日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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【実走編6】EAST END OF THE WORLD 2016年BRM715北海道1200

 北海道1200シリーズですが、レポートもずいぶん長くなりました。

 気がつけば、速報を除けば、渡航編から今回の実走編で、7編。
 画像枚数は154枚(全て今回の日程中の撮影)。

 自分ブログ内最長のレポートになっています(そして、あと一回くらい、続くという ^^;)。
 やれやれ、本当に、色々な意味でとんでもないブルベでした。

 それでは、以前は納沙布岬に到達した16日くらいまでの天候について触れていましたので、その後のコース上について、大体の通過時間と、通過時点での気温の状況を、アメダス観測結果をもとに書き出してみましょう。

7/17日
 別海(出発:1時):14.9℃
 弟子屈(5時):14.4℃
 美幌(8時):17.3℃
 津別(14時):24.3℃
 陸別(16時):18.7℃
 足寄(18時):18.4℃
 上士幌(20時):15.8℃
 鹿追(23時):16.0℃

7/18日
 新得(0時):15.8℃
 南富良野(2時):15.9℃
 (4時にかなやま湖に到着、仮眠。8時出発)
 占冠(9時):18.4℃
 日高(10時):19.5℃
 鵡川(15時):18.5℃
 恵庭(17時):19.9℃
 札幌(20時):21.0℃

 例によって、夜間の冷え込みがそれほど強くなかった状況がお分かり頂けると思います。
 そして、弟子屈から美幌に出ただけで、3℃も上がっていたんですね(^^;)。
 美幌峠の冷え込みを挟んだからか、体感では本当に暑かったですからねえ・・・。

 なお、ちょうど狩勝峠を通っていた18日1時頃は、新得、幾寅(南富良野)ともに降水量は0mmになっていますが、新得ではその後、3時頃に3mmの雨が観測されています(その前後は0.5mm)。
 雨雲が流れて、新得中心部に至るまでの時間を考えたら、狩勝峠越えの途中が、一番酷い雨雲の中にいた可能性が・・・(お〜い、誰の呪力だ? ^^;)。

 では本題です。
 北海道1200レポート、実走編の6をお送りします。
 そして、実走編はこれが最後です。

 真夜中に雨の狩勝峠を越えて、ボロボロになった体でPC8かなやま湖スポーツ研修センターに到着。
 狩勝峠では、PBPでDNFを決めたのと同じレベルで強い睡魔につかまり、カフェイン飲料の力を借りて、無理矢理意識を覚醒させて、PCまでを走りました。

 カフェインが強化されたドリンクや補給食は、摂取するタイミングを間違うと、反動がずっしりと体に跳ね返ってくるため、できれば頼りたくない所ではありますが・・・。
 仮眠所のあるPC8まで、あと10kmというタイミングなら、カフェイン切れが出ても、すぐに仮眠に入れるだろう。
 そうすれば、反動も寝ている間に抑えられるに違いない、と考えての賭けでしたが、まあ、何とかなったようです。

 ところで、ここまでの話を見てきた皆様の中には、「ブルベって、自己責任、自己完結できるサイクリストが参加するものだよね?PCにおける第三者の補助は、ルール上、問題ないとしても、仮眠所とか食事提供とか、ルール的にどうなの?」と思われた方も多いと思います。
 (ちなみに、SR600はPCでのサポートも含め、第三者サポートは全面禁止だったりするので、注意が必要)

 という訳で、ここで私が理解している限り(なので、間違いを含む可能性が大いにあります)で、ちょっと解説しましょう。

 普段、「ブルベ」と呼んでいるBRMは、ACP(Audax Club Parisien)の定めたBRM規則に従って開催されています(ACP認定、と言われる)。
 ACP認定は、SRの要件である200, 300, 400, 600kmと、1,000kmのブルベ(SRに代替不可)に加えて、1,200kmではPBPがこれに該当します。

 ここで、「ん? ACP認定の1,200kmはPBPだけなの?」と思われた皆様も多いと思います。

 PBP以外の1,200km以上のブルベは、ACPが中心となって開設されたRandonneurs Mondiaux(RM)という世界組織が認定を行います(RM認定、と言われる)。
 今回実施された北海道1200や、来年、イギリスで行われるLEL(ロンドン、エディンバラ、ロンドン:1,400km)も、このRM認定になります。

 RM認定対象のブルベは、国際規格でのイベントとなり、最低限、英語による海外参加者のエントリー受付や、当日対応を行わなければならなかったり、参加者数によっては、仮眠所等の提供も行わなければならないという規定がある(らしい。詳細未確認)ため、開催のための難易度のハードルが、一段どころでなく、数段は高く跳ね上がります。
 そんな訳で、今回、外国からの参加者も含めて200人という大人数を受け入れて開催された北海道1200は、本当に、スタッフの皆様が長時間、地道な作業と根回しを重ねた上で開催されているものだ、と、お分かり頂けるでしょう。

 なお、RM認定という意味では、今年のGWに開催されていたBAJ2400も、RM認定のブルベですが、参加者が50人規模だったため、仮眠所等は準備されなかったようです(というか、あのクラスのコースで休憩所や仮眠所の運営とか、全国のブルベ主催クラブを集めてやらないと無理だろうと思う ^^;)。

 まあ、ACP認定とRM認定の違いについての正確な所は、皆様も調べてみてください(先にも書いた通り、上の説明は私の理解の限りなので、間違っている部分もあると思いますので・・・)。

 ちなみに、アジアで初めて行われたRM認定のブルベが、2010年の北海道1200だったそうです。
 その後、北海道1200は、基本的に4年に一度の周期での開催で考えられていたようですが、2014年の開催では、半ば伝説にもなっている「台風直撃により中止」という事態になりました。

 今年(2016年)の北海道1200は、あの2014年のリバイバルという意味合いで開催されたものである、との事です。
 次回開催は、2014年の4年後ということで、2018年の開催が予定されているとの事ですが・・・まあ、あくまでも、予定と考えて、正式発表を待つのが良いでしょう(あれだけの規模とホスピタリティでの開催は、4年に一度でも、本当に大変だと思うし、今回参加させて頂き、スタッフの皆様には感謝してもし切れないと思っている)。

 という、本レポート内、最長の前置きを経て、本編です。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.最後の1ブルベ
 7月18日、PC8かなやま湖スポーツセンター。

 朝7時半頃、自然に覚醒しました。
 さすがに体が重い・・・。

 そして、「あれ? 俺は今、何しているんだっけ?」と、そんな感じで、色々なものがすっぽりと頭から抜け落ちた感覚がありました。
 北海道でブルベを走っていて、かなやま湖の仮眠所にいるんだ、という事が理解できたのは、たっぷり10秒くらい経ったあとだったと思います。

 もう一度、何が起きているのかを理解するため、仮眠所に倒れ込むまでを思い出してみます。

 かなやま湖のPCに到着したのは、もう明るくなった4時過ぎでした。
 チェックのために取り出したブルベカードホルダは、雨の峠越えにレインスーツ内で蒸されたことから、ごく小規模ながら、浸水を許していたので、ここでブルベカードは予備のジップロックに詰めることにしました。
 ここから先、ブルベカードは首下げではなく、フロントバッグ収納に変わります。

 到着後、食事と仮眠所を求めて2階に移動すると、かなり奇跡的な偶然で、その場にランドヌール宮城関係者が揃っていました。
 ベテランコンビのTさん、Kさんは、そろそろ仮眠を終えて出発するタイミングだったようで、短時間ながらお話しすることができました。
 また、PC2の段階で、トラブルで大きく遅れていたSさんも、その後は順調に進んで先着済みだったようで、やはり出発する直前のようでした。なお、雨の夜、狩勝峠の下りで、舗装のクラックに車輪を弾かれ、落車したとの事で・・・(打撲程度だから大丈夫、との事でしたが、ご無理になっていなかったのか、心配だ・・・)。

 短い時間でしたが、顔見知りの皆様と声を交わし、様子をうかがい、気分的にずいぶん助かりました。

 そしてとにかく、今後の活力を得るためにも、まずは食事です。
 かなやま湖にもカレーが準備されていました。
 北見カレーとはまた違って、具にキノコや野菜が多めの、お腹にやさしめだったのがありがたく、ご飯は多分、普通の大盛り以上の量を、軽く頂いてしまったと思います。

 北見のカレーも美味しかったですが、この、かなやま湖のカレーも非常に美味しく、どちらが良かったかと言われても、甲乙つけがたい・・・(多分、ルーは同じものを使っていると思うのだが、味わいがまた違っていて飽きなかった)。

 それだけのご飯を頂いても収まらない腹に、今度は夕張メロンを収め、さらに、「こちらもどうぞ」と出して頂いたのが・・・。

 エゾアムプリンでした。

 プリン、という言葉の響きから想像していたものとは違って、見た目、チーズケーキのような一切れが置かれた時には、「これ、本当にプリン?」と、心の中でクエスチョンマークが乱舞していました。
 後に調べたところ、生産できる数が非常に少ないため、最盛期には予約を入れても4ヶ月待ちなどになるという、超人気商品のようです。

 ・・・それを、今回参加の約200人に配れるくらい準備したなんて、AJ北海道の皆様、どんだけ素晴らしいおもてなしですか、これ!

 このエゾアムプリン、本当に、その辺りのコンビニで買って食べるプリンが、同じプリンというカテゴリーなのが不思議なくらい、しっかりとしながら、それでいて柔らかさを損なわない、本当に美味しいプリンでした。
 うおおおおお、凄すぎる・・・ブルベのPCで、こんなに凄い物が食べられるなんて・・・。

 ・・・という流れがあってから仮眠所に転がり込み、気付いたら今でした。


160715d2.jpg
到着直後の、
かなやま湖スポーツ研修センター。
既に明るくなっていた。


 仮眠所で配布されていた耳栓は、見事に周囲の音を消し去ってくれて、倒れ込んでから今までの記憶が完全にありません。
 うん、これはもう、完全に熟睡状態だったな・・・(頭が完全にリセットされたくらいに)。

 とはいえ、さすがに2時間程度なので、目覚めスッキリ・・・という感じではなく、何とか動けるようになったかな、という程度の回復ですが、自発的に覚醒したという事は、行動も可能だ、という事です。
 霞がかかったままの頭を振って、何とか起動しようとしつつ、まだ半数が寝息を立てている仮眠室をそっと出ます。

 と、ちょうどSさんがいらっしゃったので、おはようございます、と挨拶すると、「まさか自分から起きてくるとは思わなかった」とのこと・・・。
 昨夜、南富良野のコンビニで落ちていた状態から、かなりダメージを受けているようだったので、出発前に叩き起こさないと駄目だと思っていたそうです。
 その後、ちゃりけんさんにも、顔色が戻ったね、と言われて、その前はどんだけダメージを受けた顔だったのかと、我ながら心配になってしまいます(^^;)。

 で、シューズの取り違えか、自分のシューズが仮眠前に置いた下駄箱の中になく、探しまわるというプチイベントが発生(結局、トイレ前に放置されていた)。

 おいおい。
 誰かは知らんけど、間違ったのは仕方がないとしても、間違いに気付いたら、元の場所に戻してよ(^^;)。

 車体の所に行き、出発準備を始めると、正規時刻でクローズ頃のためか、ぱらぱらと行動を開始する皆様がいらっしゃいます。
 互いに挨拶すると、必ず皆様が口にするのが、「もう、残すはあと1ブルベですね!」という一言でした(なお、1ブルベ=200kmのこと)。

 まあ、確かに、この段階で走行距離は1,000kmオーバー。
 残りは198kmしか、ありませんからね(感覚崩壊中・・・)。

 そんな訳で、ゴールのクローズである18日深夜までに走り切るためには、このかなやま湖のPCを午前中に出発すれば、ブルベを走り慣れた人であれば、余程の事がない限り、時間内完走できるでしょう。
 ・・・ま、その前に、1,200kmのブルベに、ブルベに慣れていない人が出るとは思えませんが・・・。

 出発前に、フロントバッグとリアバッグからレインカバーを外し、チェックしてみましたが、内部への浸水はないようです。
 また、両者とも底面からの跳ね上げ浸水もありませんでした。

 今回の北海道1200に出発する直前に購入したBBBのスリムガード(装着ステーは、別のフェンダーのものを改造して使用)は、見た目、本当に細身の本体で、きちんと機能するか心配でしたが、どうやら杞憂だったようです。
 そして、晴れの天気予報でも、どこかでにわか雨くらいはあるだろう、と思って外さなかった判断は正しかったようです。

 フェンダーを外さなかったのは、キャリアも外して付け直しが必要になるから面倒だったとか、そんな理由ではありません。
 決して、そうではありませんからね!!

 さて、それはさておき、この日は朝から曇っており、涼しかったため、反射ベストは最初からFlandrienで走ることにして、準備が完了しました。

 とにかく、順調にいけば、12時間後にはゴールできるでしょう。
 まだどこか、霞がかかったままの意識をしゃっきりさせるべく、受付に、今から出ます、と宣言してからコース上に復帰しました。


160715d3.jpg
かなやま湖岸を金山、
占冠方面へと下る。


 次のPCがある鵡川町は、太平洋に近い場所になりますので、内陸にある金山からは南に向かう事になります。
 そして、その過程で、金山峠、日高峠、義経峠の3ヶ所の峠を越えます。

 最終日に待っているのが三段峠越えとは、まあ、楽に終われそうにありませんね(^^;)。
 金山の市街地で進路を南にとり、最初の峠、金山峠に向かいます。


160715d4.jpg
例によって、
緩い勾配で長い距離を登る。
このトンネルが最高地点。


 峠のトンネルに向かう、大きく蛇行した道路上には、同じ時間帯にPCを出発したと思われる参加者が多数、走っていました。
 何度か夜の仮眠を重ねるうちに、最も人数の多いボリュームゾーンに入ったのでしょうか?
 こんなに人がたくさんいる中を走るのは、スタート直後以来のような・・・。


160715d5.jpg
占冠村中心部に到着。

この先の交差点を右に行けば、
夕張経由で札幌に至る(近い)。
コースは左に曲がるけど・・・(遠い)。


 到着した時間が早すぎて、占冠村の市街地はまだ早朝モードでした。
 開いている店もないため、補給は次の日高で行うこととして、日高峠へと向かいます。

 毎度毎度の長い長い峠を、ゼエハア言って登り切ります。
 日高峠は、それでも今回走った峠の中では走り易い峠でした。

 日高峠から下りきったところが、日高町の市街地です。
 コースから少し右に外れた所にセイコーマートがある、との事でしたが、それは下っている途中から見えていました。
 多くの参加者が朝食なのか昼食なのか、時間を気にしない補給なのか、立ち寄っているのが見えます。

 ここで私はがっつり補給するつもりで、ホットシェフのかつ丼を購入。
 店舗の隣に休憩施設のような場所があったので、テーブルと椅子で食事ができました。

 ホットシェフのかつ丼は、セイコーマートの定番メニューと言われるものだけに、やはり美味しい。
 本当に、今回のブルベは、この段階に来ても食欲が落ちなかったのが救いです。

 補給とドリンク補充を行いつつ、この先の天気などの状況を見てみると・・・。
 札幌周辺は、切れ切れの雨雲があちこちにかかっている状態で、どこにいつ、雨が降るかはよめない状況でした。
 これから向かう先には、一応、この時点で雨雲は見当たりませんでしたが、札幌周辺のそれが飛んでくる可能性もあり、一日中、不安定な天気の中を走る必要があるでしょう。

 同時に、ツイッターには、私達が出発した直後くらいに、PC8かなやま湖に到着した皆様のツイートが溢れていました。

 「カレーがない!」

 という悲鳴が主でしたが・・・(^^;)。
 (残っていたご飯にふりかけをかけて食べた、とか、お茶漬け海苔があったので、お茶漬けにして食べたとか・・・)

 ちなみに、士幌、新得周辺に宿泊して、朝イチで狩勝峠を越えてきた皆様のうち、遅れ気味に到着した皆様は、カレーにあり付けなかったそうです・・・。
 う〜む、めちゃくちゃ苦しかったけれど、夜中に峠を越えて良かった・・・のか?


160715d6.jpg
日高を出発。
鵡川方面へ南下を再開。


 日高町から振内方面へと下る国道237号は、沙流川の渓谷沿いを進み、場所によっては素晴らしい景観を見ることができました。


160715d7.jpg
紅葉橋のあたり。
なるほど、この凄い景観は、
秋の紅葉期には、
さらに凄い景観になりそうだ。

160715d8.jpg
帰宅後に衛星写真を見たら、
画像の中に見える垂直の崖下に、
バキバキに破壊された道路があった。
よくあんな場所に道を通したものだ・・・。


 これ以外にも、素晴らしい渓谷美を眺めながらの走行になります。
 北海道というと、広大な丘陵地に広がる農地や牧草地、というイメージがあるので、こういう場所は新鮮でしたね。
 まあ、何となく、地元のどこかの風景にも似ているので、またも、東北のどこかを走っているような、変な感覚になってきていたのですが・・・。

 振内地区のコンビニで休憩がてら補給を入れて、さらに南へと進みますが・・・この辺りで、またまた私の体がピンチになってきました。

 今度のトラブルは、「尻」です。

 まあ、長時間、着座していましたから、そろそろ坐骨が圧迫で・・・という訳ではなく。
 サドルに着座する時に、足の付け根と股の間の柔らかい皮膚の中にできた、何か硬い"しこり"状のもの?が、体重を移動する時に、ゴリッと動く感覚とともに、痛みを発するようになっていたのでした。
 そして、そのうち体重移動する時だけでなく、ペダリングするたびに、その硬いものが皮膚の下でグリグリと動き、刺激され、じわじわと痛みを発するようになってきます。

 座るのも、着座状態でのペダリングも駄目、という事で、必然的にスタンディング&ダンシングで前に進むことが多くなったのですが・・・スタンディング&ダンシングでは、体力消耗が激しく、長時間、その姿勢でいることができません。
 かといって、着座しようとすると、皮膚の中の"しこり"がゴリッ!(激痛)

 暑さとは違う汗が全身から噴き出します。
 耐えろ、我慢しろ、そのうち、脳が痛みを遮断するはずで・・・。

 「・・・すみません、ロキソニン、ありませんか?」

 もう限界だ、と思えるほどの激痛の中で、パックを組んでいたお二方に、そう尋ねていました。
 ブルベ中、あれほど「使わない」と公言していた鎮痛剤のロキソニンですが・・・耐えがたい激痛の前に、苦渋の決断です。

 残りの走行距離は130km前後という所でしょう。1,200kmのブルベで、残る距離が1割程度になっているのに、ここでDNFはしたくない。
 かといって、このまま、この痛みを抱えたままゴールまで走れるか、というと、微妙な所でしょう。
 単に痛いだけでなく、この痛みで集中力が削がれ、先程から色々な事に対する対応が、雑になっているのがわかりますから・・・。

 ここは、主義主張を曲げて、薬の力に頼ってでも、前に進むことを選択です。
 この時点では、これ以外に、安全にこの先を進む方法も思いつきませんでしたし・・・。

 ちゃりけんさんからロキソニンを2錠、譲って頂き、早速一つを、胃の保護を兼ねたワカモト顆粒とともに服用します。
 すると、驚くほど痛みは引いて・・・なんて都合のよい展開があるはずもなく、効果が出てくるまでは、皮膚の中で動く"しこり"が発する激痛に耐えながらの前進になりました。


160715d9.jpg
激痛に耐えつつ、
平取町中心街方向へ。


 振内から平取町中心街付近までの道路は、平坦基調であまり変化もないことから・・・。
 短時間の仮眠×3夜連続で行動してきた体に、睡魔が忍び込んでくる時間帯にもなります。

 まあ・・・この辺りまで来たら、ロキソニンが効き始めたので、その影響もあったかもしれませんが・・・。

 そんな訳で、振内=平取町中心部までは、複数の参加者パックと抜きつ、抜かれつしながらの走行となりました。
 平取市街地で国道237号から道道59号を右折し、義経峠を越えて鵡川方向へと向かいますが・・・。

 この、道道59号。
 曲がったらいきなり激坂でした。

 いや、信号待ちで止まって、ここを右、と思って顔を向けたら、「ちょっとまて~い!」と言いたくなる斜度が、どど~ん、と控えていましたから(^^;)。
 ってか、ここまではっきりと「急坂でございます」という雰囲気の坂って、北海道では珍しかった気がします。
 (少なくとも、今回の1,200kmのコース内では、最高斜度レベルだったと思う。7%あったとか、そんな話も聞いたが??)

 信号がすぐに変わってしまったので、画像に収められなかったのが残念ですが、見た目の「坂」としてのインパクトは、とにかく強烈でした。
 ただし、急斜度範囲はすぐに終わり、ゴルフ場の外縁部に出ると、また例によって緩やかな道になります。


160715e0.jpg
義経峠をクリア。
これでコース中、
はっきりとした登りは、
最後の滝野への登りを残すくらい。


 この「義経峠」という峠の名前ですが、まあ、皆様大体ご想像のとおり、源義経の伝説にちなんだ物になります。

 歴史(学術的)には、源義経は奥州藤原氏のもとに逃亡後、そこで藤原氏の裏切りにあい、岩手県の平泉で最期を迎えています。
 しかし、異聞として、奥州藤原氏の手を逃れ、さらに北方へと逃亡した、という説があることも、ご存知の皆様が多いと思われます。

 この平取町は、その源義経が北方への逃亡時に流れ着いた場所とされ、義経神社などの史跡が残されています。
 また、逃亡時に通った道筋に、義経峠、義経街道などの名をつけて、現代に伝説を語り継いでいます。

 ・・・が、正直、私は個人的に、その伝説は真っ向否定派だったり・・・。

 義経を討つことが、時の権力者である源頼朝の命である以上、奥州藤原氏が義経を逃そうものなら、即時、家が取り潰しにあってもおかしくないのに、そうなっていない。
 義経の北方逃亡伝説自体が、後世になってから出てきた話である(平取の義経神社も、建立されたのは江戸時代。義経の時代からは500年も後の話)。
 北海道における義経伝説は、アイヌの日本同化政策を進めるために、積極的に改変されていた経緯が確認されている。

 まあ、この辺りが、私がそう考える根拠ですかね・・・。
 歴史を紐解くと、江戸幕府が蝦夷地(=北海道)開拓に興味を強く持ち始め、明治~大正時代の日本政府が北海道を「日本固有の領土」として内外に(特に当時のロシアに)強く示して、地域の近代化を図った時代と、その伝説が流布された時代がほぼ符合しますので。
 結局、庶民の間に生まれた「そうだったら面白い」程度の巷説談話が政治利用されて、大袈裟になっただけの事だと考えています。

 ちなみに、義経は北海道からさらに大陸に渡って、チンギス・ハーンになった、という話については、チンギス・ハーンの血筋や生年等がほぼ明らかであり、年代の計算が全く合わないことから完全否定されていますので、悪しからず・・・。

 とまあ、例によって話が盛大にミスコースしていますので、元に戻しまして・・・。

 義経峠をパックの先頭で越えましたが、下りをダラっと走っている間に、ちゃりけんさん、Sさん、そして、昔ながらのランドナーに乗った西洋系の女性の方に、軽々と抜かれてしまいました。
 平野部に出たところで、Sさんと合流し、PC9を目指します。


160715e1.jpg
PC9に向かう道。
海から上がってくる冷たい風が、
向かい風となって押し戻してくれた。


 最後の平野部に出ると、鵡川(という川)沿いに上がってくる海風が、南下しようとする私達を押し戻してくれました。
 かなり強烈な風で、途中で追い越した、二人ペアで走っていた台湾の参加者も、ゼエハア言いながら走っています。

 ・・・そういえば、この台湾ペア。
 2日目に通過した、往路の弟子屈辺りから、何度が前後して走っているけれど・・・。

 アタッチメントで装着しているDHバーが、えらくアップライトな位置で、それを握っても、ロードのブラケットポジションより空気抵抗が大きそう・・・という所は、突っ込んじゃ駄目なのかな?(^^;)

 海から上がってくる風はとにかく冷たく、急激に体が冷えてきた感覚があります。
 それもそのはずで、この日、この時間帯の鵡川町の気温は18.5℃(気象庁アメダス観測)。
 そこに風の影響が乗るのですから、体も一気に冷やされますって・・・。
 まあ、PCまではもうすぐなので、装備はこのまま、強行突破することにします。

 その後、台湾とはまた違う感じの、アジア系の参加者(フィリピンの人?)が後ろに来て、「ヘ~イ、君たちは、セブンイレブンに行く所かい?」と英語で聞いてきたので、「そうだ、今向かっている」と答えると、後ろにピタッと着く・・・。
 いや、何でかちょっと右側、後輪と前輪を重ねるような位置に着くので、こっちが右に緊急回避したら、ディレイラーを引っ掛けられそうで怖いんですけど・・・。

 ともあれ、何とか無事に最後の交差点まで来たので、「見ろ、あそこだ」と指差しで教えて、そのままPC9へと到達しました。

PC9チェック(1,116.8km):14:52

 さあ、最後のPCに到達し、残りの距離は100kmを切りました!
 ゴールのクローズまでは、9時間近くを残し、最終区間はほぼ平坦な道のりです。

 最後のPCには、AJ札幌のよしださんが、応援と様子見のため(スタッフではなかった?らしい ^^;)、駆け付けてくださっていました。
 また、納沙布岬まで到達したものの、メカトラと体調の関係でDNFしていた、AJ神奈川のひとみさんも、応援に駆け付けてくださっていました。

 いやあ、こんなタイミングで、こんな声援を頂けるのはありがたい。
 最後の補給も、和気藹々とした雰囲気の中で行います。
 補給中に、コース上で何度も前後している皆様が、次々と到着、そして出発して行きます。

 最終区間は、87.4km。
 特に大きな問題はない・・・筈ですが・・・。

 最終区間を前に、念のため、先程頂いたロキソニンをもう一錠、追加で服用して、尻の"しこり"の痛みが出ないことを祈りつつ、最後の区間へと走り出しました。

2.そしてフィニッシュへ

160715e2.jpg
鵡川橋を渡って、
最終区間をスタート。

鵡川橋は上下車線が、
完全に分断された構造だった。


 出発前に装備にAJ-PBPベストを追加して、防風効果を高めました。
 まだ、メリノウールインナーは必要ないでしょうし、必要となる前にゴールしたいものです。


160715e3.jpg
最終区間は、
千歳までは幹線道ではなく、
農地や放牧地の中の、
車通りの少ない場所を走る。

160715e4.jpg
別海では牛だったが、
ここでは馬か。

160715e5.jpg
あ、牛もいた(^^;)。


 基本、平坦な場所が続くので、また軽くローテーションを回しながら進みましたが・・・私が曲がり所を見落として、ミスコースしそうになって、ローテーション崩壊(^^;)。
 その後は、Sさん先導で進んで行きます。

 が・・・。

 疲労か、それとも追加服用したロキソニンの影響か、また私の体に睡魔が忍び込んできました。
 少しペースを調節して進んで頂いた後、遠浅駅近くのコンビニで休憩。どうもまた、最後の最後になって、足を引っ張っている気分です・・・。

 とにかく、眠気覚ましのミントタブレットを口に放り込んで・・・10分ほど落ちていたようです。
 眠気覚ましを口にしてから寝るとか、我ながら器用だな・・・。

 あまりに遅い場合、先に行って欲しい旨を伝えましたが、ここまで来たら、最後まで一緒に行こう、との事で、遠浅駅付近からスタート。
 千歳方面へと北上を再開します。


160715e6.jpg
陸自東千歳駐屯地を横断する道路上、
駐屯地の敷地と敷地を繋ぐコンクリ路盤。

キャタピラの跡が刻まれていたけれど、
もしかして、90式が通った?


 千歳空港が近くなると、頭上に飛行機のエンジン音が響きます。
 夕方が近いためか、発着便が非常に多いらしく、次々と切れ間なく飛行機が通過していきます。

 信号待ち中にふと上を見ると、ほぼ頭上で、降下してきた機体が厚い雲の底を抜けてくる姿が見えたりもしました。
 どうやら、ちょうど航路になる真下を通っていたようです。

 ・・・それにしても、千歳空港周辺で、私達が走った場所は、やたら舗装が荒れていたのですが・・・。
 北海道の玄関口があれでいいのかな?
 (それとも、本当のメインストリートを外しているので、大体こんな感じだったのかな? ^^;)


160715e7.jpg
コースはその後、
恵庭バイパス沿いになった。
夕方の交通ラッシュの中を走る。


 恵庭バイパスは、良くある幹線交通道路、あるいは高規格道路の姿、そのものでした。
 このタイミングで、台湾チームなのか、10人くらいがズラッと並んだグループが、コースに自信がなさそうに走っています。
 しばらく、後ろについて走っていましたが、どうにもペースが合わないため、千歳線の跨線橋を登るとき、車の通行が途絶えた瞬間を狙って追い越しました。

 その先で、バイパスは本線か側道か、どちらに進むのが正しいのかわかり辛い場所がありましたが、キューシートには国道36号の指示しかないため本線を進み、オンコースを維持。

 その後、恵庭バイパスを離れて、工業団地へのアクセスルートから、道道のバイパスに入ったあたりで、滝野自然学園への登り直前のコンビニに入りたいことを伝えます。
 実は、狩勝峠が雨だった関係で、翌日の生活装備に回すはずだったソックスを今朝から使用しており、乾ききっていない靴のために既にビシャビシャになっていたという・・・。

 また、生乾きの靴や靴下が、結構強烈なにおいを発していたので、殺菌消臭剤も入手できれば、と考えていました。

 ゴールまで残り10km、滝野自然学園への登り口で、最後の休憩。
 ソックスと、ポータブルタイプの消臭スプレーを購入し、フロントバッグに残っていた補給食(ゼリーパックと、納沙布でもらったスポーツ羊羹一切れ)を、最後の補給として腹に入れました。
 まだ軽く空腹感がありますが、ゴールまでもうすぐですし、問題ないでしょう(←フラグでした)。

 周囲は暗くなり、最後の最後、10kmだけは完全なナイトライドです。
 もう、電池残量も何も気にせず、フルバーストで走ることにします。

 3人全員の補給が終わったところで、最後の10kmを出発する旨のツイートをツイッターに流し、滝野自然学園への、最後の登りをスタートしました。


160715e8.jpg
コース上で撮影した最後の一枚。
滝野自然学園への登りをスタート。
このタイミングで、
パラパラと弱い雨が落ちはじめた。

 
 最後の10kmは・・・しかし、これがまた、最後の最後に北海道的な道になったというか・・・。
 勾配、2~3%程度のごく緩やかな坂が、延々続いていたという・・・。

 登りといっても、ほとんど平坦に見えることから、一気に加速して登りにかかりましたが・・・。

 「いつまで続くんだこれ!」

 という訳で、途中で徐々に失速。
 私は、低血糖気味になった時の、あの刺し込みのような胸の悪さが急に広がってしまい、途中から非常に苦しくなりました。
 さっきの補給だけでは足りなかったか・・・。

 途中から外灯が少なくなって、暗くなったクネクネ道を走っている間に、数人グループの外国人の集団を追い越し、他にも何人かの参加者を追い越しましたが・・・。

 滝野自然学園の隣にある、すずらんの丘公園の正門を過ぎたあたりで、苦しさが限界になって一旦停止。
 ググッと、何かがせり上がってくる感覚がありましたが、空咳が出るだけで、何も出ず。
 ドリンクで押し戻して、最後の2~3kmを登ります。

 やがて、道路の右手に、出走ガイドにも出ていた食堂らしい建物が見え、左への曲がり口に、赤いライトが、目印として光っている交差点が見えてきました。

 GPSの画面を呼び出し、倍率を調整して最終確認。
 間違いない、あの角を左に曲がればゴールだ!

 最後の角を左に曲がると、先着していた皆様や、誘導待機していたスタッフの皆様から、「お帰りなさい!」「お疲れ様!」のコールがいくつも飛んできます。
 最後の最後、滝野自然学園の入口で、こっちだと誘導してくださったのは、多分、ひとみさんかな?
 (暗くて、あまり見えていませんでした ^^;)

 廃校を改修した施設のため、校門にも見える入口を潜り、校庭のような正面広場に入ると・・・。

 そこは、バーベキューで盛り上がっている皆様のど真ん中でした(笑)。

 ゴール後のハイテンションに加えて、既にアルコールも入っている様子で、もう、何というか、とんでもない大騒ぎ。
 もちろん、そんな中にゴールしたのですから、周囲からは歓声と、拍手と、お疲れ様でしたー!の大合唱です。

 な、なんだ、これ、まるでPBPのベロドロームのゴールみたいじゃないか!

 DVDでしか見ていないけど。
 DVDでしか見ていないんだけどっ!!(大事な事なので、二回言い以下略)

 呆気に取られつつも、とにかく、ゴールチェックだ、と、ブルベカードを取り出し、色々な人がテンション高くとび回っている滝野自然学園のホールへと向かいました。

ゴールチェック(1,204.2km):20:20

 私のゴール時間が、86h40min。
 ほぼ4日間に及ぶ長い旅が終わり、そして、初めてのRM認定となりました。


160715e9.jpg
走りきった記録。
スタンプをよく見ると、
エゾリスにウシ(牛乳?)、
オオワシにタマネギ、
エゾシカ、ヒグマに、
エトピリカ、シマフクロウと、
北海道色に染まっている。


 もちろん、メダルは購入でお願いし、最後の時刻記入と、サインを終わらせると、全てが終了でした。

 先に受付を済ませていたちゃりけんさん、Sさんと、三人で三角形になって、両手で握手を交わしました。

 お二方には、本当に、色々な所で助けていただきました。
 序盤、当別ダム付近で何となく合流後、何となくペースが合うので、何となく一緒に進んできた・・・というか、大体、私は後ろにくっついていただけの(&終盤はお荷物になっていた)ような気もしますが(^^;)、本当に、お二方のサポートなしでは、ここまで来れなかったでしょう。

 少なくとも、PC1前のバーストだけで、結構、ヤバい状況だったのは間違いないです(^^;)。
 あの時は、とりあえず、穴から飛び出すチューブを余りのレシートを挟んで押さえておこう、なんて考えていましたから、後半、雨の中で紙がふやけたら、再バーストに至った可能性が・・・。

 そういえば、Sさんに提供いただいたタイヤブートは、結局、ゴールまで持ちました。
 北見PC(復路)の物販で、予備タイヤを一応、購入してあったのですがね・・・。
 (なお、北見PCの物販は、あくまでも最低限の消耗品のみ。タイヤとチューブ、アルカリ乾電池程度の販売だった。それ以上を望むなら、自分で店を探そう)

 まあ、とにかく、無事に終わって良かった・・・。

 ゴール受付が終わった頃、同時に雨が強くなったようで、バーベキューは解散になったようです。

 私も、急いで車体を、校庭のような前庭に張られたテントの下に移動させました。
 その後、雨は狩勝峠の時と同じくらいの土砂降りに変わり、その中を走ってゴールしてくる皆様は、本当に色々と大変そうでした。

3.そして旅は終わり・・・
 ゴール受付が終了後、この日はこのまま、滝野自然学園に宿泊を考えていたので、早速、場所取りに行きます。
 かつては教室だったらしい部屋の、壁際の範囲はすでに先着した皆様におさえられていたので・・・真ん中に、島のような感じで場所を確保。
 寝ぼけた人に踏まれないか心配ですが(^^;)、まあ、多分、大丈夫でしょう。

 銀マットと封筒型シュラフに枕をセットし、ここでも配布されていた耳腺も準備したら・・・ゴールした安心感からか、全身から力が抜けました。
 先程、低血糖で胸が苦しかった余波もあり、食事も喉を通る気がしませんし、あまり動きたくもありません。

 しばらく横になってみましたが、あまり良くならないので、ちょっと一眠りしよう、と考えて、風呂に入って戻ってくると、本気で体がだるくなったので、Sさんにちょっと眠る旨を伝えて、シュラフに潜り込みます。

 時間は21時半頃だったでしょうか?
 こんな中途半端なタイミングだったら、2時間程度で目が覚めるだろう、と、食事もとらずに目を閉じました。

 すぐに目覚めるだろうと思って横になったのに、次に気が付いたのは、周囲の皆様が歩きまわる、その振動を感じて、でした。
 時間を見たら、午前5:45頃。

 ・・・あれ?
 もう、朝やんけ・・・。

 回線がまだコンフリクトしている頭をひねりつつ、散らかしっぱなしだった荷物を片づけ、シュラフやシーツ、枕などをひとまとめにします。
 う~ん、まだ頭がボーっとしている・・・。

 周囲は既に、朝の出発準備中です。
 Sさんはすでに出発されたようで、寝床は空になっていました。
 さて、それでは自分も朝食をとってから、札幌駅まで向かおうか・・・と考えましたが・・・。

 昨夜、風呂に入った際、激痛を発していた尻、というか、足の付け根の状況を確認したところ、足の付け根と股の間あたり、皮膚の内側に、膿か滲出した体液がたまったような、かなり大きな膨らみができていたのが、かなり気がかりでした(着座して激痛が走ったのは、この"しこり"をまともに潰すように体重が乗っていたためらしい)。
 一晩が経過した今、そのしこりはゴルフボール大に肥大しており、少し圧迫されるだけでジリジリと痛みが出るので、自走で移動できるのかどうか・・・。

 ってなことを考えつつ朝食を済ませ、荷物を整理していたら、トマゾーさんがいらっしゃったので御挨拶。
 トマゾーさんは車で来ておられるらしく、札幌駅までお送りしますよ、との事で・・・。

 とてもありがたい申し出でしたので、お願いすることにしました!

 そんな訳で、早速、車体の所に行って、緊急避難用の輪行袋に包んでしまいます。
 フロントバッグとキャリアバッグは肩紐をとりつけて、手にぶら下げられるようにします。


160715f0.jpg
そういえば、
紹介していなかったが、
台湾の参加者からスタート前日に、
こんなリボンを頂いていた。

160715f1.jpg
160715f2.jpg
1,200km走ったあと。
リボンもほつれて、ボロボロになっていた。
これほど強烈な旅だったんだな。


 札幌駅まで、コース上のアレやコレやで盛り上がり、またどこかのブルベでの再会を約束してお別れです。
 本当に、助かりました。


160715f3.jpg
札幌市内にて。
ちょっと懐かしい感じの、
ラッピング車両の市電に出会った。


 そして、札幌駅は8時半頃の到着だったこともあり、通勤ラッシュの中にありました。

 ・・・それもそうか。
 この日は19日火曜日。一般の皆様は、平日です。
 そして、朝の始まりの時間帯ですからね・・・。

 その後、帰りの足を確保しに行きましたが、連休明けで意外に鉄道が混雑しており、昼過ぎ初、仙台夕方着のセットでないと希望の席が取れませんでした。
 まあ、それならそれで良い、と、席を確保した後、手荷物を預け入れてから、徒歩10分ほどの所にあったスーパー銭湯で汗を流して、私恒例のマッサージチェアに乗って・・・。

 なんてことを余裕ブッこきながらやっていたら、あっという間に11時半。
 うわわ、いつの間にこんなに時間が経ったんだ!
 急いで駅に戻らないと、列車に間に合わなくなります。

 そして、この時点で、目をつけてあった海鮮丼のお店は、見送らざるを得なくなり・・・。
 くっそ~! また絶対に、食べにくるからな!

 駅まで戻って、手荷物を受け取ったら・・・もう、あとは特急が発車するホームに直行です。
 席について数分で発車ベルが鳴り、一路、函館までの旅が始まりました・・・が。

 途中で、季節のおすすめ駅弁を購入して食べた以外、ほとんどの区間を寝落ち(笑)。
 もったいないとは思いつつも、体の疲れは素直でした・・・。


160715f4.jpg
新函館北斗駅を出発した
新幹線の車窓から。

恐らく、城岱牧場のある山。
一昨年の函館400で登った山だ。


 新函館北斗から仙台までは、例によって「グランクラス」でした(笑)。
 しかし、今回はほぼ満席の乗客の中、アテンダントさんが色々な皆様の注文に応えるべく、忙しく歩き回っていたため、あまり眠れず(^^;)。

 グランクラスは、朝一番の乗車に限ります。(キリッ!)

 私の仙台到着が、ちょうど、札幌で「さよならパーティー」が始まった時間帯だったらしく、空腹の体を抱えているところに、目の毒としか思えない画像が、次々ツイッターに流れてくる・・・。

 ううむ、あと1日、休暇を取るだけの、業務調整力があれば・・・。
 (まあ、さすがに車内体裁的に(^^;)、こんなに気ままなことをできるのは、今年が最後になりそうだし、今回は走る日程を確保できただけ、感謝しないといけないかもしれない)

 そんなわけで、仙台駅で地下鉄に乗り換えると、自宅最寄り駅で輪行を解除し、無事に自宅に戻ったのでした。

 翌日から、無事に仕事に復帰しましたが、思ったほど体にはダメージがなく、筋肉痛もPBPの後や、去年の宮城1000の後と比べると、ほとんど出ておらず、普通に歩くことができていました。
 北海道で何をしてきたか、知っていた同僚の中には、「面白くない!」という感想を持った人たちもいたようで・・・。

 まあ、地下鉄のホームから地上に出る時は、エスカレーターに頼らないとダメでしたけれど・・・(^^;)。

 しかし、非日常の世界を4日間、連続で経験してきたのに、その翌日からは、普通にいつもの日常に入れるとか、これはこれで特殊スキルだよなあ・・・。

4.最後に全体の感想などを
 2016年の北海道1200は、こうして終了しました。

 まずは、AJ北海道の皆様、そして、全国から駆け付けたボランティアスタッフの皆様には、本当にお世話になり、ありがとうございました。
 今回のブルベは、レポートの途中にも書いてありますが、とにかく有人PCまで行けば、食事と仮眠所がある、という、それが心の支えになっていました。
 多少、苦しい場所があっても、「今日はそこまで行けば良い」という、良い意味での割り切りができたことが、完走につながったと思います。

 しかし、それもこれも、スタッフの皆様が、各所で暖かく迎えてくださったからこそ、そう考えられた部分は大きかったと思います。
 本当にお世話になりました。

 コースの方は、想定通りのしんどさがありましたが、想定を超えてしんどい、という部分は少なかったかと思います。
 一昨日、函館400で北海道の道路の特徴をある程度、経験していたので、峠越えもだいたい、こうなるだろうな、という想定がそのままであったのは、ある意味、走りやすかったと言えると思います。

 まあ・・・北見~足寄~かなやま湖間は、ちょっと想定よりきつい道担ってしまいましたが・・・(^^;)。
 (連続行動時間が24時間を超えたのがきつかった・・・)

 とりあえず、当初想定通り、初日は北見(往路)、二日目は別海(復路)、三日目はかなやま湖を拠点に、という想定をなぞって走る事ができたので、今回の結果についてはほぼ満足ですが・・・。
 やはり、三日目が真夜中から翌日明け方まで、という行動になったのは、当初から覚悟していたとはいえ、きつかったなあ・・・(^^;)。

 次回、同じコースで1,200が開催されるなら、虹別か弟子屈に宿を確保して、別海から先、もう少し頑張って走ることを考えても良いかもしれませんね(別海で、真夜中に起きるのが、非常に辛かった ^^;)。
 翌日の走行距離が数十キロ、短くなるだけで、その日の活動時間を3~4時間、削れると考えたら、それくらいの準備、惜しくはない気がします。

 でも、各仮眠所で、布団で寝られたのは、本当にありがたかったです。
 普段は、公園のベンチの上などで仮眠していますが、やはり背中に当たるのが硬い板であり、夜気に体を晒して、という状況とは全然違っていて、疲れの取れ方、残り方が全然違っていました。
 あれだけ走った2日後には、普通に仕事に復帰できていましたからね・・・。

 全体的なコースとしては、地域特性的に、本州のようないやらしい斜度の峠もなく、走りやすいコースだったと思います。
 別海と、士幌~瓜幕周辺の延々直線路(本州にはまずない)と、寒冷地対応のために、緩斜面が延々続く峠道は、さすがにキツかったですが、それ以外でキツかったのは、夜中に通過した雨の狩勝峠くらいですかね・・・。

 この狩勝峠は、夜中に越えた皆様の多くが、苦しかった、と言っておられるので、事実上の関門の一つだったと考えて良いでしょう。
 ここさえ超えれば、残りは大きなアップダウンもなく、さらにかなやま湖に到達できれば、残りの距離は200km程度で、確実に完走が見えてくるあたりも、関門にふさわしい場所だったのかもしれません。

 また、多くの方が心配していた野生動物との接触は、別海あたりでキタキツネの声を聞き、何箇所かで、ライトが当たるギリギリくらいの場所を、小動物が道を横切って逃げていく姿が見えた程度でした。
 場所によっては、ヒグマが出たりもしたらしい(今回、三船さんがニアミスしていたらしい)ですが、正直、私は動物との遭遇については、あまり心配していなかったのですよね・・・。

 というのも、このブルベに参加直前に、北海道と本州以南における、ヒグマ、ツキノワグマとの遭遇に伴い、ヒトが受傷した事例に関する統計と研究の成果を見たら・・・。
 ヒグマにしろ、ツキノワグマにしろ、受傷に至るような遭遇事例は、山菜・キノコ採りや、狩猟などのため、道のない山林内に踏み込んでいる場合がほとんどであり、道路上や住宅地など、比較的開けた場所での受傷例は、本当にレアケースだというのがわかりましたし・・・。

 また、自転車に乗った人間って、見た目の大きさ(自転車含む)は、ヒグマの体格と同等の大きさですから、そんな奴らが何人も通過する場所に、警戒心の強い彼らがホイホイ出てくる訳がないので・・・。

 というか、実際の受傷事例件数で見れば、北海道はむしろ少なくて、東北地方山間部の方が、よほど多数の受傷事例が発生しているという傾向も明らかでしたしね。
 こういう傾向から、北海道は、ヒグマとヒトの住み分けが、上手く出来ていると考えられましたので、あまり心配することなく出走していました(熊鈴もつけていませんでした。パック走行中のおしゃべりが熊鈴がわり)。

 まあ、相手が生き物だけに、「絶対」はありませんが、それでも、道路上などの開けた場所では、彼らの知覚が人の接近を先に捉えますからね・・・。
 一人でヒルクライムになった場合などで、不安があるという皆様は、速度が落ちている時に、なるべく大げさに荒い息をついたり、意味なく大声で愚痴を言ったり、動きに合わせた掛け声をかけたりするだけで、あちらの方が先に気づいてくれますのでね・・・。
 (この辺をいつも実践しているのが、「ランドヌール宮城の泣き言担当」たる所以の一つです ^^;)

 そして、さよならパーティーに参加した皆様からは、次の北海道1200の開催は、2018年か、という情報も出ましたが・・・。
 そこはもう、正式発表を楽しみに待つことにします。

 とにかく、本当に素晴らしいブルベでした。
 2年後だったら・・・まあ、去年〜今年みたいな無茶を、もう一度やっても、社内体裁的に許されるかな?
 (許されてほしいなあ・・・ ^^;)

 そんなわけで、皆様。
 またどこかのブルベでお会いしましょう!


(実走編、了)



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コメント
大変お疲れ様でした!
北海道1200のレポート、楽しく読ませていただきました!

1200㎞って、果てしない距離のはずなのに、走り終えたらあっという間な感じでした。

それも、期間中、比較的天候に恵まれたおかげと感じています。

まあ、日中は日射が強かったためか、体感温度的には+5℃以上に感じ、道東(別海~根室)ですら辛かったですが…(^^;)

あと、私も北見PCのカレーが復路走破の最大の原動力でした(^^)/
かなやまのカレーも含めて、次回の北海道1200でも名物になりそうです!
2016/08/06(土) 22:03 | URL | トマゾー #-[ コメントの編集]
Re: 大変お疲れ様でした!
トマゾーさん、ありがとうございます!
札幌駅まで送っていただき、助かりました(お尻がアレだったもので ^^;)。

本当に、1,200km、4日間をかけて走ったはずの距離が、今思えば、一瞬の出来事に感じるのが不思議ですね。
いろいろな事が凝縮された4日間でした。

そうそう、日差しは強烈でしたよね!
道東は寒い、と聞いていたのに、別海を過ぎて、根室に着いても暑くて、本当に北海道なのか、と思うほどでした。

まあ、私は厚床で、暑いから、と水をかぶったら、冷たい風に震え上がったのですが(^^;)。

北見とかなやまのカレーは、もう、このブルベの名物になるでしょうね!
疲れた体に、あのスパイシーなカレーは、本当に最高のご馳走でした。
2016/08/07(日) 22:54 | URL | YO-TA #GY0.Hv3k[ コメントの編集]
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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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