日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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「源を探れ」 BRM618宮城400km阿賀野 Part.4

 英国がEUからの離脱か、残存かをかけた国民投票を行った結果、なんと、「離脱」が過半数を超えました。

 この結果を受けて、6/24日以降、ポンド、ユーロ、ドルは軒並み下落して、毎度のごとく、円の価値が爆発的に上昇。
 ・・・海外の投資家の皆様は、何か大きな変事があると、なんで一気に円買いに転じるのやら・・・。
 (東日本大震災の直後にも、どういう理由か、円が高騰していましたからね・・・。なんで、大規模災害発生国の通貨を買うんだ? ^^;)

 そんな、国際的な大問題が発生している現在、日本の自転車乗りの間では、とある動きが活発になっています。

 英国の通販サイトで、高級パーツをポンド建てて購入する、というね・・・(おいおい)。

 ま〜、確かに、狙い所をうまく狙えば、日本円換算で、最大数万円くらいの差になるケースもあるとかで、ポンドやユーロが下落している今、それは狙いどきなのでしょうけれど・・・。
 とある通販サイトでは、扱われている商品が軒並み「Out of Stock」になっているとか、ちょっとやりすぎでしょ、と言いたくなる状況もあったりして・・・。

 あ〜あ、この日本人の所業に対して、欧米圏から昔のように、「Economic Animal」と言われる日も近いんじゃないかな〜(^^;)。

 ま、この隙を狙って、シュヴァルツヴァルト(ドイツ語で「黒い森」の意味。ま、森ってことで、何かは察してください)でお買い物している自分が言えたことじゃないですが(^^;)(^^;)(^^;)。

 では本題です。
 BRM618宮城400km阿賀野レポート、最終回になるPart.4をお送りします。

 前回のレポートでは、PC2、新潟県の海岸から西会津町のPC3までの区間をお送りしました。
 今回はその先、ナイトライドになる福島県の会津地方と、大峠を超えて山形県に帰還してから先の様子をお送りします。

 ここまで、多くの参加者の皆様が、とても早いペースで進んできたコースですが、ここから先、夜間走行区間になると、そのまま快調に進めた人、睡魔に捕まったり体調変化に苦しんだりした人、それぞれのドラマがあったようですが・・・。

 私がどんな感じで走っていたのか、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.ナイトライドへ
 PC3に到着したのは、ちょうど参加者が最も多い波が引く直前だったようでした。
 ここで、出発準備中のましゅさん(先日の興津600を、私とは逆の時計回りで走っていた)とお会いできたので御挨拶。
 調子が良いようで、すぐに出発して行かれました。

 私の方は、微妙に内臓にダメージがあるようだったので、ビール酵母錠剤を腹に落としてから補給を開始します。

 購入したのは、大盛り焼きそばでしたが・・・内臓の状況から、大盛りはいらなかった・・・(^^;)。
 持て余しながらも補給終了。
 携帯食料として、水飴成分多めのグミキャンディを購入してから、すっかり暗くなったコースに出ます。

 PCを出た直後、テールランプを点灯させ忘れている参加者がいらっしゃったので、「テール消えていますよ」と声がけしてコースを進みました。

 ここから先は県道16号沿いに喜多方市へと向かいます。
 途中、尾登駅で、待合室に輪行袋が置かれている事に気付きましたが、あれはDNFした参加者だったのでしょうか?
 この時間からだと、喜多方か会津若松くらいまでしか、移動できないと思いますが・・・。
 (まあ、翌日一日を使って帰宅すると考えたら、それでも問題はありませんけれど・・・)

 そして、この県道16号走行中、ナイトライドながら、目を楽しませてくれる存在がありました。
 初夏の夜の風物詩、ホタルです。

 どこかの沢沿いで、ライトの照射範囲外を、物凄く明るい光が視界の端を飛んで行きましたが、それは多分、ゲンジボタルでしょう。
 そして、山間に開けた水田地帯で、体の近くをほのかな光がすうっと飛んだのは、ヘイケボタルの光でしょうか。
 とある場所で停車し、ライトを消してみると、本当にかすかな光がふわふわと、水田地帯に舞っているのが見えました。

 写真に残そうと思っても、高感度、長時間露光で、やっと捉えられるほのかな光を、ブルベ走行中の時間制限の中でおさえることは難しいので、もうこれは、気付いた者勝ちの風景です。
 これは良いものを見たな。
 そういう実感とともに前進を続け、蛇崩山の峠へと向かいます。


16061869.jpg
蛇崩山を下山中に、
喜多方の町明かりが見えた。
コースはあの町を縦断して、
さらに続く。


 蛇崩山の峠の下りあたりから、睡魔の前兆である体のだるさが感じられはじめました。
 喜多方市内で、眠気覚ましを入手しておいた方がよさそうですね。


16061870.jpg
喜多方市街地。
県道21号沿いには、
古い町並みが残っている。


 この、喜多方市内で喜多方ラーメンを食べてから大峠にアタックした皆様もいらっしゃるようです。時間的には間に合いそうでしたが、私はついさっき、しっかり補給をとったので自粛。
 なお、市街地走行中にコンビニを見付けたので、ホットの缶コーヒーを一本、グビッとあけてから出発です。

 しかし、睡魔は結構しぶとく粘ってくれたので、大峠前の最後のコンビニとなる、道の駅喜多の郷付近のコンビニに再度ストップし、眠気覚ましのミントガムを購入し、噛みながら前に進むことにします。

 周囲は完全に闇に包まれ、満月に近い月明かりが山の稜線を浮かび上がらせています。
 ここから先は、コース中の最高標高地点である大峠。阿賀野川(阿賀川)水系の一つ、押切川が流れだす場所です。

 今の走行ペースなら、日が変わる頃には峠を越えられるでしょうか・・・。

2.深夜の峠越え
 眠気覚ましのガムを噛みながら、熱塩地区を通過して大峠方面へと向かいます。

 熱塩地区には、かつてここを走っていた鉄道、日中線の終点駅を改修した記念館がありますが、さすがにこの深夜には、立ち寄ったとしても見所として紹介できそうにないので、今回はスルーして先を急ぎます。
 熱塩温泉に繋がる交叉点を、後ろ髪を引かれる思いで通過すると、道はかなりはっきりとした登り基調に転じてきます。

 日中温泉、日中ダムへの分岐を右に見送ると、国道121号、大峠道路へのアクセスとなる登りに突入しました。
 こんな山の中ですが、頭上にナトリウム灯のオレンジの光が広がり、通過する自動車のエンジン音が響いてきます。
 山形、米沢方面から、喜多方、会津若松を繋ぐ幹線道だけに、深夜でも通行が結構あるようです。

 フウフウと荒い息をつきながら、ぐるりとループして国道へと登りあげると、少し長めのトンネルを潜った先に、道路管理事務所等、いくつかの建物が見えてきました。


16061871.jpg
地元の方から頂いた情報にあった、
日中休憩所。
仮眠に良いかもしれない、との事だったので、
立ち寄ってみたら・・・。


 スタッフが試走時には気付かなかったため、未確認な場所であった日中休憩所は、お手洗い(上画像で、右に見える柱の裏側にある扉)は使用できましたが、休憩所自体は施錠されており、入ることはできませんでした。
 福島県の施設?のようなので(ガラス越しに、大峠道路の整備効果のアピールと、安全運転を呼び掛ける掲示物が見えた)、使えたとしても、朝から夕方までになるのかもしれません。

 ここで仮眠できれば、したかったな〜、と思いつつ、お手洗いだけ済ませてから再スタートを切って、長大トンネルである日中トンネルを抜けると・・・。
 視界が赤くちらついて、うん?と思ったら、パトカーが後方から出現。

 ・・・ひさびさに来ました、職質なう(笑)。

 真夜中にこんな場所を自転車が走っていたので、何か無茶なことをしようとしているのではないか、と思われてしまい、声がけがあったようでした(笑)。
 どこまで行くのかと聞かれたので、峠を越えて米沢まで。明日の朝には寒河江を目指して走る、と答えます(嘘ではない ^^;)。

 大峠トンネルは長く、飛ばしてくる車もいるので注意するように、と、ありがたいご注意を頂き、その場は終わりでした。
 やれやれ、朝一番の救急車との遭遇に加えて、日が変わる前にはパトカーからの職質となりましたか。
 やたらと緊急車両に縁のある一日だったなあ(^^;)。

 でも、こうやって何かあった時のために、見回りをして下さっているのは非常にありがたい話です。

 この先、コースは「虹のトンネル」と呼ばれる7か所のトンネルを抜けますが・・・。
 トンネル名称が普通すぎる(地名+トンネル)というのがね・・・。
 個人的には、虹と名乗るからには、色彩に関連した名前をつけてもらいたかったところです(Part.3の「一年の旅」と比較すると、もうちょっと、風流な方向に転んでもいいんじゃないかな・・・)。


16061872.jpg
そんなこんなで到着した、
大峠トンネル。
ここで日付が変わった。


 日中トンネル付近から、大峠トンネルまでの道は、距離はそこそこありますが、斜度はそれほど急斜面ではなく、それほど難所という感じではありませんでした。
 しかし、途中のトンネルの中には長い物があり、また、トンネル内でカーブしている場所もあったりして、先の見通しがきかない場所もあるので、油断は禁物です。

 そしてここから先、大峠トンネルは約4kmあります。
 ここに至るまでの間にも、赤岩トンネルなど、長いトンネルは超えてきましたが、このトンネルは桁外れに長い、長大トンネルです。
 これだけの規模のトンネルとなると、ブルベのコースでは、羽前陸前周回400で通る、仙秋鬼首トンネル(3.5km)くらいしか思いつきません。

 ってか、今年開催の400km、何でこんなに長大トンネルばかり通るんだ?(穴倉シリーズとでも言うべきか?)

 まあ何はともあれ、これを抜ければ、再び山形県。
 ゴールがぐっと近くなります。

 ちなみに、日中トンネルを抜けてから、大峠を越えた向こう、道の駅田沢付近までは、携帯電話の電波が不通になる区間です。
 しかし、上の画像の通り、大峠トンネルの両坑口には公衆電話がありますので、何かあった場合、根性で大峠トンネルまで行けば、電話くらいはできます。
 まあ、そこで電話をかけても、それから救助が来るまで、何時間かかるかはわかりませんが・・・。
 (トンネル内の非常通報電話を使えば、道路管理事務所かパトロール隊に直通で繋がるはずだが、同時に警察、消防などの各方面に通報が飛ぶシステムになっているはずなので、想像を超えた大騒ぎになると思う)


16061873.jpg
長大トンネル、
大峠トンネルを走る。
ジェットファンなどがついていたが、
この時は稼働していなかったようだ。


 喜多方側の坑口から見ると、意外に近くでカント勾配の頂点があるように見えましたが、それはどうやら正しかったようで、体感で喜多方側坑口から数百メートルで登りは終わり、トンネル内は平坦〜わずかに下り基調の道になりました。
 4kmものトンネルですから、途中で車の追い越しなどもあるだろう・・・と思っていましたが、幸運にも、対向車が一台、通っただけでした。

 なお、この大峠トンネル内ですが、途中で方向転換所等もあって、そういう場所で仮眠できそう、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。

 反対側の壁面に、思いっきり、監視カメラがついてましたね(^^;)。
 (多分、事故等の早期発見のため、24時間監視体制が整えられている)
 そんな場所で車体を止めて寝ていたら、「事故発生?」「急病人?」とばかり、パトロール隊の皆様がスクランブルしてくる可能性もありますので、やめましょう。

 まあ、それ以前の問題として、大峠トンネル内は地下水の浸出量が多いようで、物凄く湿度が高くて霧と結露で壁と地面がドロドロでしたから、腰を下ろせる場所がまずないと思いますが・・・。
 (あと、排気ガスの粉じんで、壁も地面もべっとり黒く汚れていた。さすがにこれでは、仮眠などは無理だな・・・)


16061874.jpg
トンネル内で県境を越えて、
山形県に入った。

そして、米沢側坑口を出る。
すぐ先にあった温度計は、
12℃を示していた。


 さすがに山深い高標高域だけあって、冷え込んでいるようです。
 トンネルを出てすぐにある、トンネル管理用の機械棟前でレインスーツの上着を身に着け、下りへと差し掛かります。

 ちなみに、出発する時に、米沢側坑口を出て右側の駐車場を、折り返すように奥に入った場所に、煌々と明かりがついた小屋が見えたので、何だと思って近づいてみたら、トイレでした(笑)。
 入口を入った所にベンチがあって、一人なら仮眠できそうでしたが・・・虫が入り込んでカオスな状況だったので、ここで寝られる人は、超上級者でしょう(笑)。

 さて、大峠からの下りは、案の定、スピードに乗ると、涼風が体を一気に冷却してくれて、全身に震えが出てきました。

 しかし、5分も走っていると、その気温にも慣れてきて、少し余裕が出てきました。

 仮眠場所に良いかもしれないとされていた、道の駅田沢は、横目に見てスルー。
 その後、前日の朝に、菅沼峠に曲がらなければ到達していた、県道4号の合流地点を過ぎると、小さな集落に入りました。
 自販機があったので、眠気覚ましに缶コーヒーを頂くのと同時に、標高を落として気温が上がった事に対応して、レインスーツを装備から外します。

 ここまで来たら、米沢市街地はすぐだったはず・・・と思い、道路に出てきたハクビシンに驚かされながら前進を再開すると・・・遠いよ、まだ全然遠くにあるよ、米沢市街地・・・。

 自分の中のイメージでは、国道121号と県道4号の交差点を過ぎれば、すぐに米沢市街地だというイメージがあったのですが、実際にはその場所は、大峠〜米沢市街地の中間点より手前だったのでした。

 その後、思ったよりも長い距離を走って、米沢市街地に到着。
 この段階で、また睡魔が強くなりはじめていたので、市街地のコンビニで味噌汁休憩・・・。
 貯金はまだまだたっぷりあるので、この辺りで仮眠をとってもいいかな、と思い、周辺施設を探してみますが・・・あまり良さそうな場所はありません。

 で、検索に使用していたGoogleMap様はというと、次のPCは、歩いても2時間で到着できる距離だと教えてくれました。
 ううむ、これは頑張って次のPCまで行って、その先の道の駅たかはたで仮眠するのが良いかもしれません。
 確か、バスの待合だったかどこかに、ベンチがあったはずなので・・・。

 そんな訳で、PCまでは頑張る、という謎の決意とともに再出発。
 やはり、前日の昼間に、暑い中、ペースを上げて走行していたために、体に無理がかかっているらしく、体は休眠を欲しがっています。

 そしてこの先、高畠のPCに至るまでの平坦路区間で、集中力が切れていた私は、2回ほどミスコースするのでした・・・。
 (いずれも、新しく道路が接続した事により、交差点形状が変わっており、GPS内の地図と現地の道路形状が合わなかった事がミスコースの理由)

 まあ、少々余計な時間を取られましたが、無事に到着しました。

PC4チェック:2:43

 残る距離は約60km。
 普段の400kmブルベと比較したら、格段に速いペースで到達しています。
 しかし、その分、体にかかる負担も大きかったようで、どうやらこの先は、仮眠なしで走り切る事は厳しそうです。

 補給を済ませたら、コース沿いに進んで、途中、道の駅たかはたで軽く仮眠を入れよう。
 そう考えると、なんだか最近、ブルベではこればかり食べている気がしますが、インスタント味噌汁とプリンをずるずるとすすったのでした。

3.払暁の帰還路へ
 PC4には完全に参加者の波が引いた後に到着したようで、参加者の姿はほとんどありませんでした。
 補給を終わらせて出発しようとすると、先着していた参加者が出発する、と言って、PCから北の方へと走り出します。

 慌ててミスコース、と声をかけて、コースはここから東である事を告げ、正しい方向へと誘導します。
 周囲の皆様も、結構、ダメージがあるのか、集中力が乱れ気味になっている皆様が多いようで・・・。

 ここからしばらく、コースはごく短い範囲で、七ヶ宿200の復路と同じコースになります。
 完全に日が落ちている、という条件はありますが、いつものルートを進み、いつもの大鳥居を潜って、道の駅たかはたへと至りました。

 ここで、仮眠・・・と思いましたが、よく仮眠に利用する道の駅にあるような、24時間開放のロードインフォメーションや、お手洗いの前室のような場所はありません。
 先に到着していた方は、戸口の壁に背中を預けたり、駐車場の片隅の、目立たない場所に横になったりしていたようです。

 一週ぐるりと回った結果・・・私は自販機コーナーを兼ねた喫煙所らしい小屋に備え付けのベンチに腰を落ち着け、そこで仮眠する事にしました(照明がついていたが、寝られればどこでもいい)。
 なお、監視カメラが回っていたので、どかっと横になるのは避けて、座って休憩していたら寝てしまった、という風になるように装って、目を閉じて・・・。

 30分後、アラームで目覚めました。
 頭はスッキリとしています。
 よし、これならゴールまで止まらず走れそうだ、と、車体にまたがり、道の駅を出発します。

 国道113号に出て東進を開始すると、ちょうど周囲が明るくなりはじめたようで、稜線が赤く染まっていました。


16061875.jpg
時間は3:45頃。
まもなく日の出を迎えるらしく、
正面の空が赤く染まる。

16061876.jpg
柏木トンネルへと向かう道筋。
この先で、
完全に夜が明けた。


 道の駅たかはた付近からは、最初は国道113号を東進しますが、途中で左折して柏木トンネル経由で上山市方向へと進路をとります。
 そこから先は、国道458号沿いに、山形市、山辺町を抜け、横道に入って中山町、寒河江市のゴールへと向かいます。

 残る距離は60km未満。
 柏木トンネルを抜ければ、その先はほぼ平坦な地区になりますから、最後の最後、ラストスパートをかけられる地域です。

 柏木トンネルに続く道は、まだ夜明け直後で、あまり人が動いていない時間帯ですが、それでも人家の窓に明かりがともり、新しい一日をはじめようとする皆様の気配がしはじめていました。
 もう少ししたら、農作業に向かう皆様の姿がみられるようになるのかもしれません。

 柏木トンネルまでの道は、緩やかな斜度ながら、アップダウンを何度か繰り返しつつ高度を稼いで行くような道でした。
 斜度はそんなにきつくはないのですが、大体登り坂なので、睡魔を引きずったままだったら、なかなかペースを上げられずに苦労したでしょう。


16061877.jpg
柏木トンネルに到着。
これでこの先は、
ほぼ平坦となるはず。


 柏木トンネルを抜けて、上山市方面へと長い坂を下って行くと・・・右手に、見覚えのある墓石群が現れました。
 上山市は、自転車イベント、ツール・ド・ラ・フランスの開催地であり、そしてこの墓石群のある場所は、コース中の折り返し地点だったりします。

 と、いう事は、この先は、いつもスイーッと下って行く道筋です。
 しかし、わかっていても、全く違う場所から接続すると、妙に新鮮に思えるものです。
 上山市街地は、連休中に自宅から走った範囲に含まれていますので、随分近くに帰ってきた感が出てしまいます。

 その安心感からか、またも睡魔が復活したので、自販機を見つけて缶コーヒーブレイク・・・。
 ブルベの時限定ですが、私は一日に何本、缶コーヒーを飲むのだろう・・・。


16061878.jpg
そしてこの時、
なんとなくの気分で、
道路の反対側にあった石碑を撮影。

これが上山市指定文化財、
「三上の文明十一年板碑」だった。
(真中の石柱がそれ)


 何気なく撮影していた画像が、偶然に大当たりを引き当てました(^^;)。
 とはいえ、本当に何も考えずに撮ったので、目標物に説明看板が思いっきり被っていますが・・・(苦笑)。

 この板碑は、文明十一年(室町時代。1479年)に建立された石塔婆で、建立者の名前が残っている、珍しいものだとのことです。
 建立者は道珍という人物らしいですが、さすがに調べても情報が出てきませんでした。
 多分、地域の有力者か高名な僧侶なのだと思いますが・・・(ネットで検索すると、なぜか、宮城県利府町の道珍坊温泉が引っかかる ^^;)。


 なお、この板碑ですが、江戸時代に一度、石材にされそうになったらしいのですが、その時、表面にほぼ風化していたものの、銘が彫られていることがわかったので、彫り直して享保十六年(1731年)に再建したという話が、説明板の文面から読み取れました。
 うむ、よく気付いてくださった、江戸の先人の皆様(笑)。

 その後、上山市街地の北部で、みはらしの丘という新興住宅地(らしい場所)に登りあげたあとは、もう寒河江まではほぼフラットな道筋になります。
 それならば、この車体でどこまで走れるのか、頑張って走ってみるか・・・。

 そう考えて、早朝、まだ車通りがほとんど無い道を、自分の出せる最高速度を維持して走ってみることにしました。
 みはらしの丘からの下りの勢いのまま、長谷堂トンネルを通過し、あとはもう、個人TT走に近い気分です。

 中山公園のすぐ脇を抜ける時、そういえば今回のブルベは、もともと6/11日開催予定だったものの、開催日が自転車イベント、ツール・ド・さくらんぼと被ったため、一週間ずらした経緯があったんだったな。
 そして、この中山公園は、その時、スタート/ゴール地点の候補として、私が提案した場所の一つでもあったな、なんて事を考えて通過。


16061879.jpg
遠くに寒河江の街並みが見え始めた。
ゴールまで間もなくだ。


 寒河江市街地に繋がる高瀬大橋で、対向車が追い越しで思いきり体に接近した場所を通るとか、そういう恐怖を味わいつつも、30km/h近い速度を維持したまま、いつものスタート/ゴール地点の最上川ふるさと公園の東側を通過します。

 ここからは寒河江市街地なので、無茶はここまでとして、あとは走り慣れた町の中を縫って、ゴール地点へと向かうだけです。
 途中、オーディナリーのKさんが反対側から走ってくるのと出会い、挨拶を交わしました。
 どうやら無事にゴールされたようです。

 そこから少し、北に行くと、ゴールに設定されたコンビニでした。

ゴールチェック:6:40

 ツイッターでは、何かを勘違いして、24h04minなんてツイートしていましたが、もう一度、チェック時のレシートの写真を確認したら、24h40minが正確なゴール時間でした。
 何で「分」の数字をひっくり返して覚えていたんだ?(^^;)
 (多分、頭の回線が馬鹿になっていたのだろう:笑)

 うん・・・きわめていつも通り(笑)。
 序盤は良いペースで飛ばしましたが、途中で体のダメージの度合いに気付いて、意図的にペースを落としたこと。
 そして、途中で安全のために仮眠を入れたり、こまめに休憩を入れたりした結果、序盤に得た貯金は多少、切り崩した形となりました。

 まあしかし、時間内完走ですから、全く問題ありません。
 そして、この段階で気付きましたが・・・。
 エンメアッカ号、2回、ブルベに出ただけで、走行距離が1,000km以上になってるんだよな・・・(興津600、阿賀野400)。

4.ブルベはおうちに帰るまで
 ゴール地点のコンビニを出て、受付場所のさがえチェリーパーク河川敷の駐車場へと向かいます。
 周囲の走行ペースが速かったのと、途中でしっかり仮眠を入れたことから、最後尾の方だと思っていましたが、私の後方にも意外に多くの参加者がまだ残っているようです。

 やがて、次々と参加者が帰ってきて、それぞれの体験を報告し合う、いつもの風景になりました。
 最後に戻ってきた二人は、少々やられ気味の顔で、PC2くらいの段階で、何らかのトラブルを抱えたとかで、色々大変だったようです。

 そして、これで全員の消息が判明しましたので、スタッフも撤収、解散となりました。

 その後、私は一昼夜を走り通して、塩でざらざらの体を「ゆ〜チェリー」で流し、マッサージ機で強めにグリグリやってもらって・・・いるうちに、この日(19日)に開催されていた寒河江マラソンの参加者の皆様が大量にやってきた(受付に行列ができていた)ので、そそくさと離脱。
 ゆ〜チェリーから比較的近い場所にある、そばの十三さんで、冷やし肉そばを頂いてから、帰路につきました。

 ・・・しかし、正午ごろ、寒河江を出発したというのに、国道48号沿いを選んだがために・・・大渋滞に巻き込まれ、仙台市内で裏道を使って、16時頃、やっと自宅に戻れました。
 その後、ショップに車体の調整(主に、片効きしていたブレーキの調整)をお願いし、全てを片付け終わったのは、もう夕方の18時過ぎ。

 あとは食事して、疲労からすぐに眠くなったので、夜は早い時間に、あっさりと眠ってしまいました。


 という訳で、今年はこれで、200、600、400を完走。今年は300が200と同日開催だったので、あとは、羽前陸前周回400を完走できれば、上位代替でSR達成です。

 それにしても・・・何だか、自分の中で、SRの位置付けが、「挑戦して取るもの」から、「これ位、走れる程度を維持するライン」に変わってきている気がする・・・(^^;)。
 いや、普通に考えて、毎年、SRを維持するのって、あり得ないほど走っている部類になるはずなんだけど・・・(そもそも、ブルベを走らない人から見れば、600kmを一回走るだけでもバケモノ級だからなあ・・・)。

 そして、次回のブルベは、ついに、あの、北海道1200です。
 その前に、「ちゃんと休みが取れるのか?」という疑問が無きにしも非ず、ですが・・・今は考えるまい(^^;)。

 2014年にも開催されたこのブルベ、前回は台風崩れの低気圧による荒天により、途中で中止の判断が出されたという、ある意味、伝説のブルベになっています。
 また、その時の参加者の皆様からは、コース各所におけるホスピタリティの高さは、国内で最高だったという評判もあります。

 というか、走行距離がPBPクラスだよ、これ(^^;)。
 去年は、半分も行かずに、あえなく撃沈していなかった?

 でも、あれから1,000kmを走り切ったし、今年から相棒になったエンメアッカ号の、あの軽快かつ粘り強い走りがあれば、あるいは・・・。

 ・・・という、色々な事もひっくるめて、色々心配だったり楽しみだったり。
 どうなる事やら、自分でもわかりませんが、参加される皆様、そしてAJ北海道の皆様、よろしくお願いします。

 なお、次回の私の宮城ブルベ参加は、BRM820宮城400km羽前陸前周回になりそうです。


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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