日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

07月≪ 2017年08月 ≫09月

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

東北の「今」を感じて 2015 BRM509宮城300km物見山 Part.2

 今週末は、400kmと600kmのブルベが多数、開催されており、6月下旬までにSRを取得してしまいたいという皆様が、大勢、チャレンジしています。

 天気は生憎の雨ではじまったようですが、その後、持ち直してきているとの状況が、ツイッター上にも流れて来ています。
 今後、冷え込みが厳しくなる夜中〜早朝を、うまく切り抜けて、繋いで頂きたい物です。

 かくいう私は、来週、523が600kmのブルベで、SR取得にチャレンジです。
 本格的に走りはじめたのは4月からですから、物凄い短期間でのSR取得になりそうですが・・・コース情報などを色々と仕入れていると、何というか、気分が盛り上がってくる感じがありますね。

 今は、とにかく早くあのコースを走りたい!と、そんな気分で一杯になっています。
 (ああ、早く一週間が過ぎて欲しい!)

 では本題です。
 BRM509宮城300km物見山のPart.2をお送りします。
 今回、このコースについての詳細な走行レポートを上げるのは初めてですが、このコース自体は、通して走るのは3回目という事もあって、コース上の風景は、大体把握している・・・のかと思いきや、走行している間には、それなりに新発見があったりするのが面白い所です。

 また、300kmという距離になると、日常的に走る距離ではありませんから、レポートを書いていても、PC3くらいでの出来事を書いた後、PC1〜2辺りの文章を読み返すと、随分昔の話の事のように感じてしまうのが不思議な所です。
 実際、コースでの体感上でも、PC3やPC4辺りを走っているときは、PC1辺りでの出来事を思い出しても、遠い昔の事のように錯覚していたり・・・(その日の朝の事なのですけれどね・・・)。

 とまあ、毎回、そんな事を感じながらレポートを作成しているためか、書き終わった後に読み返したり、他の参加者の方が目にした時に、時系列的に前後している話があったり、全然別の話に置き変わっていたりという、そういう事が稀に起きるのが・・・ね(^^;)。
 ヒトの記憶って、案外いい加減な物だと、いつも思わされますね。
 (私も、デジカメの画像を順に見て行かないと、時系列的に正しく思い出せない事柄が結構あったりする)

 とまあ、そんな事はさておき、Part.1では、PC2までの、主に北上川沿いの広大な水田地帯を抜けるコースについて紹介しました。
 その後、最高標高地点の種山高原を越えて、海岸側へと移動して行きますが・・・。

 大船渡市へと向かう道筋がどんな物だったか、詳細は裏置きしました。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックしてください。


1.盛街道を種山高原へ
 PC2には、ゆっくり走る組の10人ほどの皆様が補給中でしたが、そろそろ出発する事にします。

 いまだ空は曇り空で、いまいち陽光の暖かさを感じられない天気ではありましたが、そろそろ暑さを感じ始めていた事から、モーフィスジャケットの袖を外して、ジレの状態で走る事にしました。

 また、ここに来るまでの間、新しく購入したヘルメット(OGKカブトのゼナード)がいまいち、自分の頭に合わず、額にキリキリ食い込むような違和感を感じながら走っていたため、後頭部のアジャスターの角度を調整し、被り直してみる事にします。

 このヘルメット、先日の神奈川400でデビューさせたのですが、上記の違和感が原因なのか、走行中に目をこすったり、眉についた汗の塩を拭ったりした時に、表情筋の筋か神経が通っているところに沿うように、額から前頭部を抜けて、頭頂部に至るまで、筋状に電流が流れるような痛みが走るという、今までにない変状に悩まされていました。
 今回も、PC1までの間で、既にその軽い症状が発現していたので、アジャスターの角度を変えたり、取り付け位置を前後に動かしたりして、自分の頭に合う位置を探しながら走っていたのですが、なかなかうまく行きません・・・。
 (肘の関節を角にぶつけたとき、指先までビキッと痛みが走る、あんな感じの痛みが顔面から頭頂部までビッキビキに走っていた。もちろん、物凄く痛い)

 なお、購入時には、もちろん試着して、頭の形状に合うかどうかを試してから購入していますが、店先でちょっと被った程度では、何時間も乗った後の変化まではわかりません。
 まあ、シーズンインの時期に明らかになって良かったと考えることにして、何とかアジャスターを調整し、違和感が少ない位置を探すしかないだろう、と、半ば開き直った気分になっていました。

 PC2に到着した時点で、私の後ろには数人の参加者を残すのみになっていました。
 補給中に、その数人の方が全員到着したようだったので、「PC2に全員到着」との報告をスタッフに飛ばしましたが・・・実はこの時、まだ到着していなかった方が一名。

 そう、宮城ブルベと言えばあの人、という、オーディナリーのKさんが、まだコース上を走っておられたのでした・・・(実は今回、珍しく遅刻されてしまい、15~20分遅れでスタートしていたらしい)。

 ちなみに、その事を聞いたのは、ゴールした後であり、今回はコース上でお会いできなかった事から、話を聞いた時には、「え?」という、かなり間抜けな声を上げてしまったのでした・・・。


15050928.jpg
今回のコースの最高標高地点、
種山高原へ。
周囲の風景はどんどん山深くなる。


 PC2から先の県道8号は、その昔は盛街道と呼ばれ、現在の水沢、江刺の市街地から大船渡市までを繋ぐ街道として栄えていたそうです。
 現在は県道8号、国道397号、国道107号を繋ぐ線が、大体、過去の街道筋を踏襲しているそうです。
 しかし、この道筋を走っていると、実際には道路から少し左右に離れた位置に、庚申搭や道標らしい石碑群が並んでいる場所がいくつかあったので、本当の旧街道筋は、右に左に交差しながら通っているのでしょうね・・・。

 「登っている」と、あまり意識させない勾配の道を走り続けて行くと、人首地区に差し掛かりました。


15050929.jpg
人首地区の入口にあった案内看板。
ここはかつて宿場町として栄え、
宮沢賢治が投宿したこともあった。


 人首地区は、盛街道の要衝の一つであり、明治の初めまでは、人首城がここに建ち、街道の往来を見守っていたそうです。
 古くは、坂上田村麻呂の蝦夷討伐にまで歴史は遡りますが、この地区が特に栄えたのは、大正〜昭和初期にかけての頃で、明治時代終盤に岩手県道として盛街道が整備された事がきっかけになるようです。

 宮沢賢治は大正時代に2回、この人首を訪れており、その当時の景色を以下の詩に詠んでいるようです。

人首町
 雪や雑木にあさひがふり
 丘のはざまのいっぽん町は
 あさましいまで光ってゐる
 そのうしろにはのっそり白い
 五輪峠のいただきで
 鉛の雲が湧きまた翔け
 南につづく種山ヶ原のなだらは
 渦巻くひかりの霧でいっぱい
 つめたい風の合間から
 ひばりの声も聞こえてくるし
 やどり木のまりには艸いろのもあって
 その梢から落ちるやうに飛ぶ鳥もある

 (上画像にある案内板の表示から転記)

 なお、宮沢賢治がこの詩を詠んだ菊慶旅館は、現在も旅館業を営んでおられるそうです。
 人首の旧旅館街の南端の、街道の枡形のような直角カーブの所にあるので、この旅館からは人首地区の街道の往来などが一目で見る事ができたのでしょう。
 宮沢賢治ゆかりの場所として、訪れてみるのも良いかもしれません。

 人首地区には、宿場町らしい、旅館風の作りの建物が並んでいました(現在は、個人のお宅らしい)。
 かつて、この道を人馬が往来していた頃は、非常に賑やかな町並みだった事でしょう。


15050930.jpg
かつて栄えていた場所らしく、
えらく立派な建物が残る。
どうやら、昔は郵便局だったらしい。


 以前から気になっていた建物があったので、ちょっと停車して撮影。
 石造りの立派な建物で、柱に彫り込まれたレリーフや、窓や屋根上の飾りなど、随分と豪奢な作りの建物です。
 地域の富豪の邸宅か、あるいは公共機関の建物であったのか、と思っていましたが、帰宅してから調べてみたら、大正時代の郵便局の建物だったようです。

 現在は、個人名の表札がかかっていたように記憶していますが、払い下げを受けたのか、それとも駐在員のような方が住んでおられるのか・・・。
 どちらにしても、今となっては地域の歴史を感じさせる、良い風格の建物ですので、大事にして頂きたい物です。

 人首地区を離れると、本格的に山深い地域へと入って行きます。


15050931.jpg
急速に谷の幅が狭まり、
住居はかなりまばらになる。

15050932.jpg
県道脇の農地に、
忽然と現れる鳥居。
近くに神社はないのだが・・・。


 この場所を通る時、いつも不思議に思うのが、この鳥居です。
 この近くには、神社や社のような物はなく、地図で確認した結果、画像撮影時の背後側の小高い場所に神社があるので、もしかすると、その参道に当たるのかもしれませんが・・・。
 (だとすると、旧街道はもう少し画像奥側だったとか?)

 何にしても、朽ちかけた木造の鳥居も、かなり格式の高い物のようですし、それなりに名のある神社だったのでしょうか?
 色々と気になる所です。


15050933.jpg
山間部は、まだ八重桜が咲いていた。

15050934.jpg
コースのあちこちで見られたヤマツツジ。
場所によっては、
物凄く沢山の花で真っ赤だったりもした。

15050935.jpg
何の花かはわからないが、
白くて小さい花が大量に咲いていた。
最初、休耕中らしい水田に沢山あったので、
蕎麦の花かと思ったけれど、どうも違う。
セリ系の様な気もするけれど、
一体、何の花なのだろう?
(水田周辺、河川敷に多かった)


 カレンダー上は初夏を迎え、周囲は花の季節を迎えています。
 今回のコース上では、ヤマツツジなどのツツジの仲間が満開になっている場所がおおくあり、シバザクラやまだ残る八重桜や、民家の庭先では、そろそろ季節が終わりかけのチューリップが風景に色を添えていました。

 夏〜秋に走った時とはまた違う彩りの中を進みます。
 まあ・・・夏〜秋には、オオハンゴンソウ(特定外来種)がびっしり生えた崖の斜面などが見えて、ちょっとうむむ・・・な気分になったりもしたのですが(^^;)。


15050936.jpg
前々から気になっていたもの。
「風の又三郎」のロケで使われたらしい
木造校舎。


 旧木細工小学校(中学校?)の木造校舎です。
 映画かドラマか、何の映像作品かまではわかりませんが、宮沢賢治の代表作、「風の又三郎」の映像化の際に使われたようです。
 (もともとあった木造校舎のうち、傷みが少ない部分を改修保存したものらしい。過去の本当は、もっと横長だった)
 この盛街道は宮沢賢治ゆかりの道である事を考えたら、なかなか面白い場所で撮影をしていたのですね。

 ・・・ただし、「風の又三郎」は、さすがに広く知られる文学作品だけあって、都合3〜4回の映像化が行われている(白黒フィルム時代から)ため、どの年代の映像化の際に使われた物なのかは不明・・・。
 色々な人がブログなどに書いている情報によると、1957年(昭和32年)頃の映像化の時が、それに相当するようですが・・・。


15050937.jpg
さらに山間部に進むと・・・。

この画像を見ただけで、
なぜ私がわざわざ撮影したか、
おわかり頂けるだろうか?


 なんと、水屋(手洗い場、台所)が別棟建てです。
 最近は利便性などを考えて、母屋にまとめてしまう事が多いというか、別棟建てである方が珍しくなっていますが、今でもこういう形で残されている場所もあるのですね。


15050938.jpg
街道筋らしい石塔群。
山神様を祀るシンプルな物から、
複雑な梵字を彫った物まで様々。

15050939.jpg
国道397号が近くなり、
新緑が残る標高へ。


 そろそろ、コース最高地点の種山ヶ原が近付いてきました。
 コースはここから国道397号に合流し、種山高原を越えて大船渡へと向かいます。


15050940.jpg
最高標高地点の種山トンネル。
この時間帯は、
薄日が射して凄く暑かった。


 ついに到達しました、今回のコースの最高標高地点。
 木細工地区を抜けてからは、急激に勾配を増す道に少々苦しめられつつ、ここまで登ってきました。

 このトンネルを抜ければ、海岸側に抜ける事になります。
 気がはやる所ですが、足の付け根にウェアとの擦れによる違和感が復活していたので、長いトンネルを抜けた先にある道の駅種山ヶ原で、一旦、トイレ休憩に入る事にしました。

 道の駅の入口では、スタッフのKさんとTさんが、電話応対で停車中でしたので、その横を挨拶しながら通り抜けて、道の駅へと入りました。

2.向かい風の道、再び
 道の駅種山ヶ原には、随分沢山の参加者が立ち寄ったらしく、ご当地ソフトクリームや現地の名産品に舌鼓を打ったようです。
 私はここでお手洗いに入り、軽量化するとともに、足の付け根の違和感の場所にシャモアクリームを塗り直し、再スタートを切りました。

 ここから先はしばらく、長距離のダウンヒルが待っています。


15050941.jpg
道の駅を出て、下りを開始。
真夏に下った時でも、
身震いするほどの寒さを感じた場所。


 ここから先、しばらくはバイパス道路のような道を行きますが、途中から川沿いの狭い道になり・・・。


15050942.jpg
ならなかった。
あれ?

15050943.jpg
いや・・・いやいや、
こんなトンネル、
初めて通るんだけど!


 そういえば、この辺りの国道397号沿いは、ここ数年、新道工事が行われており、過去に走った時も、トンネルや橋梁が工事中の横を通っていた物です。
 どうやらその一部が開通したらしいです。

 ちなみに、旧道側の入口らしい分岐には、「車両通行止め」の標識が立っていました。


15050944.jpg
途中の橋梁上から谷底を見下ろす。
そうそう、去年はあの道を走ったはず。

15050945.jpg
そしてコースは再び、
真新しいトンネルへ。

15050946.jpg
って、また新しいトンネルが!
一体いくつ開通したのよ(^^;)。


 結果的に、3〜4箇所ほど、新しいトンネルと橋梁を抜けた後、既に改良済みだった区間に出て、国道107号に至りました。

 国道107号沿いに出てすぐのバス停辺りで、TREKのyフレームとファットバイクという、異色のバイクの組み合わせの二人組が休憩していました。
 急勾配のダウンヒル区間は終了したのと、日が射してきて高温になってきた事もあって、ここでモーフィスジャケットのジレも装備から外して身軽になります。

 大船渡市街地へと再度、移動を開始すると、海から吹いてくる風が、勢いよく体を押し返してくれるのが良くわかります。
 下り基調なのに、速度に乗らない・・・。

 途中、地元も木材を使ったという住田町役場の特徴的な姿(交通量が多くて安全に止まれそうになかったので、スルーした)を横目で見て、大船渡市域に至るまでの最後の峠、白石峠へと向かいます。


15050947.jpg
向かい風でのヒルクライムは、
想像以上にキツい。


 盛街道の絵図の中にもはっきりと描かれている峠だけあって、結構な斜度の道が続きます。
 先行していた参加者数名を追い越し、頂上のトンネルを目指します。


15050948.jpg
白石トンネルに到着。

15050949.jpg
トンネルを抜けれは、
大船渡市だ。


 さあ、ここから大船渡市街地までは、一気に下り基調の道を進むだけ・・・なのですが、峠を越えたら、向かい風がさらに強くなりました。
 加速したいのに、思うように速度を出せません。
 むうう・・・何という事だ・・・。


15050950.jpg
やがて見えてきた、
権現堂交差点。
この交差点の巨樹が
ランドマーク。


 キューシートにも記載があった(というか、私がわかりやすいマークとして記載した)ケヤキの巨樹が、大船渡市街地への入口のランドマークです。
 この交差点から右に曲がり、市街地を南下する・・・のですが・・・。


15050951.jpg
その前に気になる物が見えたので、
ここでちょっと探索・・・。

権現堂交差点のランドマークの巨樹。
根元に注目。

15050952.jpg
庚申塔、馬頭観世音など、
街道筋でよく見られる石塔が
多数、残っていた。


 ここはその昔、南北に通じる浜街道と、水沢・江差方面に向かう盛街道の追分であったらしく、現在も国道107号の起点となっているそうです。
 この石塔群からも、古来、街道の追分として象徴的な場所であり、このケヤキは古来から、ここを行き交う人々のランドマークになっていたと思われます。

 今回のコースでも、ここは盛街道(国道107号)から浜街道(国道45号)へと進路を変更する起点となりました。
 このケヤキの木、現在の旅人であるランドヌール達にも、行く先を教えるランドマークとなってくれたでしょうか・・・。

 なお、このケヤキの木については、環境省の巨樹・巨木調査において調べられていて、樹高は約21m、幹周は約5.8mもあるとの事です。
 また、地元の伝説をもとに、「ケヤキではなく、ツキノキである」との解説がされている場合もありますが、ツキノキ(槻木)とはケヤキ(欅)の古名であり、分類学上は「ケヤキ」で正解です。

 紅葉した時に、葉の色が赤と黄色で見分けられる、という俗説を紹介している場合もありますが、実は同じ木でも、その年の色素の沈着具合によって、黄色〜橙色に色合いが結構違ったりするので、あまり意味がない話だったりします(というか、同じ種だし・・・)。

 そんな話はそこまでにして、大船渡市街地へと進路を変更します。
 進路が変更されれば、受ける風向きも変わるか、と思いましたが、海風はどうやら、湾の入口側から陸に向かって吹き込んで来るようで、向かい風は進路を南に向けた後も、しつこくつきまとってくれました・・・。


15050953.jpg
大船渡市街地の国道45号。
市街地内でも、
かなりのアップダウンがある。

画像左側の低地が大船渡港だが、
ここまでの高さの国道上なのに、
津波浸水区域の標識があったりした。


 毎回、この市街地のアップダウンが意外にキツくて、PCはもっと近い位置のコンビニにすべきだったか、などと考えてしまうのですが、今回は向かい風が加わってのダブルパンチだったため、特にそれを強く思ったりしました。
 しかし、参加者の間では、今の場所の方がグルメポイントが近くて良い、という意見もあったり・・・。

 とにかく、色々な葛藤を抱えつつ、PC3に至りました。

PC3チェック:13:27

 ここまでの所、想定を上回る早さで走行できています。
 PC2での食事時間から、また数時間が過ぎている事もあり、ここで再度、しっかりとした補給を入れる事にします。

 ここから先は、南三陸町まで、三陸海岸のアップダウンが続きます。
 そして、東日本大震災による津波被害が特に顕著だった地域でもあり、一昨年から去年、去年から今年にかけて、現地の風景は復旧・復興の進行に伴い、大きく変化してきています。

 今年は、どんな風景になっているのか・・・。
 正真正銘のクライマックスがはじまろうとしていました。



(続く)



関連記事
コメント
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

Twitterでつぶやき中
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
雨雲レーダー
リンク