日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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あこがれの空の下を PBP2015参加記録 実走編 Part.3

 雨続きです。

 気温も涼しくなっており、どうも秋の訪れが早まっているような気配がします。
 まあしかし、この土曜日に東京で研修を受けた際、まだセミが鳴いていましたけれどね・・・(仙台はとっくに沈黙 ^^;)。

 そろそろ、ブルベシーズンは終わりを迎えるくらいになってきましたが、秋雨ブルベになると色々面倒なので、せめて秋晴れの空を期待したいものですが・・・。

 では本題です。
 PBP参加記録の実走編、Part.3をお送りします。

 PC3、タンテニアックに日没間近に到着し、体調不良を訴えていたSさんとは別れて行動する事になりました。
 次のPC、ルデアックにはドロップバッグがあり、そこでシャワーを浴びたり、仮眠したりする事で、ブレストまでの道をリフレッシュした気分で走る事ができます。

 残り80km強を頑張ればいい、と思う反面、ニ度目の夜を迎え、睡魔の再侵攻が心配になってきます。
 睡魔が来る前に、できるだけ先に進んでしまいたいのですが・・・。

 という訳で、詳細は例によって裏置きします。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。


1.2度目のナイトライドへ
 タンテニアックを出ると、さすがに日が傾いてきました。
 2度目の夜が近付いています。

 暗くなると、再度睡魔の攻勢がはじまりそうな、嫌な予感がしてきます。


15083024.jpg
そして、ここで先頭集団とすれ違う。
こちらがまだ半分も走っていないのに、
もうすぐ全行程の3/4をクリアする。
凄まじい速さだ。


 急いで構えて撮ったため、かなりブレブレになってしまいましたが、これがPBPのA&Bグループで形成された先頭集団です。
 彼らは、PBPがまだレースだった時代の伝統通りに、1秒でも速くゴールする事を目指して走っています。

 今回、元プロレーサーの三船雅彦さんが、日本人としては唯一、この先頭集団の、想像を超えた極限の戦いの中に身を置いておられました。
 それを知っていた私は、PBPオフィシャルベストの前を開き、AJジャージが見えるようにした上で、すれ違い時に「アレ!アレ!アレ!」と声をかけていました。

 私はとんでもない鈍亀野郎なので、この先頭での戦いがどんな物かは、想像する事しかできません。
 それでも、最前線で戦う日本人に、そして、100年を越える伝統の中で戦う皆様の姿を見て、反射的に声援を送ってしまっていました。

 なお、PBPでトップでゴールしたからと言って、何か特別な栄光があるか、というと、そんな事はありません。
 単に、あいつは凄い、というハクがつく程度でしょう。

 それでも、そのわずかなハクのために戦う人達もまた、PBPを「正しく」楽しんでいる人達なのだろうなあ、と思うのです。
 (いや、実際には、物凄く苦しんでいると思いますけれど・・・)


15083025.jpg
これはいくつ目の教会だろうか。
他の方のレポートでも、
結構、写真に撮られていた。


 日が落ちて暗くなると、やはりと言うか、睡魔の侵攻が始まりました。
 途中の休憩ポイントであるクディアック(Quedillac)では、かなり眠気の侵攻が進んでいて、オーダーしたボール入りショコラがなかなか出て来ずに苛ついたり、ちょっとした受け答えが物凄く面倒で、ささくれ立った返答になっている事に気付いたり・・・。

 駄目だ、ちょっと寝よう、と思い、食堂の片隅に寝転がって、20分ほど仮眠しますが・・・。
 寝たのか、寝られなかったのか、イマイチわからぬまま、再スタートとなります。


15083026.jpg
クディアックを出発する頃、
2度目の夜が来た。
そして、既に睡魔が危険レベル。


 日が暮れて暗くなると、急激に冷え込んできました。
 タイジャージに身を包んだ一団が、クディアックの休憩ポイントに設置された、バーベキュー用らしいグリルのそばで、身を寄せ合って震えている姿を横目で見ながら、コースに復帰します。

 これ位の時間になると、対向方向からは、早い時間にスタートしたグループが折り返してくる姿が多く見られるようになりました。
 暗い空間に、突然、明るい光の塊が現れたと思ったら、何人もの参加者がパックを組んで、物凄い勢いで後方へと走り去って行きます。

 こちらはまだ半分も進んでいないのに、何というスピードか・・・。
 先頭で出発したグループとの間には、4時間の時間差がありますが、たったの4時間のアドバンテージで、400km近い差を付けられています。
 A, Bグループは、どんなバケモノの世界なのでしょうか・・・(こちらが遅すぎるだけ、という正しいツッコミは忘れて下さい ^^;)。

 それにしても、仮眠したにもかかわらず、コースに出たら、即座に睡魔の時間となりました。
 何度も、「眠いー!」と訴え、ミントガム等も噛んでみますが・・・フランスで買ったミントガムは、すぐに味がなくなってしまうので、あまり眠気覚ましになりません(しかも、噛み心地が硬くて、違和感が強かった)。

 ちゃりけんさんから、日本のミントタブレットや、日本の眠気覚ましガムを分けて頂いたりしましたが、それほど長時間、効果は持続しませんでした。
 これはかなりまずいな・・・。
 体の状況から、国内で、スタート前に十分休めずに出走した600kmのナイトライドを思い出します。
 あのときは、仮眠のつもりで横になったら、もう朝まで目覚める事はなかったのですが・・・。

 しかし、国内だと、自販機でブラックコーヒーは買えますし、コンビニで眠気覚ましのガムやミントタブレット、カフェイン入りのドリンク等、様々な眠気覚まし対策をとれますが・・・このフランスでは、そんな対応は取れません。

 途中、何度も止まって休憩させて頂きましたが、その時、地平線の上に、北斗七星がはっきりとした姿を見せていました。
 それを見て、ふと思いついてライトを消してみたら・・・。

 一面の星とともに、天の川までもが肉眼で見られると言う、とんでもない夜空が広がっていました。
 クディアックから、まだそれほど離れていないはずですが、こんな場所で、これほどの星空が見られるとは・・・。

 相変わらず、周囲は外灯もない暗闇の道ですが、そのため、日本のような光害を招かず、素晴らしい夜空を眺める事ができているのか、と、妙に新鮮な気分となります。
 日本は、確かに豊かな国だと思いますが、物質的な豊かさを求めるあまり、こうした面での「豊かさ」を失ってしまっていないでしょうか・・・。

 なんて事を睡魔でダルダルになった頭で考えても、事態は好転しません。
 気がつけば、右前方に反射ベストの光が集中している場所があります。

 私設エイドのようです。
 よし、ここで一旦、コーヒーでも飲んで、体を温めましょう、という事で、ちゃりけんさんと私は、明るい空間に引き込まれて行きました。


15083027.jpg
この私設エイドでコーヒーを飲んで、
生き返った気分になる。
ここは有料制?だったようだ。


 暖かいコーヒーを飲み、これで少しは睡魔も晴れるだろう、と思いましたが、そんなにうまく行きませんでした。
 またすぐに睡魔にやられはじめたため、途中で通りかかった町の教会の前で仮眠を挟みましたが、それでも睡魔は晴れません。

 とあるラウンドアバウトに出た所で、ここで一度、思い切って寝ましょう、という話になり、SOLの封筒型エマージェンシーシートを引きずり出して、大型のラウンドアバウトの真中にある、円形の交通島の芝生の上に横になります。
 スタート直後に、どなただったかが冗談めかして、「あの中央の島が、いい仮眠場所になるんですよ」と言っていたのを思い出し、なるほど、確かにそうかもね・・・という気分でした。

 通過する参加者のチェーンの音が聞こえていたのは、数分程度でしょうか・・・。
 午前1時まで、40分ほど寝て睡魔が飛べば、いつもの調子で走れるようになり、ルデアックのチェックまで間に合う、という計算でしたが・・・。

2.拡大する綻び
 「あ、これはまずい!」というちゃりけんさんの声で目が覚めました。
 時間は1時半。当初考えていた仮眠時間より、随分長く寝ていました。

 ルデアックまでは約20km。しかし、タイムアウト(2:30)までは1時間を切っています。
 アラームはもちろんかけてありましたが、2人とも、それに気付かぬまま爆睡していたようです。

 これはまずい!
 飛び起きて出発準備・・・の前に、ちょっと待て!何だこの寒さは!

 エマージェンシーシートから体を引きずり出したら、全身がガタガタ震えるほどの寒さに襲われました。
 この時、ちゃりけんさんのGPS上で、気温は6℃。
 何だよ、その気温は!真冬と同じじゃないか!

 日本では、仙台でも30℃近い気温が当たり前のこの時期に、この低温は効きました・・・。
 急いでウールインナーの薄手の上に、さらに中厚を加え、レインスーツの上下を装備して、ヨロヨロと再スタートです。

 成り行きから1時間以上の仮眠になっていましたが、それでも私の睡魔は晴れませんでした。
 駄目だ、眠い、ふらつく、と、減速し、時には停止し、気がついたらちゃりけんさんの姿は全く見えなくなっていて・・・。


15083028.jpg
そして、ここで無情にもタイムアウト。
ルデアックまでは、
まだ10kmはある。


 睡魔でふらつき、全く速度を上げる事ができません。
 ここまで酷い睡魔にやられたのは、初めてです。

 時差ボケ、長時間渡航の疲労、前夜の神経の高ぶり etc.
 原因は色々考えられますが、まあ、コンディション調整不足、の一言でしょう。
 (スタートからここまで、自分のペースで走れなかったのも、結構痛いか?)

 とりあえず、PBPは一旦、タイムアウトしても、2つ向こうのPCまでの間に回復させてからゴールすれば、完走として認定される事は、レギュレーションにもうたわれています。
 そのためには、ルデアックまで、なるべく最短時間で到達しなければ・・・。

 しかし、睡魔の侵攻はさらに強くなったようで、気がついたら道路の左端を走っていたり(フランスでは完全な逆走)、右端の草ゾーンに突っ込んで、慌てて急ブレーキをかけたりしていました。
 ずいぶん危なっかしい走りになっているのが自分でもわかりますが、周囲からはさらによくわかるようで、何度も「起きろ!」「まっすぐ走れ!」などの声を浴び、時には肩を小突かれる事もあったりします。

 道路の両側には、行き倒れたように、多数の参加者が仮眠している姿が見られます。
 中には、フレームを股間に挟んだまま寝ている人もいたりします(事故じゃないよな、あれ ^^;)。
 なんだか、凄い状況だな、と、自分の睡魔でグダグダな状態を横において考えていたりしました。

 その先で、睡魔でフラッとなった時に、追い越しざまに「アーユーOK?」と聞かれる事がありました。

 「ソー・スリーピーナウ」
 「オンリー3km、レフト!」

 どこの国の人かはわかりませんが、そんな激励を受けながら前進を続けます。
 GPSを持っていたちゃりけんさんとはぐれたため、私は現在、道路脇に設置されている案内板を頼りに前進を続けています。

 サイコンの距離表示から、そろそろルデアックのPCが近くなったはずだ、と思った頃、ラウンドアバウトに入る時、「Brest」の案内板が、道路標識の支柱に設置されていました。
 その先、標識の支柱をじっと見ながらまわって行くと・・・。

 なんだか、随分まわったけれど、まだ表示が出ないぞ・・・と、あったあった、ここを右か・・・。
 ヘッドランプの光の中で、表示板の三角の図形(表示板の中では、矢印の先端部分の三角だけが反射材になっていた)が右を指している道路に向かって、何の疑いもなくハンドルを切ります。

 しかし・・・その先の道路は、どうも違和感がある場所でした。
 いや、違和感というよりも、物凄く強い既視感がある道筋というか・・・。

 変だな、と思いつつ、しばらくそのまま前進して行くと、再び、方向表示板が出ます。
 よし、次はどちらに進むんだ・・・と思って良く見ると、その表示板は・・・。

 「Paris」

 ・・・って、おい!

 折り返してんじゃねーか!
 何でだよ!

 慌てて右に車体を寄せて、すぐ後方のパックが通過するのを待ってから、Uターンします。
 既視感があって当然です。さっき、通ったばかりの道なのですから!

 思った以上の距離を戻り、先程、表示がわからなかったラウンドアバウトに出ました。
 そこには、未明だというのに、何人か、観戦している若者達の姿があります。

 先程と同じように、標識の支柱を見て回って行きますが・・・パリ方面以外の表示板が見当たりません。
 一周してしまい、二周目に入って半分ほど行った所で、若者達から、「パリ?ブレスト?」という声がかかりました。
 「ブレスト!」と答えると、若者達は、こっちだこっちだ、と、何の表示もない道路を指差します。

 三周目に突入してから、彼らが指し示す場所をよく見ると・・・道路の縁石に、「Brest」の文字と矢印がペイントされていました・・・。

 そんな表示に気付けるかぁ!
 あ、いや、表示の付け方は、統一しておいて下さいよ・・・(泣)。
 (次回参加される皆様、十分にご注意あれ!)

 一足早い折り返しはそこで打ち切られ、ルデアックに到着したのは、タイムアウトの時間から1時間後の、3:30頃でした・・・。

 ルデアックで車体を停めて、コントロールの場所は・・・どこだ?

 既に営業を終了しているように見えたバーカウンターに人がいたので、「イクスキューゼ・モワ?(エクスキューズ・ミー?の仏語)」と近寄って、ブルベカードを示しながら、「コントロール?」と聞いてみると、

 「オーバーゼア!」

 という答えとともに、入口側の建物を指さしで教えて頂けました(PCでは、結構英語も通じた。というか、この程度のやり取りとゼスチャーでも、困っている事を示すと、何とか理解して頂けるものだ)。
 メルシー、とお礼を言ってから、チェックへと向かいます。

 「タイムアウトから、1時間、オーバーしてしまった」
 「うん。だが、それがどうした?(スタンプをポン)」 

 ありゃ、ホントにタイムアウト扱いにはならないんだ・・・。

 その後、日本のドロップバッグポイントに行ってみると、ちゃりけんさんと、何とSさんの姿が!
 Sさんはタンテニアックでしばらく仮眠後、マイペースで前進を続けて、このルデアックの時間内に間に合っていたそうです。
 また、ちゃりけんさんは、私よりも40分ほど早く到着していたようです。

 私は、睡魔の強襲による足止めや、ラウンドアバウトの表示見落としにより、一足先にパリ方向に戻ったりしていたため、一番遅くなったのでした・・・。

 ドロップバッグは、ルデアックのコントロールの中で、駐輪場から非常に目立つ位置に、整然と並べられていました。
 屋根もあったので、恐らく、雨であっても濡れる事なく、そこに置かれていた事でしょう。

 このドロップバッグのシステムは、同じ宿舎に泊まっていたタイの皆様も、「洗練されたシステムだ。私たちも、次回からは使いたいな」と感心しておられました(なお、タイが組織だって参加したのは、今回が初めてらしい)。
 また、このシステムがあるためか、日本人は全体的に軽装な人が多く見られた気がします。

 そして、私もこれを頼りに走ってきたのですが・・・既に借金生活に落ち込んでいた事から、ルデアックでゆっくりしている時間は残されていませんでした。
 着替えも、シャワーも、仮眠も、少々後回しです。うむむ、睡魔め、何という事だ・・・。

 とにかく、ドロップバッグからは補給食と予備電池だけを引っこ抜いたら、すぐにコースへと復帰しなければなりません。

 なお、これ位の時間帯から先は、私の中では随分余裕がなくなっていたようで、画像の撮影枚数が極端に少なくなっています。
 ルデアックも、PCの画像が全くないと言う・・・。

 既にこの段階で、私は精神的にも追い込まれていたのかもしれませんね・・・。

3.遠い夜明けまでの戦い
 ルデアックで既に借金を1時間抱え、とりあえずマイペースで進もうか、と、メンバーに先駆けてPCを出発します。

 補給食と予備電池はフロントバッグに納めます。
 ドロップバッグをあさりつつ、眠気覚ましの何かも一緒に準備しておけばよかったな、と思いますが、時既に遅し。
 とにかく、行けるところまでは行こう、という覚悟で前進を開始しました。

 次のチェックのカレ・プルゲールまでは、約80km。
 タイムアウトまでは約5時間あるので、順調に進めば、何とか間に合うはずです。
 そう自分に言い聞かせながら、コースへと出て行きます。
 未明の空の下、最も暗闇が深い時間帯でした。

 何度かアップダウンをこなしているうちに暑くなってきたので、レインスーツを外し、AJ反射ベストの上に、PBPオフィシャルベストを重ね着します。
 この組み合わせの保温効果は結構強力で、体幹に関しては十分すぎるほどの暖かさを保てました。

 その後、コースに従い走っている・・・と思っていましたが・・・長い長い登りの途中で、ある地点まで来たら、前方にも後方にも誰もいない事に気付きます。
 おかしい、道を間違ったか?と思って引き返そうとハンドルを振ると・・・ライトの光の中、至近距離に牛の姿があらわれてギョッとしました(有刺鉄線を挟んでいたけれど、2m以内にあの巨体はビビる ^^;)。

 牛の方は、向けられたライトが眩しいのか、迷惑げにブモ~ッという抗議の声を上げていました。
 その声に反応したのか、あちこちからモー、モーと呼応するような鳴き声が上がったため、どうやら放牧場の間の狭い道に迷いこんでしまったらしい、と気付きます。

 思った以上に長い下り坂を下って行くと、前方に明るい白銀の光と、赤いテールランプが横切って行く交差点が見えました。
 ああ、どうやら曲がらなくて良い場所を曲がってしまったらしい・・・と思い、その交差点まで行ってみたら・・・。

 ミスコースの原因、納得。
 私が迷い込んだ横道から、ルデアックに向かって、車のタイヤの泥汚れが伸びていました。
 ライトの狭い視野の中で、無意識にこの泥汚れをトレースして、横道に入ってしまったんだな・・・。

 正規コースに復帰し、坂を登って行くと、少し走ったところで、ルデアックを後発だったはずのSさんに追い付きます。
 ミスコースの間に先行されてしまっていたようです。

 「ミスコースしちゃいました」

 と、言い訳のように伝えて、先行させて頂きます。
 ブレスト方向への表示板を見落とさないように、先行者のテールランプの動きに注意しながら進んで行きます。

 とある、それなりの幅員の幹線道っぽい場所に出て、前進を続けます。
 遠くに、赤くポツリと小さな光が見えるのは、多分参加者でしょう。

 テールランプを追いかけつつ、周囲にも気を配りながら前進している・・・と思っていたのですが・・・。

 ふと気付くと、今まで、多数の折り返し走行者との擦れ違いなどもあったのに、なぜかその姿が消え、バックミラーの中にも明るい光が見えなくなっています。
 しかし、しばらくしたら、明るい光の塊のようなものが前方から近づいてきたので、ああ、すれ違いの人なのかな、と思ったら・・・。

 「ヘイ!※□▲◎~ブレスト?」

 仏語で問いかけられましたが、ブレスト方向はこれで合ってるのか?と聞かれた事はわかりました。

 「(進行方向を指差して)ブレスト!メイビー・アイ・シンク」
 「クリア?」
 「メイビー」

 多分、合ってるはずだ、と答えたものの、私自身も段々、不安になってきました。
 問いかけてきたライダーは、クルッとUターンして私の前に出ると、急加速して登り基調の道をグイグイ進んで行ってしまいます。

 もしかして、また道を間違ったのか?と思いつつ、また数キロ進むと、とある交差点で、先程、Uターンして行った参加者を含む数名が止まっているのが見えました。
 西洋人が主体で、南米系らしい人が2人ほど含まれています。私が近付くと、向こうから呼び止めの声がかかりました。

 「ヘイ!」
 「何かトラブルが?」
 「お前、GPSは持っていないか?」
 「すまない、持っていない」
 「モバイルは繋がるか?」
 「少し時間をくれ」

 どうやら、本格的にミスコースしているな、と、この時、気付きました。
 ポータブルWi-Fiのスイッチを入れ、スマホを機内モードから復帰させます。

 「どうだ?」
 「現在地はここらしいけれど・・・」

 日本語版のGoogle Mapでしたが、画面には日本語表記と現地語表記が同時に出ているので、多分、わかってもらえたでしょう。
 それを見たフランス人ライダーが、ちょっと待ってくれ、と言って、自分の携帯電話でどこかに連絡しています。


15083029.jpg
キューシートとマップで、
コースを確認中の参加者達。

PBP公式ベストの、
目立ちっぷりが凄いが、
これ位の反射材面積がないと、
フランスの夜闇では
全く役に立たなかった。


 「どうやら、俺達はコースを外れているみたいだ」

 フランス人ライダーが電話中に、南米系らしい人が、英語で声をかけてきます。

 「そういえば、誰も付いてこないし、誰も対向して来ないな」
 「ああ、何かおかしい。日本人なら、GPSを持っていると思ったんだが・・・」
 「すまない、あまり好きじゃないんだ」

 と言っている間に、また明るい光が後方から近づいてきます。

 「誰か来たな」
 「彼にも話を聞こう」

 と、新たに現れたアジア系の風貌の参加者にも事情を聞いてみると・・・。

 「コース通りだと思うのだが、違うのか?多分、標示どおりに来ていると思うんだが」

 さらに混乱が深まっただけでした・・・が。
 ここで先程、電話をしていたフランス人が、通話を終わらせ、何事かを周囲に呼びかけます。
 南米系の風貌の人が、「コースに復帰しよう。道順は彼が電話で聞いた、と言っている」と英語に通訳してくれました。
 (仏語とスペイン語かポルトガル語で話していたらしい。各言語は似ているので、理解できる部分が多いのだとか)

 フランス人ライダーを先頭に、今来た道を集団で戻り始めます。思わぬ所で、国際色豊かなパックに加わる事になりました。
 途中、同じように止まっている数人の集団がいたので、声をかけて、続くように促します。

 最終的に、15人くらいの集団に膨れ上がったでしょうか・・・。

 と、しばらく行った交差点で、止まれ、の合図とともに先頭のフランス人が止まります。
 しばらくまた、電話で会話後、標識を確認してから、行くぞ、と、横道に逸れて走り始めると、道は日本の峠越えにも等しい長さの急坂に変わりました。


15083030.jpg
暗闇に沈んだ町の中で、
こっちが正しい道だ、と、
再スタートする。


 集団の全員に戸惑いが走りますが、今は彼を信じてついて行くしかありません。
 そしてどうやら、周囲は樹林の中のようで、参加者らのライトの光が照らす範囲以外は、全く見えません。

 急勾配の長い坂のためか、徐々に集団から切れ落ちる人が現れ始めます。
 坂の入口の時点で、数人が足を止めてしまっており、登坂を開始した10人と少しのパックメンバーのうち、先頭のフランス人はクライマーなのか、スイスイと登って行きますが、続く人達はいろいろ大変そうでした。
 ちなみに、私も必死に食らいついています。

 ふと気付くと、坂を登っているのは私とフランス人だけになっています。
 バックミラーの中に、ライトの光が小さく、遠く見えています。

 「誰もついてこない、一旦、止まろう」

 英語で声をかけましたが、どうやらよく伝わっていない様子です。
 私が何度も振り返って、後ろを指差して、ストップ、ストップ、と声をかけ続けて、何とか察したようでした。

 「(たどたどしい英語で)君はフランス語は?」
 「ソーリー、英語と日本語だけだ」
 「英語(アングレ)と、ホワット?」
 「ジャパニーズ」
 「パルドン?」
 「(あ、そうか)ジャポン」
 「ああ、ジャポン、ジャポンね」

 妙に納得されたのは、多分、私が東洋人だったからでしょう。
 その後、後続を待っている間に、たどたどしい英語で、お前、この坂で俺についてこれるなんて、良いクライマーだ、というような事を言われた気がします。
 こちらは、引き離されたら終わりだと思って、必死だったのだ、と、それ以上にたどたどしい英語で返します。

 良く見ると、そのフランス人ライダーは白髪交じりの髪にたっぷり口ひげを蓄えた、私よりもかなり年配と思われる人でした。
 しかし、体の方は、どう見ても体脂肪率が一桁パーセントのような、細身で締まったアスリート体型です。
 そして、この後、恐ろしいほどの速度でパックを引っ張っていくという、ハイパー爺さんなのでした・・・(というか、西洋人のお爺さんたち、元気すぎ!何であんなに猛スピードで、笑いながら走ってるのよ ^^;)。


15083031.jpg
西洋人と南米系、そして、
アジア人一名というパックで、
真っ暗な道をリカバリーのため走る。


 この時点でVOLT 700、レザインのライトともに、バッテリーインジケーターが赤になっていました。
 他の人達が追い付いてくるまでの時間の間に、VOLTのバッテリーを交換しておきます。

 ゴールまで走るとして、あと二晩は走らないといけません。
 レザインのライトは、どうやら明るさ設定を間違えていたことから、短時間で消耗してしまったようですが、VOLTの方も、思ったほどは持ちませんでした。
 今夜一晩くらいは持つと思っていたのですが・・・。これで、最後まで走れるのだろうか・・・。

 数分後、南米系の参加者2名と、西洋人一名が、ゆっくりと坂を登って追い付いてきました。

 「他は?」
 「引き返して行った。別のルートから行くつもりらしい」
 「わかった、行こう」

 という感じの、スペイン語かポルトガル語とフランス語での会話があり、先に進むことにします。
 いくつか、暗闇に沈んだ町と集落を抜けて行き、とある場所でまたフランス人ライダーが電話で位置を確認後、また峠越えに等しい距離と斜度の坂を越えて進みます。
 いい加減、登りは勘弁して欲しい、と思いはじめた頃に現れた町の中に、ぼんやりと明かりが灯った道筋が見えます。
 よし、あの道だ、と先頭のライダーが指差す先には、かなり密度が薄くなったランタンルージュの列が見えていました。
 (という訳で、町や村の中でも、外灯がついていたのは、PBPのコース沿いだけかもしれない。それ以外の場所は、全て暗闇だった)

 これで無事にコースに復帰・・・って、あれ?この教会前は、だいぶ前に通っていないか?

 その私の記憶は確かだったようで、しばらくの間、見覚えのある交差点と、見覚えのあるラウンドアバウトが続きます。
 無事にコースにリカバリーできましたが、随分マイナス方向に来てしまっている・・・。
 借金生活者である私に、これは厳しい!

 ずいぶん後方に戻っていた事に気付いたからか、パックの速度も自然、上がって行きます。

 この時は、リカバリーをともにした人達で、何となくパックを作って走っていましたが、ずっと先頭を走っているフランス人のお爺さんが、とにかく速い。
 途中で、後ろから追い越して行く人の中から、GPSを装着している参加者を捕まえたようで、道案内をお願いしながら、さらに速度を上げていきますが・・・。

 ルデアックで食事をする暇もなく飛び出し、ミスコースとリカバリーで度重なるアップダウンを越えて、既にエネルギーが枯渇寸前だった私は、そのままパックから切れ落ちました。
 というか、気付いたら、私の後ろに続いていたはずの半分以上が切れ落ちて、いなくなっていました・・・。

 この段階で、私は体内のエネルギーが枯渇してしまったようで、ほとんど力が入らなくなりました。
 登りでは、簡単に一桁キロ速度まで落ちますし、下りでも足を回すのが、かなり億劫になっていました。
 そして、サイコンの読み速度で、15km/hを下回っているのが常態・・・。
 
 ええ、もちろん、私はこの時、睡魔の猛攻を受けていたのです。

 本当に、意識が持って行かれそうになって、何度も道路脇の草叢に車体を停めてハンドルに突っ伏してみたり、軽くストレッチをしてみたりして、睡魔を飛ばそうとしましたが、全然ダメです。
 登りの区間で遅くなるのは仕方がないとしても、速度と距離を稼ぐため、下りの区間は、それなりに走りたい・・・。
 何度かそう考えて、何とか実践しようとするものの、なかなか体がついてきません。

 とある場所で、前を走るランタンルージュの流れから、相当の距離に渡った下り基調の道に入った事がわかりました。
 よし、それなら、ここで少しでも距離と時間を稼ごう、と、ハンドルの握りを変えて、頭を低くして、ダウンヒルに備えました。

4.Abandon
 私は長いダウンヒルに備え、頭を低くして、坂を下りはじめました。

 ・・・次の瞬間、乱暴に体を揺さぶられて目を覚ましました。

 ヘイ!ヘイ!という緊迫した声とともにアイウェアを引きはがされ、無理矢理開かれた目の前に、自転車のライトが突き出されます。

 うお、何だよ、眩しい!
 思わず目をかばったその動きを見て、周囲の緊迫ムードがとけます。

 「ヘイ、ジャポネーゼ、OK?」
 「あ、うん、OK、ノープロブレム」

 会話もできることを確認したら、私を揺さぶっていた人達は、随分安心した様子でした。
 周囲に集まっていた数人が着ていたジャージには、Itaryの文字と、赤白緑の国旗があった事から、イタリア人のパックだったのでしょう。

 と、私の周囲にいる人達と同じジャージに身をまとった、すらりとしたイケメンな参加者が、ずいぶん遠くに転がっていた私の車体を引っ張ってきます。
 チェーンが外れており、ライトがあらぬ方向を向いていました。

 しかし、ホイールは普通に回転しますし、ハンドルの向きも正常。
 ブレーキが前後ともに片効きになっていたので修正すれば、走れそうです。

 彼らの説明によれば、私は下り坂の緩やかな左カーブを曲がらず、そのまままっすぐ、道路脇の草叢に突っ込んで、素掘りの水路内に吹っ飛んだのだとか。
 バイクが思い切り宙を飛んでいったので、これはとんでもない事故が起きたのではないか、と、慌てて停車してくれたらしいです。

 まあ、問題は・・・そんな事故を起こした本人が、そんな経緯を全く覚えていないという事で・・・。
 完全に、居眠り運転やらかしていたな・・・。しかも、そんなに派手にクラッシュしたのに、倒れてなお、まだ寝ていたとか・・・。
 (道路脇は、部分的に草の刈り残しがある地面で、柔らかくて意外に寝心地が良かったのだ ^^;)

 ここで休め、寝ろ、それから行け、と、言い残すと、イタリア人集団は出発して行きました。
 サンキューとその背中に投げかけましたが・・・グラッツィエの方が良かったのかな、などと、恐らく状況からすると、かなりズレた事を考えていたり・・・。

 しばらくぼんやりと座っていると、目の前を、X, Y, Zグループのパックが次々と駆け抜けていきます。
 同じTグループを見かけることは、まずなくなりました。ああ、完全に最後尾グループだな、これは。

 それにしても、事故ってしまったか・・・。
 その瞬間の記憶さえない、という事は、かなり酷いコンディションだと考えるべき所です。

 これ以上、無理をすると、確実に命に関わるトラブルを起こすでしょう。
 ここではっきりと、限界を意識しました。とにかく、次に辿り着いたコントロールか休憩ポイントでリタイアしよう。少なくとも、そこまでは安全に走るように努力しよう。

 そう考えて、もうゆっくりでいいから、時間なんて何時間かかってもいいから、と、前進を開始する事にします。
 (実際、その数時間後に、ルデアック付近で、居眠り運転したライダーが左車線に入ってしまい、対向方向から来た自動車と正面衝突事故を起こした、との事だった。一歩間違えば、私もそうなる可能性があったと思う)

 外れていたチェーンと、片効きのブレーキアーチを直し、前進を再開します。
 ノロノロと走っている間に、周囲は徐々に明るくなってきて、そして霧が立ち込め始めました。

 単なる朝霧というよりは、ほとんど、霧雨と言っても良い濃さでした。

 ウェアの表面が水滴で濡れ、そして濡れたウェアが一桁気温の走行風にさらされ、物凄い寒さが襲ってきます。

 少し進むと、ガタガタ震えながら半袖ジャージのまま走っている、Nグループのタイ人参加者に追い付きました(背中のシンハービールのロゴに見覚えがあった)。
 ヘロヘロの私でも追いつけるくらいの速度ですから、相当に遅い速度であったはずです(この区間の私のグロス速度は、10km/h程度だった・・・)。
 そして、既にTグループの私が借金組ですから、Nグループの彼はもう・・・。

 それにしても、あまりに苦しそうなその様子を見かねて、思わず声をかけました。

 「ヘイ、タイランド、ウインドブレーカーかレインスーツは?」
 「持ってない」

 え?なんだって?

 タイチームは、組織だって参加者を送り込んできたのは、今年が初めてだったという事です。
 夜の冷え込みなどの情報は、ある程度、聞いていたとの事ですが、ここまで冷え込むとは思っていなかったようで、初参加国にありがちな、「初めてゆえの勝手のわからなさ」に苦しんでいたようです(日本も2003~2007年に通ってきた道だ。私たちは先人の皆様の残した情報をもとに、様々なノウハウを得ている)。

 「大丈夫か?」
 「ゆっくり行く。先に行ってくれ」

 心配ではありましたが、私もあまりゆっくりできる身ではありません。気をつけて、と言い残し、前進を続けました。
 ちなみに、タイチームとは、ツアーで取った宿舎が一緒だった事もあり、スタート前や、ゴール後に、日本人参加者とタイ人参加者が談笑する姿が見られましたが、その時、日本人参加者達から、様々な情報を吸収して行ったようです(私もいくつか、情報を提供した)。

 次回のPBPでは、きっと、今回の経験を生かして、ぐっと装備を充実させて、再チャレンジして来る事でしょう。
 同じアジアの国が、次回、どんな躍進を見せてくれるのか楽しみです。

 周囲は明るくなってきましたが、霧が物凄く濃くかかっているため、視界がほとんどありません。
 ここで私の横を、ベロモービルが異次元の速度で通り抜け、そしてブレーキランプの赤い光を残して、霧の向こうに消えていきます。

 ・・・本当に、あれに追い越されても、全然悔しくないな・・・。


15083032.jpg
幹線道らしい場所に出たが、
霧が濃くて何も見えない。


 霧はますます濃くなり、レインスーツの上着を着用しないと、体が芯から冷えてしまいそうでした。
 前進する速度は、もう歩いているのと変わりはないかもしれません。
 ハンガーノック一歩手前かな・・・。睡魔と疲労と、何かわからない物で混濁した頭の中で、そんな事を考えてしまいます。

 「ゴー、ジャパン、ゴー!」

 ヘロヘロな状態の私を見かねてか、追い越しざまにそんな声をかけられることが、何度もありました。

 「サンキュー!」

 とりあえず、そういう返事だけは返せましたが、もう、力が出ません。

 とにかく、現在地はどこなのだろう・・・。
 度重なるミスコースと、サイコンのリスタートミスのため、もはや距離計は何の役にも立ちません。
 距離だけ見れば、カレ・プルゲール手前の休憩ポイントであるサン・ニコラに、とっくに到着(もしくは通過)していてもおかしくない数字になっています。

 とにかく、今の段階でサン・ニコラかカレ・プルゲールか、どちらかに近付いていれば良いのだけれど・・・。

 と、道路脇に、アジア人らしい参加者が立っている姿が見えました。
 同じアジア人に親近感が湧いたので、彼に現在地を聞いてみよう、という気分になりました。

 「エクスキューズミー!」

 次のPCまで、あとどれくらいの距離かわかりますか?
 そんな感じの意味になるであろう内容を英語で尋ねると、相手の方はちょっとドギマギして、口から出た一言が・・・。

 「え~っと、ですね・・・」

 え?

 「あ、日本人ですか?すみません・・・」

 ・・・コントかよっ!というような、とても間抜けな一幕を演じてしまいました(^^;)。

 どうやら現在地は、サン・ニコラまで10km程度の所だろう、との事でした。
 あれだけ頑張ったのに、まだそこまでしか来ていないのか・・・。軽い絶望感が体をずっしり重くします。

 リカバリー走で日本の峠越えに等しい斜度の道を何度も越え、余計な距離を走った結果、エネルギーは完全に枯渇気味になっています。
 それだけ頑張ったのだから、できれば、カレ・プルゲールに近付いていて欲しかったですよ、本当に・・・。

 なお、道路脇に止まっていたその方は、他国の参加者と接触したか何かで、フロントホイールを壊してしまったため、ここでDNFするとの事。
 そして、補給食の一部を譲って下さいました。

 既にハンガーノックに近い状態だった私に、それはとてもありがたい物でした。
 その場で封を切って、ジェルをグビグビと補給します。

 「頑張って下さい!」

 その声援を背中に受けて、再度出発しますが・・・すみません、その声援にはお答えできませんでした・・・。
 (後日、懇親会でこの時の方にお会いできて、お礼を言えて良かった)

 しかし、頂いた補給食のおかげで、再度、力が湧いてきました。
 ここからは、少しだけ調子が上向き、速度に乗せて走ることができました。

 しばらく走って行くと、霧に煙る中に反射ベスト姿の経路案内の人が立っているのが見えます(ボランティアの皆様が着ているのもEN1150対応ベスト。さすがに、遠方からでもよく見えた)。

 道案内があったという事は・・・どうやら、サン・ニコラに近付いたようです。

 そのまま、市内をクネクネと誘導に従い走りますが、これ、もう一度、何の案内もなく走れと言われても、絶対無理だぞ、と言いたくなるほど、何度も曲がりくねっていました。
 空が完全に明るくなり、霧が晴れ、日差しが温かみを増してきた頃、やっとサン・ニコラの休憩ポイントに到着しました。

 「パリ?ブレスト?」

 入口でそう訪ねられます。

 「ブレスト!」
 「OK、シークレット・コントロール!」

 え?シークレット?
 ここが往路のシークレットだったのか。

 往路、復路ともに、どこかに一箇所あるとは聞いていましたが、それがここだったとは。
 食事&休憩ポイントなので、通過しても良いと思っていましたが、止まってチェックを受ける必要がありそうです。

 睡魔でグデグデの意識を何とか繋ぎ、コントロールまで行きましたが・・・そこにあった時計の針は、約30km先のPC、カレ・プルゲールのタイムアウト時刻である8:30を示していました。
 ここから、さらに30km。今の体では、2時間はかかるでしょう。

 この段階で、既に暫定3時間の借金。ならば、ここからブレストまで、130kmを7時間で走らないと、認定にはならない・・・。
 立っていても寝落ちそうな今の体で、それができるだろうか・・・。

 「アバンダン(リタイヤする)」

 睡魔でぐらぐら揺れる頭で、ほぼ無意識にそう伝えると、チェック係の人は、私のヘルメットのフレームナンバーと時計を見比べ、しばらく考えると、「OK」と言って、スタンプの横に一言、「abandonner」と記しました。

 そして、傍らのノートに、私のフレームナンバーを記録した後、足首の計測チップを返還するように求めてきました。
 チップを返すと、引き換えにブルベカードを返され、そして握手を求められます。

 「You did good ride.」
 「メルシー・ボク」

 それが私のPBP2015の終わりでした。


(続く)



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コメント
こんにちは。紹介頂いてた、プロジェクトマジックでの記事を書いた白川です。
DNFまでのみちのり、壮絶でしたね。自分がAJの海外レポートに書いた台湾1200の時も大ミスコースや幻覚があって大変だったので、思い出しました。今回のPBP参戦記で1番良かったです。
2015/09/07(月) 09:27 | URL | 白川 #cYPQwWac[ コメントの編集]
Re: タイトルなし
白川さん、コメントありがとうございます。
ツイッターでも紹介いただいたようで、ありがとうございました!

白川さんの記事を読ませて頂いた時は、「ああ、私が感じたことや、伝えたいことが、本当にわかりやすくまとまっているなあ」と思いましたので、真っ先に紹介させて頂きました。

今回のPBPのコース上では、とにかく睡魔が酷くて、それが判断力の低下を招いてミスコースを誘発し、ズルズルと悪い方に引きずられた気がします。
4年後、また参加できるならば、今回の教訓をいかして、もっと長く(時間も距離も!)、この夢の舞台を楽しみたいと考えています!
2015/09/07(月) 12:41 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
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Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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