日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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再びの東北一周への挑戦 2015 BRM919宮城1000km Part.3

 こういう、超長距離ブルベのレポートを書いていて、非常に不思議に思う事があります。

 それは、ある特定の時間帯について、自分が何をしていたのか、記憶がすっぽりと欠落している時間がある事です。
 その時間帯に撮影したデジカメの画像だったり、GPSの軌跡だったりは残っているのですが、はてさて、これはどこで何を写したものなのか、この、コース沿いに何とか走っている記録は一体何なのか、と、全く自分の記憶を掘り起こせないという・・・。

 今回の1,000kmのブルベでも、仮眠や休憩のストップ以外に、そんな時間帯がいくつかあって、レポート執筆の手がパタッと止まるタイミングがあったりします。
 いやあ・・・本当に自分は、何をやっていたのだろう・・・?

 まあ、変な怪我とかはしていませんので、記憶にないだけで、普通に行動していた・・・のでしょうかね?
 (ホントに謎なんだよなあ・・・。記憶が全くないのに、交差点はちゃんと曲がっているし、PCのチェックも済ませて、レシートの画像をちゃんと撮影しているし・・・ ^^;)

 では本題です。
 BRM919宮城1000kmのレポート、Part.3をお送りします。

 前回のレポートでは、有壁から平泉、水沢、花巻を経て、遠野から仙人峠を越えて釜石まで至りました。

 釜石から先のコースは、この1,000kmの旅路では最大の難所となる、三陸海岸の北上区間となります。
 久慈辺りまで、約140kmに渡って続く厳しいアップダウンは、コース作成者によれば、PBPのコースをイメージした、との事ですが・・・。

 ・・・ニ度目だからなのか、一応、平坦地もあるアップダウンの三陸海岸より、いつもいつまでも登るか下るかしかなかったPBPのコースの方が、ある意味、きつかったような・・・。

 まあ、それはともかくとして、長いながい岩手県の旅、後半戦です。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。


1.PC4釜石~PC5久慈(三陸海岸)
 釜石のPCでは30分ほど停車し、次の区間へと進むことにしました。
 三陸海岸を走行中に、確実に日没を迎えそうなので、夜間の防寒対策のため、レインスーツの上着とメリノウールのアンダーをサドルバッグから取り出し、ドローコードに縛りつけておきます。

 釜石のPCを出発したのは、15:30頃でしたが、周囲がやけに薄暗い事が気になりました。
 曇り空の下で調光型のアイウェアを使用しているので、その影響か、と、ずらして裸眼で周囲を見てみましたが、やはり薄暗さには変わりはないようです。
 (調光型のアイウェアで多少困るのが、初夏の曇り空など、可視光は暗いのに、紫外線は強くてレンズの変色が進み、全体的に視界が暗くなる時があること。まあ、年間数回程度なので、そういう時もあると覚えておけばよい程度なのだが)

 雲が急に厚くかかってきたので、その影響が出ているのだろう、と考えて、最大の難所、三陸海岸への北上を開始します。
 国道45号バイパスへのアプローチのため、早速、現れた急な登りを越えて突入した鳥谷坂トンネルですが・・・。

 このトンネル内、どういう訳か、物凄く暑い!
 温泉帯を抜いているのかも、と思いましたが、帰宅後、地図を見ても、周囲には温泉街などはなさそうなので、単純に地熱がやたら熱いという事なのでしょうか・・・。

 何にしても、車の中にいるならともかく、生身の体には強烈な暑さで、さっさと通過してしまいたいところなのですが、このトンネルの延長は1,350mもあるという・・・。
 くっそ、このやろー、あついぞー、という意味のない声を上げつつトンネルを通過し、両石を過ぎて大槌へと抜ける峠へと向かいますが・・・。


15091940.jpg
相変わらず、
信じられないほどの内陸にある、
津波浸水域の表示。


 峠に向かって、蛇行する国道を進むうちに、薄暗さの元凶である厚い雲から、ポツッと落ちてくるものがありました。

 うん?
 今日は晴予報だったよね?

 混乱する頭をよそに、落ちてくる水滴の量は増え、間隔は短くなり、そのうち、本降りの雨が到達してしまいました。
 峠の頂上付近で、木々の枝が歩道上に大きく被っている場所があったので、一旦、そこに避退して雨宿りです。

 雨雲レーダーを見てみよう、と、Xバンドを立ち上げると、釜石付近はXバンドレーダーの範囲外です。
 仕方なく、Cバンドレーダーを立ち上げると・・・現在地から大槌を抜ける辺りまでの、ごく局所的な範囲に、かなり強い雨雲が停滞しているようです。
 この先を進むなら・・・一時的なものとは言え、まともに濡れるのは避けたいところです。

 夜間装備を想定していたレインスーツの上着だけを身に着け、メリノウールアンダーを濡らさないよう、コンビニのレジ袋にしまってからサドルバッグのドローコードに縛りつけ、再度コースを進みます。


15091941.jpg
大槌付近を通過中。
本降りの雨に打たれた。


 ほんの一瞬の間に、完全に天気は変わってしまいました。
 雨具なしで突っ切る、という判断も、それはそれでありだったかもしれませんが、私の感覚では、これから夕暮れを迎える時間帯の中で、着衣を完全にずぶ濡れにしてしまうのは、かなりリスキーな話だったのではないかと思います。
 (ちなみに、連休中、すべての日に晴マークがついていたため、雨具は持たずに走っていたという参加者の方も・・・。この先、大丈夫だったのでしょうか?)

 同じくらいの時間帯には、ツイッター上でも、にわか雨に困惑する参加者らの悲鳴が渦巻いていましたが、その時間帯を見る限り、正午から16時くらいまでの間、この雨は釜石~宮古間に居座っていたようです。
 私が特に雨に降られたのは、両石~山田の区間くらいだったでしょうか?
 その区間だけでも、下半身は完全にぐしょ濡れになり、シューズとソックスは水を吸ってがっぽがっぽと変な音をたてていましたので、かなり強い雨だったと思います。


15091942.jpg
雨は一時間ほどで上がった。
路面はウェットが続くので、
多分、雨雲はどんどん南下していたのだろう。


 山田町の中心街を抜けるくらいで、雨は上がりました。
 装備からレインスーツを外し、再度前進を続けます。


15091943.jpg
穏やかな海を横目に前進を続ける。


 山田町の中心街は、45号の再整備等が行われているのか、手元のGPSで事前に描いた線とは異なる道路を通っていたようです(標識誘導では、ずっと45号上を走っていた)。
 市街地はまだまだ復興の途上、という感じですが、2年前の、まったく何もない平野の時と比べたら、建物は増え、車通りも多くなり、ずいぶんと賑やかになりました。
 ゆっくりですが、着実に復興は進んでいるようです。

 豊間根まで来たところで、夕暮れの冷え込みが体に響き始めたので、メリノウールアンダーを着用します。
 その間に、オーディナリーのKさんと、何度目かのタイミングで、前後する時間がありました。


15091944.jpg
明るいうちに、
宮古まで辿り着きたかったが・・・。


 津軽石の辺りまで来たら、周囲は急に暗くなり、一気にナイトライドの雰囲気が強くなってきました。
 秋の夕暮れはつるべ落とし、と言われるそのままに、夜の闇が広がってきます。

 できれば、宮古市街地までは明るい時間のうちに辿り着きたかったのですが、ぎりぎりで届かなかったようでした。
 急な雨で装備換装をしたりして、予定外の停車が多くなったので、仕方がないでしょう。

 フロントライトを点灯させ、ヘッドランプを・・・ん?
 ヘッドランプが点かない。電池切れでしょうか?
 宮古市の高台に登り上げたところに、イートイン付きのコンビニがあったはずですから、休憩と補給と点検を兼ねてストップしよう、と決めて、市街地を通過します。

 一時停止したコンビニでは、一名の参加者がイートインで休憩中でした。
 早速、ヘッドランプの様子を見てみると・・・あれ?ステータスランプが赤点滅?
 こんな表示をしているのは初めてなので、何があったのか、と、電池ボックスを開いてみたら・・・。

 中から流れ落ちる水。
 ・・・え?これって・・・?

 浸水だ。

 いや待て!
 お前、IPX4防水だろ!
 (あらゆる方向からの水飛沫を防ぐ)
 今まで、何度も雨ブルベをクリアしてきたじゃないか!
 (15時間雨に降られたブルベでも平気だった)

 なぜ今、ここでそんなトラブルを呼び込む!

 かなり呆然とさせられる事態でした・・・。

 が、経験上、こういう時は、焦っても仕方がありません。
 どうせコンビニだし、一旦、食事だ、と、半ば現実逃避で店内に入り、イートインで補給開始です。

 人間、腰を落ち着けると、徐々に思考がまとまって来るものです。
 とりあえず、今夜一晩くらいはヘッドランプなしで対応するしかないでしょう。
 私がヘッドランプに求めることは、サイコンやトップチューブバッグ上の簡易キューシートを見る時の照明か、高い位置からの光で遠くのデリネーターを反射させて、道路線形を先読みする補助とすることです。

 路面状況等の確認は、フロントライト(今回はEL540とVOLT700の2灯体勢)の光だけで何とかなりそうですから・・・今夜は拡散光を広く飛ばす、VOLT700を一段階、明るくして、遠くまでを照らす形で進むことにしましょう。
 まだ予備バッテリーは使っていないので、今夜一晩で一本を使っても問題ありません。
 (加えて、EL540用の予備電池に、エナジャイザーとアマループ2,400mAhがまだ控えとして残っているので、積極的に使っても大丈夫だ)


15091945.jpg
ちなみに、
この1000を走っているときの
ハンドル周りはこんな感じ。
EL540は市街地メインで使っていた。


 その上で、ヘッデンがどうしても必要そうなら、弘前で調達しよう。
 ホームセンターは国道沿いに出ればどこかにあるだろうし、最悪、コンビニで懐中電灯とビニテが買えれば、何とかなるはずだ、と、カルボナーラをもしゃもしゃと頬張りながら、結論に至ります。
 (現在、空腹感はあるが、食があまり進まず、何とか食べている状態だったりする ^^;)

 方針が決まったら、気分的に楽になりました。

 もう一人、休憩中だった参加者は、1時間ほど仮眠して行くとの事でした。
 私も30分ほど仮眠しよう、と、タイマーをセットしてテーブルに突っ伏します。

 20分後、自然覚醒したので、ヘッドランプの電池ボックスにティッシュを詰め込み、VOLT700をミドルクラスの明るさにセットして再スタートです。
 思った以上に遠くまで、デリネーターのラインを浮かび上がらせてくれて、街灯が全くない場所も多い三陸の夜でも、かなり強力な視界を得ることができました。
 このVOLT700は、ブルベライダー間での評価が高いのもうなづける性能です。
 (まあ、同じVOLTシリーズなら、1200の方が高評価なのは知っているけれど、あちらは少々、大きくてかさ張るからなあ・・・)

 出る直前に、1時間ほど寝る、と言っていた参加者の方が顔をあげたので、挙手で挨拶してコースへと復帰しました。

 コースはこのまま、田老、小本、田野畑、普代、野田へと向かい、陸中野田駅近くでPC5になります。
 簡単に書きましたが、これらの町を抜ける時に、最低でも一回ずつアップダウンをこなす必要があるので、実際に走ってみると、そう簡単な話ではありません。

 これらの中でも、小本の北側の登りは、東北地方の二桁番号国道としては規格外の、10%勾配の坂が2kmほど連続する区間が待っています。
 (通常、寒冷地では市街地以外の場所では、勾配は8%までが許容限度とされている。それ以上の急斜面が凍結したら、安全に通行できないため)
 今回も、その区間では延々つづく急勾配の上り坂を見て、「いつになったら終わるんだよ、これ!」と、GPSの画面を見ながら毒づいたりもしました。

 無事に小本の急勾配区間を越えて、道の駅たのはたに着いたのは、23時頃だったでしょうか。
 2年前はここで仮眠を取ってから先に進んだのですが、今回は途中で一度、仮眠を入れているためか、睡魔の方は大丈夫そうだったので、お手洗いに寄っただけで再スタートします。

 ちなみに、ここでも股間にたっぷり抗炎症剤を塗り込み、清涼効果に悶えながらの出発になりました・・・。


15091946.jpg
田野畑村中心部の北側で、
自動車専用道を回避。
国道45号の最高地点、
閉伊坂峠を通過する。
(手ぶれしまくり・・・ ^^;)


 2年前は、ここに到達した時に、後続車から「何だとーっ!」とか何とか、凄い悲鳴が聞こえてきた場所ですね(^^;)。
 峠の斜度自体はそれほどでもないのですが、とにかく何度もアップダウンを越えた先になるので、ここに来るまでに体力も精神力も使い果たした、という皆様も結構いらっしゃったようです。

 なお、閉伊坂峠は、尾肝要トンネル(自動車専用道)が下を抜いており、一見すると旧道落ちしているように見えますが、まだ国道指定は外されていないため、45号最高地点の座は守っているようです。
 (少々ややこしいが、書類上、バイパスはバイパスであって「新道」ではなく、峠道は「現道であって旧道ではない」らしい)

 この先、普代駅の南でも、自動車専用のバイパスが開通しており、危うくそのまま進みかけて、慌てて横に逸れたりもしました。

 とにかく2年前と比較して、これほど道路形状が変わっているとは思いませんでした。
 基本、昔の道筋を辿ればよいので、わかり易いと言えばそうなのですが、そろそろ、2回目の真夜中をむかえて、疲労で判断力も落ちてくる頃なので、GPSの画面と標識を何度も見比べながら、前進を続けています。

 さて、閉伊坂峠からは、最高地点の通過後にふさわしい、長い長い下り坂を下るわけですが・・・。

 寒いっ!

 北東北の深夜の冷え込みはかなり厳しく、慌ててレインスーツを装着して下りを再開します。
 着た瞬間には、うおお、温かい!これで大丈夫!と思ったのに、再度、坂を下りはじめると、やっぱり寒ぃぃぃ!となるほどの冷え込みです。

 寒さに顎をガチガチ鳴らしながら、ぐんぐん下って行くと、やがて、道路の右側から波音が響き始め、野田村へと入った事に気付かされました。
 真っ暗で、何も見えませんが、昼間だったら、いい景色だったのだろうなぁ・・・。

 そういえば、夕方の雨で濡れた靴下とシューズは、まだこの段階でも生乾き程度でしかありませんでしたが、ウール100%のウォーキング用ソックスだったためか、これほど長距離の低温の下りを経ても、そんなに冷えた感じはありませんでした。
 ウール最強伝説に、また1ページを加えてしまったでしょうか?


15091947.jpg
前回、謎のオブジェだと思ったこれ。
正体が判明した。


 この、マスコットキャラクターですが、野田村の公式マスコット、野田村のんちゃんといい、サケのこどもをモチーフにしているようです。

 なるほど、最近はやりの、ご当地ゆるキャラか、と思ったら、既に誕生から20年も経っていたという・・・。
 最近のはやりではなく、ずっと昔から観光親善大使として頑張っていたのですね・・・(失礼しました・・・)。

 この「のんちゃん」の像ですが、海岸地区だけで数体。
 そして、陸前野田駅前にも一体、あったと記憶しています。

 2年越しの謎に決着をつけて、道の駅のだを過ぎ、陸前野田駅からしばらく行ったところに、PC5がありました。

PC5チェック:01:04(461.9km)

 2年前比で約1時間ほど先行。
 まあ、田野畑で仮眠を入れていないので、こんな物でしょう。

 それにしても、2年前にここまで来た時には、もうかなりフラフラだった覚えがありますが、今回はそれほどでもありません。
 とはいえ、頭の奥の方に、睡魔襲来の兆候である痺れるような感覚がありますから、これ以上、強行するのは少々考えものです。

 幸いにして、PC5になっていたコンビニの駐車場は広く、隣に既に閉店している食堂?のような建物があったりしたので・・・。
 駐車場の隅の暗がりに紛れて、仮眠することにして、PBPでも使用したSOLのエマージェンシーシートを取り出します。
 この、SOLのエマージェンシーシートは、一般的な銀色シートとは違って、繰り返し使える、という商品であり、PBPでは極寒の夜の仮眠でも、体を温かく保ってくれた・・・のですが・・・。

 今回、仮眠に使おうと開いてみたら、なんと、裏側に蒸着されていた銀がほとんどはく離してしまって、単なるオレンジのポリ袋になっていました!

 ・・・で、ここで注意事項なのですが、こういったエマージェンシーシートですが、結露した状態で長時間、スタッフバッグ等に入れておくと、蒸着された銀が劣化してはく離してしまうのだとか・・・。
 可能であれば、仮眠に使用したあとは、一度裏返して水滴を飛ばしてから、スタッフバッグに収納し、ゴール後、できるだけ早く、干して乾かさないといけないのだそうです・・・。

 しかし、ブルベの仮眠明けに、そんなにゆっくり時間を取れないこともまた事実なわけで・・・。
 今後、仮眠用具には、使い捨てでも惜しくないシートを適用するとか、シュラフカバーのような装備を準備する、なども考えないといけなさそうです。

 とにかくこの時は、「ええ~・・・」と、半ば唖然としたものの、ないよりまし、と、ポリ袋と化したそれにくるまって(悔しい事に、それなりに温かかった・・・。エマージェンシーシートには程遠いけれど)、目を閉じてみます。
 ふっと意識が落ちた感じがあり、あれ、今、何やっているんだっけ・・・という感じで、アラーム前に自然覚醒しました。

 ブルベの途中であり、仮眠から覚めたところだ。
 そして、これから五戸を目指すんだ、という事を思い出すまでに、数秒を要しました(^^;)。

 いい感じで、意識が飛んでいたようです(ちょっと予想外の遠くまで ^^;)。

 ただのポリ袋ですが、まだあと一晩、残っていますし、何かの役に立つかもしれないから、と、シートを畳んで収納した後、レインスーツを改めて着用し、出発準備は完了しました。
 同時間帯に到着していた皆様の姿は既になく、オーディナリーのKさんらの姿がありましたので、挙手で挨拶をしてコースに復帰します。

 次のPCまでの間に、ついに青森県に突入します。
 約24時間をかけた岩手県内の旅は、大詰めを迎える所でした。

2.PC5久慈~PC6五戸
 午前2時ごろ、PC5を出発して青森県を目指します。
 今のペースだと、恐らく、県境を越える手前で日の出を迎えるでしょう。

 PC5を出発すると、ひとつ山を越えて久慈市街地へと向かいます。
 この山越えの途中に、多くの皆様が仮眠ポイントに設定しているらしい、久慈の健康ランドへの分岐がありますが・・・先程、露天仮眠していますし、この時間から向かっても、烏の行水にもならないでしょうから、スルーして先を急ぐことにします。

 この判断は正しかったようで、久慈の健康ランドはこの日、シルバーウィークの混雑に、ブルベ参加者が押し寄せたことによって仮眠室が一杯になってしまい、「入浴だけなら入れる」という状態になってしまっていたのだとか・・・。
 実際、私よりもずっと早く、ここに到着した皆様もいらっしゃったのに、その時点でかなりの数の仮眠難民が発生していたらしいですから、私がノコノコ行ったところで、時間をロスするだけだったでしょう。

 久慈市街地で国道45号を離れ、395号に進路を転進します。
 ここからは洋野町、軽米町の山地を横断して行くコースです。

 こんな時間ですから、車通りなんてほとんど無い・・・と思ったのですが、養鶏、酪農関係の車が結構、通っていましたね・・・。
 生き物相手のお仕事は、朝一番から色々、大変な作業があります(学生時代に実習で経験した)ので、真夜中から勝負の時間になっているようでした。

 この区間、2年前にも走っているのですが・・・どうもその時の記憶は、ほとんどありません。
 何度か、寝静まった集落を通り、どこかで周囲の斜面の一面に、大規模な集合住宅の明かりが広がったような記憶がありましたが・・・。
 前回のブルベ後、周囲に集合住宅のような建物がなく、何かを見間違えたか、幻覚だったのか・・・と考えていましたが、その謎が今回、2年越しで明らかになりました。

 今回、走ってみてわかりましたが、前回、集合住宅の明かりだと思った施設は、かなり大規模な養鶏場でした。
 かなり広い範囲に、同じ形の鶏舎がずらりと並び、産卵周期のコントロールのためなのか、鶏舎内を明るく照らす照明の光が窓から漏れていたことから、それが長屋住宅の集合体のように見えていたのでした。

 途中、道の駅おおのでお手洗いに寄りましたが、このお手洗いは暖房入り、というか、凍結防止ヒーターの熱気がお手洗い棟内を温かく保っていたので、ベンチがあれば、仮眠場所に良かったかもしれませんね・・・。
 ちなみに、バス停の東屋では、参加者が仮眠中だったので、そっと脇をすり抜けてコースへと復帰しました。

 この、洋野町から軽米町にかけての区間は、物凄い星空の下を走る事になりました。
 周囲に大きな町がなく、町灯りが空に照り返さないためか、それはもう、星座の形を探すのが一苦労になるほどの星が空を埋め尽くしています。

 ぼんやりと、天の川も見えていましたから、この時の空は、どれだけクリアだったのでしょうか・・・。

 反面、そういうド晴天な空ですから、放射冷却でも起きたのか、周囲の寒気は、真冬といっても良いくらいの物です。
 吐息が白く、ライトの光芒を浮かび上がらせるのを見ながら前進を続けると、どこかの集落の暗闇から、不意に「頑張ってね~!」という声がかかります。

 ・・・おばーちゃん、びっくりして心臓が止まるかと思ったよ・・・(^^;)。
 (まだ暗い時間だったが、お散歩されているお年寄りの方がいらっしゃったのだった・・・)
 とにかく、「ありがとうございま〜す!」と手を振り返しましたが、内心、多いにビビってましたよ・・・。


15091948.jpg
やがて東の空が白んできた。
二度目の日の出を迎える。


 赤石峠を越える辺りで、東の空が白んできました。
 軽米町の中心に至る頃には、周囲も明るくなってくれるでしょう。

 この辺りで、PBPでご一緒したトマゾーさんに追い付かれました。
 どうやら、久慈辺りで仮眠中の所を追い越していたようです。

 ここで、久慈の健康ランドで、あれこれと色々な事があった事をお聞きし、ああ、立ち寄らなくて良かった・・・と、本気でホッとしましたね・・・。

 トマゾーさんは私よりずっとハイペースで走られていたので、ここで先行して頂き、私はマイペースで五戸へと向かいます。

 それにしても、先ほどから全く見覚えのない場所、というか、本当に印象に残っていない場所ばかり通過しているなあ・・・。
 2年前のレポートを読み返してみると、この辺りでは睡魔にやられてグダグダになっていたらしく、当時の事は、既に記憶から抹消されてしまっているようです(^^;)。
 軽米町辺りでカフェイン増量型の補給食を摂ってからは、また急に記憶が復活しているんですけれどね・・・。
 (道の駅おおの辺りから軽米市街地付近までの記憶が、本当に曖昧だ・・・)


15091949.jpg
日の出とともに、
周囲に霧が立ち込め始めた。

15091950.jpg
って、ちょっと濃すぎないか?(^^;)


 日の出とともに、周囲には濃い霧が立ち込めるようになりましたが、この霧が、局所的には物凄い濃度になっていて、視界が10m以下なんて時もあったりしました。
 昼夜の気温差の影響か、特に川沿いの地区ではこの影響が物凄い状況のようです。


15091951.jpg
ついでに、この時の気温。
8℃って、
関東の冬と同じくらいじゃないかな?(^^;)


 うん、これは寒い(確信)。
 夜の間、動いていないと寒かったのも納得だ(笑)。

 とにかく、濃霧地帯を抜けたら、日光が照りつけて急に暖かくなってきました。
 このまま、青森県との県境へ、一気に登り上げましょう。

 この先、県境への道も、イガグリ爆弾が大量に散布された道でした(^^;)。
 オーディナリーのKさんは、構わずバキバキ踏み潰しながら走っていたようですが、ロードのタイヤでそれを真似するのは、さすがにためらわれます。
 明るくなってからの到達で助かりました・・・。

 長い坂道なので、先行していた人達が落ちてきたり、逆に速い皆様に追い越されたり・・・。
 今回は、強力なカフェイン剤の力を借りることなく登っているので、ペース自体はそれほど速くありません。
 着実、順調に、と言い聞かせながら登坂を続けます。


15091952.jpg
そして県境に到達した。
はるばる来たぜ八戸!


 約26時間かけて、やっと岩手県を脱出です(改めて思うが、でっかいな、岩手県 ^^;)。

 ・・・しかし、ここで安心してしまったからか、それとも疲労のタイミングがたまたま当たったのか、この先、南郷地区に至ったくらいで、突然、体に力が入らなくなりました。
 ここからは国道4号へとアップダウンをこなして、五戸のPCまで、まだ約25kmほどを走る必要があるのですが・・・。

 とにかく、先を進むことにして、下りはそれなりに。
 登りはヨロヨロと前進を続けます・・・が。

 さすがに無茶がありそうだったので、途中で一旦停止して、パワーバージェルを補給しておきます。
 PCまで持てばいいので、何とかこれで繋がって欲しいものです。

 剣吉交差点まで来たら、数年前までそこにあった蓮池は、パッと見で、一面に生い茂るヨシ群落に変わっていました・・・。
 いったい、何があったのでしょう?
 あんなにヨシが繁茂すると、他の植物が入り込めなくなって、陸地化が進んでしまいますが・・・。
 (一時的な物であればいいけれど、今後、あのまま放置されると、少々まずい気がする)

 まあ、池はあるのだけれど、ヨシの影で見えなかっただけ、ならいいのですけれどね(^^;)。

 そして、コースはおひさしぶりの国道4号沿いに、五戸方面を目指します。


15091953.jpg
緩やかだが、
長い登りを経て五戸町。
結構、大型車が通るので、
危険を感じる道筋でもある。


 国道4号区間は、とりあえず登って、下れば終わりなのですが、さすがは一桁番号国道だけあって、早朝から容赦ない交通量です。
 特に大型車との交錯に気をつけつつ、登坂車線に逃れ、峠の頂上をクリア。

 あとは一気に下ればPCです。 
 途中、ごく短いスライド区間で、トマゾーさんとすれ違って、PCに辿り着きました。

PC6チェック:07:16(542.5km)

 ここまで来て、やっと走行距離は半分を超えました。
 長かった・・・。

 そして、2年前は、ここまでが自力で辿り着けたPCでした。
 あの時はこの先、十和田湖を越えて、御鼻部山展望台に至る途中で台風の先ぶれの風雨に捕まり、高標高域で冷えた膝痛が限界に達したことで、DNFを選んでいます。

 今回は、変な所でカフェイン強化型の補給食を摂食しなかった事もあって、カフェイン切れの反動もなく、この時点で、食欲もまだ残っています。

 さあ、次のPC、弘前まで繋ぐ事ができれば、そこから先は時間制限が緩和され、ある程度は楽ができる事になります。

 それよりも気になるのが、この先の一大景勝地ゾーンです。
 5連休だった今年のシルバーウィークの、この日はちょうど中日に当たるはず・・・。
 (この時、私からは既に曜日感覚などは消失していたけれどね ^^;)

 嵐渋滞に続いて、観光地渋滞がどんな風になっているのか、少々恐ろしい気がしつつ、前進を再開するのでした。


(続く)



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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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