日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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75時間で奥の細道 BRM502日本橋1000参加記録 Part.4

 518は興津600に参加の予定でしたが、会社が現在、半期の決算期であり、棚卸しや監査対応で忙しくなってしまったのでDNSとなりました……。

 先週はまあ、体のダメージが結構あったので仕方がないですが、今週末はできれば走っておきたかったところです……。
 (体を長距離走るのに慣らしておきたかった……)

 まあしかし、監査対応で穴を開けたらクビが飛ぶのは間違いないので、仕方がないです(^^;)。
 6〜7月に走れるブルベを探すか、個人ツーリングで長距離を走っておくようにしましょうかね……。

 では本題です。
 なかなか更新の時間が取れずに、間が空いてしまいましたが、奥の細道1000レポート、Part.4をお送りします。

 Day 1〜2を休まず走り続ける戦略をとって、530km地点の石巻まで一気に到達しました。

 3日、20:30分には宿に入れたので、装備換装等々とともに、不要物の返送までを一気に終わらせ、仮眠に入ったのは22時過ぎだったでしょうか。
 もっと時短できた気もしますが、想定よりずっと早く宿に入れたので、まあ良しとして仮眠に入ります。

 Day 3の出発は、朝3時を予定していたので、仮眠時間は4時間ほど取れたでしょうか。
 今、思い出しても、かなり充実した仮眠になったと思います。

 そして、計画段階から、時間的にも体力的にも、最も厳しくなる、と想定していたDay 3が始まります。

 そんな一日がどんな状況だったか、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


Day 3.-1 夜明けの三陸路へ
 5/4日、2:30。
 耳元で鳴ったアラームで目覚めると、すぐに大ドンデン開始です。

 ウェア類を一番下になるものから順に身につけ、スタート前の補給(ゼリー、固形携帯食、水分)をすませると、もう出発予定の3時が近づいてきます。

 充電していたバッテリー類と充電器を防水パックに突っ込み、フロントバッグに詰め込めば、出発準備は完了です。
 石巻の朝3時は、那須高原よりは幾分か過ごし易い冷気に包まれていました。

 部屋の鍵を時間外ポストに投函してチェックアウトとし、Twitterにリスタートの宣言を流してからスタートしたのは3時をわずかに回ったくらい。
 ほぼ、計画通りに出発できました。

 数時間前にコースを離脱したアイトピア交差点に戻り、「津波到達の地」の真新しい石碑を横目に、旧北上川を渡り、女川方面へと走り始めました。


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寝静まった石巻を出発(4日、3:24)。
女川方面へと静かな国道沿いを進む。


 石巻から女川への道は、仙台赴任直後(2011年7月)に、まずは車で走りましたが、あの時は道路の両側に瓦礫が山になっている場所も多く、津波の爪痕があまりにも強く残っていました。
 それから女川町に入り、女川市街地だった場所に至った時、何も言葉が出ないほどの衝撃を受けたことを忘れられません……。

 その後、宮城時代の2017年9月に開催された女川八戸400では、女川駅前のスタートが10時という日程だったこともあり、今回のコースと同じ道を自走で石巻から女川へと向かい、かなり綺麗になった石巻、女川の姿を見ることができたのでした。

 そして今回は、とりあえず女川の通過チェックに向かって進み、そのまま気仙沼まで三陸地区を北上。
 その後は気仙沼街道沿いに内陸方向に戻り、平泉などを経て鳴子温泉のPCを通過後、山形県へと進みます。

 この日、関門になりそうなのが、PC4の鳴子温泉。
 ここに18:28(11:30スタート組)までに到達する必要がありますが、手元の計算では、既に4時間ほどの派手な借金生活になっています。

 しかし、気仙沼に至るまでの間に走行距離が600kmを超えて、制限時間の緩和区間となるため、そこからジワジワと借金を返済し、平泉~花泉あたりで借金完済、少し余裕を持って鳴子温泉へ、という想定になっています。

 さあ、そんなにうまい話になるのかどうか。
 ここまで来てタイムアウトはちょっと格好がつかないぞ、と思うものの、過去にブルベやツーリングで走ったことが多い地域だけに、何とかなるだろう、という考えでコースを進んでいました。


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女川町の中心街に到着(4日、4:08)。
ちょうど夜明けになったようだった。

19050259.jpg
女川のメインストリート。
駅から港まで、
一直線に道が繋がっている。


 女川の通過チェックを過ぎる頃から空が白み始めました。
 ここから周囲は急速に明るくなっていき、短い停車時間の間に、見通しの良い道路ならライトもいらないか、と思うほどになっていきました。

 女川の通過チェックでは、ホットのドリンクを一本、腹に入れたのみ。
 まだ石巻を出発した直後で、この先、何箇所かあるコンビニを繋げば、問題なく走れるでしょう。

 この時は、そう考えていたのです……。

 コースはここからリアスブルーラインを通り、北上川河口方面へと進みます。
 ここは数年前、女川八戸400で走った場所でもあり、道路の雰囲気はよく覚えています。


19050260.jpg
高台移転により、
新たにできた住宅地。
女川八戸400の時は、
造成中だった場所だ。


 北上川の河口に出るまでの区間は、まだ比較的アップダウンの程度は穏やかであることから、この後に出てくる気仙沼までのアップダウンに備えて、脚を温存するかリカバリーを考えた走りに徹するのが良いだろうと考えていました。
 よって、トリプルインナーも迷わず使い、軽めのギアを早く回すことで、負荷よりリカバリーを……。

 なんてことをやってみようかと思ったのですが、結果的にこれまでの疲労から力が出ないので、軽いギアでしか登れない、というグダグダな事態になりました……。


19050261.jpg
ふと見ると、
水平線の上に太陽が出ていた。
体感温度が急速に高くなる(4日、4:45)。


 周囲にオレンジ色の陽光が届き始め、朝焼けの色に染まり始めました。
 南東北の最も東側を走っていることもあり、最も早く陽光を受けるためか、体感温度も急速に高くなっています。

 そういえば、昨日は朝5時半に新白河駅前でアウターシェル代わりのレインスーツを外したんだっけ、と思い出します。
 少し早いですが、ここは東の海岸線。
 このまま太陽が高く上がれば、すぐに体感温度も上がるでしょうから、さっさとレインスーツを外すことにしました。

 この日、インナーとして身につけていたのは、スーパーメリノウールのL. W.長袖でしたが、ここまでのアップダウンでしっかり汗に濡れていました。
 そして、汗冷えしにくいという特性はあれど、これだけ低温下ではさすがにそれにも限度があったらしく、しばらくの間、私は寒さに震えることとなりました。


19050262.jpg
そういえば、三陸地区は以前と比べ、
格段に走りやすくなっていた。

女川八戸400の時は、
下に見える道路を走ったのだが、
今回は築堤上の新道を走った。


 三陸地区は全体的に道路が改良され、谷地で一度海岸ベタ付きまで下りていた道路が、少し内陸側の築堤上を走るようになっている場所が多くなりました。
 これにより、登りはじめ、下り終端のカーブが緩やかになったり、アップダウンの高低差や坂の勾配が緩くなっている場所が格段に増えており、自転車でも明らかに負担が軽くなっている気がします。

 たった2、3年で、ここまで変わったのか、という驚きに似た思いを持ちましたが、そういえば以前、南三陸町(志津川地区)を通るようにブルベのコースを引いた時、毎年のように国道45号の線形が変わって大変だったよなあ、なんてことを思い出したりもしました。

 復旧も復興も、まだまだ途上とはいえ確実に前に進んでいる。
 三陸を走ると、本当にそう思わされます。


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新北上大橋を渡る(4日、5:46)。
この先、南三陸町をへて気仙沼を目指す。


 新北上大橋を渡った時間は、当初想定より微妙に遅れを取っていました。
 10分ほどなので、まあ誤差と言っても良いレベルではありますが、借金をなるべく早く返済したいので、北上川沿いの平坦地では、少し頑張って回して時間を稼ぎます。

 この先、南三陸町に入って、旧陸前戸倉駅の辺りにコンビニがあるはずです。
 過去に開催したブルベで、三陸海岸を走るコースを設定した際、PCに設定できそうなコンビニをリストアップして調べたことなどを思い出し、志津川地区に入る前にそこで補給しようか、と考えて前進します。


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南三陸町に入った(4日、6:31)。


 で、結論を先に言ってしまうと、陸前戸倉のコンビニは仮設店舗だったためか、すでに撤去された後でした……。
 おいちょっと、そりゃないぜ、と思いましたが、確かに数年前もお客さんとして訪れるのは周辺の復旧工事の作業員の方がほとんどで、早朝深夜は店も閉まっていましたっけ……。

 この辺りは周囲に住宅地もないですし、工事が一段落した今となっては、お店も役目を終えたのかもしれません。


19050265.jpg
途中の自販機で小休止。
カロリー高めのピーチジュースで繋ぐ。

エンメアッカ号、
後輪フェンダーがないことに注目。
Day 2走行中に破損したので、
石巻から自宅に強制送還となっていた。


 この1000kmブルベは今日、明日のみで、両日ともに走行する地域の天気予報は晴れとなっていますので、フェンダーはもう不要、と考えて返送してしまっていました。
 にわか雨に降られた場合は、もう開き直れば良いでしょう。


19050266.jpg
この辺りにも、
高台移転による新しい住宅地があった。
町ごと、新しい区画に移転したような、
そんな雰囲気があった。


 以前はなかった場所、大規模な造成工事が行われていた場所に新しい町ができていたり、この地域の変化は本当に大きかったですね。
 2~3年前の土地勘が通用しない場所が結構ありました(^^;)。


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そして南三陸町の中心地、
志津川地区に出た(4日、7:16)。

19050268.jpg
南三陸町の防災対策庁舎。
現在は周囲の高盛土が進み、
意識して探さないと見つけられなかった。


 南三陸町の志津川地区、あの震災の日に何があったかは皆様もご存知でしょう。
 宮城時代にここをブルベで何度も走り、その度に道路の線形が変わり、町の高盛土が進み、町の姿は大きく変わってきたことを見ていましたが……。

 今回、ここを訪れた感想は、「あの防災庁舎って、あんなに小さかったのか」ということ。
 そう感じるほどに、周囲の防災工事が進み、ここも2~3年前の土地勘が通用しない場所になっていました。

 この先でコース右側に新しいコンビニがあり、数人の参加者が止まっている姿が見えましたが、この先の高台の上、道路左側にコンビニがあったはずなので、私はそこまで走ることにしました。

 ……閉店していました……。

 うぉう、土地勘があることがアドバンテージにならず、逆に補給のタイミグを狂わせてしまうなんて(^^;)。

 この後、もう一箇所のコンビニを尋ねたら、道路線形の見直しによりコンビニがあった土地が道路になっていて、もちろんコンビニはどこかに移転済み、という状況だったり……。

 歌津地区に入る前に、駐車帯に車体を寄せて、手持ちの携行食をもぐもぐ……(持っててよかった、カロリーメイト……)。


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そんなこんなはあったが、
気仙沼市に入った(4日、8:13)。


 気仙沼市に入ると、平坦な場所も増えてきて、三陸らしいアップダウンは少なくなってきました。
 大谷海岸あたりで2人連れの参加者に追いつきましたが、前を行く方が少々、辛そう。後ろから見ていると、睡魔で出力が出せないような感じです。

 ブルベの日程も3日目になり、走行距離は600kmを超えています。そろそろ疲労もピークに近づいてきてもおかしくありません。

 とりあえず、私としては先に進みたいことから、車の切れ目を狙って、声がけをしながら追い越しました。

 しばらく走っていくと、蛍光色のウェアを着た人達が集まっているコンビニが見えます。
 気仙沼の通過チェックでした。

通過チェック(気仙沼):9:06

 当初想定とほぼ同じで、三陸海岸のアップダウンを通ってきた割に、借金返済ペースはまあギリギリ走行ライン、という感じでしょうか。
 このままのペースが続けば、想定通り平泉か花泉で完済、となるはずですが、想定以上の返済ができなかったので、少々シビアな条件なのもまた事実です。

 まあ、三陸のアップダウン地帯でそんなにペースを上げられるとは思っていないので、ギリギリラインでも返済が進んでいるなら御の字と言わなければいけないかもですが……。

 さて、ここから先は気仙沼街道沿いに内陸を目指し、平泉、一関を過ぎて岩出山の通過チェック、鳴子温泉のPCを目指します。
 時間内に鳴子温泉のPCを通過できれば、その先は時間の緩和により、かなり楽ができるようになります。

 気仙沼街道で、返済ペースをどんどん上げていければ。
 と、この時はそんなことを考えていました。

Day 3.-2 向かい風の気仙沼街道
 気仙沼の通過チェックで、早朝から身に着けていた長袖インナーを脱ぎ、補給中に車体に被せて干しておきます。
 出発する頃には乾いていたので、軽く丸めてフロントバッグの隙間に突っ込み、盛夏期装備で走行を再開しました。

 日が高くなり、既にそんな薄い装備でも大丈夫なあたり、昼夜の気温差がどれだけ激しいかを物語っています。

 気仙沼市街地はさすがに少々混雑していましたが、「峠」というほどの足止め要素にはならず、化粧坂の曲がりくねった道を登り上げ、旧市街地へ。
 気仙沼市に限らず、三陸地区に古くから栄えていた自治体の多くは、市役所や鉄道駅などの主要施設が高台上に置かれているのは、ある意味、それが災害対策だったのかもなあ、なんてことを考えてしまいます。

 気仙沼街道(国道284号)を西進し、平泉方向へ……というタイミングで、またミスコース。
 旧道方向に折れる場所でバイパスの方を直進してしまい、左手に見えた旧道を走るランドヌールの背中を見てミスコースに気付きました。

 バイパスの方は急激に登る坂だったので、福島市街地への入口同様、無駄に体力を使っています(^^;)。
 自歩道を徐行で下って、旧道入口へ。サケの人工孵化場を横目に旧道に進むと、バイパスと違って車通りもなく、やわらかい新緑に包まれた非常に良い雰囲気の道筋が続いていました。


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柳沢・下八瀬地区の旧道沿い。
柔らかい新緑や、
色とりどりの花が咲く、
東北の春~初夏の風景だった。


 地形に沿って蛇行するルートを、軽くアップダウンを繰り返しつつ、ぐいぐい標高を高めていきますが、やがてバイパスと合流してさらに西へ。

 風向きは……うぉい、向かい風かよ(^^;)。
 軽く下り勾配に転じたのに、あまり勢いよく下っていかないので、多少回して加速していかないといけません。
 3日連続の向かい風は、ちょっと勘弁してほしかったなあ……。


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岩手県に入った(4日、10:42)。
この先、矢越駅の辺りで、
宮城ブルベ、「平泉200」のコースと合流。

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岩手県に入ったところで、
私のおくのほそ道ポイント、
中西一里塚(4日、10:45)。

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少し引いて見ると、
塚上に植栽された松の木が、
かつての街道の雰囲気を良く残していた。


 岩手県に入ってすぐの辺りに、この一里塚がありました。
 塚の上に残る道祖神の碑(駒形神、とあったので、駒形神社に関連したものだと思う)と松の木が、昔日の気仙沼街道において道標として機能していた時代の面影を良く残しており、なかなか印象深い景観でしたね。

 昔日の旅人たちも、この松の枝を潜ってこの場所を往来していたのでしょう。

 さて、気仙沼街道はこの先、室根辺りで集落内を通るルートか、集落を避けて通るバイパスに分かれます。
 今回のコースはバイパスに回るように指示されているので、そのまま直進してバイパスを走ります。

 しかしこの室根バイパスが、長い長い登りで、600km以上走ってきた体には結構、こたえました……。
 しかも向かい風は相変わらずであり、向かい風クライムという、できれば避けたかった状況にもなっていたり……。


19050274.jpg
道の駅むろね近く(4日、11:02)。
幅員が広く、走りやすく見えるが、
ここまでの坂の長さと勾配が……。


 この坂で、たまらず押し歩きになっていた2人ほどの参加者を追い越して進みます。
 道の駅が近くなると、道路の右側には、地域の象徴とされている室根山が流麗な山容を見せていましたが、長い向かい風クライム中ではゆっくり楽しむ余裕もなかったりするのが残念です(^^;)。

 ホント、時間があったらバイパスの頂上にあった道の駅でゆっくり休憩しても良かったのでしょうが……この段階で借金返済ペースが、想定を下回っていましてね……。
 少々、PC4への到着時間が危うくなってきていることに気付き始めます。

 それでも、この室根バイパスを過ぎて、矢越駅の先の丘を登り詰めれば……。


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千厩の分水嶺を越えた(4日、11:14)。
この先は北上川水系。
この先の地面に落ちた雨は、
北上川に流れ、石巻へと向かう。


 矢越駅付近は、宮城ブルベのコース、平泉200で折り返し地点に設定される場所で、ここから千厩駅付近までは、何度も走ったことのある道です。
 矢越を過ぎたあたりで分水嶺を越え、千厩駅付近までは豪快な下り基調になるはずですから、そこで時間と距離を稼げれば、遅れ気味のペースを取り戻すこともできるでしょう。

 しかし、この段階で向かい風が強まり、矢越から先の区間に入っても、ダウンヒルの勢いが相殺されてしまいます。
 千厩の町中のアップダウンを過ぎ、川崎方面にさらに下り基調の道を進み始めても、借金返済ペースは変わりませんでした。


19050276.jpg
千厩の町を抜けて、
川崎方面へ下り基調の道を進む。
強い向かい風のため、
思ったよりも進まない。


 走行距離的には、既に制限時間の緩和域に入っていますが、そこそこきついアップダウンがある向かい風ゾーンということもあり、想定した最低限の返済ペース(ギリギリ走行プラン)と同様のペースでしか走れていません。
 いや、別にそれでも問題はないとも言えますが……パンク一発でオペレーションが破綻しかねないペースが続くのは、メンタル的に安心できません。

 さらに悪いことに、室根バイパスを走行している頃から、暑さが物凄く強く感じられるようになりました。
 まだ開通して間もないバイパスは、道路の周囲に高い樹木がないので木陰などがなく、背中を太陽に焼かれっぱなしです。

 さらに悪いことに、この日の気温、私が見た限り、路上温度計での最高が25℃。
 他の参加者は27℃の表示も見たとのことで、完全な夏日の気温の中を走っている状態でした。

 暑い。だが、ペースはなかなか上がらない……。


19050277.jpg
苦しい状態だったが、
あえて休憩。
道の駅かわさき内、
カフェスタンド・アルトにて、
濃厚ミルクソフトクリームを。


 暑さが厳しかったので、先を急ぎたい気持ちをグッとおさえて、あえて休憩を入れました。
 この、道の駅かわさきから平泉までの区間は、かつて女川八戸400で走った道筋と重なっており、雰囲気が良くわかっていることもありますので……。

 ソフトクリームをなめながらこの先のコースの事を考えると、しばらくは北上川沿いに、概ね平坦な道路が続き、平泉の少し手前で河岸段丘に登り上げて、アップダウンが続く道筋になる。
 平泉から先は、一関までは比較的平坦であるものの、そこから花泉の通過チェックまではアップダウンが続く道筋となる……。

 ……なんだか、朝からアップダウンするコースがずっと続いているように感じるのは、気のせいですかね(^ω^;)。
 何となく、制限時間緩和の恩恵が、アップダウン&向かい風の減速でスポイルされちゃってる気がするのですが……。

 一応、最低限ラインで借金返済は進んでいるものの、相変わらず時間はマイナス基調です。
 次の平泉~花泉間くらいで借金完済と思っていたのですが、今のペースでは少々怪しいかもしれません。

 ……ここは、平泉まで残り約20kmを、できるだけ頑張って走り詰めないと駄目か……。

 そんなことを考えつつ道の駅からスタートを切り、しかしボトルが空だったことに気付き、女川八戸400で水分補給に立ち寄った自販機に立ち寄ることにしました。


19050278.jpg
こんな時に限って、
自販機で当たりを出すのが私だ。


 ブルベ中には通算で2回目。
 何で急ぎたいときに限って、当たりを出しちゃいますかねえ、私は!(^^;)

 考えるのが面倒だったので、麦茶のボタンを連打して、500mlを2本購入。
 直後に、振るゼリー飲料で良かったんじゃないか、と思いましたが、一本をボトル、もう一本を胃袋に詰めて、北上川の遡上区間へと進みましょう。

 ……とその前に……。


19050279.jpg
河崎の柵の跡地。
女川八戸400の時の忘れ物を回収だ!


 以前開催された女川八戸400でこの辺りを通った際、熱中症寸前であまりにキツい状況だったことからスルーしていた史跡を、今回はちゃんと捉えました。
 で、いつかリベンジレポートしてやる、なんてことを考えていたので、今回、その宿題を提出します。

 この、「河崎の柵」とは、平安時代後期の「前九年の役」において、陸奥国の有力豪族の安倍氏一族が朝廷側の源頼義との間で行われた「黄海の戦い」に向かう前に、軍勢を集結させた土地(城塞跡)と言われています。
 現在の岩手県内において、安倍氏が勝利したのは「黄海の戦い」のみであったと言われており、この河崎の柵はその戦いにおいて大きな役割を果たしたと思われます。

 長らく、正確な場所が不明であったようですが、北上川の堤防工事に伴う文化財発掘調査(平成12年に実施されたらしい)で、ここがその場所だとほぼ特定されたようです。

 ちなみに、その発掘調査の際に、さらに古い年代(8~9世紀頃)の地層からも遺物(和同開珎なども出たらしい)や住居跡が出土したことと、その規模などから、ここは胆沢の蝦夷討伐の際に築城されたと言われている「覚べつ城(この"べつ"の字は変換で出ない)」があった場所ではないか、とも考えられているらしいです。
 (覚べつ城の場所については、宮城県栗原市、岩手県の胆沢地区など、諸説あるらしい。また、記録にほとんど残っていないので、実際には築城されなかったのではないか、とも言われているらしい)

 なお、年代についてですが、河崎の柵があった前九年の役が1051年頃、覚べつ城の築城は780年頃になるらしく、確かに地質年代的には符合しそうな気がしますが……さて、どうなのでしょうか。

 この場所、北上川と砂鉄川、千厩川の合流地点で、北上川はここで南に折れていることもあり、南から来る朝廷軍を迎え撃つには絶好の地形(北上川を遡りながら渡らないといけないので、水際防御が効果的に効く)ですが、ここを拠点に北の蝦夷を攻めるには向かない場所ですからね……。
 ここが覚べつ城だとしたら、北上川を背後に背負い、自ら退路を絶った状態になるので、「攻める」ための拠点の可能性は低いと私は思います。
 (出土した住居跡などは、水運の中継地として栄えた河岸集落じゃないかな……)

 その辺りは専門家の判断にお任せするとして、この地域は阿弖流為の昔から、地方豪族が北上川の恵みを受けて勢力を伸ばし、独自の文化圏を作っていたのは間違いないでしょう。
 奥州平泉氏も、そうした諸氏族の一つ、と数えても良いかもしれませんが、学術的にどう扱われるかは不明なので、まあ、個人的にそう考える所もあります、ということで(^^;)。

 ……そろそろ、豪快に脱線した話をもとに戻すことにします(^^;)。

 北上川沿いの遡上区間は、それほど高低差が大きい場所ではないため、少し軽めのギアで回転で稼ぐ走法や、数回ダンシングで加速して滑走、勢いが落ちきる前にまた数回ダンシングで加速して滑走、を繰り返し、可能な限り高速をキープして走り続けます。

 進行方向は西から北~北西に変わったのに、風向きは、なぜかまた向かい風(^^;)。
 おのれ、ホーミング機能付きか、この風は!


19050280.jpg
北上川沿いを遡上(4日、12:09)。
この辺りはほぼ平坦で、
緩やかなアップダウンがあるのみ。


 気が焦るものの、そこそこ良いペースには乗っている様子なので、前進を継続します。
 いつもの宮城ブルベなら、平泉方向から東へと渡ってくるはずの高館橋を西へと渡り、柳之御所跡を越えて平泉地区に入ります。


19050281.jpg
無量光院の跡(4日、12:55)。
ここに画像左側を正面として、
宇治平等院鳳凰堂に似た建物があったらしい。


 平泉は、さすがに連休中とあって観光客が大勢、詰めかけていました。
 ちょうどお昼時ということもあってか、中尊寺前は人と車がみっちり詰まっており、通過チェックのターゲット撮影がちょっと難しいか……?

 一応、手元記録で12:58頃には撮影が終了していますが、大混雑により多くの人が映っているので、画像掲載は控えます(^^;)。

 そして、ここから次の花泉の通過チェックまでの間で、借金は完済できるという当初想定に対し、現段階でまだ1時間半強の借金を抱えています。

 ここにきて、返済ペースが想定を下回りました。
 時間あたりの平均移動距離と鳴子温泉までの残距離をもとに、到達時間を計算すると……クローズぎりぎりか、少しオーバーするくらいの計算です。

 せっかくの観光地、平泉ですが、すぐに南下の道に入りましょう。
 くるりと踵を返して、旧国道沿いに南下を開始。先程まで、北から吹く風に押し戻されていたので、ここからしばらくは追い風になるはずです。

 次の通過チェック、花泉までは約43km。
 追い風のうちに、できるだけ借金を返済しよう、と、この時はそれだけしか考えていませんでした。

Day 3.-3 狂った時計とまだ遠き道筋と
 ここから先、しばらくは、周囲の風景を楽しむより、とにかく借金返済、走行時間の短縮を目指して、先に進むことしか考えていなかった時間となります。

 とにもかくにも、PC4の鳴子温泉に間に合わせないと話にならない。
 間に合わなかったら、時間外完走でいいか……という考えが一瞬、浮かんだものの、まだ間に合わせられる可能性があるので、先に進むことを第一義として走るのみです。

 しかし、色々考えて勝手に追い詰められた気分になっていたためか、この先、しばらくの間、私の記憶は曖昧で、やたら感情の起伏が激しかったような、そんな感じで薄ぼんやりとしているというか……。

 一関市街地は、まだ午後早い時間の到達だったためか、それほど混雑もなく、信号峠というほどの状況でもなかったと思います。

 問題はそのあと。
 一関市街地を出てから先でした。

 この区間も、ある程度予測していましたが、細かいアップダウンの繰り返しでグロスが上がりません。
 風向きは向かい風ではなくなったものの、下りの先にはすぐ登りが控えていて、その登りの斜度も長さも、下りで踏み込んで勢いをつけても、簡単には越えられないレベルの物が続きます。

 気分が焦りに転じているこの時間帯に、繰り返し畳みかけるように出てくるアップダウンの前に何かが爆発したらしく、何度目かに下りの先に登りが待ち構えているのが見えたとき、「ふっざけんなー!」という罵声が飛び出していました。

 Part.3でも書いたように、1,000kmブルベくらいになると、コースの途中、急に弱気になったり、ストレスで感情が爆発したり、というタイミングが必ずあります。
 今回は、この辺りがちょうど、そのタイミングに当たってしまったようでした。

 何にそんなに怒っていたのか、今となっては不思議な気分ですが、とにかくこの時は何故かは知りませんが、とにかく色々なことに対して、怒りが沸いて仕方がなかったのですよね……。

 この辺りまで来たら、大体、想定が外れた理由もわかってきました。
 この、Day 3の走行計画ですが、走り始めた石巻が、コース上では530kmくらいの地点です。
 つまり、最初の70kmほどは時間制限がまだ緩くならない部分となりますが、私はグロスで最低の走行ペースを決めるとき、計算が面倒だったこともあって、全体を制限緩和後の時間移動距離ベースで想定したプランを組んでいたのですよね。

 そこで時間的余裕がなくなっていた上に、実走ではアップダウンの繰り返しによるパワー減退や、3日連続となった向かい風の影響なども被って、どんどん不利な方向へと影響が出てきてしまっていたのです。
 というわけで、つまりはプランニングのミスが、今の状況を生んだ一番大きな要因だった可能性が大きいのですが……この時はとにかく冷静さを欠いていたため、感情が爆発してしまったようです。


19050282.jpg
まあとにかく、
ここのアップダウン地帯は、
想定より厳しかったのは確かだ。


 気分的にかなりボロボロになった気分で、花泉の通過チェックのコンビニに到達しました。

通過チェック(花泉):4日、13:52

 想定クローズに対して、借金約1時間(当初想定では完済済みのはず)。
 岩出山の通過チェックを通過して、鳴子温泉のPCまで60km。クローズまでは4時間ほど。
 ブルベペースを維持すれば問題ない……はずですが、この後、岩出山にまだ厳しいアップダウン地帯がある上に、最後の国道47号区間はほぼ常時、向かい風を受ける区間です。

 そう考えると……時間的に、ギリギリだな……。
 パンク一発で破綻するぞ、このギリギリ度合い……。

 今、この時間になって、余裕を見た走行プランとするなら、石巻の出発を1時間早めるべきだったという考えでいっぱいになります。
 仮眠時間は4時間も取れていたので、少し削っても良かったじゃないか……。

 と、そんなことをグルグル考えていたら、本名で呼び止められ、え?という思いで顔を上げました。
 この日、同じブルベに参加していた仙台のOさん、私より1時間遅い時間のスタートでしたが、既にここに到着とは。

 そのままイートインで、これまでの道筋についてなど、色々なことを話します。
 Oさんとは仙台時代からの知り合いで、4月のいわき600でも前後して走っていたり、お互いにPBPを目指して情報交換していたり、と、色々な共通点があったりします。

 なにより、この時間帯では色々な面で滅入っていたこともあったので、コースの事や時間的余裕がないことなど、色々なことを吐き出すことができ、ずいぶん気が楽になりました。

 それにしても、1時間遅い12:30スタートのOさんが同じ所にいるということは、今日はやっぱり、1時間早くスタートすべきだったのでは……。
 プランニングをミスったことを改めて理解した気分ですが、ざっと計算してみたら、これから先の区間でもギリギリ、何とか巻き返しができそうです。

 というわけで、補給を終えたらさっさとコースに戻ることにしましょう。
 現在、借金返済のペースが想定より下回っていますので、この花泉から岩出山、鳴子温泉までの間に1時間分を返済しないといけませんからね。

 制限時間の緩和があるので、グロスの速度が16km/h以上になれば、返済可能なはず……。

 花泉を出発した先のコースは、一部、これってホントに合ってる?と思いたくなるような農道の中を走ったりしましたが、かなりの区間で栗原市の田園地帯を通ります。

 今まで、思った以上に厳しいアップダウン地帯ばかりを抜けてきましたが、さすがにここはフラットです。
 この先、栗原市街地まではフラットなままのはずですから、この区間は思いっきり踏んで、速度と時間を稼いでやりましょう。

 疲れ切っている体に、西風が向かい風となって叩きつけてきましたが、普段、Zwiftのワークアウトでやっているように、90回転をキープ可能な軽いギアに入れて回し続ければ、速度はそれなりに出ます。
 サイコンの読みは27~28km/h。これが新幹線沿いなど、横風の区間になれば、30km/h以上まで上げることもできました。

 そして、SST系のワークアウトをこなしていたためか、それなりに長時間、同じ回転数を維持しても、体への負担はそれほどに感じられません。
 ヴァーチャルライドのトレーニング効果、本当に効果があるのか、懐疑的な方もいらっしゃると思いますが、私としてはこの時、素直に「効果が出ている」と実感できました。


19050283.jpg
横風区間にて(4日、14:38)。
栗駒山が右手に見えていた。

19050284.jpg
一迫川を沈下橋で渡る(4日、14:40)。
対向車が来ていたので、
左岸でしばらく待機中。


 この先、栗原市街地に入るまでは、大体フラットな農地を走りました。
 古来、水はけが悪くて大雨になると洪水が起きやすかったこの地域は、古くから存在する住宅地や町は、高台の上になっています。
 よって、栗原市街地に至ると道は登りに転じ、岩出山のアップダウン地帯に入ってきます。

 なお、この周辺の道路については、ランドヌール宮城のスタート地点が岩出山周辺になる事が多く、スタート&ゴールのアプローチに使えるかどうかを調べたことがあったため、かなりの道路について、ペーパーロケーション&実走で状況を確認してあります。

 ゆえに考えていたのが……岩出山の通過チェック直前の道路が物凄いアップダウン続きなので、その余力を残したうえで、できるだけ最初の軽いアップダウン地帯を速やかに抜けること、でした。


19050285.jpg
大崎市に入った(4日、15:35)。
鳴子温泉はこの先の国道47号を西。


 栗原市街地でOさんに追いついたため、しばらくは一緒に進んでいましたが、どうやら私はこの時点で、花泉で補給したブドウ糖ゼリーが効いてきたようで、急に足が回り始めます。
 ある意味、目論見通りだったので、先行する旨をOさんに伝えて、岩出山の通過チェックへと向かいました。


19050286.jpg
ここで県道17号から、
南に折れる(4日、15:46)。

本当は、ここを直進したほうが、
旧街道関連の遺構などがあって、
旅情としては良い雰囲気になっていたのだが……。


 本当は、この先、県道17号を直進したほうが、奥州上街道の遺構や一里塚などが残る場所だったのですが……。
 近年、線形改良されているので、案外、あっさり通り抜けてしまう道だったりします。

 そしてここを南に曲がった先が、この辺りでは最も激しいアップダウンがある道筋です。

 花泉の通過チェックで雑談中、色々吐き出す中で、「これだけどこまでもアップダウンが続くのは、まるでPBPのコースですよ!」と言葉に出して、その瞬間に、「あ」と自分の中で何かが納得できてしまったのですが……。

 うん、そうか、この辺りのアップダウン連続地帯、PBPの予行演習と考えれば良いのか、と。

 そう考えたら、色々複雑な感情が爆発したものの、スポッと何かがはまり込んだような気分になりました。
 いうなれば、腑に落ちた、という感じの気分とでも言いましょうか……。
 同時に、ならば現在の借金程度、見事にひっくり返して完走に繋げないと、夏に向けて弾みがつかないよな、という気分にもなっています。

 とにかく、ここから先は土地勘のあるコース。
 通過チェックから鳴子温泉のPCまでのコースプロファイルは、といえば……。

 岩出山跨線橋と、あ・ら・伊達な道の駅を過ぎた先の丘と、川渡温泉手前のバイパスで少し登る以外は、ほぼ平坦です。
 時間的に、夕方は向かい風が強くなる傾向が強いのですが、この道路でそんな場面は、仙台時代に何度も経験しています。

 色々考えたら、通過チェックの仮想クローズまでに到達することを目標にすれば、楽勝で間に合わせることができる。
 栗原の田園地帯走行中、そこに考えが至り、カチリ、と頭の中のギアがかみ合ったような気分になっていました。


19050290.jpg
とはいえ、このアップダウン区間、
きつかったのは間違いない(4日、15:59)。


 これが何回目だっけ、と、数を数えるのも諦めたレベルで何度も繰り返されたアップダウンを越えて、岩出山の通過チェックに到着しました。

通過チェック(岩出山):4日、16:12

 よし、借金を一気に返済して、貯金を40分作った!
 (仮想クローズ、16:53@11:30スタート組)

 ここから鳴子温泉まで、2時間ほどの時間を作れたのは大きいです。
 平坦に近いとはいえ、夕方になると猛烈な向かい風に転じる区間ですから、残り20kmでも不測の事態に備えて、十分な時間を取っておきたかったので……。

 そして、ここではレモンティー500mlとブドウ糖ゼリーをグビッと補給したら、すぐに出発です。
 鳴子温泉までの区間は、ブルベでも個人のツーリングでも、仙台時代に何度も走った区間。
 走り慣れているからこそ、大したことがない、とも言えますし、決して侮れない、とも言えます。

 既に夕方の強風の時間帯になってしまったようで、コンビニに併設されたガソリンスタンドの幟が西風に吹かれて大きくしなっていました。

 そして国道47号区間は、相変わらずというかなんというか。
 仙台時代にいつも走っていた感覚、そのままの区間でした(^^;)。

 交通量は、幹線道らしく非常に多く、特に池月にある「あ・ら・伊達な道の駅」への出入りに注意しつつ、前進を続けます。
 池月を越える交通量は少し減りますが、道路の幅員が狭くなるので、「うまく抜かれる」走りに徹します。

 道路の左手にホームセンターが見えてくると、鳴子バイパスの始まりです。
 道路幅員が再び広くなり、ちょっとしたアップダウンを越えると川渡温泉への入り口を左に見送ります。

 この辺りから、どうやら通過チェックで補給したブドウ糖ゼリーが効いてきたようで、急に足が回り始めます。
 このブドウ糖ゼリー、今回のブルベ走行中(日光の手前あたり)に気付いて補給食として試してみましたが、特に中盤以降、明らかに効果を体感できるくらい、よく効きました。

 回り始めた勢いのまま、こけしの親柱が目立つ新川渡大橋を渡り、数人の参加者を追い越しながら、鳴子温泉方面へと進みます。
 国交省の事務所近くで、住吉の杉を横目に見て、まだ健在な様子を確認しつつ、一気にPCまでを走りきりました。

PC4チェック:4日、17:25(クローズ:4日、18:28@11:30スタート組)

 間に合わせた……というか、11時スタート組のクローズより早くに到着できました。
 いや、自分で言うのもなんですが、ホントに花泉からここまでの区間、よく頑張ったよ……。

 なお、鳴子温泉のPCは、ちょうど地元の祭りの日に当たってしまったようで、夕方の到着時、大変な混雑になっていました。
 おかげで、11時スタート組の皆様の中で、ギリギリ隊の皆様がレジ行列で焦っていたり……。

 まあとにかく、プランニングのミスで、予想以上に時間的に追い込まれる結果になってしまいました。
 ここから先は、普通に走ればどんどん貯金が貯まる区間になりますが……。

 ホントに大丈夫なんだろうな、と、休憩を兼ねて走行予定をじっくり確認してしまったのでした……。

 ……そういえば、岩出山のアップダウン区間に関して。
 参加者の皆様から、「絶対、ランドヌール宮城が変な入れ知恵してるでしょ!」と、この鳴子のPCで言われましたが……。

 ……どーなんですかねぇ?(^^;)(←今はスタッフ活動を離れている奴)

 というか、なんで私にそれを言うのか(^^;)。
 (知らんがな、としか言いようがない:笑)

Day 3.-4 おくのほそ道最大の難所、山刀伐峠へ
 日没時間が近づいていたこともあり、ナイトライドを見越して装備に長袖インナーを追加したり、ライトの電池交換等を色々やった結果、鳴子温泉のPCは、30分くらいの長逗留となりました。
 この先は時間緩和の恩恵が一気に現れてくるため、次のPC、尾花沢には、普通に走れば貯金を作ったうえで到達できるでしょう。

 この先に待っているのは、なだらかな登りを越えた先の中山峠と、おくのほそ道において難所と書かれている山刀伐峠。
 どちらも宮城ブルベで何度も走っている場所であり、道路の状況は頭に入っています。
 この時間からだと、中山峠越えまでは何とか残照がある時間帯に到達できるでしょうが、山刀伐峠越えの間に完全に日没になるでしょう。

 ヘルメット尾灯を灯し、これから山形県の内陸側(宮城県より冷え込むことが多い)に行くことを考えて、今夜は保温優先でモンベルのスーパーメリノウールL.W.長袖を着用して出発です。

 そしてこの日もDay 2同様、夕方のこの時間になったら喉がガラガラになり、空咳が出まくったのでした。
 この日の汚れ、この日のうちに、という勢いで痰が飛び出しまくったのも同様だったり……。

 どこかでのど飴でも買って、舐めながら走った方が良かったのでしょうか……?(ミネラルキャンディなら持っているんだが……)

 中山峠への道は、鳴子温泉街を出る所にある、鳴子トンネルに登り上げる坂が少々きついものの、その他は大体、なだらかな斜度の坂が続きます。
 緩斜面でもパワーを上げて走って行ける皆様であれば、ぐいぐい加速して走って行けるでしょう。
 個人的に、ここには特に難所らしい難所の記憶はありません。しいて言えば、県境の坂が登坂車線付きの斜度になる程度でしょうか?
 (あと、紅葉期なら鳴子峡のレストハウス入り渋滞を抜けるのが困難なくらいかな?)

 ちなみに、県境の登坂車線付きの急坂の途中に、旧街道が交差するポイントがあったのですが、気づいた方はいらっしゃるでしょうか?
 コース走行方向の左手の山林内には、石畳の道(多分復元)もあったり、実は封人の家周辺は、旧街道の遺構が結構残っている地帯でもあったのでした。


19050287.jpg
というわけで、封人の家(4日、18:47)。
鳴子温泉からここまで、
数名の参加者を追い越して到着。


 この先、堺田の平面分水嶺などの見所があるにはあるのですが、今回はスルーして赤倉温泉方面へ。
 封人の家の段階でほぼ、日没だったことや、山形県内陸部の、宮城より一段厳しい冷え込みのため、アウターシェル未装備の状態では、赤倉温泉駅までの下りは冷えました。

 山刀伐峠の入口は、いつもは逆方向の赤倉温泉駅側からやってきて南へと向かっているのですが、中山峠側から降りてきて曲がるのは、初めてのような……。
 とはいえ、何度も通っている場所なので、間違うことなく左折します。

 山刀伐峠は、芭蕉の時代には大変な険路で、おくのほそ道の最大の難所、と言われることもあります。
 芭蕉と曾良がここを通過する際、封人の家の当主は屈強な若者を道案内兼護衛として付けた(道の険しさに加えて、山賊が出る場所でもあったらしい)ことが記録に残っているくらいです。

 現在の山刀伐峠は、北側斜面にあるスキー場前あたりに、ゴムチップを埋め込んだ舗装があり、ロードで走る際には下りでチップに車輪を弾かれると冷汗をかくことがありますが、斜度も距離もそれほどの規模の峠ではありません。

 赤倉温泉街に向けて一旦、下ったのち、山刀伐峠への登りが始まります。
 ここで、またも先行していたOさんに追いつき、追い越してそのまま峠の頂上に至ります。


19050288.jpg
山刀伐トンネル(4日、19:22)。
実は心霊スポットとしても有名。


 何度かこのブログの過去のブルベレポートで触れた通り、この山刀伐トンネルは心霊スポットとして有名です。
 おそらく、古来、交通の難所として有名であったことが、そういう噂を生んだのだと思われます。

 ちなみに、この峠に出る幽霊の姿は、時代とともに色々な姿に変化しており、古くは両腕の肘から先が刀になっている、という、どこの「どろろ」の百鬼丸ですか、と言いたくなる落武者の幽霊が出たとかなんとか……。

 そして、近年の幽霊の噂は、というと、車でトンネルを走行中、窓から覗き込まれた、とか、トンネル出口の電話ボックスの中からじっとこちらを見ていた……などなど、ずいぶん近代文明に馴染んだ姿になっているのが面白いところです。

 しかし、赤倉温泉側の電話ボックス、撤去されちゃいましたね……。
 となると、令和の幽霊は、また新しいパターンで出るようになるのでしょうか?

 アホな考察はそこまでにしまして。

 山刀伐峠を越えると、長いダウンヒルになります。
 さすがに、完全に日没になったうえに、まだ残雪もあった(他の参加者で、それに気付いた方がいらっしゃった)くらいの気温なので、ここから先はアウターシェルが必要でしょう。

 山刀伐トンネル手前の駐車スペースでレインスーツの上着を羽織って下りの冷え込みに備えます。
 同時に、GPS、eTrex 30xが「おなかすいた」と言っていた(登坂中にバッテリー残量低下のサインが出た)ので、バッテリー交換も行い、準備が整いました。

 同時にOさんがトンネル前に到着。
 登坂中に冷え込みが厳しくなってきたので、レインスーツ等の装備を身に着けたとのこと。
 ここから次のPC、尾花沢までは、Oさんとともに進むこととなりました。

 山刀伐峠からのダウンヒルは結構、長距離、長時間、下りっ放しになります。
 ある程度、斜度が落ち着いた集落内道路に入ってから、Oさんとは今後のブルベ計画やPBP対策等、色々なことを雑談気味に話しながら前進を続けますが……。

 急激な温度変化が悪かったのか、お腹にからEmergencyのアラートが……。

 尾花沢のPCまでは残り数キロ程度でしたが、果てしない距離に思えたのは内緒です。

PC5チェック:20:25

 クイックビブを開発した皆様には、ノーベル賞を贈っても良いと思うのです……。
 いやあ、ホントにギリギリ、人間として最低限の尊厳を確保しました……。

 この、尾花沢のPCに停滞中、尾花沢市の市議会議員さんがコンビニに来店され、集まっている自転車乗りに興味を持たれたらしく、周囲の参加者に声掛けがありました。
 で、どういう趣旨で走っているのか、の説明にずいぶん共感を頂いたようで、その場にいた参加者に差し入れとして、コンビニスイーツが振舞われるという珍しいハプニングが(^^;)。

 いやあ、ありがたい話でした。

 ですが、一方でブルベのルール上、ここがPCで良かったなあ……という思いが出たのは内緒です(^^;)。
 (偶然、参加者が休憩に集まってしまった、普通のコンビニだったら……ちょっと困ったでしょうねえ ^^;)

 さて、そんな一風変わったハプニングがあったりしましたが、この時、PCに集まっていた参加者の間で話題になっていたことは……。

 「今夜中に山寺を攻めるか、明日の朝に持ち越すか」

 の二択でした(山寺こと立石寺が、次のフォトチェックポイントだった)。

 この時間でも、夜気は既に結構な冷え込み(当たり前のように一桁)だったので、「早めに休みたい」という考えに転じている皆様もいらっしゃれば、「予定通り行く」「予定より早く来たから、さらに前倒しにする」という皆様もいらっしゃいます。

 私はどうするか、と聞かれたので、「そりゃ当然、行きますよ」と答えたところ、「よっしゃ、YO-TAさんが行くなら行こう!」と出発していった皆様が何人か……。

 ……あの〜、私を基準に考えるのは、いかがなものかと(^^;)。

 まあとりあえず、私の目論見としては、仮眠所を天童に考えていたので、今夜中に山寺のチェックをクリアしておけば、明日の朝の出発を1時間、遅らせられますので……。
 (その分、今夜は1時間長く走らないといけないので、結果的にどっちに重きを置くか、なのですがね)

 今の走行ペースなら、日が変わる前に仮眠所に入れるでしょうし、最終日に安全な時間帯でゴールするタイミングでのスタートを考えても、3~4時間の仮眠はとれそうです。
 何より、最終日はクローズぎりぎりまで走っても昼過ぎには終わる、というのが、メンタル的に助かりますしね。

 そんなわけで、今夜中にフォトチェック通過を考えて、山寺方面へと向かうのでした。


Day 3.-5 静かなる山寺の道へ
 尾花沢のPCから次のフォトチェックの山寺までは、天童の仮眠場所の目の前を通過して山形方面へと南下し、山寺駅前の立石寺まで行って戻ってくる45km。
 天童を過ぎるくらいまでは大体平坦で、立石寺方面へと緩い登りがある程度、と考えてコースに進みます。

 国道13号は、さすがに幹線道路だけあって、深夜でも車通りがそこそこあります。
 何度か現道の13号と、旧道とを出入りして、最終的に東根市からは県道120号(旧13号)をまっすぐ南下するコースに入ります。

 しかし、13号の旧道区間は舗装が結構荒れており、ガコンガコンと嫌な振動が車体に、体に伝わってきます。
 「尻の耐久限界試験やってるみたいですね、これ」と行き合った参加者にぼやいたら、大ウケしてしまったようでした。

 これくらいの時間になると、地方都市においては完全に深夜、という感覚の時間になったためか、少々荒い運転に出会うこともありました。
 とりあえず、とある場所の交差点で、こちらが優先道路なのに交差道路の車が一時停止もしないで突っ込んできたのには、唖然としましたねぇ……(20mほど前方だったので、影響はなかったですが……)。

 東根駅前の賑やかな空間や、天童駅北側の跨線橋(宮城1000で寒河江から関山峠方向へと走った道)など、懐かしい場所を通過して天童駅前に到達しました。

 この辺りに仮眠場所に設定しているビジネスホテルがあります。
 昨夜、石巻の日和山公園で激重装備のまま坂を押し登りした記憶がよみがえり、一旦、ホテルに荷物を置いて……と思いましたが、自分の性格から、それをやったらそのまま寝ると思い、振り切って南下を続けます。

 山寺に向かう道は、往路は旧街道筋なのか、住宅地内を縫って走る道、復路は県道沿いをまっすぐ下るルートとして設定されています。
 住宅地内の道は、現地では進む先がわかりづらかったり、局所的に急斜面になったりしましたが、さすがに日和山公園や岩出山のアップダウン地帯と比べると楽な斜度となっていました。

 途中、地元の方?なのか、車から声援を受けたりしつつ、立石寺に至りました。


19050289.jpg
通過チェック、山寺、立石寺(4日、22:52)。


 ちょうど数名のグループが先着しており、互いにライトでこの標識を照らしあっての撮影でした。
 なお、夜間にここに至った参加者の感想に、「山寺なのに、山がない」との一言がありましたが……いや、暗くて見えていないだけで、本当はすぐ裏が山で、参道には1,000段以上の階段があるのですがね……。

 とりあえず、さすがに深夜だけあって、周囲は本当に静かで、岩に染み入るのはホントの静寂だけ、という感じでした(^^;)。
 昼に到着していたら……季節的に、エゾハルゼミなら、声を聴かせてくれたでしょうか??

 そして、ここから天童までは下り基調の道を行きます。

 いや、下る、と書きましたが、この時の気温は5℃くらい。
 もちろん、寒さに震えながらのダウンヒルです。

 立石寺近くと天童市街地近くではすれ違い区間があるため、これから山寺に向かう参加者とのスライドがあります。
 エールを交換し合いながら、皆様、ここまで来たのですから、この後も、明日も無事に走り切っていただけるよう、祈りたい気分でもありました。

 天童の宿に到着したのは、23:30頃。
 ホテルの皆様に到着時間を連絡するのを忘れており、ずいぶんとご心配をおかけしてしまいました……(反省)。

 なお、ホテルのフロントでは、DNFしたという参加者の方に出迎えていただけました。
 石巻?でコースの厳しさと膝の不調によりDNFしたものの、天童に宿泊予約を入れていたので、せっかくだから……ということで輪行でここまで来た、とのこと。
 とにかく、山寺からの下りが寒かったことや、一日、アップダウンがずっと続いて大変だったことなどを話してから、チェックイン。

 そういえば完全に忘れていましたが、夕食付パックで予約していたので、夕食は部屋に運んでいただいたとのこと……。
 うう、何から何まで申し訳ありません……。

 というわけで、この日はここで行動終了。
 朝には石巻にいた、と考えると、本当に物凄い距離を走ってきたなあ、という実感がわきます。

 時間的、体力的に最も厳しい一日になる、と、当初から考えていましたが、プランニングが甘かったことから、PC4鳴子温泉までの借金返済と時間内到着が想像を超えてギリギリになり、久しぶりに焦りながらの走行になりました。

 しかし、今回のコースは終盤になればなるほど、自分に土地勘がある地域の走行となるのがありがたいです。
 コースプロファイルがすぐに頭に浮かび、力の出しどころと抜きどころがすぐに想定できるのが、この先の道を進むうえで物凄い力になっています。

 明日、最終日のDay 4.は、宮城ブルベの最上川300のコースとほぼ同じルートで酒田に向かい、海岸沿いを秋田県の象潟まで進んでゴールです。

 残る距離は143km。
 最後のPC、酒田までは103kmほどですが、時間が緩和されているので、よほど出発が遅くならない限り、普通に走れば貯金ができていく計算になっています。

 とはいえ、今日のギリギリ走行の繰り返しは勘弁なので、念のためスケジュールを計算して、間違いがないことを確認してからの仮眠入りとなったのでした……。


(続く)


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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