日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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ロングライダース6.0感想(前編)。PBP特集編。

 年度末の多忙期のため、走る時間がなかなか取れない・・・(今日も日曜日なのに、残務整理で出勤していました・・・)。

 なので、この時期は実走ネタは例年、あまり多く提供できず、読んだ本の感想だったり、前の年のブルベで試したパーツの感想やレビューだったりが主体になるのですが・・・。
 うむ、書籍などの感想の場合、テキストオンリーの長文になってしまうのが、ある意味、宿命というか何というか・・・。

 まあ、走れずに色々と悶々としている反動からか、色々と「ポチって」しまっているので、そのうち、それらについてのレビューなども出るかもしれませんが・・・。
 ま、追々考えます(^^;)。

 では本題です。
 自転車ロングライドの同人誌として有名な「ロングライダース」。
 1月末に、11冊目となる6.0が発表されました。

 ツーリングやブルベ、アドベンチャーライドなど、寄稿者が考える心の中の「遠く」まで走行したレポートを、写真やイラストを交えて紹介する、というもので、第一冊である1.0は、5年前の2011年に発表されています。

 それから5年が経ち、日本は東日本大震災を経験し、ブルベの最高峰とも言われるPBPも、昨年の夏で2回のサイクルを過ぎました。
 5年前の初夏に東京から仙台に生活の拠点を移し、その年の夏にPBPに旅立つ皆様を、別世界の存在として見送った私も、昨年、PBPの舞台を経験しました。

 そして、今回の6.0に寄稿されたレポートは、私がその場に居合わせた舞台が多く、非常に興味深いレポートが多くありました。
 今回は、そんなレポートを読んだ感想のうち、PBP特集についての部分を、まとめてみたいと思います。
 (上に書いた通り、テキストオンリーの長文だったりしますが、勘弁してください(^^;)。なお、数日後に後編として、PBP特集以外のレポート等に関する感想を、テキストオンリーで(^^;)まとめる予定)

 とにかく、文章の体裁などは置いておくことにして、興味のある方は、以下のRead moreをクリックしてください。


 それでは、ロングライダース6.0の感想について触れていきましょう。
 今回、最も注目されている目玉企画は、5組6名の寄稿者によるPBP 2015参加レポートでしょう。

 ロングライダースには、過去にも海外のブルベの話題はありました。
 それはPBP 2011だけでなく、LELなど、知っている人なら思わず、「ああ〜」と声が出てしまうような、長距離かつエクストリームなブルベのレポートだったりもします(それ以外にも、イタリア、アラスカ、ロシアで開催されたブルベの参加記録などがあり、主に、Abさんのレポートだった。)。

 もちろん、そのレポートも、海外のブルベをほとんど知らなかった(今もPBP以外は知らない ^^;)私にとって、とても読み応えがある内容で、非常に面白いものでした。

 一方で、今回のPBPレポートが過去のものと違う所は、同じコース上を走っていた5組6名の皆様の、それぞれのPBP体験が並列で語られている事でしょう。
 寄稿者が一人であっても、情報源としては貴重であり、面白い内容になるというのに、それが、複数の皆様の視点からのレポートともなれば、その情報密度は何倍にもなるのは明白ですからね。

 そして、今回のレポートには、実際の走行時のタイムチャートも付いているので、並べてみれば、こちらの人がこの地点に到達したとき、この人は○kmほど後ろを走行中で、この人が仮眠所に入っている間に、この人が先に進んで・・・といった状況が見えてきます。
 私は、同じコース上にいましたので、自分の走行記録を重ねることで、完走したこの人からは○時間遅れ。このペースじゃやっぱり無理だったか・・・でも、こちらの人は、ほぼ同じペースで、折り返し地点までは行ったんだな・・・とか、そういう見方ができたりします。

 実際のレポート内容は、というと・・・。
 いやあ、一言で表すのは、なかなか難しい(^^;)。

 私の場合は、やはりその場にいた、という理由から、どうしても自分の経験と重ね合わせてしまうのですが、そのため、準備期間中のエピソード(そもそも、なぜPBPに出ようと思ったか、という所から)や、走行中に見た風景、そして、PCの食事の味など(笑)、様々なことが、自分の体験と同じか、どう違うのか、という目線で見てしまいます。
 同じ風景なのに、全く違う視点で見ているレポートがあると、思いっきり食いついてしまいますね・・・(^^;)。

 さて、レポートの話に戻りますと、5本のレポートのうち、完走が2名、DNF(途中リタイア)が3組4名(一台はタンデム自転車)というのも、バランスが良いと思います。
 5編のレポートを読み込むと、PBPに挑戦したいと考えている皆様が知りたいと思うであろう情報が、かなりの部分で網羅されているのではないか、と思われるほど、密度の濃い内容になっています。

 完走した皆様のレポートは、次回、挑戦を考えている皆様に、「このペースを維持できれば」「この区間の苦しささえ乗り切れば」「このタイミングで仮眠を取れれば」等の面で、色々と参考になると思います。
 一方、残念ながら途中で走行を断念した皆様のレポートは、一歩足りなかった「何か」を読み取る助けになると思いますし、同時に、土地鑑もなく、言葉も満足に通じない異国の地から、どのようにして帰ってきたか、の対応として、とても参考になると思われます。

 海外で1,200kmもの距離を走るのですから、完走できるかどうか、DNFしても、ちゃんとパリまで帰れるのか、という不安があるのは当然です。
 実際、私も渡航前に一番、心配していたのは、何かあってDNFになったら、どうやってパリまで戻れば良いのだろうか、という所でしたからね・・・(言葉はどうにもならん、と諦めていた:笑)。

 これから参加を考える皆様にとっては、皆様のレポートの中にある撤退行の様子が、何かあった場合の対処事例として、非常に参考になるかと思います。

 なお、PBP 2011及び2015に参加した皆様の、様々な媒体を通したレポートを読むと、大体、PCが置かれている町まで到達すれば、パリまでの脱出の手段はあるようです(私も、PCだったカレ・プルゲールから鉄道でパリに戻った)。
 ですが、一部で路線バスを使うなど、少々、難度が高い場合も見受けられるので、その辺りは要確認かもしれません。
 まあ、カレ・プルゲールからの鉄道撤退は、初めての地でも、かなりわかりやすかったことは確かです。

 そして、DNF後の対応について心配されている皆様に、ひとつ、追加でアドバイスする事があるとすれば、DNFの理由が不慮の事故でもない限り、自転車で「自走」できる状態を保つように心掛けろ、という事でしょうか(機材的な意味でも、身体的な意味でも)。

 土地鑑もない、言葉も通じない、どんな交通機関を使えば良いのかわからない、という場所では、最も信頼できる移動手段は、自分の体で動くこと。つまり、「徒歩」か「自走」になる場面もあり得ます。
 そして、それなりの距離を移動しなければならない場合、ある程度の速度で移動できる「自転車」は、驚くほど頼りになるのは間違いありません。
 (移動に時間が長くかかると、その分、別のトラブルの発生リスクが高まる。日本国内ではないのだから、DNFした後は、可能な限り速やかに、脱出ポイントまで移動するように考えた方が良い)

 つまり、DNFを選ぶとしても、最後の最後まで力を使い切った後ではなく、ある程度、撤退に振り分ける体力が残っている状態を意識しなければなりません。
 自分が経験したからわかりますが、あの独特の高揚した雰囲気の中で、そこまで冷静に引き際を見極めるのは、難しいですよ・・・。
 (私の場合、睡魔という強烈な敵が、嫌でもそのラインを引いてくれたわけですが・・・)

 2015年のPBP参加者のレポートは、このロングライダースだけでなく、SNSやブログ等、様々な手段で公開されていますが、色々と目を通した結果、自走不能の状態だった皆様は、脱出にかなりの苦労をされた様子です。
 このロングライダースのレポートでも、ホイールが破損して自走不能になったケンイチさんは、脱出には色々と苦労された様子が書かれています。
 コミカルに脚色されていますが、落車後、私とコース上で声を交わす(実は、私がサン・ニコラ手前で英語で話しかけてしまった方が、ケンイチさん)まで何時間かその場で待機し、その後、また何時間か、その場にいらっしゃった様子で、同じあたりでDNFしたのに、パリへの帰還は、私の方が早くなっていました(目的地は、同じベルサイユ・シャンティ駅だったのですが・・・)。

 また、かまの隊長、のんのんさんのご夫妻は、タンデム自転車での参加でしたが、鉄道会社の規定で、TGVにはタンデムを乗せることはできなかったため・・・。
 その後の展開は、是非、レポートでご覧いただければと思いますが、この一件、既にDNFしていた私の所にツイッター経由でリアルタイムに流れてきた時、大声で「はぁ?」と叫んでしまったほど驚いたのを覚えています(笑)。

 そして、多くの皆様のレポートと走行記録、自分の体験を重ね合わせた結果、漠然と考えていますが・・・(ツイッターでも何度かつぶやきましたが・・・)。

 色々な皆様のレポートや走行記録を見させて頂くと、往路中盤、タンテニアック〜ルデアック間で、急に体調を崩す人が多いように思われます。
 タンテニアック〜ルデアックの間で、コースは400kmを越え、走行時間は大体、24時間に到達する人が多いでしょう。

 そして、どうやらここで、第一段階目の壁というか、無慈悲なふるい落としが始まるようです。
 体調を崩した、というレベルも様々ですが、胃痛が始まった、足がつった、程度の方もいらっしゃれば、私のように睡魔の強襲を受けたり、原因不明の倦怠感に襲われたりして、DNFまで追い込まれてしまったり、という人も多くいます。

 最初は、スタートからの時間が約24時間を越える、距離が400kmに到達する、という理由なのか、と、単純に考えていたのですが・・・(毎年、SRを目指す人の多くが、400が最も眠くて辛い、と言う)。

 まあ、よくよく考えたら、PBPの90時間部門は夜スタートなので、当日の朝はどんなに遅く起きても、昼前には目覚めているはずで・・・。
 そうなると、スタートまでに約10〜12時間ほど、普通に活動している時間があるわけで、そこからスタートして24時間後、という事は、36時間、連続で活動しているという事でもあり・・・

 私の場合、スタート当日の起床からの活動時間ベースで考えると、ルデアック到着までの連続活動時間は、40時間を過ぎた後でした(※仮眠は休眠に含まず)。

 普段の生活で、どれだけ仕事が忙しい時期でも、こんなに長時間、起きたまま、しかも体を動かしたままでいる事はありません。
 今よりずっと若い時に、無理な工程で作業をしてギリギリまで頑張って、連続稼働時間が36時間に達した事がありますが、その時には、ちょっとした事で意識が落ち、机の上の資料を見ようと頭を前に傾けただけで、眩暈を起こすようにふら〜っと倒れて行くほど、体がおかしくなりましたからね・・・(別室で寝とけ、と追い出された記憶がある ^^;)。

 今でも、ルデアックまでの区間の苦しさはありありと思い出せますが、これ、どう考えても、蓄積疲労で駄目になったパターンでしょう・・・。
 国内でも夜スタートのブルベは、コンディション調整が難しく、実力を出しづらい、と言われる理由も、そこにあります。
 わかり易い例えとしては、以前、Twitterの何方かのつぶやきで見た言葉で、「朝スタート:満充電状態、夜スタート:50%放電後の状態」という物がありますが、本当にその通りだと思われますね。

 PBPのスタート当日は出来るだけ休んでおけ、と言われており、実際、その日はホテルの部屋でゴロゴロしていただけですが・・・明るい時間帯には寝られない体質の人もいるわけですから・・・。
 どうやら、次回はそのあたりももう一度、対応を考えないといけないかもしれません(私も、明るい場所では熟睡はできないので、この段階で失敗していた可能性がある)。

 それはそうと、今回、ロングライダース6.0のPBPレポートを寄稿されている皆様は、全てどこかで係わりがあった事に気付かされました(ブルベの世界は広いようで狭い・・・のか、PBPが世界的なお祭りゆえにそうなったのか・・・)。

 かまの隊長&のんのんさんご夫妻は、コース上でお会いする機会はありませんでしたが、PBPから2か月後、山形県で開催された「ツール・ド・ラ・フランス」というイベントでご一緒させて頂きました。
 前夜祭からご一緒させて頂き、当日は生憎の雨の中を颯爽と走るタンデム車(山形県はタンデム走行可)の後ろをミニベロでシャカシャカ走っていましたが、あっという間に離されたのを覚えています(笑)。

 といちさんは、直接の面識はありませんが、同じツアーで渡航していた(?)ようで、タイの参加者から卵の差し入れを受けているあの写真の場面では、私もすぐそばにいました。
 そして、「No Meal!」騒動のため、あの卵が貴重な事前補給になったのも同じです!(笑)
 おそらく、宿のロビーや朝食、懇親会などでも、知らずにすれ違っていたことでしょう。

 ぜっとさんは、以前からSNS上で情報交換させて頂いており、遠征ブルベでご一緒したりもしています。
 PBPでは、前日のパリ市内(ヴェルサイユ宮殿前)で、たまがわPBP愚連隊の皆様(自走)と、宮城チームのメンバー(鉄道移動)が邂逅するという、面白い一場面があったりもしました。
 もちろん、コース上でもご一緒する時間があったりもしましたが・・・。
 普段は粘り強く、最後まで走り通す姿が印象的なのですが、PBPでは少し、歯車がかみ合わなかったようです。まあ、それでも私より遠くに到達しているのは、さすがです。

 ひであさんは、2015年のシーズン入り頃に、反射ベストの規格等の件で情報(某社ブルベジャージの規格適合性など)を頂いたりしました。
 また、一足早くフランス入りされていた事から、Twitter経由で、私もレンタル予定だったモバイルWi-fiの繋がり具合について、現地情報を頂いたりもしました。
 現地情報を頂けたことで、現地でSIMを買うかレンタルWi-fiで行くか、と、うじうじ迷っていた心に踏ん切りがついて、Wi-fi片手にフランス入りした、という裏話があったりします。

 ケンイチさんとは、18日の早朝、往路シークレットポイントだったサン・ニコラの手前、数キロの地点でお会いしています。
 私は睡魔と疲労で酷い状態だった事から、次のポイントまでの距離を誰かに教えてほしい、と思って、コース外にいたアジア系の風貌の方に声をかけたら、それがケンイチさんだったという(笑)。
 ケンイチさんは、落車してフロントホイールを破損させていたため、動けない状態だったようです。補給食を提供頂き、ハンガーノック寸前だった私には、それが本当にありがたい補給になりました(少なくとも、カレ・プルゲールまで走る事が出来た)。

 ちなみに、ケンイチさんに英語で話しかけてしまった日本人は、私だけではなかったようですね(笑)。
 深夜〜早朝の冷え込む時間帯は、参加者は全員、PBPオフィシャルベストに、ウインドブレーカーかレインスーツ姿になってしまうので、見た目が同じ(西洋系か、アジア系かがわかる程度)になってしまって、国籍もわかりにくくなるんですよね・・・。

 私はPBP公式ベストの背中に日の丸ワッペンをピンでとめていたので、日本人からは日本語で声をかけられていましたが、そういう「国籍マーク」も、ああいうお祭りの場では、あると便利かもしれません(豆知識的に)。

 という訳で、とりとめのない内容になってしまった気がしますが、PBPというお祭りの舞台の雰囲気と、実際に走っている世界中のランドヌールの皆様の様子など、本当に色々な事が思い出されるレポート群でした。

 そして、今回のPBPへの参加はDNFに終わってしまった私ですが、色々な皆様のレポートを読み、Youtubeに上がっている世界各国の参加者の撮影した動画を見て、色々感じたり考えたりした結果、現在はPBPが終了した直後と比べると、多少は悔しさが出てきています(^^;)。

 PBPの一ヶ月後に宮城1000を何とかギリギリで完走し、その時の経験から、2015年の夏の段階では、異国の地で1,200kmを走りきるなんて、どう考えても無理だった、と、いうことが実感されてからは、「何でもっと、事前準備からしっかりやっておかなかったのか」という思いが湧き上がってきましたから・・・。

 このため、かまの隊長とのんのんさんのレポートの最後の方にあった、「PBPを目指したときから、準備をしたり〜(中略)〜それらの時間も含めてPBPなのだ」という言葉には、重いものを感じましたね。
 色々な方と情報交換し、体験からの教訓をいただき、自分なりに考えて、考え抜いて準備し、対応したつもりでも、まだ足りない「何か」があった。
 私にとっては、そんな経験ができたのが、2015年のPBPだったのだと思います。

 よく考えたら、フランスに渡航してからPBPが終わった直後には、悔しさを感じるとか、それ以前の問題で、何が何だかわからずに始まって、終わった、という気分でしたからね・・・(楽しさだけは間違いなく感じられたので、その楽しさを再度、味わうためにまた行きたい、なんて思っていたくらいだ)。
 それがどれだけ過酷な舞台で、どんな対応が必要だったのかは、終了後、一ヶ月の間に体験を自分なりに咀嚼して、それに近しい1,000kmという距離を走るまで、正確には理解できなかったのでしょう。

 そして、このロングライダース6.0の入手と前後する時期に、ACP(Audax Club Parisian)からリザルトブックと公式DVDが到着するとか、タイミング良すぎるでしょ!(^^;)
 DVDの映像でも、色々と懐かしい風景や、届かなかった場所の風景を見せられるわけですから・・・。

 もしも、今、次のPBPに行きたいか、と聞かれたら・・・。
 答えは、レポートを寄稿した皆様の多くが答えているのと同じです。

 行くに決まってます!

 実際に目指すことができるのか、それは本番直前になるまでわかりませんが、少なくとも、その気持ちは持ち続けたいと考えています。

 今の段階で、まだブルベが未経験だったり、SRが未経験だったりして、3年後のPBPなんてとても無理だよ・・・と思っている皆様もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、ぶっちゃけの話をしてしまうと、私の初めてのブルベ参加は2011年。そう、5年前のPBP開催年でした。
 それまで、個人では200kmも走ったことがありませんでしたし、2011年は転居の影響もあって、200を1回、完走したのみです。
 そして、その年のPBPに旅立つ皆様を、別の世界の人たちだと思って見ていました。

 そこから始めた私でも、2015年のPBPは・・・さらに詳しい話をすると、本当に「出たい」と思い始めたのは、2015年の年初頃、という遅さではあったのですが、パリのスタート地点には到達はできたのです。
 ぜっとさんの表現をお借りすれば、「あと3年ある。あと3年しかない」という所ですが、その3年間を、ほんの少しだけ、遠くに目標を置いて過ごすだけでも、パリへの道は開けると思います(事実、3月下旬生まれで、運動とは全く無縁の人生を送ってきた私が、短期間の準備で、このコースに立てたのですから)。

 もちろん、社会人をやっている以上、仕事のスケジュール調整や家族との関係など、本当に色々な問題が起きるのも事実なのですけれどね・・・(^^;)。
 (まあ、それは別の話、ということで・・・)


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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