日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

06月≪ 2020年07月 ≫08月

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

75時間で奥の細道 BRM502日本橋1000参加記録 Part.3

 そういえば、このブルベの走行期間中、Twitterはクライアント上で自分の発言のみを表示させるモードに設定し、フォロワーさんたちの発言やリプライ、リツイートは見られないように設定していました。

 意図的に情報を制限することで、誰々さんがDNFした、とか、何人がまだ走行中、といった情報を見て、「それなら自分もやめてしまっても……」という方向に思考が流れないようにするためでした。

 いや、最初から完走することしか考えていませんでしたけれど、1000km級のコースになると、どこかで必ず弱気になったり、ストレスから感情が爆発したりするタイミングがあるのですよ(経験的にそう感じている)。
 特に、弱気になっている時にそんな情報に触れると、あっという間にメンタルが崩れたりもするのですよね……。

 そんなわけで、この期間中、私は一方的にツイートを投げつけるbotと化して、コース上を走っていたのでした(^^;)。
 リプライ無視になった皆様、申し訳ありません……。

 そんな裏話はさておき、本題です。
 奥の細道1000レポートのPart.3をお送りします。

 矢板市での仮眠をとらずに、PC3仙台への到着を優先させる方針で走行を継続し、芭蕉の館のチェックまでを終わらせました。

 この間、なぜかブルベ界隈では有名な皆様とのエンカウントが続き、コース上で初めまして、になったり、ちょっと面白い展開になったりもしました。

 コースはこの先、白河の関を超えて東北地方へと入ります。
 自分としては、一昨年まで仕事で赴任していた地域だけに、帰ってきた、という思いとともに、この先は「土地勘」があるため、走行ペースなどのイメージも作りやすい地域となります。

 とりあえずは、福島県の中通りの縦断行を、できるだけ早く終わらせてしまいたいところですが……。

 というわけで、今回もかなり長くなりましたが、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


Day 2.-3 山奥の細道
 再び一人旅となって、深い暗闇の中、国道294号を奈良川沿いに、芦野まで北上します。
 この先、小刻みに停止することが求められるので、つかの間の巡航走行可能区間は、できるだけ早く移動しようと思って進みますが、区間距離が16kmほどなので、あっという間に近づいてしまいました。

 が、ここで一つ問題が。

 周囲がまったくの暗闇で、遠方がまったく見通せないことから、芦野遊行柳の前に繋がる道(農道)の入口がどこかわからない。
 すぐ前を先行していた参加者が国道の路肩に車体を止め、キューシートとGPSを対比している姿が見えたので、私もその辺りに止まってGPSの画面と周囲の状況を見てみると……。

 どうやら私の停止位置のすぐ近くにあった、代掻きや田植えに使った農耕機が落とした泥だらけの道が、遊行柳の方に繋がる道のようです。
 ここですかね、と、先行していた方とともに確認し、その道を進みます。

 外灯も全くない水田地帯の中の、軽トラの幅ギリギリという感じの農道を進むと……GPSの地図上のマークを過ぎても、フォトチェック対象の芦野遊行柳の標識が見当たりません。
 それどころか、この先のルートに繋がる右折ポイント&進む部べき道も、全くわかりません。

 同じような理由で停滞し、その場に居合わせた数人で周囲をライトで照らして探してみますが、見つかりません。

 結局、数人がそれぞれ農道上を5分ほど行ったり来たりした後、「あったぞ~!」の声が上がったところに行ってみれば……。


19050218.jpg
道路脇にひっそり立っていた、
芦野遊行柳の石柱(3日、3:39)。
これ、農道上を行く自転車の、
ライトの範囲を微妙に外れた位置だった。


 ここにあったんかい、とその場にいた全員ががっくり肩を落とした出来事でした。

 ちなみに、フォトチェック対象は、この石柱標識か、柳の全景、ということでしたが、道路脇の石柱を見落としてしまうレベルの暗闇ですから、農道から数十メートル離れた山側にある柳の木など、見えるはずがありません。
 自転車のライトをハンドルから外して照らせば、うっすらと姿を確認できますが、撮影するには三脚を立てて長時間露光する必要があるでしょう。

 なので、道端のこの標識を撮影し、この先に進むことにします。

 が、今度は農道を右折する交差点がわからない……。

 その場にいたグループ全員が曲がりどころを見落として通過してしまい、おかしいぞ、と引き返してやっと、闇の中に紛れた農道を発見し、そちらに進みます。
 その後コースは国道294号を横断して集落の中に入っていくのですが、これも国道が軽く(水田から1mほど)マウンドアップされているため、道路を挟んで反対側に落ち込んでいく道を視認しづらくなっていました。
 先行していた皆様は、そのまま国道294号を北上し始めたので、慌てて呼び止めてコースに誘導する場面もあったりしました。

 いや~、しかしこの区間、夜間通過がここまでしんどい状況だったとは(^^;)。
 その場で迷子になっていた数名で、即席のパーティーを組んで対応できましたが、一人旅だったらどうなっていたかな……。

 この後、コースは林道とも思えるような、ごく狭い幅員の道路(軽トラが走れる程度)で峠を越えて、追分の明神や白河の関に繋がる県道76号へと接続します。
 この狭幅員の峠道がまた(色々な意味で)凄い道で、斜度計をつけていた皆様曰く、11%が普通に出てくる、というレベルの激坂道でした。

 すでに殺生石クライムの段階で足が売り切れ気味かつ、もともと登坂が苦手な私が、こんな激坂ロードで周囲の皆様ついていけるわけがなく、切れ落ち確定です。

 それにしても酷い坂だ(文字通りの意味で)。
 東北地方は、幹線交通を担う道路に関しては、冬季の凍結時の安全性などを考慮し、道路は8%勾配までしか設定されないのですが、農道や林道、昔からある里道等にはそんな縛りはありませんので、こういう酷い道も、探せば結構あったりします。


19050219.jpg
ちなみにこの区間における、
この時の視界がこんな状況(3日、3:57)。
「山奥の細道」とツイートしたかったが、
電波がなかった。


 強烈な勾配区間を(斜度に負けて降車して押したりしつつ)クリアし、まだ暗い下りにかかります。
 下りの斜度も結構きついのですが、GPS上でクネクネと蛇行する線形が見えているので、スピードは控えめに……と思っていたのですが、急カーブを曲がる途中、ライン上にあった落枝を前輪で踏んで、跳ね上げてしまいました。

 ガリガリ! ガシャ!
 カラン、カラン、カラン……

 後輪から物凄く嫌な音と衝撃。
 跳ね上げた落枝を巻き込んでしまったのと同時に、何かのパーツが弾けとび、路上を転がっていった音が響きます。

 激坂の途中で慌てて急停車し、後輪まわりに異常がないか確認します。

 ……と……。

 両シートステーに装備していたテールランプ、CATEYE Omni 5の片方から灯りが消えています。
 いや、正確に言えば、後輪に巻き込んだ落枝が当たったのか、蓋を押さえていたゴムが切れ、蓋が弾け飛んで電池もろとも、どこかに転がって行ってしまっています。

 嘘だろ、おい!


19050220.jpg
こうなっていた。
これは明るくなってから撮影。
(実際は真っ暗な林道峠で発生した)


 まあ、こんな事態もあろうかと、携行した装備の中には予備のテールランプ、CATEYEリフレックスオートも入っていますが、今はまだまだコース序盤の段階です。
 ここで既に予備を投入とか、さすがにそれは後が怖い。
 とにかく、パーツが転がっていった音が響いた方向を重点的に、周囲の地面をライトで照らして、ライトの蓋と電池を探します。

 2分ほど探して、蓋と電池2本を無事回収。
 後に、蓋と本体の間に挟むゴムパッキンの回収を忘れていたことに気づかされましたが、この時の状況を考えたら、蓋と電池だけでもよく回収できたものだと思います。

 とりあえず、こんな暗い激坂の途中ではなく、安全な場所で復旧させることにして、ダウンヒルを続けます。
 なお、ここでリスタートしようとして、パーツ捜索中に踏んだ杉の実がクリートに詰まり、ペダルでクリートをキャッチできずに大いに焦った、なんてトラブルも起きたのは内緒です……。


19050221.jpg
ダウンヒルが終わるころ、
東の空が白み始めた(3日、4:09)。


 ダウンヒルとは言っても、路面にいろいろな落下物がある狭い林道であったっため、いわゆるご褒美ボーナスタイムのように下ることはできません。
 結果的に、グロスはそんなに伸ばせないまま、白河の追分の明神へと向かう、長い緩やかな登りへと入っていくことになりました。


19050222.jpg
追分の明神(3日、4:36)。
栃木・福島県境にある。


 この追分の明神は、古くは境の明神と呼ばれ、旧東山道の関所があった場所とも言われています。
 歴史を遡ると、8世紀の坂上田村麻呂の征夷行がはじまり、と言われているそうです。

 また、源頼朝が鎌倉で平家討伐のため挙兵した際、奥州平泉家のもとから駆け付けた源義経が、ここで平家討伐の願をかけた、という伝説もあるなど、なかなか興味深い逸話を持った場所です。

 ちなみに、芭蕉が訪れた「境の明神」は、ここにある明神ではないようです。

 おくのほそ道において、松尾芭蕉は確かに白河の関跡を訪ねていますが、経路としては陸羽街道(現在の国道294号)沿いに峠を越えて白河に入っています。
 こうした経緯から、芭蕉が訪れた境の明神は、現在も国道294号沿いに残る境の明神になると思われます。

 しかし、そこで芭蕉は古来の白河の関はここになかったと聞いて、関があったという旧東山道(今回走った県道76号)の旗宿(現在の「白河の関跡」がある辺り)までわざわざ山を越えて尋ねた、という経緯になっています。

 ゆえに、芦野遊行柳から白河の関跡までの道筋は、芭蕉の歩いた道と、今回のコースとは被っていない可能性もあります。
 ま、しかし、それは仕方がないでしょう。
 時代とともに、地域を繋ぐ道筋は大きく変わっているので、同じルートを完全トレースなんて、どう考えても無理ですから。

 なお、芭蕉の時代には、白河の関は廃止されてから既に数百年が過ぎており、関所があったという場所は口伝のみで伝わっている状況だったようです。
 後世の発掘調査等により、正確な関跡が現在の位置に疑定されたのは1960年代らしいですから、何とも長い時間がかかったものです。

 とはいえ、発掘調査による疑定位置が、口伝で伝わっていた白河の関の位置にほぼ等しかったのですから、数百年以上、世代を超えた伝言ゲームで地域の歴史が正確に伝わっていた、というのは、物凄い話なんですが……(東北地方は、なぜかこういう話が物凄く多い)。


19050223.jpg
追分の明神の先、
すぐにあった福島県の県境。
ついに東北入りだ。

19050224.jpg
白河関の森公園の通過チェック(3日、4:42)。
夜が明けて、
完全に明るくなってしまった。


 これで那須~白河間の通過チェック群も、残すところは新白河駅のみ。
 暗いうちにクリアしてしまいたかったのですが、フォトチェック間の区間距離が短い上に、微妙なアップダウンが続く道のため速度を上げて走れなかったことから、想定から大幅に遅れてしまいました。

 これでは郡山辺りで一旦仮眠するプランは破棄して、仙台までぶっ通し走行に切り替える必要もありそうな……。
 そこは追々、状況を見て判断しましょう。


19050225.jpg
新白河駅に向う途中。
今日も良い天気になりそうだ。

19050226.jpg
そして新白河駅のチェックも通過(3日、5:30)。


 白河関の森公園からは、それまでと比べたら平坦に近い道を抜けて、新白河駅前に至りました。
 白河は、この辺りでは大きな都市なので、交通の混雑が本格化する前に抜けてしまいたい場所でもありましたが、さすがにこの時間に動いている人の姿は少なく、静かな中を通過できそうでした。

 日差しが出て体感温度が高くなってきたことから、ここでレインスーツを外し、気温の上昇に備えます。
 最初の10~20分くらいは寒さに震えるでしょうが、それくらいのほうが睡魔が出なくて良いでしょう。

 この先、この新白河のフォトチェックで一緒になった参加者と、何となく一緒なペースになって走ります。
 国道4号区間に入ると、高低差の少ないバイパス線形の道であるため高速を出しやすくなり、一気に北上の速度を速めることができました。

 ここからは、福島県の中通りを縦断するルートになります。
 福島県の中通りは東北地方でも人口が集中しているエリアであり、郡山、福島をはじめ、かなりの規模の大都市を抜ける区間もあります。
 こうした地域であるため、通過時刻が人の動きが活発になる時間帯に被った場合、信号峠や渋滞峠に巻き込まれて、思ったように進めなくなる可能性もあると考えていました。

 街が目覚める前に、できるだけ北上する。
 当面の目標をそこに設定して、中通りの道を進みます。

Day 2.-4 頻発するメカトラの洗礼


19050227.jpg
4号バイパスを北上。
この区間は、
一気に速度を上げて進めた。


 4号バイパスをぐいぐいと北上していくと、須賀川の町に到着しました。
 ランドヌール宮城時代、石川夏井200のコースとして、ルートの一部を逆向きに走っている町です。

 今回の奥の細道1000のコース、私は後半に行くほど「過去、ブルベやツーリングで良く走っていた場所」が多くなり、「いつもの感覚」が通じる場所が多くなる傾向がありました。
 そういう傾向があったので、矢板スルーで行ける所まで走る、という戦略をとっても、「何とかなるだろう」と、ある意味楽観的な気分でいられたのだと思います。


19050228.jpg
須賀川の松明通りに到達(3日、7:16)。
この先、ウルトラマンや怪獣の像が並ぶ。


 この松明通りですが、5/3日には地域のお祭りがあって歩行者天国となったため、昼近くくらいにここに差し掛かった皆様は、押し歩きになった、という話を後に聞きました。
 私が通りかかった頃は、まだ規制は張られておらず、普通に通過できました(先行プランで正解か?)。


19050229.jpg
私が好きな怪獣の一体、
エレキングを見つけた(3日、7:18)。


 このエレキング像ですが、今回のブルベを完走した後、私達が到達する前日の2日朝の段階で、左右両方の角が折られる被害があった、というニュースを後日、見かけました。


19050230.jpg
なので頭部を拡大すると……。
うわぁ……。


 テープでの応急補修の跡が痛々しい……。
 いや、ホント、誰がやったのかは知りませんが、何、つまらないことやってんだかなあ……。
 現地では気づきませんでしたが、気付かずにいて良かった気がします(その後の気分が悪くなったでしょうからね)。

 須賀川の町はこんな風にサクッと通過し、長い市街地縦断走行の末、郡山市街地に至りました(朝8時頃)。
 この辺りの健康ランドや24時間サウナで仮眠……という線も考えましたが、まだこの先、二本松、福島など、そこそこ大規模な都市圏の縦断が待っていることと、体調的に大きな問題もなかったので、一旦、福島までを目途に、そのまま前進を続けることにしました。


19050231.jpg
郡山を過ぎたあたり。
安達太良山をバックに、
福島県中通りの風景(3日、8:46)。

19050232.jpg
とりあえず、
この辺りは、連休中の南東北特有の、
春真っ盛りという雰囲気が良く出ていた。


 郡山市街地を抜けた先で、コースは少し高台のアップダウンを通過するようになり、安達太良山などがきれいに見える場所が多くありました。
 また、ちょうど田植えのシーズンを迎えていたため、水田に水が引かれ、代掻きが終わり、オタマジャクシやカブトエビがちょろちょろと泳ぐ姿が見えるなど、なかなか東北の春らしい長閑な風景が広がっています。

 そうだよな、こういう雰囲気の中をずっと走れれば良いんだけどな、とは思うものの……。

 二本松市でコースはまたも市街地に突入(3日、9:00頃)。
 そろそろ、町の動きが活発になってきており、信号もなるべくフリーパスの時間帯から、しっかり交差点管理を行う方向に切り替わり、信号峠、渋滞峠に引っかかることが多くなり始めました。

 ……こうなる前に、少なくとも福島市街地までは通過したかったのですが、須賀川あたりから向かい風が酷くなってきましてね……。
 昨日も日光まで酷い向かい風にやられたというのに、何で今日も向かい風なんだよふざけんな!


19050233.jpg
二本松市内。
切通し坂という場所らしいが、
名前通りの豪快な道(3日、9:27)。


 二本松市を抜けて、再び国道4号へ。
 ここまで来て、どうも後輪側にシャリシャリと何かがタイヤと接触しているような音が発生しています。
 何があったんだろう、と、伏拝交差点の信号停止中に状況を見てみると……。


19050234.jpg
後輪に設置していたフェンダー、
BBBスリムガードの取付金具が折損し、
ぶらぶらになっていた。
(左が正常な状態)


 ちょ、ちょっと待てい!!

 Day 1の途中から、何か調子がおかしかったこのフェンダー、まさかこんな形で破損するとは思わなかったぞ!!

 しかし、壊れてタイヤに擦り付けた状態のままで走り続けるのは危険です。
 歩道に乗り上げて、何とか応急措置で対応できないか考えてみます。

 状況を確認すると、どうやらリアエンドのダボ固定ネジが、初日からガタガタが酷い路面続きだったためか緩み気味になっていたようで、その結果、フェンダーが十分固定されずにバネのように振動し、繰り返し応力が集中した金具が金属疲労で折損してしまったようです。

 結果、ブラブラになったフェンダーが垂れ下がり、見事にタイヤと接触していたわけですが……・いやしかし、よく削れてバーストに至らなかったものです。
 Vredesteinのタイヤ、頑丈すぎ(^^;)。
 (この日、使用していたタイヤは、Vredestein Fortezza Senso Xtream Weatner。耐摩耗性、耐パンク性の評価は、メーカ内でも最高ランクだったりする)


19050235.jpg
実際、フェンダーの裏には、
タイヤと接触して摩耗した痕跡があった。
よくパンクやバーストに至らなかったものだ……。


 とりあえず、結束バンドでフェンダーをシートステーブリッジに縛り付け、ステーは万能固定具こと、ビニールテープで仮固定。
 何とか、タイヤへの接触は避けられる程度の状況にして、走行を再開します(対応時間、40分ほど取られた)。

 コースはこの先、国道4号の伏拝交差点から先で歩道からアクセス可能なスロープで4号を離れ、街路区間に入ることになっていましたが……。

 メカトラ停止で焦りが出たのか、歩道入りする場所を見逃した私は、そのまま4号沿いにダウンヒル(←おい)。
 ほぼ、坂を下り切ったところにあるネットカフェの所で、ちょっと待て、こっちがコースじゃないよね、と気付いて……GPSを見て軽く絶望。

 はい、自歩道をリカバリークライムだっ!!

 余計なヒルクライムを1.5kmほどこなして、福島市街地へと進むことになりました……。

 福島市は福島県の県庁所在地だけあって、かなりの大都市です。

 そしてこの日は5/3日、憲法記念日だったためか、福島市の中心街には色々な政治思想の皆様が出ておられて、なんだか賑やかな雰囲気に(^^;)。
 できればコース上でそういう場面に出会いたくなかったのですが、警察車両ともめて車線が塞がっていたりなんかもして、色々どうしたものだかなあ……(^^;)(^^;)(^^;)。


19050236.jpg
信夫山トンネルは、
自歩道専用トンネルを通過(3日、11:11)。


 市街地でいろいろ賑やかな風景を横目に見つつ、信夫山トンネルを抜けた後、しばらく国道13号沿いを走ったのち、飯坂温泉方面に向かう裏道へと進みます。
 細い道ですが、意外に地元の皆様が使うようで、パラパラと車通りがあるのが侮れません。


19050237.jpg
花水坂駅付近にて、
鉄分補給(3日、11:43)。

19050238.jpg
ここで踏切停車とか、
今回のブルベではレアイベントじゃなかろうか?

19050239.jpg
そして飯坂温泉。
フォトチェック通過(3日、11:47)。


 ここで走行距離は400kmに達しました。
 ずいぶん長い距離を走ってきた気がしますが、まだコース全体の半分にも至っていません。

 スタートからの時間は24時間17分。
 普段の私の400kmブルベが、大体ノンストップで24時間前後なので、ここまではいつもと同じくらいのペースです。

 この段階でいつも通りペースということは……やはり、矢板で仮眠していたら、この先がかなり厳しかっただろうな、と、改めて思わされました。

 さて、それはさておき、これでPC3仙台までの距離は76kmほどで、クローズまでの時間は約6時間。
 数字だけ見れば、余程のことがない限りタイムアウトすることはないと思われます。

 しかし、ここまでぶっ続けで走っていることから、どこかで急にペースが落ちたりしないとも限らないため、手放しで安心できる状態ではありません。
 また、明日以降になるべく疲労を引きずらないよう、可能な限り早い時間に石巻に予約してある宿に入って、できるだけ長時間の仮眠時間をとる事を考えたほうが良いでしょう。

 ここから先は、仙台時代に良く走っていた地域でもあります。
 土地勘があるというアドバンテージを生かすことができれば、完走も見えてくるでしょう。

 まずは東北随一の大都市、仙台に向けて、さらに北を目指すことにします。

Day 2.-5 そして仙台へ
 二本松市からは旧奥州街道筋を通る区間が多くなり、桑折町を抜けてから国見峠を越えて宮城県の白石市に向かうルートになっています。
 この区間も相変わらず向かい風が強く、連日の走行でさすがに疲労が出てきたので、桑折町で昼食がてら長めの休憩を取り、十分に補給を取ってから再スタートを切りました。


19050240.jpg
桑折町にある旧伊達郡役所(3日、12:09)。
1883年建立の、
レトロモダンな良い雰囲気の建築物。

19050241.jpg
桑折町にある、
奥州街道と羽州街道の追分(3日、12:31)。
右が奥州街道(仙台方面)で、
左が羽州街道(山形方面)。

現代の道路では、
国道4号と国道13号が、
両街道に近い道筋になる。


 桑折町も歴史ある町らしく、こういう文化財や街道遺構がしっかり残されています。
 奥州街道と羽州街道の追分があったということは、この地域においては交通の要衝であり、交易や旅人の往来が盛んで、非常に栄えた地域であっただろうと思われます。

 こういう場所をきっかけに、地域の歴史を偲んでみるのも、面白いのですが……今は先を急ぎましょうか(^^;)。


19050242.jpg
国道4号沿いに県境に至る(3日、13:05)。
さあ、宮城県に入ったぞ!


 宮城県白石市に入りました。
 ここから白石市街地までは下り基調です。
 ただし、道路端はかなり荒れている場所が多く、国道4号は昼になり、交通量が多くなっていたため、ハンドル操作を誤ると危険です。

 それなりに急ぎつつも、慎重にラインを選んで前進を続けました。


19050243.jpg
白石城の武家屋敷附近。
掘割に水が引かれ、
涼しげな雰囲気(3日、13:37)。


 白石市街地で武家屋敷附近を通り、ちょっとまったりしたら、この日の暑さに気付かされます。
 福島市内で既に盛夏期と変わらない状態まで、装備は薄くしてありましたが、それでも暑い。

 気づいたらボトルも空になっていたので、自販機でボトルと体の両方に水分を補給しつつ先に進みます。


19050244.jpg
大河原町方向に進んだら、
こんな感じの岩の切り通しが何箇所かあった。
崖面に保護工がないのだが、
表層が風化して崩れないのだろうか?


 白石市から大河原町方面に進む道は、つかの間の平和というか、これから先の市街地区間を考えたら、もっとゆっくり走っていたい長閑な雰囲気でした。
 白石川沿いに北東へと進んでいくと、やがて柴田町に入り、仙台平野の市街化区間へと突入しました。

 柴田町で、コースは一旦、阿武隈川の堤防上へと登ります。
 そして、国道4号を渡った信号のまさにその場所に、奥州街道に関連の深い遺構が残っています。


19050245.jpg
これに気づいた方は、
いらっしゃっただろうか。
奥州街道の四日市場一里塚跡(3日、15:08)。


 奥州街道はここで阿武隈川の堤防に接していましたが、ここは槻木宿にも近い場所であることから、古来、かなり頑丈な堤防が作られていたとのこと。
 四日市場の一里塚は、そんな堤防の傍にあり、塚には杉の木が一本、立っていたようですが、現在は残念ながら、その姿は道路脇の空き地のようにしか見えません。

 なので、ほとんどの参加者の方は、ここをスルーしてしまったと思います……。
 というか、私がここで写真を撮ったりしている間、数人の参加者が通りかかりましたが、皆様、さっさと行ってしまいましたね(^^;)。

 いいんです。私は私の「おくのほそ道」の旅を楽しむことにしますので(^^;)。


19050246.jpg
コースは阿武隈川の堤防に出る。
堤防の上は向かい風だった(3日、15:11)。


 宮城県に入って、PC3でタイムアウトの確率がグッと下がったためか、色々と余計なものを楽しむ余裕も出てきましたが、この連日の向かい風には本気で辟易してきました。

 しかもこの先、岩沼~名取~長町あたりまで、コースは旧国道4号沿いとなり、信号峠、夕方混雑峠が物凄いことになりそうなのですよね……。

 覚悟して先に進みますが、ここから先は東北地方随一の人口密集圏。
 名取市の中心街に近づくにつれて信号停車が多くなり、また、信号に止まっている車の列が長くなっていきます。

 一つの信号が青になっても、次の信号にすぐ捕まることを何度か繰り返しているうちに、少し睡魔がきたのか、意識がふわっとしてくるのを感じ始めました。
 睡魔を払うため、軽めのギアで高回転で走るように走法を切り替えて名取市街地を通過。
 名取川にかかる名取橋を越える頃には、睡魔も吹き飛んでいました。


19050247.jpg
名取橋を渡ってさらに北へ。
前方に見えるのは仙台市街地。

帰ってきたぞ、仙台!(3日、16:08)

19050248.jpg
太子堂駅から長町駅の周辺は、
仙台の中心街と並ぶ大商業圏。

この日は連休中ということもあり、
大変な混雑だった(3日、16:15)。


 長町周辺は震災後に急速に発展した商業圏で、仙台中心街が電車などで出かける場所としたら、こちらは車で乗りつけて楽しむ場所、というカラーの違いがあります。
 しかし、この、「車で乗りつけて楽しむ」というところが、自転車で走る時には少々、厄介な場合もありまして……。

 この日は連休中だったためか、あまり運転に慣れていない人も多かったのか、ウインカー無し、または曲がった後にウインカーという左折車が意外に多くて、ヒヤヒヤしながらの通過になりました。

 広瀬川にかかる広瀬橋を渡り、東北新幹線の高架沿いに進むと、間もなくPC3に到着です。

PC3チェック:3日、16:35(クローズ:3日、19:14@11:30スタート組)

 貯金、2時間半前後。
 走行継続策を取っても、私の脚力ではやっとこれだけの貯金を稼げる程度でした。

 走行計画立案中、ギリギリ走行ペースで考えて、私が矢板市内に止まっていられる時間を計算したら、安全を見て2時間が限界、という計算でした。
 ここで作れた貯金から考えると、その想定も正しかったことがわかります。

 しかし、2時間の停止では、シャワーを浴びて、仮眠とも言えない程度の時間、身を横たえる程度しかできませんから、それなら先に進んだ方が良い、と判断したのが、今回は吉と出ました。

 ……それにしても、須賀川から仙台まで、よくもまあそこまでの長距離長時間、向かい風が吹いてくれたものです……。
 しかもこの風、仙台が近くなったら、暴風注意報でも出てませんか、と聞きたくなるレベルで、強く吹き付けていましたからね……。

 Day 1の日光までの向かい風ダラダラクライムといい、今日の長距離暴風行といい、なんでこの旅は風向きに恵まれていないのか……。

 とりあえず、この日の行動は、約50km先の石巻まで、と決めていました。
 仙台~松島~石巻間は、それこそ仙台時代には何度も走った道筋で、道順も道路の雰囲気も全てが頭に入っています。

 松島までは少々、混雑するでしょうが、奥松島から先は国道45号上を除けば混雑とは無縁の道筋になるでしょう。

 なんだか、本当に帰ってきた感でホッとしてしまいそうですが、まだあと50kmはあるんだ、と言い聞かせ、補給と本日最終区間の準備にかかりました。

Day 2.-6 長いDay 2の終わり
 仙台のPCで補給中、到着する参加者は、話しかけた人限定ですが、走行継続組:矢板仮眠組が4:1くらいの比率だったでしょうか?
 脚力のある皆様は、私よりずっと早いペースで矢板の宿所に入り、3~4時間ほど仮眠した上で、この時間に間に合わせているようでした(凄い)。
 こちらは休まず走り続けて同じ時間に到着ですが(^^;)。

 まあ、それでも2時間半の貯金を得られたのは大きいです。
 この先、可能な限り早めに石巻の宿に入れれば、想定以上に仮眠時間を取れるかもしれません。

 そろそろ日没を迎えますが、日差しがなくなると体感温度がグッと下がるのが東北の連休シーズンの気候です。
 インナーにジオラインL. W. 長袖を追加し、急な温度変化に備えて、走り慣れた仙台の街へ、そして、いつも走っていた松島、石巻へと続く道を進み始めました。


19050249.jpg
仙台名物、
「懸垂型交通信号灯器」

市内数カ所と、
近隣自治体に数カ所、
同様の信号が設置されている。


 仙台市内は、意外に凸凹した地形です。
 広瀬川が頑張って削った河岸段丘が東西に走っており、それが大体、大通りを超えると斜面となって表れます。

 市街地は、どんなに急いでもすぐに信号に捕まってしまうので、榴岡公園の桜は、さすがに終わってるな~、とか、呑気なことを考えながら、ゆるゆると走ります。


19050250.jpg
キューシートに、
歩道から通過して進む、
とあった地点。

なるほど、歩道から進む……。
(奥の道路に抜けるのがコース)


 県道8号に入るまでは、市街地の細街路通過区間です。
 さすが東北随一の大都市だけあって、街路走行の感じは、スタート直後の都内の混雑とあまり変わりません。
 この感覚、久しぶりだなあ、なんて、呑気に構えていましたが……。

 夕方のこの時間になったら、やたらと空咳が出るようになってしまいました。
 一日の汚れを全部吐き出そうとでもいうのか、喉に絡んだ痰が飛び出すこともあったり、結構、しんどい勢いで咳き込む時間もあったりします。

 運動量を上げたら少し治まりましたが、この後、私はゴール後5日経ってもまだ治まらない咳に取り憑かれることになってしまいました。

 県道8号沿いに出たところでテールランプを確認すると、ずっと点灯したままだった右シートステーのランプが、かなり暗くなっていました。
 朝、電池と蓋をセットして復活させた左シートステーのランプは、電源を入れてみれば十分な明るさで光ったので、ここで左右を入れ替えて装着します。

 七北田川を渡り、利府の中心街を抜けるまでは交通量が多いことはわかっているので、無理をせず、車にうまく抜かれることを意識した走りに徹します。
 県道8号が松島海岸IC方向に北東方向へと進路を転じると、それまでの混雑が嘘のように、静かな道に変わります。


19050251.jpg
そしてここにあるのが、
私のおくのほそ道ポイント。
赤沼一里塚。


 この一里塚、仙台にいた頃からここにあることは知っていましたが、ブログなどで紹介する機会がないままとなっていました。

 県道8号は、仙台から利府、松島を経て石巻へと至る旧石巻街道と重なっている部分が多く、この赤沼一里塚は、17世紀初頭期くらいに石巻街道に設置されたものと言われています。
 かつては街道の左右に一対の塚があったらしいのですが、現在は道路北側の片方の塚だけが残っており、これが利府町に現存する唯一の街道一里塚になるようです(以上、現地の標柱の説明文より)。

 コースはこの先で県道144号に折れ、西行戻しの松の近くから松島方面へと向かいます。


19050252.jpg
松島町に入った(3日、18:21)。
この標識位置からは、
海岸まで急な坂を下る。

19050253.jpg
下り坂の途中から、
日没直前の松島が見えた。


 長い一日を過ごした最後に見ると、また違った景観に見えますね。
 仙台時代には、「いつでも来られる場所」として、特に冬には短時間で往復できて、途中の積雪・凍結の心配が少ない場所として、よく走りに来ていたのを思い出します。

 まあ、その際のルートは利府周りでなく、吉田川沿いの大和~大郷周りだったのですが……。
 (自宅が仙台市泉区だったので、学院大あたりから北に抜ける方が楽だったのだ ^^;)

 地元ローカルな話はそこまでにしまして。

 日没前の松島は、さすがに観光混雑も一段落し、いつもなら渋滞しているメインストリートも普通に走れる程度になっていました。
 電車移動の観光客は、まだまだたくさん路上にあふれており、相変わらずの賑わいを見せていました。

 ここから奥松島方向に進むと、道は一層静かになります。
 この辺りは、野蒜地区を除いて水田地帯が多かったこともあり、車通りも急に少なくなってしまいます。

 そして時間的に日没をむかえ、周囲は急速に暗くなっていきました。

 ここからは、完全ナイトライド体制で進むことにします。
 適度にアップダウンが続く県道27号から、一山超えて内陸側に入ってから国道45号へ。
 鳴瀬大橋を渡って、石巻方向へと進みました。

 仙石線の跨線橋を越えたところで、航空自衛隊松島基地の外周に沿って西に進み、石巻の海岸方面へと進みます。
 定川の河口あたりから、復旧復興工事地帯へと入っていきますが……。

 コースに指定された道路は、現在大規模な舗装修復工事中なのか、通行止めの区間がかなりの頻度で出てきます。
 迂回路の案内がちょっとアバウトな場所があったり、迂回路はこちらだから曲がれ、の矢印に従って曲がったら、いきなり砂利道で車輪を取られかけたり……。
 完全に暗くなってしまってからは、自転車のライトの明かりだけでは先を見通せない場所が多く、気付いたら行き止まりだったり、角を曲がったら砂利道で後輪が横スライドしたり、とにかくなかなか一筋縄ではいかない場所でした。

 この区間、道路が微妙に左カーブしていることもあり、幅数メートルの川を挟んで右側の県道沿いの街灯や店舗の明かりによって逆光となり、手元の地面や迂回路の案内がよく見えない場所も多くあったりして……。

 かといって、あっちの県道を通るのは……ダメですよね(^^;)。
 とにかく、右手の川から離れすぎない場所を迂回路として、なんとか川沿いっぽいラインで前進を続けます。

 やがて丘陵地に至り、津波などの影響がそれほど見えない住宅地に入りました。
 ということは、あの場所に近づいたということですね。


19050254.jpg
はいここです。
日和山公園北側斜面にある、
30%の激坂。


 ……何度見ても、スゲェ道だな、ここは……(^^;)。

 もともとは、地元の自転車乗りが、ネタと酔狂でアタックするような坂だったのですが、最近はSNSを通じた口コミ情報で、結構全国的にこの坂の存在が知られるようになったようで……。

 しかし、見た目のインパクトがご覧のとおりのためか、参加者の中にはこれがコースとは思わず、ナチュラルに左の道を進んでGPSにコース逸脱エラーが出て気づいた、なんて話が出ていました。
 また、石巻でDNFした方が、「昨夜見たこの坂は、暗さと疲労で目がおかしくなっていたから、めちゃくちゃな斜度に見えたのだろう」と思って、朝、再訪したらやっぱりとんでもない斜度で笑うしかなかった、なんて逸話も残したとかなんとか……。

 なお、私は石巻周辺のコースを確認している時、この坂がコースに入っているのはわかっていました。
 ただ、坂がどんなものかもわかっていたので、「担いで階段を登るのが楽か、斜面を押しで登るのが楽か」という二択で考えていました(^^;)。
 (4桁kmブルベ対応装備の激重車体で、私のナメクジ登坂力で何をやれと:笑)

 ま、結局、押しても酷い目にあいましたね……。


19050255.jpg
というわけで、
日和山公園のチェック通過(3日、20:12)。

19050256.jpg
念のため、
斜度30%の標識もどうぞ。


 さて、これで本当に長かったDay 1〜Day 2のコース上ミッションは終了。
 あとは宿に入って装備転換とシャワーと仮眠だ!

 気がつけば、スタートからは30時間以上が経過し、走行距離は530kmに到達しています。
 ぼちぼち、体力的にもきつい時間帯になってきています。
 早く宿に入ることにしましょう。

 日和山公園からコース通り石巻市街地方向に下り、女川方向に右折するアイトピア交差点を直進して、ホテルを目指します。

 ホテルにチェックインしたのは20:30頃。
 今夜の宿は、ワンルームマンションを改装したようなホテルでした。
 自転車は「部屋をよござないように」との注意付きで持ち込みOK。ありがたい話です。

 事前に送ってあったドロップバッグもチェックイン時に受け取り、あとは装備転換などを行うのみです。
 ドロップバッグに入れてあった交換用電池を、GPS、ライトに装着し、スマートフォンと、ここまで使ったライト(サブ灯のVOLT 700)のバッテリーは充電器にセット。

 シャワーを浴び、汚れものをファブリーズをぶっかけた上で防水密閉パックに詰め込み、破損した後輪フェンダーや不要物と共にパッキング。
 それをホテルの隣のコンビニから、不要物と一緒に自宅に向けて発送するついでに、寝る前と明日の出発前の補給品を購入し、部屋に戻ったら一日の終わりの補給をして、明日の着替えなどを全部準備してからベッドに潜り込む。

 以上をできるだけ短時間で、と思いましたが、フェンダーを外すのに意外に手間取ってしまい、トータルで1時間半近くかかってしまいました。

 とにかく、色々終わらせてベッドに横になったのは22時過ぎ。
 乾燥を嫌ってエアコンをつけていなかったので、軽く身震いするくらいの室温でしたが、布団に潜り込むと、全身が熱を持っているのがよくわかりました。

 Googleアシスタントに「2:30にアラーム」と指示し、部屋の明かりをリモコンで落とします。
 10分くらいは、何か色々と明日のプランを考えていた覚えがありましたが、どうやら意識はすぐに落ちたようです。

 明日、Day 3は、時間的にも体力的にも、最も厳しくなる一日だろう、と、当初から考えていました。
 一方で、明日を乗り切ってしまえば、残りはウイニングランだ、とも。

 Day 3は、5/4日、3:00に、この石巻をスタートする計画でした。


(続く)


関連記事
コメント
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

Twitterでつぶやき中
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
雨雲レーダー
リンク