日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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自転車で遠くへ行こう BRM909宮城400女川八戸 Part.4

 さて、今回の八戸女川400のレポートでは、新規投入したデジカメ、COOLPIX W300の撮影画像を使用しています。

 以前使っていたOLYMPUS TG-2と比較して、ハードウェア的にはちょっと電源の立ち上がりが遅いかな、と思うところはありますが、スペック的にはほぼ同等で、ほぼ前と同じ感覚で使えるのがありがたいところです。

 撮影画像としては、今回は全てフルオートで撮影……していたと思ったのですが、途中から妙に撮影画像が暗くなっている、という謎現象が現れており……。
 Exif記録を見直したら、いつの間にか露出補正が-0.3eVになっていたという……。

 いつそんな操作をしたんだろう?
 (PC3到着後の画像がそうなっているので、多分そこで何かやらかしたのだと思うが……)

 まあ、COOLPIXシリーズは、伝統的に露出補正操作を手元で素早くできるようになっているので、ミスタッチがあったのでしょう。
 (TGシリーズは、メニューを開いて、階層を下らないとできないので、少々面倒)

 まあ、まだ本格導入して間もないですし、今後、ゆっくりテストしていきたいと思います。

 とはいえ、現段階でも、暗く転んだ画像のシャドウ側を明るくしても、自然に明るくなっていくレタッチ耐性の高さに驚いています。
 TG-2は、この操作をやると、全体がグレーに転んで不自然になったんですよね……(まあ、世代が3世代ほど前の機体だから、単純比較するのは酷な話だけど)。

 Nikonのデジカメは、過去に使っていた機体の出すJPEG画像もレタッチ耐性が高くて助かっていたので、その伝統を受け継いでいるとしたら、私にはありがたい話です。

 では本題です。
 女川を出発して、八戸まで走ろう、という片道コースの400kmブルベも、二戸のPC3に到着した事で2/3以上の行程をクリアしました。
 しかし、これから明け方にかけて走るのが、過去のブルベで、同じ時期の明け方に一桁気温の冷え込みを受けたこともある軽米町。

 その、軽米町の区間に至る前に、今回のコースでは(峠としては)2番目の標高になる猿越峠があり、際限のないアップダウンの中に、(峠としては)3番目の標高となる赤石峠が待っています。

 PC3二戸からPC4久慈までの距離は、約56km。
 制限時間は、クローズ〜クローズで三時間半程度。

 20km/1hの移動のペースを維持できれば問題ないですが……峠越えの先のアップダウンという条件で考えると、キツくないか、これ?

 朝の、まだ明けやらぬ時間から、そんな厳しい場所へと進んでいきます。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.軽米町。延々続くアップダウン地帯へ
 二戸のPCで補給などの準備中に、マヤさんら後続の皆様も順次、到着しました。
 最後尾グループだと思っていましたが、途中の道の駅で仮眠していた皆様がもう少し、後ろにいらっしゃるようです。

 そういえば、私が出発する時点で、数台の自転車がありましたっけ……。

 補給とドリンク補充が終わったら、早々に出発。
 この時点で、恐らく、貯金は1時間ほどはあったと思います。

 二戸市街地を抜けて、4号を少し北上した後、国道395号を久慈・軽米方面に右折して、猿越峠へとクライム開始です。


17090952.jpg
そろそろ日の出が近くなり、
東の稜線が明るくなってきた。


 久々のオールナイトライドでしたが、今回はスタート時間が遅めだったことから、前日からスタート当日の朝まで、十分な睡眠時間を取れたからか、あまり睡魔の影響はなかった気がします。
 いつもの早朝スタートの400は、睡眠時間が十分取れないまま出走しているため、20時頃から既に睡魔にやられてくる感じですが……。

 前日、あまり寝られなかった、という皆様の中には、初日の暑さで熱中症になったという皆様も多かったようなので、十分な睡眠時間を取ってからスタートできたのは、単純にありがたかったかもしれません。

 とはいえ、この猿越峠の登りは長い。
 北東北の道らしく、道路勾配は冬季の凍結等を考慮しているのか、それほどきつくないのですが、その分、距離が長くて……。

 峠の頂上に到着した時には、既に空は白み、夜明けを迎えていました。


17090953.jpg
猿越峠を越えて、軽米町へ。
逆光だったのでフラッシュ強制発光で。

17090954.jpg
フラッシュ発光不可で撮ったのがこちら。
肉眼で見た風景に近いのはこちら。
周囲は急激に明るくなっていった。


 明け方のオレンジ色の光の中、最も冷え込みが厳しいと想定していた軽米町に到達です。
 この先の気温変化に覚悟しつつ、一旦、峠の下りへと進みます。

 しかし、下って行く道のりで感じる限り、覚悟していた程の冷え込みはありません。
 いや、どちらかというと、暖かさを感じるでしょうか。

 晴山地区に入った辺りで、コースは緩やかな登り返しになりますが……いや、なんか暑い。
 その先で路上温度計の表示を見ると……なんと、18℃もありました。

 いやいや、これはちょっと暖かすぎるでしょ……。
 普段、仙台市内で仕事から帰るときの周囲の気温と、大体同じだよ、これ。
 そして、今の季節は、その中を普通の夏装備で走っても平気なのですから……(帰宅時は日没後で陽光がない分、さらに涼しい条件になるが、それでも夏装備で十分耐えられる)。

 自歩道に乗り入れて、着用していたジオラインL.W.(アウトドア用)とベストを脱ぎます。
 装備換装中にスタッフカーが通りかかり、止まっていた私の前に横づけして「大丈夫?」と聞かれましたが、「暑いので装備を外しているだけ」と答えると、ちょっと首を傾げられてしまったような??(笑)
 この早朝の時間に暑いとか、確かに変な感じがするかもしれませんね。

 装備換装後、アップダウンを越えてから軽米町の中心街付近に到り、国道395号九戸街道をそのまま、久慈方向へと進んで行きます。
 暑いと思って装備を外しましたが、汗で濡れたままのジャージに下りの走行風が当たると、さすがに冷えました(^^;)。
 まあ、それでも、暑さでするりと忍び込んでいた睡魔を吹っ飛ばしてくれたので、良しとしましょう。


17090955.jpg
軽米町内を走る。
まだまだ朝早く……と言いたいところだが、
既に田畑で作業中の皆様を多く見かけた。


 九戸街道を大野方向に東進するルートに入ると、アップダウンが段々とはっきりとしてきます。
 九戸I.C入口の表示のある交差点で、道路の左に、これから通過する道の駅おおのに隣接する施設(グリーンヒルおおの)まで16kmという標識がありました。

 道の駅おおのは、2015年に宮城1000を走った時に、未明の冷え込みの中で立ち寄った場所であり、その時の記憶から、そこまで至れば、久慈までは下り基調になる、という想定がありました。
 そして、この先、もっとも標高の高い赤石峠は、確実にその手前になりますから……。

 現在の時間と突き合わせると、意外に良いペースで走っていることがわかり、このまま行こう、という気分になります。
 しかし、問題は、この先の赤石峠、地図や標識等によって位置がバラバラになっていることなんですよね……。
 (地理院地図は、純粋に標高が最高になる地点を示し、標識は大野地区と軽米地区の境界あたりを示しているらしい)

 まあ、どうせ16km進む間に通過するのは間違いない、という訳で、覚悟を決めてアップダウン地帯を進んでいると……。

 朝の防災無線放送なのか、軽やかなメロディが周囲に響きます。
 おお、朝6時くらいになったの? と呑気に考えていましたが……何だか聞き覚えのあるメロディだな、これ。

 背中でスマホがアラーム鳴らしてました。

 ……うん、スタート当日の朝のアラーム設定が、「常時」にセットされていたらしく、設定に忠実に、「起きろ〜!!」と騒いでくれたようです。
 道路の端に寄せて止まり、スヌーズもあわせて「OFF」にします。うん、これで少なくとも、明日の朝までは静かなはずだ。


17090956.jpg
その後に通った場所。
記憶にないバイパスが出来ており、
右側には、まだ旧道に落ちて
間もない感じの道が分岐していた。


 記憶にある限り、なのですが、この新たに設置されたバイパスの辺りが、地形的に最高地点となる「赤石峠」だったような気がします。
 ただし、宮城1000を走った時は、逆方向から来ている上に、ここを通ったのはまだ薄明の時間で、あまりはっきりとした記憶がないのも確かです。
 特に、この先でDNFした2013年の時は、軽米町を走っている時間帯の記憶自体が、すっぽり抜けているので……(養鶏所の明かりを集合住宅の明かりに見間違えたくらい、睡魔にやられていたんだよね、2013年の時は)。

 この軽米町の区間は、「隠れ峠だらけでうんざりした!」という参加者の感想を後に聞きましたが、とにかく、何度登っても次のピークが待っており、時間制限の微妙な厳しさもあって、いつ終わるんだ、という気分になってくるという……。
 まあそれはさておき、赤石峠(と思われるピーク)の先、急激に高度を落として大野地区に至ると、こんなにデコボコしていたっけ?と思うほどのアップダウンの先に、こんな標識が見えてきました。


17090957.jpg
道の駅おおのまで2km。
この区間の休憩地点に設定していた場所。


 道の駅おおのは、2015年の宮城1000では、トイレ休憩に立ち寄った場所です。
 今回も、ここをクリアすれば、PCまでの残り15kmは下り基調に転じる、という想定のもと、休憩場所に設定してありました。

 トイレ棟の、駐車場の反対側に自販機コーナーと、本来は喫煙スペースらしいベンチがあったので、そこで一旦、ドリンク休憩を入れました。
 う〜ん、と背伸びをしたら、背骨がゴキゴキ音を立てていたのは内緒です。

 ここまで、どうにか貯金を1時間程度、確保するペースで走れてきています。
 しかし、体の方は、というと、北上川河口からここまでの間、何度となく繰り返される隠れアップダウンの連続にやられ、徐々に体幹の踏ん張りが効かなくなっていました。

 具体的には、骨盤の上に繋がっている体一周分のすべて筋肉が、疲労で引き攣ってきている感じです。
 体幹の踏ん張りがきかないので、登坂が絶望的にきつくなり、平坦でも速度を上げて走れなくなっていました。
 できれば、久慈のPCから先も、それなりにアップダウンを繰り返す道なので、もう少し、持ってほしかったのですが……今年は100km以上の距離もまともに走っていないので、ここまで来れただけでも上出来かもしれません。

 とはいえ、ここまで来たからには完走したい。
 ここから先は下り基調だから、楽ができる……と思っていたのですが、実は違ったかも……。

2.久慈を経て最終区間へ
 道の駅おおのを出発し、さあ、下り基調の道を行くぞ、と思ったのですが……。


17090958.jpg
なんだか、ジリジリ微妙に登り返す道。
うん?
想定と違うんですけど……。


 ここは阿子木地区だったでしょうか。
 一直線に続く、緩やかですが、確実に登って行く道路を前に、「こんな場所あったっけ?」の思いが湧き上がってきます。

 あったはずなのですが、どうやら記憶からは完全に消えてしまっていたようです。
 う〜む、過去に走ったことがあると言っても、あてにならないものです。


17090959.jpg
この交差点は覚えている。
宮城1000で未明に反対側から来た時、
この周辺で急に空が開けて、
天の川などがはっきり肉眼で見えた場所だ。


 宮城1000では未明に通過し、空一面の星空に感動したポイントを通過します。
 と、この場所から道はついに下り始め、待ち望んでいた下り基調の道に転じました。

 思った以上に長い距離を、勢いよく下って行かされましたが(^^;)、おかげであっという間にPCまでの距離を消化していきます。


17090960.jpg
久慈のPCが近くなった。
頭上では、
国道45号バイパスの高架が工事中だった。


 逆回しに走った時は、こんなに長い距離を登ってきたのか、と思いつつ、最後の最後に豪快なダウンヒルを経て、PCに到着しました。

PC4チェック:07:22

 約1時間の余裕を残して、PC4に到着。
 二戸のPC3を出発してからは、大体3時間20分が経過しているので、ほぼ、タイムスケジュール通りに走ったと見て良いでしょう。

 空腹を感じていましたが、胃にそろそろ疲れが出始めていたので、ラーメンのスープとアルファ米を合わせた「カップヌードルぶっ込み飯」を補給します。
 塩味と、謎肉(豚肉と大豆のミンチだったなんて、知らなかった!)の風味が、ライスと合わさって、疲れた体にはご馳走でした。

 「よく食べられますねえ」と、先着していた参加者の方に言われましたが、ここで食わないと、ここから先は海岸沿いのアップダウンですから、エネルギーが枯渇したらしんどいですよ……。

 準備が整ったところで、最終区間に出発です。
 次の区間は、約50km先のフォトチェックを通過後、約12kmでゴールです。

 さあ、既に強烈な登りが見えている国道45号に乗って、海岸線の北上路に入ります。

 で、PCを出ていきなりの坂が、恐らくこのブルベでも、最も厄介なレベルの坂でした。

 国道45号は、宮城県仙台市から青森県青森市まで、太平洋岸を縦貫する幹線道で、現在は東日本大震災の教訓から、有事にも交通機能を保持することを目的として、多少内陸寄りに自動車専用のバイパスが建設されています。
 久慈のPC付近でも、西側の上空を高架で通過した後、山間部に切土〜トンネルを何度か経て、洋野町を縦断し、八戸久慈自動車道の南端に接続する計画となっているようです。

 しかし、今回のブルベコースに被る部分のバイパスはまだ工事中で、道路の形が出来ていないことから、海岸部の南北移動は自然、現在の45号に集中する形であり、そろそろ人が動き始める時間帯(午前8時頃)となった今、日曜日とはいえ、交通量がじわじわと増加する中を走行することとなりました。

 久慈のPCからいきなりはじまった厳しい坂は、途中で登坂車線が切られており、自転車も自然、その左端をノロノロと登ることになるのですが。
 交通量が増えてきた関係で、登坂車線に逃れる車もまた多いため、意外に体のスレスレを抜けて通る車が多くなります。
 車の目線で見て「遅い」車でも、長い急坂を登坂中の自転車からの目線で見れば、恐ろしいほど「速い」場合が多いため、ちょっとヒヤッとさせられる場面も何度かありました。

 ……ていうか、私の前に出たところで、登坂車線から追い越しかけて行く車もあったんだけど、アレはダメでしょ(^^;)。
 追い越しをできるのは、追い越し車線からだけですよ……。


17090961.jpg
この区間で比較的平坦で、
写真を撮っても大丈夫そうだった場所は、
45号バイパスの上を飛ぶ跨道橋付近だけだった。
なお、バイパスは現在工事中。


 ここはともかく、斜度が激坂とかそういう意味でなく、道路環境的に見て、あまり走りたくない坂になりました……。
 バイパスが開通すれば、通過交通はそちらに流れて、もう少し静かになるのかもしれませんが、今の状態で何度も走りたいとは、ちょっと思えませんでしたね(^^;)。
 もし、今後ツーリングで走る場合、遠回りになっても、海岸側を通る県道279号に回る方が幸せかもしれません。

 登坂車線合流の標識が、なかなか出てこないことに辟易して何とか登り上げ、しばらくは緩やかなアップダウンを繰り返す国道45号沿いを進みますが……。


17090962.jpg
何だか、行く手の雲行きが怪しい。
二日間、晴の予報だったと思うのだが。


 空がかなり暗くなってきたので、駐車帯に一旦、車体を寄せて、天気予報と雨雲レーダーを見てみます。
 天気予報では、午前9時ごろから、三八上北地域に雷雨の予報。
 雨雲レーダーからも、雨量が多いことを示す黄色い雨雲が接近中である様子がうかがえます。

 雨か。
 しかし、今までのブルベ経験で、2日以上、連続で走る日程で、2日連続晴れの予報を鵜呑みにしないくらいの経験値はありました。
 (まあ、「呼ぶ」体質の人が、異様に多い世界でもありますからねぇ ^^;)

 その場でそのまま、濡れたら困る装備をコンビニ袋やジップロックに封入し、輪行袋はフレームに装着したフリーマウント(ドッペルマウント)からトランクバッグに入れて、レインカバーを被せます。
 車体はいつもどおり、フルフェンダー装着なので問題なし。

 体の方は、レインスーツの下を念のためフロントバッグに突っ込み、上はいつでも着られるように、輪行袋を外したフリーマウントに突っ込んで出発……しようとしたら、急に雨がパラパラと落ち始めたので、体に装備して出発です。


17090963.jpg
装備を整えて出発寸前で、
雨が落ち始めた。
路面がウェットに変わったところだが、
ドライ状態を撮っていなかったので、
いまいちわかり辛いな、これ(^^;)。


 あっという間に周囲は土砂降りの雨になり、一瞬、視界が白くなります。
 数秒後、ガラガラゴロゴロと雷鳴が響き渡り、雨脚が一層強まりました。

 ここにきて雷雨とは!

 スタート直後の暑さ、夜間の冷え込みに続いて、急な雨とか。
 どこまで対応力を求めてくるんだ、今回のブルベは!

 しかし、まだ残暑がそれなりに強い時期なので、下半身は濡れるに任せても大丈夫そうです。
 上着だけレインスーツを着用、薄暗くなったので、リアライトを全灯点灯、ヘルメット尾灯も点滅させます。
 さすがにレインキャップは持ってきていないので、アイウェアは濡れ放題でしたが、見えにくくなったらグラブで拭って視界を確保しつつ、前進を続けました。

 それからしばらく時間が経っても、光ってから音が鳴るまで、案外時間差があるため、積乱雲の中心を外した場所にいるようです。
 落雷のリスクは少ないだろうと考えていると、前方に曲がり所の目印に設定していた火の見櫓が見えてきました。
 玉川駅の方向を示す標識を越えて次の交差点で、県道247号に入り、最も海岸側の道を進みます。


17090964.jpg
県道247号に折れた直後くらい。
雨はまだ降り続いている。

17090965.jpg
だが、前方の空が、
明るくなってきたか?


 どうやら、雨の中心域は、微妙に西側になっていたようで、この時間帯に種差海岸や八戸市街地を走っていた皆様は、まともに土砂降りの雨を受けたようでした。
 海岸側は、確かに本降りの雨ではありましたが、降られていた時間はそれほど長くはなく、一気に降って、一気にやんだ、という形だったでしょうか。


17090966.jpg
その後は海岸沿いの、
とても景色のよい道筋を走った。


 海岸の風景は、先程の雨の影響か、多少、水の濁りがあったものの、受け付ける波頭が岩場で白く砕け、非常に良い景観の中を走ることができました。
 ただし、私が洋野町の中心である種市地区に至ったのが、午前10時頃で、しかも雨上がりという、日曜日でも人の動きが活発になり始めるタイミングにあまりにも合致していたためか、この先は少々、精神力を削られることが多くなりました。

 自動車が対面でギリギリ、すれ違える程度の幅員の道でしたが、地元の皆様はいきなり飛び出してきますし、通行する車の数も、結構な量になります。
 しかも、海岸線らしく、アップダウンの頻度は上がり、場所によっては10%近いだろうと思われる急斜度も出てくるのが嫌らしい所です。

 急坂を登坂中におばあさんが飛び出してきて、しかし後方から自動車が追い越し中だったので、慌ててビンディングを外しながら停車。
 しかし、あまりの急斜面にまっすぐ走りだせなかったので、車がすべて通るまでそこで待機……なんて事を何度も繰り返しつつ、ノロノロ進んで行きます。

 青森県道1号に合流してからもその状況は続き、登りが終わって、その先が下りだ、と思っても、その先に、2〜3段でさらに高くまで登り上げる急斜面の直線路が見えた時は、さすがにゲンナリしました。

 体幹は既に、軽米町の段階で疲労で引き攣っているため、この段階では登坂の力が全く出てこず、10%近い斜度になると、インナーローでも5km/h以下に落ちることも普通でした。


17090967.jpg
さらに、今度は急に晴れてきた。
アスファルトが、
みるみるうちにドライになっていく。


 ブルベにおける雨の法則に、「着たらやむ。脱いだら降る」という物がありますが、これだけ暑くなると、さすがに耐えられません。
 レインスーツを外してフリーマウントに突っ込み、さらに道を進みます。


17090968.jpg
話はちょっと横道にそれて、
青森県階上町に入って、
北上する途中で見つけたもの。
三陸大津波記念碑。

17090969.jpg
正確には、右上の高台の上にある、
灯台を模したモニュメントが記念碑。


 「大津波記念碑」というくらいなので、最初は平成23年(2011年)の東日本大震災に関連した物かと思いましたが、脇に立っている標識には、「平成19年(2007年)8月改修」と表示されています。

 ……あれ、年代が違うぞ?

 という訳で、帰宅後にちょっと由来を調べたところ、この記念碑は、昭和8年に発生した昭和三陸地震に伴いこの地域を襲った津波の被害を記録し、後世にその恐ろしさを伝えるべく建てられたものであるそうです。
 昭和三陸地震は、日本海溝を隔てた向こうの海底で発生した地震で、地上に届いた地震の震度は、最大で5。

 この地震の揺れによる、直接の建物被害はほとんどなかったそうですが、30分後に到達した津波の被害が甚大であったそうです。
 三陸全体で見た場合の最大の津波遡上高(津波が到達した高さ)は、現在の大船渡市における28.7mという記録があり、この階上町では痕跡高基準で6.0mの津波が到来しているようです。

 なお、東日本大震災の津波は、この階上町では10.7m(痕跡高基準)になっていたそうですので、今後もこれを越える津波が来る可能性は残っていると考えるべきでしょう……。


17090970.jpg
泊川神社。
大津波記念碑の南にある神社で、
全国的に珍しい、
タコを祀った神社であるらしい。

通過するとき、
何気なくシャッターを切っていたのだが、
止まってみても面白かったかも……。


 何となく気になったので、帰宅後に調べてみたら、意外に面白い話があったのが、この泊川神社でした。
 この神社には、昔、ここを通る人が、たびたび大ダコに襲われたために、タコを鎮めるために神社を建てた、という伝説があるそうです。
 もう一つの伝説に、この崖を土地の庄屋の娘さんが転落して亡くなる事故があり、娘さんの霊を弔うために、神社を建立した、という物もあるそうです。

 ちなみに、タコが住んでいたと言われる潟が、今も画像の左側に見える鳥居から延びる階段を下った場所にあるらしく、昔は「磯潟神社」とも呼ばれていたとか……。

 以上の話は、「とうほく復興カレンダー」様で紹介されている内容の引用(というか、ほぼまる写し ^^;)です。
 それにしても、こういう地域信仰に由来した場所が、今も残されているなんて、すごく良いなあ、と思ってしまいます。

 なお、その他多くの地域の海岸の神社同様に、この神社も東日本大震災の津波を受けなかったそうであり、やはりこうした神域が置かれる場所は、経験的に、災害を受けにくい位置になるのかなあ、と思わされた場所でもあります。

 さてさて、コースは最終段階まで来たのに、どうにも気になる場所が多過ぎて困ります。
 色々気になる風景に後ろ髪をひかれつつ、例によって強烈なアップダウンにゼエハア言いながら前進を続けます。

 いや、この時はホントに、骨盤の上が一周ぐるりと筋肉痛のような痛みを発していて、「踏めない、回せない、登れない」の状態でした。
 時間平均移動距離は20kmを割り込み、18km程度だったでしょうか。
 まあ、時間内にゴールはできそうなので、そのまま先に進むことにします。


17090971.jpg
種差海岸に出た。
これが天然芝だというからすごい。

17090972.jpg
駐車場のトイレの近くに
サイクルラックがあったので、
活用させて頂いた。
レインカバーは面倒なので、
外していない(笑)。

17090973.jpg
この広々とした天然芝の広場。
時間があるなら、
昼寝したい気分だった。


 種差海岸の広々した風景に出ました。
 速い皆様は、ここで日の出を迎えたらしいですが、それはもう、最高のシチュエーションだったでしょうね。

 この広々とした海岸は、かつて馬の放牧が盛んであったこの地域の名残であるそうですが、とにかく独特の景観になっています。
 時間制限がなければ、この芝生の上で昼寝でもしていたい気分です。

 しかし、どんどん貯金を切り崩しているので、いい加減に先に進みましょう。
 それにしても、先程の雨対応でフロントバッグにレインスーツの下を突っ込んだところ、ここまでほぼ休みなく口にしてきたミネラルキャンディを取りだせなくなってしまっており、その影響なのか徐々に胃にダメージが来るようになっていました。
 酸っぱい何かが逆流して来そうな気配を感じたら、ドリンクや水で戻すことを繰り返しています。


17090974.jpg
葦毛崎展望台。
旧日本軍の砲台跡を修復し、
展望台として使っている施設。


 時間がないので下までしか行きませんでしたが、この展望台からは種差海岸をはじめ、かなり遠方までの海上を見渡せるそうです。
 そりゃ、かつては軍隊が洋上監視と攻撃のために使っていた施設ですから、眺めは最高でしょうねぇ……。

 また、ここの駐車場にあるソフトクリーム屋さんが有名だ、という情報を事前に得ていましたが、胃に出ていたダメージと残時間を考えて、立ち寄りを断念しました……。
 次の機会があったら、絶対に風景とソフトクリームを堪能してやる!


17090975.jpg
葦毛崎の北の岩礁上に建つ尖柱。

17090976.jpg
遠くからもよく目立つ構造物だったが、
近づいてみても、
何なのか良くわからなかった。


 葦毛崎を過ぎてすぐ北側に、遠くからも目立つ尖柱が建つ岩場がありました。
 最初は船舶の通信用の電波塔かと思いましたが、近付いて見ると、コンクリートの柱のようで、電線を通すような構造物は見当たりません。
 由来を書いてあるらしい看板の前には車がピタ付で駐車しており、運転手はスマホゲームに夢中で気付いてくれず、読めない、撮れない……。

 ……ので、帰宅後に調べてみたところ、これはかつて、新造船の速度計測に使用した「マイルポスト」の名残だそうです。
 この周辺の樹林内には、もう一本、まったく同じ柱が残っており、かつては5本の柱が建っていたことが、古地図などで確認されているそうです。

 このマイルポストは、海上を航行中の船が正面を平行に横切る時、決められた柱同士が重なって見える位置から時間の計測を開始し、反対側から見て別の柱が重なっている位置までの距離を進んだ移動時間から速度を換算する、という使い方をしていたそうです。
 現在は、速度計も進化するとともに、GPSなどで正確に規定時間中の移動距離が測れるため、こうしたポストは廃止されているそうですが、以前はこうやって新造船の性能試験をやっていたのかと考えると、なかなか興味深い遺構だと思います。

 また道草を食ってしまいましたが、時計は止まってくれないため、いい加減、前進を続けないとまずそうです。


17090977.jpg
道路の上に見えるのは鮫角灯台だろうか。
それならば、蕪島はあの向こうだな。

17090978.jpg
蕪島近くの県道1号は、
かなり高い場所を通っている。
ここからループ状の道を通って、
下の道に接続する。

17090979.jpg
ループを下ってきたところ。
画像右側に見える、ふたこぶ状の岩礁が、
第二フォトチェックポイントの蕪島。


 蕪島は、ウミネコの繁殖地としても知られる場所ですが、繁殖期は7月頃であり、既に巣立ちを終えているので、ウミネコだらけの風景は残念ながら見られないでしょう。


17090980.jpg
フォトチェックの蕪島。
このフォトチェックの写真は、
参加者間で比較したら、
本当に全然違っていて面白かった。

現在は残念ながら工事中で、
参拝できなかった。


 「自分のバイクと、蕪島神社の鳥居を入れた写真」が、第二フォトチェックポイントの課題だったので、その通りにスマホとデジカメで写真を撮ります。

 別のSNS上で参加者同士の写真を突き合わせてみたところ、本当に速い皆様は夜明け直後の薄明の中。
 ちょっと運が悪かった皆様は、土砂降りの雨の中。
 そして、ギリギリ隊の私は、雨上がりの抜けるような青空の下、という、通過時間ごとの差が激しく現れていたのが、この蕪島でした。

 なんというか、それぞれの時間帯で、天国と地獄、というか、それぞれの人に、それぞれのドラマが垣間見えた、というか……。
 まあ、私は景観的には、かなりの当たりを引いたほうでしょうね(^^;)。

 その後、港湾地区に出ると、朝の仕事を終わらせた皆様の移動時間に重なったのか、多数の乗用車、トラックと行きあう事が多くなりました。
 このあたり、路面がボコボコで、色々しんどい道になりました……。

3.最後に意外なヒルクライム~ゴールへ
 そんなこんな、様々なシーンを通過しましたが、八戸港を過ぎてしまえば、コースはもう残り10km未満です。
 ここまで来たら、時間内完走は確実。
 もう大した障害もないだろう、と思っていましたが……甘かった……。


17090981.jpg
最終区間で通った八戸大橋。
この、物凄い勾配の坂を延々と登る。


 最後にこんな伏兵が待っていたとは!

 八戸大橋は自歩道の走行を指示されていましたが、うん、納得です。
 こんな勾配の橋の車道を、港湾地区〜卸売市場に向かうトラックなどの車列とともに走るとか、悪夢ですわ。
 特に、今、「踏めない、回せない、登れない」の三ない状態の私の体では……。

 周囲の住宅地や、港湾施設にある大型クレーンさえ見下ろすような高さまで、延々5%程度の勾配で登っているこの橋、最後の最後に来るとか、誰だよ、こんなコース引いたのは!(笑)


17090982.jpg
八戸大橋の最高部に
設置されていた石碑。

刻まれている言葉は、
『八戸は海と共にある』


 うん、種差海岸の景観美、葦毛崎の軍事施設跡に、マイルポストという新造船の性能試験施設に、各地に点在する漁港の数々……。
 今まで見てきたのは、海とともにある町、という言葉が、本当に素直に納得できる物ばかりでした。
 これからも、海の恵みと共に発展していく町なのでしょう。

 八戸大橋に続いて、馬淵川の河口にかかる八太郎大橋を渡りますが、ここもかなりインパクトのある橋でした。

 とりあえず、橋に接続する直前の道路の一部が、先程のにわか雨のため車線全部が冠水している、という凄い状況だった上に、自歩道に逃れても、ほぼ全面が「沼」状態。
 橋に登っても、自歩道に堆積した砂が雨で濡れて粘土状になっており、オフロード用ではないタイヤでは走るのが本当に大変で……。

 この橋、私は押して通りましたよ(^^;)。
 体幹が踏ん張れない体では、バランスを取るのも大変だったんですから。


17090983.jpg
八太郎大橋から見下ろした、
河口の干潟。
遠浅で水が透き通っていたため、
ボラらしい魚が悠々、泳いでいるのが、
この高さからも見えた。


 八太郎大橋を越えたら、今度は内陸方面に向かう高架になります。
 この日は工事で側道入口が封鎖されており、車道を走っていたら、そのまま高架に誘導される形になっていました。

 ……が、もう登る力がほとんど残っていなかった私は、自歩道沿いに走って、側道方面へ。
 高架よりも幅広の道が、トンネル手前まで緩斜面で繋がっている事は事前に調査済みだったので、登りで速度を出せない今は、こちらの方が安全だと考えて進んだわけですが……。

 後方についていたらしい人を巻き込んでしまっていました(笑)。
 まあ、同じ道筋ですから、問題はありません。


17090984.jpg
ゴール手前3km程のところで、
45号バイパスの高架を潜る。

これがコース上で撮影した、
最後の一枚だった。


 何度か交差したり走行したりしてきた国道45号を上に見送った後、産業道路をそのまま走って、ゴールに設定されたコンビニに飛び込みます。
今回のコースは、ノーサポート体制で行っているため、ゴールもコンビニで買い物をして、時間をチェックする必要があります。

ゴールチェック:12:15

 26時間15分。
 今回も、見事にギリギリ隊でした。
 そして何気に、ブルベカードへの記入例に出ていたタイムと全く同じという(狙ったわけじゃないですから! ^^;)。

 いやあ、最後まで走れたけれど……。
 きつかったなあ……。

4.ブルベはおうちに帰るまで
 ゴールがギリギリ隊だった今回のブルベですが、実は、体力的にもギリギリ隊でした(笑)。

 長らくまともに長距離を乗っていなかったためか、体幹の筋肉が疲労で踏ん張れず、フレームをまたいで降りるのも大変な上に、普通に歩くのも大変。
 内臓も色々限界(酸っぱい物が胸まで上がっている)で、麺類しか食べる気がしない(それも、飲み込むまですごく時間がかかる)。
 水は喉を通るけれど、炭酸飲料は刺激が強くて無理。
 そして、全身、汗とともに出た脂でヌルヌルで、早く風呂に入って洗い流したい……。

 いや、ほんと、後半になると、ジャージは汗でなく、油で濡れているという感じでしたからね(日向にいても、乾く気配が全くない)。

 そんなわけで、ゴールに集まっていた実走&巡回スタッフの皆様からの、八食センター行きません?の御誘いも、胃が固形物を受け付けそうになかったので辞退……。
 半流動食的な物を流しこんだら、ゴールの隣にあった温泉に飛び込みます。

 26時間分の汗と脂と埃と塩を一気に流しましたが……最初に体を洗ったタオルをバシャバシャやったら、洗面器が真っ黒になったぞ(^^;)。
 うをい、こんなに汚れていたんか〜い!

 とりあえず、3回くらい洗ったら、やっと体のベトベト感がなくなりました。
 ああ、生き返った……。 

 その後、ここまで自力運搬してきた行動用装備に身を包み、帰宅準備を開始します。
 八戸駅までは、巡回スタッフだったKさんご夫妻に、わざわざ車を回していただいたりして、この日はそのまま、帰路につきました。

 新幹線は(大人の休日倶楽部のカードが使えるとかで)大混雑していましたが、仙台までは何とか直通で席が確保できたので、そのままホームへ。
 ホームでマヤさんにお会いしたので、お疲れ様でした、のご挨拶をかわし、待合のベンチに腰掛けていると……。

 オーバーナイトの疲れがここで出てきて、寝落ちそうに……。
 いかん、寝込んでしまって乗り逃したりしたらまずい、と思って、乗車待ちの列に立って並びましたが、立ったまま寝落ちそうになるのは参りました(^^;)。

 こんな状況だったので、新幹線内の記憶は、盛岡駅でこまち号が連結して揺れた衝撃で目を覚ました時程度です。
 次に気付いた時は、まもなく仙台だ、という車内放送が流れていたので、荷物をまとめて仙台で降車しました。
 ついでに、駅内郵便局のポストにブルベカードとレシート一式を投函し、フォトチェック用の画像も、移動中にスマホから送ってしまいます。

 仙台駅からは自走も考えましたが、今回は(も?)無理せず、自宅最寄りまで輪行して、そこで車体を組み上げてから自走帰宅。
 夕食は帰宅途中に外食で済ませたので、そのまま、ぬるいシャワーを浴びつつ、汚れた装備を洗濯し、あとは睡魔の到来に任せて、寝てしまいました……(記憶にある限り、21:30には倒れたかな……?)。

5.という訳で、復習編
 さて、今回は事前予習でコースを覚え込み、GPS不使用で走る、という「縛り」を設けたブルベでした。

 結果的に、GPS不使用に関しては良い結果になったと思います。
 最近のブルベでは、GPSの画面ばかり見ていた印象が強く、周囲の景色などに目を向けることが少なかったような気がしますが、今回は1時間ごとに北上川を撮るとか、わざわざ余計な事をやらかす、という昔の癖が出ていた時間帯もあった気がします(特に終盤の海岸線ではね)。

 その傾向は、デジカメの撮影画像数にも現れていて、今年前半までのブルベでは、200kmを走っても60枚程度しか撮っていない、なんて事もあったのですが、今回は400kmの道中で、約170枚を撮影。
 ナイトライドで、撮影が困難な時間帯もあったことを考えたら、まあまあ撮ったな、という感じです。
 まあ、それでも、過去の洪水時の水位表示とか、休憩ポイントの道の駅石神の丘を全く撮っていなかったとか、まだまだ昔のような「無駄な物を撮りまくる」状況には戻っていませんけれどね……。

 あと、ライト台座にしていたエクステンダーマウントが折れる、という、とんでもないアクシデントがありましたが、ライトだけ何とかすれば、コースは頭の中にある、という事が、大きな安心材料になってくれましたね。
 今までのようにGPSに頼っていたら、GPSのマウントがうまく装着できない状況で、どうなっていた事やら……。

 それから、コース予習編で書いていた内容と、コース実走時の印象の違いについて。
 まず、想定出来ていなかったのが、「全体的に、コースプロファイルに現れない、細かいアップダウンが続く」ということと、「軽米町の明け方の気温が、高くなった」という2点ですね。

 まあ、軽米の気温が高かったのは、(一桁の冷え込みを覚悟していたので)想定を外れてくれてありがたかったのですが、アップダウンの方は、ある程度は覚悟していましたが、最初から最後まで、意外に休みなく延々続くとか、そこまではさすがに想定外でしたね……。

 ちなみに、最も苦しんだのは最後の海岸部、階上町で県道1号に合流してからの区間です。

 ここもある程度のアップダウンは覚悟していました。
 しかし、ゴール直後にぼやけるだけぼやきましたが、「あんなに細い道で、何度も急勾配のアップダウンが出てきて、しかも地元の皆様が普通に歩いている上に、自動車の交通量が思った以上にあって、坂の途中で足を付かないと安全に通れない場所があちこちにあった」というのは、完全に想定外でした
(赤字部分、ちゃんと読んでくださいね)。

 県道1号沿いは、地元の皆様にとっては生活路。
 そして、種差海岸等の海岸方面に向かう観光客にとってはドライブウェイ、という二面性を持つ道だったため、「勾配10%はありそうな急坂の途中で、正面から歩行者、でも、前後両方から車が来ており、道が細いので自転車を右に寄せて歩行者を回避するのは無理」なんて状況がかなり何度も発生しました。
 そういう場合は、安全のために坂の途中で停車せざるを得ず、そして急坂なので、まっすぐ漕ぎだせず、延々、車の通過を待ってから、横にこぎ出してリスタート、なんて事もありましてね。

 あとは、交通量が意外にある道なのに、お年寄りの方とか、周囲を見ずに家の門や横道から出てくる場面もあったので、集落内は徐行で我慢を強いられるとか、最後の最後にこれは結構、精神的に削られました……。

 まあ、それもこれも、私が海岸の集落地帯を通ったのが、午前8時〜11時頃と、地域活動が始まるとともに、観光施設が賑わい始める時間帯に被ってしまったから、なのが、最も大きな要因だったりします。
 回避できるようなペース配分で走れば良かっただけですが……二戸以降、ほぼ休まずアップダウンを繰り返すコースで、体幹も疲労しきった体でそれは、かなり難しかったですね……。
 (最後の八戸大橋と、八太郎大橋は、押して登ったくらいなのでね……)

 という訳で、毎度ながら、泣き言成分も多々ありましたが。

 結果的には、今回はGPSなしで走って、とても楽しめました。
 色々なハイテク機器を搭載して、様々な数値を管理して走る、というのも、確かに科学的に効率性を突き詰めていく楽しさがあると思いますが、私はどうやら、「効率的に前に進むより、無駄に色々やる方が楽しい」という気質みたいです(^^;)。
 来年以降のブルベは、GPSは補助用として、現在地表示だけで使うか、潔く装備から外してしまう事を検討しましょう。

 それと、R宮城では初めての、ワンウェイコース、ノーサポートゴールの開催でしたが、こちらも参加者の皆様の感想を見ると、なかなか好評だったようです。
 スタッフ間では、今後もこういう形の開催を増やしてよいのではないか、という話も出ています。

 しかし、フォトチェックの方法や、メダル購入手続きなど、もう少しやり方を検討した方が良い部分もあるかもしれません。
 参加された皆様がお気づきになった点があれば、お知らせいただければと思います。

 いやあ、それにしても、個人的には「縛り」が不自由な方向でなく、「自由気ままにできる」方向に向いたようで、しばらくぶりに「楽しい」と言えるブルベでした。
 暑さ、寒さに加えて、急な雨に装備トラブルに、と、色々な状況への対応が試されましたが、結果的に乗り切れましたのでね。

 今年度の宮城ブルベはこれで終了ですが、もうちょっと、自転車シーズンは続きますので、余韻を十分に味わおうかと思います。

 とりあえずは、ライトなサイクリングイベントが二つほど控えていますので、それを安全に走ることを考えましょうか……。


 あ、そうだ。
 最後に重要な確認事項。




 八戸で雷雨を呼んだの、誰ですか?
 (私は中心を外れて、そんなに強い雨に降られていないので、違いますよ ^^;)


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2018年1月に、東北勤務から再び東京に転勤となりました。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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