日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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BRM526神奈川600km興津 参加記録 Part.3

 梅雨入りしちゃいましたねえ……(^^;)。

 今週で、多忙な状況が一段落するので、週末にはまたどこか、走りに行こうかと思ったのですが……雨予報が出ているんですよねえ……。
 やれやれ、ままならないものですが、今週末はブルベじゃないから、まあ雨でもいいか(^^;)。

 では本題です。
 長く間が空いてしまいましたが、2018年の興津600のレポート、今回が最終回です。

 残照のある、まだギリギリ明るい時間に新野峠を越えることができ、想像を超えて良いペースで走れた序盤はこれで終わり。
 ここから先は、毎回、苦しめられる阿南町のアップダウン区間を抜けて飯田、そして今回、仮眠ポイントに設定している伊那市へと向かいます。

 例年、阿南町のアップダウンを越えたら、あとは夜のうちに安曇野を回り、信州健康ランドでリセットしてから塩尻峠、というペースで走っていましたが……。

 というわけで、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.その兆候は突然に
 新野峠を越えて北へと下り始めると、周囲は急激に暗くなり始めました。
 日の長いシーズンとはいえ、日没~残照の時間もそろそろ終わり、夜の帳が降り始めています。

 新野峠バイパス区間は危なげなく下れたものの、新野地区が近付くと、旧来の狭小区間が残っていたりもする上に、樹林も厚くなって、さらに暗く感じるようになるので、灯火はハンドル上のEL540も点灯させ、ほぼナイトライドと同じ状態で下ります。

 新野地区に入り、道の駅信州新野千石平を過ぎると、周囲は完全に夜の風景へと変わってきました。


18052645.jpg
これくらいの時間になると、
シャッタースピードが長くなるため、
手持ち撮影はかなり厳しくなる。
自動増感で明るく見えるが、
もうライトがないと厳しい暗さ。

18052646.jpg
この時間以降、何を撮ったか、
自分でも分からない画像が増える(^^;)。


 道の駅辺りで、休憩していた参加者が出てきたり、後続の方が中に入っていったりするのをバックミラーで確認したりしつつ、ハナノキ自生地のあるため池脇に繋がる登り返しをクリアすると、あとは一気に下ります。
 暗くなって、路面状態が良く見えなくなってきたので、スピードは控えめにしつつも、できるだけ先に進めるように調整しつつのダウンヒルになりました。

 ……途中、暗闇の中でグルービングの縦溝ゾーンに入ったりして、なかなかキツい思いもしたのですが……。

 やがて、洞内で大きくカーブしている帯川トンネルを抜けると、阿南町のアップダウンゾーンに突入するのですが……。
 トンネル出口に直接、接続している橋を渡った先、左折方向が工事中で、ロープ状のLEDが視線誘導するようにチカチカしていたため、一瞬、左折方向かとコースを誤認しかけ……その先が下り基調であることに気付いて、いや、そんなはずないだろ、と橋の袂で急停止。

 ここでスタート以来、恐らく初めて、コースの方向確認目的で、eTrexの画面を立ち上げます。
 (要所要所で、ちゃんとコース上にいるかの確認程度のチラ見はしていたものの、画面表示をノースアップに修正しての確認は初めてだったはず)

 うん、やはりコースは直進が正解。
 そして、直進方向は……最初のきつい登り返しじゃないか……。

 いつもなら、ダウンヒルの勢いで、ある程度の高さまでは反復登坂していく場所を、ゼロスタートで登坂することになりました。
 ロックシェッド内に響く、自分の車体のチェーン滑道音が妙に大きく響くなあ……。

 阿南町のアップダウンは、毎度のごとく、心を折りに来る厳しさでした。
 体感では、連続で峠越えをしている気分です。
 登ったなら、下らずに、トラバースして次の尾根に向かって欲しいんだけどなあ。

 そして気付いたら、完全に一人旅体制になっていました(毎度のことではあるけれど ^^;)。

 既に周囲は完全に夜。
 時々、通りかかる自動車のライトが、一瞬、周囲を明るく照らす以外、自分のライトの明かりしか頼れるものはありません。
 そして、時間は20時に近付き、だんだん空腹を感じるようにもなってきました。

 うぐぐぐぐ、確か、このアップダウンの繰り返しの中の最高点手前にコンビニがあったはず。
 そこで夕食休憩にしよう、と、考えて、力を振り絞りますが……。

 ズキッ

 いくつ目かの厳しい登りの途中で、ダンシングしようと立ち上がったときに、腰に違和感とともに痛みが……。

 これは……前回の興津400でも、折り返しに入った頃に感じた違和感と同じだぞ。
 詳しくは書いていませんでしたが、興津400では折り返したサラダ街道上で違和感が出始め、復路の塩尻峠を上っている途中から、はっきりとした腰痛に変わってきて、その先は何度も停車して、腰をトントン叩いたり、ぐっと体を反らせて誤魔化したりしつつ、何とかゴールまで走ったのですが……。

 今回、その兆候は、半分も進んでいない段階で発生しました。
 いや、走行距離だけを見たら、200kmと少しの段階なので、大体、同じくらいの距離をクリアした時点とも言えるのですが……。

 いやいや、まだ大丈夫だ、と言い聞かせて、阿南町役場手前のコンビニに入ります。
 ここが確か、240km地点。時間は20時を少し回ったくらい。
 あと70km、頑張れば、仮眠場所のビジネスホテルに入れますし、厳しいアップダウンはもうすぐ終わります。

 何とかなるだろう、いや、何とかさせよう、と、インスタントのカレー麺をズルズルすすりながら、この先のコースプロファイルを頭の中でぐるぐる反芻するのでした。

 なお、このコンビニ到着段階で、当初、機械的な時間配分でチェックイン時刻に予定していた23時に伊那のホテルへに到着するのは、まず無理になったので、ホテルに遅着の連絡を入れると……。

 「ああ、自転車でいらっしゃるのですよね? 大丈夫です。フロントは24時間あいていますし、真夜中1時頃まで到着できない、という皆様もいらっしゃいますので、無理せず、ごゆっくり来て下さい」

 ……あの、ランドヌールの行動に対し、妙に対応に慣れていらっしゃるのが気になるのですが(^^;)。
 まあいいか、いつでも良いというなら、とりあえず、1時間遅れの24時着を目指して頑張ることにして、コースへと復帰したのでした。

2.なお遠き伊那の灯り
 補給に入った阿南町のコンビニを出てまもなく、この厳しいアップダウン地帯の最高地点を通過しました。


18052647.jpg
阿南町のアップダウン中では、
最高地点になる交差点。

このブレブレ画像を見ただけで
現地を特定できる人には、
興津600マスターの称号を捧げたい。


 まだまだ油断できませんが、これで気分的にはひと段落です。
 徐々に上り返しの距離は短くなる……のですが、何度も繰り返されるので、厳しさはまだまだ続きます。

 ちなみに、新野峠で身に着けた長袖アンダー(ジオラインL.W)は、アップダウン通過中に暑くなりすぎたので、先ほど補給に入ったコンビニで外してあります。
 ゆえに、現在、私は真夏装備なのですが……路上の温度計は、13℃くらいだったでしょうか?
 案外、平気で走れる物なのですね。

 天竜峡インターを過ぎた辺りで、今までなら国道151号沿いに走るところ、今年は県道233号沿いに天竜川沿いの旧道らしい道筋に折れる場所がありましたが、この区間は線形、勾配ともに走りやすくて助かりました。
 やはり、昔に開かれた道は、エンジンという余計な機械を考慮していない分、人に優しい道が多いです。

 まあ、峠道などは車輪でなく、「足」で踏破することを前提としているため、自転車で通ると、「登れるかぁ!!」と悲鳴を上げたくなるような急勾配になるのですが……。

 R151号沿いに復帰すると、やがて見覚えのある高架下の交差点に差し掛かります。
 飯田市の中心街に到着です。

 以前はこの先、ごく短い距離で折り返す形でPC3が置かれていたのですが、今年はスルーで、安曇野までPCはありません。

 結果、PC2~PC3の間だけで、全行程の約半分という距離になりますが……仮想クローズ時間を考慮して、仮眠などの時間を設定しやすくなった、という意見もあるので、さて、一旦、チェックを入れるのとでは、どちらが攻略しやすいコース取りになっているのやら。

 なお、飯田に到着したら、厳しいアップダウンも一段落、というイメージがあるので、ここまで到着したら、気分的に何となくホッとしたのですが……。

 うん、まだまだアップダウンが続いたよっ!(^^;)

 この辺り、地形的には東に天竜川を見て、西側へと階段のように高くなる河岸段丘が並行して走り、そして道路は天竜川沿いに南北に通っています。
 なので、西の山から天竜川に流れ込む川があると、道路の行く手を分断する谷を削り込んでいるわけですから、そりゃもう、地形的にアップダウンが続くのは仕方がない話です。

 加えて、道路を建設するときには、金食い虫である「橋」をできるだけ低く、短くする(低く、短い方が、建設費が安い)ため、最短距離で架橋可能な場所まで、上流へと回り込もうとします。
 結果、北上するときは左に曲がる下りを経て川を越え、右に登り返す、というパターンを何度も繰り返すことになります。

 阿南町ほどキツいアップダウンはありませんが、単純な繰り返しがなんども続くので、地味にきつい(^^;)。

 何度も緩めのアップダウンを繰り返しているうちに、疲労が蓄積してきたのでしょうか。
 平坦な場所に入った所でチェーンをアウターにかけても、逆に減速するような、そんな感覚が体に広がります。

 サイコンの速度表示を見てみると、アウターを踏んでも、出せる速度は頑張って18km/h。これなら、ミドルリングで早目にまわしているのと、あまり変わりません。
 開き直って、アウター封印で前進を続けますが、感覚的にも遅々として進まない、という気分になってきました。

 そして、エネルギーが不足気味になっているのか、体がまたもコーラに飢え始めたので、近場にあったコンビニに飛び込みます。
 時間は22時近く。
 現在地は一体、どこなんだ、とスマホとeTrexで見てみると、伊那大島駅近く。まだ松川町の中心街に入るかどうか、という場所でした。

 伊那市中心街まで、まだあと30km以上。
 手前にある駒ヶ根市にも届いていません。

 ……このブルベ前に、Twitter上でのやり取りで、「駒ヶ根を仮眠場所にしても、21時着で2時出発にしないとダメだから」とか何とか、余裕ぶっこいた発言をしていた自分を殴りたい……。
 「1時には、塩尻に到着できる」とか、皮算用にも程がある見通しを立てていた自分にドロップキックを食らわせたい……。
 (確かに、そんな時間に到着することも可能ではある。「スタート直後の絶好調のまま、300kmを走り続けられるなら!」という、普通に考えて無理だろそれは、と言いたくなる条件付で)

 ついでに、「まあ早寝か遅寝か、その間をとって、伊那にしておくか~」なんて鼻ホジしていた自分には、コンクリートの床の上で一本背負いをお見舞いしたい気分にもなりましたが、もうとにかく、進むしかないため、コースに戻ります。

 ですが、ここに来て腰の違和感は痛みへと発展してきました。
 腰が痛くて、伊南バイパスの緩やかな坂でもアウターを踏めない。
 田切の交差点では、一旦、歩道上に乗って、腰をぐりぐりやりましたが、状況は好転せず。

 何とか、仮眠場所まで持てば。
 ホテルで休めばきっと、何とかなるだろう、と、気力で前進を続けます。

 23時を過ぎた頃に駒ヶ根の市街地に入り、睡魔にやられている、という参加者に追いつき、しばらく道を共にします。
 少し先のコンビニで、眠気覚ましを買いに行く、と、フラフラ駐車場に入っていくのを見送って、さらに前進しますが……。

 私のアベレージも、ここにきてガクッと落ちました。
 この時間帯になると、私の体にも睡魔が少しずつ、忍び込んでいたのだと思います。

 それにしても、気温はこの時、12℃に落ちていましたが、真夏装備でも寒さを感じません。
 これは、それだけ自分の耐寒性が上がっていたのか、疲れで色々な感覚が麻痺してしまったのか。

 ただ、今思うと、腰を冷やして、状態を悪くした要因だったのではないかと、そんな気もしていたりします。

 駒ヶ根の市街地を過ぎてしばらくすると、闇夜の中、ふと、道の右側が開けた空間になったことに気付きました。
 どうやら、道は天竜川の堤防上に至ったようです。

 ……ということは……伊那市街地も近付いたということか!

 ぐっと顔を上げて遠くを見ると、行く先の空がぼんやりと明るくなっています。
 ナイトライドを何度も経験していると、あれが市街地の明かりなのだと、本能的に理解できるようになります。

 ここから見える、あれだけの規模の明かりであれば、伊那市街地の灯りだと見て間違いないでしょう。

 何度も通った場所ですが、今までのブルベでは、通過地点の一つにすぎない場所でした。
 しかし、明確に「仮眠地点」に設定してあった今回は、あの町の灯が明るく、とても綺麗に見えていました。

 結局、そこからさらに10kmは走ることになったのですが、その10kmの間、いつもなら軽々と走ってしまうはずのその距離が、体感でやたら遠く感じたのは何故でしょうか……(いや、マジ遠かったよ……)。

 結局、伊那市のビジネスホテルには、00:23頃に到着。
 駐車場に到着したところを見ていたフロントの方が、自転車は中に持ち込んで良い、と、わざわざ外まで出てきて、声をかけてくださいました。

 というか。
 ここで仮眠を考えているランドヌールは、毎年、結構な数になるそうで、どうやら先ほどの電話応対の「場慣れ感」も、その影響が強かった様子です。
 (まあ、コースから大きく外れず、遠くからも目立つ場所だからねえ。私も今後、ご贔屓にさせていただこうかと思うくらい、居心地が良かったし)

 部屋に持ち込むのは、時間的に他の宿泊客の皆様の迷惑になりそうだったので、フロントで預かっていただくことにして、リアのコントアーマックスを外して室内へと入ります。

 部屋に入ったら、まず、汗でぐっしょり濡れた装備を脱ぎ捨て、風呂場に飛び込みます。
 熱めのシャワーを全身に浴びると、汗でベトベトしていた体がすっきりとして、凄いリフレッシュ効果がありました。

 その後、スマホを充電しながらアラームをセットして、ベッドに横になると……。
 1時過ぎごろまでは、何となく記憶がありますが、次の記憶は、アラームに起こされる所でした。

 時間は午前3時頃。
 2時間ほど、ベッドの上で眠ることができました。

 さあ、それでは、ここから5時間以内に、80km先のPC3に到達しなければ。
 ツーリングバッグに詰め込んであった乾いた装備に身を包み、しゃきっとした気分で、リスタートしたのでした。

3.リスタート、そして……
 今までブルベを走ってきて、意外なことに、ビジネスホテルを途中で予約して仮眠をとったのは、初めてのことになります。
 (3時間弱しか滞在しない変な客だったと思うが、にこやかに対応していただいて、本当にありがたかった)

 私はどちらかというと、先行逃げ切り型の走りをするタイプであり、これまでは、行ける所まで進んで、道の駅のベンチや健康ランドで仮眠をとって、先を進むスタイルで走ってきました。

 今回、ビジネスホテル仮眠を試した結果ですが……。

 まず、シャワーだけであっても、風呂に入れることのリフレッシュ効果は、健康ランドと同等か、それ以上です。
 そして、何よりこれが良かった、と思えたのが、「個室で誰の目も気にせずに、好き勝手に振る舞える時間が取れること!」です。

 シャワーを浴びた後、体が火照っている間は全裸でぶらぶらしていても問題ないですし、ベッドにダイブしても、誰にも文句は言われません。
 スマホの充電もできますし、時間に余裕があれば、ここで弁当を広げて食事をしても良いでしょう。

 コースを走っている間は、どうしても周囲の安全を確認したり、気を張っていますから、それを一度、無防備な状態にしてリラックスできるのは、メンタル面のリフレッシュに物凄く効果的だった気がします。

 ただし、一つ問題があるとすれば、次のPCとの位置関係が決まってしまうため、滞在可能なケツの時間がほぼ固定されてしまうこと。
 つまり、想定より遅れて到着した場合、慌ただしく出発していかないとダメな所は、特に普段からギリギリの時間で走るタイプの皆様には厳しい所でしょう。

 かくいう私は、2時間ほどの仮眠の後、本当のギリギリから、ある程度の余裕を見た時間には出発できたので、なかなか良い状態だったと言えるでしょう。
 それでも、貯金がゼロに近い状態からリスタートした経験が少ないからか、どうも気忙しい感じだったのは否めません。

 とりあえず、ここから善知鳥峠までは、約30km。
 朝5時までにそこを超えられれば、残りは平坦に近い場所、50kmを3時間で走れば良いので、かなり余裕を持ったプランで行動できたと言えます。

 そして、私が出発しようとホテルの前に出ると、たまがわジャージの参加者が、先行して出発する所でした。
 シートポストのアタッチメントに、コントアーマックス・ツーリングを装着すると、未明の伊那市へと出発したのでした。

 善知鳥峠までの道は、緩やかなアップダウンを繰り返しつつ、徐々に高度を上げていく道です。
 峠まで残り10kmくらいの地点からは、緩やかに高度を上げていき、峠を越えた先、塩尻市側は急にストンと落ちる、片峠地形になっています。

 何度か走った道なので、特に案内もなく走れる……かと思ったら、薄明の景色の中で、国道153号本線に左折する所を直進しかけ、あまりに細い農道だったので気付いて戻る、なんて変な行動をしたりも……。

 出発してから1時間ほどが経ち、辰野で天竜川と別れて善知鳥峠方向に進み始めると、夜明けが近づいた東の地平線が白く色づき始めると、空は黒から濃い藍色に変わり、そして朝の透明感のある深い青色の空へと変化していきました。
 初日は曇り空の下を走りましたが、どうやらこの日は、快晴の空の下になりそうでした。

 ……ですが、私はこの段階で、かなり嫌な気分になっていました。
 スタート直後には大丈夫だと思っていた腰が、ずっと緩やかに登り続ける善知鳥峠の区間に入った途端、強烈な痛みを発し始めたのでした。

 腰が痛いと、体幹が定まらないため、アウターなどの思いギアが踏めません。
 どうせ、峠の登りだから、軽い方が回せれば良い、と思うものの、信濃川島駅を過ぎた頃からは、着座して前傾姿勢をとっているだけで、腰がギリギリと痛みます。

 クランクの上に立ち上がり、少し体を反らせつつ、数回ダンシングで回して数秒休憩、という感じで、だましだまし走らせないと前に進めなくなってきました。


18052648.jpg
それでも到着、善知鳥峠。
明るい時間に通るのは、
反時計コースを走った時含めて、
初めてじゃないか?


 この時の時間は、4:30。
 次のPCまでの時間的余裕は、十分にあります。

 しかし、ここから先、塩尻市街地までの下りがまたキツい。
 路面が荒れて、ガタガタと車体が暴れるのを押さえようとしますが、腰にガンガン響く上に、体幹が定まらないので不規則にグラグラ揺れまくり。
 平坦区間に入ったら、もう、クランクに体重を乗せる形でしか、足を回せなくなっていました。


18052649.jpg
それでも塩尻市街地に到達。
まだ5時前。時間は十分にある。


 塩尻市街地に到達し、頭上を市民交流センターと駐車場を繋ぐブリッジが通過します。
 ここから、サラダ街道に向かうべく、塩尻駅の地下を抜くアンダーパスを抜ければ……。


18052652.jpg
そこに行く前の道を右折。
塩尻駅からの撤退を決意した。


 走り続けたとしても、時間的にはおそらく、PC3には何とか間に合わせられたでしょう。
 しかし、その後を走れるかどうか、その自信が持てませんでした。

 これが400だったら、あと100km。つまり、昼過ぎまで走れば終わりですが、この時はここからさらに200km以上。
 朝5時の段階でヒイヒイ言っている体で、夜10時まで走るなんて、考えられませんでした。

 傷が深まらないうちに、無事に帰る方に体力を振り分けることにして、午前5時、塩尻駅に到着。
 DNFの連絡を入れると、この日は宿泊の予約を入れていたため、興津方面へと撤退を開始しました……。

4.撤退路を行く
 塩尻駅に到着して、路線検索をかけると、まずは甲府まで特急で行き、その後、身延線で富士駅へ。
 そして東海道線に乗り換えて興津、が、最短経路になるようでした。
 (それ以外では、特急で東京まで出て、新幹線で静岡、東海道線で興津、という、早いけれどどんだけ金がかかるのよ、というルートもあったのだが、さすがに却下 ^^;)

 なお、塩尻から興津までの接続が最も良い列車は、6時40分頃、塩尻発。
 今から一時間以上、店も開いていないここで、何をしていろと?(^^;)
 (まあ、一種の罰だな、これは……)

 何はともあれ、まずは輪行準備を……と思いましたが、腰が痛くて力が入らないと、前後輪を外してフェンダーをまとめ、輪行袋に包む、という一連の動作が思った以上に難しいことがわかりました(かがめないし、持ち上げられない)。
 なんだかんだと時間をかけて、輪行準備にかかった時間が約30分。

 そこから、この重い袋を担いで階段を……担いで、階段?

 ……………………この腰で?

 ちょっと周囲を空身で偵察し、早朝で他に利用者がいなかったため、横着してエレベーターで改札へと向かいました。

 結果、6:17分頃に出る特急があったので、それで先に甲府に出て、次の乗り換えまでの間が1時間あったので、甲府駅構内で食事。
 その後、身延線、東海道線に乗り換えて、11時過ぎには興津駅へと撤退が完了していました。

 ……毎度ながら、何で撤退の手際だけは見事なんだろう……(これ、自慢……していいのか? ^^;)


18052650.jpg
早朝、車窓から見えた南アルプス。
この日は日差しが強く、
暑くなりそうだった。


 興津駅前で食事後、駿河健康ランド前で待機中のスタッフの皆様の元に、腰をヘコヘコさせた変なポジションで戻り、ご挨拶。
 現在の状況をチラッと聞くと、昨夜段階ではほとんどDNFがなかったのに、午前中だけで10人くらいがバラバラとDNFしていたのだとか……。

 中には、伊那や駒ヶ根で仮眠したものの、起きられなかった、とか、私同様、リスタートしたものの、体が動かず、断念した、という人。
 さらには、この日の暑さに負けて、撤退を決意した皆様もいらっしゃるようでした。

 私は、DNF組の中では、かなりスムーズに帰還した組らしく、その後、聞いた話では、撤退帰還がゴールするより遅くなった人もいらっしゃったとか、そんな話も聞こえてきましたが、皆様、大丈夫だったのでしょうか?

 私はその後、本来のチェックインは15時だったので、どこかで時間を潰そうか、と思っていたのですが、スタッフの皆様(というか、AJの重鎮の方 ^^;)から、部屋のメイクアップが終わっていたら、早入りできるよ、と聞いて、これ幸いとフロントに向かったのでした。

 結果、今回に限っては、宿泊予定の部屋のメイクアップが終わっていたので、アーリーチェックインさせていただき、ジップロックに封入してあった初日の装備(すでに臭い)をコインランドリーに叩き込んだのち、ゆっくり入浴したら……その後はほぼ、翌朝まで寝倒すという一日になったのでした……。

終章:そして翌朝
 いつもの平日のアラームで目が覚め、朝食をとりながらTwitterをチェックしてみると、どうやら昨夜は大広間で色々、盛り上がった様子が見られました。

 ……寝倒してしまったよ(^^;)。

 とはいえ、どうやらAJたまがわの皆様が、フロントに集合する様子だったので、挨拶しようと行ってみると、ぜっとさんととりさんがいらっしゃったのでご挨拶しました。

 そこで、前日の皆様の奮闘を色々お聞きして……なんだか、あっさり諦めて、さっさと撤退した自分が、ちょっと申し訳なく思ってしまったり……。

 いや、あそこからPC3まで、走ろうと思えば走れたと思うのですが、その先に繋げられたかどうかは、今も微妙に感じています(腰の痛みは、翌週まで残っていいたので)。
 そして、安曇野まで行ってしまうと、撤退の手段が急に限られてしまう(下手をすると、松本まで自走で戻らないと、長時間動けなくなる可能性もある)ことを考えたら……傷を深めないためにも、特急停車駅である塩尻で切り上げるべきだった、とは思うのですがね……。

 ただ、自分の中で最近、DNFのハードルが、低くなっていないか、と思う部分もあるのです。
 というか、2016年に北海道1200を完走してしまってから、どこかで燃え尽きた気分にもなっているというか、自転車趣味自体に、ちょっと情熱が薄れてきたというか……そういう部分があったことも間違いありません。

 そんな中で、ブルベの世界に飛び込んできたばかりの皆様が、ギリギリまで頑張った話などを聞くと、まだここでは終われないな、という気持ちにもなってきます。

 今回の興津600は、このコースでは、というか、AJ神奈川さん主催のブルベでは、初のDNFになってしまいましたが、色々あった結果、もう一度、ちょっと本気を出してみるか、という気分にもならされたブルベになりました。

 ただ……。
 現在は自転車通勤も禁止され、週末くらいしかまともに走る時間が取れない(それもちょくちょく、仕事で潰れる)という日々なので……。

 地道にローラー回すしかないのかな?(^^;)

 とりあえず、今は300kmほどで出てくる腰痛対策が先決ですね。
 これは多分、乗れる時間が極端に少なくなった結果、「自転車に乗る体ができていない」ことが、第一の原因に思えますので、なるべく乗る時間を確保するしかありません。

 まあしかし、ほとんど乗れていないのに、納車直後のミニベロで200km走るわ、400kmは過去最高タイムで走るわ。
 そんな無茶を続ければ、そりゃ、体は悲鳴をあげて当然ですわね(^^;)。
 (少しはいたわれ>俺)


18052651.jpg
最後におまけ。
興津に到着したと同時に閉店だったたい焼き。
興津を出発する前にリベンジ達成!
やっぱり興津に来たら、
これを食べないとね!

ここでもユメさんご夫妻とご一緒だった。
なんでか、行動パターンが似ていたようで(^^;)。



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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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