声援を送ります。

 この最高地点を越えてしまえば、カレ・プルゲールまでは幹線道沿いに下り基調。
 勾配が緩やかなので、足を回して増速すれば、一気に駆け抜けられるでしょう。

 時々現れる、ちょっと強烈な斜度の登り返しが厄介でしたが……。

 この坂を下る途中、自転車も、身に着けたウェアも、全身ピンク装備の日本人女性の方をお見掛けします。
 ピンク色ってことは……サメハルさん?
 あれ? 往路のカレ・プルゲールで聞いた話では、ブレストでこの後をどうするか判断する、との話だったと思いますが、どうやら復路に挑戦されているようです。

 「お疲れ様です、頑張りましょう」

 声掛けとともに追い越すと、元気な声で「頑張りましょう」と返ってきました。
 大丈夫そうですね。

 では、この先は時間の巻き返しを意識して、一気に走り抜けることにしましょう。

 カレ・プルゲールの町には、朝想定した通り、夕方の到着となりました。
 町の中は、バーの周辺にPBP参加者が詰めかけていたり、夕方になって自宅に急ぐ人達が多いのか、道路の交通量が多くなっていたり、賑やかな状態でした。

 朝、あれだけ静かだったことを考えたら、全然別の町みたいですね。
 中心街のアップダウンを抜け、市街地東側の平坦地に入ったところでPCに到達しました。


190818a3.jpg
PC8、カレ・プルゲール
(20日、18:55チェック)


 このPCのNグループのクローズが19:19なので、滑り込みですが時間内に到達です。
 よし、このままルデアックまで時間内で進めば、最後まで時間内完走も見えて来るな。
 そんな気分になった瞬間でした。

 なお、これから先、コース上での3回目の夜を控え、またどんどん冷え込んでいくことが予測されるので、ここでちゃんと補給を入れてから進むことにします。
 レストランは混んでいたので、裏手にある軽食コーナーへ向かい、パンとポタージュスープ、トマトを補給します。

 少し、気がかりなことに、胃がやられ始めたようで、コーラの刺激が胃壁に刺さるような違和感があります。
 オレンジジュースは飲めたので、クエン酸などの刺激が駄目なのでしょう。

 そういえば、ここに来るまでの間に、カフェイン入りのエナジージェルと、エスプレッソコーヒーを大量に飲みましたっけ……。
 カフェインで胃がやられることは、国内ブルベでも経験していることです。
 まだ軽い違和感程度で、食欲が落ちるほどのレベルには至っていませんが、ちょっと注意した方が良いかもですね。

 バイクの所に戻り、(ノンカフェインを確認してから)購入してあったベリー味のジェルを追加補給して出発します。

 復路のルデアックでも、できれば2~3時間仮眠し、その先に繋げたい。
 おそらく、体力的にはこの夜を過ぎた、21日が最もきつくなるでしょうから、時間制限の緩和がある今のうちに、できるだけ休んで、または先に進んでおきたいものです。

2.Carhaix-Plouguer ~ Saint-Nicolas-du-Pelem
 カレ・プルゲールを出発する際に、そろそろ冷え込みを意識して、防寒装備を身に着けます。

 といっても、薄手長袖アンダーほぼ常時、着たままになっており、こちらを脱ぎ着する必要はありません。
 やるとしたら、指切りグラブの下に発熱繊維性のカラー軍手を装備するのと、アウターシェルとしてレインスーツの上着を装着する程度です。
 なお、レインスーツの方は、まだ日が残る時間帯には両脇のベンチレーションと前ファスナーを大きく開き、通気性を良くして走っています。

 日が落ちて、冷え込みが始まったら、ベンチレーションと前ファスナーを閉じ、耐風性を高めて走ることにします。
 この先、ルデアックまでは、途中、往路とは違う道筋を通ってサン・ニコラ・デュ・ペレムまで45kmを走った後、ルデアックまでの残り45kmを走ります。

 今からだと、ちょうど夜中にはルデアックに到着できるでしょうか。
 復路のシークレットがどこになるか、注意が必要ですが、往路と復路で大きくコースが異なるこの区間の、いずれかの小さな町に置かれているかもしれませんし、ルデアックよりさらに東の、ケディアックまでないかもしれません。
 (個人的には、ケディアックが有力だろうと考えていた)


190818a4.jpg
三度目の夕日の景色。
昨日までと違って、
背中から夕陽を浴びる。


 カレ・プルゲールを出てしばらく行ったところ(地図で見ると、ル・ムストワールという町の辺り)で、近所の方だったのか、後方から大声での呼びかけが飛んできます。
 ん?と思ってGPSの地図画面を呼び出すと、どうやら町の中の分岐を左に折れるべきところを、直進してしまったようです。

 珍しく、前後に誰もいない完全ソロ走行になっていたのと、直進路を延々走ってきて、先を急ぐことばかり考えて周囲をあまり確認していなかったことなどから、ミスコースしてしまった様子です。
 すぐに引き返して正しいルートに復帰しようとすると、分岐の所にある家の方が、何メートルかわざわざ追いかけてきてくれていました。

 「メルシー・ボーク―!」

 礼を言って挙手の合図をすると、白髪交じりの男性に、こっちだからな!という感じの言葉と身振りで、正しいコースを示されます。

 いやあ、有難かった。
 気付かず直進していたら、そのまま遥か彼方の別の町へと行ってしまう所でした。

 この時点で、集中が切れているな、という事を実感しました。
 自分ではそんなつもりはなかったのですが、折り返し地点を過ぎ、制限時間が緩和される、という意識から、無意識のうちに油断が発生していた可能性があります。

 まぁ、そのことをしっかり認識したのは、翌日の夕方以降だったのですが……。


190818a5.jpg
そろそろ周囲は夜の闇に沈む。
空が暗くなるに従い、
周囲はじわじわと冷え込んできた。


 昨日までは、沈みゆく夕日が進行方向に見えていたのに、今日は進行方向の空は昨日より早く藍色に染まっていきます。
 小さなことですが、今は東へと進んでいることが実感されます。

 そして、昨日までは空が22時までギリギリ、残照で明るかったのですが、この日は21時半過ぎに視界はほぼ藍色に染まってしまいました。
 残照は後方から、自分の影を右前方に大きく長く伸ばしていましたが、それもやがて地平線の下に隠れてしまい、暗闇の時間となりました。

 三度目のナイトライドです。
 そしてこのナイトライドが、私にとっては試練の時間になりました。

 まず、カレ・プルゲールで補給中に感じ始めた胃の不調が、かなり本格的になってきました。
 現在は、麦茶や水を飲んでも、喉の下、胃の入口あたりがシクシクと違和感を発し、それが胸やけに発展してきています。

 場合によっては、踏ん張りたくても、胃の違和感が気になって力を出せないレベルでシクシクしてきているので……強い薬なので、使用には注意が必要ですが、H2ブロッカー薬を国内外のブルベで初投入です。
 22時頃、服用。
 8時間以上、間をあけないと追加の投薬もできないので、時間をしっかり記憶しておきます。

 なお、それから1時間程度で往路のシークレットだったWP、サン・ニコラ・デュ・ペレムに到着。
 通過しようとした参加者が呼び止められ、中に入るように促されています。

 ……あれ? という事は……。

 復路のシークレットも、同じ場所に設定されていました。
 駐輪場が往路とは別途確保されており、最初はコントロールまで歩いていけ、と言われましたが、すぐに、バイクを持って、往路と同じ駐輪場に移動して良し、となりました。


WP、サン・ニコラ・デュ・ペレム
復路シークレット
(20日、22:45チェック:画像なし)


 画像がないのは、多分、撮影するほどの精神的な余裕がなかったからだと思われます。
 この時間、胃の調子の悪さが一番酷かった時間帯ですので。

 そしてこの復路シークレット、後に聞いた話では、往路の参加者がまだコントロールにいた場合、両者が混ざってしまわないよう、コントロールに行くにも係員の許可が必要だったらしいです(一応、シークレットの位置は、シークレット、という事らしい)。
 しかし、さすがにこの時間になると、往路で利用する参加者はほとんどおらず、復路のみで使えるようになっていたようでした。

 なお、この段階で私は胃の違和感が消えていなかったので、チェックを受けた後、メディカルサービスがないか、一通りぐるっと施設を回ってみました。
 途中、日本人参加者数名と、往路のカレでも会ったばるさんにお会いし、胃がカフェインでやられた可能性について愚痴を少し(^^;)。
 ばるさんからは、胃薬の提供を申し出ていただきましたが、まだH2ブロッカーを飲んですぐであり、追加投薬ができない体だったので、有難い話でしたが丁重にお断りを……。
 なお、さすがに薬についての知識もお持ちで、今はまだ投薬は無理だとご理解いただけたようでした。

 その後、WPのスタッフにメディカルサービスはないか、と尋ねると、

 「申し訳ないが、ここにはない」
 「では、ルデアックなら大丈夫か?」
 「間違いなくあるよ。ただ、シリアスなトラブルなら、すぐに救急車を呼ぶけれど大丈夫かい?」
 「いや、マイナートラブルだから大丈夫。アイハブ、ア、ストマックエーク、ナウ」
 「OK、それなら大丈夫か。気を付けて」
 「ありがとう」

 というわけで、なるべく急いでルデアックまで行きましょう。
 補給は、まだ喉を通りやすいエナジージェル(ノンカフェインの最後の一個)を吸ってからコースに復帰です。
 地面にパリ、ブレスト、両方向の矢印がありましたが、今度はパリ方向に向かってハンドルを切ります。

 ルデアックまでは残り45km。
 できるだけ早く到着し、もろもろ片付けて寝るつもりでした。

3.Saint-Nicolas-du-Pelem ~ Ludeac
 まさかの往路・復路が同一場所でシークレットだったという、過去には聞かなかった展開でしたが、チェック自体は無事に受けられたので、とにかくコースを先に進みます。

 サン・ニコラを出て少し東に行ったところで、また往路とは違う道筋に分岐します。
 ここが、夜間に差し掛かると非常にわかりづらい分岐で、私は係員の人か、地元の人か、とにかく人が立っていて、「ここを左だ、左だ」と声をかけられていたにも関わらず、勢いで直進してしまいそうになりました。

 とにかく、道案内を頂いたこともあって、正しいルートに進めたので、このまま先を急ごう、と思いましたが……。

 ここから先、胸焼けはだんだん軽くなっていったのですが、今度は胃薬の副作用なのか、急激に強烈な睡魔が襲ってきました。
 ギアを軽い段に入れて、足を思い切り、ケイデンス100オーバーまで上げて回しても心拍が上がらないのか、なかなか睡魔は散ってくれません。

 また、ここからルデアックまでの道筋は、少し深い森林地帯を通る場所もあって、月明かりが届かず本当に真っ暗になる上に道幅が狭く、急勾配・急カーブ続きの下りもあるなど、ナイトライドで走るには少々、条件が悪いコースとなっていました。

 この時間帯になると、道の両側にはライトの光を反射する、通称ホイル焼き、つまり、銀を蒸着したエマージェンシーシートを被った参加者が寝転んでいる姿も目立ってきます。
 中には、かなり豪快に道路にはみ出して寝ている人もいたり、メカトラで止まってそのまま寝てしまったのか、倒れたフレームに覆いかぶさるような姿勢で寝ている参加者もいたりします。

 あまり、右側ギリギリに寄せて走るのも危ないな、と、狭い道路(車がやっとすれ違える程度の幅)の、右から1/3あたりのラインをトレースするよう意識して走ることにしていました。

 暗闇で景色は見えず、相変わらず広大な農地の中を緩やかにアップダウンしていることはわかりますが、それ以外はライトの光の中、大きく変わり映えしない風景が流れていきます。

 その中で、また注意力が散漫になったのか、あるいはマイクロスリープに落ちたのか……。

 ライトの光芒の中に、自分の感覚では急に右カーブが現れました。

 え、嘘だろ、と、思った瞬間、道路の真ん中寄りを走っていた車体は曲がりきれずに道路左側のアスファルトから脱輪。
 そのまま、道路脇の土の水路に前輪が落ち、草に絡んで急ブレーキがかかりました。

 もちろん、私の体はそのまま前に投げ出され、草をバキバキになぎ倒しながら、乾いた水路(土の素掘り)の中にすっぽり落ち込みます。
 遅れて、エンメアッカ号が弧を描いて自分に向かって落ちてくるのが見えましたが……葛のようなツタが絡んでいたため横倒しになり、水路に蓋をする形で草の上にガサッと落下、体には全く触れませんでした。

 ……しばらく、何が起きたか理解するまで時間がかかりましたが……道路脇の水路に突っ込む落車をやらかしたことは確実でした……。

 ……ってか、おい、4年前も同じことをやっていなかったか?

 あの時は往路で、やはりルデアック~サン・ニコラ間で居眠り運転からの落車だったはず……。
 成長がないというか、この区間とは相性が悪いな、まったく……。

 とかなんとか思ったものの、単独落車で誰も巻き込んでいないのは幸いでした。
 とりあえずチェックしてみましたが、体のどこかを打ち付けたり、痛みがあるような様子もありません。
 両方の鎖骨も繋がっており、肩をポンポン叩いても全く痛みません。
 草が生い茂った場所に、うまく前回りで背中から落ちたこともあり、体の傷も、鼻の頭をツタ植物に打ち付けて擦りむいた程度です(さすがに軽く流血。なお、すぐに血は止まった)。

 ……どんだけ不幸中の幸いレベルが高いんだよ、おいらは……。

 ただし、そこからの脱出は結構大変でした。
 上半身は反射ベストとレインスーツの表面がツルツルだったのですぐ引き出せましたが、ツタ植物の表面にびっしり生えた細かいトゲ状の毛が、レーパンやレッグカバーに絡みつき、また、ツタが水路の上を網目のように覆っているため、体も自由に動かせません。

 思い切ってガサアッ、と立ち上がったところを数人の集団が、何やらびっくりした、という感じの声を上げながら通り抜けていきましたが、真っ暗闇の中、道路脇の水路から人が立ち上がって出てきたら、そりゃびっくりするよな……。

 幸い、体も自転車も深い叢に落ちたので、草がクッションになってダメージはほとんどなさそうです。

 前後とも、ホイールにふれは出ていません。
 チェーンも落ちておらず、取付がスポーク側に曲がってしまったテールランプをまっすぐ後方を向くように直し、サイコンのセンサーをクランクやスポークに干渉しない角度に直したら、すぐ走れるようになりました。

 最後に、脱落したものがないか、背中のポケットの中も併せて確認。
 脱落物もなく、よし、走れるか、と思ったところで、通過していった参加者の一人が戻ってきて、おい大丈夫か、と声をかけてきました。
 大丈夫だ、もう走れる、と答えると、ヘルメットをコンコン、と叩かれ、通気孔に刺さっていた草か枝を抜き取られました。

 「必要なら休んでから行くんだぞ」
 「わかった、ありがとう」
 「グッドラック」

 そのやり取りの後、道路の状況を見てみると、緩やかな右カーブはありますが、そんなに急カーブではありません。
 どうやら、漫然運転からの不注意か、マイクロスリープによる事故のようでした。

 うん、こうなってはいけない、の見本のような失敗だな……。

 他の日本人参加者の中にも、居眠りから道路端に突っ込んで落車、不注意で縁石に車輪を弾かれて落車、という状況から怪我をしてDNFとなった方がいた、との話を聞きましたので、前転落車でほぼ無傷、というのは奇跡というべき状況でした。

 まあ、走れるなら走るか。
 さすがに目が冴えたので、サドルに跨り再スタートです。

 この先でコースは狭幅員、急カーブの急勾配下りの区間があり、道路脇の斜面に突っ込んでいる参加者と、それを救護している仲間達の姿がありました。
 大丈夫か、と声をかけると、大丈夫だ、構わず行ってくれ、との事だったので、先に進ませてもらいましたが……。

 その後、暗闇に沈んだ町をいくつか通過し、どこかの町で暗闇の中でパヴェになって大いに焦ったりしつつ、前進。
 この区間、とにかく「暗い」という印象だけが強く残っています。

 PBPで通る町は、大体、夜間でもコース沿いには何らかの明かりがついていますが、この区間だけは、何も明かりがない真っ暗な町も多くあり、やたらと道が細く、また深い森林の中を抜ける場所もあり、とにかく暗かった記憶しかありません。
 前回のPBPでの経路からは、スタート地点の変更のため、距離を稼ぐ必要があったのか、かなり大きくルート変更がかかっている(大体、大回りになっている)区間でしたが、あの暗さは、普段は通らない町を通ったため、だったのでしょうか……?
 (私設エイドも全くなかったしなあ……)

 やがて往路でも走った記憶のある道筋に出て、それに沿って走っていくと周囲はだんだん賑やかになり、ルデアックの町に入りました。
 ルデアックの町は、コース沿いの外灯が明るく周囲を照らしており、今までの区間と比べたら、明るさが全然違います。

 やはり毎回、PBPのコースになっている町は、この期間中は夜間も外灯を多めにつけていたりするのかもしれません。
 他の周辺の町は、真っ暗でしたからね……。

 それにしても、この区間は途中から狭くて暗くて走りづらかったうえに、色々トラブルがあって、結果的にPCに到着したのは、クローズから20分遅れ(センサー基準時間)となってしまいました。

 この段階で、この先の完全時間内走行は、もう諦めました。
 借金に落ちたので、すぐにでも出発したほうが良いのかもしれませんが、途中、睡魔でグダグダだった時間もあったので、体を休めずに出発するのは危険でしょう。

 だったら、ここで思い切って寝て、明日(というか、今日明るくなってから)、一日かけて取り返す。
 方針をそう切り替えて、ドロップバッグから色々取り出し、仮眠所に入ります。

 仮眠所では、最初、コットの寝台の方に案内されましたが……私に割り当てられるはずだった寝台に、誰か別の人が寝ています。
 ありゃ、という感じで案内役の人が周囲を見回すと、すぐ近くで、床に敷いたマットレスのスペースが空いていました。

 身振りで、ここで良いか?と聞かれた気がしたので、渡りに船、とばかりにOKと言って、手に持っていた荷物をドサドサとマットの上に並べると、案内役の人は寝床の番号を控えて去っていきました。

 コットの寝台、往路で背中が寒くてスース―したので、できれば避けたかったのです。
 そして、マットレスなら十分、暖かくて寝られることは、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルで経験済みですから、こっちに誘導していただけるなら、喜んでお受けしますって!

 とりあえず、仮眠時間は1時間半と設定。よし寝るか、と思ったら、まだコントロールに行っていなかったことを思い出し、慌ててコントロールに行くことにしました。


190818a6.jpg
PC9、ルデアック
(21日、2:43チェック)


 センサーは2:26に通過していますが、仮眠所を確保したりしていたので、その分、本チェックが遅れました。

 コントロールを出たところで、救急車の回転灯が目に入りました。
 救護所から、エマージェンシーシートに体を包まれた参加者がストレッチャーに乗せられて運び込まれていきます。

 肩など、シートで覆われていない部分に、インドの国旗のプリントが見えたので、多分、インドからの参加者なのでしょう。
 この冷え込みの中で、低体温症になったのかもしれません。

 特に、南方の国から来ている皆様には、この夜の冷え込みは厳しかったと思います。
 後に公開されていたYoutubeの動画では、タイから参加していた皆様は、顔をバラクラバで覆い、半袖ジャージの上に長袖の保温性ジャージを着て、さらに保温性ジャージの中にエマージェンシーシートを巻いて走っているシーンがありました。

 それと比べると……長袖インナー+アウターシェルで対処できる日本人は、やはり北方系の民族なんだなあ、と、妙なところで感心してしまいます。
 ちなみに、この夜の冷え込み、地元フランス勢も「今年の寒さはちょっとおかしい」と言っていたとか、さらに寒い地域の北欧系の皆様も「この寒さは異常だ」と言っていたとか、色々な逸話があります。

 私が気付いた範囲では、夜間に私設エイドを展開している皆様が、初日の夜は薄着だったのに、日程が後になるほど、オーバーコートやダウンジャケット装備に変わっていったので、やっぱり冷え込みは厳しかったんだろうな、と思います。

 なお、私個人は、ジオラインL.W.長袖とレインスーツ上着の重ね着で対応できる範囲でした(メッシュインナー+ジオラインL.W.長袖+半袖ジャージ+レインスーツ)。
 保温重視のメリノウールを出す必要はなかったですね。

 しかし、他の日本人の皆様に聞くと、ホッカイロがないと無理だった、とか、ネックウォーマーが必須だったとか、寒さ対策は私の何倍も重装でしたね(^^;)。
 私は、まあ寒いのは確かですが、そんなに重装でなくとも耐えられる程度だと思っていましたが……。

 それはさておき、次の区間の走行に向けて、眠ることにしましょう。
 現段階で明らかに借金状態な上に、コントロールへの立ち寄りが遅れて慌てて仮眠所を飛び出したので、寝られても1時間程度になりそうですが……。

(続く)



関連記事
コメント
えーと、スポーク切れたス
こんにちは、
ブレストでメカニックにかかっていた、えるいち44です。
(いみ、わかりますよね!?)
そろそろ2019PBPのブログが上がってないか探していて
たどり着きました。
完走おめでとうございます。
わたしも、今回は何とか認定完走できました。
(2015は97時間58分もかかってしまったので)

YO-TAさんとは、似たようなペースですすんでいたようです。
(アルベール・ルップ橋で、雨に降られたところとか・・・)

PBPには魔物が棲んでいるので、この先の更新も楽しみです。
(実は、往路のカレ・プレーゲルでもリアのSTIとディレイラーを交換してもらいました、トホホ><)
2019/09/05(木) 15:47 | URL | えるいち44 #Ef5G3OlI[ コメントの編集]
Re: えーと、スポーク切れたス
おお、えるいち44さん、コメントありがとうございます!
英語でご挨拶したYO-TAです(笑)。

完走、おめでとうございます!
それだけのトラブルがあって、なお時間内とはすごい。
私だったら、ブレストからTGVだったかもです(^^;)。

しかし、本当にPBPは魔物が住んでいますね〜。
この後、さらに色々ありますので、どうかお楽しみに……。
(次回更新は、週末頃を予定しています)
2019/09/05(木) 21:26 | URL | YO-TA #Vy0sEZD.[ コメントの編集]
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

Twitterでつぶやき中
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
雨雲レーダー
リンク