日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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選択肢はただ一つ"完走" 2015 BRM523神奈川600km興津 Part.5

 何だかんだとレポートが長引いているうちに、次のブルベがまた迫ってきてしまっていました。
 (う〜む、三週間、インターバルがあったはずなのに・・・)

 次回は、BRM613宮城400km鳥海高原です。
 今の所、当日実走を考えていますが・・・うむ、雨の予報か(お約束)。

 ならば、また雨具の手入れをしっかりやりましょうかね!
 (備えれば晴れる。これが今年のジンクスだからね!)

 では本題です。
 私のブログ史上、最長のレポート(実走部分のみにおいて)となってしまいましたが、BRM523神奈川600km興津のレポート、Part.5をお送りします。

 5分割になったレポートなんて、一昨年の宮城1000以来です(そして、あの時は途中でDNFしていたので、最後の一回はスタッフ活動に転向してからのあれこれだったりする訳で・・・)。
 ちょっと長引かせ過ぎだろ、というツッコミも多々頂いていますが(^^;)、まあ、ウチのブログはこういうスタイルなんだから仕方ないっす・・・。

 とはいえ、あまり長く続けるのも何なので、ぼちぼち、幕引きといきましょう。

 スタートから25.5時間を走り続けて信州健康ランドに到着した私は、そこで仮眠に入ります。
 一応、10時前には出発しようと思っていたわけですが・・・。

 その後、どうなったのか、興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。

1.再起動
 1時間半ほど、まとめて寝たかったのですが、そうは行きませんでした。

 『まもなく、石和健康ランド行きのバスが出発します。ご利用のお客様は・・・』

 ぐぅ、なんだ、館内放送か・・・今の時間は・・・

 『ただいまの時間は、8:34分です』

 ああ・・・ご丁寧に、どうも・・・。

 って、まだ仮眠に入ってから30分ちょっとか・・・。
 これ、仮眠室だったら、館内放送も抑え気味なのかな・・・。

 昨年は無音から館内BGMへの切り替え時間で目が覚め、今年は連絡バスの出発時間を知らせる館内放送で目覚めました。
 ううう・・・来年も走ることがあるなら、伊那で寝るか、塩尻の往路で寝るか、健康ランドで寝るにしても、仮眠室を利用するようにしよう・・・。

 まあしかし、こういう事は何か起こるものだろう、という前提で仮眠に入っていたため、またすぐに眠りに落ちたようです・・・。

 その後、体感ですぐの時間にフッと意識が覚醒しました。
 ゴソゴソと耳元のスマホを引き寄せ、時間を確認すると、8:57分。ああ、まだあと30分ほど寝られる・・・。

 と思ったものの、その後、何故か目が冴えてしまい、再び眠ることはできませんでした。

 一時間程度か・・・まあ、全く寝ないよりずっとマシだ。
 ゴソゴソと起き上がり、出発準備を整える事にしました。
 ロッカールームに移動し、ロッカーの扉を開くと、我ながら顔をしかめたくなるほどの悪臭が漂いました。

 うぐぁ、24時間、動き続けた人間の体臭って、こんな酷いのか・・・。

 去年も確か、同じ事を考えた気もしますが、まあとにかく酷いにおいです。
 自分でも消臭スプレーをぶちまけたくなったくらいなので、他人からはどこまで酷い臭いに感じられる事やら・・・。

 ドロップバッグで汚れ物を預ける時は、完全密封可能な容器、袋を準備しておかないと、大変な事になる、という話は、どうやら本当ですね・・・。
 このまま宅急便などで発送しようとしたら、「生ゴミは送れません」と断られたという話も信じられますね・・・。

 チャック付きポリ袋の密閉状況を再確認後、大型サドルバッグにパッキングし、新しい半袖ジャージを纏います。
 反射ベストをさらに上に着込み、準備は完了。

 受付に鍵を返却し、車体の所に戻って出発準備を整えます。
 時間にして9:10頃、準備完了。
 仮眠前に、可能な限りのパッキングなどを済ませてあったため、再起動は最短時間で済みました。

 フレームにまたがり、再度、国道19号へと戻り、コースに復帰しました。
 ここから先の国道19号は幅員も広いのですが、路面がガタガタで速度を維持し辛いのは相変わらずです。

 少し進むと、路面は平坦な状況になりましたが、その先、広丘駅への入口の標識を過ぎた所で道路幅員が狭まります。
 再び広がると、すぐに塩尻峠への登り口である高出交差点です。

 ここを左折レーンに乗って左折すると、塩尻峠の登りがはじまります。

 復路の最高標高地点。
 そして、これを越えれば、完走がほぼ確実に視野に入ってきます。

 雨の予報はどこに行ったのか、太陽がジリジリと暑い日射しを投げかけてくる中、塩尻峠への登りがはじまりました。

2.二つの峠越え

15052363.jpg
塩尻峠の登りを開始。
この時点で、
反射ベストの背中が二つ、
距離を置いて遠くに見えていた。


 塩尻峠の登りにかかった時点で、私の中には一つの懸念材料がありました。
 それは、ボトルが二つとも空である事です。

 昨夜からずっと、水と麦茶が入っていたのですが、仮眠の間などに、暑い屋外にそのまま放置していた事から、中身がもう悪くなっている可能性を考慮し、信州健康ランドを出発する前に捨ててあったのでした。
 塩尻峠の登りの途中にも、何か所か自販機があった事を思い出し、そこで一時停止して補給しようと考えて、前進を続けます。

 登り口で見えていた二つの背中には、道の駅の手前で追いつきました。
 仮眠を終わらせたばかりの私の方が、体のコンディションは良さそうです。

 声をかけながら追い越し、道の駅前を通過すると、最初の駐車帯(ドライブインの駐車場だった場所か?)に自販機があるのが見えました。
 一時停止し、朝食を食べていないので、当面の食料としてゼリードリンクを飲みながら、水とスポーツドリンクをボトルに補充します。
 先程追い越した参加者2名と、ツーリストらしい自転車乗りが通過するのを見送ってから、再度、登坂開始です。

 ツーリストらしいサイクリストと、先程の2名の参加者を再び追い越し、クネクネとカーブを続ける道を進みます。


15052364.jpg
そして到着、塩尻峠頂上。
時間は10:15頃。


 まだ日陰に入れば涼しさが感じられるくらいの気温の中、無事に塩尻峠の頂上に到達しました。
 興津400の時には、ここからゴールまで、約10時間で走っています。
 コースが一部、異なりますが、PCでの停車時間を最小限にすれば、あまり変わらない時間で走行できるでしょう。

 既に暑さを感じていた体には、ここからのダウンヒルは非常に気持ちの良いものでした。


15052365.jpg
途中で横道に入り、
岡谷市街地へと急降下する。


 興津400では岡谷インター方面へと直進した交差点を右折し、急勾配の坂を下ります。
 あまり速度を出し過ぎると、最後にブラインドカーブ気味の信号交差点があり、信号待ちしている車列に追突してしまう可能性があるので、速度は控えめにして下って行きます。


15052366.jpg
岡谷市街地を抜けて、
諏訪湖畔へ。

ここは諏訪湖から天竜川の始まる場所。
飛龍大橋付近で見た大河川も、
最初はこんな感じだ。


 諏訪湖の南岸側を進んで行きますが、ここで一箇所、キューシートと運営様の提供していたルートラボに齟齬が生じている地点がありました。
 キューシートには、この先、曲がりどころが一切示されないまま、国道20号の中河原交差点まで直進する形の指示が出ていましたが、ルートラボの方は、諏訪湖南岸の小坂交差点を右折する形でルートが示されていました。

 で、キューシートの指示通りに小坂交差点を直進して走ろうとしても、今度は湖南交差点の左折指示がないので、さて、これはどうしたものか・・・と・・・。
 ま、現場で決めようか、と思い、小坂交差点のすぐ手前のコンビニで、朝食がてら補給を入れます。

 空は完全に青空になっており、昨日までの雨の予報は完全に外れてしまったようです。
 そういえば、今回のブルベに入る前にも、雨対策の備えとして、レインスーツに撥水ワックスを念入りにスプレーしてあったのですが・・・。

 例によって、「備えると晴れる」の法則が発動してしまったようです。

 この法則、Flecheでは完全雨予報(夜スタート予定で、当日夕方の天気予報でも雨がついていた)をひっくり返し、興津400も週間天気予報発表直後は雨だった予報がみるみるうちに晴れに変わったという不思議なジンクスがあります。
 反面、最初から晴予報で、全く何も備えなかった宮城300物見山では、なぜか夕方に雨が降ったという・・・。

 今後、ブルベを走る時は、レインスーツを必ず持ち歩こうかと思ってしまうほどの、強烈なジンクスになってしまいましたね・・・。

 まあいいか。

 さて、ここまで来た参加者の皆様がどんな風にコースを辿るか見ていると、どうやら全員、小坂交差点を右折して行くようです。
 まあ、それならそうするか・・・と、出発しようとすると、コンビニの裏に面する道路に出れば、右折した先のルートに直接繋がる、との事で、そちらへと出発する人が何人か・・・。

 ・・・さすがにそれはアカンのと違う???

 まあ、確かにここは道路の右側に位置するコンビニなので、いちいち車道に出て、交差点を右折するのが面倒、という事はわからないでもないですが・・・。
 せめてコース通りトレースしよう、と、私は自歩道を徐行で通って10mほど先の小坂交差点に移動し、そこから横断歩道を渡ってコースに乗りました。

 そのまま、諏訪大社上社前を通過し、中河原交差点の所で別の参加者に追いつきましたが・・・先行する方は「眠いです!」との事で、国道20号沿いのコンビニに入って行かれました。
 私の後ろにもう一方、参加者が追いついてきていたのですが、坂室トンネルに続く登りの途中で切れてしまったようでした。


15052367.jpg
坂室トンネルへの登り。
ここでは去年同様、
エゾハルゼミがうるさく鳴いていた。


 トンネルを出たところで、先行する方は下りが苦手だから、との事で、道を譲って頂きました。
 その後、富士見峠の登りの途中、ヘルメットのストラップがスレて、顎の両側の皮膚が痛んできたので一旦、停止してワセリンを塗り込みます。

 朝、走りはじめて、まだ正午頃だと言うのに、既に顔には塩の結晶のジャリジャリした感触があり、これがストラップと皮膚の間で押し付けられて、表面に微細な傷を多数、付けてしまっているようでした(皮膚が弱い体質なので、よくこうなる。アンダーウェアがヤスリみたいになる時もある)。
 ワセリンが、スレた場所にやたらしみる状況でしたが、これは我慢するしかありません。

 再スタートしようとしたら、先程、先を譲って頂いた方と、もう一方の参加者が通りかかったので、通過を待ってから再出発しました。


15052368.jpg
12:20頃、富士見峠を越える。
ここから韮崎までは、
長い長い下り坂だ。


 富士見峠の頂上では、スタッフの皆様?が写真撮影のために停車されていました。
 「お疲れさまでーす!」と声をかけながら通過し、そのまま峠の下りへと入ります。

 これで、最難関地帯をクリアしました。
 あとは、下り基調の道を韮崎まで進み、富士川沿いを静岡県まで下るだけです。

 何度も走った事のある道だけに、この段階で「帰ってきたぞ!」という感じになってしまいますが、まだ残りの距離は130kmほどあったりします。

 まぁ・・・130kmも残っているのに、「帰ってきた!もうすぐ終わる!」なんて気分になるのが、600ブルベの恐ろしい所でもありますが・・・。


3.楽しまなければやってられない
  ー 炎天下の寄り道、あれこれ ー

 富士見峠の最初の急斜面の下りで、先程、坂室トンネル出口で先を譲って頂いた参加者を追い越し、そのままの勢いで山梨県との県境の新国界橋まで至りました。


15052369.jpg
と、その前に、
これが興津400のレポートで紹介した、
旧国界橋。
今は老朽化のために通行止めになっている。

15052370.jpg
そして、山梨県に入った。


 国界橋を越えると、富士見峠の下り勾配はかなり緩やかになりますが、それほど踏み込まなくてもスイスイと進んで行く状況は変わりません。
 暑くなってきた事もあり、なるべく楽をするつもりで前進を続けます。


15052371.jpg
そしてサントリーの白州工場を通過。
ドラマ、マッサンの影響か、
国産ウイスキーは今、
馬鹿売れが続いているらしいですね・・・。


 サントリーの工場前を通過し、道の駅はくしゅうを越えると、「今回は絶対に立ち寄る!」と決めていた場所に近付きます。
 台ヶ原中交差点を左折し、旧甲州街道へと向かいます。


15052372.jpg
いやしかし、いい雰囲気だなここ。
古い建物がそのまま残っていて、
昔の街道の雰囲気がよく残っている。


 ここは台ヶ原宿があったという旧宿場町で、現在も宿場町にあった酒屋さんなどが軒を連ねている、老舗の店の町になっているようです。

 ちなみに、アプローチポイントであった台ヶ原中交差点ですが、「台ヶ原地区の中間地点」という意味の交差点だったのですね・・・。
 てっきり、近くに「台ヶ原中学校」という学校があるのかと思っていましたが・・・(^^;)。
 (すぐ先に台ヶ原下、という交差点が現れて、あ、そうか、と気付いた)


15052373.jpg
で、立ち寄ったのはここ、
金精軒さん。


 金精軒さんは、老舗の和菓子屋さんで、今の季節(6月から夏期いっぱいくらい?)は、「水信玄餅」という、季節限定のオリジナル菓子を販売していらっしゃいます。
 この水信玄餅は、30分ほどしか形を保っていられないほど繊細なお菓子なため、店頭で販売後、そのままそこで食べるしかないという物です。

 季節的に、その水信玄餅にはありつけませんでしたが、季節のおすすめのお菓子である、白州の清水を使ったという水饅頭を頂きました。
 うん、つるんとしていて、非常に美味しかった・・・。
 (あまりに美味しそうで、デジカメで画像に撮るのを忘れてた(^^;)。スマホからツイッターには流したのに)

 これは本当にいい補給になりました。
 ちょうどお店の前のテーブルが日陰で涼しかった事もあり、しばらく休憩してから再スタートを切りました。


15052374.jpg
再スタートを切った直後、
下り坂の途中に、
興津400で見付けたこの場所があった。


 興津400の時に見付けていた、旧街道(甲州街道古道)入口です。
 あの時は、こんなに新しい石碑が、そんなに面白そうな物とは思わず、あっさりスルーしてしまっていたのですが、今回はきちんと押さえました。

 まあ、さすがに歩いて散策して来るほどの時間はなかったので、画像に撮っただけですが・・・。

 さて、ここから先、韮崎の右折ポイントまでは、寄り道した時間をできるだけ取り戻すべく一気に進みます。
 どこまでも、本当にどこまでも下り基調が続きます。
 そして、風向きはいつも通り、峠から韮崎方面に向かって吹いていますので、追い風効果もあって、本当にスイスイと進んで行けました。


15052375.jpg
穴山橋手前、
まるのやさんの交差点を右折。
炎天下の農道に入る。

すぐに河岸段丘に乗り上げ、
アップダウンの激しい道になる。


 時刻は13:30を回り、再び、最も暑い時間帯になってきました。
 日射しを遮る物が少ない場所なので、暑さと照り返しがもろに体に響きます。
 途中、小さな日陰の中で行き倒れt・・・もとい、仮眠しているらしい参加者の姿を見かけたり、そろそろ皆様も暑さに参ってきているようでした。


15052376.jpg
どこまでも続く炎天下の道。
暑かった事以外、
あまり覚えていない。

15052377.jpg
で、上の画像、
左上に富士山が見えていた。
(クリックすると等倍切り出し画像表示)

これ、画像処理するまで、
全く気付いていなかった。
(もちろん、現地でも・・・)


 日射しを遮る物のない道を走り続けていると、徐々に体がうだって来るのがわかります。
 昨日、PC2に至るまでの間に、軽い熱中症のような症状になっていた事を思い出し、何とか対策しないと駄目だな、と考えるのですが、農地のど真ん中では自販機も少ないので、冷たい飲み物を補給するのも、あまりままならない状態だったりします。

 走り続けて行くと、興津400でPC1&5だったコンビニが見えたので、たまらず立ち寄ってアイス休憩を入れたのが、14:00頃。
 最も暑い時間帯の甲府盆地は、本当に真夏のようで、今年も本当に嫌になりました。

 このとき、ジャンボチョコモナカとともに、レモンジーナを飲んだのですが・・・これが失敗でした・・・。
 この後、レモンジーナのクエン酸の刺激が悪かったのか、胸に酸っぱい物がつかえたような、ムカムカとした違和感がずっと残るようになってしまいました。
 何度水を飲もうが、お茶を流し込もうが、補給で食事をしようが、翌朝までずっと付きまとっていたので、相当、キツい刺激だったのでしょう。
 (あるいは、胃腸がそれだけやられていたか・・・)

 今後、ブルベ中にはレモンジーナにオランジーナは補給禁止にしておきます・・・。


15052378.jpg
そして今回の富士山。
南アルプス市内へと下る道筋で、
正面に大きく見える。


 興津400の時には、厚い雲に覆われていて見えなかった富士山ですが、今回ははっきりと視認する事ができました。
 このコースの大きな見所の一つでもあり、こうやって実際に目にすると、その迫力に圧倒されます。

 今回はついていたな、と、幸運を感じつつ南アルプス市内を抜けて、富士川を渡河しました。
 この先で、コースは割石峠を越えますが、そのアプローチに使う道路は、新たに造成された住宅地を抜ける形となっています。

 新しい道路・・・もちろん、昨年には走っていないルートです。
 さて、どんな道路なのか・・・。


15052379.jpg
という訳で、
割石峠に向かう新ルート。
アスファルトや法面の柴が新しく、
CGっぽい絵になってしまった(^^;)。

なお、この辺りから向かい風が強くなった。
画像のササのしなり具合を見て欲しい・・・。


 新しく設定されたルートは、新興住宅地内を抜けて、緩やかな斜度で登って行く道でした。
 新道線形で勾配も緩やかな上、アスファルトが新しくて、表面が非常に滑らかだったため、スイスイと登って行く事ができました。

 まあしかし、この辺りから向かい風が強くなっており、思うように加速する事はできませんでしたが・・・。


15052380.jpg
この跨線橋を越えると、
旧道に合流して峠に向かう。

やっぱり、何か変な写り方のような・・・。
具体的には、
何となく完成予想図のCGっぽい(^^;)。


 身延線の跨線橋を越えた先で、道は旧道に合流し、斜度が一気に急になりました。
 もう最初から諦めて、トリプルインナーに入れて登って行きます。
 走行距離は500kmを越えており、既にフロントアウターは下り坂でもない限り踏めないほど疲労がたまっていますので、無駄に重いギアで縛るような事はせず、できるだけ軽いギアを駆使して走ることにします。

 ええ、目標は完走であって、変に負荷縛りをかけたトレーニングではありませんので・・・。

 そういえば、去年はここで、桜吹雪にも似たテングチョウの乱舞を見たのですが・・・今年は何もいませんでした(^^;)。
 まあ、昨年の宮城400鳥海高原の時のように、喉の奥にストライクされて、飲み込むしかないような事態にはならずに助かりましたが・・・。

 割石トンネルを抜けると、あとはPC5まで下り基調の道を行きます。
 昨年の記憶では、すぐに到達した、という印象だったのですが、実際には結構走ることになりました。

 結果的に、峠からの下りの惰性ボーナスがなくなって、かなり頑張って回さないと行けなくなった頃になって、やっとPCへと滑り込みました。

 PC5チェック:15:43

 何だかんだで、昨年から1時間遅れまで時間を回復させていました。
 仮眠時間が短かったので、途中、派手な寄り道をしなければ、もっと時間を短縮できたかも・・・ですが、あの暑さの中で、ただ淡々と走り続けることの辛さは、昨年のこのコースで思い知っていますので、いまさらそれを再現しようとは思いません・・・。
 (いやホント、楽しまないとやってられんですわ・・・)

 それより、この時間で残り70kmあまりの道という事は、ゴールは暗くなってからの到着で確定になりそうです。
 このPCも、ドリンクの補充と水飴グミの買い増しをしたのみで、ほぼ、タッチ・アンド・ゴーでコースに戻ります。

 さあ、PBPの本レジスト前に、唯一、走る日程を確保できた600kmの道のりも、最終区間の70kmを残すだけになりました。
 体調的にも、余程の事がない限り完走は間違いないと思われますが・・・。

 だからこそ、大事に行くぞ、と、自分に言い聞かせて、最後の最後、ゴールまでの道に出発です。

4.そして最終区間へ
 最終区間は、富士川沿いのコースでは名物らしい、「下流から吹き付ける風」の影響で、強烈な向かい風を受けながらの走行になってしまいました。
 しばらくは住宅地の中を直進し、峡南橋で富士川の右岸へと渡ります。


15052381.jpg
っておい、欄干に何かいるぞ(笑)。
手に持っているのは、
「西島和紙」と書かれた紙束のようだ。


 富士川の右岸側を、身延町の中心街へと南下して行きます。
 ここは去年も強烈な向かい風にやられましたが、今年も容赦なく吹き付けてくれました。
 富士見峠での下り基調&追い風ボーナスの何割かを、確実に帳消しにしてくれますね、これ。


15052382.jpg
そろそろ日が傾いてきたのか、
風景がオレンジ色に染まりはじめた。


 夕方が近付き、そろそろ暑さも和らいできました。
 日陰を走っている間は、川沿いという事もあってか、涼しさを感じる事も多くなってきました。
 やれやれ、ニ度目の灼熱地獄の時間も、無事に乗り越える事ができたようです。

 ここから先は、富士川沿いにアップダウンを繰り返しながら清水の海岸線を目指す、いつものルートになります。
 今年、既に2度目なので、大体、どこまで行けば何があるのかは、感覚でわかるようになっています。


15052383.jpg
身延町の中心街付近で、
対岸に見える屏風岩。

かつては富士川を利用した水運の、
難所として知られた場所らしい。


 屏風岩、と呼ばれる景勝地に来たので、一旦、道路左側の駐車帯に逃れて、軽く小休止を入れます。
 興津400の時は、睡魔にやられて一旦、ベンチに横になった地点でもありますが、どうやら今日は大丈夫そうです。

 この、屏風岩は、上の画像で三角形に岩の路頭が見える辺りの事を言うようです。
 以前はもっとはっきり、左上から右下へと、爪で引っ掻いたような凹凸があり、その階段状のギザギザが屏風のように見えた事から、その名がついたようです。

 この屏風岩は、背後の山の尾根の先端部分になります。
 以前は、尾根の先端に富士川の急流がまともにぶつかる形で流れており、まともに根元が浸食され続けていた結果、ほぼ常時、崖崩れを起こしているという危険地帯だったようです。
 (Googleの画像検索で、ずいぶん古い時代の屏風岩の写真が見られるが、植物が一切定着していない事から、表面が非常に不安定だった事がわかる)

 近年になって富士川の河道改修が行われ、急流の直撃を避けるように流路が切り回された結果、屏風岩の崩落は治まったようですが、崩れなくなった崖には植物が定着するようになり、結果的に景勝地の姿は、随分変わってしまったようですね・・・。
 (何というか、あれなの?と、拍子抜けするような感じになってしまった気が・・・)

 とはいえ、崩れっ放しで放置するのも危険極まりないですから、まあ、仕方がなかったと考える所でしょうか・・・。

 波高島バイパスを左折し、富山橋で再び富士川の左岸へと渡り返すと、ここからは河岸のアップダウンが本格化して行きます。


15052384.jpg
身延線の身延駅付近に来た。
遠くを見ると、
これから登るヘアピンループ橋が見える。


 身延駅前を過ぎると、短いものの、急斜度の丘越えが現れます。
 ここは確か、最大斜度が10%くらいになっていたはずで・・・。
 550km以上を走ってきた体には、壁に等しい破壊力を持っています。

 この時、私の脚は既に売り切れ気味になっており、平坦な場所でもアウター(52T)を回せず、ミドル(39T)かインナー(30T)のみで移動している状態です。
 もちろん、登坂時にはインナーローでキュルキュルと登って行くわけですが・・・途中で足が止まるかと思いましたよ、ホントに(^^;)。


15052385.jpg
途中、足休めが出来る平場もあるが、
ここから先はアップダウンが激しくなる。


 内船駅付近を過ぎると、アップダウンは容赦なくなってきます。
 もう、足がほとんど残っていないので、さすがに余計な事をやる余裕は・・・。


15052386.jpg
うん、だから毎回、
何でわざわざここに止まるのかと。


 お約束の場所で記念撮影後、十島駅前を過ぎて、県境の峠越えにかかります。


15052387.jpg
そして最後の県境越え。
空は茜色になってきた。


 残りは約30kmを残すだけですが、ここで18時になりました。
 そろそろ日没時間が近付きました。
 さらに、この先は市街地走行になりますが、交通量が増える時間帯だけに、走行に注意が必要になってきます。


15052388.jpg
馬坂トンネル手前。
そろそろ明るさも限界か・・・。

15052389.jpg
富士川駅を過ぎた辺り。
自動増感で明るく見えるが、
もうそろそろ、
ナイトライドの備えが必要だ。


 富士川駅過ぎた辺りの、広い路側帯で一旦停車して、ヘルメット尾灯を光らせ、前照灯はまず、EL520だけをONにしますが・・・。
 おい、暗いぞ、EL520。

 うむ、アルカリ乾電池では60時間の稼動時間を誇るこのライトも、既に数年間使ってきたエネループでは、実用的な明るさを維持できるのは20時間が限界になっています。
 それにしても、CATEYEさん、VOLTみたいな明るいライトもいいですが、EL520みたいな、明るさは控えめでも稼動時間が桁外れ、という乾電池式のライトを、また作って頂けないものでしょうか・・・。
 (そろそろ、520の代わりに使える、長時間稼動可能な機種が欲しい)


15052390.jpg
そして周囲は一気に暗くなる。
蒲原駅を過ぎた辺りだったと思う。


 昨年はぎりぎり、明るい時間に帰れましたが、今年は無理でした。
 完全に暗くなってしまった道を、EL540を追加して走行を継続します。


15052391.jpg
旧街道沿いを抜けて到達、
なかなか変わらぬ推しボタン信号。


 旧街道区間は外灯がなくて暗い道筋ですが、生活道らしく、親子連れの方などが歩いていたりするので、最徐行で進みます。
 薩埵峠の登り口を右に見て、急勾配の坂を下ったら国道1号です。
 ここから先、車道は自動車専用道なので、自歩道を進みます。


15052392.jpg
しかしこれが暗いんだな・・・。
(おかげでピントも合わない ^^;)
時間的に目の暗順応が進んでいないので、
VOLT700とヘッデンも動員し、
できるだけ明るく照らしながら進行。


 明るい時間ならば気持ちよく走れる場所ですが、暗いとあまり路面がはっきりわからず、砂利が散らばっていても見えません。
 タイヤがパチパチ音を立てるたびに、ここに来てパンクとかやめろよ、と、ヒヤヒヤさせられます。


15052393.jpg
そしてついに到達した、
旅の最終目的地!


 土曜の朝に、ここから西へとスタートし、日曜の夜に東から帰ってきました。
 長い長い旅のスタートにして、ゴール、駿河健康ランドです。

 同じように橋の上で写真撮影中だったランドヌールと前後する形で、エントランスへと滑り込みました。

ゴール:19:35

 37時間35分。
 結果的に、昨年比で1時間遅れとなりましたが、まあ、完走できれば問題ありません。
 何しろ、今年はPBPのレジストレーション前に走れる600は、これしかなかったのですから・・・。
 (いや、本当に、あそこに行くには、完走以外の選択肢はなかったんだよね・・・)

 「背水の陣」と言えばかっこいいかもしれませんが、「崖っぷち」と言えば、追い込まれたギリギリの焦りがご理解いただけるでしょうか・・・。

 特に、阿南町あたりの厳しいアップダウンの繰り返しの時には、DNFという単語が頭に浮かんだ時間もありました。
 しかし、そこはコース中で一番苦しい場所でもありましたから、ここさえ乗り切ればいいんだ、と、自分に言い聞かせながら前進を続けた結果、何とかPC3まで繋ぎました。。

 PC3に至ってからは、気持ちを切り替えて、トップチューブバッグに設置した簡易キューシートに示した、主要な中継ポイントまでの残距離を見ながら、「次、この場所までまず移動する」という思考を繰り返していました。

 というか、わざとそういう方向でしか思考を回さないように心掛けて、前に、前に進み続けてきた、という感じでしたね・・・。

 しかし、どんな形であれ、これでSR達成!
 PBPへの参加権を獲得しました!

 ゴール受付でそれを報告すると、AJ神奈川のスタッフの皆様から、声援と祝福を頂きました。
 この時はまだ、全然実感が湧きませんでしたが、4月から本格的に走りはじめ、6月の頭でSR取得というのは、正直、物凄く疲れましたし、プレッシャーでもありました(一回ごとに、失敗ができない重みが・・・)。

 特に今年は、400以下なら一回くらい失敗しても大丈夫な日程ではあったものの、600はこれ一回だけしか走れない、というのが、今思えば随分とプレッシャーになっていました。
 いやあ・・・やり遂げられて良かった・・・。

5.ブルベはおうちに帰るまで
 さて、今回の完走でPBPの参加権を獲得したのは確かですが、それとはまた別の話で、切実な状況がありました。
 とにかく、この時、体が欲していたのは・・・洗浄と休眠!

 そんなわけで、この夜は宿泊の予約を入れていた事もあり、車体を預かり所で預かって頂き、さあ、宿泊受付に向かおうとしたら・・・。

 「あの・・・今日、自転車の人が多いですが、皆さん、どこから来ているのですか?」

 健康ランドの利用客らしい人に声をかけられました。
 うん・・・この時間帯、サイクルジャージ姿の人間が十数人くらいウロウロしていましたから、目立ったのでしょうね(^^;)。

 「あ〜、まあ、関東の方から来ている人が多いですね(オイラは東北の宮城だけど・・・)」
 「へえ・・・どんなコースをどれくらいで走ったのですか?」

 あ、これ、アカン質問や・・・。

 でもまあ、素直に答えるしかないよな・・・。

 「えっと、昨日の朝、出発して・・・」
 「え?昨日???」
 「で、長野まで行って、今、帰ってきた所です」
 「・・・(絶句)」

 うん、まあ、普通、そうなるよな・・・。
 (自分で走ってきた後でも、現実離れも甚だしいと思うしねえ・・・)

 はぁ・・・お疲れさまでした・・・と、なぜか疲れた顔で去って行くその背中を見送ってから、宿泊受付に向かうと、既にゴールしていたがんちょさんがいらっしゃったので、ご挨拶。
 その他、何人かの参加者らしい方と、お疲れさまでした、の挨拶と、次はパリで!という挨拶を交わしました。

 その後、風呂に入ってさっぱりした体を、マッサージチェアでグリグリとほぐしているのか、破壊しているのかわからない状態で痛めつけた後、部屋に戻り・・・。

 スマホのアラームで気付きました。

 25日、月曜の朝6:30。
 平日の起床時間のアラームでした。

 ・・・あれ?
 昨夜は一体、どうなった・・・?

 部屋に戻ってきて、ベッドにゴロリと横になって、気付いたら翌朝だったという・・・。

 見事過ぎる寝落ち。

 まあ、土曜から日曜にかけては、睡眠時間、1.5時間でしたからねえ・・・。

 しばらくぼんやりとしていましたが、汗で汚れたまま床に捨ててあったジャージを、同じフロアにあったコインランドリーに放り込んで、朝風呂へ。
 朝風呂から上がり、ジャージを乾燥機に叩き込んでから朝食バイキングへ。

 ブルベ明けなので、物凄い量が・・・と思いきや、普段とあまり変わらない量しか入りませんでした。
 例の水飴グミを補給食にしていると、翌日以降のブルベ腹が大人しいという、思わぬ効果があったりします。

 朝食後、ジャージを回収して荷造りを済ませると、チェックアウトして自走で興津駅へと向かいましたが・・・。

 左手の握力がない・・・。

 正確には、掌底が振動と圧迫で打撲のような状態になっていて、手指が麻痺してしまっているような感じです。
 フロントの変速も、右手でガチャッと曲げるとか、随分器用な運転になってしまいました。

 興津駅からは、静岡経由で新幹線に乗り換え、東京〜仙台へ。
 仙台駅で地下鉄に乗り換えて、最寄駅で車体を組み上げ、自宅へ戻ったのは、25日の夕方になってからでした。
 (ちなみに、移動中はほぼ寝ていた:笑)

 金曜の昼に出発した旅は、こうして終わりました。

 ・・・が、その翌日、疲れがまだ残る体に、仕事上の色々な事が一気に押し寄せてきて、非常にしんどい思いをさせられたというオチがついていたり・・・。

 その後、手指の麻痺の回復に一週間かかり、その間、自転車に乗る事もできませんでした(変速だけでなく、ブレーキも操作できなかったという・・・)。
 実は今回の600kmの前に、グローブを新調していたのですが、どうも私の手との相性があまり良くなかったようで、振動で物凄いダメージを受けてしまっていたようです。

 PBPは、パヴェを含むガタガタ道を1,200km・・・。
 うん、装備も色々、見直さないと駄目だな・・・。


 そんなわけで、「完走以外の選択肢は残されていない」ブルベは終了しました。
 その後、無事にPBPのレジストレーションも通り、会社の上司にも「出る!」と宣言したら、するっと通ってしまいました・・・。
 (ただし、社内報にレポートを書かないといけないような流れになっているのが・・・。大体、ご想像されていると思うが、字数制限がある中で書くのは苦手なんだよね〜 ^^;)

 とりあえず、ツアー申込も無事終わりましたし、後の課題は、ちゃんと体のコンディションを整えておく事、でしょうか?

 まあ、まずは目の前に迫った宮城400の実走をするかどうか。
 そして、来月の宮城600はどうするのか・・・。
 (コンディション調整を考えたら、両方とも走って、走力を維持しておくべきだとは思うのだけどね・・・)

 その辺りはまた考えるとしまして。

 皆様、またどこかのブルベで。

 または、パリでお会いしましょう!


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コメント
お疲れ様でした。
完走及び長文の完結、お疲れ様でした。睡魔の中、健康ランドまで行かれたのですね。それがすごいです。YO–TAさんの影響で、すっかり道祖神やら馬頭観音好きになってしまいました。PBPの健闘を祈ります。
2015/06/08(月) 06:49 | URL | flaflag2 #-[ コメントの編集]
Re: お疲れ様でした。
flaflag2さん、ありがとうございます。

いやあ、まさか、あの舞台に行けるとは思っていなかったので、いまだに少し信じられない気分です。

しかし、今まで、「走るために走る!」ようなブルベを繰り返してきたので、少々、燃え尽き気味というか・・・。
まあ、ちょっと立ち止まって、何を楽しみに走っていたのかを、ちょっと考えたい気分でもあったりします。

とりあえず、夏までに走力をちゃんとつけておかないと駄目ですから、機会があればどんどん走るつもりでいます。
2015/06/09(火) 01:27 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
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プロフィール

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Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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