日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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本年のSR最後の関門 BRM420興津400 参加記録 Part.3

 平成が終わりをむかえ、令和時代が始まろうとしています。
 この記事は、平成最後の記事となりました。

 いやあ、いろいろなことがあった時代でした。
 そして、大災害が多く発生した時代でもありました……。

 しかし、その終わりにあたっては、「平成最後の〇〇」と、ある意味お祭り騒ぎになるなど、時代の終わりながら、昭和の終わりとは全く違い、ものすごく明るい雰囲気があると思います。
 (もちろん、去り行く時代を偲ぶ気持ちも、多くあると思いますが、それでも前回の改元を知っている世代としては、本当に新しい時代が来る、という前向きな気持ちが溢れているように見えるのだよね)

 新しい時代、令和。
 この勢いで、明るく、楽しい時代になってくれると良い……いや、そういう時代を作っていかないと、ですね。

 では本題です。
 興津400レポート、Part.3をお送りします。

 往路は、向かい風の名所の富士見峠まで追い風に恵まれるという、例年にない好条件の中を走り、PC3までの到達時間は、400kmの過去最短時間を記録した2018年よりさらに1時間の短縮となっていました。

 しかし、これから後、復路は例年、厳しい冷え込みに襲われる道筋となります。
 また、風向きも南風にかわり、これから南下をはじめる自分たちにとっては、向かい風になりそうです。

 まあ、ここから先は下り基調なので、それほど風の影響は気にならない……はずですが……。

 というわけで、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。


1.向かい風の復路へ
 復路の走行開始は19:40頃でした。
 ゆっくり温かい食事をし、装備を換装したりしていたため、少々長逗留になりましたね。

 この間に、西の稜線は完全に暗くなり、ナイトライド体勢での出発となりました。
 また、防寒のため、上下ともにレインスーツを着込んだため、シャカシャカと衣擦れの音を立てながらの移動になっています。

 アルプスグリーンロード区間を走行中、10人くらいの参加者とすれ違ったでしょうか?
 声がけやベルの音でエールを交換しながら先に進みます。

 途中の商業地帯に差し掛かると、どうやら閉店時間を過ぎていたようで、交通量はぐっと減った中を走ることができました。
 最後の走者とのすれ違いは、PC3から随分折り返したところ(10kmほどの地点)だったので、時間的に大丈夫か?と思ったのですが、時計を見ると、まだ21時にもなっていません。

 PC3のクローズまでは、まだ1時間以上。
 ならば、大丈夫でしょう。

 塩尻市街地に至るまでの間に、2名ほどの参加者を追い越し、サラダ街道出口で追いついた参加者と、2言、3言、言葉を交わします。
 この先、塩尻峠から先の冷え込みがどの程度かで、攻略難易度が大きく変わるため、その辺りが心配なのは共通のようでした。

 塩尻市街地を抜けて、塩尻峠の長い登り(8km)にかかったところで、先を譲られたので先行します。
 塩尻峠の登りは相変わらず、長くてダレやすい……のですが、長時間、中程度の負荷を掛けることについては、バーチャルライドのSSTトレーニングで何度も行っていたためか、今年はかなり長時間、ぐいぐいとパワーを落とさずに登っていくことができました。

 途中、フクロウがホゥホゥ鳴いている声を聞き、以前も同じくらいの場所でフクロウの声を聞いたなあ、などと考えつつ、進みます。

 峠の頂上までの間に、2人ほどの参加者を追い越しましたが、坂で私が誰かを追い抜くなんて、かなり珍しい話なんですがね……(基本的に、坂嫌いである)。


19042030.jpg
塩尻峠の頂上に到着。
22:11分


 塩尻峠の頂上には、そこそこ余力を残して到着。
 気温は8℃。やはりそこそこ冷え込んでいますが、我慢できない寒さではありません。

 PC4は、PC2と同じコンビニで、峠を降りてすぐの場所です。
 さあ、下りの走行風で一気に冷えることが予測されますが、さっさと進んでしまうことにしましょう。

PC4チェック:22:21

 かなり早く戻ってくることができました。
 気温は一桁で、かなり寒いのは例年通りです。

 PC3でもインスタントの「ぶっこみ飯」を食べたばかりですが、温かい食事を取っておかないと体幹が冷えて睡魔にやられたり、低体温で動けなくなったりするので、ここでも小サイズのカップ麺を食べておきます。

 ここから諏訪湖までは、延々、岡谷市街地を下っていきます。
 一気に体が冷えるので、薄手長袖アンダーをさらに一枚、着込んで、冷気の底へと進むことにしました。

2.富士見越えの道へ
 PC4を出発すると、やはり足を回さず、下るだけ、という道筋に、一気に体が冷えてしまいます。
 顎がガチガチと音を立てる中で、「慣れるまで10分の辛抱、慣れるまで10分の辛抱」と自分に言い聞かせながら先を進みます。

 そういえば、この日はフルフィンガーグラブを持っていなかったので、PC4で軍手を購入して装備しています。
 さすが汎用作業用装備。
 こんな寒さでも、そこそこの防寒性を発揮してくれました。

 諏訪湖岸からしばらく、平坦に近い道を進みますが、どうやら冷え込みは思ったほどではなかったようです。
 気温は塩尻峠の上と同じく、8℃。
 例年なら、さらにぐっと冷え込むのですが、空に雲がかかり始め、放射冷却が少し和らいだ様子でした。

 なお、風向きは相変わらずの南風で、往路のように、ちょっと回せば30km/hに届く、という快速性はさすがに発揮できず、頑張って25~28km/hというくらいの速度をキープして先に進みます。


19042031.jpg
坂室トンネルを通過。
この先、富士見峠への登り返しだ。


 坂室トンネルは、前後で大型トラックに抜かれる事が多かったことと、自歩道走行は推奨されていたことを考え、おとなしく自歩道の上を走ります。
 積もった埃の上に、何条か真新しい自転車のタイヤ痕が残っているのは、参加者が通ったからでしょうか。

 坂室トンネルを出ても、気温は大きく変わりません。
 どうやら、夜の冷え込みはここで峠に達していたようです。

 二桁に届きそうな程度の気温であれば、装備的に不安はありません。
 道路端を示すLEDがリズミカルなウェーブを描く緩やかな坂を、可能な限りの速度で登っていきます。


19042032.jpg
富士見峠の頂上交差点に到達。
0:20分。


 PC4で周囲にいた参加者が、富士見峠を日が変わる前に越えられるかもしれない、と話していたので、私もちょっと意識して走ってみたのですが、20分届かず。
 まあそれでも、過去に走った興津400の中では、これほど早い時間にこの峠を越えたのは初めてです。

 ここから先は、甲州街道沿いに韮崎手前の穴山まで、だいたいずっと下り坂です。
 毎年ならば、道の駅信州蔦鬼宿あたりでドリンク休憩を挟みますが、この日は特に休憩しなくても大丈夫そうでした。

 穴山交差点で右に折れ、アップダウンしながら高度を稼いでいく区間で、数人の参加者と前後しつつ走っていくと、PC1と同じコンビニが見えてきました。

PC5チェック:1:52

 ……う~ん、例年、このPCあたりで大体、夜明けを迎えるイメージなのですが……。
 まだ未明に至るかどうか、という時間に戻ってきてしまうとは……。

 体の疲労は、今のところ表には出ておらず、固形物も問題なく胃に入っていきます。

 時間的には、どこかで2時間ほど仮眠しても問題ないくらいではありますが……。
 体が持つうちに、できるだけ先に進もうか、と、御勅使川が作り出した扇状地の斜面を下り、富士川沿いに静岡県を目指すことにしましょう。

3.夜明けの街へ
 例年、南アルプス市街地に至る頃には東の稜線が赤くなり、富士川沿いに出る頃には夜が明け、正面に富士山の姿を見る事ができるのですが、今年は空もまだ暗い中となりました。

 どんどん南下して、身延町に入った頃、数人連れの自転車乗りとすれ違います。
 全員、ブルベ装備で荷物もそこそこ重装備だったことを考えると、この週末に同時に開催されていたflecheの参加者だったのでしょうか?

 この先、富士川を渡る富山橋でまたもう一組、5~6人組の参加者とすれ違い、同じようにエールを交換します。
 あちらのチームのゴールは、甲府市なのか、石和の健康ランドなのか。
 いずれにしても、24時間の間にできるだけ遠くへと走る道のりが、平穏無事であることを祈りたいものです。


19042033.jpg
身延駅前(4:08)。
いつもなら、
完全に明るくなってから通過する場所。
今年はまだ暗闇の中だった。


 富士川沿いをどんどん南下していきますが、まだ周囲は闇に包まれています。
 この辺りは谷深い地形であるため、夜が明けても日差しが届くまで、少々時間がかかるのですが、例年ならもう明るくなってから通る場所を、暗い中、通るのは、また新鮮な気分になるものです。

 この先の急勾配の坂を越え、さらに南へと進んでいきます。


19042034.jpg
十島近くまで来ると、
さすがに周囲が明るくなってきた(5:05)。
西の稜線上には、まだ月が出ている。

19042035.jpg
そして県境を越えて静岡県入り(5:13)。
ここでついに、
太陽が稜線上に顔を出した。


 夜明けとともに、静岡県に入りました。
 この、十島から稲子に抜ける峠の入口で、PC3以降前後していた参加者を追い越しましたが、ここで装備を薄くしている間に再度、先行されました。

 この先、日が差し込むと同時に体感温度が高くなり、睡魔が誘発されそうなので、レインスーツを外し、アンダーも一枚薄くして、寒いくらいの装備に換装。
 寒さに耐えることで睡魔を吹き飛ばすことを考えて、下り坂にかかります。

 実際、体がガタガタ震えるくらいの寒さがきましたが、おかげで眠くなる暇もなし、という感じで前進していくことができます。

 そういえばこの辺りから、ソロ走行のブルベ装備のサイクリストとすれ違うようになりました。

 のちにSNS等の情報で、BRM420西東京300の参加者ではないか、という情報をいただきました。
 あれ?でも、4/20日スタートの300kmなら、こんな時間にこんな場所を走っていないのでは?と思ったら、夜スタートのブルベだったようでして……。
 この辺りは100~150km地点付近になっていたようですから、夜スタートなら、明け方にすれ違っても不思議ではないですね(^^;)。

 それはそうと、私の方は、頑張れば6時代でのゴールもできそうです。
 できるだけ早くにゴールできれば、その後の日程も色々、余裕ができますので、ここはいっちょ、頑張ってみるか、と、疲れた体に鞭を入れてみます。


19042036.jpg
道の駅富士川楽座付近。
もう終わりが見えてきた。


 富士市内に入り、最後の市街地走行区間になりましたが、さすがにまだこの時間は街も目覚めておらず、交通量もまだ少ない中を走ることができました。

 旧東海道筋に入ったところで、思ったように力が入らず、意識がスカスカになった感じが出てしまい、ああ、これは睡魔が入り始めた、と思われましたので……。
 意識して運動量を上げて走ることにして、走行を回転重視に切り替え、ケイデンスが90を上回るようにして走り続けました。

 すぐに睡魔は飛んでしまったようで、ここから先、ゴールまで、睡魔は復活することはありませんでした。


19042037.jpg
富士由比バイパスの自歩道上。
遠くにゴールの、
駿河健康ランドが見えてきた。


 最後はいつもの道筋で自歩道上を進み、遠くに駿河健康ランドが見えてきました。
 この時点で、時間は6:40。
 6時代のゴールは、多分、間違いないでしょう。

 興津川を過ぎてすぐの場所に、チェアーセットが用意されていましたが……まだスタッフの姿は見当たりません。
 到着していた参加者の人に、ここでの受付は始まっていませんか、と尋ねると、まだだ、とのこと。

 では、健康ランド玄関か、ということで、そちらに回ることにしました。

ゴール:6:45

 走行時間、21時間45分。
 昨年、記録した当時の最短時間が23時間08分だったので、400kmの自己ベストを1時間以上、一気に短縮できました。

 前半の追い風効果が大きかったことと、後半、向かい風が下り基調の勢いを減殺するほどではなかったこと。
 そして、最後までタレずにパワーをかけて走れたことが、色々良い方向に転じた結果でしょうか。

 とにかく、今回はPBPの出場権獲得のため、SRを取得してしまおう、と考えていたこともあり、止まる選択肢を考えなかったことも大きかったでしょう。

 とはいえ、好天の恵みを受けたのは私だけではなく、この時点で、すでに半分以上の参加者がゴール済み。
 どうやらこの日は、かなりハイスピードな展開のブルベだったようでした。

4.ブルベはお家に帰るまで
 ゴール受付を終わらせたら、そのまま健康ランドのお風呂に飛び込み、22時間弱、走り続けて汗でヌルヌルの体を洗いました。
 2回、泡立てても泡立たないとか、久々のひどい汚れ方でしたよ……。

 風呂から上がると、ブルベ後の空腹が感じられたので、終わりかけでしたが、朝食バイキングに飛び込んで朝食を済ませてから、例によってマッサージチェアでごりごりグリグリと全身を痛めつけられたら……。

 その間に、30分ほど寝落ちていたようでした……。

 さて、この日は自宅の鍵を会社に置き忘れていたので、小田原から小田急ルートでなく、東京経由で帰る必要があったので、10時ごろ、健康ランドを出発し、帰路につきました。

 静岡まで在来線で移動後、新幹線に乗り換えましたが、新幹線内ではほぼ寝落ち。
 東京駅から電車を乗り継ぎ、会社で鍵を回収した後は……再度、輪行するのも面倒だったので、会社で車体を組み上げて、自走で帰ることに。

 「400kmも走ってきて、まだ走る体力が残ってるんかい!」

 とは、休日シフトで出社中の同僚のツッコミでしたが、400km走った後の10km程度なんて、誤差みたいなものですし……(壊)

 とはいえ、一度、圧迫を解放した尻は、再着座の際、鈍い痛みを発して、これ以上は無理、と自己主張してくれたのでした……。


 というわけで、平成最後のブルベは無事に完走で終わらせることができ、SRも達成、PBPへの出場権も確定させることができました。
 今年は新年明けてすぐから200、300を走り、4月に600、400を走るという、あわただしい日程ではありましたが、なんとかやり遂げることができました。

 しかし、前回の出場時でも思いましたが、SR達成で気分的に一段落してしまうと、本番までのコンディション調整が難しくなるのですよね……。

 合間を見て、短距離域でも良いので、ブルベを走ったり、日々、トレーニングに励んだりしようと考えています。


 さて、次のブルベは、BRM502日本橋1000、通称、奥の細道1000になります。

 令和最初のブルベは、サウザンドです。
 さすがに、楽に完走できるような距離域ではなく、事前準備から色々と対応が必要とされているところです。

 とはいえ、夏には異国で1,200kmを走ろうというのですから、国内の1,000kmを完走することで、一気に弾みがつきそうです。

 とにかく、4桁km走行の機会がほとんどありませんから、できるだけのことをやってみようと考えています。


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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