日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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行きて帰りし走行記録 PBP2019走行編 Part.1

 さすがに時差ボケもおさまってきて、最近は夕方にちょっと強めの睡魔が来る程度で、なんとか普通に仕事ができるようになっています。

 というか、帰国後、約一週間の間、PBPから帰還した皆様の間では、急な発熱など、体調を崩した、という話が結構な頻度で聞かれていたのに……。
 帰国した翌日の日曜日に、午後半ばまで寝ていた、という以外、特に異常もなく職場復帰しているとか、私は意外に頑丈なのでしょうか?(^^;)

 まあ、そんなことを言っていたら、ころっと風邪で倒れたりするのがお約束なので、まだまだ疲れを引きずっている現在、体調には気をつけようと思います(^^;)。

 ちなみに、帰国直後には随分酷かった手足の痺れは、だいぶ軽くなってきて、今ではちゃんとペンで文字が書けますし、洗濯バサミも普通に使えます。
 そろそろ、軽めのバーチャルライドからリハビリに入ってみようかなあ、とか考えていたりもしますが、さて、その前にエンメアッカ号をどこかで点検してもらわないと……。

 と、後始末がいろいろ大変な状態だったりするんですよね。

 では本題です。
 そんな風にいろいろあったあこがれの舞台、PBP2019から帰国しました。

 4年前にも本当にいろいろありましたが、今回も負けず劣らず……というか、前回よりもさらに色々なことがあったような気がします。

 今回から、何回かに分けて、実際のコース上で起きたあれこれを「走行編」としてお送りします。

 できるだけ、記憶と記録に忠実にお送りしようと思いますが、すでに記憶の改変効果で、ものすごく辛かった部分も、楽しかった要素に置き換わっていたりするのが……。
 まあ、基本、お祭りムードが漂う楽しい舞台なのですが、かといって楽ができるわけではないことは、前回更新の「総集編」でお送りした通りですので、その辺りは注意して読んでいただければと思います。

 では、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.到着~車検・登録
 フランス時間の8/15日17時過ぎ。
 私はパリ、シャルル・ド・ゴール空港に再び降り立ちました。

 往路の半ばでDNFとなり、まるで歯が立たずに終わった前回のPBPから4年が経ち、今度こそ、の思いとともに、ここにやってきました。

 しかし、この4年間で私の生活は大きく変わりました。
 まず、勤務地が仙台から東京に戻され、出戻り組の宿命で、どんどん責任のある仕事が回ってくるようになり、多忙に拍車がかかっていました。

 そんな日々と生活環境の変化から、同じ熱量で「今度こそPBP完走を!」というモチベーションを持ち続けることは困難で、2018年のシーズン中、色々調整不足で600kmすら完走できなかった時には、今回のPBPは見送る気持ちが先立っていました。
 4年間、モチベーションをいつまでも同じ強さで保ち続けること。
 この、とても困難なこと世界の頂点レベルで行っているオリンピックアスリートの皆様の凄さが、本当に良くわかった気がしました。

 しかし、その後、各団体で開催されたPBPの勉強会を始め、色々な場に顔を出しているうちに、やはり4年前のDNFの悔しさが再燃。
 プレレジも何とか行えたので、仙台時代より乗車可能な時間が減った分は、トレーニング機材としてスマートトレーナーを購入してZwiftを開始することで担保。
 のちに、バーチャルライドの方が主流になるとは思わなかったのですがね……(梅雨が!梅雨が悪いんだ!)。

 そして、SRの取得、1000kmブルベの完走などを経て、ついに渡仏となったのですが……私は前回の反省を踏まえて、車検日の2日前にフランス入りし、時差調整、休養などの時間を一日、多くとることにしていました。
 まあ……時差調整については、結局、一日くらい長くいたところでどうにかなるような問題ではなかった気がします(^^;)。体を休めることは十分にできましたので、効果は十分だったと思いますが。

 また、渡仏したのがバカンスシーズンだったこともあり、到着日とその翌日は、ホテルのあったサン=カンタン・アン・イブリーヌの町は少し閑散としており、ほとんど店も開いていないという寂しさでした……。

 とにかく、到着した日(フランス時間、15日夜)は、日本時間でほぼ徹夜の状態だったのでさっさと休み、フランス時間の翌日(16日)午前中には、まずはバイクを組み立てて、異常がないかを確認しておきます。

 今回の相棒は、当然ながらエンメアッカ号です。
 前回のPBPのDNF後、悔しさを胸に参加した宮城1000で、当時使っていたロードでは精魂尽き果てる寸前の状態でギリギリのゴールになったことを教訓に、PBPを完走するために作った、と言っても過言ではないフレームです。

 輸送自体は無事に行われていましたが、左のペダルの脱着でヘマを踏んだか、ネジ山が崩れてまっすぐ装着できなくなったというトラブルが……。
 咄嗟の機転で、逆側から一度、しっかりはめ込むことでネジ山を無理やり矯正し、まっすぐ装着できるように直したものの……手ごたえのキツさから見て、多分、二度と外せないな、これ(^^;)。
 帰国したら、外せないものとして寿命まで使いつぶすか、予備パーツをかき集めておくかしないと……。

 まあしかし、それ以外の部分では特に問題はなく、走行感に異常が出ることもありませんでした。
 メカニック的な問題は、それほど大きくはないでしょう。

 この日はその後、当面の生活資材や食材を買い込み、ホテル周辺を散策して大体が終了。
 翌日、仙台のOさんやホテルに同宿だった皆様とともに、ランブイエの車検会場へと向かいました。


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ランブイエ駅。
雨の中、到着。


 フランスの鉄道(SNCF)には直接、自転車を持ち込んでOK(TGVは輪行袋が要るらしい)だったので、サン=カンタン・アン・イブリーヌ駅から鉄道に乗ろうとしたら、既にプラットホームには多数のサイクリストが。
 サン=カンタン・アン・イブリーヌ駅からランブイエへと、西に向かうにつれて車窓から見える景色は本格的な雨の中に変わっていきます。

 ほとんど、自転車運搬列車と化した電車がランブイエ駅に到着すると、今度は改札が自転車で大渋滞になっています(自転車用ゲートが一ヶ所しかなかったので)。
 まあ、色々ありましたが、何とか冷たい雨が降るランブイエに到着です。


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雨のランブイエを、
車検会場に向かう。


 駅からランブイエ城方向に向かいますが、途中、パヴェ(石畳)の道を通る場所がありました。
 このパヴェ、石の間を埋めるモルタルが少ない(欠損しているところもある)状況であり、車輪がはまったり、横滑りしたり、なかなかスリリングです。
 PBPの期間中、最も難所だったのが、車検会場に向かうまでの石畳だった、なんて話が出るくらい、パンク被害も多かったようです。

 私は今回、耐パンク性では個人的に絶大な信頼を置いているVredestein Fortezza Dura liteを履いていたためか、フランス国内の1,200km+αの走行でも問題なく走れましたが、ここで出走前にパンクとか、ちょっと考えたくないなあ(^^;)。


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車検待ちの長い列。
1時間くらいは並んだか?


 私達が到着したのは10:30頃でしたが、この時点で車検テント(後にゴールチェック用テントとなった)までの行列がかなりの距離で伸びており、しばらくは待たされることを覚悟する必要がありました。

 その後、私はテント外車検列に乗って車検も無事に終了です。
 今回の車検でも、ライト(前後とも)を自分でON-OFFして見せるとともに、ボトルケージ等がしっかりついているか、手でユサユサゆすられてチェックされました。

 なお、事前に「テールランプがオートライトでは故障とみなされて、車検を通過できない時がある」という情報が広く流れていたのに、オートライトのみでここにきて、案の定、「駄目」判定を受けている方も何人か……。
 オートライト、確かに便利なのですが、昼間でも常時ONにしておきたいという需要にも対応できるように、マニュアルで点灯、消灯できるモードも搭載してもらいたいものです(まだ移行をためらっている)。

 終了した、という証明のカードにフレーム番号を記入してもらったものの、雨でどんどんボロボロになっていきそうです。
 そのカードをジップロックに封入して、今度はゼッケン等の受け取りへと向かいます。


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ここも行列。
受付は、フランス人用のカウンターと、
各国からの参加者のカウンターに別れていた。

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みっちり人が詰まった受付カウンター。

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カウンター裏の段ボールに書かれた、
スタートグループの記号を見て、
大体、行くべき場所を探す。

しかしこの量、凄いな……。


 このカウンターで、スタートグループのアルファベット別に受け取り位置が設定されていたのですが、仙台のOさん(Mグループ)と、私(Nグループ)がどこなのか、入ってすぐにはわかりづらく、奥に積んである段ボールの文字を見て、この辺かな、と当たりをつけて受付へ。
 先程、外でもらった車検終了のカードを見せ、パスポートを提示して本人確認をしてもらったうえで、ゼッケン等の配布物を受け取ります。

 車体につけるゼッケンプレート、手首につけるリストバンド、ハンドル用ゼッケンプレートにヘルメットシール、ジャージと反射ベスト等の一式がそろっていることを確認。
 少しカウンターから後ろに下がった所にあるテーブルで、早速、反射ベスト等の状態が悪くないかチェックしましたが……。


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反射ベストの品質が、
向上していた。


 毎回、微妙な品質である、と指摘されている反射ベストの品質が向上していました。
 同じL2SのVisio Plusなのに、ここまで変わりますか??

 どれくらい向上していたかというと、前回は縫い目から糸が飛び出していたり、生地の裁断がギザギザだったり、素人目にもツッコミどころ満載だった物が、今回は極めて普通に着られるレベルで普通の品質になっていた気がします。
 製造工場が変わったのでしょうか。それとも、製法が大きく変わった?(レーザー裁断とか)

 それはさておき、車検と配布物の受け取りが終わったら……天気も悪いですし、さっさとホテルへ帰りましょうかね(^^;)。

 本当はコース序盤を軽く試走して、夕方に予定されていた記念撮影に顔を出してみようと考えていましたが、雨天で体感温度が低く、あまり屋外に長居したくはない天気です。
 途中、とりさん(Trinityさん)と遭遇して近所のカフェでサンドイッチの昼食をとりながら雑談に興じた後、ランブイエ駅から電車でサン=カンタン・アン・イブリーヌまで戻りました。

 結局、その日の夕方に予定されていた日本人参加者の集合写真は中止になったようです。
 まあ、あの寒さの中では、集合率も悪かったでしょうから仕方がないでしょう。

 それにしても、この雨、本番に影響しないか心配になってきます。
 2007年のPBPは、雨により昼間でも体感温度が非常に低く、日本人参加者のDNFが多かったと聞いていますので……。

 今の所、スタート当日は、午後以降、天気は回復するとのことですが、さてどうなる事か……。

2.そして祭りのはじまり
 出走当日の朝、3回目になるホテルの朝食は、いつもと変わらず……と思いましたが、フルーツ・ヨーグルトのコーナーに、応援ボードが掲げられていました。


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ホテルのスタッフが用意してくれた、
PBP参加者向けの応援ボード。


 そういえば、今回、私が滞在したホテルメルキュール・サン=カンタンには、アメリカからの参加者(RUSAの関係者?)が同時に宿泊しており、自転車置き場に設定された地下駐車場では、お互いの自転車や装備を見比べたり、色々なことがあったのでした。

 私としては、エンメアッカ号を組み上げてすぐ、「Beautiful Shape!」という声がいくつかかかり、色々装備を見られる中で、「こいつは、ロングライドをよく考えたバイクだね、凄いや」という感想を頂けたのが嬉しかったというか。
 フレーム制作時に考えた基本のコンセプトがうまく形になっている、と、国境を越えた仲間達にも認めてもらえたのだな、と思わされたのでした。
 (ミニVブレーキとクロモリフォークの利点、陽極酸化の色付けという遊び心が伝わったのは、本当にうれしかった)

 それはさておき、サン=カンタン・アン・イブリーヌの朝は、まだ冷たい雨の中でした。
 午後には徐々に回復する、と、現地の天気予報が告げていましたが、本当なんだろうか、という思いが出てしまいます。


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ドロップバッグの預け入れ。


 ドロップバッグを預ける時間になってもパラパラと雨が落ちており、やむ気配はありません。
 本当に大丈夫かと思いつつ携行品の準備を進めていると、昼過ぎ頃からランブイエに入った皆様が、徐々に晴れ間が広がってきたことをSNSに上げるようになってきました。

 正午を回ると、サン=カンタン・アン・イブリーヌも雨は徐々に上がりはじめ、レインスーツは外して出ても問題なさそうです。
 最後の装備決定段階で、レインスーツはサドルバッグ内に格納することで固定し、地下二階駐車場に指定されていたバイク置場からエンメアッカ号を引き出します。

 ……この時、ポケット内装備を入れ替えた際に、現地通信用のスマートフォンを落としていたのに気付かず、駅の改札を潜ってから気付いて慌てて取りに戻ったという逸話もあったりします……(笑)。


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ランブイエ駅前。
見事に晴れていた。


 ランブイエ駅に到着したのは、スタートの2時間ほど前。
 早すぎるかとも思いましたが、電車がどんどん混雑していくであろうことを考えると、これ位でも良かったと思います。

 途中のカフェで休憩後、スタート地点付近へと向かいます。


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エンメアッカ号、ランブイエ城に到着。
PBPの完走を目指して作製したフレームが、
ついにその真価を問われる舞台に辿り着いた。

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ランブイエ城はきれいに庭園を整えられ、
いつかゆっくり観光に来たい、
と思わされる場所だった。


 スタート地点は、様々な国々の参加者が行き交い、とても活気に溢れています。
 あまりはしゃぐと本番に響きそうなので、しばらくは木陰でまったりします。

 日本人参加者が何人か、通りすがりに声をかけてきて、スタートの状況等の情報を交換します。
 この時、フランス時間の8/15日の段階で、最後の最後にコースが変更となった最終区間、ドゥルー~ランブイエ間のGPXデータを赤外通信で頂くことができました。

 既に日本人の多くが渡航の途上にある段階で発表されたコース変更。
 さすがにどうすることも出来ないよな、と思っていたのですが、ノートPCを持参していた人などが最新のGPXデータを取得し、周囲に共有・配布していたりしたのでした。
 どこでどう繋がるかわからぬ縁、本当にありがたいことでした。

 そういえば、前回、2015年には、先に入っていた人たちが食い過ぎて、最後まで提供されなかったウェルカムミールですが……。
 前回の反省からか、ランチボックス形式になっていたようですね。
 今回はスタート地点周辺に屋台などの出店も(少なくとも、私達がたむろしていた場所では)見当たらなかったので、事前補給のためにウェルカムミールを頼んでおいた方が良かったかもしれません。
 (私は、こういう事もあろうかと持ち歩いていた携帯糧食を、モグモグやってましたが……)


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だんだんスタート待ちの列が、
無造作に形成されていく。


 しばらく経つと、スタートの整列がカオスな状況になっていることが、SNS越しに報告され始めました。
 そろそろ自分達のスタート時刻も近付いてきたので、そっち方面に行ってみよう、と移動してみましたが……。

 う~む、確かにこれは……と唸ってしまう勢いでカオスでした(^^;)。

 大体、同じアルファベットのグループごとに固まっているのですが、その規則性が怪しいというか何というか(^^;)。
 一列に並んでいたかと思えば、ここでグループ別に左右に別れろ、などの指示もあったりして、どっちに行けばよいのか、良くわからない状況に。

 とにかく、待機列の同じグループを……と探しに探して後方に向かうと、大体、Nグループが固まっているポイントに到着。ここにいれば取り残されることはないだろう、と踏んで、整列の流れに乗りました。
 いつのまにか、Oさんとはぐれていましたが、Mグループ(Oさんのスタート)の整列位置が指定されたので、そちらで並んで進む、とのDMがスマホに届きました。

 互いの健闘を祈って、あとはスタートを待つだけです。
 で、並んでいると、何となく日本人同士で固まってきてしまうため、ここでも事前の情報交換等で盛り上がります。
 最終区間のコース変更のことや、国内のどの地域を走っているか、等々、スタート前のハイテンションも手伝って、色々な話が出ました。


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スタート待機列についた。
しかし、全然前に進む様子がなく、
本当に時間通り出られるか、
だんだん不安になってきた。


 そういえば、この待機列を探している間に、1時間?ほど先行するグループでスタート予定の、ランドヌール宮城メンバーに遭遇。
 お久しぶりのご挨拶とともに、近況報告、今回の意気込み等をちょこちょこと話し合いました。

 ランドヌール宮城のスタッフメンバーは、今回も5人ほどが参加。
 皆様、経験豊富で強いライダーなので、追いつくのは大変だろうな……。

 そんなことを考えている間に、スルスルと急に列が進みはじめ、スタート待機となりました。
 少し遅延する、との情報もあったのですが、どうやらそれほど遅れずに出られそうです。

 「ブルベカードを準備して!そうそう、ページを開いて!」

 ボランティアのスタッフが、そんな事をフランス語で言いながら参加者の列を後ろの方へと進んで行き、それに応じて参加者はブルベカードホルダから冊子状のカードを取り出し、スタートスタンプのページを開きます。


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これがブルベカード。
カードというより冊子で、
こちらはBrest > Parisの復路側の面。
裏返すと、Paris > Brestの、
往路の面(青色基調)となる。


 Nグループがスタートチェックに向かうよう指示されたのは、19:15を少し回ったくらい。
 遅れは最小限のようです。

 手元の記録では、現地時間の8月18日19:19。
 19e Paris-Brest-Paris 2019、私の二度目の挑戦が始まりました。

 ……良く見たら、やたら「19」が多いぞ、これ(^^;)。

3.Rambouille ~ Mortagne-au-Perche
 スタートしてしばらくの間は、ランブイエの国立牧羊施設(という邦訳でいいのか?)内の園路を走ります。
 舗装されていない場所もあったので、何となくグラベルロードかシクロクロスな気分です。

 市街地へと抜けるゲート周辺は、またもパヴェとなっており、その周囲には多数の観客が詰めかけており、物凄い声援が飛んできています。

 時々、「ジャポネ!ジャポネ!」の声も聞こえるので、日本人参加者に対する声援も混じっているのでしょう。
 国籍を問わず、果敢にチャレンジする人をリスペクトしてくれるこの雰囲気、とても暖かくてありがたいものです。
 大声援を背中に受けて街路に出ると、あとは西へ、ブレストへと繋がる長い長い旅路の始まりです。

 時間は19:30頃になっていますが、周囲はまだ午後の明るさを保っています。
 緯度が高いフランスの日の入りは、サマータイムという事もあって遅く、21時ごろまでは夕日が見られ、22時になってやっと暗くなる、という感じです。
 その分、朝は少しゆっくりで、6時頃白みはじめ、7時になってやっと明るくなり始める、という感じでもありますが……。


19081816.jpg
最初は平坦に近い道を進む。
序盤のテンションで、
少しハイスピード気味。


 序盤のテンションに飲まれるのは良くない、という話はよく聞かれ、そして実際、私は前回、それで少し失敗していますが、かといっていきなりマイペース走行に入るのも、集団の流れを見ると難しそうです。
 私は、とりあえず集団の密度がまばらになりはじめるタイミングまでは、今のグループと一緒に進むことにして、いつもより少しペースが上げ気味の集団に乗っかります。

 ここで、奥の細道1000の際に、宿所手配等でお世話になった日本人参加者とご一緒出来たので、あの時のお礼を直接、お伝えできました。
 国内ではなかなかお会いできないのに、なぜかPBPのコース上ですんなりお会いできてしまう(笑)。
 何とも不思議な感じです。

 数キロほど走ると、少しずつ速度が合わない人が出始め、集団から脱落、またはさらに増速して先行していく姿が見られるようになり始めます。

 そして、この段階で既に沿道ではパンク修理する参加者の姿も……。
 時の運、ではありますが、これだけ序盤の段階でパンクってのも、なかなかしんどい話だよな……。
 (私も1,000~1,200kmブルベの序盤でパンクしたことがあるが、あの時の気分は何とも言えない……)


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ランブイエ周辺の森林を抜け、
広大な耕作地帯に出た。

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やがて日が傾き、進行方向の空が
夕焼けの赤に染まり始める。


 ランブイエ周辺の深い森を抜け、フランスらしい、広大な耕作・牧草地が広がる丘陵地帯に入ってくると、さすがに周囲は薄暗くなり始めます。
 タイミングを見てコース外に少しそれて、テールランプを点灯。スタート時に点灯させておくのを忘れていたのでした。

 これでスタートから一緒に走ってきたグループからは離脱した形ですが、参加者は後から後から走って来るので、別に問題はありません。
 左側を、ものすごい勢いで追い越していく集団の中に、そろそろ後続グループのプレートが見られるようになってきましたが、同時に、私も先行グループのプレートを付けた参加者を何人も追い越しているので、気にする必要はないでしょう。
 そろそろ、それぞれのペース配分に応じた速度での走行に切り替えて良さそうです。


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とはいえ、参加者は数千人。
前にも後ろにも、
その姿はずらりと続く。

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時折、フランスの片田舎らしい、
とても良い雰囲気の町を抜ける。

19081821.jpg
また、農地の中の並木道を通ることもあった。

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そして21時頃、最初の夜が訪れた。


 21時を過ぎると、さすがに周囲は暗くなりはじめ、通過する町も夜の帳に包まれた風景になってきます。
 それでも、さすがに初日の夜だけあって、観戦している人の数は多く、町の中を細かくクネクネと曲がる区間では、周囲の観戦者から「ゴーシュ!ゴーシュ!(左、左)」等のコース案内も飛んでいます。


19081823.jpg
ファットバイクの参加者。
これで1,200kmを走りきったのかな?


 時々、片言の日本語が聞こえてくるのは、聞き間違いか、本当にそうなのか、と考えていたら、

 「アリガトー、アレー、ジャポネ!」

 二階の窓から、はっきりと日本語混じりの声援が。
 私を日本人だと見て、自分が知っている日本語を使って声援を送ってくれたのでしょう。

 こちらも、日本語で「ありがとう!」と大声で返しつつ手を振って応えました。
 次に通る日本人にも、「アリガトー!」の声援をかけてもらえると嬉しいなぁ。

 そんなことを繰り返しているうちに、とある町を通りかかった時に、私は懐かしい場所を見つけたのでした。


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スタートから約60kmの町にある、
スポーツバー。
前回のPBPでも立ち寄った場所だ。
(前回は80km地点)


 今回のコースでは、走行距離がちょうど、WP1のモルターニュ・オ・ペルシュまでの半分に至った所にあるバーです。
 当初は通過でいいかな、と考えていたのですが、このバーの姿が見えたら、やはり止まりたくなってしまいました。

 店先にワゴンを出してサンドイッチとジュースを売っていたので、ハムサンドとオレンジジュースを購入。
 ほぼ同時に到着したらしいこーへーさん、少し前に到着していたらしいぜっとさん、momさんと偶然、出会えたので、ここでちょっとテーブルを囲んで、談笑しながら補給です。

 サンドイッチ、といっても、フランスのサンドイッチは、いわゆるフランスパンの背や腹に切り込みを入れて、そこにチーズやハムを挟んだものになります。
 皮が硬くて食べづらいこともあり、ここでは半分ほどを食べた後、コースに復帰することにします。

 それぞれがそれぞれのペースで走ることとして、またどこかで、と言葉を交わし合ってコースに復帰です。
 次から次へ、明るいヘッドライトが後方に現れ、どこまでも赤いテールランプの光が前に続いています。

 しかし、今回のPBPはスタートのグループ分けが細かく設定されたからか、前回と比べるとテールランプの密度は少し薄いようにも感じられました。

 それにしても、完全に真っ暗になったためか、皆さんのヘッドライトが暴力的に明るい。
 それがバックミラー越しにギラギラと眩しくてかなわん(^^;)。

 グイっとミラーの角度を変えて、顔にヘッドライトの光が当たらないように調整。後方の確認はしづらくなりましたが、目がチカチカするよりはずっとましでしょう。
 明るくなったら、また後方確認用に角度を調整しましょう。

 しばらく、走っていると、「やっと追いついたぁ~」という声とともに、一人の日本人参加者が左に現れました。

 ……ここからしばらく、ネガティブな内容が続きます。
 そんなの読みたくない、という皆様は、下の方にある「ネガティブ終了!」まで読み飛ばしてください。

 とりあえず、この、最初の「やっと追いついた~」の段階で、私の方は「誰だあんた?」感でいっぱいだったのですが、「やっと、日本人に会えた」という意味かと思って、軽くスルーして様子を見ることにしました。

 しかし……正直、失敗したなあ、というのが本音でしたね。
 というのも、ここで現れた参加者、いわゆる「ウザ絡み」系の人でして。

 「同じNグループで、スタート前に横で色々話しているのを聞いて、前回も参加している人だと知った」
 「皆、さっさと行った中で、速度がついていきやすかったので、ついていくことにした」

 という、ほぼ初対面と言って良い状況だった(実際、スタート地点で声を交わした人の顔を思い浮かべても、記憶になかった)のに、

 「さっき、どこかの町で補給に止まったと思ったら、知らないうちに、先に進んじゃってるんだもんな~」とか、何でこっちに非があるような口調なのさ……。
 合わせて一緒に走るとか、そんな話、一切していないのにさ……。

 この時点で、私の中の警戒センサーというか、不快度指数はグイグイうなぎのぼりだったのですが……。
 何度も「初参加だからわからない」を繰り返しながら、ACPの事前配布資料内で「参加者のIDとして必須の装備」とされていたリストバンドを、車検が終わったらいらないと思って切って捨てたとか、あまりに基本的な事項の確認不足が明らかなのに、何も恥じていない様子で話を続けています。

 お〜い、ちょっと待てや。

 同じ初参加でも、仙台のOさんはじめ、私の東北時代からの知り合いの皆様は、地域的に情報の質も量も不十分な中、必死で色々情報をかき集めて、遠征で関東のブルベに出走してスタッフの間に人脈を作ったり、私に何度もメール等々送ってきたり、厳しいコースのブルベを走り込んだり、と、物凄い努力で準備を重ねてきてるんだぞ。
 今まさに、コースを走っているのに、「アレはどうなの、コレはどうすりゃいいの」なんて、情報源の少ない東北の皆様が何か月も前にクリアにしている内容を、ほぼ初対面の人に聞いているというレベルの低さ、恥ずかしくないのかよ、と、不快感がどんどん怒りに転じてきましてねえ……。

 ちなみに、リストバンドが必須だったという件は、スタート直前に周囲を見てやっと気付いたらしく、そこで道案内の歩哨のボランティアに色々尋ねたらしいですが、そういうことは当然、本部かクレーム窓口に行くべきことでしょう(これもACPの事前配布資料に書いてあることだ)。
 挙げ句の果てに、「外国語だからわからないし、話にならない」って、当たり前だ!
 ここではこっちが外国人だし、ルールを理解せず話になってないのはあんただぞ!

 こういう「俺、悪くないよね?」話が延々続いて、「ウザい」気分がMAXになってきた頃、またも「初参加でわからないから」を口実に、「PCまでついていくから、チェックとか補給をどうやるのか教えてよ」と言われたところで、私の中の何かがぶちっと切れました。

 この時の感情を一言で言えば、「ふざけんな」ですね。
 なんでお前の面倒を見ないといけないんだ、と。

 ちょうど都合よく、少し前に尋ねられていたWP1までの残距離を10kmほど短く計算ミスしていたので、

 「あ、やば、10kmほど計算ミスしていたので、今のペースでは時間的に厳しいですね、ペース上げます!」

 と宣言し、少し負荷を上げて、走行速度を貯金稼ぎペースまで増速。
 その後、気付いたら、その人の姿は後ろにいなかったので、切れ落ちたか、他の日本人にくっついたかしたのでしょう。
 やれやれ、ギリギリ隊の私がちょっと頑張った程度のペースについてこれないとは、体力的にも準備不足としか言いようがないですね。

 なお、この件について、「酷い」とか、「薄情だ」とか言われても、私は今後、国内外を問わず、100回、同じことがあったら100回、同じ対応をしますよ。
 自己完結の精神を持つことが必須の条件とされるブルベで、「初参加で何もわからない」ことを口実に、初対面の他人に頼り切りで走ろうとか、そんな自己完結のカケラもない態度を取るような相手は、仲間にカウントされませんから。
 今回のPBP、他の初参加の皆様が準備にかけた時間と熱量と努力を知っているだけに、こんな態度の参加者は、同じ日本人でも(だからこそ)許せませんでしたし、同じランドヌールとして認める気になどなれません。

 こういう輩に限って、「助け合いの精神が足りない」とか言ってきますが、「助け合い」とは、読んで字のごとく「互いに力を合わせる」ことで成り立つものですから。
 この人、何か私を助けてます? 一方的に寄りかかって甘い汁を吸うだけの寄生虫ですよね、こちらから言わせれば。

 大体、私は「自分がPBPを楽しむため」に、ここに来ているんです。
 事前準備もいい加減な馬鹿の介護をする義理なんて、どこにもありません。

 というわけで、もしもご本人がこの文章を読んで、不快な思いをしたとしたら、絡んだ相手を間違ったと思ってください。
 これがあなたの選択した行動の結果です。ちゃんと受け止めて、改善しましょう。

 というわけで、この件は、既に私の中では清算済み案件です(こんだけ書いたら、さすがにすっきりした:笑)ので、何か思う事があっても、コメント等は控えていただければと思います。

 以上、「ネガティブ終了!」

 とにかく、ハプニングはありましたが、おかげでペースを上げて一気に走ったため、予定よりはるかに早くWP1、モルターニュ・オ・ペルシュに到着しました。


19081825.jpg
WP1、モルターニュ・オ・ペルシュ
スタートから118km地点
(19日、0:20頃)


 ここで、先行して出発していたランドヌール宮城の皆様に追いつけてしまいました。

 ……あれ? スタート時刻に1時間ほど差があったはずですが……?
 そんなに頑張って、ペースを上げていましたかね、私(^^;)。

 しかし、予想はしていましたが、WP1は大混乱でしたね……。
 中庭にあった、東屋風の売店ですが、周囲をぐるり取り囲むような形になっていることが仇になって、オペレーションが破綻気味でしたし……。

 群がる参加者に対して、対応できる人数が限られるため、四方八方から飛ぶ「エクスキューゼモワ!」「ボンソワール!」にとても対応が追い付いていない状況です。
 私は、建物に入ってすぐのバーカウンターのような売店で水とコーラを買い、途中のバーで買って、半分食べ残していたサンドイッチをかじって補給にしました。


19081826.jpg
モルターニュ・オ・ペルシュの、
施設入口を入ったホール。
正面がドリンク販売カウンターで、
右奥がレストラン。

上に掲げられた絵の左上側、
赤いエンブレムの下に、
「ようこそ」の字がある。


 その途中、近くの席でブラジルからの参加者に、アメリカからの参加者が何やら英語で尋ねていますが、答えに要領を得ていない様子……。

 「May I help you, Sir?」

 見かねて思わず声をかけてしまいましたが、アメリカからの参加者は、どうやらここをPC1、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルと勘違いしていた様子です。

 ここはまだ、WP1のモルターニュ・オ・ペルシュで、チェックの必要はない。
 次、100km進んだ先、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルがPC1で、そこでは(ブルベカードを開いていたので)ここにスタンプを押してもらう事になる。

 今思い出せば不思議とスラスラ、英語が出てきてそう説明できました。

 「OK, It's clear! Thank you.」
 「It's my pleasure. Good luck!」

 で、お互い、サムズアップでお別れ。ああ、PBPのコースにいるんだなあ、と実感できた出来事にしみじみとしていたところ、目の前を井手マヤさんが通りかかり、思わず声をかけてしまいます。
 ランドヌール宮城のメンバーだけでなく、マヤさんにもお会いできて、グッとペースを上げて走ったのが、結果的に良い方向に転んでくれました。

 なんだか幸先が良いです。

 さて、コースはまだ1/12を過ぎたばかり。
 これから明け方に向けて、一気に冷え込んできますので、ジオラインL.W.長袖とレインスーツの上着を着用して耐寒性を高め、PC1、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルを目指すことにしましょう。

 ……早くも色々あったので、停止時間が30分以上になってしまっているし……(あかんパターンや……)。

4.Mortagne-au-Perche ~ Villaines-la-Juhel
 WP1、モルターニュ・オ・ペルシュからPC1、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルまでは約100km。
 おそらく、今のペースで進むなら、明け方頃の到着となるでしょう。

 4年前のPBPでは、スタートからヴィレンヌ・ラ・ジュエルに到着するまでの約220kmで、既に消耗した感じがあって、ズルズルとDNFに転じていきましたが、さて、今回はどうなるか……。

 暗闇に沈んだWP1をソロで出発します。
 まあ、日本人的ソロ、であって、周囲には世界各国からの参加者がいっぱいなのですけどね、まだこの段階では(^^;)。

 この、モルターニュ・オ・ペルシュからヴィレンヌ・ラ・ジュエルの間ですが、私の中では後半、延々登らされた区間、という印象が強く残っています。
 前回は1時間遅くスタートして、明るくなる時間にヴィレンヌに到着しましたが、明るくなりゆく世界で、延々、丘を登っていたという記憶が鮮烈に焼き付いていたりします。

 あと、どこかで電車の始発運航にぶつかってしまい、踏切で結構長い時間、止められた、とか、余計なことも思い出しましたが……?

 真っ暗闇の中、近くに、遠くに、赤い光の列が続いています。
 夜半を過ぎ、さすがに路上の観戦者の姿は少なくなりましたが、それでも町の中では「アレ!アレ!」の声が響くこともあります。

 途中、あまり昔の記憶にない、真新しい路面の平坦路に入ったり、大型幹線道と思われる道路に入ったり、と、昼間に走ったら色々、面白い風景だっただろうな、と思われる場所がいくつかありました。

 時折、先行している日本人を見かけると、「お疲れ様です!」「頑張りましょう!」「楽しみましょう!」等、声をかけながら追い越します。
 ちなみに、Audax JapanのPBP2019反射ベストは、非常に良く目立ちました。

 背中の真ん中に縦線一本、左右に3行の反射帯のあるそれは……何でか、私が聞いた範囲では、揃って「ホネホネロック」と言われていたという(笑)。

 年齢がばれるぞ、皆さん!
 ま、私もそう思ったんだけどさ……(自爆)。

 ちなみに、他国からの参加者からも目立って見えていたようで、「ジャパン、そのジレはナショナルジャージなのか?」「そうだよ、このPBPのために、特別に作ったんだ」というやり取りが、コース上で何度も繰り返されました。
 最終的に、フランスを発つ直前に、アメリカの参加者から、「ジャパンのリフレクトベストとジャージ、交換しないか?」と持ち掛けられるなど、結構な注目を浴びていたようです。

 まあ、PBP用のスペシャルジャージ&マーク入り反射ベストを準備している国&クラブは多かったのですが、オフィシャルで反射ベストまでスペシャルメイドしていた国&クラブは、他にはなかったようです。
 (大体が、既製品にエンブレムやロゴのプリント、という形だった。デザインまで起したのは、多分Audax Japanだけ)

 おかげで、日本人の印として目立つ目立つ(笑)。
 ただ、他国の参加者からも、「日本人だ」と、もろバレなので、非紳士的なことは絶対にできないなぁ、という、一種、緊張感のあるライドを楽しめたのでした。

 ちなみに、私はこの反射ベスト、RUSAジャージと交換してしまったので、第三次募集で追加購入することにしました(笑)。

 それはさておき。

 スタートからずいぶん時間が経ち、ナイトライドも長くなってきたからか、そろそろフラフラと挙動が怪しい人や、コース外で本格的に止まってしまっている人などの姿が見られるようになってきました。
 また、そろそろ、取付が甘かったパーツなどに障害が出始めるようになったのか、色々なところでメカトラで止まっている人の姿も見られるようになってきました。

 私が一緒に走っていた集団では、幹線道路のまっすぐな長い下り坂を走行中(必然的に、物凄く高速になっていた)、先頭の方にいたバイクのハンドルからライトが脱落するというトラブルが発生。
 カラカラと音をたてながら路上を転がるそれを避けようと、何人もの参加者が不規則走行になり、私もあと少しで転がってきたライトを踏みそう、というギリギリのタイミングで何とかかわして事なきを得たとか、凄く危険な状態になったりもしました。
 (今思えば、良く誰も落車とかしないですんだよなあ……)

 そしてこの区間の後半、私はジワリと忍び寄ってくる睡魔との最初の戦いになりました。
 クエン酸入りの、苦いと酸っぱいを合わせたような味のキャンディーを頬張って気分を紛らわせつつ、先を進みます。
 また、国内ブルベで睡魔対策として行っている、「ケイデンスを80以上に上げて、強制的に心拍を上げて睡魔を散らす」という走行を続け、何とか睡魔を退散させます。

 PCまでの距離が残り20kmを切る頃になり、そろそろ、しつこいまでの長い坂に差し掛かる頃かと思いましたが……やはり来ました。
 前回のPBPでは、既に明るくなってから到達しましたが、今回はまだ暗いうちに到達です。
 丘陵地の背の、一番高い場所を縫うように蛇行しながら、微妙な斜度で延々、長い長い距離を登っていきます。

 前からゼエゼエ言いながらノロノロ登っている多数の参加者が落ちてきて、それを追い越している間に、もっと速い人たちがどんどん左側をパスしていきます。

 そして、この区間でMグループで先行していた仙台のOさんを追い越します。
 確か、モルターニュ・オ・ペルシュの手前で一度、追い越し、補給中に先行されていたのを、ここでまた追い越した、という感じだったでしょうか?

 Oさんは、どちらかと言えば走れる間に一気に走って、疲れたらどこかで仮眠、というスタイルであるため、「今日はここまで、明日はここまで……」というプランで走っている私と比較すると……。
 スタートから最初の私の仮眠ポイントまでは、私が先行することが多いですが、トータルで見るとOさんが先行してゴールしている、という場合が多いです(笑)。

 多分、この後、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルでまた先行され、そこから先は私が仮眠を挟む間に、どんどん先行距離が長くなって、ゴールまで追いつけなくなるでしょう。


19081827.jpg
そして、何となく見覚えのある場所に
到着した。
ここは確か前回、
遅れたメンバーを待ちながら、
インド人参加者と談笑した場所だ。

19081828.jpg
町の中にはLED電飾などもあって、
夜でも参加者を楽しませてくれていた。


 この町のことは覚えています。
 前回のPBPでは薄明の頃、長い長い登坂の途中ではぐれたメンバーを待つために止まっていたら、追いついてきたインドからの参加者が、「やあジャパン、夜が寒すぎないか?」と声をかけてきた場所でした。

 そして、この教会を過ぎたら、PC1まではそれほど遠くなかったはず……。

 途中で、前回、物凄く良いにおいを立てていたパン屋さんの前を通過し、さらにしばらく、微妙な斜度の坂を登った先に、この辺りでは今までになかったくらい、規模の大きな町のシルエットが見えてきました。


19081829.jpg
PC1、ヴィレンヌ・ラ・ジュエル。
まだ暗い時間なので、盛大に手ブレした……。
(19日、5:48チェック)


 途中、睡魔に結構やられていた時間もあったのに、思った以上に早く到着できました。
 早速チェックを受け、かなりの空腹だったので、カフェテリアでボウル入りショコラと、パンをいくつかとフルーツタルトのようなケーキを取って補給とします。

 まだ参加者が多数、詰めかけているカフェテリアで座席を探していると、日本人参加者からこちらにどうぞ、と席を進められたので同席させてもらいます。
 何度も日本に来ているフィリピンの参加者がいらっしゃって、英語でちょこちょこと意思疎通を図っている様子でした。

 で、私はフィリピンにしばらく行っていた経験があるので、

 「君の国の、カラタガン州に行ったことがあるよ!」
 「本当に? ダイビング?」
 「そう!それと、ショアバード(シギ、チドリなど)の観察にね!」

 などと、かなりブロークンな英語で話していたら、日本人のお二人が、「めっちゃペラペラじゃないですか……」と、ちょっと引き気味に(^^;)。
 いやあ……私の英語って、知ってる単語を並べてるだけの、インテリジェンスとは対極の物なんですけどね(^^;)。
 (とにかく意味が通じればいい、というレベルで、適当な単語を並べているだけ)

 その後、フィリピン人の参加者はかなりの日本通で、毎年、上越にスキーに来ているとか、そういう話を色々聞くことができました。
 なるほど、日本人と一緒に補給を取っていたのも、同じアジア人であるとともに、そういうところで親近感を感じてくれていたから、のようです。

 そんな話の途中に、Oさん、コントロールに登場。
 カフェテリアとコントロールがすぐ隣なので、すぐにお互いを認識して挨拶です。
 Oさんはやはり、ここからさらに先行する、とのことですが……私は睡魔の強襲があったので、ドーミー(仮眠所)でしばらく寝ることにしてカフェテリアを後にします。

 仮眠所は少し奥まった場所にある建物(倉庫?)の床に、マットレスを並べただけの簡素なものでしたが、このマットレスが床の冷たさを完全にシャットアウトしてくれる上に、体を柔らかく受け止めてくれるので、気付いたらぐっすり熟睡モードに……。
 起こしてくれ、と頼んであった8:30より30分早くに、かなりの熟睡感とともに目覚めしてしまい、二度寝できそうにないので……。

 自主的に毛布をたたんで受付に戻り、フレーム番号をリストバンドで示して、出発する、と告げると、「OK」と、私の番号の横の起こす時間に二重線を入れ「ボン・ボヤージュ」と送り出して頂けました。


19081830.jpg
仮眠している間に、
周囲はすっかり明るくなった。

そして明るくなったら、
このPC名物の大音量放送もスタート!(笑)


 さて、バイクの所に戻り、寒冷装備を解除して……いる所に、ブラジルからの参加者から声を替えられました。

 「ヘイ、この先、どっちに行けばいいんだい?」

 何で私に聞くかなあ、と思いつつも、

 「行くってのは、コントロールのこと?」
 「いや、スタンプは押してもらった」
 「OK、じゃあ、(進行方向を指差し)こっちだ、反対側のゲートを抜けた向こうだぞ」
 「ここをまっすぐか?(そうだ)OK、センキュー!」
 「グッドラック!」

 う~ん、日本国内でも、観光客や外国人に、やたら道を聞かれる体質なのですが……私の体からは、なんか出てますか?(^^;)

 まあいい、とにかくレインスーツは外し、薄手長袖インナー(ジオラインL.W.)はまだしばらく気温が低そうなのでそのまま着用し、再スタートを切りましょう。

 2時間半という長逗留になりましたが、前回はここから睡魔でグダグダのまま出発して自滅して行ったことを考えたら、今回はシャキッとした頭での出発です。

 さあ、次のPCは約90km先のフジェール。
 先程、カフェテリアでフィリピン人参加者を送り出す時、「そこは、とてもきれいな城がある町だぞ」と送り出しましたが、中世の城塞がそのまま都市構造の中に残っているという、歴史ある町です。

 さあ、前回とは違った気持ちで走り出すことができるこの区間。
 どんな風景に出会えるのか、と、ワクワクしながらのリスタートになりました。

 そういえば、ヴィレンヌ・ラ・ジュエルの通過チェック用センサーは、出口側にあったのですね。
 おかげで、トラックデータは出発時の時刻である8:42になっていたりします(笑)。

 そのデータだけ見ると、私はどんだけゆっくり走ったんだよ(^^;)。

(続く)


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YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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