日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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あこがれの空の下を行く PBP2015参加記録 いきなり総括編

 この土日に、無事に日本に帰ってきました・・・が。
 今週に入ってしばらく、時差ボケなのか何なのか、午前中は頭がボーッとして、あまり仕事が効率的に進められない状態が続いています。

 ところで、今回のPBP参加に際して、当初、日本に置き忘れたと思っていた自転車の灯火類ですが、自宅に戻ってからいろいろ探しましたが、見つかりません。
 また、出発前の持ち物チェックシートを見返すと、出発日の朝段階でバイクボックスに納めてあるとチェックされていました。

 ちなみに、小分け用のポーチに、ライト類一式と携帯工具、アーレンキーセット、ニッケル水素充電池をセットで入れていましたので、これら全てが現在、行方不明です。

 ニッケル水素充電池は、海外では非常に高価なものである事などを考えると・・・。
 まあ・・・・あまり考えたくはありませんが、カギがかからないバイクボックス内からは、手間暇さえ惜しまなければ、抜き取りは可能なのですよね・・・。

 一応、出発前日に前泊した中心街のホテルにも、(バイクケースを開いた覚えはありませんが)忘れ物の照会をお願いし、見付かりませんでした。
 自宅の方でも継続的に探してみてはいますが、今では、灯火類を入れていたポーチは、空港で抜き取り盗難された可能性が濃厚だと考えています。
 (証明できないので、可能性の話としてだけ、ここに記載しておきます。なお、ニッケル水素充電池の国内販売価格を考えると、成田の作業員がそれを行うのは、あまりに割に合わないので、もしも本当に抜き取り盗難ならば、恐らくはCDGの方だろう)

 ニッケル水素充電池は危険物に相当しないため、機内預入、手荷物持ち込みともに制限がかかりませんが、こういうリスクがありますので、手元に持ち歩くか、カギのかかるトランク内に納めるようにして、自衛しましょう(というか、海外慣れした人からは、そんなの常識だろ、と言われてしまったよ ^^;)。

 では本題です。
 さあ、夢のような時間を過ごしてきた、PBP2015ですが・・・。
 そのレポートにかかろうと思うものの、記憶が新しい(変に美化されない)うちに、これだけは纏めておかないといけないと思ったので、まずは今回参加した結果の、総括編を纏めておく事にします。

 ・・・ですが、既に総括としては、見事に纏められたブログサイトの記事が上がっているので、まずはそちらを見て頂くと、今回のPBPの雰囲気その他は、本当に良くわかると思います。

 プロジェクトマジック
 「普通脚力のランドヌールによるPBP入門、あるいは4年後の挑戦者への手紙

 サイクルベース名無し
 「[Race & Event] PBP(Paris-Brest-Paris) 2015

 ブロマガ
 「【自転車】PBP初見プレイ攻略法。

 う〜ん、私みたいに、無駄に冗長な所がなくて、見事にコンパクトに纏められていますね。
 もう、私が言いたい事のほとんどが網羅されていますし、もはや私が何かを付け加える必要なんてないんじゃないかな・・・。

 いや。
 いやいや。

 たとえ被っても、内容的に陳腐でも、多くの視点から見た記録を残しておけば、複数の記録によるクロスチェックなども行えて良いに違いない!

 ・・・という訳で、約530kmでDNFしてしまった私の視点から見た、PBP2015の総括編をお送りします。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。

 まあ、無駄に長いだけで、総括になってない、という気もしなくもありませんけれどね・・・(^^;)。


【私の脚力など】
 私の脚力は、今回、PBPに参加された日本人ランドヌールの中では下の上か、下の中くらいのレベルだと思います(宮城ブルベでは、下から25%以内の常連です)。
 目安の実績を書いておくと、

 ①興津600を、途中、健康ランドで1.5時間ほど仮眠して37時間35分。
 ②24時間切りの好タイムが頻発した宮城400羽前陸前周回を、24時間35分。
 ③標準的な走行時間は、200で11.5~12.5h、300で17~19hくらい。
 ③典型的な坂嫌い。登りは一気に失速するのが常。

 また、最近、ブルベ走行中に睡魔の強襲に悩まされるようになっています。
 最近はスタートから12時間以上が経過した場合、まず間違いなく睡魔の影響を受けています。

 以前は、400kmを一睡もせずに走り切っても平気でしたが、今は間に適宜仮眠を挟まないと安全に走れません。
 睡魔の襲来時刻はその時々によって異なりますが、大体はスタート後、15時間が経過したくらいと、夜が明け、午前中の気温が高くなってくる時間帯に、大きく強烈な睡魔が訪れます。

 という背景を踏まえて、以下を読んで頂きたいと思います。


15082601.jpg
スタート位置につく。
緊張と歓喜と興奮が渦巻く。


【現地の気候】
 寒暖差の激しい気候であり、昼夜の気温差だけを見れば、東北地方の4月中旬~5月の連休頃という感じです(最高気温が23~24℃、最低気温は10℃かそれ以下)。
 ちなみに、パリから西に進むに連れて気温はグンと下がり、ブレストでは昼間でも20℃に達しないこともあったようです。

 なお、日本よりも格段に湿度が低いようで、日差しがまともに肌に突き刺さるように感じられます。UVアームカバーやレッグカバー、アイウェアなしで走るのは、かなり危険を伴うでしょう。
 (日差しの強さで体力を奪われ、また、視界がちらついたりする可能性が高い)

 そして、欧州圏では太陽の紫外線による皮膚がんが多いという理由も、今回の走行で嫌というほど理解できました。
 それくらい、太陽の有無による寒暖差(あるいは太陽の放射熱)は激しいです。

 晴天の昼間であれば、日向の体感温度は30℃越えは確実で、熱中症が心配になるレベルです。
 反面、日影はぐっと体感温度が下がり、夕暮れ時などに薄暗い樹林帯の中を通った時には、思わず身震いが出るほど体感温度が下がりました。
 恐らく、雨天の場合、昼間でも体感温度はぐっと低くなるでしょう(2007年には日本人参加者の半数がDNFしたが、その原因が、悪天候からくる低温に対応できなかったことが原因とも言われている)。

 夜間は放射冷却が発生すると、一気に一桁気温に突入します。
 今回のPBPでは、2日目の夜がまさにそれで、最低気温は確か6℃くらい。真冬並みの装備でなければとても太刀打ちできず、インド、ブラジル、タイなどの参加者の中には防寒具を所持していない人も多かったため、PCで身を寄せ合って震えている、なんて姿もありました。

 私は薄手と中厚のメリノーウールのアンダーを持っていたので、それを着脱することで対応しましたが、最終的にはレインスーツを上下ともに装備して対応せざるを得なくなっていました。

【コースの特徴】
 コース延長1,230kmに対し、積算登坂標高(獲得標高)が12,000mなのは、日本で言う標準的な難易度のブルベに相当します。
 ただし、少し違うのが、日本のブルベだと、数百メートル級の峠を複数越える、などの形のコースであるのに対して、PBPのコースは丘陵地のうねりの中を、まともに突っ切って走るコースである事です。

 つまり、1,230kmの間、際限なくアップダウンが続きます。
 この表現をあまり信じられない、という人は多いと思います。事実、私も今回参加するまでは、まったく信じていませんでした。

 しかし、実際には本当に、平坦な場所なんて思いだせないくらい、いつまでも登って、下ってを繰り返しています。


15082602.jpg
スタート直後。
皆、テンションが高く、
実力以上の高速になりがち。


 冒頭で紹介したブログにて、このコースは東京の「南多摩尾根幹線」を延々と走っている感じだ、という表現があり、東京時代にそこを定番コースにしていた私には、ストンと理解できました。
 しかし、これは関東圏外の皆様には少々わかり辛い表現になると思われます。

 東北地区の皆様にお伝えするのであれば、標高差はそのままで、距離が1.5倍に伸びた三陸海岸を延々と走っている、と考えて頂くのが、イメージとして最もしっくりくるでしょう(多少マイルドだが、どこまでもアップダウンが続く、という部分において共通)。

 または、広域農道(フルーツラインとか、ビーフラインとか)を延々走っている、と言えば、北関東方面で開催されるブルベに参加される皆様の間では、ああ、確かにそうだよね、とご理解いただけるかと・・・。
 標高差自体は小さく、斜度も緩いため、数値データからは楽そうに見える坂が多いですが、その坂の延長が数キロ単位になっていると聞けば、どうでしょうか・・・?
 最初は、こんな坂、緩い緩い、と登り始めたのに、いつの間にか脚が削られ、筋持久力が限界になって、インナローへ・・・という事が普通におきます。

 斜度は緩くても、とにかく長い長い距離に渡って、坂が続くアップダウンです。
 それは楽な道であることとイコールではありません。
 むしろ、いつまでも足を削られ続ける、厳しい道であると理解してください。

 なお、私が見たところ、日本人は総じて坂耐性が強いと思います。
 西洋人は、体格と体重で絶対的に不利であるためか、上り坂では結構、落ちてくる西洋人集団がありますが、日本人はそれを追い越して進める場面も結構ありました。
 また、アフリカ系らしい参加者の方は、そもそも登坂に慣れていないのか、登坂のかなり最初の段階でインナローに入れて、シャカシャカと苦しそうに回していました。

 それと比べると、日本人は結構、皆様自分のペースでスイスイと登って行きます。
 山岳列島に暮らす民族の面目躍如というところでしょうか?

 とはいえ、坂が楽になる事は無いので、それなりの備えは忘れませんように・・・。

 ちなみに、登りの事ばかり書きましたが、下りも斜度が緩いため、慣性降下だけでは失速するので、ある程度、足を回さないと速度に乗りません。
 結局、楽をできるタイミングを掴めないという点で、恐ろしいコースかもしれません。

【沿道風景】
 最初、スタートのパリ郊外から走りだし、市街化区間を過ぎると、農業大国らしい雄大な景色が広がります。
 北海道から参加された皆様の間からは、美瑛の丘のようだ、という感想が出ていましたが、実際、風景も道路の整備状況(勾配なども)あわせて、美瑛周辺の状況に酷似している、という感想を持った皆様は、特に北海道のブルベを走ったことのある皆様の間では共通していたようです。


15082603.jpg
こんな風景の中を走る。

15082604.jpg
こんな場所も通る。


 とにかく、刈り取りの終わった麦畑や牧草地が延々と続く、雄大な風景が続きます。
 この風景を、飽きるほど眺めることができます。

 文字どおりの意味で。

 いや~、私のPBP2015は、オンコース上では往路のサン・ニコラまでの約493km、撤退のためにカレー・プルーゲルまでの526kmを走っただけなのですが、それだけでも飽きましたので・・・。
 (すげー、これはすげー、と感動していたのは、最初の1時間くらいだった)

 この広大な農地を抜けて、グイっと坂を登ると、石造りの昔ながらの建物が並ぶ村落だったり、小規模な都市だったりに入り、そのまま町の最高地点にある教会の脇を抜けて、下り坂に入って、再び広大な農地に出る・・・を何度も繰り返します。

 ・・・正直、飽きます。

 日本も全国各地、似たような風景が続くじゃないか、と思われるかもしれませんが、フランスの、この「不変的」というか「普遍的」というか、そういう風景を見ていると、日本は確実に多彩な景観に彩られた国なのだ、というのがわかりますよ。
 たとえそれが、管理放棄されたスギ植樹林の中を進む道であっても・・・。


15082605.jpg
教会は、その町のシンボル的な存在。


 まあ、もっとも、ヨーロッパの街は、侵略と戦争の歴史の中で作られてきた(一部の都市の起源は、共和政ローマの時代にまで遡れるらしい)わけですから、守るに易く、攻めるに難い高所に位置しているのは仕方がない事ですけれどね。
 そして、町の最も高所には、見張り台兼警報装置の機能も持つ教会を建てるというのも、歴史の中で、民族が生き残るための知恵として作られてきた物ですし・・・。

 それでも、広大な農地の中に、突然、中世から抜け出してきたかのような石造りの家々が並ぶ村落が現れると、それはそれで「おおっ!」という気分にさせられるものです。
 本当に、その辺の曲がり角から、驢馬にひかれた荷車が出てくるんじゃないかと錯覚するくらいです。

 まあ・・・何軒か、空家か遺跡か廃墟か、判断がつかない状態の家もあったりする訳なのですが・・・。
 (壁が道路側にオーバーハングするように膨らんでいたり、とかね ^^;)

 あと、観戦などで、地元の皆様等が道路脇で応援して下さいます。
 白髪交じりのお爺さんから、小さな子供まで、揃って道路脇に並んで、「アレ!アレ!」と声援を送ってくださいます。

 夜間、暗闇の中から突然、声がするとびっくりしますが(^^;)、とにかくこの声援がとてもうれしい!

 こちらも、ボンジュール、ボンソワール、などと声を返すのですが、深夜に小さな子供達が舌っ足らずに、「ぼんしょわーる!」とか返してくれるのが嬉しい。
 お爺さん、お婆さんが、にこやかに手を振ってくださるその笑顔が嬉しい。
 日本人が珍しいのか、「ジャポネ!ジャポネ!」と大騒ぎしている子供達がまた可愛らしい!

 疲れが吹っ飛ぶ・・・まではなかなか行きませんが、それでも、背中を押す追い風の一部になって、確実に前に進む力を与えてくれる気がします。

 ・・・しかし、バーで休憩中などに、話好きなおばちゃんにつかまると、ちょっと厄介だったり・・・(^^;)。
 もう仲間は出発しているのに、私だけ一人、つかまったまま出られない、という場面があって、非常に焦りましたよ・・・(笑)。

【PC滞在時間】
 どういう訳なのかわかりませんが、普通に1時間ほど停滞します。
 それほど長く居たつもりはなくとも、時計を見ると1時間ほど、簡単に経過している場合がほとんどです。

 駐輪場に車体を停めて、さて、コントロールはどこだ、と探す時間(日本語表示がないので、多少手間取る)。
 コントロールでチェックの順番列に並ぶ時間。
 補給のため、食堂の列に並び、料理を選び、清算を待ち、そして食べる時間。
 ボトルなどに水を補給する時間。
 次の区間に必要な装具類を整える時間。

 こうした時間を積算して行くと、あっという間に1時間になります。
 日本のブルベのように、コンビニにストップ、10分で出発、なんて事はまずできません。


15082606.jpg
PC内の食堂は、
大体こんな雰囲気。


 PBPの先頭集団の皆様は、コントロールでチェックを受け、5分ほどの時間で再出発して行くようですが、そんな芸当ができるのは、サポートスタッフが多数、ついているからです。
 すべてを自分でこなす必要がある身であれば、短くても45分、普通に1時間は停滞するものと考えて頂ければと思います。

 なお、ここでグダグダと無駄に時間を過ごすと、停滞時間は2時間等に膨れ上がりかねませんので、やるべきことをメモしておくなどして、効率よくこなす事をお勧めします。

【補給】
 日本のブルベとは、全く異なるアプローチが必要とされます。
 コースは基本的に、町と町の間を繋ぐ形で進んで行きますが、郊外の農地に出てしまうと、水も食料も補給は不可能です。
 補給食は、PCの出店や都市部走行中にスーパーやバーを見つけて、そこで購入しておかないと地獄を見ます。
 (ちなみに、川の水は日本と違って淀んでいるので、飲みたいとは思えないな・・・。そもそも、川を渡った記憶がほとんど無いし)

 日本だったら、どんなに寂しい道筋でも、自販機くらいはどこかにあるものですが、フランスではそれはあり得ません。
 というか、自販機自体が、ホテルや駅構内など、限られた人が入場可能な場所に設置されている程度です。


15082607.jpg
そして機械も、
日本の物とは違う。


 まあ、コース走行中にはまず出会う機会はありませんので、自販機の事は忘れ、全くないものとして考えましょう。
 (もしあっても、同じ2ユーロコインでも、使えるものと使えない物があったり、とにかく挙動が変であり、日本の自販機のように便利な物だとは考えない方が良い)

 そして食事は、多くの場合、PCやPC間の休憩ポイントに設置されている食堂でとる事になると思います。
 ここの食事ですが・・・好みの問題もあるでしょうが、総じて、日本人参加者にはあまり評判の良くないメニューが多いです。

 良く言われるのが、茹で過ぎて味のなくなったパスタ類(マカロニ、フジッリ、コンキリエ等)に、何で味付けしたのかわからないスープ等ですが・・・。
 まあなんというか、私の味覚的にいえば、「だし」の味が足りない!という感じです。


15082608.jpg
うん・・・。
なんというか、
もうひと味欲しい・・・。


 塩を大量投入することで解決している人もいらっしゃいましたが、私は塩をかけても口に合わず、かなりの量を残してしまいました・・・。
 というか、結果的にPCの補給所ではスープ内に入っている細切れの麺のようなもの以外、喉を通らなかった時もありました。
 炭水化物の摂取でさえ苦労するという状況に、かなり辟易して、日本から持ち込んだ水飴が主成分のグミキャンディーをポイポイと口に放り込んでいましたね。
 (ドロップバッグポイントまで持たなくなりそうで怖かったけれど、背に腹は代えられなかった・・・。アルファ米を持ち込んだ皆様の気持ちが良くわかった)

 ちなみに、パンはかなり美味です。
 特に、焼きたてのクロワッサンに出会えた時は、それだけを2個でも3個でも食べられる!というくらいです。

 ・・・が、これも徐々に飽きてくるわけで・・・。
 リタイアを決意したサン・ニコラでは、パンがあっても食べたいとは全く思いませんでした・・・。

 そして、PCの食事で一番困るのが、野菜類、特に生野菜です。
 私が見た限りでは、モルターニュの往路では、生トマトなどがありましたが、その他のPCでは(到着が最後の方だった事もあってか)ほとんどの場所で、野菜類の姿は見えず、果実類ならば運が良ければ残っている、という状況になっていました。

 これがもたらした弊害は・・・お食事中の方は読むのを控えて頂きたいのですが、数日後、便意はあっても便が出ず、さりとて放置するわけにもいかず、という形で、お手洗いから出られなくなったという・・・(食物繊維が足りない!)。

 PCが設定されているのが、そこそこの規模の都市である場合、周辺に食事ができる店などもあると思われるので、それを利用するのも一つの手です。
 ただし、パリ近郊や大観光地周辺ならばともかく、中堅以下の規模の都市内では、英語は通じず、フランス語のみの会話になりますので、それなりの語学力が必要とされるようです。

 さて、PCからPCまでの距離が約100kmともなると、炎天下を走る場合、途中でボトルの水が尽きる事も考えられます。
 そういう時にありがたいのが、私設エイドです。

 私設エイドでは、沿道の住民の皆様が、自宅前や庭先などにテーブル等を並べ、水やコーヒー、ココアなどをふるまって下さいます。
 場合によっては、アップルパイのようなケーキ等も置いてあったりしたようです。


15082609.jpg
私設エイドの風景。
冷えた夜に、
温かいコーヒーがありがたかった。


 全くの無料奉仕、という場所もあれば、チップ用の小さな容器が置いてある場所など、様々です(チップは特に金額が決まっている訳ではないらしい。頂いたものに応じて、チャリンと、入れればいいだろう)。

 ここで小さな子供たちが働いていた場合、ちょっとしたプレゼントを贈ると良い、という先人の記録もありますが、私は今回、特に何もしませんでした。
 (2011年の時には、ポケモン柄の絆創膏をあげたら、物凄く喜んだとの事ですが、今は流行りも変わっているかも・・・)

 なお、私設エイドは、完全なボランティアとして行って頂いている物です。
 あるだけで有り難いものであり、過剰なサービスを求めるのは間違いであると理解しましょう。

 冷え切った夜中に出会った私設エイドで飲んだ、温かい一杯のコーヒーの美味しさは、PBPの良き思い出の一つです(前後の極寒走行は、最悪の記憶ですが・・・)。

【トイレ】
 それほど期待してはいけません。
 というか、日本人の感覚で見ると、「何でこんな使い方ができるんだよ、オマエラ!」と叫びたくなるほど、酷い場所も多かったりします・・・。

 便器に便座がない、というのは、過去に参加した先人の皆様の多くが体験した珍事でしたが、実際にそうでした(^^;)。
 パリから離れるほどに、それに出会う確率が高かった気がします。

 一応、トイレはPCや休憩ポイントごとにあるため、そこを利用する形かと思いますが、時々、教会等に「W. C.」の案内が貼ってあって、そこで用をたす事もできたようです。

 私はそれ以外に、道沿いのバーなどで飲食したついでに、トイレを使わせて頂く事がありました。
 こういう場所は、結構きれいに使えた覚えがあります。

 なお、どうしても間に合わない場合は、道端で・・・という事になりますが、男性はともかく、女性の皆様は、少々、抵抗があるかもですね・・・。
 しかし、道端にバイクだけが置かれていて、ライダーの姿が見えない場合等は、まあ、まず間違いなく、その辺の草藪の中にいるんだろうなあ・・・と考えて通過することもありました(私は、小はともかく、大は文明の中で行った)。

 なお、これに関するエピソードとして・・・。
 私がとある場所で出会った風景の中に、道端にバイク、数歩進んだ先に反射ベスト、さらに数歩先にジャージ(上着)が脱ぎ捨ててあるという物があって・・・。

 う~ん、そんなに焦るほどギリギリまで我慢しなくても良かったのでは・・・(^^;)。
 あるいは、急に内臓にきたのかもしれませんが・・・。

 まあ、どちらにしても、「間に合っている」事を祈りましょう・・・。

【それでもPCは偉大な存在だ!】
 色々と悪い面も書きましたが、それでも、このPBPにおいて、PCはランドヌールにとって、とても重要な拠点である事に変わりはありません。
 普通に考えて、ここまで行けば飲食、仮眠、休憩、メカニックサービスに至るまで、色々なサポートを受けられるのですから、言葉の通じない異国を走行中の日本人にとって、どれだけありがたい場所なのか、想像できるでしょうか?

 たとえば、日本人にはまず、町中の看板が読めませんので、レストランやバーがどこにあるかわかりません。
 しかし、PCまで行けば飲食ができる、というだけでも、物凄い安心感がありますからね。

 なお、PCで受けるサービスは、通過チェックとトイレ以外は有料です。
 そりゃまあ、これだけの事を無料奉仕でやれ、という方がおかしい(^^;)。

 ちなみに、欧州圏では高額ユーロ紙幣(100ユーロとか)による買い物は、偽札などの恐れもあって、一般の商店であっても拒否される事が多いです。
 高くても20ユーロ札程度までとしておかないと、金はあるのに、PCでのサービスを受けられない、という間抜けな事態にもなりかねません。
 この辺りは、お金をユーロに両替する際に、「小額紙幣で揃えて!」とお願いし、小額紙幣のみで出してもらうとよいでしょう(言葉の問題が発生するので、成田空港で両替して行くことをお勧めする)。

 あと、硬貨は計画的に使わないと、どんどん財布が重くなります(物理的に)。
 見た目によく似たコインが多いので、私は透明なチャック付ビニールケースにコインを入れて、どれとどれを出せばいい?と聞くようにしていました(これが一番確実だった)。

【食品の物価】
 高いです。
 日本の1.5倍程度と考えて頂いて問題ありません(滞在費のほとんどが食費だった)。

 バーで買うと、コーラ350mlが2ユーロ。
 スーパーだと、コーラ500mlが1.8~2ユーロでした。
 1ユーロ=130~140円と考えると、日本よりも割高ですよね・・・。

 なお、2019年までの間に、物価についてはさらに変動していることと思います。

 ちなみに、フランスではコカ・コーラは、「コカ」と呼ばれています。
 ペプシコーラは、「ペプシ」のようです。

 また、スーパーにはレッドブル等のエナジードリンクも置いてありましたが、海外で販売されているこれらエナジードリンクは、日本とは違い、ドリンク剤の添加物であるタウリン等の物質が含まれている場合があるので、成分表示に十分気をつけてから飲んだ方が良いでしょう。
 一応、私が現地でラベルを調べた限り、フランスのレッドブルにはタウリンは含まれていないようでしたが・・・。
 (机上調査では、フランスではタウリン入りのドリンクの製造・販売に、法令で規制がかかっているらしい)

【ナイトライド】
 月齢が新月付近だった事もあり、暗闇の度合いはとても深いものでした。
 またコース上は、基本的に街灯という物があまり整備されておらず、町を離れると灯火そのものが存在しないという事もあって、自分のライトの光だけが頼り、という場面が普通でしたね。


15082611.jpg
暗闇の中を進む。


 灯火類が即席だった(不足分を現地で買った)私としては、普段使っている信頼性の高い装備が必要だ、と痛感した場面でもあります。
 ただし、あまりに闇が深いため、日本の夜とは違って、ライトの点灯モードのうち、最も光量が暗いモードでも十分役に立ったのは、電池の節約という意味で見ると、非常にありがたかったと思います。
 (峠の下りのような、急勾配のウネウネ道がないのも、それほどの光量が必要とされなかった理由だと思う)

 ちなみに、夜間の休憩中に、ふとライトを消してみたら、肉眼で天の川がはっきりと視認できましたよ・・・。
 日本では、都市部から相当離れた山間部でもなければ見る事が出来ないものを、平野部、しかも都市に近い場所で見られるとか、凄い話だと思いましたね・・・。


15082610.jpg
ミスコース中のパック一同。
あっちだ、こっちだと、
地図とキューシートを見比べ、
リカバリールート検索中。


 逆にいえば、日本はどれだけ無駄にギラギラ、灯火を焚いてるんだ、という事でもあるわけですが(^^;)。
 まあ、フランスはこういう国ですから、原発で電気を作ったら、他国に売るほど出来るというのも、何となくわかりました・・・。

 あと、町中には夜間にも街灯がついていましたが、もしかしたらそれも、PBPのコース上の町だけだったのかもしれません。
 というのも、夜間にルデアックからサン・ニコラに向かう間のどこかで集団でミスコースをして、フランス人ライダーの先導でリカバリー走行中に通った村落は、すべて暗闇に沈んでいましたので・・・。
 (おかげで、どこをどう通ってリカバリーしたのか、地図では全く追えない、謎のルートになっている ^^;)

 なお、ナイトライドで一定の速度を保つためには、適切な睡眠時間を確保する必要がありますが、私は今回、これに完全に失敗しました。
 一応、同じ東北圏から参加している皆様と一緒に走っていたのですが、眠くなるタイミングや走行スタイルがお互いにバラバラなため、なかなかうまく歯車がかみ合わず・・・。

 PC1に着いた時点で、予定より時間が遅れているので、すぐに出よう、という話になったのですが、私としてはこの時、貯金が2時間あったので、1時間寝てから出たかったという・・・。
 ここで離脱を宣言していれば良かったのかもしれませんが、初参加で勝手がわからない私は一緒に出発し、この後も睡魔にやられながらの走行となって、チーム全体に迷惑をかけてしまったのでした・・・。

 それと。

 今回も案外、夜間に一人きりで走っている日本人女性の方がいらっしゃった気がしますが・・・。
 (毎回、何であんな危険な事をさせているんだ、と、他国の参加者から厳しい目で見られていたと思うのだが・・・)
 私も今回、最初の夜に一人で走っておられた日本人女性をお見かけし、100%押し売りでエスコートに回って朝まで走りましたが、同じような場面に出会った方はいらっしゃいませんか?

 4年後参加の皆様、同じ国からの参加者を無用な危険にさらさないよう、紳士的に行きましょう。

 あと、今回、Audax Japanが企画してくださった反射ベストですが・・・。

 一応、EN1150規格に準拠する形の反射材の面積、配置を考慮してデザインされた(ただし、規格認証の試験は受けていない)との事でしたが、現地で見ていると、夜間の目立ち方としては、前後とも明らかに反射材が不足していました。
 後方は特に、背面の左右両サイドに縦の反射ラインがなかったために、ライトを受けても、ほとんど反射材が目立たず、反射ベストを着ていないのではないか、という誤解を受ける要因にもなっていたと思います。
 (ポケットアクセス用のスリットにも反射材が付いているが、細すぎて全く目立たなかった。とにかく両脇に、縦に太い反射材のラインを入れるべきだ)

 実際、オフィシャルバイクから、「ジレ!ジレ!」と警告を受けた日本人参加者もいらっしゃったようです。
 もし次回も企画して頂けるなら、デザインの参考にしていただけると幸いです。
 (PBPオフィシャルベストが、あれだけの反射材面積を確保しているのは、最低限、それ位の備えがないと、全く役に立たないからなのだ、と、今回のナイトライドで理解できた)

 なお、昼間においては、同じ日本人の印として、これほど優秀な物もありませんでした(^^;)。
 本当に、PCでは遠目からでも、あそこに日本人が集まっている、とわかりましたし、すれ違う日本人も、ベストを見ればすぐわかりましたので、それを目印に声援を受ける事もありましたしね・・・。

【コースの案内表示】
 往路は「Brest」、復路は「Paris」、のそれぞれの印字がある矢印の案内板に従えば、コースは辿れるようになっています。
 とにかく、ものすごい数の案内板を設置した関係者の皆様には、本当に、感謝の言葉も出ない位に感謝しています。


15082612.jpg
んん〜?
この先で、右前方ね。


 ・・・ですが・・・。

 この案内板の表示、設置場所が結構バラバラで、場所によっては、とてもわかり辛い場合もあったりなんかして・・・。
 私はルデアックに至るまでの間の、どこかのラウンドアバウトで、入口側には標識の支柱にブレスト方向の表示があったので、同じように標識の支柱を順に見ていったのですが・・・。

 あれ~、随分進んだけれど、表示がないな~、あ、ここを曲がるのか、と曲がってしばらく前進。
 しかし、妙に違和感というか、既視感のあるルートだな、ここ・・・と思って、次に出てきた表示を見たら・・・。

 「Paris」と書いてありました(爆)。

 うをぉい!何で早くも折り返してんのよ!
 そりゃ、既視感もありますわね、さっき通ったばかりの場所なんだから!

 慌てて路肩に停めて、パックが通り過ぎるのを待ってからUターン。
 先程と同じラウンドアバウトに出て、もう一度、ブレストの表示を探すが、ない・・・。

 一周して、二周目に入ったところで、観戦していた人から、「パリ?ブレスト?」と声がかかります。
 「ブレスト!」と答えると、ここだ、と手ぶりで案内されました。

 おい、何の印もない・・・と思ったら、観戦者が自分の足元を指さしています。
 よく見たら、道路の縁石に「Brest」の文字と矢印がありました・・・。

 ・・・案内のつけ方、統一しておいてくれよ・・・(^^;)。

 とりあえず、一足早い折り返し行は終わらせられましたが、無駄な時間を食ったのは間違いありません・・・。
 こういう事もあるので、皆様、十分に注意して下さいね・・・。

 なお、その後、ルデアックを出てからサン・ニコラの休憩所(往路シークレット)に至るまでの間で、案内の見落としのために集団でミスコースを一回やらかし。
 撤退のため、サン・ニコラからカレー・プルーゲルまで行く間にも、どこかで案内が不備だったかか見落としだったかで、完全に位置をロストして、現地の標識と、気のいいお爺さんの道案内でクリアしたという逸話があります。

 ・・・海外用としてだけに、GPSを買おうかと思った瞬間でした・・・。

【スタート時間の選択について】
 今年もいろいろ情報が飛び交いました。
 中でも、「2011年は、20時スタート組は待ち時間も少なく、スムーズに出られた」という情報は、「17時出発組は、炎天下で3時間以上待たされて、やっとスタートした」という体験談とセットになってインパクトがあったため、20時スタートを選んでいた日本人が多かったように思います。

 しかし、今回、スタート場所が以前の競技場からベロドロームに変更され、スタートの捌きが非常にスムーズになったらしいため、スタート時間については、申告通りの時間には出られるように運営が改善されていたように思います。
 また、待機列の途中に給水所(水道水ですが)が設置された事から、待ち時間が長くなっても、ボトルが枯渇する心配はなくなりました。
 今後は、好きな時間を選んで、好きなように走るのが、一番良いかも知れません。

 それにしても、20時スタートの日本人の多さときたら・・・(結構な一大勢力でしたね、あの場では)。


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スタート待ちの参加者達。
うん、視界がやたら黄色いな。


【水】
 フランスを含む欧州では、水道水もミネラルウォーターも硬水が基本です。
 対して、日本の水道水やミネラルウォーターは、輸入品を除けば軟水がほとんどです。

 つまり、日本人は普段、水と言えば軟水を飲んでおり、硬水を口にする機会はそれほどありません。
 そして、体が硬水をいまいち受付ない私は、この「水」との相性に、かなり苦労しました。

 だって、飲む水、飲む水、全部に石灰の味が混ざって感じられるんですもの・・・(不味いというか、ちょっと毒っぽい味に感じられるのだ・・・)。
 DNFしてパリに戻ってから、宿の近所のスーパーでVolvic(欧州では珍しい軟水のミネラルウォーター)を見つけた時には、その場で一人で狂喜乱舞しましたよ。


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深夜営業中のバーで一休み。


 なお、その硬水も、粉末のアミノ酸や電解質タブレット等を溶いたら、何とか飲める味に変わったので、硬水が苦手な皆様は、試してみる事をお勧めします。

 しかし・・・うう、あの硬水の味を思い出したら、気分が悪くなってきた・・・。

【他国の参加者との交流】
 コース上では、多国籍な参加者によるパックを形成して走ったり、コントロールでレストランはどこだ、チェックはどこだ、等、意外に他国の参加者から声がかかる事が多いです。
 私の場合、AJジャージを着用していた上に、オフィシャルのベストの背中に日の丸のワッペンをピンバッジでとめていたので、日本人だと丸わかりだったらしく、一人旅に転じてからは、「ヘイ、ジャポネ!」「ヘイ、ジャパン!」と声をかけて頂ける事が多かったですね。

 とりあえず、現地では英語でもフランス語でも日本語でも何でもいいので、意思表示を明らかにしましょう。
 何か伝えようとしている、という姿勢を見せないことには、何も伝わりませんし、聞こうと努力して頂く事もできません。
 そして、多くの場合、欧州圏の皆様は、理解しようと努力して下さり、理解できたことを喜んでくれますので・・・。


15082615.jpg
真夜中にミスコース。
リカバリーのため、
多国籍な参加者による、
パックを形成して走る。


 私の場合、昨冬、一ヶ月ほどマレーシアに滞在していましたが、その時の経験上、「無茶苦茶な文法でも何でもいいから、話して通じればそれで問題ない」という認識があったので、色々な国の人々と、それなりに話ができたと思いますが・・・。
 まあ、本当に話してきた人たちから見れば、全然ダメだったでしょうね(^^;)。

 ちなみに、ジャージ交換に関しては、私の場合、欧州圏の皆様と比べたら体格が小さすぎたためか、今回は一着も交換になりませんでした(笑)。
 (実は、ドイツ人から申し込まれたのだが、相手はアメコミヒーローのようなマッチョマンだったため、「もっと大きいの持ってる人いない?」という事で、結局、大柄な体格の方との交換に切り替えて頂いた)

 ま~、こればかりは、しょうがないよね~(^^;)。
 (アジア圏の皆様に声をかければ良かったかな・・・?)

 あと、他国の参加者との交流としては、撤退中の電車内で、色々面白い事がありましたが、それはまたいずれご報告しましょう。

【というわけで】
 私は今回、見事にDNFという結果に終わってしまいました。
 参加することに意義があるとか、そういう気持ちは全くなくて、参加したからにはできるだけ完走を目指すつもりでいたわけですが、結果的に、「これ以上は命にかかわる」と思われる状態になったため、DNFを選択しました。

 その経験から、完走に近付くために必要と思われた事を、以下に纏めたいと思います。

○良い意味で"わがまま"を通す
 私の周囲では、周囲ときちんと折り合いをつけつつ、自分のペースを崩さない人が、見事に完走していたように思います。まぁ、当然と言えば当然の話なのですが・・・。
 しかし、これがPBPに特有の、お祭り騒ぎ的な雰囲気に呑まれると、案外、できない事なのですよね・・・。

○弾丸ツアー日程は避ける
 今となっては、フランス到着がバイクチェックの前日夜というのは、少々日程に無理があったように思います。もう一日だけでも、早めにフランス入りしていた方が、時差にも慣れますし、休養も十分に取れたでしょう。
 パリまでの直行便なら、飛行機内に12時間、閉じ込められますが、その疲労度はかなりの物ですよ・・・(寝られなかったら、最悪だ・・・)。

○装備は信頼できるもので固める
 今回は、成り行き上、灯火類を即席構成で走らざるを得ない状況でした。そうならないように、念には念を入れた準備と対応が必要だったと思います。
 なお、ベテランの皆様の中には、「PBPには何も持って来なくても何とかなる。スタート地点で車体も含めて、全部そろうから」とうそぶく人もいますが、2015年に関しては、少なくとも車体の検査が通った後でないと、出店に近づく事さえできませんでしたので、この一言は完全に忘れた方が良いです。

○トラブルをネタと楽しむ心の余裕を持とう
 1,230kmも走るのですから、トラブルの一つや二つ、必ず起きます。それを、帰ってからブログにまとめるネタが増えた、とか、これをツイッターで流したらオイシイな~、と、逆に楽しめてしまうくらいに心に余裕のある人は、やはり強いです。
 もちろん、そこに至るまでに積み上げた経験とノウハウがなければ、単に「痛い人」で終わるので、注意しないといけませんが・・・。
 (逆に、トラブルを笑える範囲の小さなものに抑えられるだけのスキルを持つ、というのが正解かもしれない)

○撤退もまた、前向きな判断だと考えよう
 DNFした自分を擁護するような物言いではありますが(^^;)、これはやはり、大事な考え方だと思います。
 確かに、日本人は他の国々から比べたら、完走率は低いのかもしれません。しかし、だからと言って、限界を越えて、事故などを起こしてしまうのは、もっと駄目です。
 私が撤退中に出会った、欧州、南米系の皆様は、日本人のように「DNFかぁ、もっと走れたかもなぁ!悔しいなあ!」とうだうだ考えたりせず、「みんな無事に帰ろう。そうすれば4年後にまたチャンスがあるさ!」と、明るく前向きに笑っていましたよ・・・。
 (そして、同じ電車に乗り込んだ撤退組を、「メイト」と呼んでいた。どういう仲間だよ、それ ^^;)

(番外)ウェルカムミールはいらない
 16時頃、まだ受付時間内(17時までとされていた)に行ったのに、食事が既に売り切れで残っていない、との理由で、まだ大勢並んでいた参加者の入場をすべて断ってドアを閉め切ってしまうとか、あれはさすがに「あり得ない」対応でした。
 先にお金を受けとっておきながら、商品が切れたから入るな、とか、普通、あり得ませんよね・・・。
 また、ここでの食事はPCの食事とも大差ないようですし、私は次回は頼まないつもりです。カルフール周辺のカフェに行ったり、外の出店でサンドイッチを買って齧っていた方が、豊かな事前補給になりましたので、ご参考まで。

(番外その2)「遅れても、ゴールで時間救済がある」の噂は無視せよ(2016/3/1 加筆)
 走行時間も中盤以降になると、どこからともなく参加者の間に、「(悪天候などの理由で)●時間の救済がある」という噂が流れ始めます。
 日本が正式に初参加した2003年以来、毎回、こういう噂が流れているそうですが、「信じる者は、裏切られる」の法則が成立しているようです。

 2015年の時には、SNSが発達したおかげで、DNFしてホテルにいた私の所まで、その噂が伝わってきました。
 おかげで、何で走らなかったのか、と、DNF組が煽られる一幕があったりもしたのですが・・・。

 2016年1月末頃に正式リザルトが出ると、その救済の恩恵にあずかった人は、ゼロではなかったようですが、本当に限られた一部の皆様だけだったようです。
 どうやら、見事なまでの伝言ゲームだった、と考えるのが正解でしょう。

 まあ、私がフランスでその噂を聞いた(SNS上で目にした)時にも思いましたが、この噂。

 一次情報はどこから出たのか(信頼できる中核スタッフが発言したのか。それともPCにある、参加者への連絡ボード等に、そんな事が書いてあったりしたのか、等)。
 具体的に、誰が対象になるのか(全員? 一部? 特定のトラブルの現場に居合わせた人?)。

 などの、核心部分の情報は見事に抜け落ちているのですよね・・・。
 救済発生の理由についても、「ブレストでタイムアウト前にコース案内板が大量に剥がされ、ミスコースが多発した」とか、「最終日に悪天候があったため」とか、色々な理由が上がっていましたので、私は、「これはないわ~」と思っていましたが。
 (大体、あの時の雨くらいで、ブルベの時間が延びるわけがない。台風級の嵐が来たならともかく)

 とにかく、こんな噂を信じるくらいなら、先物取引の勧誘電話を信じた方がましなレベルです(いや、信じちゃダメだけど! ^^;)。
 2019年以降に参加する皆様も、こういう怪しげな噂が流れても、無視しましょう。

 「信じる者は、すくわれる(足元を)が、この手の噂の真実です。


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4年後。
またこの空の下を走りたい!



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コメント
さすがPBP
基本的な脚力以前に、色々と罠が多いのですね。
なるほど、さすが100年続くだけのことはあります。
これでYO-TAさんの4年後がなおのこと楽しみになりました。
2015/08/26(水) 21:14 | URL | KOMA #-[ コメントの編集]
Re: さすがPBP
KOMAさん、コメントありがとうございます。

今、思い出せば、水が一番キツかったです(^^;)。
日本みたいに、自販機という超優秀な補給線は存在せず、あっても体に合わない硬水・・・。
もっとVolvicが普及して欲しい物です!(切実)

>これでYO-TAさんの4年後がなおのこと楽しみになりました。
そうですね、それでは、隣で見届けて下さい。
一緒に行きますよね?
(あ、LEL2017の方に参加ですか?)
2015/08/26(水) 23:32 | URL | YO-TA #sTEMGF/E[ コメントの編集]
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YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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