日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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現代版五十三次? BRM1013日本橋600参加記録 Part.2

 今週の頭くらいから、東京は急激に冷え込んできました。

 で、この週の金曜日に仕事で南東北の方に行った際、すでに市街地の銀杏並木などが色づき始めているのを見て、そろそろ、関東地方の山岳地帯も、紅葉シーズンが始まっているかもしれない、と思ったので……。


18101322.jpg
奥多摩は日原まで行ってきました。
ちなみに、相方は、
WINDCOG ZIC。


 結果的に、紅葉はまだ浅かったですね(^^;)。
 まだ寒の入りくらいだったのか、おそらくは石尾根くらいまで上がれば、それなりの色付きが見られたかもしれませんが……日原くらいの標高だと、来週末くらいが見頃になってくるのではないかと思われます。

 ……う〜ん、来週あたり、奥多摩方面は道路も電車も、すごい混雑になりそうですね(^^;)。
 ハイキングもドライブも、かなりきつい状況になると思われますので……紅葉見物には、自走が一番かもしれません(いや、これ冗談抜きにね)。

 なお、日原街道は現在(2018年10月20日段階で)、一部区間で道路拡幅のための桟橋拡張工事が行われており、片側交互通行になっている場所があります(結構、長い区間で)。
 対向車が来ている場合、自転車も停車するように指示されますので、もしも自走で日原に向かおうと考えている皆様がいらっしゃったら、十分、注意して通過するようにしましょう。

 では本題です。
 BRM1013日本橋600、東海道リターンズの参加レポート、Part.2をお送りします。

 序盤から約80kmほど、ほぼ連続して市街地走行を強いられ、自分の右側を常に車が高速で通り抜けていく、という、緊張を強いられる状況に追い込まれた結果、走行ラインを左に寄せていたためか、序盤の段階で立て続けに2回のパンク。
 まだ100kmもいかないうちに、予備チューブを使い尽くすという、かなりメンタル的にきつい状況に追い込まれてしまいました。

 市街地走行の緊張の影響か、トラブル続きの焦りの影響か、この日はミスコースを連発。
 普段だったら、絶対にこんな失敗はしないはずですが、どうしてこうなってしまったのやら……。

 そしてコースは序盤の山場、鈴鹿峠方向に続く郊外の住宅地〜山間のバイパス区間へと続いていきます。
 さて、平坦基調のコースの中に、例外的に大きくそびえ立つ序盤の難所の攻略開始です。

 というわけで、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.石部宿の旧街道筋へ
 湖南市で一旦、国道1号から分かれて、コースは旧街道筋をなるべくトレースする形で石部宿方向へと向かいます。

 この辺りは、交通量も少なくなり、随分と走りやすくなりました。
 感覚的には、東北ブルベで少し交通量が少なめの県道に入った、という感じでしょうか?

 今回のコースの中には、本当に車線幅=道路幅ギリギリという道も結構ありましたが、この道は対面2車線+路肩という感じで、自転車などの低速車両が通行するにも十分な道路幅がありました。

 まあ、この地方は冬季に降雪などほとんどないでしょうから、東北の道のように、除雪時の雪寄せ場所などが考慮されていないため、道路幅員がギリギリになっているのは、ある意味、仕方がないのでしょうが、慣れていない私には、かなりキツかったですね(^^;)。
 ホントに、サイドミラーが右腕に触れるかどうか、というギリギリのところを通過しているような気がしましたのでね……。

 やっと安心して走れる場所に出たな、と考えつつ前進していくと、信楽焼のある公園、と、キューシート等で示された場所が現れました。
 そこからさらに細い街路、旧来の東海道と同じ幅員の道路へとコースは進んでいきました。


18101310.jpg
そしていきなりあったのが、これ。
旧和中散本舗(大角家住宅)
江戸時代の豪商の屋敷らしい(11:49)。


 ちょっと調べてみたら、この邸宅は大角弥右衞門家の邸宅で、和中散という薬を売っていた商家の本舗だったらしいです。
 この、和中散という薬は、徳川家康が腹痛を起こした際に献上したところ、たちまち治ったので、家康自らが直々に名付けた、という謂れがあるのだとか。

 そんな薬を扱う店舗ですから、そりゃもう、街道では栄えた商家の一つだったのでしょう。
 現在も、仕事場には江戸の当時の製薬用石臼などが残されているらしく、国の重要文化財や史跡の指定を受けているのだとか。

 歴史的な建築物が、これほど見事に残っているとは、さすがは東海道の、上方に近い地域だけあります。


18101311.jpg
この先、
いかにも宿場町という雰囲気の
道が続いた(11:53)。

18101312.jpg
この建物の右側、
灯篭が見えるあたりが、
石部宿の高札場跡だったらしい。
(12:04)


 なお、宿場街の周辺は細い道が入り組んでいて、コースが少々分かりづらい場所がありました。
 もともと、宿場街の出入り口には、枡形と呼ばれるクランク状のカーブが設けられていたりする(街道沿いに江戸へと軍を進めても、ここで強制的に速度が落ち、時間稼ぎになる)のですが、近年の区画整理などでそれが街路の中に紛れ、分かりづらくなっていたりするのですよね……。

 この近辺では、石部駅付近で右折して川沿いに行くところを直進してしまい、コースを見失ってしまったりしました。
 やれやれ、今回はミスコースの頻度が高すぎるなあ……。


18101313.jpg
コース沿いに進んで見つけたもの。
道路を潜るカルバートかと思ったが、
銘板には「由良谷川」とあった。
(12:14)


 道路の下を潜るカルバート……のようにも見えたのですが、石造りで意匠が凝っているのと、よく見たら上が道路ではない上に、扁額の銘板に掘られているのが川の名前……。

 色々、不思議だったので調べてみたところ、この由良谷川隧道、明治19年(1886年)に竣工した、滋賀県内でも最古級の近代的な道路トンネルでした。
 江戸時代まで、典型的な天井川(周囲の平地より、川底の方が高い川)だった由良谷川は、東海道を通る場合、多大な障害となったようで、明治時代に、この川底を潜るトンネルが計画・設置されました。

 これがこの、由良谷川隧道で、現在のこの石造アーチは明治19年以来、ここにある、歴史的な構造物になるらしいです。

 なお、由良谷川は(Google Earthの過去画像参照機能で見ると)平成27年頃からの工事で、このトンネルの西側に河道が切り回され、現在はこの隧道の上には水路の名残が残る程度のようです。
 (ゆえに、2018年10月現在で掲載されている2013年11月撮影のストリートビュー画像には、このトンネルの西側には、まだ川がない)

 ……そういえば、この隧道を潜る手前にあった川は、随分新しいコンクリート護岸と、砂防堰堤が設置されていたな……。
 あれは、ごく最近に切回し河川として切られたものだったのか……。
 てっきり、今夏の台風被害か何かで被害が出た場所だとばかり思っていましたよ(^^;)。


18101314.jpg
そして由良谷川隧道の先にあった、
大沙川隧道(12:18)。
これも天井川の下を潜る隧道。


 由良谷川隧道を抜けてしばらく進んだ先に、また同じような石造の隧道がありました。

 同じく、天井川である大沙川(大砂川との記載もあるが、ここでは銘板に準拠)の下を通すために作られた隧道で、こちらの竣工年は、由良谷川隧道よりさらに古い、明治17年(1884年)。
 由良谷川隧道と同じく、130年以上現役という、とんでもない年月を重ねた構造物で、滋賀県内では最初の近代的な道路トンネルとして建設されたものになるらしいです。

 ……なんというか、ホントにさらっと、すごい場所を通っていたんだな……(^^;)。

 なお、この2本のトンネルですが、土木学会が選定する土木遺産として、ランクA(最も重要な土木遺産で、国指定重要文化財に相当する)に指定されているそうです。
 うん、確かに、130年以上を経てきた割に状態は非常に良く、維持管理も行き届いているようですからね。
 これは「東海道」という道路が、古来、ものすごく重要な街道であったことを、そのまま、今に伝えている施設とみても良いのかもしれません。

 なお、余談ですが、実はこの地域にはもう一つ、家棟川隧道という、天井川の下を潜る隧道があったそうですが、こちらは昭和54年の河川改修の際に取り壊されたらしいです(残念!)。
 というか、そんな構造物がポンポン作られているなんで、さすがとしか言えませんね、ホントに。

 さて、そんな風に土木遺産を眺めている間に、時間は正午を過ぎ、空腹がかなり本格化してきてしまいました。
 確かこの先、幹線道に出るところにコンビニがあったはず……。
 鈴鹿峠に抜ける前に、そこで補給を入れることにしましょう。

 コンビニに到着してみると、皆様、どうやら考えることは同じだったようで、数名の参加者が同じように補給と休憩のために止まっているようです。
 私もその中に混じるため、駐車場へと乗り入れるのでした。

2.天国にも思えた鈴鹿路へ
 さあ、補給を終えたら甲賀市を抜けて鈴鹿峠への道を進みます。
 現在地は三雲駅付近。
 ここで県道沿いから国道1号に合流すると、あとは鈴鹿峠を越えた向こうまで1号沿いに真っ直ぐです。

 旧水口町の区間からは国道がバイパス形状となり、周囲は新興住宅地とロードサイド型商店が立ち並ぶ区域となりました。
 随分、市街化が進んでいるなと思いましたが、さすがに京都や大津と比べると交通量もそれほど多くはなく、比較的ゆっくりと走れる感じです。

 ちなみに、このくらいの規模の市街地ならば、全国チェーン展開している量販型の自転車店があれば、予備チューブの補充をしようと思ったのですが……。
 残念ながら、コース上で見た限りでは、自転車店は見付かりませんでした(もっとも、少し市街地の奥まで入れば、数店ほど、スポーツ自転車を扱っているお店が合ったらしい)。

 この時点では、夕方に到着するであろう四日市、桑名で自転車店を探すのが、都市の規模的にも効率が良いだろうと考えていた事もあり、特に気にせず先を進む事にします。
 峠の区間は交通量も落ちるでしょうから、デブリの少ないラインを選んで走る事もできるでしょうから。
 (なお、さすがに予備チューブの補充なしにナイトライドに入る事は避けたかった。何かあったら、完全に足止めを食らうのでね……)


18101315.jpg
バイパス化整備が進んだ道を進む。
完全に高規格道路の形状で、
場所によっては高速道路かと思うほど、
立派に整備されていた(12:57)。


 さすが一桁番号の国道(国の直轄管理)だけあって、本気で整備されたであろうバイパス化区間の走りやすさは別格の物がありました。
 自転車で、これくらい走りやすい道路って、国道4号の花巻バイパス(岩手県)くらいしか経験がない気がします。

 さすがに峠に近いだけあって、それなりにアップダウンが出てきますが、銃弾勾配もバイパス化路線らしく変化が穏やかで、坂嫌いな私でもアウターで走っていける場所がほとんどです。
 スタッフの試走報告でも、「鈴鹿峠は慣れている人なら、アウターで登っていけるだろう」というコメントがありましたが、滋賀側については、確かにその通りでしたね。

 そういえば、湖南市辺りから急に空に雲が広がり始め、周囲が薄暗くなり始めていました。
 愛知県あたりで、夕方以降に雨が降る予報になっていましたが、もしかしたら少し雲の流れが速くなったのでしょうか?

 土山町に入った所で一旦、バイパス化区間が終了して住宅地になりましたが、この辺りまで来ると、パラパラとにわか雨が落ちる事がありました。
 一度、路面全体がしっとりするほど降った時間帯もあったので、ソーラー施設前で道幅が広くなっている場所を見つけたので、走行中に装着が面倒な装備であるレインシューズカバーだけを先に着けてしまう事にしました。
 レインスーツやレインパンツを身に着けると、さすがに暑くなりすぎる可能性がありますが、シューズカバー程度なら特に問題は無いでしょう。

 土山の住宅地を抜けると、再び道路はバイパス化整備された走りやすい道となり、それが鈴鹿峠まで接続していました。

 この辺りで、星になった動物が路肩に倒れているのが見え、最初は例によってタヌキかな、と思っていたら……。

 アライグマでした。
 うぉい、交通事故に遭っちゃうくらい、数が増えてるの、この辺りでは?

 最近では、サルだと思っていた農作物被害の原因が、このアライグマだった、なんて事例もあるみたいで(学習能力が高く、手先が器用なため、高い塀やフェンスを登って越えるなんて朝飯前だったりする)、生態系への影響とともに、ダイレクトに経済活動への影響が生じています。
 まあ、そういう方向性のブログでは無いので深くは触れませんが、これ以上、問題が深刻にならないように注意したいものです。


18101316.jpg
道は緩やかな斜度で峠に登る。
滋賀側からだと、
恐らく、国交省の除雪ステーション前が、
峠の最高地点になるだろう(13:53)。

18101317.jpg
除雪ステーションの先、
わずかに下り始めた道を進むと、
鈴鹿トンネルがあった(13:54)。


 鈴鹿トンネルに入ると、道ははっきりとした下り基調に転じ、峠越えが実感されるようになりました。

 案外あっけなく、鈴鹿峠はクリアできてしまいました。
 最初の難関かと思っていましたが、難関になったのは、どちらかと言えば京都~大津~草津辺りまでの市街地走行区間の方で、この鈴鹿峠に至るまでの区間は、アップダウンこそあれど勾配変化は少なく、インナーに入れたのは1回くらい?というレベルでの走りやすさがありました。

 坂嫌い、峠嫌いを公言している私ですが、常に緊張を強いられた市街地走行区間と比べたら、緩急がついて走りのリズムを作りやすかった鈴鹿峠は、天国に思えたくらいです。
 峠道を天国に思うなんて、普段、「峠の坂道で泣き言をブーたれてナンボ」なこのブログ的には、どこかのネジが吹っ飛んだんじゃないかと思うレベルの珍事だったりするのですが……?(^^;)


18101318.jpg
トンネルを抜けると、
伊勢の国こと、三重県!

ここに来るまでの間、
何度かにわか雨が落ちており、
空はかなり暗かった(13:55)。


 鈴鹿トンネルを抜けた先は、既に三重県であり、ここからしばらくは豪快なダウンヒルが続きます。
 地形的に、滋賀側はなだらかで、三重側が急斜面になる、典型的な片峠地形になっているようで、三重側から鈴鹿峠を登る場合、この急斜面を登ってくるのか、と考えると、今回のコースで走って正解だった、というのが素直な感想になります。

 さあ、ではこの先の道を進みましょう。
 思った以上に急斜面かつクネクネと蛇行する道ですので、飛ばし過ぎないようにブレーキを当て効きさせながらの通過になりました。

 途中、追い越し車線を走っていた大型トラックが急ブレーキを踏んだので、何が起きたのかと思ったら、ハスキーの血が混ざっていそうな中型犬が、反対側からのっそりと道路を横断していました。
 あ、このままではトラックにぶつかるか、と思ったのですが、ドライバーさんの急ブレーキが間に合ったようで、毛皮が触れる程度のギリギリ間でなんとか事故は避けられました……が。

 原因になったお犬様は、おっと危ない、程度のリアクションでのっそりのっそり道路を渡ってきて、私の自転車(停車中)に体を擦り付けるようにギリギリの所を抜けて、後方へと去っていきました。

 ……なんだったんだろう、あれは(^^;)。

 気を取り直して、ダウンヒル再開です。
 この先、コースは坂を下りきったくらいで、国道1号を離れて関宿へと逸れます。

 石部宿周辺では、かなり色々、面白いものが見られましたが、さて、関宿はどんな場所なのでしょうか。

3.歴史の面影残る関宿へ
 峠の下りは、かなりの距離にわたって続いていました。
 これを逆から登ったら、かなり厳しいだろうなあ、と、そんな事を考えながら走っていると、やがて勾配は緩やかになってきて、足を回さないと加速しなくなってきました。

 ついでに、空模様も峠を離れるほどに回復し、再び晴れ間がのぞくようになっていました。


18101319.jpg
そして関宿に到着(14:10)。
標識の側面に、
「重要伝統的建造物群保存地区」
という、ものものしい文字が見える。


 鈴鹿峠側から入ると、ゆるやかな坂を上った先が宿場街のようです。
 さあ、どんな風景が待っているのか……。


18101323.jpg
で、いきなり、
こんな風景ど真ん中に
放り込まれた(14:11)。

18101324.jpg
いや、なんというか、
想像以上だったぞ、これ!
(14:12)


 思わず、「ほわあ」と変な声が出ました(^^;)。

 いやいや、これ、凄すぎでしょ!
 保存地区、といっても、数件程度、古い建物が残っている程度かな、とか考えていましたが、まさか街並みがほぼ残っているとは思いませんでしたよ。

 というか、この宿場、”うだつ”が上がった建物が目立つんですけど。
 どんだけ栄えていたんですかね(^^;)。

 同じくらい、昔日の姿が残った場所といえば、福島県南会津の大内宿が思い浮かびます。
 ですが、大内宿はここまでぴったりと商家が密集するような街並みでなく、茅葺屋根の建物が、それなりの距離を置きながら並んでいるため、街並みの密度としては、こちらの関宿の方が上ですね。

 現在も観光客向けの土産物店や地域の特産品を扱う商店だけでなく、昔ながらの街角のタバコ屋や雑貨屋的な商店もあったりして、生活感もしっかり根付いているのが凄いところです。
 (銀行まで、こういう景観に溶け込むような建物形状をしていたのには、素直に感心させられた)


18101325.jpg
少し高い場所から、
この先の街並みを見下ろす。

昔日にはこの道筋に、
徒士の旅人と牛馬が行き交い、
両側の商店からは、
賑やかな呼び込みの声が
響いていたりしたのだろうか。
(14:17)


 いやあ、当初想定の走行プランからは遅れ気味だというのに、何度も足を止めて風景に見入ってしまいました。
 ここは本当に凄かった。
 ブルベのコースとして、こういう場所を取り入れるなんて、「何を見せたいか」が本当によく伝わってくる気分です。
 走行の効率だけを考えたら、1号をそのまま走ったほうが良いのですからね……。


18101320.jpg
関宿区間は、
「東の追分」の所にある、
鳥居の所で終了(14:18)。

18101321.jpg
宿場街の本筋からは、
急勾配で鈴鹿川方向へと下る。
こうやって見ると、
旧宿場街は、
洪水の恐れの少ない
高台上にあることがわかる。


 旧宿場街は、鈴鹿川の氾濫源を避けた高台の上に位置しているのが、現在の地形からもはっきりわかりました。
 旧街道の多くは、比較的災害の影響が少ない尾根筋を通っていることが多いのですが、宿場街も同様に、災害を受けにくい場所に作られていました。

 街道は人々が往来するとともに、様々な交易品を運送するためにも使用され、宿場町はその中継地点になるわけですから、すぐに崩れて通れなくなったり、一晩の宿を取れなくなったりすると、社会全体に多大な影響が出たことは簡単に想像できます。
 現代の街道、つまりは国道などの幹線道も、災害で通行止になると、多くの人が困りますものね……。

 土木技術が現代ほど発展しておらず、重機などという便利な道具がなかった時代、一度崩れてしまった街道の復旧には途方も無い時間と労力が必要とされました。
 未然にそれを避けるべく、地形と水象を読み取り、安全な場所を選んだからこそ、古い街並みが現在まで残されたのでしょう。

 コースはここで旧宿場街のある尾根筋から、現在の国道1号がある鈴鹿川沿いの平野へと下り、国道1号にぶつかったところで交差点を左折し、四日市方向へと向かいます。

 急な坂を一気に駆け下りると、あっという間に国道1号の交差点に到着しました。
 信号が赤に変わってしまったので、一旦、停止です。

 ……う〜ん、何かを忘れているような……。

 ふと右側を見ると、参加者数名がコンビニの駐車場で休憩している姿が見えました。

 あ、ここがPC1やん。
 もう少しで、スルーして先に進むところでした(^^;)。

 というか、赤信号で止まったから気づきましたが、青信号でそのまま交差点を左折して進んでいたら、見事にPC不通過ですよ(^^;)。
 危ないなんてレベルの話じゃありません(^^;)(^^;)(^^;)。

PC1チェック:14:21

 想定していた走行プランからは、見事に1時間遅れになってしまいました。
 まあ、クローズまでは1時間ほどあるので、悪いペースでは無いのですがね。

 しかし、PC1までの124.3kmのうち、体感で8割くらいが市街化区間だったように思います。
 慣れない市街地走行でグロスが伸びず、立て続けのパンクトラブルで時間をロスし、普段ならうんざりしながら走っている峠道を、むしろ好ましい走行環境だと認識して走っているとか、まあ、序盤から色々ありすぎです。

 それにしても、今回はミスコースが多い……。
 また、PC1をもう少しで飛ばしてしまいそうになるとか、なんだかいつもの自分では無いような、変な気分でした。

 どこかで、当初想定から大きく遅れてしまったことに対して、焦りがあったりするのでしょうか?

 いやいや、このままのペースで走っても、十分に完走可能な状況です。
 焦る必要はどこにも無い、と改めて考え直します。

 さて、この後、コースは三重県の主要都市である四日市、桑名を経て、木曽三川を超えた向こう、愛知県を目指します。

 とりあえず、次のPC、桑名までは約40km。
 風が追い風になりそうですから、なるべく早く走って、その先の道につなげたいところです。

 ただし、四日市、桑名に突入する時間帯が、このままだと夕方の混雑の時間帯になりそうなのが……。

 また、市街地走行が混雑の中というのは、消耗度合いが激しくなるため、避けたいところなのですが……。


(続く)


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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