日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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【実走編5】EAST END OF THE WORLD 2016年BRM715北海道1200

 現在レポート中の北海道1200を、ともに走ったエンメアッカ号をメンテに出してきました。

 軽く見ていただいたところ、さすがに1,200km連続走のダメージは結構あったようで、走行途中から調子の悪かったディレイラーの調整に加え、前後ブレーキのワイヤー調整などなど、結構な所がメンテ対象になりそうです。
 また、前輪のタイヤのサイドカットですが、破断面を見ていただいた限りでは、鋭い石を引っ掛けた時の状況に似ている、とのことで、やはりどこかで石を弾いて、その時についた傷が走行振動で開き、限界に至ったタイミングでバーストしたのではないか、とのことです。

 一方で、「パワー・エンデュランスが、サイドカットしました??」と、不思議がられたりも・・・。

 ちなみに、走行距離は、と聞かれて、ブルベ出場3回でトータルの走行距離は2,200km、サイドカットしたのはその半分くらいの距離、と答えたら、納車時期(5月末)と、ブルベ参加回数から、かなりドン引きされたという・・・(笑)。
 ブルベで乗った距離=このタイヤの走行距離で、それが約2ヶ月、たった3回のブルベでこれかよ、というね(^^;)。

 ブルベという物に使われるパーツが、どれだけ過酷な条件に晒されているか、私も今一度、実感させられました(^^;)(^^;)(^^;)。

 では本題です。
 北海道1200レポート、実走編の5をお送りします。

 日程は、すでに3日目の7月17日の13時。
 復路の拠点、PC6の北見市自然休養村をスタートし、この日の行動終着地点と設定している、かなやま湖スポーツ研修センターを目指します。

 この日は既に約130kmを走ってきており、この先、目指すかなやま湖スポーツ研修センターまでは、約220km。
 トータル約350kmは、初日の札幌〜北見間とほぼ同じですが、ここまで二日連続で走ってきていることと、別海のPCを出発した時間が午前1時という、真夜中である事。

 そして、この先は北見峠ほどの規模ではないものの、地味に峠が続く事が懸念材料でした。

 普段のペースを維持できるなら、日が変わった直後、1時か2時頃には到着できると思われますが・・・。

 思わぬ試練の1日となった、この日の後半の状況。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。

1.思わぬ難関との遭遇
 三日目の昼をむかえ、そろそろ各電装パーツの電池交換が必要になるなど、忙しく過ごした北見のPCでの、つかの間の休息の時間は、正規時刻でPCのクローズとなる頃には終了でした。
 ちゃりけんさん、Sさんとともに、予定通り、北見のPC6を13時頃に出発し、3度目の美幌トンネルを潜り抜けます。

 おお、今度こそ見納めだな、美幌トンネルよ。


160715c0.jpg
美幌トンネル。
ここを通るのは3回目だ。
そしてこれが最後になる。


 出発時点で、正規時間でのPCクローズが迫っていました。
 出がけに聞いた話では、まだ数名の参加者が到達していないとの事です。
 (直後、そのうちの何名かがDNFとの情報が入り、未着は2名で、台湾からの参加者、という話に変わった)

 スタート時刻が正規時刻から40分遅れだったとしても、そろそろ、美幌トンネルに向かっていないと厳しいはずです。
 向かい風の中、美幌トンネルから先に下って行くと・・・あらら、結構な数の参加者が、こちらに向かってきていますよ??

 「頑張れー!」
 「まだ時間はあるよー!」
 「Go ahead!」

 そんな声援を送りつつ、すれ違い。
 強烈な向かい風の中、峠を下りきると、昨日早朝には美幌に向かって左折したT字路を、津別方面に右折し、南まわりの札幌帰還コースに乗ります。


160715c1.jpg
この先で網走川を渡って、
国道240号を右折して南下する。
この旗の動きを見る限り、
南下方向は、追い風になるようだ。


 今まで、多くの場所で向かい風を受けてきたので、追い風に乗って楽ができるのは非常にありがたいのですが・・・。

 追い風って、走行風が弱まって、冷却効果は落ちるのね(^^;)。
 いや、先程までは、向かい風でも涼しいから、走るのは苦じゃない、とか思っていたのに、追い風になった途端、風の影響が弱まって、暑さがじりじり来はじめたから・・・。

 それでも、津別の市街地までは、追い風に乗って、あっという間に到達できました。
 途中、何人かの参加者が、「北見に戻る」といって、逆走して行きましたが・・・?

 忘れ物をした、という人が一名、いらっしゃいましたが、あとの皆様は、なぜ戻っていたのか不明です。
 そういえば、別海のPCを不通過で納沙布岬に向かってしまった(根室手前でスタッフに指摘され、がっくり来ていたらしい)人の話は聞きましたが、北見でも同じことがあったのでしょうか?

 津別の出口あたりで、広域農道に良くあるような、豪快な下り坂から登り返しになる場所があり、その最低部にある交差点の信号が赤だったので、下り坂の途中でじりじりとスピードを調整し、青になったと同時に猛ダッシュで加速して通過、なんて事をやったりもしました。


160715c2.jpg
この先、急に空が暗くなった。
ひと雨来るか、と思ったのだが、
この時はすぐに明るくなった。


 国道240号区間を過ぎ、道道51号に折れて陸別方面に向かいます。
 ここから陸別への途中で、鹿の子峠という、北見峠や美幌峠と比べれば、それほどでもない規模の峠を越える形になっていましたが・・・。


160715c3.jpg
鹿の子峠に繋がる区間になったら、
今度は強い向かい風。
3人でローテを回しながら進む。


 道道51号区間に入ったら、強烈な向かい風に押し戻されるようになりました。
 3人でローテーションで先頭交代し、速度をなるべく落とさないように進んで行きますが・・・。

 この区間は結構、苦痛でしたね。
 向かい風で削られるのとともに、路面の舗装が荒れ気味で、一定間隔で道路を横断するクラックが走っているので、ガコンガコン、と、車体を揺する振動を避けられません。

 北見のPCで、ジャージとレーパンを着替えていた(2016北海道1200記念ジャージ上下から、宮城ジャージとパールイズミ・メガパッドに換装していた)関係で、尻のパッドの防御範囲と重点防御位置が微妙に変化しており、衝撃がかかる/散らされるポイントが変わったことの違和感が、ダイレクトに坐骨に響いてきます。
 それが例によって、何キロも続くのですから・・・。

 3人ローテの力はかなり強力で、ソロ走で頑張っている参加者を何人も抜き去ります。
 途中、こちらの車列の後ろにつこうとした人もいらっしゃいましたが、長時間、ソロで走っていて疲労がたまっていたのか、すぐに切れてしまいました。

 しかし、このローテーションも、途中にあった集落内で、路面の荒れ方が本当に酷くなり、それをかわすためにバラバラのライン取りになったことで崩壊してしまいます。
 その先、斜度が急にきつくなった(ように感じられた)区間に突入すると、あとはもう、残りの力を振り絞って、ギリギリと登って行くしかなくなります。

 この、最後の最後で、個々の力で登った区間は、この1,200km全体を見回しても、2番目くらいにはきつい区間でした(1番きつかった場所は、まだこの後に来る)。


160715c4.jpg
何とか到着した鹿の子峠の頂上。
ここで日本一寒い町、
陸別町に入る。


 この峠に辿り着いた時に、思わず心の底から叫んだ言葉。

 「きついんじゃねえ! しつこいんだよ、コノヤロー!」

 いや、もう、これが私個人の、北海道の峠に対するネガティブ面からの評価そのものです(^^;)。
 いつまでも、終わりが見えない、長い長い緩斜面を登るのは、ごく軽い負荷の運動を、延々何時間も続けているような、そんな苦痛にも感じられます。

 体にかかる負荷と、それにより生じるダメージも、激坂一発登りによる疲労とは違って、何というか・・・手の甲の骨を、定規の背でずーっとコンコン叩き続けた時のような、蓄積負荷が爆発するような感じの状況です。
 手の甲の骨を定規の背で叩き続ける・・・実際にやって頂くとお分かり頂けますが、最初は痛くも痒くもない軽い衝撃だったものが、100回、200回と続けるうちに、血管は破れて内出血し、軽いはずの一撃が、骨髄に直接、釘を打ち込んでいるような激痛へと変わっていきますので。
 (リアル厨房時代に、この打撃に何回耐えられるか競争して、手骨を疲労骨折した馬鹿もいた・・・)

 それと同じことが、全身に起きるわけですからねえ・・・。
 「しつこい!」と叫びたくもなりますよ、ホントに・・・。

 ここで予想外に消耗したことから、峠を下った陸別の町のコンビニで補給することにして、それぞれのペースで下りにかかりますが・・・ごく緩い斜面の向かい風で、全然スピードに乗れない・・・。
 結局、かなり思い切り踏み込んでのダウンヒルになり、もういい加減にしてくれ、と思った頃に、陸別に到着しました。

 ここで冷やしうどんなど、かなりがっつりした補給をとります。
 今回の1,200kmを通してありがたかったのは、走行中に食欲が落ちなかった事ですね。
 多分、補給と走行負荷のバランスがうまく行っていたからだと思いますが、これが地元の夏のブルベだったら、400kmを越えた時点で、徐々に食が細くなり、胃液の逆流なども起き始めて、最後はゲロゲロになる、というのがパターンですからね・・・。

 峠の登りと、踏み込まないと進まない下りのため、暑くなっていたので、風通しの良い場所で補給しようと思ったら、ちょっと失敗・・・。

 この日、この時間帯の陸別の気温は19℃。
 真夏としては涼しいを通り越して、肌寒いレベルの気温だったため、すっかり体が冷えてしまいました・・・(最後には、震えが出たくらい)。
 おおお、次の補給では、風が通らない場所を選ぶからな、絶対・・・。


160715c5.jpg
陸別駅。
を、改装した道の駅。
駅前の牛型ベンチ、
結構あちこちで見かけたな(^^;)。


 足寄のPCまで、残りは約30km程度。
 3人で声をかけ合って、私は冷えた体を温めるように、コースに復帰です。

 陸別から足寄への道は、地元東北にも良くある郊外の道、という感じで、道路の両脇に農地や樹林地、時々住宅地、の繰り返しで、これといって印象に残っていません。
 ただ、こういう道筋を、地元のブルベでもご一緒することが多いメンバーと一緒に走っていると、だんだん、北海道を走っているという実感が薄れて、地元のブルベを走っていると錯覚してきてしまいます。


160715c6.jpg
とってもワイルドな、
こんな侵食崖地帯もあった。


 途中で一度、お湿り程度の雨に降られましたが、レインスーツを着るほどでもなかったので、そのまま突破してPCへと向かいます。

 途中、台湾の参加者が、テールランプを点滅モードで使用していたので、英語わかる?と聞いた後、少し、という答えを確認してから、「ランプが点滅しているから、常時点灯モードに設定して!」的な英文をひねり出して伝えてみたものの・・・。
 間もなく到着したPCで再確認すると、あまりうまく伝わっていなかった様子・・・。
 待機していたスタッフの方が、流暢な英語で、ちゃんとこう設定しようね、と伝えるのを聞いて、改めて、自分の英会話能力Lv.の低さを実感・・・。

 受験英語時代は、点数を稼ぐ教科だったはずなのになあ・・・(^^;)。
 (よく、フランスで単独撤退できたものだ:笑)

PC7チェック(874.7km):17:51

 足寄のPCは、後半組のボリュームゾーンが到着する時間帯だったのか、物凄く沢山の人が滞留していました。
 途中で雨につかまりましたが、PCはまだ降っておらず、普通に外で補給ができています。

 そういえば、陸別で補給中にツイッターを開いたところ、士幌で雨が降りはじめた、という話が出ていたので、この先の雨雲の状況を見てみます。
 Xバンドレーダーは圏外だったので、普通の雨雲レーダーに切り替えると・・・。

 ううん、どうも士幌付近に雨雲が滞留しているようです。
 この先、雨を覚悟した方が良さそうですね。

 パックを組んでいる3人の意見により、足寄の休憩所はスルーして、先を急ぐ事にします。
 本日は、これからさらに130kmを走る予定であり、さらに、100km先には狩勝峠が待っています。
 今のコンディションなら、問題なく行けるだろう・・・。そう思っていました。

2.雨と霧の峠越え:ナイトライド第3夜

160715c7.jpg
道の駅あしょろ銀河ホール21
かつての鉄道、足寄駅を転用しているらしい。
鉄道の駅が、道の駅になっている。


 信号待ちで、この道の駅を撮影する時の、私とちゃりけんさんの動きが完全に同じだったようで、最後尾のSさんが馬鹿うけしていました(^^;)。
 足寄の市街地を抜けると、周囲は少しずつ、闇に包まれはじめます。
 道は足寄湖に登り、そこからさらに、士幌の台地の上へと登って行く道になりますが・・・。


160715c8.jpg
雨が落ち始め、
路面がウェットになり始めた。


 足寄湖への登りで、雨が落ちはじめました。
 またすぐにやむのかと思っていたら、本降りに転じ始めます。

 足寄湖近くに至った段階で、これはもう、本降りは避けられないレベルの雨だと思い知らされます。

 道の駅足寄湖が近いはずなので、装備を換装するとしてもそこまで行った方が良いでしょう。
 小ぶりになってきたので、後続を待つ間にスマホで再度、雨雲レーダーを開いてみます。
 これから向かう、士幌・狩勝峠方向に、東西に長い雨雲がかかっており、しばらくはその間を走ることになりそうです。

 追い付いてきたパックメンバーとともに、一旦、道の駅の駐車場に入り、レイン装備にコンバートです。
 私はキャリアバッグとフロントバッグにも、レインカバーをかけようとしましたが・・・。

 モンベルのフロントツーリングバッグに付属のレインカバーは、サイズがギリギリすぎて、装着時にやたらあちこちを引っ張って、ひっかけて・・・と、手間を取られました。
 キャリアバッグの方は、上からバサッと被せるだけでOKでしたが、フロントバッグは、もう少し使いやすくても・・・。

 とりあえず、暑くなり過ぎないことを考えて、上半身のみ、レインジャケットを羽織って、コースに復帰です。
 装備換装中に周囲は完全に闇にのまれ、3度目のナイトライドが始まりました。

 そして、この雨の中の3度目のナイトライドが、私には大きな試練になりました。
 (この先、雨のナイトライドのため、画像をほとんど撮影出来ていません)

 士幌の台地上を、ずっと国道に沿って走りますが、これが単調な直線路で、風景も見えないので、ほとんど印象に残っていません。
 途中、コンビニで補給して、次の道の駅に止まるかどうか、の相談をしたことは覚えていますが・・・。

 そして、士幌市街地を抜けて、国道274号に入ってからの、真っ直ぐな延々ダラダラ登りは、それに輪をかけて印象に残っていないというか・・・。
 途中で、スタッフカーからの応援を受けたのと、他の参加者パックと一瞬、まざり合ったりした記憶はありますが、本当に、何をしていたのか、ほとんど記憶にありません・・・。


160715c9.jpg
多分、士幌~瓜幕間で撮ったもの。
暗闇の中、直線の緩い登りが続く場所で、
かなり退屈するとともに、
疲労感も感じていた。


 休憩と眠気覚ましのため、道の駅うりまくに入ったところで、寒さで歯の根が合わないほどガチガチ震えていた覚えがありますが・・・。
 これ、下半身含めてフルレイン装備に換装したら、気にならなくなりました。
 単に、濡れたウェアの露出部面積が大きく、風が当たった時の気化熱でどんどん体力が奪われていたのが原因であり、風をシャットアウトすれば、問題ない状態になったようです。

 鹿追町の市街地で、コースは西進して狩勝峠方面に進みます。
 この辺りで、日付をまたいだ記憶があります。
 確か、新得町に至るまでの間のどこかでセイコーマートに寄って、狩勝峠前の最後の補給を行った際、店員さんから0時に閉店になるので、買い物がある人は急いで、と、声をかけられたのと、明かりを消します、という声がけがあった覚えが・・・。

 補給後、調子が復活した、と、そんな話をしていた自分の記憶がありますが、それから先の記憶は再び曖昧になります。

 で、はっきりと記憶が復活するのが、狩勝峠の登りの途中です。
 複数のパックが合流して、妙に人が密集する中、左は舗装がバキバキで車体を寄せられないのに、右を走る人がフラフラとラインを安定させずに蛇行しながら、前を行く人達とおしゃべりをしている(視線はそちらに向いている)ので、かなり危険とストレスを感じ、「接触しそうですから、ライン修正しましょう!」と声をかけたりしていました。

 ラインを修正しているうちにパックは乱れ、ペースの合わない人たちは切れ落ち、4~5名の集団で登ることになりましたが、最初は修正されたラインも、再びダラダラと乱れて接触等の危険を感じたので・・・。

 そんなに余力が残っている訳ではなかったのですが、頂上までの距離と現在の距離を逆算し、先に出た方が安全だ、と判断して、パックから先行することにしました。

 この判断、途中までは良かったのですが、やはり余力を考えたら、ちょっと無謀な賭けでした。

 時間は午前1時過ぎ。前日にまとまった仮眠をとったのは、別海のPCです。
 別海を出発したのが午前1時ですから、この時点で連続行動時間が24時間。普段でも、それ位、連続で行動すると、集中力は乱れ、力作業ができなくなるなど、大きなブレーキがかかります。
 結果、私の体は、限界に近付いていたようで、中央分離帯が現れたあたりで突然、力が入らなくなり、危うく落車する所でした。

 連続行動時間が普段の限界に到達していることと、先程の登りの途中でストレスがかかって、ペースを乱されたこと。
 そして、無謀な突出で最後の体力を消耗してしまい、最後の最後の登坂が本当に厳しくなりました。

 ちゃりけんさん、Sさんと、あと一名の方がほどなく追い付き、追い越して行きましたので、何とか再スタートを切り、スノーシェッド区間に突入します。
 束の間、雨を逃れることができる区間でアイウェアのレンズを拭ってみると、最初に見えたのが、道端に供えられた花束だという・・・。
 おいおい、縁起でもない・・・(^^;)。


160715d0.jpg
フラフラになりながら、
狩勝峠のスノーシェッド区間を抜ける。


 スノーシェッドを抜けると、すぐ先が峠の頂上でした。
 ドライブインの駐車場に入って、いったん休憩。
 この時、体が動かない理由は睡魔だとわかっていたので、自販機で暖かい缶コーヒーでも、と思いましたが、残念ながら、全てCOLDでした。

 そして、自販機前に立っていると、お手洗いでビバークしていたらしい台湾か、フィリピンかのチームの人達が出てきて、「自販機に、どれか温かいものはあるか?」と英語で聞いてきたので、「残念ながら、全部コールドだ」と答えると、「Oh・・・」とお手上げのポースをとって、お手洗いへと戻って行きました。

 真夜中に、雨と風が強く叩きつけていた狩勝峠は、このブルベ中、最も過酷な気候の中に放り込まれていた時間帯でした。
 この雨は数時間前からずっと降っていたようで、同じようなペースで進んでいた多くの皆様が、この雨にやられて酷い思いをしていたようです。

 しばらく腰を下ろしていましたが、あまり長居しても、寒くて下れなくなるから、と促されて、ダウンヒルに突入です。

 しかし、これがもう、本当に恐怖のダウンヒルになりました。

 雨風が激しくなったので、ライトはEL540をHIに、フロントキャリア下のVOLT 700は左右とも点灯で走り出したのですが、雨粒や霧がライトの光を反射する範囲だけが特に明るく見えるため、幅数メートル程度のトンネルを下っているかのような錯覚が生じます。
 そんなはずはないのに、少しハンドル操作をミスったら、壁に激突しそうな変な気分になってきて、速度をあまり上げられません。

 結果、ライン取りは先行する人のヘルメット尾灯やテールランプを基準にトレースして行くのですが・・・。

 何かのタイミングで、目の前に黒い壁が現れ、先行する人のヘルメット尾灯やテールランプが瞬時に見えなくなりました。
 これ、実は、前にいた人(もともと車列にいたのか、途中で追い越したのかは不明。ライトの範囲外は、雨で濡れたアイウェアでにじんだ視界では見えていない)が、車列の中に入ってきた結果でした。

 その人は、ヘルメット尾灯、テールランプともに非常に暗くなっている上に、反射ベストの反射帯も背中の高い場所にあって、反射光が目立たない状態だったので、雨と、跳ね上げでアイウェアのレンズが濡れて、しかもライトが雨や霧に反射して視覚が狭まった条件の中では、ほとんど姿を見ることができなかったのです。
 (強い雨と濃霧のため、アイウェアは拭っても拭っても、すぐに水滴まみれになって、視界はにじんだ状態になっていた。また、参加者の多くが、4日間、晴れの天気予報を信じて、フェンダーを外して走っていたので、跳ね上げがモロに顔に当たることが多かった)

 結果、先行者との距離感も乱され、道路の勾配が緩んで速度が落ちた時、本当に目の前になるまで、その黒い壁のような目立たない人の姿が認識できず、何度か本当に突っ込みそうになって、慌ててハードブレーキングで減速する時もありました。
 (自分の車体がVブレーキで良かった、と、本気でそう思った。キャリパーだったら、絶対、突っ込んでるタイミングだった)

 ここで緊張の糸も完全に切れたので、自主的に車列を外れて停車します。
 この天気で、単独でのダウンヒルが危険なのはわかりますが、それ以上に危険な状態の集団にとどまる理由もないので・・・。

 とりあえず、気持ちを落ち着けるべく、ひと息つきながら、自分の車体のテールランプと、ヘルメットテールがちゃんと光っているか、再確認します。
 反射ベストはEN1150対応のFlandrienなので、多分大丈夫。
 後続の人に、ちゃんと存在をアピールできるようになっているはずだ、と確認後、再スタートを切りました。

 ちなみに、この雨の狩勝峠のダウンヒルでは、濡れた路面でのスリップや、視界不良の中で縁石への乗り上げ、路面クラックに車輪を弾かれるなどが原因で、私が知っているだけでも数人、落車事故を起こしています。
 何というか、今回のブルベでは、この狩勝峠、色々な意味で多くの参加者に試練を与えた場所になったようでした。

 私としても、1,200kmのコースの中で、1番きついと感じた場所でした。

 その後、パンク停車していた方がいたので、ちょっとだけ手元を照らすのをお手伝いした後、再スタート。
 何台か参加者が停車している場所があったので、ちゃりけんさんやSさんがいらっしゃらないかと減速したら、台湾チームが後続の人を待っていた様子だったので、挨拶だけして通過します。

 ずいぶん走った後に、やっと合流できました。
 (長時間、お待たせしてしまったようだった・・・)

 下り勾配は緩やかになり、そろそろ南富良野の市街地に入ります。
 そこを抜ければ、金山のPC8はすぐそこ、と言っても良い距離です。

 ずいぶん時間をかけてしまいましたが、ここまで来たら、あとはもうすぐで・・・

 「眠いぞ、このやろぉー!」

 え~、いきなり大声で叫んだので、さぞや周囲にいた皆様は驚かれたと思いますが。
 このタイミングで、私は強烈な睡魔につかまりました。

 この時の睡魔の強さは、PBPでDNFを決意した時のそれと、ほぼ同じくらいに感じられました。
 ほんの一瞬の時間、ダンシングで走っている時でも、油断すると意識を持って行かれかねない瞬間があります。

 すぐに南富良野のコンビニにピットインします。
 とにかく、眠気覚ましになる何かを、と考えて・・・。

 この後、かなやま湖のPCで仮眠する予定なので、カフェイン切れの反動は気にせず、眠眠打破系でも最も強力な「激強打破」と、ブラック缶コーヒーを購入し、イートインで飲ん・・・でいる途中で、何度も寝落ち・・・。
 隣で様子を見ていたSさんは、正直、この状態からの回復は難しいのではないか、と考えていたそうですが・・・多分、30分ほどで復帰。

 既に明るくなりはじめた南富良野の市街地を抜け、かなやま湖のPCを目指します。
 気がついたら、雨は上がっていました。


160715d1.jpg
かなやま湖に架かる橋を渡る。
かなやま湖のPCは、
渡った先を左に曲がればすぐだ。


 無理やり覚醒させた意識が切れぬうちに、無事にPCに辿り着けました。

PC8チェック(1005.8km):04:16

 貯金は、正規時刻ベースで4時間ちょっと。
 別海を出発してから、27時間、360km。
 まあ、400kmのブルベなら、タイムアウトなペースですね・・・(もっと早く着けると踏んでいたが、狩勝峠から、私が盛大に足を引っ張ったなあ・・・)。

 とにかく、これで走行距離は1,000kmを越えました。
 宮城1000以来のサウザンドオーバー。
 そして、この先は未知の距離域です。

 この区間、最後は私が盛大に足を引っ張りました。やはり、私の連続行動限界は24時間のようです。
 そして、別海のPCの位置が、もう少しだけ、美幌寄りであってくれたら、と言っておられた皆様の気持ちも良くわかりました。

 納沙布岬から折り返して別海に到着したのは21時くらいでしたから、その日は、頑張ればもう少し走れました。
 今考えれば、虹別か弟子屈の宿まで走って、朝、出発するパターンをとるのが、私にはちょうど良いパターンだったかもしれません。

 まあしかし、ここまで到達してから仮眠という行動計画は、当初の想定どおりです。
 3日目という、最も疲労が出やすいタイミングで、最も長距離・長時間行動になるプランが、自分にはちょっと厳しかったというだけで・・・(だから、その対処を事前に考えておけと ^^;)。

 チェック受付を終わらせ、仮眠することを告げて、二階へと上がります。

 残る距離は、200km未満。
 クローズくらいまで寝よう、という事になり、私は配布していた耳栓を手に、仮眠室に倒れ込みました。


(続く)



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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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