日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

04月≪ 2020年05月 ≫06月

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

75時間で奥の細道 BRM502日本橋1000参加記録 Part.5

 さて、このレポートの仕上げの段階で、ACPのPBPレジストレーションサイトを見てみたところ、この日本橋1000もちゃんとリザルトに上がっていました。
 (AR日本橋のスタッフの皆様、色々ありがとうございます)

 で、個人プロフィールの所属クラブを複数、設定できることに今頃になって気づいたので、ランドヌール宮城を設定してみたら……。
 2015年以降の完走のリザルトが、ドカッと一気に増えましてね(^^;)。

 その中に、2015年の宮城1000のリザルトもあったのですが……。
 時間のみを見れば、2015年の方が1時間、早くゴールしていますね。
 ただし、体力的にもメンタル的にも、宮城1000の方がギリギリだったのですが……。

 4年の間に、長距離ブルベ中にうまく仮眠を挟むことを覚え、時間と体力にうまく余裕を見ることができるようになった、と、そう考えておくことにしましょう。

 では本題です。
 奥の細道1000レポート、今回が最終回です。

 時間的にも体力的にも、最も厳しくなると予測していたDay 3は、想像以上に鳴子温泉のPCクローズにギリギリとなり、かなり余裕のない展開になってしまいました。

 しかし、それ以降は普通に走っていれば、どんどん貯金が貯まっていく時間帯です。
 天童で仮眠後、よほどコース復帰が遅くならない限り、計画が破綻することはないでしょう。

 そして、Day 3のうちに山寺往復をこなしていたことから、この先、残る距離は143km。
 普段の週末サイクリングでも普通に走っている距離です。

 さあ、これがウイニングランとなるのか……。

 というわけで、長くなった今回のレポートもこれが最終回。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


Day 4.-1 期間中最低気温の朝を
 耳元でやかましく鳴るアラームで目覚めました。
 5/5日、朝3時。目が覚めると同時に行動着を身に着け、昨夜、部屋に運んでいただいていた食事に手を付けます。

 冷え切っていましたが、デミグラスソースのハンバーグ、みそ汁、そしてデザートのグレープフルーツが体に染み渡るように美味で、朝からほっこりしました。

 対して、白米などは半分しか食べられなかったので、エネルギーゼリーを追加で腹に収めてスタート準備完了です。

 この日のスタートは朝4時のつもりでしたが、準備が少し早く終わったので、3:40頃には出られそうです。

 ……と思ったのですが、ホテルのロビーで装備と車体(バックヤードに置かせていただけた)を整え、さあ行くぞ、となったところで、お手洗いに行きたくなって……(クイックビブは偉大なり)。

 結果的に、スタートは計画通り、4時となってしまいましたが、まあ問題ないでしょう(^^;)。

 同じホテルに宿泊し、同時刻に出発を考えていたらしい参加者と、「頑張りましょう」の挨拶をかわして、びっくりするほど冷え込んだ朝の冷気の中に飛び込みました。

 天童からは山形空港付近まで、昨夜南下してきた県道120号を北上し、その後、大石田方向にルートを転じます。
 同じくらいの時間に走り出す参加者が多かったようで、ルート上、遠くにはチカチカとテールランプが見え、バックミラーの中には、上下に並ぶ明るい光が見えていたりします。

 空の東側、稜線上にはすでに金色の光が見えており、まもなく夜明けを迎えるでしょう。


19050291.jpg
山形空港付近(5日、4:07)。
東の空が赤く色づいてきた。

19050292.jpg
これは方角的に月山か?
天童から西に見えた雪山。
(5日、4:18)


 山形空港の南で鉄道の西に出て、長瀞城跡の街区のど真ん中を抜けて大石田方向へと北上します。


19050293.jpg
それから30分経ったが、
なかなか太陽が昇らない。
(5日、4:30)

19050294.jpg
景色が朝焼けに染まる。
西側の山の山頂から、
徐々に陽射しの当たる範囲が
麓に伸びてきた(5日、4:46)。


 5月でも霜注意報が出ることがある山形県内陸部らしい、身も心も引き締まるような冷気です。
 単に寒さで硬直しているという見方もできますが(^^;)。


19050295.jpg
途中の路上温度計がこれ(5日、5:07)。
2℃とは真冬並みですなぁ(^^;)。


 それなりに東北の気候を知っている身でも、この寒さはさすがにこたえました。
 一応、保温性を優先してスーパーメリノウールL.W.長袖とレインスーツの上着も装備していますが、それでも寒さが体に染みてきます。


19050296.jpg
方向案内に寒河江の文字が出る(5日、5:25)。
上に見える橋は、
最上川300で大石田に向かうルートだ。

19050297.jpg
最上川にかかる大橋を渡り、
大石田の町へ(5日、5:28)。

19050298.jpg
大石田の町を守る特殊堤防。
コンクリート壁に、
かつてこの辺りにあったという、
舟役所をイメージして作られている。


 大石田の町は、最上川の水運で栄えた街です。
 しかし、暴れ川でもある最上川に近いことから、水害が多い場所でもありました。

 結果、近代的な堤防の建設により、そのリスクは大きく低減されたのですが、同時に、町と川の分断も発生してしまい、かつて水運で栄えた街の面影が希薄になってしまいました。
 そこで地元住民の要望などもあり、このような特殊堤防を建設し、在りし日の大石田の面影を残すことにしたそうです。

 それにしても、最上川の水量が半端ではなく多いですね……。
 今の季節、雪解け水が混じるため、東北地方の河川は大体、水量が多く、水も濁りがちになるのですが、今年は雪が少なかった、という割には、水量が豊富です。

 五月雨ではなく、雪解けを集めて速くなった流れを横目で見つつ、大石田の町に入ります。

 ここで一度、冷えた体を温めるべく、自販機休憩。
 この先、しばらくコンビニがないので、積極的に自販機を活用して走ることにします。

 コースは大石田からは県道30号沿いに、ほぼ最上川300のコースとほぼ同じルートで、戸沢~酒田へと繋がります。
 県道30号沿いということは、大浦地区を過ぎた先で、ある意味名所の小坂峠のクネクネ坂を登って先に進むことになります。


19050299.jpg
小坂峠の坂から見た大浦地区(5日、6:05)。
宮城ブルベではおなじみの風景。

190502a1.jpg
そしてここには、
かなりの規模の残雪があった。
(下の道路が小坂峠の登り)


 この画像を撮影中、峠の登りの途中で追い越した参加者から、「え? あれ、何ですか??」と興奮気味に尋ねられました。
 いや、まあ、何と聞かれても、だとしか……(^^;)。

 この辺り、かなりの豪雪地帯でもあるので、毎年、5月まで残雪が見られるのですよね。
 宮城ブルベで300の開催が4~5月なので、何となくおなじみの風景かと思っていましたが、遠征の皆様には、5月に平野近い低山でこの量の残雪は、ちょっと驚きの風景だったかもしれません。

 コースはこのまま県道30号を進み、大蔵橋を渡って北へと進みます。
 本合海大橋で国道47号に合流すると、そのまま清川橋までは47号沿いを走ります。


190502b8.jpg
方角的に羽黒山か?
道の駅戸沢の手前、
南側に一瞬だけ見えた(5日、7:16)。

2019/5/28追記
火打岳か虚空蔵岳あたりではないか、
とのご指摘を頂きました。
羽黒山は標高414mで意外に低く、
戸沢からは火打岳などの、
1,000m以上の山陰になるとのことです。



 道の駅とざわを過ぎた所のコンビニが、この区間では数少ないコンビニなので、道路右側ですが補給に立ち寄ります。
 結構な数の参加者が、次々補給に入ってきますが、皆様、なぜか一言目に「やっとコンビニ見つけた~」という安堵の声が聞えて来るのは何故なのでしょう?(^^;)

 確かに、天童からここまで60km以上、確かにコンビニはまったくない区間ではありますが……(兵糧攻めとか言われてもいたような??)。

 とりあえず、しっかり補給をしたらテールランプの具合を確かめます。

 昨夜の段階でほぼ使い切った電池は交換済みですが、今日は右シートステーに予備灯のリフレックスオートを装備して走っています。
 国道47号はここから先、スノーシェッドなどが多くなり、車からの視認性が重要になってきますので、リフレクターを兼ねたこの装備が役に立ってくれるでしょう。


190502a2.jpg
そのままどんどん西へ進み、
芭蕉上陸地点を通過(5日、8:29)。


 大石田から清川まで、松尾芭蕉は最上川を下る船で移動し、ここから出羽三山へと登ったようです。
 出羽三山の一つ、羽黒山には、昨年のブルベ、一関酒田200で経由していますが、あそこを徒歩で登ったというのは、なかなか大変な道のりではなかったかと思います。

 コースはここからさらに最上川沿いに、酒田方面を目指します。


190502a3.jpg
清川橋を渡って最上川右岸へ。
ここから庄内平野である(5日、8:31)。


 庄内平野は、過去の宮城ブルベでは向かい風に苦しめられる場所、というのがお約束になっています。
 清川橋の一つ下流にある最上川橋を渡り、山沿いを北上して遊佐に向かう道が大体向かい風で、遊佐から折り返す時には物凄い追い風ブーストがかかる、というのがいつものパターンでした。

 ちなみに、この辺りで向かい風を食らうと、どんなに頑張っても25km/h以上を出すのが至難の業で、往復コースだとわかっていなければ心が折れそうなくらい、キツい道を進むことになっていました。

 そんな事があったので、ここでの向かい風を恐れていたのですが……。

 この日は、なんと追い風が吹きました。
 それも、かなりの勢いで背中を押してくれる、強い追い風です。

 うおう、ここでさらに勢いに乗れるとは!
 最終日の最後の段階になって、天候がご褒美モードになってくれたのでしょうか。


190502a4.jpg
ご褒美はもう一つあった。
進行方向にドン、と現れた鳥海山。
(5日、8:58)


 この、鳥海山の山容が見えた時の感動は、どう言葉で表現したらよいものやら……。

 宮城ブルベを走っている時にも何度も目にしており、ランドヌール宮城ジャージの背中の意匠にも使われている山ですが、これほど美しい姿を見たのは久しぶりな気がします。


190502a5.jpg
水の入った水田に、
逆さに映る姿も見られた。
(5日、9:08)


 この周辺を通行中に、何度も止まって、何枚も画像に収めてしまいましたね。

 いや、本当に雄大で美しい山です。
 その美しい山容から出羽富士と呼ばれたり、山岳信仰の対象にもなっている山でもありますが、この日の姿を見たら、神様が住む山、と言われて大納得できましたよ、ホントに。


190502a6.jpg
そして坂田市街地に進む。
最後のPCまでもう少し。
(5日、9:31)


 賑やかな酒田の町に入り、その中心街に最終PCはありました。

PC6チェック:5日、9:43(クローズ:5日、11:05@11:30スタート組)

 さあ、最終のPCをクリアしました。

 これで残りは象潟の海岸のフォトチェックとゴールのみです。
 残るコース上距離はトータルで40km前後。ゴールのクローズは14時半(@11:30スタート組)なので、よほどのことがない限り、時間内完走は間違いないでしょう。

 ……しかし、過去、最終区間に入ったと思ったら、物凄いケアレスミスが致命的な障害に繋がってDNF、というパターンを何度か見ているだけに、最後の最後まで油断はなりません。

 もう大丈夫だ、と誰もが思うからこそ、「過ちすな、心して下りよ!」(徒然草、「高名の木登り」より)の心境で進むことにしましょう。

Day 4.-2 そして旅の終わりへ
 酒田のPCでは、地元の自転車店の店主さんという方に声を掛けられ、ブルベとここまでの道のりについて色々とお話ししたり、一般の皆様からも色々と声をかけられ、その都度、コースの距離と内容に驚かれたりしました。

 ちょっと印象的だったのが、酒田のPCで声をかけていただいた皆様のうち、大体、自分と同世代の皆様にコースを説明する際には、松尾芭蕉より忌野清志郎氏の名前を出した方が、「ああ、以前、自転車で来てましたよね!」とすぐに理解していただけたことでしょうか。
 清志郎氏の10回忌に、その時のオマージュとして開催されているのだ、という話をすると、「もうそんなになりますか……」というしんみりした話にもなってしまいましたが。

 ちなみに、この日、あまりに見事だった鳥海山を話題に、「あの風景を日々、間近に見ているなんて羨ましい」と素直に思っていたことを話すと、「いつも見てっから、よくわがんねえけどなぁ」と苦笑されていたのも面白かったというか。
 地元の皆様にとっては「いつもの風景」が、他から来た人にとっては「羨ましいまでの地域の財産」という話は、どの地域でも良くあてはまる話なのですね(^^;)。

 準備を整えて、背中のポケットにブドウ糖ゼリー(今回のブルベで使ってみて、非常に気に入った)を予備食料として突っ込むと、最後のPCを出発します。

 最終区間の最初は、酒田市内のタイル舗装された街路沿いに、酒田の日和山公園方向へと向かいます。
 石巻の日和山公園は30%というとんでもない斜度の坂でしたが、酒田の日和山公園はちょっと登った丘のような場所でした。

 ただし、この日はお祭りだったようで、歩行者、車が多数、詰めかけており、ちょっと通行が困難だったり……。
 港湾地区に抜けると、一般車両は少なくなり、時折トラックが走り抜ける産業道路的な道となりました。

 少し静かな道になると、最終日の朝から苦しんでいる問題が気になってきます。

 何が問題であったかというと……サドルやレーパンと擦れたためか、尻の座骨まわりに水疱状の"できもの"が出てしまい、着座するともろに圧迫されて物凄い痛みを発していました。
 座る角度やレーパンのパッドの位置を調整することで、多少は痛みをおさえられるのですが、基本的に体重が乗っている間はずっと痛い。
 体重をかけなければ大丈夫かとダンシングしてみても、体の動きでレーパンのパッドと擦れて痛い、という、かなり困った状況になっていました。

 そういえば、いわき1000でも後半、座骨まわりの皮が靴擦れ状に破れて、コロイド型絆創膏を貼ったっけ……。
 春以降、体重が落ちた分、骨がゴツゴツ突き出すようになったため、色々なところに、今までになかった擦れ障害が出ているのはどうしたものやら……。
 (骨盤の左右外側の突起部分とか、派手に擦れてかゆみを伴う炎症になっていたし……)


190502a7.jpg
やがてコースは国道7号へ。
海岸沿いを一気に北上する。
青森だけ、格が違う(^^;)。
(5日、10:47)


 国道7号は北陸から東北の海岸部を貫き、秋田市、大館市から青森県の弘前市を抜けて青森市までつながる幹線道路です。
 昼近くなったこの時間は、一般車両にトラックに観光バスに、と、物凄い数の車が走っていました。

 道幅は十分ある場所と、やや狭くて心もとない場所があり、場合によっては路肩の荒れた場所を走らないといけない時もあったりして。

 あまりガタガタな場所を走ると、それだけ尻にダメージが来るので勘弁してもらいたいのですが、車の運転手から見ればこっちが邪魔者でしょうから、あまり大きな声では言えませんよね(^^;)。


190502a8.jpg
遊佐のいつものコンビニを通過。
さあ、秋田県が一気に近づいた。
(5日、11:16)


 宮城ブルベの最上川300の際、折り返し地点となるとともに、鳥海高原400では、鳥海ブルーラインにアタックする前の補給基地となる「いつものコンビニ」です。
 この先でコースは7号から左に逸れて、十六羅漢岩などを左手に見る海岸沿いの道に進みます。


190502a9.jpg
十六羅漢岩の手前から鳥海山。
この日は、昼になっても大気がクリアで、
本当に鳥海山が綺麗に見えていた。
(5日、11:19)


 鳥海山の標高1,000mまで一気の登り上げる道路、鳥海ブルーラインを右手に見送り、最後の17kmほどの道を進みます。


190502b0.jpg
海岸沿いの道路は好天に恵まれ、
とても気持ちが良かった。
(5日、11:24)


 この辺りの海岸沿いは、逆向きに走った宮城1000の時にはアップダウンが凄かった印象があったのですが、どうやらそれは7号を直進した場合のようで、海岸沿いの旧道はなだらかな地形に沿った走りやすい道でした。
 その先で7号と再び合流すると、海岸のアップダウンを繰り返す、伊豆半島の東岸のような雰囲気の道に変わります。

 時間は正午が近くなり、高く昇った太陽がじりじりと背中を焼いてくれていました。

 この日も、昼間は25℃に到達する暑さ。
 とある駐車場でパラソルが見えたので、たまらずそちらに引き寄せられます。


190502b1.jpg
秋田名物、ババヘラアイス!
もう、この日はごちそうでしたよ!
(5日、11:43)


 よく考えたら、まだ山形県のエリアなのに、秋田名物のババヘラを売っていたという、ちょっとした文化侵略が行われていた気がしなくもありませんが(^^;)、ご当地銘菓?を頂きます。

 このババヘラを食べている間に、無事にゴールを果たした仙台のOさんが折り返してきました。
 この後、仙台までの200kmを自走で帰る(夏を前に、1,200kmを走っておきたいとのこと)予定というわけで、この辺りはコースと帰宅ルートが被っている様子でした。

 互いの健闘を称え合い、今後、PBP対策などで情報交換を進めることや、仙台の皆様の近況、そしてこの先の帰宅ルートなどについて、色々な話をします。

 ちなみに、Oさん視点では、「なんかババヘラ食って余裕な人がいるなあ、と思ったらYO-TAさんやん!」という感じだったらしいです(笑)。
 ま、確かにここまで来たら、余程のことがない限りゴールでタイムアウトはありませんからね。
 ちょっと息抜きで余裕ぶっこきたくもなります(^^;)。

 Oさんはこのまま最上川沿いに進み、関山峠を越えて仙台に戻るつもりだ、とのことでした。
 この辺りからだと、国道47号を最上町から鳴子温泉へと峠を越えて宮城入りし、岩出山から国道457号沿いに南下して仙台かと考えていたので、ちょっと意外なルート設定でしたね……。
 (なお、その後関山峠が大変な混雑になっているとの情報を得て、47号沿いに進んだらしい)

 過去に走った1,200kmでは、最後の200kmでかなり疲れた覚えがあるので、無事を祈ってのお別れです。
 私はゴールへ向けて北へ。
 Oさんは仙台へ向けて南へ。

 次にお会いできるのは、遠征ブルベのコース上か、フランスの空の下か……。


190502b2.jpg
さらに北上を継続。
スタートからの走行距離が、
サイコン上で1,000kmに到達。
(5日、12:28)


 ミスコースや宿に逸れるルート分も含んだ距離であったため、象潟の手前4kmほどの地点で、サイコンが1,000kmを記録しました。
 4桁kmをとりあえずクリア。ゴールまでは、本当にもうすぐです。

 少し進んだところで、GPSの画面(トラックアップ設定)に象潟の町が出始めました。
 小さな町ですが、鳥海高原400ではここから西の高原へと、きつい登りを開始する場所。
 鳥海高原400は厳しいコース設定のため、何度かここから秋田経由で仙台まで撤退を選んで輪行したこともあります。


190502b3.jpg
象潟の港から振り返ったら、
ここからも鳥海山が見事だった。

190502b4.jpg
そして最終フォトチェック、
象潟海岸をこれでクリア(5日、12:36)。


 松尾芭蕉がおくのほそ道で到達した最北端。
 忌野清志郎氏がツール・ド・奥の細道でゴールした地点に到達しました。
 ついに来たなあ、と、さすがに感慨深いものがあります。

 ここで、参加者の一人、たくさんが颯爽と登場。
 汚れ物を何とかしたいので、コインランドリーを探しているとか、なかなか余裕の様子で、もうゴールしたのかと思ったら、これからゴールに向かうところだ、とのこと。

 まあ、こんな距離を走破してしまう皆様ですから、色々、マイペースで強い方ばかりです(^^;)。

 コースはここから残り1kmほど。
 海岸沿いに進み、7号に出たところを左折してすぐのコンビニが、旅の終点でした。

ゴール:5日、12:46(クローズ:5日、14:30@11:30スタート組)

 73時間16分の時間を経て、「ワレ、トウチャク、セリ」

 なぜか深夜特急風のツイートでコース上の実況を締めました。
 狙ったわけじゃなく、自然と頭に出てきたフレーズでした。
 (というか、深夜特急だったら、「ワレ、到着セズ」だよね ^^;)

 73時間前に、雨の東京の木場を出発し、日光まで向かい風に押し戻されながらのクライムを越えて。
 そのまま夜通しで那須高原に登り、白河の関を越えて福島を縦断、仙台から石巻へと走り続け。
 朝焼けとともに女川に進み、大きく様変わりしていた三陸地区を越えて、気仙沼から平泉、一関を抜け、プランニングミスで時間ギリギリの勝負を強いられつつ岩出山から鳴子温泉に至り、その後はゆったり山形に入って山寺往復から天童へ。
 最終日は極寒の朝から走り始め、4日間、待ちに待った追い風とともに鳥海山のふもとをぐるっと回ってゴールまで。

 Day 1~4まで、それぞれ本当に色々なことがありましたが、とにかく、ここにゴールしました。

 ゴールのコンビニではイートインで昼食代わりの最後の補給をしつつ、通過チェックの画像を専用サイトにアップロードします。
 同じようにアップロードしようとしていた皆様の中には、画像サイズが大きすぎてエラーが出たり、うまくサイトにアクセスできずに苦労したりした皆様もいたようですが、私は何とかアップロードを終わらせられました。

 しかし、ゴールした、と意識すると、もう力が抜けてしまったというかなんというか……。

 普段のブルベだと、「もうちょっと走れるかな?」とか、「あ~、ゴールしたくないなぁ」なんて気分にもなるのですが、この日はさすがにそんな余裕はなく、象潟へと海岸を北上中、考えていたことは、「もう一分一秒でも早く終わらせたい!」という事だけでした……。

 ゴールして緊張が切れると、その傾向はさらに拍車がかかって、イートインの椅子から立ちたくない……。
 「ゴール受付、こっちに来てくれないかなあ……」とは、かなり実感のこもったボヤキでしたが、なんか、その時いらっしゃった皆様全員から大賛同を得たのですが(^^;)。
 (むしろ来い、とか威勢のいいことを叫んでいた方もいらっしゃった。まぁ、気持ちはわかるけど ^^;)

 さておき、とにかくゴール受付に向かわないといけませんので、ズリズリと全身を引き摺る思いで自転車の所に戻り、象潟公会堂へと進みます。
 短距離とはいえ、さっき通った海岸通りを逆走する間にすれ違った参加者の方に、「お疲れ様~!もうすぐですよ~!」と声を掛けたら、「さっさと終わりた~い!」という悲鳴が(笑)。

 あなたもか。
 いや、気持ちはよくわかります(^^;)。

 象潟公会堂は小高い丘の上にあり、最後の最後にまた軽く登坂が待っていたというオチをつけつつ、到達しました。


190502b5.jpg
象潟公会堂。
レトロモダンな、
ものすごく良い雰囲気の建物だった。

190502b6.jpg
ここは「おくのほそ道」にちなんだ
名所・旧跡めぐりの拠点らしく、
象潟周辺における芭蕉の足跡を示した
案内板が出ていた。


 松尾芭蕉はここから酒田へと下り、北陸路を福井まで降った後、近江(滋賀県)を経て岐阜県の大垣市に至ったところで筆を置いています。
 私達の旅は、忌野清志郎氏の「ツール・ド・奥の細道」同様に、最北端の地、象潟で終わりを告げました。

 なお、この時にここから北陸を自走で下れ、と言われたら、迷わずDNFを選んだでしょう(^^;)。

 ゴール受付は無事に終わり、同時刻辺りにゴールしていた参加者の皆様と、あそこがきつかった、ここは酷かった、でも最後の鳥海山は凄かった、等々、色々なことを語り合います。

 しかし、さすがに73時間以上の疲れが出たのか、私は何度か寝落ちてカックン、となっていたので……。

 本当は宿をとってある仁賀保駅近くのホテルまで、過去に仕事で携わった現場経由で15kmほど自走するつもりでしたが、ちょっと危険だろうとそのプランをあっさり放棄して象潟駅へ。
 すぐに来る特急で行くこともできるようでしたが、たった2駅だったこともあり、ゆっくり輪行準備をすることにして、約1時間後の普通電車で移動することにしました。

 ここで初めてコーラを解禁しましたが……うん、なんか普通の味でした(^^;)。

 この後、私は仁賀保駅まで輪行で移動し、組み上げるのが面倒だったので、輪行袋を担いだまま、徒歩10分ほどのホテルに入りました。

 で、その後はTwitterのクライアントを、普通のTL閲覧モードに切り替えたのですが……。

 ドカドカ飛んでくるリプライとRTといいねの量に驚き、通知で震えっぱなしのスマホを放置してシャワーに。
 その後、リプライ返しをしていたつもりが寝落ちてしまい……次に目覚めたのは夕食時だったので、ホテル近郊で食事をして、そのまま寝てしまいました……。

帰還日:ブルベはおうちに帰るまで
 5/6日、この日は仁賀保から我が家に帰るだけです。

 ……なのに、何で朝3時に目が覚めているんだ?
 (アラーム、一切かけてないぞ? ^^;)

 しばらく、夜10~12時に寝て朝3時に起きる生活をしていたので、そのリズムが体に刻まれているのでしょうか?

 もう、とにかく走らなくていいんだから、と、布団をかぶっているうちに、華麗に二度寝に入ったようで、次は朝の朝食時間にあわせての起床となりました。
 うん、これでいい。むしろ、これじゃないと駄目なんだよ(^^;)。

 朝食は、宿を予約した時点ではつけていませんでしたが、チェックインの際にオプションで追加していました。

 追加して正解でした。
 地元名産品をふんだんに使った朝食バイキングは、前日まで路上をふらついていた体に染みわたるように美味で、いぶりがっこや筋子を乗せたおかゆが際限なく食べられる気分でした。

 というか、この朝食がなかったら、連休中に秋田まで自走で行って、地元の何を口にしたか、と聞かれて、「水道水」くらいしか答えようがなかったぞ(^^;)。
 (あ、水以外には、ババヘラアイスがありましたっけか……)

 とにかく、「糖質制限、何それおいしいの?」状態でお粥を食べまくり、満腹になってから出発準備です。
 不用品などはホテルから宅急便で発送し、必要最小限の荷物だけをまとめ、再び仁賀保駅へと輪行袋を担いで移動です。

 新幹線はモバイルサービスで既に新潟~東京をおさえてあるので、仁賀保~新潟の特急券をおさえれば良いだけでしたが……。


190502b7.jpg
仁賀保駅には発券機がないため、
手書き切符での対応だったという。


 うお、こんな切符、見るのも使うのも何年ぶりか覚えていないぞ(^^;)。
 あまりのなつかしさに、新潟駅で記念に持ち帰らせていただきましたよ、これ。

 こんな意外なハプニングがあったりしつつ、東京まで輪行で到達。
 無事に自宅まで戻って、今回のブルベは終了でした。


 さて、令和最初のブルベはサウザンド。
 PBPに向けて勢いをつける上でも、完走を目指すつもりで出走しました。

 結果、無事に完走できて、今はホッとしているところです。
 まあ、ちょっと燃え尽き感があるので、もう一度、今後のブルベ計画を見直しているところですが(^^;)。
 (DNSが二つ、続いたしねえ……)

 とにかく、600以上のコースになると、どんなコースでも楽にクリアできるような物ではなくなります。
 今回の1,000kmも、序盤、矢板市で仮眠を挟むか否か、の判断で明暗が分かれた参加者も多かったようで、PC3まで到達できなかった、という人がかなりいらっしゃったという話を聞きましたが……。
 (私の周囲の話を聞いても、大体、仙台〜石巻あたりでDNFした、という方が多かったように思う)

 それにしても、今回は色々なメカトラに泣かされましたねえ……。
 致命的な状況には至らなかったものの、とにかくチョコチョコと色々な対応を強いられたのが結構痛かったです(^^;)。

 あと、ミスコースも多めでした(笑)。
 AR日本橋さんのブルベのコースは、都市部の細街路を縫って走るコースが多いのが特徴ですが、その関係で、曲がりどころが何の変哲も無い交差点だったり、安全確認が優先されて曲がるタイミングを見失ったり、色々ありました……。

 今回のコースは、下敷きとなっているのが松尾芭蕉の「おくのほそ道」と、忌野清志郎氏の「ツール・ド・奥の細道」ということもあり、旧街道筋をコースに設定した場所も多かったですが……。

 旧街道=基本的に徒歩、牛馬で通る道
 現代の道路=自動車、軽車両、歩行者などが効率よく通れる道

 という設計思想の違いがあるので、油断すると走りやすい現代道路に引きずられてしまいますね(^^;)。
 まあ、それでも後半、東北に入ってからは土地勘があったことから、コースプロファイルをイメージしやすく、「いつもの感覚」で走れたのが、完走につながった大きな要因だったと思います。

 あと、バーチャルライドのワークアウト、意外に効果が出ているんだな、と、それが実感されたのも、ある意味収穫でした(^^;)。
 自転車通勤できない憂さ晴らしのつもりでしたが、案外、効くものですね。

 さて、現段階で次のブルベの予定は……考え中です(^^;)。

 今の所、8月の宮城のナイトライド200にはエントリー済みですが、他にも400くらいを何度か走っておきたいところです(できれば、一昼夜走の感覚を刻み込んでおきたい)。

 その辺りはまた、スケジュールと相談することにします。
 (最近、何でか突発的に忙しくなるのが侮れなくてね……)


関連記事
コメント
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

Twitterでつぶやき中
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
雨雲レーダー
リンク