日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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東北の「今」を感じて 2015 BRM509宮城300km物見山 Part.3

 PBPのプレレジストレーション、無事に終了しました。

 ・・・と、今頃の報告ですが、実は、600km以上完走者の開始当日に手続きはしたのですが・・・。
 記入漏れがあったので、ちょっと事後対応が発生していたのでした(^^;)。

 久々に、英語でメールのやり取りをしましたが・・・ごく簡単な表現でも、なかなか出て来ない物ですね・・・。

 まあ、文法的には相当、おかしい英語になっていたと思いますが、相手もフランス人。
 正しい英語を使っているとは限らないので、「伝わればそれでいいや!」という事で、気合いでやり遂げましたとも!

 ま、「いんぐりっしゅ」な文章でもいいじゃない!

 では本題です。
 BRM509宮城300km物見山の走行レポート、Part.3をお送りします。

 前回のレポートではPC3、大船渡市まで到着し、ここから先のコースは、東日本大震災で津波被害が非常に甚大だった地域を通過して行きます。
 あの災害については、特に西日本の皆様の中では、既に過ぎ去った過去の記憶の中になっているかもしれませんが、こちら、東北地方の太平洋岸地域では、いまだに現在進行形の事態です。
 (普通に考えて、万人単位の人口があった自治体の市街地が根こそぎ破壊されるレベルの災害が、1〜2年で収束するわけがないのだ)

 コースは大船渡市から陸前高田市、宮城県に戻って気仙沼市、南三陸町へと進み、その後、内陸に入ってゴールへと帰還します。

 あの災害から4年が過ぎた、東北の被災地の「今」を、皆様もご確認ください・・・。

 という訳で、詳細は裏置きしました。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.震災の傷跡と、復興の営みと
 PC3を出発すると、国道45号はグイグイと標高を上げて行きます。
 陸前高田市との間の峠越えに突入です。


15050954.jpg
その途中、
海岸方向に養殖筏が見えた。


 大船渡市街地の段階で気付いていましたが、国道45号は現在、海岸部の復興工事が行われている各所へのアプローチ道路になっているため、非常に大型トラックの通行量が多く、場所によっては少々、危険を感じる場面もありました。
 が、大体の場所ではトラックの皆様は、大きく安全距離を取って追い越して行って下さる事が多く、逆にこちらが申し訳なく思う場面が多かったりもします・・・。

 なお、国道45号は現在、自動車専用道(三陸道)と一般道に別れている場所が多く、自動車専用道が共用されている場所では、トラックの交通量も少なくなるので、安心して走る事ができました。
 三陸道の整備は、防災道路も兼ねた整備ですから、できるだけ早く完成して欲しいな、と、考えてしまったり・・・。


15050955.jpg
登りの距離自体は短いが、
登坂車線の切られた峠を越えて、
陸前高田市に入る。


 峠を越えた直後に、道路の左側遠方に、かつての陸前高田市街地があった平野が遠望できました。
 その場所まで、一気に下って行きます。


15050956.jpg
津波浸水区域の標識。
随分高い場所に見えるが、
表示によれば、
この標識の後方、
850mの地点まで浸水したらしい。


 相変わらず、信じられない数字を色々見せてくれる浸水区域の標識を横目に、陸前高田市街地へと進んで行きます。
 45号区間は、工事用道路として使われているためか、道路の両端には土砂や砂利の堆積が非常に顕著で、車体を左に寄せ切れません。
 数年前、ツール・ド・三陸参加のために、気仙沼~陸前高田間を何往復かした時には、そこまでの土砂堆積はなかった筈なのですが、それだけ工事が本格的に動いているという事なのでしょう。


15050957.jpg
そして陸前高田市には、
現在も震災遺構が残る。

この、市営住宅だった建物は、
4階まで完全に水没し、
5階も床上浸水したそうだ。

15050958.jpg
道の駅高田松原の建物は、
津波で破壊された、
そのままの姿を残していた。


 陸前高田市については、私がこちらで生活するようになった2年目に開催された「ツール・ド・三陸」というイベントで走った事があり、その後もこのコースの試走で何度か、通過している地域です。

 初めて見たときの衝撃もさることながら、何度見ても、これらの建物が、押し寄せた津波の水面下に沈み、多くの被害が出たとは、にわかには信じられません。
 しかし、この破壊された建物と、周囲の風景、かつて市街地だったそこが、完全な更地となっている事実が、全てが実際に起きた事だったのだ、と物語っていました。


15050959.jpg
一方、土砂運搬のコンベアは、
現在、本格的に稼働中。


 現在、陸前高田市内は、新たに地盤を高盛りして、住宅地などを造成する工事が実施されていますが、周辺の山地で切り出された土砂を直接、市街地の計画地に運ぶため、これだけ大規模なプラントが稼働中です。
 ここを通過中にも、ゴトンゴトン、という大きな音が周囲に響き、重機の稼動音や大型トラックのバックブザーなど、工事現場が活発に動いている状況が良くわかりました。


15050960.jpg
川向こうの山地からは、
専用の吊橋を介して、
コンベアが繋がっている。

これ、そのまま道路橋に転用できそう。


 コンベアの駆動音、大型車の走行音にバックブザー、重機の稼動音などが周囲に鳴り響いており、復興工事は、昨年よりもさらに勢いを増して続けられているように感じられました。
 ここに再び、以前にもまして素晴らしい町が作られる事を願い、陸前高田市を後にします。


15050961.jpg
かなり強烈なアップダウンを越えて、
気仙沼市に入った。
宮城県に戻ってきたぞ・・・


 気仙沼市に入ってすぐ、自動車専用道のトンネルを回避するため、コースは旧道に別れます。
 この旧道が再度、新道に接続する場所では、6%程度の斜度の長い長い坂を登る事になるのですが・・・。


15050962.jpg
その坂の途中、
伐採地があったのだが・・・。

あ、あれは45号の旧々道だ。
こんな所に隠れていたのか(^^;)。


 周辺の斜面が伐採されていたので気付きました。

 この、ガードレールがボロボロになった道筋が、かつての国道45号です。
 この周辺は、あまりに急斜面かつカーブが多かったため、昔の自動車の性能では走行に危険を伴う場面もあったらしく、現在の旧道の形に線形が修正されました。

 その後、チリ地震津波などの教訓から、幹線道路を高台上に通す計画が新たに作られ、現在の自動車専用道となる45号の整備がはじまりました。

 その整備も半ばの段階で襲ってきたのが、あの東日本大震災。
 残念ながら、国道45号は震災直後、各地で寸断され、防災道路としての機能は、限定的にしか発揮できなかった地域が多かったと聞きます。
 結果、内陸の国道4号と、海岸部の各都市を繋ぐ国道を啓開する「櫛の歯作戦」により、物資運搬および避難経路の確保が図られたのでした。

 この辺りの詳細は、国土交通省東北地方整備局 震災伝承館のサイトに詳しく説明が出ていますので、興味のある方は是非、ご覧下さい。


15050963.jpg
それにしても、
毎回、この高低差には苦しめられるなぁ。

なお、自動車専用道は、
トンネルを抜けた後、
画像上に見える橋に接続する。


 なお、何故こんなに高低差がある道路が造られているかと言うと、まあ一つは峠を越えるという目的があるのですが、もうひとつの理由に、気仙沼市など、古くから栄えている自治体は、市役所や鉄道駅などの自治体の中枢機能が高台上に集約されているので、そこに接続する必要がある、という事があります。
 (旧道だと、一旦低地に降りて、また登り返すのですけれどね)
 今にして思えば、大船渡市役所も高台上に位置していましたし、気仙沼の市役所や旧市街地も高台上ですし、昔の人達は、津波の影響がない場所を選んで町を拓き、中枢機能を安全な場所に置いたのかもしれませんね・・・。

 さて、コースは上の画像の背後側にある超極短半径のヘアピンカーブを越えて、唐桑トンネルへと向かいます。
 合流時に、自動車専用道を抜けてきた車と交錯しないよう、慎重に後方を確認してから本線の流れの中へ・・・。

 ちなみに、この唐桑トンネルですが、心霊スポットなんだそうです。

 ここの幽霊さん、活躍するのは夜だけかと思ったら、時間を問わずに現れる、仕事熱心な性格のようです。
 おかげで、このトンネルの通行中、髪の長い女性の顔がフロントガラスの上からぬっと出てきて、車内を覗き込まれるとか、運転席のガラスに手形が貼り付いているとか、色々あるらしいですが・・・。

 過去に生身で何度も通ってますが、そんな事は一切ありませんでしたねえ・・・(呆)。
 まあ、自転車用のアイウェアには指紋くらいしかつけられませんから、さすがに相手をするのも面倒だったのでしょうか?>幽霊さん。

 そんな事はさておき、難関はここから先です。


15050964.jpg
コースは気仙沼バイパスへ。
この先、1.5kmもの延長がある、
安並トンネルを抜ける。


 気仙沼バイパスに到達すると、市街地が近付いた事に加えて、夕方が近付き、自動車の交通量が多くなってきました。
 車線幅は十分あるのですが、道路の端には相変わらず、砂礫が分厚く堆積しているため、大型車に道を譲るタイミングを図るのが難しくなっています(大型車の方も、抜くタイミングを掴めず、随分ご迷惑をかけてしまった様子・・・)。

 また、安並トンネル内は乾燥した土砂が巻き上げられ、粉塵となって充満しており、呼吸する事すらキツいという状況な上に、アイウェアの裏側にも砂埃が舞い込んできて、目に入って激痛を発したりもします(ハードコンタクト使用なので、尚更ね ^^;)。
 天井に設置されたジェットファンが、ブンブンと物凄い唸り声を上げていますが、まったく効いている気がしません。

 これだけ酷い走行環境の中に放り込まれると・・・コース設定を失敗したんじゃないか、と、素直にそう思いました・・・。
 いや、ここまで酷い状況は、昨年の試走時点でも無かったのでね・・・。


15050965.jpg
ちょっと気疲れしたので、
はなの道パーキングに立ち寄った。

そんな所に停めるな、
と言われるかもだな、これ(^^;)。


 この先も、気仙沼バイパスだけでなく、国道45号の走行区間中のほとんどの場所で、大型トラックと交錯する場合が多くあり、さらに夕方の交通量の増加とも重なって、少々、我慢が必要な場面が多くありました。
 まあ・・・こんな道で自転車乗りをかわして走らなければならなかった、トラックの運転手さんの方が、余程イライラしたと思いますけれど・・・(^^;)。


15050966.jpg
そんな訳で、
きれいな景色で気分を落ち着けよう。
そういえば、
今年は海水浴もできるようになるのかな?
(瓦礫の撤去も随分終わったようだし・・・)

15050967.jpg
ここ、随分変な道路があるように見えるが、
これはBRT運行のため鉄道を道路化し、
バス専用レーンとしているもの。


 気仙沼市街地を越えた事で、現在は鉄道の運行が行われていない(代替のBRTがそのまま、地域の足になりそうな)地域となりました。
 この段階で、既に輪行による脱出はできなくなっており、ここからゴールまでは、「自走」が最も信用できる移動手段になります。

 ・・・まあ・・・今だから言えますが、この日、私は輪行袋を持たずに走っていたのですよね・・・。

 実は、スタート時点では、ボトルケージに差し込んであったのですが、前日までが暑い日であった事から、ダブルボトルで行こう、と決めて装備から一旦外し・・・。
 そのまま、ナチュラルに持ち忘れました・・・(皆様は真似をしませんように・・・)。


15050968.jpg
延々続くアップダウンを越えて、
やっと南三陸町に入った。


 これで海岸側で通過する自治体の全てに到達しました。
 ・・・が、さすがにこの段階では、ヘロヘロになっていました。

 大船渡から陸前高田を越えて、気仙沼バイパスの殺人的交通量、そして南三陸町に至るまでの間、休みなくアップダウンを続ける道に、いい加減、嫌気がさしていましたよ・・・(風も相変わらず向かい風だし・・・)。

 さらに、南三陸町に入る直前くらいから、空からポツポツと雨滴が落ちるようになってきました。
 最初は、海上で発生した雨雲などから、風に乗って雨滴が飛んできているだけなのかな、と考えていました(朝の段階で、一日晴天の予報が出ていたため)。

 PC4のある歌津地区までは、市町境から下ってすぐ、というイメージを持っていましたが、なかなかどうして。
 きっちり数キロ、アップダウンが数回続く、正しく「三陸」な道でした・・・。

 雨脚がそろそろ、無視できないくらいに強まってきたかも、と思った頃に、PC4に到着できました。

 PC4チェック:16:59

 PC4に到着したその時、スタッフのTさん、Kさんが出発する所でした。

 「雨、来ちゃいましたね~」

 という、自嘲めいた会話を交わした後、コースに走り出して行くお二方をお見送りして、チェックのため店内へと向かいました。
 この時、店内に入っている間、雨脚は急に強くなったようで、サアッという音が周囲に響きました。

 その後、買い物を終わらせて外に出ると、外はすっかりウェット路面に・・・。
 路面に水たまりができるほどの雨量ではありませんでしたが、あたり一面を等しく濡らす程度(駐車中の車の下までは濡れていなかった)には降ったようです。

 悪い事に、この日は終日、晴予報の低地走行だったため、雨装備をほとんど準備していませんでした。
 このまま雨に降られると、少々厄介なことになります。

 この状況が、何時ごろまで続くのか、と、天気予報サイトを立ち上げて時間変動予測結果を見ると、これから1~2時間くらいまでは、弱い雨が降り続く予報になっています。
 まあそれでも、18時を過ぎたら小降りになるだろう、と、予測して・・・一応、コンビニ合羽をPCで購入して、再スタートを切る事にします。

 ちなみに、例によってツイッター上では「降らすのやめて下さい!」的なリプライを受けていたので(^^;)、「18時には止みますよ~」というリプライを返しておきました(笑)。
 ポツポツと弱い雨が落ちる中、モーフィスジャケットの袖を装着して、ある程度の防雨効果を期待しながらの進行になります。


15050969.jpg
歌津地区を抜けて、
志津川地区へと向かう。
路面はウェットに変わっていた。

15050970.jpg
志津川地区にて。

切り廻された国道45号沿いに、
地上から約10mくらいありそうな、
高盛土が新たに造成されていた。


 志津川地区では、国道45号がかつての海岸側から、北の丘陵の方に切りまわされています(現在の国道線形は、国土地理院がWebに提供している「地理院地図」や、Google Mapで見ることができる:'15年5月18日に更新を確認した)。
 この国道に沿って、昨年段階では造成されていなかったと思われる、住居等の基盤となる高盛土が造成されていました。

 おそらく、低地は農地や、寝泊りを伴わない商工業用途としての利用が主となり、高台の上は住居等の用途に使われるのでしょう。
 それにしても、これだけ大量の土砂、どこから運んできたのやら・・・。
 (これだけ沢山の土砂を、どこかの山を切り崩して作っている、という事でもある。魔法じゃないのだから、土砂などの分量の収支は一定である)


15050971.jpg
走行中にコースから見えた、
南三陸町防災対策庁舎跡。


 あの震災の日、この防災庁舎の建物は、アンテナを除いて完全に飲まれるほどの高さの津波に襲われたのですが、実際に現地で見ても、まさか、という思いしか出てきません。
 自然災害というものは、ヒトの想像力をはるかに上回る、恐ろしいものなのだと痛感させられます。

 ちなみに、新たに進められている平野の高盛土は、この防災対策庁舎の建物と同じくらいの高さになっています。
 町の風景どころか、地形さえも大きく変わってしまう事になりそうですが、「生活圏を守る」ためには、仕方のないことなのでしょう・・・。

 本当は、庁舎前の献花台まで行って礼拝をしたかったのですが、コースになっていた45号からの最短距離の道は通行止めになっており、大回りしないといけない様子だったので断念。
 コース上で一時停止後、合掌・礼拝だけして、そのままコースを進みました。

 今年の海岸側を見て思ったこと。
 とにかく、前に進み続けている、という事でした。
 もちろん、困難な問題は山積どころか、複雑に絡み合ってどこから手をつけて良いか分からない状態だ、という部分も残っています(そういう話が、あちこちの地域から聞こえてくる)が、それでも今は前に進んでいる、と感じました。

 一日も早く、以前と同じ・・・ではなく、また新たな気持ちで、当たり前の生活ができる日々がやってきますように!

 ・・・さて、昨年の試走時には、「太陽なし、事前情報なし、街灯なし」の状態で、大いに迷子になった志津川地区内ですが、今年はさすがにまだ明るい時間帯でもあったため、問題なく進むことができました。
 「南三陸さんさん商店街」の近くまで来たら、それまでごく弱くポツポツ落ちていた雨もいつの間にか上がっており、コースとなっている国道398号の轍などは、既に乾いてしまっています。

 ・・・私が雨の影響をうけたのって、歌津~志津川間の、ほんの短い時間だけでした・・・ (あれ?)。
 これは・・・雨天域の中心部分は、私の上には存在しなかったことを表していると見て良いでしょう。

 ・・・では、今年の東北シャーマン王は・・・誰なんだ?
 (ちなみに、指名継承性である。誰から誰が指名されるのだろう?:笑)

2.フルフラットなナイトライドへ
 志津川地区を抜けると、コースは内陸へと進んで行きます。
 そろそろ、日没が近付いてきて、周囲は徐々に薄暗くなりはじめていました。


15050972.jpg
45号バイパス工事現場を横目に、
水界峠へと向かう。

15050973.jpg
途中、燃えるように赤い夕陽が見られたのだが、
コンパクトデジカメでは表現力が・・・。


 国道398号を登米市方向に進みます。
 夕方になり、空間の温度配分が変わったのか、風は海風から陸風へと変わってきて・・・。

 おのれ、西進する身には、またも向かい風ではないか!
 もはやこれは運命だと思って、諦めるしかないのですかね・・・。

 ちなみに、私は今年、なぜか向かい風に襲われる率が高い事から、「風属性」と認定されてしまっていますが・・・?
 (もちろん、シャーマン的な話で。なお、宮城200の向かい風はともかく、興津400の富士見峠は、いつも向かい風だからノーカンで良くない? ^^;)
 そういえば、一昨年は「雨(水)」、昨年は「熱波(炎)」の属性でしたから・・・来年、属性が「土」になるのだとしたら、一体、何が起きるんだろう?


15050974.jpg
新水界トンネルを越えれば、
登米市に入る。


 それほどいやらしい斜度の坂はなく、一定ペースで足を回しているだけで、何となく到着してしまいました(^^;)。
 今回の物見山コースは、休みなくアップダウンが出てきて、脚が削られるコースである事は間違いありませんが、かといって壁のような斜度の激坂はなかったため、走り慣れている皆様からは、「ゆったり走れていいコースだった」との評価を頂いています。

 私は・・・ちょっとしんどかったのですけれど(^^;)。
 (特に三陸の南側、南三陸町に入る直前は、かなり参っていた・・・)


15050975.jpg
登米市に入った。
暗い場所では、
そろそろライトが必要になってきた。

15050976.jpg
登米市街地へとダウンヒルを開始。
峠を越えた後、
この一瞬だけ夕焼けが復活した。


 米谷地区に至る途中で日没となり、そこから先はライトを点灯して走る事になりました。
 試走時は、(夏で日が長かった事もあり)スタートを1時間遅く設定していたため、ここに至った時には完全に日が暮れた後でしたが、今年はなんとか、明るい市街地近くまで進むことができました。


15050977.jpg
トラス橋で北上川を渡る。
これで北上川を渡るのは最後。

15050978.jpg
北上川沿いの水田が、
最後の残り日を反射していた。


 この先、市街地に至るまでの間に完全に日没となり、あとはナイトライドとなりました。
 画像の撮影もほぼ不可能なので(手ぶれ、被写体ぶれが激しくて、何を撮ったか全くわからない)、走る事に専念することにして前進します。
 このため、この先のレポートはテキストオンリーです・・・。

 登米市街地を抜けて、伊豆沼方面に進路を取ったところで、最終区間80kmの半分を走った事に気付いたので、コンビニで一時休憩を入れる事にしました。
 最近、ナイトライド中は、可能な限り一定距離(30~40km)ごとに休憩を入れるパターンをとって、気温の変化や睡魔等のコンディションに対応できるようにしています。
 今回は300kmという事もあり、睡魔対策はまず必要ないと思われますが、気温の変化や疲労度を見る上では、同じような対応が必要と考えていました。

 バックポケットの水あめ主成分のグミも残り少なくなっていたので、ここで新たに買い足すことにして、残りをすべて腹に納めてしまいます。
 ついでに、赤牛系エナジードリンクをグイっと飲んで、最後の40kmに備える事にしました。

 ここから先、伊豆沼~内沼周辺の区域は、街灯がほとんど設置されていません。
 農地の中という事もありますが、伊豆沼はラムサール条約登録湿地に指定されている事から、水鳥の生息環境保全なども考えられているのでしょう。

 ついでに、自動車もほとんど通らない場所ですから、光と言えば、自分の車体のライトだけが頼りです。

 沼沿いを走っていると、サギが「グエッ」と急に鳴いたり、魚が跳ねるのか、バシャン、という水音が突然響く時もあります。
 ちなみに、このコース、当初設定であれば、さらに暗くて水に近い場所を走らせるつもりだったという・・・(試走時は完全一人旅だったこともあり、ほとんど肝試しだった ^^;)。

 それでも、何度も走っていると、いい加減、慣れます(これマジで)。
 するっと通り抜けて、栗原市街地に至りましたが、ここでは沿道のお店から、カラオケがガンガン響いてくるという精神攻撃が・・・。
 ええ、私もとっとと終わらせて、やれるものなら、一杯やりたいですよ、ホントに・・・(下戸だから、そのまま寝るけど)。

 しかし、南三陸町を出てから、誰にも会いませんねえ・・・。
 他の皆様は、そんなにばらけて走っているのでしょうか。

 まあ、もう余程の事がない限り完走は間違いないので、急がず、走れるペースで走って進むことにします。

 栗原市街地を抜けた広大な農地の中、ある場所で突然、キィ、キィという金属のきしみ音が聞こえてきました・・・。
 ちょっと怪談めいた状況でしたが、私の頭の中はまだまだ冷静だったため、「あの水車の軸に注油したいな~」という、正しいのか間違ってるのか分からない回答を出していたり・・・。
 (観光用なのか取水用なのかは不明だが、国道沿いの用水路に、結構大きな水車が設置されている場所がある。暗くて見えなかったが、ちょうどその場所を通っていたのだと判断していた)

 この日は夕方に雨があり、日没直後頃は空が曇っていたので、それほど冷えないかと思っていましたが、ここにきて空が晴れ、星空が見えるようになりました。

 ヤバいな、この状況で放射冷却が起きたら、一気に冷え始めるぞ・・・と考えた懸念の通り、時間が21時を回ると、急速に周囲が冷え始めたのがわかるようになりました。
 最後の2段越えの峠の入口に寒暖計があるので、その表示を見てみたら・・・16℃。

 ・・・え?
 いやまて、それはないだろ。

 周りではシュレーゲルアオガエルしか鳴いてないんだぞ?
 止まったら汗が冷えて寒くなるから、なるべく止まらず動き続けているんだぞ?
 どう見ても、10℃くらいまでは落ちてるだろ、今の気温は!

 ちなみに、気象庁の測定によると、開催当日の21時の段階で、少し平野寄りの古川の気温が10℃、山寄りの川渡温泉では8℃まで落ちています。

 あの寒暖計、絶対、故障してるな・・・。

 そんなツッコミを機械に入れながら、栗原市と大崎市の市境のピークを越えて、もうひとつ、小高い峠を越えたら、あとはゴールまで一気に下りです。
 朝一番、スタートから10分で超える峠は、最後のダウンヒルの勢いそのままに、国道47号までを一気に進ませてくれたのでした。

 国道47号に出ると、もう目の前がゴールです。
 歩いても間に合う距離(というか、実際、この辺りでパンクしたため、歩いてゴールされた方もいらっしゃったらしい)まで来て、やれやれ、とホッと一息をつくことができました。

 あまり意識していませんでしたが、今回もSR取得のため、必ず完走するという、変なプレッシャーを自分にかけていたのかもしれません。

 ゴール:22:30

 走行時間、16時間半。
 自分では意外でしたが、過去の試走も含め、3回走った中では最短時間でした。
 (最も時間がかかったのは、昨年試走時の18時間超)

 これでも、最後の"どフラット"区間では、退屈感から結構、減速していたのですけれどね・・・。
 (ゴール受付スタッフが、前後の人の話を聞いて、そろそろ来るはず、と思っていたのに、なかなか来ないと思っていたくらいで・・・)

3.ブルベはおうちに帰るまで!
 ゴール受付では、「並べてみたら、300だけメダルが少なかった!」という、多分、ほかではあり得ない理由でメダルの購入にチェックを入れました。
 いや〜、我ながら、何という理由だ(^^;)。

 その後、周囲が急速に冷え込んできたので、まずは汗で濡れた装備を着替えてしまおう、と、着替え一式を引っ掴んで、あ・ら・伊達な道の駅のお手洗いに入ります。
 このお手洗いはエアコンが効いていて、寒い時でも暖かくて良いのです(しかも、いつも奇麗に清掃されていて、ウォシュレット付き。至れり尽くせりだ!)。

 個室に入り、実際の用事も含めて利用してから乾いた装備に着替えます。
 防風のために着ていたモーフィスジャケットは、内部結露でグショグショだったので、途中、コンビニで買った雨合羽を羽織って冷気を凌ごうかと思いましたが・・・凌げる物じゃなかったですね(^^;)。

 その後は、次々と戻ってくる参加者の皆様をお出迎えです。
 いつもブログを読んでいる、という方(昨年の600の、あのドラマチックなゴールシーンの中にいらっしゃったらしい。凄い!)にお会いできたり、ファットバイクで完走する勇者を出迎える事ができたり、途中、様々なトラブルがあったものの、グループメンバー同士の助け合いで乗り切った皆様がいらっしゃったり・・・。

 今回も、色々なドラマが起きていたようです。

 そして、オーディナリーのKさんも、まったく危なげなくゴール。
 今年の目標は、あのオーディナリーで宮城1000を完走する事、だそうです。
 あのオーディナリー号が颯爽と走る姿を見たい方、是非是非ご参加を・・・(観戦旅行も歓迎しますよ!是非、地元でお食事、ご宿泊を!)。

 そして、最後に戻って来られた方は・・・ブルベはこれが初めて(実際には前月の200にエントリーしていたのだが、DNSだった)という方で、あまり経験のないナイトライドで色々、ペースを崩されて大変な思いをしていたようでした。

 PC4までのペースはそれほど悪くなかったのですが、日没後、伊豆沼周辺の平坦地でランドマークを見失い、ミスコースからのリカバリーがなかなかうまく行かずに、同じ場所をぐるぐる回っていたのだとか・・・。
 (確かに夜は真っ暗で、しかも農地のど真ん中なので、一度迷うと、土地鑑がない場合、結構厳しいかもしれない)

 それでも、見事にリカバリーして、時間内ゴールでしたから、初ブルベで300kmを見事に完走です。
 今回の300kmのコースで、装備やコース確認方法など、色々と考え直す部分があった、と言っておられましたので、今回の経験をもとに色々と見直した装備で、また新たにチャレンジして頂きたい物です。

 そして、ゴールクローズ時間を待たずして、出走41人全員の完走が確認されました。
 前回の200に続き、出走者全員完走の連続です。

 今回は、常連の皆様から初参加の方まで、本当に色々な経験量の皆様がいらっしゃいましたが、全員完走というのは素晴らしいですね。
 熟練の皆様であれば、確かに楽な気分で走れる場面が多いですが、あまり慣れていない皆様であれば、延々と続くアップダウンに足を削られ、心を削られ、非常にしんどい思いをするかもしれないコース設定です。

 いやあ、本当に、参加された皆様、お疲れさまでした。
 そして、皆様、本当に完走、おめでとうございます!


 ・・・さて・・・。
 ゴール受付終了、撤収も終わった後は、結構体が冷えてしまっていたので、車(レンタカー)に戻って、しばらくエアコンで体を温めました。
 その後、あまり空腹感は感じていませんでしたが、そういえば、古川にはランドヌール御用達のファミレス、Joyfullがあるという話だったな、と思い出して、そこまで車で移動してみましたが・・・。

 結構、睡魔が来そうな、嫌な気配がしていたので、食後は途中の道の駅三本木かどこかで仮眠してから帰宅かな、なんて事を考えたりします。

 Joyfullに入ったら、ランドヌール宮城スタッフのT. Sさんがお食事中でした。
 その場で食事をしつつのプチ反省会となり、コース走行中のあれこれについて話し合ったり、PBP走行時の経験談などをお聞かせ頂いたりしました。

 ・・・しかし、私の体の方は、最後の方、睡魔がかなり侵攻してきており、意識がストンと落っこちている時もあったりして・・・。
 いや、色々、面白くてためになるお話を聞かせて頂いたのに、申し訳ない気分です(^^;)。

 午前3時近くにJoyfullを出てから、4号沿いを南下しますが・・・やはりちょっと睡魔が危険レベルだと思われたので、道の駅三本木の駐車場に車を突っ込んでエンジンを止め、助手席でブランケットに包まって背もたれを倒したら・・・。

 次に気付いたのは、午前10時頃でした・・・。
 例によって、即寝落ちを演じていたようで・・・。

 レンタカーは夕方まで借りていたので、ゆっくり走らせて自宅に戻り、積み込んでいた用具を片付けて、全てが終了しました・・・。
 (その後もしつこく睡魔は居残り、日曜日は一日中、調子が出なかったというね・・・)


 さて、今年はこれで200、300、400を完走。
 SRまで、あと600を残すのみとなりました。

 本格的に走りはじめたのは4月からですから、かなり早いペースですよね・・・(例年なら、まだ400は走っていないし、600の予定を考えはじめるくらいだし・・・)。

 次のブルベは、BRM523神奈川600km興津になります。
 SR、そして「夏」をかけての挑戦です!

 さあ、見事、完走して、奥州から欧州への扉を開く事ができるのでしょうか!

 もちろん、余程の事がない限り、DNFする気などまったくありませんがね・・・。


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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