日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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再びの東北一周への挑戦 2015 BRM919宮城1000km Part.6

 少し前に、SNSなどで話題になりましたが、作業着などの現場用ウェア専門店である「ワークマン」が、サイクルウェアを出す、という情報がありました。

 ワークマン、アウターにもインナーにも使える低価格サイクリング用ウエア(cyclestyle.net)

 で、こちらのウェア、先日、実店舗近くに用事があったので、ついでに入手してきました。


CQYBAOpUwAAYhyH_large.jpeg
それがこちら。
2,900円と、格安。


 で・・・このウェアですが、残念ながら、自転車専用ウェアとして開発されているものではないという事を、前提として考えないといけません。
 例えば、ポケットの位置は背中ではなく、胸と両腰の脇になっており、まずはその配置が、自転車用としては使い辛い形になっています。
 (ポケットはファスナーを開けばベンチレーションになるらしいのだが、自転車に乗っている時に、この位置のポケットの口を解放すると、中身が落ちるよ、確実に・・・)
 また、製品の位置付けとしては、恐らく、普段着〜ライトなスポーツの現場でも使用できる、耐風性を高めたウェアであり、どちらかと言えば、普段着の延長で自転車にも乗る人用と考えた方が良いでしょう。

 まぁ、つまり、通勤通学や、ゆるふわポタリング(詐欺の領域に入らないレベル)ならば、十分、対応できると思いますが、ロードのツーリングやブルベなどの、ハードかつ発汗量が多くなるような用途には向かないと思います。

 ただし、製品展開としては面白い所をついてきているので、もう少し、ガチな方向に歩み寄って頂けたら・・・もうちょっと面白い展開になるのでは、と、期待してしまったり・・・(とにかく、安価というのは、物凄い武器だからね)。

 では本題です。
 宮城1000レポート、史上最長のPart.6まで到達しましたが、今回が最終回です。
 PC9遊佐に到着し、ここから先は、「いつもの道」を通って寒河江に帰還するだけです。

 ・・・だけ?
 本当に?

 ええ、もちろん、それだけで終わってくれる筈がありません。
 最後の100kmは、今までのブルベの中では、恐らく最高に苦しい100kmになりました。

 それがどんな物であったのか、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。 


1.PC9~舟形(色々な物が、ナチュラルに壊れていく)
 PC9には、ツイッターのフォロワーであるよしださん、宮城ブルベ常連のひさぼさんをはじめ、九州からの遠征参加の方など、大体、同じペースで走ってきた皆様がほぼ、集合状態でした。

 ここで、九州からの遠征参加の方は、道の駅のスタンプラリーをしながら走っている事を教えて頂きました。

 ・・・道理で、道の駅でお会いすることが多かった訳だ・・・(実はこの直前に、道の駅鳥海でもお会いしていた ^^;)。
 私も、ブルベ中には結構、色々好きな事をして遊んでいる方ですが、何となく・・・何が評価基準なのかはともかくとして・・・なぜか「負けた!」という気分になったのは・・・。
 (かといって、来期からスタンプラリーをするかと言えば、やらないけど ^^;)

 そして、ひさぼさんに、そこの道の駅で海鮮丼を食べてきましたよ、と話すと、「そうすれば良かった~!」と、思いきり悔しそうな声が・・・(^^;)。
 私は以前、最上川300の途中でも、この道の駅に立ち寄った事があったので、「ここまで来たら、鳥海で食事!」という発想がすぐに出てきたのですが、案外、そういう経験がないと、PCに直行してしまうのかもしれません・・・。

 とりあえず、ここではプリンと水と、また違う銘柄の胃薬を試しましたが・・・あまり効く気がしない・・・。
 とはいえ、一時的にでも小康状態に抑えることはできるので、これでなんとか我慢するしかないでしょう。

 補給を終わらせると、皆様、それぞれのタイミングで最後の区間へと旅立って行きます。
 私も自分の補給を終わらせたら、これが最後だな、と、ちょっと心の中で噛み締める物が・・・という事は全くなくて、さて、では帰るか、という軽い気持ちでフレームにまたがりました。

 最初に海岸の後背丘陵を越えて内陸に向かい、最上川沿いの国道47号を目指して進みます。
 ここはいつも追い風を受けて走る、ボーナス区間なのですが、この日は・・・まあ、いつものスーパーアシスト効果ほどの勢いはありませんでしたが、それでも追い風を受けて走れる区間でした。


15091990.jpg
いつもの道沿いに、
寒河江への帰還路に乗る。


 ・・・しかし・・・。

 追い風で楽ができる道、いつもの道、と、安心したためか・・・こんな所で、睡魔が発症してしまいました。
 おいおい、仮眠できそうな場所なんてないぞ、この先には!

 遊佐駅近く、跨線橋のたもとにドラッグストアがあったよな・・・と思いだし、店に転がり込むと、目覚ましのカフェイン錠剤を購入します。
 胃に負担がかかるでしょうが、残り100kmほどの道のりですから、何とでもなるでしょう!

 店を出たところで、大人の一回分を服用して、コースに復帰します。

 しかし、ここまで蓄積した疲労には、もはやそんな付焼刃的なドーピングでは、太刀打ちできませんでした。
 ここから最上川に至るまで、とにかくしつこい睡魔の襲来を受けた私は、車道走行を諦め、縁石の左に入って、歩道側をノロノロと徐行して進んで行きます。

 途中、何度もハンドルに突っ伏して眠気を取ろうとしてみますが、結局、最上川の堤防上に出るまで、どこまで進んで、どこで止まっていたのか、記憶もあいまいな時間になっています。
 北海道のよしださんに追い越された覚えがあるのと、その他、何人かの方に声をかけられた覚えはありますが、それだけでした。


15091991.jpg
最上川の渡河ポイント、
清川橋が近付く。

15091992.jpg
そして対岸へ。
国道47号の走行に切り替わる。


 秋田のPCを過ぎたあたりから、少しずつ感じていた違和感が、この辺りから明らかな形になって現れました。
 いくつかの例を挙げると、まずは左足のクリートの位置です。

 全てが終わった後に確認しましたが、靴底を見ると、クリートが徐々に後方に移動したような跡があり、最終的にはその移動距離は、5mmほどにも達していました。
 おかげで、いつもの感覚でペダルに足を置いても、クリートがキャッチできません。
 たったの5mm程度ですが、いつもよりずっと足の後方でステップインしないと、足を固定できませんでした。

 信号で止まったり、ちょっと足をついたりするたびに、クリートキャッチがスムーズにいかず、「え?あれ?この!」と、小さな違和感がたまっていくのがストレスになります。

 GPSのハンドルマウントは、今回がデビュー戦でしたが、いきなり1,000kmも使ったためか、すぐに回転するようになってしまいました。
 プライヤーのような携帯工具で結束バンドを引っ張って増し締めしても、全く良くなりません。

 チェーンは、PBP前に交換したばかりなのに、チャラチャラ変な音(油切れとは違う)がしますし、ヘッド回りもパキパキ音がするので、ヘッドやステムを増し締めしたりして、何とか対応しながら走っています。

 サドルバッグ(suew FC-β)も、ストラップをいくら調節しても、シートポストに当たる部分が尖った形状を保てなくなり、斜めに歪んだ形でぶら上がり、特にダンシング時にフレームを不安定に揺さぶってくれるようになりました。

 何だか、一つの対処をしたら、別の何かが悪くなってくるのが、連鎖反応的に起きています。
 すごくナチュラルに、色々な物が不調になり、凄くナチュラルに壊れている気がします。

 500kmを越えた時点でパッドが圧縮固化してしまったグラブは、しばらく置いても柔軟性を取り戻す気配はありません(ゴール後、1晩と1日放置して、やっと戻った)し、クリート位置を無駄に意識しながら回している足は、膝、足首の関節が徐々に疲労で痛みを発してきます。

 走行距離が900kmを越えたくらいでカフェイン錠剤がきいてきたのか、睡魔は退散させることに成功しましたが、別の問題が出てきました。
 国道47号は交通量も多く、特にトラックの交通が多い場所でもありますから、間近を轟音とともに巨大なタイヤが通り過ぎていく、そのプレッシャーで精神的にもやられてきたのか、色々とささくれだった独り言が、普通に口から出ています。

 これはだめだ、と何度も止まって深呼吸し、何度も、意図的にドリンクを補給して進みました。
 とにかく、純粋に体力的な部分で一番きつかったのは、三陸海岸~御鼻部山。
 睡魔との闘いが厳しかったのは、弘前~秋田間。
 そして、精神的に一番、強烈に削られたのが、この国道47号区間でした。

 Part.1の冒頭で紹介した、「ロングライドは1,000kmから」という言葉の真意である、「1,000kmを越えるロングライドは、それまでとは異なる難易度フェーズに移行する」という意味が、実感として刻み込まれた時間でもありました。
 とにかく、自分の肉体的にも、精神的にも、機材的にも、色々な物が、少しのバランスを欠いただけで、ガラガラと崩れ去ってしまいそうで、本当に微妙な綱渡りをしている気分になってきます。

 そんな風に、徐々に心理的にも追い込まれていくスパイラルにはまっている気分です。
 とにかく、この時、どれだけやられていたか、については、色々話題はあるのですが、あまり書いても気持ちの良い物ではないので割愛します。
 (感覚として、何となく理解できても、正確に表現できる語彙が見つからない、という事もあるのだが・・・)

 とりあえず、誤解がないように書いておきますと、この時点で色々発生している障害ですが、この時点で、急に全てが悪くなってきたわけではありません。
 今、思い出せば、スタート直後から今に至るまでの間に、色々な、ほんの些細なことの小さな積み重ねが積もり積もって、閾値を越えたところから綻びが始まっている、という感じです。

 これは、1,000kmという距離を、75時間以内に一気に走る、という、今回のブルベの特殊な条件の中で、特に顕著に発生していたと思います。

 自転車で長距離ツーリングに出る、という場合は、例えば、一週間をかけて1,000kmを走るとか、そういうプランを考えるのが普通でしょう。
 この場合、一日の移動距離は150~200kmで、数時間の睡眠を挟みつつ・・・というのが一般的なパターンになると思われます。
 つまり、一日、走った後、体も車体もパーツも、数時間のインターバルを置く事が出来るため、その間は荷重は抜け、振動を受けず、場合によっては質の高いメンテナンスを受ける機会だってあるかもしれません。

 というか、それが普通の感覚です。
 ブルベも、近年はかなりの皆様に知られるようになってきたとはいえ、普通に考えて、イレギュラーな条件でのロングライドだと言って良いでしょう。
 同じ自転車乗りから見ても、何を好き好んで、そんな距離を、制限時間というリスクを抱えて走っていやがるのだ?という目で見られるのは、まあ普通に起きる事ですしね・・・(^^;)。

 とにかく、この時点でも60時間も連続で、ガタガタと走行振動に揺られ続けてきた身体、車体、機材は、それだけ長時間、連続した負荷がかかり続けています。
 おそらく、メーカー側も、こんな条件での使用は考えていないと思います。
 そして、どんな物品であっても、適切に休ませながら使うのと、ずっと連続して使うのとでは、どちらが消耗が早く、故障を抱えやすいかなど、今更説明するまでもないでしょう。

 結果、スタート直後に感じた変速の違和感や、200km地点で購入して持ち歩いた物のわずかな重量増加や、300km地点に至るまでに乱暴に取り扱った時の刺激や、400km地点で仮眠後、慌ててパッキングして狂った重量バランスなど、様々な小さな負荷が降り積もり、閾値を越えてトラブルに繋がってきます。
 車体も、身体も、そして、精神面でも同時多発的に・・・。

 これが、私の場合、900km前後から目立ってきました。
 サドルバッグは変形して斜めにぶら下がり、トップチューブバッグのストラップがほつれ始め、新品同然だったはずの後輪のトレッドが消え、手首、足首、膝をはじめ、掌、足の裏など、とにかく、今までのブルベでは痛くなる事もなかった部分も含め、色々な部位が痛み始めます。

 本当に本当のベテランの皆様は、恐らくは無意識のうちに、スタート直後から1,000km付近で起きるトラブルを見越し、ほんの小さな違和感程度に対しても、きちんとした対応を取っているのかもしれません。
 しかし、今回の私は、そこまでの事は全く考えておらず、「ちょっと違和感がある・・・けれど、まあいいや、行こう!」の積み重ねが、今になって響いてきた気がしました。
 (言い換えると、今後は小さな違和感でも、それが後々、致命的な物になるか否かを正確に判断しないといけない訳か・・・。キツイな ^^;)

 それにしても、スタートから60時間後に、SPDのクリート(=MTB用)が、連続してかかる負荷に負けて、足の後ろの方へとずれてくるとか、経験していない事は予測できないって・・・(こんな現象のこと、聞いた事もなかったし・・・)。
 この時に発生していた色々な障害の原因について考えると、本当に、「バタフライ効果」の実験でもやっていたんじゃないか、としか思えない気分にもなってきます。


15091993.jpg
とにかく、所々でこうやって、
息抜きで風景を見たりしないと、
やってられなかった。

15091994.jpg
そういえば、白糸の滝辺りで
小型ヘリが飛んでいたけれど、
あれはロケの空撮なのか観光用なのか、
何だったのだろう?


 2年前の当初設定コースでは曲がるはずだった県道30号の交差点をスルーして、今回の正式コースである国道458号~県道31号を繋ぐルートへと進みます。
 (前回は、大雨被害で県道30号が通れなかったため、緊急対応で迂回路として設定していたが、今回は迂回路を正式コースとして採用していた)


15091995.jpg
国道458号は寒河江に抜けているが、
まだ未舗装区間も残る道。
(日本の国道では唯一の未舗装区間らしい)
現在は災害で通行止めになっている。


 この先は、最上川の河岸段丘を何段も越える道になります。
 2年前は、既にDNFした後、スタッフカーで通過した場所ですが、自転車で通るのは初めてです。

 ちなみに、この舟形までの区間は、2年前は台風通過直後の荒れた状態で走る皆様が多かったことや、想像を超えた急斜度の道があった等の理由で、最もヘイトを集めた(単純に言えば、嫌われた)区間でもありました。
 どんな道なのか、と進んで行くと、国道485号を走り始めてすぐに、集落の南端で凄くナチュラルに、蛇行する急坂を登らされました。


15091996.jpg
そして坂を登った先にあったバス停。
ここには雲があるのか、
田村麻呂さんが住んでいるのか、
とにかく「そのまま」過ぎるぞ(^^;)。

15091997.jpg
しかし、この辺りから見る夕日は、
蛇行する最上川に映えて、
とても奇麗だったのが悔しい。


 いきなりこれかよ、という登りを経て、さらに先に進みます。
 ここから先の道は、キューシートにも、「細道の急坂の登り」と書いてあったくらいなので、もう諦めるしかないだろうな、と思って進んだわけですが・・・。


15091998.jpg
カメラを構えるのも大変な斜度だった。
水平面になっている広場と、
路面の角度差を見てほしい。


 誰だよ、こんなコースを引いたのは。
 ナチュラルに、そんな言葉が頭に浮かびます。

 まあ、2年前は本番直前に発生した大雨被害が深刻で、とにかく急いで迂回路を設定しないといけなかった事もあったので、こういうコース取りになっても仕方がなかったのだろうな、と、何とか納得して先を進みますが・・・。


15091999.jpg
大きくカーブして集落の上に至った所で、
さらに急坂が待っていた。


 うは、最上川、削りすぎ!
 そして山形県、隆起しすぎ!

 疲労で悶々としている頭の中で、手加減してくれ、と地面に向かって叫びたくなってきました。
 ゼエハア言いながら、何とか蛇行する急坂を越えて、束の間の平場(つまり、河岸段丘の段丘面)に至ります。

 そして、そこで目の前に出てきたのが・・・。


150919a1.jpg
いやっほぉ~う!


 え~っとさ、こういう坂が、競輪学校になかったっけ?
 ほら、どこかのメーカーのプロモーションで、電動アシスト自転車に乗ったお姉さんと、ガチアスリートが登坂対決していたと思うけどさ!

 これは多分、あの坂だよね!
 だから、これはコースじゃないよね!

 ・・・と、現実逃避したくなった気分、ご理解頂けるでしょうか・・・。

 ここに来るまで、47号沿いで精神を削られ。
 485号沿いでいきなり歓迎されて、坂の上バス停までの登りを受け。
 「細道の急勾配の登り」からの、「蛇行する急坂」を抜けた先に待っていたのが、「直線の急登」と来ましたよ。

 段階を追って、天丼のギャグをかますがごとく、トドメを刺しにきやがりましたね、この道は。
 走行距離、900kmを越えた先で、何がどうしてこうなった!

 ええ、登りましたけどね。
 足は着きませんでしたけどね。
 かなり左右に広く、ジグザグ走行しましたけど、別にいいですよね・・・。

 そしてこの先、「それなら何で登らせたんだよ!」という心の叫びとともに、すぐに恐ろしい斜度で道は下ってしまい、その先で再度、急斜面を登って舟形地区に至りました。

 県道36号との交差点に出たところで、何かこの交差点は見覚えがあるなあ、と思ったら・・・。
 こちらに来て初めて参加した300のコースで、開催日当日に最上川沿いの県道30号が崩れて通行止めになっていたため、迂回のために走った場所じゃないか、と思いだしました。
 あの時は確か、36号を北上してきて31号に折れ、330号を下って最上川の向こうの県道30号に至ったのでした。

 そういえば、あの時も迂回路の隠れ激坂にやられた覚えがあったなあ・・・。
 最上川さん、何でそんなに頑張って地面を削ったのよ・・・(ちなみに、現在進行形で、激しく削ってます・・・。おかげで、最上川300のコースは、直前で災害通行止めを迂回するように変更することが結構あるんですよね・・・)。

 この、県道36号との交差点に至ったところで時間は18時になり、防災無線で夕方の音楽放送が鳴り響きました。
 コンビニ前に繋がれていた犬が、「アオォ~ン!」と遠吠えをかましていましたが、あの犬、先行していたばるさんが、ツイッターに投稿していた犬だよな・・・。
 (モフろうかと思ったが、熱心に遠吠えしていたので、諦めて先に進んだ)

 この先も、多少緩やかになったアップダウンを経て、13号バイパス、奥羽本線をオーバーとアンダーでそれぞれ越えてから、国道13号本線に至ります。
 そこにコンビニがあったのと、周囲が暗くなってきたこともあったので、補給と装備換装のために一旦停車しました。

 イートインで補給しつつ、ツイッターに流したのは、舟形の迂回路区間は、県道30号とは全く別物の道じゃないか!という愚痴でした・・・(^^;)。
 いや、単独で走るなら面白そうな道でしたけれど、走行距離900kmを越えてあれは、ちょっときつすぎたなあ・・・。

 関東の皆様の感覚でいえば、900kmを走ってきた後に、都民の森の料金所から先の区間を登ったら、その最後に百草園の坂がトドメで待っている状態だ、と言えば、どんな気分になったか、お分かり頂けますでしょうか?

 イートインでツイートを流しながら、カクッと意識が落ちたりすることを繰り返していましたが、そろそろ出発することにします。
 時間は19時を回り、最後のナイトライド区間となりました。

 そういえば、矢立峠辺りからずっと付きまとってくれた胃痛ですが、このコンビニで整腸剤の定番中の定番、「強力わかもと」を購入して服用したら・・・嘘のようにスッキリと治ってしまいました・・・。

 さすが、エビオスと並んで、大正時代から平成の現在まで愛され続けている薬。
 様々な新成分を配合した胃腸薬でも駄目だった胃痛が、一発で沈静化とは・・・。

 今後、自宅にビール酵母を常備しようかと思ってしまいましたよ、ホントに(わかもと錠の主成分はビール酵母)。
 思わぬ所でうれしい効果を得て、補給もはかどる・・・かと思いきや、そんなに食欲が出てこなかったという・・・。

2.舟形~Goal(最後のナイトライド)
 舟形から先のコースは、新庄経由だった頃の最上川コースの逆回しに近い形で、舟形から大石田を経て、寒河江までまっすぐ南下するコースです。
 これまで、何度も300のコースの最終区間として走ってきた道筋であり、大体、どこに何があるのかも、頭に入っています。

 ついでに、走る時間的にも、300のコースを走っている時と同じくらいですね。
 なので、交通量や危険度なども、ある意味、いつもどおりをベースに覚悟して走っていけばよいでしょう。

 一応、距離的には最後の40kmほどですが・・・ここまで走ってきた疲労などを考えると、ゴールまでは約3時間だな、とあたりをつけて、最後の区間に漕ぎ出しました。
 大石田くらいまでは、まだ最上川沿いに近い場所を走るため、不意にアップダウンが出てきます。

 怪しげなピンクと紫のネオンに彩られたホテルの手前を曲がったところが、意外にも急坂で、こんな道、あったっけ?と意表を突かれましたが、大石田を過ぎて、国道347号に乗ってしまえば、あとはなだらかな勾配で登り、下りを繰り返します。


150919a2.jpg
大石田駅。
コース上で撮影した、
最後の一枚だった。


 最上川の水運の難所であった三ヶ瀬(みかのせ)付近で、長い下りを経てから、大きく蛇行する最上川を2連続で渡る辺りが、この区間では最も大きなアップダウンです。
 そこさえ過ぎれば、あとは惰性でも進んで行ける・・・と思ったのですが、その、惰性で走るのが、今の体ではかなり難しい相談でした。

 なぜなら、油断したら睡魔につかまるから・・・(^^;)。
 これを避けるために、わざと運動量を多くする目的を込めて、遠野、そして新郷でやっていた、数回ダンシング、数秒休憩のパターンで進んで行きますが・・・さすがに運動量が多いだけあって、今の体では長続きしません。

 途中の交差点で、広く取られた歩道に乗り、少し休憩しようと思ったら、立ったまま10分ほど寝ていました・・・。
 ・・・意外に、転ばないんだな、人間って・・・。
 (信号待ちしていた人に、何やってんだ、あいつ、という顔で見られていたけれど・・・)

 そんなこんなを経て走ってきて、谷地中部小学校近くの五叉路を通過。
 このポイントに至ると、私は「ついにここまで帰ってきたぞ」と実感するのですが、この時ほど、強くそれを意識した事はありませんでした。

 一度郊外に出て、やがて寒河江川を渡ると、寒河江市街地に突入です。
 もうここまで来たら、あとはパレードラン気分です。
 寒河江駅前を越えて、県道144号を左折したら、その先の何でもない坂が超難所に感じられたり・・・。

 そこから先は、本当に惰性で、ゴール地点のコンビニまで至りました。

Goalチェック:21:42(1,012.0km)

 ゴールもレシートチェックの形をとっているので、これでコース上の挑戦は終了です。
 72時間42分。
 まあ、平凡なタイムですが、サウザンドを初めて完走しました。
 これで、4桁キロのDNF率100%が、66.7%までにダウンです。

 とにかく、ここで終わった、と思ったら、一気に体にガタが出ました。
 膝、足首、肩、手首、と、色々な関節が痛くなり、気が抜けたのか、一気に気分がダウナー傾向になってしまいました。

 動く気になれなかったので、イートインでプリンとカットフルーツをモシャモシャ食べつつ、ツイッターにゴール報告を流していると、食事を買いにきた漬物さんにお疲れ様の挨拶を頂きました。

 しかし、この時の私の顔は、かなり酷くやられていて、別人かと思うほどだったそうです(^^;)。
 まあ自分でも、酷い状態なのだろうな、という実感はありましたけれどね・・・。

 疲労と倦怠感で1時間ほど、そのまま動けずにいて、やっとの思いでゴール受付に行くと・・・。

 あれ?岩手のYさん、なぜここまで(^^;)。
 秋田から帰ると言っておられたような・・・(もう、ある意味、完走認定で良いのでは? ^^;)。

 そして、鈴木代表に、PC1で残念ながらDNFだったSさん、先程、ゴールのコンビニでお会いした漬物さんに、ずっと早くにゴールしていたトマゾーさんなど、本当に沢山の皆様に出迎えて頂けました。

 走り切ったんだな、と、いつもは皆様を迎えている場所にへたり込みながら思います。
 メダルはもちろん、購入にチェックし、確認のサインをしたら終了です。

 しばらく、コース上であった色々な事を雑談として話し、この時点でコース上にいた残り2~3名(だったかな?)の方の消息を尋ねられ、PC8とPC9でそれぞれ一緒だったが、その後は見ていない事を報告しました。
 (ひさぼさんとI君がまだのようでしたが、恐らく、一緒にギリギリでゴールするのではないかな、と思っていました。実際、そうだったようですし:笑)

 で、そこまでで、本当に限界でした・・・。
 意識も遠くなりそうだったので、宿泊を予約しているチェリーパークホテルに引っ込むことにして、ゴール受付を辞去します。
 立ち上がると同時に口から出た言葉が、「今夜は布団で寝られる~」という一言でしたが、周囲の皆様には、これが「魂の叫び」に聞こえたようでして・・・(何故? ^^;)。

 サドルにまたがると、尻に伝わる圧迫痛が物凄いレベルになっており、とても着座できた物ではありません。
 かといって、手首も痛くて、体重を支えられないため、ダンシングで進むのも苦しい状況で・・・。

 そのまま尻を浮かせてヒョコヒョコと、無様な状態でホテルまで辿り着き、チェックイン。
 部屋に上がって、シャワーを浴びたら、0時近くです。
 よし、やっと寝られるぞ、とベッドに横になったら、次の瞬間には、完全に意識が途絶えました・・・。

3.ブルベはお家に帰るまで(それがまた大変だった)
 翌朝、スマホのアラームで目覚めました。
 まだ寝ていたかった、というのが正直な気分でしたが、翌日からは仕事ですから、今日中に自宅に戻るべく、行動を開始しないといけません。

 起きようと思っても体が動かず、渾身の力を込めて寝返りを打って、何とかスマホを手にとれました。

 とにかく、全身がミシミシ軋んでいるかのような気分です。
 何とか立ちあがって、朝食を食べに行くと、同じホテルに泊っていたSさんとエレベータホールでお会いしました。
 酷いやられようで、あまりまともに御挨拶できずに失礼しました・・・。

 朝食は、ブルベ腹で大量に・・・と思いましたが、案外、食べられない物です(^^;)。
 その後、必死の思いで部屋に戻り、改めて鏡を見ると・・・どこのオッサンだ、お前は、と、自分で言いたくなるほど、げっそり頬がこけ、目玉が落ち窪んだ顔がありました・・・。

 まだまだずっしりと体に疲れが出ていますが、とにかく帰らないといけません。
 チェックアウト時間ぎりぎりまで粘ってからチェックアウトし、急に食べたくなったので、寒河江SAに徒歩入場して、レストランのビーフシチューを頂きます。


150919a3.jpg
寒河江SAのビーフシチュー。
なぜかこの時、
とても食べたくなったのだ。


 このメニューは、2年前の1,000kmに挑戦する直前に食べていましたが、今回は完走した後に頂きました。
 なぜ食べたくなったのかは、未だに謎ですが(^^;)。

 その後、相変わらず圧迫痛で着座できないので、無様な姿のまま寒河江駅まで行くと、電車の時間まではしばらく待ちそうです。
 切符だけ買ってホームに降り、ベンチに座ってツイッターに色々ツイート・・・しながら寝落ちること、何度も。

 うむ、今回はレンタカー移動にしなくて正解だった。
 もしレンタカーだったら、帰りに事故ってたかもしれない・・・と、薄れては途切れる意識の中で考えます。

 北山形駅で乗り換えると色々面倒(左沢線は先頭車両のドアしか開かないとか、色々制限がある)なので、山形駅まで行ってから仙山線に乗り換えて、仙台まで輪行です。
 ここで元気があったら、仙台駅から自走、のつもりでしたが、この日の状況では、素直に地下鉄に乗り換えです・・・。

 自宅最寄り駅で輪行装備を解いていると、日野正平さんの自転車旅番組を見ている、というおばさんに声をかけられました。
 本当に、分解して運んでいる人がいるのね~、と、物珍しげに見られたわけですが・・・(^^;)。

 自宅最寄り駅からは、ロードの速度なら数分です。
 相変わらず、圧迫痛で着座できないので、無様ダンシングのままで走行して到着。
 もろもろの片づけが終わったら、もう、あとは後先も考えずに、寝倒しました・・・。
 (その日の睡眠時間、15時間。いやあ、寝たねえ・・・)



 と、いう訳で、1,000kmの旅路は終了しました。
 翌日以降、ギシギシの体で出社して、またコイツは・・・という目で見られまくったのは、ご想像のとおりです。
 (わざわざフランスに飛んだ一カ月後に、何で国内でそんな無茶やってるんだ、と、末期患者を見る目でも見られましたが ^^;)

 今回のコース、五戸までは一度、走った事があったので、三陸海岸はある程度、余裕を持って走れましたが、弘前以降の道が恐ろしく長く感じました。
 600kmを越えた距離をそのまま続けて走るのは初めてだったので、そこからゴールまでは、色々な意味で遠くに感じられましたね・・・。

 走行距離が900kmを越えて以降、ナチュラルに色々な物が壊れていくあの時間帯は、1,000kmを越えるロングが、600kmまでのブルベとは異なる難易度の中に放り込まれる、という感覚を、見事に焼きつけられました。
 実際には、スタートした直後からはじまっている、色々な小さなトラブルの蓄積が影響し、限界を超えたのがその辺りの時間帯だったのだと思われますが・・・この状況までも考慮して、先手を打った対処を考えながら走らなければならないとか、難易度のハードルはどこまで高くなっていくんだこれ・・・?

 それに加えて、壊れていったのは、様々な機材類や距離感だけではありませんでした。
 結果的に、曜日感覚とか日数感覚とか、そういう物もまとめてぶっ壊れていましたね・・・。

 2015年のシルバーウィークは、19日(土)から23日(水)までの5連休だったのですが、私はこの1,000kmブルベに参加していたためか、何度か昼夜を過ごしたものの、結果的に、恐ろしく長い一日を過ごしていた、という感じの時間感覚になっています。
 (カレンダー上で3日分、進んだ事は、理性では理解できているが、脳の方は、それを1日のこととして処理しているっぽい・・・)

 なんとも、色々な物が圧縮された、物凄く濃密な時間を過ごしていたようです。

 とまあ、初めてのサウザンド完走のあれこれを思い出してみると・・・。
 今年のPBPは、まあ、DNFが順当な結果だったのではないかと思います(^^;)。
 そしてもうひとつ、PBPでは、各PCに仮眠所がありますが、あのシステムは非常に素晴らしいものだと実感しました。

 特に痛感したのが、今回のコースでは、PC7弘前でした。
 到着時点で、次のPCまでの距離は130kmで、クローズまで13時間、という状況でしたから、ここで3時間ほど寝てから出発できていれば、秋田までの道のりは、もうちょっとましな状態で走れたのではないかと思います。
 (PBPでも、サン・ニコラでDNF後、2時間ほど寝たら、驚くほど復活できたし・・・)

 しかし、日本では1,200kmでもない限り、PCに仮眠所の併設というのは、あまり望めませんからね・・・。
 コンビニの駐車場に転がるのも、深夜の時間帯に、隅っこの方に、ならば多少は許容されても、夕暮れ時にそれをやっていたら、不審者丸出しですし・・・。

 深夜の、市街地のバス停のベンチで仮眠した時も、「この人は何?」という視線を受けてしまいましたし(^^;)、色々難しい物です・・・。
 まあ、実際には、ちゃんと仮眠時間を取れるくらい、時間を前倒しに行動できると良いのでしょうけれど、そんなにうまく物事が行くなら苦労はしません(こういう所を、どのように折り合いをつけて進むのかを考えるのが、ブルベの楽しみの一つですしね・・・)。

 まぁ~、それにしても、完走できて良かった(^^;)。
 PBPをDNFしてから、いまいち燃え尽き感があったのに、この1,000kmを完走した事で、さらに燃えつきましたよ・・・(←ダメじゃん!:笑)。

 とりあえず、今年のブルベ参加は、これで終了です。
 さすがにこれ以上は、体がおかしくなりそうで・・・(今もまだ、掌の圧迫痛は完治していない ^^;)。

 なお、今後の私のテーマとしては、今まで以上に「安全」を第一に考えた、余裕のある走行計画の立案が、大きな課題になります。
 (今年はちょっと、走り急いでトラブルに突っ込む事が多かった気がするからね・・・)

 200、300くらいは、あまり考えなくとも走れる気がしますが、やはり400以上の距離を走る時は、休憩/仮眠と走行のバランスを考えないと駄目ですね。
 特に、600以上になったら、走行距離及び走行時間ごとのペース低下なども踏まえて、複数のオプションプランを用意することも考えないといけません(興津600とか、中盤、結構ヤバかった気がするから・・・)。

 とりあえず、峠の下りなど、あまり体を動かさないでいられる時間に限って、睡魔が襲ってくるこの体質を何とかしたいのですが、さすがに無理かな(^^;)。
 苦しくなるまで息を止めながら走る、とか、そういう対処もあるみたいですが、峠の下りでそんな事をやる余裕があるのかどうか・・・。

 今のところは、今年走った長距離ブルベのデータをもとに、走行時のペース低下量などを再確認して、来年以降の計画にいかせるようにしましょう。


 それでは皆様、またどこか「遠く」でお会いしましょう!


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コメント
No title
1000km完走、大変お疲れ様でした!
レポートも楽しく読ませていただきました~(^-^)

「恐ろしく長い1日」、まさしく私もそう感じた1000kmでした。

また、600km以上の超長距離ともなると、ノートラブルで走りきるのは難しく、多少のトラブルとは上手く付き合いながら走るしかないのでしょうね…(-_-;)
2015/10/07(水) 23:16 | URL | トマゾー #-[ コメントの編集]
Re: No title
トマゾーさん、コメントありがとうございます。

宮城1000、お疲れ様でした!
いや~、本当に、「長い一日」でしたよね。
シルバーウィークがあっという間です(笑)

トラブルとうまく付き合う、というのは、その通りだと思います。
まあ、その前に、単なるトラブルの域に収まるように、早めに対処しないといけませんが……(^^;)。
(致命的な物が、ど~んと来たら、諦めるしかなくなりますので……)
2015/10/08(木) 08:58 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
No title
お疲れ様でした!
今年はノースタッフ開催という建前と言うこともあって楽ばっかりさせてもらいました。
しかし驚きましたよ、見慣れた車体があるのにイートインで見た人の姿は別人で。あれー、YO-TAさん以外にコラテックの人なんていたかなーと3度見位してようやく認識したほどですからねw

詳細なレポートありがとうございます。
SRとったら私も1000に挑戦





したいようなしたくないような。
2015/10/08(木) 09:36 | URL | 漬物 #mQop/nM.[ コメントの編集]
お疲れさま
楽しく読ませていただきました。最後の直登よかったですねー。懐かしく感じて上ってました。私が最初に1000を走ったのは、2006年で、その頃は、まだ1000走った人が本当に少なくて、本当に走れるのかと思って行きましたが、いまはみんな走っているので、心理的障壁はほとんどないのではないでしょうか。1000が一番おもしろいですねー。ちなみに私は、痺れも痛みもなにもないです・・。来年は北海道1200いいですよ。
2015/10/08(木) 10:49 | URL | 山形1号 #/WLvOrvc[ コメントの編集]
Re: No title
漬物さん、ありがとうございます。

いや~、ゴールした直後は、自分でもびっくりするくらい、別人の顔になっていましたからね(^^;)。
翌朝も、「誰だこのオッサン」状態が維持されるくらい、過酷だったようです。

>SRとったら私も1000に挑戦
しましょう。
来年の北海道行が決定でしょうか?(200ほど多いけど、気にしない……)
2015/10/08(木) 12:28 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
Re: お疲れさま
山形1号さん、コメントありがとうございます。

十和田、奥入瀬で前を引いて頂いて、助かりました。
あそこを一人で淡々と走っていたら、ちょっと気分が滅入っていたかも……。

今回の1,000kmは、600を越えた先が想像以上に苦しかったです。
初めての経験だと、色々と想定外が多かったようで……。

しかし、周囲がPBP明けでも走る、という猛者だらけで、
雰囲気的に引っ張られたのも、完走に繋がった要因かもしれません。

来年の1,200ですか……。
楽しそうなのですが、日程を開けられるかどうか……。
2015/10/08(木) 12:32 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
完走おめでとうございます
後半、たびたびお会いし、話などさせていただき大変助かりました。

また、2013年に書かれた宮城1000Kmのブログなども参考にさせていただきました。
あの記事を読んでいたため、今回私も完走する事ができました。
重ねて御礼申し上げます。

また来年も宮城ブルベでお会いすることもあるかと思いますが、よろしくお願い致します。
2015/10/09(金) 21:14 | URL | ひさぼ #mQop/nM.[ コメントの編集]
Re: 完走おめでとうございます
ひさぼさん、完走おめでとうございます!

後半、抜きつ抜かれつでしたが、PCで色々お話しできて、こちらも気分が楽になりました。
それにしても、過酷な道でしたよね・・・。
同じくらいのペースで走っている皆様がいなければ、心が折れていたかもしれません・・・。

今年のブルベは、磐梯吾妻で終了ですね。
また来年も、色々考えていますので、ぜひぜひ、遊びにきて下さい!
2015/10/10(土) 11:55 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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