日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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1/71の旅日記 2018 Clover Hokkaido 1200参加記録  Part.4

 先日の更新で、「眠りの質」を見直す、と書きましたが、早速ですが今週末から、就寝時の体重を均等に分散する、という厚手マットレスを導入しました。

 結果、「夏眠暁を覚えず」状態です(^^;)。

 今までは、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまっていることも多かったのですが、今は目覚ましが鳴って、「うごおお、もっと寝ていたい……」という感じで起きています。
 そして、寝起きに肘や肩など、体重が乗っていた場所が変に痛むようなこともなく、かなりの快適度となっています。

 ううむ、これほど変わるなら、もっと早くに導入しておくべきだったか……。

 では本題です。
 CH1200レポートのPart.4、撤退〜ジョイントパーティー編をお送りします。
 Day2の道半ば、富良野でDNFし、コース上走行距離は、約450km。

 撤退場所までの走行を含めても、455km前後しか走れませんでした。
 ……まあ、国道1号沿いなら東京〜名古屋間、国道4号沿いなら、東京〜仙台を軽く越えているので、「しか」という表現に対し、「なんでやねんっ!」というツッコミを受けるかもしれませんが(^^;)。
 (というか、リアルの方で、会社の同僚に受けた:笑)

 それはともかく、DNFを決断しても、まだ「無事に戻る」ことがタスクとして残っています。
 まあ、富良野から帯広までは、JRの切符の手配ができているので、あとは電車の乗り遅れなければ問題はない、はずですが。

 というわけで、ここから先は、あまり長くしても仕方がないので、駆け足で撤退行〜ジョイントパーティーまでを振り返ってみます。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.撤退路に乗る
 富良野駅でDNFの連絡を入れたのが13:10頃。
 電車まで1時間待ちですが、地方駅でこの程度の待ちで済むのは、タイミングが良かったとしか思えません。

 同じ待合室に居合わせた、参加者(お名前を聞いておくべきだった ^^;)に声をかけてみると、やはりこの雨とメカの不調(だったかな?)でDNFを選択されたとの事でした。
 酷い道でしたね~、と互いの体験をガヤガヤと披露しあっている間に改札が開始されたので、ここからは本格的に撤退開始です。

 富良野駅で電車に乗り込み、まずは東鹿越駅へ。
 東鹿越駅は、いかにもローカル線の駅、という風情の駅で、駅のホームには屋根も無く、代行輸送バスに乗り換えるわずかな時間で強い雨に打たれ、びしょ濡れになってしまいました。
 ちなみに、代行輸送バスに乗り換えた際、輪行袋は利用客がそれほど多くなかったため、座席下のトランクに入れさせて頂けましたが、荷物が多かったらどうなるかはわかりません。

 東鹿越~新得間の鉄道については、数年前の大雨被害でダメージを受けており、復旧断念、という判断になっているそうです。
 映画「鉄道員」の舞台にもなった幾寅駅は、遠からず廃線駅になる運命のようですね。

 さて、東鹿越を出発した代行バスは、新得駅まで狩勝峠越の区間を走ったようですが、完全に爆睡モードに入っていた私は、全く記憶がありません。
 次に気がついた時には、新得駅に到着した、というアナウンスが流れており、乗客の皆様がバスから降りる準備中でした。

 新得駅からは、再び電車に乗り換えて帯広駅を目指しますが、ここでもまた、爆睡モードです。
 富良野からご一緒した方には、「見事に落ちてましたよ」と呆れ気味に言われる始末。
 どうやら、2日間の雨ブルベによるダメージは、相当に深かったようです。

 ついでに言うと、アトピーの重い症状が出ると、ストレスで消耗するのか、猛烈に眠くなるんですよね(^^;)。
 かゆみで寝られない、というレベルを通り越してしまうと、もう、泥のようにという表現がぴったりなレベルで寝倒してしまいます。

 帯広駅に到着時、構内放送で、札幌行きの特急が大雨の影響で運休になった、との案内が流れていました。
 どうやら、道東~道央地区の境界当たりは、かなり酷い雨になっているようです。
 よくこんな雨の中を走っていたなあ、自分(後に、この時間帯には大雨警報が発令されていた地域もあったと知った)。

 帯広駅から音更ベースまでは、タクシーに相乗りで到着。
 スポーツホテル・クロスコート、と告げても、まだ新しい施設のため、運転手さん(話の面白い方だった)は良く知らないとの事だったので、「NTTの電波搭のすぐ北側」と告げると、「ああ~、あの辺りね」と理解していただけたようでした。


18081580b.jpg
音更ベースの南にあった電波搭。
地域の皆様には、
良いランドマークになっているらしい。

もちろん参加者も、
これを目印にしている人が多かった。

18081581.jpg
音更ベース、
スポーツホテル・クロスコートに無事帰還。
(画像は19日朝撮影)


 未明に想定していた形とは全然違いますが、とにかくここまで、無事帰ってきました。
 スタッフの皆様に、お疲れ様でした、とねぎらいの言葉を頂き、自転車をとりあえず駐輪場所に置いて、部屋に戻ろうとしたら(19:30頃)、AJ日本橋のばるさんがちょうど、到着しておられたので、挨拶を交わし、コースの状況、DNFの状況等について、少し雑談を交わします。

 ふと、スタートボードを見ると、今日だけでDNFが20人くらいになっているようです。
 フロントにいた数名の方に話を聞くと、「自分は新得にも届きませんでした」との事で……。

 未明の雨と寒気にやられ、狩勝峠アタックを断念して引き返した皆様や、私同様、富良野で先に進むことを断念した皆様など、それぞれの理由で判断を下した皆様がいらっしゃるようでした。

 Day2は、どうやら多くの皆様にとって、波乱の一日になったようでした。

 そういえば、この日の天気。
 気象系のデータベースをガサガサ漁ってみたら、この日、十勝地方には、大雨注意報、洪水注意報、低温注意報、濃霧注意報などが出ていたらしいです。
 そして、富良野などを含む上川地方には、8/16日の朝から大雨注意報が出ていただけでなく、19:22頃から夜半くらいまでは洪水警報に切り替わっていたりもします(ついでに、低温注意報、濃霧注意報も出ていたらしい)。

 うん、どう考えても「悪天候」の一言しか表現が出てこないですね(^^;)。
 いやあ、この日を走りきった皆様、本当に強い皆様でした。

 私はその後、部屋でシャワーを浴びようとしましたが……肌が擦り切れて、パッドが炎症の患部に貼り付いてしまったレーパンを脱ぐのに、一大決心が必要だったことだけ、記しておきましょう。
 (まあ、傷口に貼りついたガーゼをビリビリと引っ剥がすような形になるわけですから……)

 その後、またバスタオルを敷いてベッドに横になったら……この日は眠ってしまいました。
 いつ寝たのか、いつ自分が部屋の灯り(リモコン式)を落としたのかさえ、記憶がはっきりしていません……。


2.Day3、もう走らなくて良い朝
 翌朝、3時頃、やはりフロントのざわざわした気配で目が覚めました。
 今日もまた、皆様がDay3のコースへと出発していったようです。

 窓の外の天気は雨。そして、気温がグッと落ちています。
 昨夜はいつ寝たのかも覚えていないくらいであり、そういえば昨日から何も食べていなかったっけ、と思いましたが……。
 まあ、今は出発する皆様で混雑しているだろうから、とベッドの中でうだうだやっている間に時間は進んで午前4時。

 そろそろ、フロントの喧騒も一段落したので、食事に行くか、と、体を起こしたら……。
 昨日、酷いことになっていた尻~足の付け根の炎症部に張り付いていた下着がビリッと剥がれ、激痛が……。

 一通り悶絶し、保湿剤とステロイド剤を用量どおり塗ってから、食堂に向かいます。
 途中、スタートボードを見るとこの段階で、DNFは確か、30人くらい?
 中には、この日、午前も半ばを過ぎたくらいにフラッとフロントに現れ、「今、起きました……」という理由でDNFになった方もいらっしゃったとか……。

 朝4時の食堂は嵐の後の静けさ、という感じでした。
 この日の提供は、麻婆豆腐と豚汁でしたが、とりあえず豚汁とご飯をいただきます。朝の冷気(文字通り)の中では、アツアツの豚汁が本当に美味しかったです。

 その後、今日はまあ、何かあったらスタッフの皆様のお手伝いでもできれば……と考えていたものの、皆様がコースに出てしまった後は、案外、平和な状況だったりします。
 では、コース沿いに、借りっぱなしのレンタカーを走らせて、お勝手巡回でもやろうかな、と考えて駐車場に行くと……レンタカー、左前輪がパンク!

 帯広空港からここまでと、初日に帯広市街地に出た程度、正味2~3時間しか乗ってないのに、その短時間でパンクを当てるとは!
 しかも、自転車ならともかく、車!!

 この時、AM5時頃。
 行動しようにも、この状況を解消するのが先なので、まあ、レンタカー屋の開店待ちですね……。

 再び受付に戻ろうとしたら、オーストラリアから参加のサラさんが、急いだ様子で戻ってきており、Shabさんらが何事か、対応しています。
 飛び交っている言葉尻から、リアホイールのスポークが切れた様子です。

 ふと思いついて、輪行袋から私の車体のリアホイールを取り出し、「使えるなら使って欲しい」と差し出しましたが……サラさんのリアスプロケットは、恐らく、11-32T。
 私のホイールは、12-27T。ギア比が合いません(多分、チェーンが緩々になる)。

 スプロケ回しはさすがに誰も持っておらず、カセットを付け替えられなかったので、サラさん自ら、予備のスポークで修理することになりました。

 横で見ていましたが……焦りがあるのか、うまく行かない様子。
 途中、スポークが弾け飛び、悪態とともに思わず拳で壁を殴り……かけた所で、「落ちつけ、落ちつくのよ……(Easy, Take it Easy)」と自らに言い聞かせるように言いながら、もう一本のスペアスポークを差し込み、ニップルをまわしたら……うまく行きました!
 その場にいた数名とともに、思わず、安堵のため息と拍手が出ました。

 サラさんはその後、マヤさんやチコリンさんらの前では、いつもの明るい笑顔になって、「行ってくるわ」の一言を残して出発。
 凄い人だ……。

 ちょっとしたハプニングの現場に立会うとともに、コース上の皆様から、「糠平温泉から上は雨だ!」の悲鳴が多々飛んでくるツイッターを見ながら北の空を見上げます。
 音更は、パラパラ降ったりやんだり、という程度ですが、Day3のコース、北側の三国峠方面を見上げると、空には厚い雲がかかっていました。
 皆様、今頃はあの雲の中を走っているのでしょう。

 走らずに済んで良かった、と、ちょっと思ったのは内緒です(^^;)。


3.勇者達の帰還と脱落者の休日
 音更ベースはその直後、トラッキングシステムとツイッターをチェックしていた皆様から、「AH2400の先頭が、もうすぐゴールする!」という情報が流れたことで、にわかに活気づきます。
 館内放送で、AH2400の先頭組がまもなくゴールすることが告げられると、スタッフの皆様や、まだホテルに残っていたDNF組がわらわらと集まってきて、道路沿いに並んで出迎え体勢になります。

 南から、明るいライトの光を点した、4名のAH2400の先頭組の皆様が近付いてきて……すぐ手前でゴールチェックのコンビニに入っていきました(集まった一同、吉本新喜劇並のズッコケ芸を披露した ^^;)。

 改めて、4台の自転車が音更ベースに近付いてきます。
 集まった一同が手を振り、拍手で迎える中、AH2400の先頭組、4名が無事、ゴールしました。

 ゴール時間は、8/17日、6:59分。
 CH1200よりも過酷な気象と距離を走りきった勇者の帰還に、音更ベースは一気にお祭り騒ぎになっていました。

 いやあ、本当に凄い。
 そして、この現場に居合わせることができてよかった、と、何だか現金なことを考えている自分がいました(^^;)。

 その後、完走した皆様を囲んで、コース上でのあれこれ話から、雨対策装備講座や補給食講座まで、色々な話題が飛び交いました。
 そして、AH2400完走の皆様は、それぞれの宿や帰路に旅立って行かれ、音更ベースにはちょっとした脱力感が漂っていました。


18081598.jpg
その後、私はレンタカーのパンク修理に。
結局、レッカー移動になった。
(17日、10:00頃)


 お盆シーズンでレンタカーは全部、出払っていたらしく、代車の手配がつかないとの事だったため、結局、レンタカーはレッカー移動でタイヤディーラーさんの所に持ち込むことになりました。
 車の修理が終わり、一旦音更ベースに戻った後、すっかり遅れてしまいましたが、三国峠くらいは見に行くか、と考えて、北へと車で走り出しました。


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糠平温泉の北側で、
旧士幌線の廃線跡などを見る。

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有名なタウシュベツ橋は、
水没中との事だったが、
微妙に水面上に出ている程度だった。

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タウシュベツ橋のところだけ切り出し。
微妙すぎ(^^;)。

18081585.jpg
そして三国峠の風景は、
「驚きの白さ」だった。


 やはり私は、北海道の峠からの見事な景観を見られない呪いをかけられているとしか思えません(^^;)。

 ちなみに、三国峠に到着したのが13時頃ですが、路上の温度計は10℃でした。
 また、峠の標識を撮影した数分の間に、全身がびしょ濡れになるほどの強い雨が降っており、とにかく寒いという印象しか残っていません。

 昨日の狩勝峠も寒かったのですが、今日はさらに上を行く厳しさだったんじゃないでしょうか?
 というか、この日、ここから程近い大雪山系の黒岳で、初冠雪が記録されていたはず(例年から40日以上、早いとか何とか……)。

 北海道のことを、本州のランドヌール達は「試される大地」と呼ぶことがありますが、今年のCH1200については、どんだけ試しやがったんだ、おい、と言いたくなります(^^;)。


18081586.jpg
それにしても、
景観的には凄い場所だった。
見渡す限りのシラカンバ。
こんなの、北海道でしか見られない。

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音更に戻る途中。
北海道に来て、
初めて太陽を見た!
(信号待ちでノールック撮影)


 この日はその後、コースを逆送する形で音更ベースに戻ると、夕方以降の参加者帰還ラッシュの時間帯になっていました。
 900km以上の距離を走ってきた皆様。
 疲れも見えますが、最終日は晴れの予報だから、と、口元を緩めて風呂や食事へと消えていきます。

 夜になると、放射冷却になったのか、外気温はぐっと低くなりました。
 手元の気象アプリの気温が、10℃。帯広のアメダス観測も、11℃くらいになっています。
 私は一日、モンベルのスーパーメリノウールL.W.を脱げなかったですよ。

 この日の朝、スポーク切れで戻ってきたサラさんは、残念ながらDNF。
 「次回、このクローバーは何年後に開催なの?」と、既にリベンジを考えていらっしゃった様子。タフだな(^^;)。

 そして、この日はクローズ近くになっても、まだ数名の参加者が戻ってきていませんでした。
 現在地は、トラッキングシステムで何となくわかる(それぞれの設定により、30分~1時間程度のズレがある)ものの、これまでの悪天候の影響もあるので、スタッフの皆様の間からは大丈夫だろうか、という心配の声も上がっています。

 なので、志願してコースを少し車で逆走し、参加者の状況をチェックしたりもしました。
 皆様、最後の平坦直線区間に入っているようで、どうやら無事に帰ってきそうです。

 その後、最終走者を迎え、チェック受付が終わると、しばらく、音更ベースにも静かな時間が訪れます。
 私も部屋に引っ込んで、休むことにしました。


4.Day4。最後の晴天日
 朝5時過ぎ、ぐっすり寝たという感覚とともに目覚めました。
 体の炎症の方は、この日から回復に向かい始めた……のは良いのですが、擦り切れた皮膚の表面が乾き、パラパラと鱗片状に脱落する落屑が酷くなっていたので、朝一番にシャワールームで体を流してから外に出ます。

 特に炎症が酷かった部分は、手でするっと撫でるだけで、日焼けした後のようにボロボロと表皮が脱落していきました。
 今日もまた、ステロイド軟膏で早期鎮静に努めます。

 この日は、さすがにホテルはもう、静かになってしまっていました。
 参加者の多くは、3時ごろにはクローバーの最後の一葉、釧路方面に向かうDay4の300kmに旅立っているはずですからね。
 (いや、明るくなってからふら~っと受付に現れて、寝坊したのでDNFします、という参加者の方もいらっしゃったらしい……)

 カーテンを開くと、恐らく参加者の全てが待ち望んでいたであろう青空が広がっていました。
 既に静かになっているホテルの気配といい、何となく、取り残されたという気分になりますが、まあ、自分で選択した結果です(^^;)。

 この日の朝段階で、スタートボードに示されたDNFの数は37。
 71人出走のうち、過半数がこの段階でバイクを降りていました。
 Day3は、雨とともに厳しい冷え込みにも苦しめられたとともに、疲労の蓄積からか、膝痛など、体に障害が出て先に進むことを諦めた皆様も多かったようです。

 さて、滞在期間は今夜まで。
 明日の午後には十勝帯広空港から出発する予定です。

 朝、空っぽになったホテルで汚れ物を洗濯し、荷造りをして、帯広の宅急便のセンターから荷物を発送。
 その後、釧路方面のコース沿いを、車で走ってみることにしました。


18081588.jpg
道の駅しらぬか恋問から見た太平洋。
北海道の夏と言えば、
こういう風景だよね。


 日差しがジリジリと肌を焼き、涼しい風が体を包んでいます。
 夏の北海道と言えば、こういう風景だよね、と、そんな気分になります。

 いや、多分、全ての参加者が、こんな気候と風景の中を走るイメージでいたことでしょう。
 最終日まであきらめなかった皆様にだけ、神は微笑んだようです。

 でも、DNF組とはいえ、私は定価で渡航費払ってんだ!
 もとは取るぜ!


18081589.jpg
というわけで、個人的に、
一度は見ておきたかった釧路湿原へ。
いや~、めっちゃ広いな~。
肉眼では、
雲の影がくっきり見えたくらいの広さ。

18081590.jpg
信号待ちで、ツボに入った風景。
「鳥に注意」の標識が、
タンチョウヅルとは(^^;)。


 コースを走っていたら見れなかった場所のうち、個人的にどうしても見ておきたかった場所、釧路湿原を訪れて観光です。
 興味が無い皆様には、だだっ広い原野にしか見えないと思いますが、かつては日本全国の平野が、こんな感じの湿原だったと言ったら、どう感じるでしょうか(まあ、さすがに泥炭層は無かったけれど)。

 季節的に、タンチョウヅルはいませんでしたが(今は北に帰っているからね)、どこまでも続く湿原風景は、とても豊かできれいな物として、私の目には映っていました。
 施設内で飼育されていたイトウの巨大さに驚かされたりもしましたしね……(バケモノかと思った ^^;)。

 さて、それでは恐らく、最後尾グループが阿寒湖方面に向かっている時間のはずなので、そっちに行って見ましょう。


18081591.jpg
と思ったのだが、
カーナビさん、
この道で本当にいいの?
(思わず一時停止してしまったよ ^^;)


 カーナビさん、何でこんな、車一台が通るのがやっとの道に案内するの?
 しかも場所によっては、草刈りもされていない、荒れた牧場?らしい施設の間を縫うように走っているし?

 そんなに私に、エゾシカやヒグマを見せたいのか、と、そういう変な気分になってしまいました。


18081592.jpg
だが、思いがけず、
凄い景観の場所に出たり、
退屈しなかった。


 退屈しなかったというか、私同様、カーナビに騙されたとしか思えない、観光客風の対向車が2台ほど、通っていきました。
 結果的に、阿寒湖方面まで行けましたけれど、今、地図を見ても、どの道を走ったのか、全然わからないという(^^;)。

 阿寒湖周辺は、無料駐車場が見当たらなかったので、ぐるっと車で2周して足寄方面へと向かいます。

 この段階でトラッキングシステムを見る限り、最後尾グループが阿寒湖のPCに到着していたようで、この先の足寄峠を越えれば、大下りからの平坦地。
 せっかくここまで来たのですから、無事に完走していただきたいものです。

 その後、コースどおりに走って、夕方には音更ベースに戻りましたが、車でも1日300kmは疲れますね(^^;)。
 肩や腰がギシギシいってましたよ、ホント。

 音更ベースに到着したのは夕方。
 CH1200、AH2400の両者の完走者が、次々と戻ってきている時間帯でした。

 皆様、本当に良い笑顔です。
 さすがに、羨ましいという気持ちになったものの、まだ全身、ムズムズする体が、まあ無理だったんだから諦めろ、と言っている気分です。

 その晩の食事はカレー。
 本当に、このホテルの食事は美味しかった。

 何より、夜8時から翌朝5時まで、腹ペコで帰ってきて、また夜明け前にしっかり食って出て行く数十名のために、ホテルのスタッフの皆様も、この1週間は、ほぼ24時間対応となっており、本当に大変だったことと思います。
 本当に、多くの方々に支えていただいた1週間でした。

 一人、また一人と帰ってくるたびに、受付は拍手と歓声に包まれます。
 AH2400に参加し、道半ばでディレイラーが破損するという、普通では考えられないトラブルに遭い、その後、1,000km以上をシングルギアで走ってきた、とりさんことTrinityさんも無事にゴール。
 1200の参加者の皆様も、「今日みたいな日が、4日間続けばよかったのに!」というボヤキなのか喜びの声なのかわからない感想とともにゴールしてくる皆様が多数、いらっしゃいました。

 これくらいの時間に、ランドヌール札幌代表のヨシダさんが、AH2400の巡回を終えて音更にいらっしゃったので、ご挨拶させていただきました。
 キャンセル待ちからの参加、そしてDNFで、なんとなく申し訳ない気分だったのですが、「いやあ、皆様がちゃんと引き際を正しく判断してくださって、助かりました」と、なんだか感謝されてしまいまして……。

 やがて、コース上を走る人はどんどん少なくなっていき、ラスト数名という段階に。
 この日の夜も、ぐっと冷え込んで寒さを感じるくらいになりました。

 CH1200は最終走者、サメハルさんがクローズ前に無事にゴールし、大きな事故もなく終了しました。


4.最終日、ジョイントパーティ
 最終日は、朝6時過ぎに目が覚めました。
 既にフロントは賑やかになっており、ビリビリとガムテープで箱を密封する音が響いていることから、皆様が不要物の発送準備に入っている様子でした。

 私は昨日段階で不要物は発送済みで、バイクも梱包が完了しているので、あとは車に荷物を積めば、出発準備は完了です。
 今朝も落屑がひどかったので、シャワーを浴びてから、近所のセイコーマートで朝食をとりました。


18081593.jpg
皆様、出発準備中。
午前中の飛行機で、
帯広を発つ皆様もいらっしゃる。


 数日を過ごしたホテルは、あっという間に片付けられていき、祭りの後、という感じが強くなっていきました。


18081594.jpg
バイク置き場からは、
どんどんバイクが少なくなる。

18081595.jpg
様々な情報が書かれていた
ホワイトボードも、
役目を終えて綺麗にされた。


 大体の片付けが終わったので、私も参加者の皆様とともに、帯広市の「とかち館」へと移動します。
 この日はここで、AH2400&CH1200参加者の打ち上げ兼懇親会である、ジョイントパーティーが開催される予定になっていました。


18081596.jpg
ジョイントパーティー開始。
RMの後のパーティーへの参加は、
初めてだったりする。

18081597.jpg
皆様、ハイテンションで、
ものすごい熱量が
渦巻いていた。


 皆様、厳しい気候のコースを走った体験で盛り上がりました。
 CH1200組は、ほぼ半数がDNFに至った、2日目と3日目の悪天候について。
 AH2400の皆様は、その過酷なコースもさることながら、その厳しい環境を乗り切ってきた皆様の対応力と、あちこちで展開された、信じられないドラマの数々で盛り上がっていました。

 完走者も、DNFを選んだ皆様も、それぞれの健闘を称え合い、次に挑戦するブルベについて熱く語り合い……。
 以前の北海道1200のアフターパーティーは、仕事の日程の関係で出席できなかったので、RMのアフターパーティーはこれが初めてなのですが、この熱量が渦巻く空間は、本当に独特というか。

 なんというか、ものすごい「熱量」が渦巻く空間でしたね。

 各地のスタッフの皆様も多いため、次年度以降、どんなコースを作りたいか、とか、合同でこんなコースを作らないか、という話も出ていたり。
 ウチの国もブルベにも、みんな、走りに来てくれ、という話が次々出てきたり。

 国籍やら何やら、そんなものをすっ飛ばして、自転車、そしてブルベが大好きだ、という皆様の気持ちがダイレクトに飛び交う、すごい空間でした。
 いやあ、本当に楽しかった!

 パーティーは13時頃、終了。
 私は15時半頃の飛行機で東京に飛ぶことになっていたので、会場から即、十勝帯広空港に向かわなければなりません。

 名残惜しいですが、帯広から十勝帯広空港へと向かいます。

 実は、Day4の間から、このシリーズのレポートのPart.1を書き始めていましたが、サブタイトルがなかなか決められず、モヤモヤしていたのに……。

 この、空港に向かうまでの道の途中で、急に頭の中に浮かびました。
 それが今回のサブタイトル、「1/71の旅日記」です。

 RM級のブルベは、参加者それぞれが異なる「旅」をしているような毎日になってきます。
 そんな雰囲気をお伝えできればいいな、と、そんな思いがこもっています。

 そんなレポートになったかどうか……。

 なお、飛行機は時間通り出発し、問題なく羽田空港に到着しました。
 この日は自転車の輸送が多かったからなのか、従価料金をかけていなかった自転車は、ターンテーブル上に出てくるという状態に。

 私は従価をかけてあったので、手渡しでしたが、そうでなかった皆様は、ちょっと微妙な表情になっておられたという……。
 皆様、今後は飛行機輪行の際、面倒でも従価料金制度を活用することをお勧めします。

5.最後に
 そんなわけで、1週間にわたる北海道遠征は終わりました。

 ランドヌール札幌の皆様、ボランティアスタッフの皆様、スポーツホテル・クロスコートの皆様、そして、AH2400を含め、夏の北海道を舞台にしたRMに参加した皆様と、様々な形で私たちを助けていただいた皆様、本当にありがとうございました。
 平成最後の夏の思い出として、本当に楽しい(そして苦しい ^^;)思い出になりました。

 私個人として考えると、今回は色々、準備不足でしたね(^^;)。
 転勤以来の仕事環境の変化にまだ慣れておらず、走り込みも十分ではありませんでした。

 そして、RMに初物装備……晴天条件では何度も使っていても、雨天が初、という装備があったり、補給のタイミングを完全に間違えていたり……。
 まあ、色々、対応を間違ったことも併せて、勘が鈍っていた気がします。

 それと、天候がここまで荒れるとは、さすがに考えていませんでしたね(^^;)。
 夜間に冷え込むことは想定していましたが、昼間からやっと二桁に乗る程度の気温で、しかも大雨の中とか……。

 これには、RMの経験が豊富な皆様や、地元北海道のスタッフの皆様からも、「さすがにこれは想定外」という感想が出ていました。

 ただ……来年、2019年のPBPを考えると……。

 PBPが開催されるフランスは、緯度的には北海道と同じか、少し北になるくらいの位置です。
 気候的には北海道の夏よりもう少し寒暖差が極端で、晴天に恵まれた2015年でも、昼間は熱中症が心配になるくらいの暑さなのに対し、夜間は放射冷却で一桁、というのが当たり前です。
 また、天候が崩れると、昼間でも気温がぐっと下がり、冬のような寒さになることも珍しくありません。
 (2007年のPBPは悪天候に見舞われ、日本人参加者から多くのDNFが出たが、この原因としては雨天時の低温に対応できなかったことがあると言われている)

 そう考えると、来年に向けて、良い予行演習になったのではないでしょうか?
 服装も装備も、何が足りなくて、何を備えるべきか、良くわかったような気がします。

 それにても、ブルベ後の「記憶の改ざん」効果のためか、本当に楽しい記憶になっているのが、我ながら恐ろしいところです(^^;)。

 なんにしても、この夏のお祭り騒ぎに参加できて、本当に良かったと思います。
 今後は、少しずつ今の生活に合わせた自転車との付き合い方などを模索する……。

 いや、そうなると、ライフスタイルそのものから見直す必要があるんですよね。
 まだ 1年、いや、もう1年しかありませんから、一歩ずつ、少しずつでも良いので、変えていかないといけませんね。

 それでは皆様、またどこか、「遠く」の路上で!


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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