日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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「源を探れ」 BRM618宮城400km阿賀野 Part.3

 エンメアッカ号で、初めてショップ朝練に参加してきました。

 今日は切れ切れに雨雲が飛んでくるという天気で、自宅から朝練の集合場所に向かうまでの間に、一度、本降りに近い雨を受け、そしてコースに出てみれば、ヒルクライムセクション手前で、完全に本降りの雨になっていて・・・。

 結果、ショートコースで終了となりましたが、まあ、それでも60kmくらいは、全力で走ってきました。
 おかげで、右膝にじんわりと痛みが復活してしまったり・・・(あかんがな ^^;)。

 この膝の痛みですが、阿賀野400走行後、2〜3時間後になってから、膝の内側がうっ血するというか、膨張するような感じで、じんわりと痛みが広がってくるという、ちょっと嫌な感じになっていまして・・・(腸脛靭帯炎や膝蓋靭帯炎のように、特定の場所が痛む感じではない。膝を包む筋肉や腱に広がる感じ)。
 阿賀野400の翌日には、左足にも同じような痛みが発生していましたが、そちらは結構、早く収束していました。

 ちなみに、レポートには書きませんでしたが、興津600の仮眠中にも、両足が急にビクビクっと痙攣しつつ熱くなるという妙な状況(なんだか、足から荷重を抜いたら、血行が急に回復したような、そんな変な感じ)があったのですが、今回はそれを越えて痛みになってしまったという・・・。

 で、本日の朝練がてら、お世話になっているベルエキップの遠藤さんにそのあたりのことを話してみたところ・・・。

 金属フレームはカーボンフレームと異なり、微振動の吸収性は悪いので、乱暴に踏むと、後から思わぬダメージが出ることもあるとか・・・。
 特に、チタンフレームは特性をつかむまで(または、慣れるまで)は、思わぬダメージを受けることもあるとのことで・・・。

 おほ、これが岩手のYさんが言う、「フレームに走り方を教わっているような感じ」なのでしょうか?
 もっと優しく教えて欲しいものですが・・・(^^;)。
 (ちなみに、チタンフレームはメーカーごとに全然違う味付けになるので、計りどころがない、と言われた(笑)。このフレームの特性は、自分の体で探って覚えるしかないのか(^^;)。いや、面白いぞ、それ!)

 では本題です。
 BRM618宮城400km阿賀野のレポート、Part.3をお送りします。

 PC2に到達するまでに、気温は一気に上がり、真夏日の気配がしていました。
 平野の水田地帯を行く道路には、日影というものが存在しないため、日差しをまともに浴びながらの走行になりましたが・・・。

 海岸を南下するようになってから、弱い追い風に押されるようになり、向かい風の地獄からは解放されました。
 しかし、PC到着が14時頃と、暑い盛りだったこともあり、PCは日影争奪戦・・・。

 ここからコースは越後平野を東へと戻り、阿賀野川沿いに西会津町のPC3を目指しますが・・・。

 興味がある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.灼熱地獄の平野を行く
 PC2に到着時点では、結構な数の参加者が滞留していましたが、店内から外に出ると、既にその姿は半分くらいになっていたでしょうか。
 日影争奪戦は、難易度が低くなっていたので助かりました。

 ゆっくりと日影で補給後、2L買った水をボトルに補充し、残りは最近恒例の水浴びです。
 ジャージとアームカバー、レッグカバーを水浸しにしてから、再度、コースへと出発しました。

 この日、私が見た範囲では、路上の温度計は30度に達していました。
 一番暑い時間帯は過ぎましたが、まだまだ暑さが残る時間帯です。
 混雑が激しくなってきた国道113号を離脱し、コースどおり内陸方向に進路を転じると、どこまでも続く平野の中、日差しに焙られながらの道筋が始まりました。

 越後平野は、全国でも有数の米どころです。
 広大な水田地帯の中に、古くからの集落や、近年の開発で建設された市街地が島状に点在し、古来の街道線形を残す道や、新たに敷設された幹線道が、それらを繋ぐように走っています。
 このブルベのコースも、水田地帯や古くからある農村集落、市街地等を縫って、阿賀野川方面へと進んで行きます。


16061838.jpg
水田地帯は、
日影がないのがつらい。


 PC2で濡らしたアームカバーやジャージは、10分も経てば乾いてしまいます。
 コースはほぼ平坦で、たまに橋を渡る前後に起伏がある程度です。

 往路であれほど吹いていた風はおさまり、軽い追い風になって背中を押していますので、やろうと思えばぐいぐい加速して進むこともできるわけですが・・・。

 この平野部のど真ん中区間、周囲に高い物(建物、樹林等)がほとんどないので、日差しが恐ろしく厳しく体に刺さります。
 もとより、水田地帯は稲に日が良く当たるように、高いものや面積のある構造物は設置されませんので、日影を期待する方がおかしいと言えばそうなのですがね。


16061839.jpg
それにしても、
この真っ平ら直線路は・・・。
視覚的に厳しいな(^^;)。


 どこまでも続くように見える、平坦な直線路というのは、それだけで結構、精神的に来るものがあります。
 目の錯覚で、遠方の物は、見えているのになかなか近付いてこない、という視覚的拷問があったりしますので・・・。

 途中で、先行していた何人かの参加者を追い越し、先に進みます。
 平坦路では、直進安定性の高いエンメアッカ号は、かなり快適に進んで行くことができますね。
 特に力を入れなくても、足を回せば、スイッと加速してくれますし・・・。


16061840.jpg
とはいえ、
いい加減に終わってくれないか?


 視覚的に、あまり変わり映えがしないのと、日影がないこと。
 そして、通過する集落の規模が小さいために、コンビニや自販機が意外にないことなどが合わさって、暑さが体に響き始めました。

 そして、これ位の段階になって、走行距離は200kmを超えました。
 200km地点の到達は、10時間半前後。私の走行ペースとしては、かなり早い部類になります。

 しかし、同時に気づかされたことがあります。
 平坦地が多いコースの割には、200km終了時点のダメージが厳しい・・・。

 もう一度、コースプロファイルと走行ペースを頭で思い返してみると・・・。
 スタートからPC1までは、それほど厳しい難所はないものの、繰り返し、アップダウンが出てくる道。
 PC1からPC2は、最初にわかりやすい難所を越えたのちは、向かい風を受けながらの、アップダウン多めの下り基調。
 PC2からこの辺りまでは、海岸から山間に向かう平野部・・・。

 あかん、このコース、思った以上に罠だらけだ!

 ここでやっと気づきました。
 このコース、慣れている人であれば、細かいアップダウンをクリアしつつ、相当に速いペースで走って来れるでしょう。
 しかし、小さいとはいえ、登り返しを繰り返す道。しかも、いつも以上に良いペースでコースを消化できる、とあれば・・・。

 今日は調子がいい、と勘違いして、実力以上の無理を、無意識に重ねてしまうことも考えられるのです。
 また、PC2からの平坦地も、海岸から山岳地へと向かうわけですから、体に感じられない程度に緩やかな登り基調を走ってきています。

 こんな場所で、普段より良いペースだから、最速タイムを狙える、などと色心を出してしまったら・・・。
 さらに実力以上の走りをしてしまい、どんどん追い込まれることになりかねません。

 わかりやすい難所が少ないからこそ、じわじわ、体力を削られ続けることに気付かない。
 PBPのコースも、こんな感じで、どんどんペースを乱されたじゃないか・・・。

 九才峠で足が攣りかけている段階で、オーバーペース気味だったと気づくべきでした。
 半分行くまで気づかなかったのは結構痛いですが、半分で気付けたのは良かったかもしれません。

 意図的にペースを落とし気味にして、残る平野部を走ります。

 背中から日差しを浴びる場合は、最大の投影面積になる背中は、白っぽいジャージを身につけているためか、そんなに暑さ・・・というか、放射熱の熱さを感じませんでしたが、日差しを正面から浴びる時は、両腕や両足など、黒いカバーを着用している部分に日差しが照りつけ、じりじりと焼けるような暑さ・・・ではなく、「熱さ」を感じます。

 ・・・アームカバーだけでも、白に変えた方がいいのだろうか・・・。
 じりじりジリジリ、不快な熱を肌に射し込まれつつ、そんな事を考えたりします。

 この日は、この放射熱も、じわじわと体力を吸い取ってくれていました。


16061841.jpg
酪農発祥の地、だったらしい。
今では完全に市街地だった。


 PC2を出発して約2時間、国道49号に合流し、やっと越後平野を横断しました。
 阿武隈川沿いに入ったところで、暑さに体がやられてきている感覚があったため、一旦、コンビニにピットイン。
 日影で冷たいドリンクとアイスクリームを補給しますが・・・何だか、興津600の二日目後半で、徐々に内臓がやられはじめた時の前兆のような、そんな感じがあります。

 こんな段階でそこまでダメージがあって、しかもその自覚症状はなし・・・。
 いやあ、気付かなかったら、本当にまずかったかも(^^;)。

 以前、こういう状況で、あっという間に内臓を鎮めてくれたビール酵母錠剤を服用し、様子を見ることにしてコースに復帰します。

 越後平野区間はこれで終わり。
 400kmとしては平坦な部分が多い今回のブルベは、この越後平野区間の存在が大きく、それゆえにハイスピードで展開する形にもなっていました。

 しかも、PC2を越えたら、弱い追い風になった事もあって、平野部を思いきり飛ばした参加者も多かったようですが、海岸からここまで、じわじわ登り続けていることに気付いた人はどれだけいたことか・・・。
 ここでのペース配分が、後半、意外に響いてくる要因になったかもしれません。

2.フォトコントロール
 越後平野区間を通過し、阿賀野川沿いの国道49号に出た途端に、微妙なアップダウンが繰り返されるようになりました。
 あまりはっきりと負荷が上がるようなレベルの物ではないので、ついつい、勢いで突破しようとしてしまうのですが・・・やがて、九才峠前で感じたような、足の筋肉の強張りが発生しはじめます。

 あかん!
 これは予想以上にダメージ食らう!

 もうちょっと、ペース配分を考えないと、蓄積疲労で脚が硬直してしまいそうです。
 意図的にペースを落としたり、ダンシングとシッティングを織り交ぜて、負荷が一部の筋肉に集中しないように注意します。

 ・・・それにしても、国道に並列して鉄道(磐越西線)が通る場所には、物凄い数の撮り鉄の皆様が、巨大なレンズを装着したカメラを並べて待ち構えている姿があります。
 一体、何が走る予定なのか・・・と、走行中にはわかりませんでしたが、後日聞いた話では、どうやらSLが走る予定になっていたようです。

 まあ、それなら仕方がないでしょう(^^;)。
 私も、時間が合えば見たかったですね。


16061842.jpg
先程までのどフラットと違い、
徐々に左右の山が近付いてくる。

16061843.jpg
やがて到着、黒岩トンネル。


 黒岩トンネルと、この先に繋がる赤岩トンネルは、国道の交通量が多いことと、車道幅員がいまいち、狭い事などから、歩道走行が推奨されていた場所でした。
 トンネル手前にある横断歩道の所で歩道に乗り上げ、徐行で歩道上を進んで行きます。

 それにしても、黒岩、赤岩、というのは、トンネルを掘った時に出てきた岩盤の色だったりするのでしょうかね・・・?
 黒岩トンネルに並行して整備されている旧道のトンネルは、「揚川隧道」という名前のようですので、通常であれば、「新揚川トンネル」という名前になると思いますが・・・。


16061844.jpg
黒岩トンネルを抜けた先、
小花地大橋から見た阿賀野川。
すぐ下流の揚川ダムの湛水域のため、
穏やかな水面になっている。

16061845.jpg
赤岩トンネルを抜けて、
阿賀町中心地へ。


 黒岩トンネルからここまで、間の小花地大橋の上も含めて、歩道上を徐行で通過しました。
 赤岩トンネルは延長2,660mもあるため、通り抜けるには、それなりに時間がかかりました。

 なお、赤岩トンネル内には、数か所、退避所が設けられていて、歩道が大きく左に湾曲している場所があります。
 トンネル内は単調な風景になるので、ボーッとしたまま前進していると、ここで車道に転落しかねないので、注意が必要かもしれません。
 (まあ、余程うっかりしているか、居眠り運転でもしていない限り、問題はないと思うが・・・)

 赤岩トンネルを抜けてすぐ、集落内に続く里道へと曲がります。
 国道をそのまま直進するのは、PC3へは近道になりますが、コースから外れます。

 今回のコースには、ショートカットを防止するため、いくつかのフォトコントロール(指定された地点の写真を撮る形のチェックポイント)が設定されていました。


16061846.jpg
最初のフォトコントロール。
狐の嫁入り屋敷入口にある休満所。


 先程の赤岩トンネル出口から国道を直進すると、逆に遠回りになる位置に設定された、フォトコントロールです。
 ここで、車体と一緒に建物の写真を撮る事が、課題となっていました。

 この、狐の嫁入り屋敷のある、阿賀町の津川地区は、昔は鬼火や狐火がたびたび発生することで有名だったとの事です。
 (特に、津川地区の近くにある麒麟山周辺で、良く見られたらしい)

 この地域では、その狐火にちなんで、連休中の5/3日の夕方から夜にかけて、「狐の嫁入り行列」というお祭りが開催されているとか。
 Webでぱぱっと検索した限りでは、白無垢装束で狐面の化粧を施した花嫁を中心に、多数の供人(狐?)が行列を作って町を練り歩く、なかなか幻想的なお祭りのようですね・・・。

 フォトコントロールはすぐに通過しましたが、この時、私はドリンクが尽きていたので、城山トンネル入口の駐車場にあった自販機前でいったん休憩し、ドリンクを補給します。

 さて、この先は国道459号沿いに鹿瀬地区を抜けてさらに遡上し、福島県西会津町を目指します。
 鹿瀬ダムの堰堤を越えた先に、「奥阿賀ふるさと館」という施設があり、その建物と一緒に自分の車体を撮る、というのが、第二のフォトコントロールでしたが・・・。


16061847.jpg
そこに行く前に気付いたのがこれ。
鹿瀬地区の裏山をぐるっと登る途中、
道路の反対側にあった。


 これは・・・水力発電所などで、地下に設置されたタービン施設等にアクセスするトンネルに似ていますが・・・。
 封鎖されておらず、高さ制限や一時停止、最高速度の表示等がある所を見ると、どうやら一般道の一部として供用されているようです。

 もしかして、これは坑口付近にあるバス停にアクセスするための、徒歩トンネルだったりするのでしょうか?
 似たような構造物として思いつくのは、雪中隧道(豪雪地帯など、冬季の峠越えが非常に危険を伴う地域に、主に通学路の確保を目的として設置された歩行者専用トンネル)がありますが、それとはまた違う気がしますが・・・。

 坑口から中をうかがっても、反対側の坑口が見えなかったので、かなりの長さのトンネルになるようです。

 で、自宅に戻ってから調べてみたら、このトンネルは「角神隧道」といい、れっきとした「車道隧道」らしいです。
 一応、軽トラや軽自動車であれば通行が可能、らしいのですが・・・(それでも、ギリギリの大きさじゃないか? ^^;)。

 ま、とりあえず、先に進みましょう。
 斜度はそれほどでもないですが、とにかく嫌になるほど長い登りを経て、鹿瀬ダムの堰堤脇を抜けて進みます。


16061848.jpg
第二フォトコントロール。
奥阿賀ふるさと館。


 木々の間から、この赤い壁面と、前衛芸術的な装飾が目立っていました。

 ここでもちょっと、自販機休憩です。
 PC2を出発して3時間半ほどが過ぎ、再び空腹になってきたのですが、固形の保存食を持っていなかったため、とにかく腹もちが悪くて・・・。

 PC3までは、あと30kmほど。
 糖分の多いドリンクで、だましだまし走るしかありません。

 そして、この奥阿賀ふるさと館を越えた先のコース上には、一年の旅が経験できるポイントがあります。
 早速、行ってみましょう。

3.一年の旅路へ
 奥阿賀ふるさと館を過ぎると、国道459号は、阿賀野川が侵食した険しい渓谷の斜面沿いを抜けます。
 ここは古来から交通の難所だったようで、近代的な道路整備が行われるようになっても、未だにスノーシェッドやロックシェッドに覆われた区間となっています。

 そんな場所に、一年の旅路を送れる区間があります。
 正確には、難所を越えるためにかけられた橋、トンネルが12箇所に及んだことから、それらに旧暦の月名をそれぞれ振り当てた形になっているのですけれどね(^^;)。

 それにしても、12箇所の難所に、一年の各月の名前を与えるとか、昔の皆様は、かなり洒落たセンスの持ち主が多かったようです。
 今だったら、「〇〇ふれあい橋」とか、「△△ふるさとトンネル」という、センスもへったくれもない名前にされるのがオチですからね・・・。


16061849.jpg
睦月
一年分の旅、まず最初は橋。
赤いトラスが良く目立つ。

16061850.jpg
如月
睦月橋を渡ると、
すぐに如月トンネル。
銘板には「如月隧道」とあった。

坑口は現代的だが、
途中から素掘りにモルタルを吹き付けた、
荒々しい内壁に変わる。

16061851.jpg
弥生
如月トンネルからスノーシェッドで直結。
素掘りだった頃の荒々しさが残る。
既に次が見えるほど短い。
年度末、時間に追われて、
あっという間に過ぎてしまう感じだな。

そして非常にどうでもいい情報だが、
私の誕生月である。

16061852.jpg
卯月
弥生トンネルの先に見えていたのが、
この卯月トンネル。
こちらは弥生よりも長い。
この長さは嘘ではない。

16061853.jpg
皐月
卯月トンネルを抜けた後は、
一度、長めに明かり部の道路を進んでから、
谷を渡る皐月橋に繋がる。
卯月の末から皐月の頭は、
ひと休み区間が長い。

16061854.jpg
皐月橋を渡ってすぐ、
道は長いスノーシェッドに入る。
その中に、なぜか信号が・・・。

スノーシェッドの補強工事のため、
片側通行にされているようなのだが、
なぜ仮設でなく、本設信号?

16061855.jpg
水無月
信号が変わって前進再開。
スノーシェッドの途中にあるのが、
水無月トンネル。
地下水がポタポタ、
雨のように落ちている様子はなく、
空梅雨のようだ。

16061856.jpg
水無月トンネルを出た先の明かり部は、
近年、拡幅されたのか、
急に道がきれいになった。
その先に、荒々しい感じの坑口が見えた。

・・・あれ?
名前がないけれど、多分、文月、だよね?

16061857.jpg
文月
さっきのトンネルは、
通過した先に標識があった。
(振り返って撮影)
本来は、反対側にも標識はあったらしいが、
坑口周辺の工事のため、
一時撤去されている様子だ。


 で、良く考えたら今、いるのは信号で交互通行になっている区間なのでした(^^;)。
 おいおい、暢気に止まって撮影している場合か? 対向車が来たらヤバいんでない?

 ・・・と思ったのですが、結局この後、この一年の旅区間を抜けるまで、対向車は一台も現れませんでした・・・。

 気をとり直して、続きに行きましょう。
 文月トンネルを出た先も、相変わらずのスノーシェッドでしたが、今度はなぜか登り坂に転じています。

 その先、一度、明かり部に出てから、またすぐにスノーシェッドに入ったと思ったら・・・。


16061858.jpg
葉月
このトンネルはかなり短い。
前後のスノーシェッドの方が、確実に長い(^^;)。
トンネルが仕事している区間は短く、
休みの方が長い感じだ。

16061859.jpg
長月
今度は橋になった。
トンネルではないので、
昇りはじめた月が良く見えた。

ちなみに、ガードパイプは比較的新しいが、
親柱は竣工当時の物らしく、
銘板はかなり古い物がはまっていた。

16061860.jpg
神無月
これまでのトンネルとは異なり、
コンクリート補強が入念にされている。
また、坑内が大きくカーブしている。


 ちなみに、この神無月トンネルは、もともとは直線だったトンネルを、大きくカーブするように改修したらしく、コースの進行方向左側に、巨大な横穴がありました。
 なお、Web上には、この穴を通過したという話もありますが、現在は塞がれています(妙な事は、考えない方が良いでしょう。神様が不在で、加護はないですから)。


16061861.jpg
霜月
神無月トンネルからスノーシェッド直結。
かなり長いトンネルのようだ。
昔、これを手作業で掘ったとか、
幾霜雪を重ねたのだろう?


 この辺りで、後方から近付いてきた参加者の方に追い越されました。
 こんな所に止まっていた私を見て、何やってんだこの人は、という顔をされた気がしますが、気にしません(笑)。

 長かった一年の旅も、もうすぐ終わりですしね・・・。


16061862.jpg
師走
最後、これも結構長いトンネルだ。
しかし、何だか縦に高いな(^^;)。
最後は一気に走りぬけよう。


 これで一年の旅は終了です。
 師走トンネルの先、長い長いスノーシェッドを抜けて、日出谷地区に到達しました。

 しかし、長々とトンネルやスノーシェッドに潜っているうちに、周囲はそろそろ、薄暗くなりはじめました。
 そろそろ、日没~夜の対応を考える必要がありますが、この先、川沿いに細い道が続く区間もあるため、できれば明るいうちに国道49号区間に到達しておきたいところです。

 相変わらず、アップダウンが続く道筋ですが、先を急ぐ事にしましょう。


16061863.jpg
当麻トンネルを抜ける。
近年完成したが、
完成までの間に、
色々問題があったらしい・・・。


 当麻トンネルの出口に近付くと、トンネルの外をのし歩く動物の影を発見したので、ベルを鳴らして接近を伝えます。
 トンネル内に反響するその音にびっくりしたのか、その動物はさっさと路上から逃げ出して、道路脇にあったバリケードの台座の影に隠れようと必死になっています。
 周囲の木の枝が次々跳ね上がるところから見て、驚いて逃げて行った個体は結構な数になるようで、それなりに大きな群れだったようです。

 ちなみに、ニホンザルでした(笑)。

 この段階で、時間は18時半をまわり、さすがに周囲は徐々に暗くなり始めました。
 そろそろ、本格的に先を急いだ方が良いでしょう。


16061864.jpg
途中、かなり大きな橋梁を、
2~3回渡る。

16061865.jpg
19時丁度ごろ、
福島県に入った。


 まだ何とか残照が残るくらいで、福島県に入りました。
 当麻トンネルを出てからは、かなりはっきりとしたアップダウンを越えてきたこともあって、体のタメージも増幅されていますが、ここまできたらPC3はもうすぐです。
 空腹が急げと言っているので、もうひと頑張りすることにします。


16061866.jpg
県道384号を登る直前の橋で、
すぐ上流側にあるこれは、
旧道橋の橋脚なのだろうか。
前後に路盤らしいものがないので、
よくわからない。

16061867.jpg
県道384号登坂中。
本格的に暗くなってきた。
画像は自動増感で明るいが、
実際はもう暗い。


 県道384号を登って、国道49号に出る途中で残照もなくなり、ナイトライド状態になりました。
 キャリア下に装着したVOLT 700の左側1灯と、ハンドルのEL540を点灯させて視界を確保し、前進を続けます。


16061868.jpg
PC3に至る直前で、
完全に暗くなった。
自動増感は優秀だな~。


 越後平野走行中には、明るいうちにたどり着けたら、と考えていたPC3は、意図的にペースを落とした関係で、到着直前で暗くなってしまいました。
 とはいえ、時間は十分すぎますので、急がなくとも良いでしょう。

 山あいを縫っていた国道が、明るい市街地に出たところに、PC3がありました。

PC3チェック:19:55

 貯金は3時間以上。
 ちょっと、ペースは早すぎかもしれません(^^;)。

 昼間、暑い中でオーバーペース気味になっていたので、これは睡魔の到来も早くなりそうだな、と、少々嫌な感じになります。

 まあ、その前に、いい加減に何かを食わせろと騒いでいる腹に、ちゃんと食べ物を与えましょう。

 例によって、胃にちょっとヤバめの雰囲気があったので、ビール酵母錠剤を落とし込んでから、ゆっくりと補給を開始しました。

 残りの距離は、140kmほど。
 途中、喜多方から米沢に抜けるところで、このコースでは珍しくわかりやすい難所、大峠を超えることになります。

 時間的に余裕があるので、喜多方で仮眠をしてから越えても良いかもしれないな。
 そんなことを考えながら、焼きそばと味噌汁をずるずるとすすったのでした。


(続く)

 

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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