日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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マレーシア滞在記 2014年秋冬版 Part.3(日常散歩編)

 現在、多忙期の真っ盛りの中にいます。

 いやはや、その多忙度は、例年と比較してかなり強烈なレベルなのですが、一番、自分を悩ませているのが、「言葉が通じない相手とコミュニケーションを取らなければならない状況にある」という事で・・・。

 なお、この「言葉が通じない」というのは、別に英語が必要な訳ではなく。
 同じ日本語で喋っているのに、「なぜそうなる!」という結果しか帰って来ないという意味だったりする訳で・・・。

 毎日、予想の斜め上を行く珍問答を、仕事上でやらなければならないこのストレス、どこで発散すべきでしょうか?

 では本題です。
 既に旬をかなりすぎていますが、引き続きで、マレーシア滞在記の最終回です。

 他にネタが無いから、という、正しいツッコミはナシに願います(^^;)。

 ってか、そろそろ、成果報告のための渡航期が近付いているんですけどね・・・。
 はやく、国内業務のゴタゴタを片付けないと・・・。

 まあとにかく、今回は滞在期間中、わずかな休日の間に訪れた場所についての、小ネタ集的なレポートを上げましょう。
 観光地的な場所はあちこちに点在していますが、その全てを見て回るのには、1ヶ月の間のわずかな休日だけではとても足りなかったのは事実ですが・・・まあ、部分的に紹介できる部分限定ですが、ご紹介しましょう。

 という訳で、詳細は裏置きしましたので、興味のある皆様は以下のRead moreをクリックしてください。

ジョージタウン世界遺産地区
 私が滞在していたペナン州のジョージタウンは、18世紀の末頃にイギリスにより拓かれた町で、中国~インド間の交易の要衝として栄えていました。
 その歴史を反映するように、現在でもマレー系、インド系、中国系の皆様が共存する多民族都市になっています。
 (現地で聞いた話では、マレーシア全体で見ると、中国系の皆様の人口は2割程度らしいのだが、ペナン州だけで見ると4割にもなるらしい)

 2015年1月現在、マレーシア国内では首都のクアラルンプールに次ぐ、第二の都市となっているようです。
 そして、古くから商館街として栄えていた地区や、中国系の皆様の入植地に建立された寺院などが点在している事から、マレーシア南部のマラッカとともに、「マラッカ海峡の歴史都市群」として世界文化遺産の指定を受けています。

 なお、一応、町の中には「World heritage zone(世界遺産地区)」が設定されていますが、実際にそこを歩いてみると、(よい意味で)どこからどこまでが世界遺産地区なのか、全くわかりません(^^;)。
 さすがに、郊外地区まで出ると、「あ、この辺りの町並みは新しいな~」と理解できますが、Komtar周辺から北東側にかけては、徒歩でも車でも、ほとんどシームレスに世界遺産地区に入っていて驚かされます。


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ジョージタウンをホテルの窓から見る。
中央左寄りの高いビルが、
Komtarセンター。

ちなみに滞在期間中、
毎朝、窓の外の風景を撮っていた。
なお、この行動に特に意味はない。

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世界遺産地区内の風景。
とはいえ、中心街は、
全体的にこんな感じの風景だ。

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リトル・インディア付近。
いわゆるインド風の音楽が大音量で流れていたり、
カーリーやガネーシャなど、
インド風の絵画が飾られていたり、
とにかく異国感が凄かった。


 リトル・インディアは、本当に雰囲気がインド風に染まっていて、そのうち、町の全員が一緒に踊り出すんじゃないか、と思ってしまうほど"濃い"場所でした(もちろん、良い意味で)。
 なお、インド映画=歌って踊る、というのは、実はかなり偏ったイメージらしく、最近は踊らない映画も多いのだとか・・・。


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イギリス統治時代の要塞、
フォート・コーンウォリス。

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ヴィクトリア・メモリアル時計塔
ヴィクトリア女王の時代から、
60年を記念して建立された時計塔。

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じゃ、先生、怒らないから、
この時計塔のライオンに目玉と眉毛を描いた人、
正直に手をあげなさい。


 誰だよ、歴史的遺産にこんな悪戯したのは・・・(^^;)。
 (皆様は、くれぐれも真似しないように・・・。場所が場所なら、本気で酷い刑罰を食らいますよ・・・。シンガポールとか、特に・・・)

 とにかく、ジョージタウンの中心街は、道路事情(一方通行が多い)により、タクシーよりも徒歩が信頼できる移動手段になる場合も多いので、観光ガイドマップを片手に、色々、歩き回るのが一番楽しいかもしれません。
 なお、年間を通じて暑い場所なので、水分補給をお忘れなく・・・。

 まあ、カフェがそこかしこにあるので、危険を感じたらそこに入って「コーク!」または「ハンドレッド・プラス!」と言えば、コーラかスポーツドリンクを飲めますけどね(^^;)。


世界遺産:クー・コンシー(Khoo Kongsi)

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クー・コンシー
中国風寺院。


 ジョージタウン中心街の南東側、比較的、中国系の皆様が多い(らしい)地区にある寺院です。
 これを「個人が」建立したのだと言いますから、華僑の皆様のエネルギーには驚かされますね・・・。

 このクー・コンシーは、福建省出身のクー氏族のうち、第三代目の当主が建立したのが始まりで、過去に一度、大火で失われたものの、その後、復元されて現在に至るそうです。

 なお、この寺院は建立時に釘を全く使用していないそうです(日本でも、古刹の中にはそういう建物が多くありますよね)。
 復元される際にも、その辺りには、特に注意が払われています(資料館の記録より)。


15012408.jpg
表通りからは見えないため、
建物の下の開口部を抜け、
この細い路地に入る。
(入った後、振り返っている)

何も考えずに歩いていると、
見落してしまいそう。

15012409.jpg
参拝料、10RMを払って奥に入れる。
参拝料を支払った証拠に、
こういうシールを服の胸に貼るのだが、
汗で濡れた服だと簡単に剥がれるのがねぇ・・・。


 クー・コンシーは、ペナンに現存する中国寺院の中で一番素晴らしい、とか、ここが世界遺産を代表する場所、とか、なかなかの高評価を受けているらしいですが、私は知らずに迷い込みました(^^;)。
 しかし、そんな評価を受ける理由はよく理解できたというか、表通りを離れ、少し奥まった場所にある静謐な空間は、確かに「これは凄い」と思わせてくれました。
 (街路からは、目隠し状の京劇舞台があって全く見る事が出来ないので、実際に建物を見ると驚かされる)

 なお、寺院そのものに加えて、内部には資料館もあるので、じっくり見て回ると1時間以上、時間を取られるでしょう。
 

15012411.jpg
壁のレリーフや透かし窓には、
かなり細かい細工もある。

15012412.jpg
本堂内はとてもきらびやか。
壁画などに、
一部、損傷があるのが残念。


 で、このクー・コンシーの画像を見直してみて、現地での記憶を引っ張り出して来て、この寺院が素晴らしく荘厳に見えた理由を考えてみたら・・・。

 この寺院、市街地のど真ん中にあるのに、この建物の背後に、もっと高い建物等が見えない(背景が空である)ため、妙に小さくまとまった感じに見えない事が原因ではないかと思われました。
 こう考えると、京都市の建物の高さ制限って、実は凄く素晴らしい物なのではないでしょうか・・・?
 (引き合いに出して申し訳ないが、札幌の時計台とか、賑やかな大通り沿いで、周りが時計台より高いビルだから、何だか、凄く窮屈に見えるんだよね・・・)

 とにかく、ここは見ておいても損はない場所でしょう。
 10RMのもとは十分にとれると思いますよ。


ペナン・ヒル(Penang Hill)
 現地では、Bukit Bendera(ブキット・ベンデラ)地区とも言われています。
 昔日には、イギリス人の豪商などが避暑地として利用していた場所を、現在は観光地として再整備している場所になります。

 このペナン・ヒルは、ジョージタウンからはRapid Penangバスの204系統で、Bukit Benderaまで移動(運賃、2RM)し、そこからはケーブルカーで山頂まで登る事が出来ます。

 ・・・が・・・。

 「徒歩で登れそうな道がある。面白そうだから、そっちで行ってみよう!」

 という同行者の提案が、全ての悲劇を呼びました・・・。


15012413.jpg
徒歩で登る道はあった。
まあ、最初はこんな道を進む。

15012414.jpg
途中からかなりの急登の道となり、
急激に標高が上がるため、
10分ほど歩いたら、
ジョージタウン市街を見下ろせるようになる。


 そのうち、段々、道は山道化しはじめて、どこを歩いているのかもわからなくなりはじめます。
 地図を見て確認を・・・と思いましたが、マレーシアでは地形などの詳細を示した地図の販売が、軍事的な理由により?禁止されている?らしく、街の中の大きな書店を覗いても、観光用のハンディマップ程度しかないため、山道なんてわかりません(^^;)。

 結果、私が持ち歩いていたスマホと、他の同行者が持っていたポケットWi-fiによるGoogle Map表示のみが頼りという、超絶的な遭難コースに・・・。

 バナナ農園らしい急斜面を1時間ほど彷徨った後、マレー人の農家に行き当たり、そこの主人らしい人物(英語は私以上に苦手だった様子)との間で、「ペナン・ヒルはどっち?」「ペナン・ヒル?」「えっと・・・Bukit Benderaでわかる?」「Bukit Benderaか。それなら、ついてこい」という会話をかわした後、イヌに吠えられながら農夫のカブの後ろをついて歩く事、30分。

 急峻な階段の下に案内され、「これを登ったら、ルート番号の標識があるから、それに従って進むといいぜ!」
 ・・・と、マレー語(まったく理解できない ^^;)で言われたのに、何となく伝わってくるという不思議・・・(^^;)。

 なお、そのマレー人の方は、案内のお礼に、と、少しばかりのお金を差し出しても、「いらないよ」と言い残して去って行きました。
 滞在期間中、現地の皆様からは、こういう小さな親切を多く受けました。


15012415.jpg
しかし、
その後も、安定の迷子で、
ジャングルの中を彷徨った。 

戦時中に、
南洋戦線のジャングルを彷徨った、
旧日本軍の皆様の苦労が、
ほんの少しだが理解できた気が・・・。


 結果的に、ガイドブックなどでは徒歩でも1時間半ほど、と書かれていた場所への到着に2時間半かかり、手持ちの水が完全に尽きた状態で頂上に到着・・・。
 12月に熱中症で倒れるかと思いましたよ・・・。


15012416.jpg
色々あってから到着した、
ペナンヒルからの展望。
皆様が訪れる時には、
ケーブルカーでの移動をお勧めする。


 ケーブルカー頂上駅付近の売店で、コーラをがぶ飲みし、かき氷をかき込み、扇風機の風に当たって体を冷却・・・。
 やれやれ、本気で死ぬかと思いました・・・。
 (最後は急斜面を一歩、進むのもしんどかった。20%はありそうな舗装路面で、とにかく歩き辛かったし・・・)

 なお、ペナン・ヒルは避暑地との事ですが・・・。
 まあ、確かに多少は気温が低いのかもしれませんが、日本人的には真夏同然の気温と日射しに焼かれますから、私達のように、徒歩で登ろうという皆様は、ハイキング程度の登山装備は必要かもしれませんよ・・・(特に水分は多めに)。

 あと、頂上にはフクロウをテーマにしたミュージアムとともに、コテージ街などがあったりと、観光地化されている場所ですので、私達のように、過酷な思いをして登頂する必要はありません(^^;)。
 ケーブルカーでひとっ飛びしましょう(なお、運賃はいくらだったか失念・・・)。

 バスは、Penang Streetのバス停からBukit Benderaまで2.0RM(片道)。
 ケーブルカーの往復料金や施設利用料、食費など合計で、恐らく50RM程度の出費だったと思います。
 しかし、Bukit Bendera付近にある極楽寺(Air ITAM地区内)と同時に訪れる事も可能なので、滞在期間中に一日、日程に余裕ができたら、訪れてみる事をお勧めします。


ツーリストの町である実感
 ジョージタウンはツーリストが集まってくる町であり、休日に外を歩いていると、様々な地域から来たツーリストの姿を見る事が出来ました。
 欧州系の皆様だけでなく、アジア系、そして日本人も多くがこの町を訪れていました。

 同じホテルに宿泊していた日本人の皆様も多く、朝食の席で隣に座っていたのが日本人だったのに、なぜか英語で話しかけられたりも(笑)。
 (Excuse me? とか、Sorry? で話しかけられ、Are you Japanese? と聞き返して、Yes、という答えがあったので、「それじゃ、日本語で話しましょう」と言ったら、多いに笑われた)

 英語に不慣れな日本人宿泊客にかわって、簡単な会話の通訳をした事もありましたし、おいしい料理の店を紹介したりもしましたね・・・(1ヶ月もいると、さすがに色々な場所を渡り歩けたので)。

 仕事でご一緒したマレーシアの皆様は、日本人ほど執着的というか、執念的な勤勉さはなかったものの、一般に真面目で約束も(それなりに)守り、また、誠実に答えて下さいました。
 なお、ペナン州の雰囲気は、マレーシア全体の中でも随分、進歩的というか、欧米的というか、かなり自由な気風が強く感じられました。
 また、ジョージタウンについて言えば、治安も良くて、昼も夜も、余程変な場所に行かない限り、危険な思いをした事はありませんでした。

 ・・・とはいえ、今だから書けますが、滞在期間中に外国人の出稼ぎ労働者を狙ったらしい、結構残忍な手口の連続殺人事件が発生していたりして、休日、外を出歩く時には、「ワーカーではなくて、ツーリストに見える格好で行けよ」なんて冗談を飛ばし合ったりもしましたが・・・(^^;)。

 そういえば、ペナン・ヒルからの帰りには、登山中に下って来るのとすれ違ったイギリス人夫妻のツーリストとバスの中で再会し、「やあ!楽しんだかい?」と声を掛け合ったりしました。
 このイギリス人のご夫妻は、ペナンに来る前には大阪に滞在していたらしく、ペナンに2週間、滞在した後、タイに渡り、ベトナム、中国からロシアを横断する鉄道に乗って欧州に帰る、との事でした。
 (全行程、9ヶ月ほどの旅だとか・・・。何とも羨ましい)

 その後、別々のバス停で別れたのですが、数時間後、夕食に出て屋台街で食事中に、その前の道を二人が通りかかり、「OH!」と声を掛け合うとか、やたらと縁がありましたね(笑)。
 町が、徒歩で移動できる規模なので、こういう偶然も起きるのかもしれません。

 そして、とにかく、ツーリストが多い場所だけに、様々な国々からの旅行者と顔をあわせる機会がありました。
 そのうちの何人かからは、現在の日本の状況を(旅行先の情報として)聞かせてくれ、とせがまれる事もありました。

 まあ、一番良く聞かれたのは、東日本大震災の影響がどれだけあるか、でしたが、まあ、その辺りについては、東北地方の海岸部に行かなければ大丈夫だ、と答えれば、大体、納得されたようです。

 あ、そうそう。
 ジョージタウン内に限定されますが、町の中にはあちこちに両替屋さんがあり、日本円からダイレクトに現地通貨(リンギット:RM)に換金が可能です。
 日本から旅行で向かう皆様は、特に米ドルなどに換金して行かなくとも大丈夫です。

 なお、円〜リンギットは変動レートになっていて、1RMが大体、30円くらいです。
 (私の滞在期間中には、28RM〜29.2RMで変動していた。1万円を両替すると、29.2RMの時は、食事一回分くらい得していた)

 ちなみに、リンギットの下の単位は、セン(SEN:セントとも発音される)であり、100 SENが1RMです。
 現地の価格表記で、RM5.50とあった場合、料金は5リンギット50センになります。
 そして、下一桁は5SEN刻みになるのが普通です(最低額の硬貨が5SENのため)。

 ちなみに、20 SENと50 SENの硬貨は、鋳造年代の違いによって、大きさ、デザイン、コインの材質そのものが異なっているので、支払い時に間違えないように注意しましょう。
 (余程、あくどい店でもない限り、間違っていたら指摘してもらえますけどね。間違えて多く払った場合でも、お釣りはちゃんと正確に戻って来ます)


自転車旅を希望する皆様へ
 日本からペナン島を訪れる皆様の中で、特に自転車趣味を持つ皆様の中には、自転車で島を一周する、なんて事も考えたくなるでしょう。

 ペナン島に関して言えば、道路の舗装率もかなり高く、島をほぼ一周する国道が通っています。
 欧州系の皆様は、MTBを持ち込んだり、現地調達したりして、島一周のサイクリングや、山間部のトレイルライドなどを楽しんでいたようで、私も休日には、レンタルサイクルで走り回りたい、という気分になりました。
 (ただし、交通事情が悪いためやめろ、と禁止されていた。仕事でなく、個人旅行であれば、やっていたと思う ^^;)

 なお、マレーシア国内全体なのか、ペナン州だけなのかは不明ですが、交通政策として、自転車にはそれなりの配慮があるようです。


15012417.jpg
路面にある、
自転車優先レーンのマーク。

このマークがある場所は、
左端が自転車優先になっている・・・。
のだが、路駐が多いのは万国共通か?


 ペナン島は、国道沿いに一周すれば、約80km。
 慣れている人であれば、朝、早くに出発すれば、昼過ぎくらいには一周を走り切ってしまうかもしれません。
 (ロードバイク基準での話。MTBだと、夕方までかかるかも・・・)

 もともとイギリス統治領であった影響で、車は日本と同じ左側通行なので、違和感は少ないと思われます。
 しかし、一方通行も多く、町に慣れるまでは、行きたい場所に思い通りに行く事はできないかもしれません。
 まあ、それすら楽しめる、という人には、うってつけの場所かもしれません。

 なお、ヒルクライムを楽しみたい皆様は、Air ITAM地区にあるダムまでの道は、かなりの急勾配の坂が続くようですので、腕試しに良いかと。

 また、ジョージタウン南西のAir ITAM地区から、島の反対側のBalik Pulau地区に抜けるP14号も、(車で走った限りでは)かなりタフな道のようです。
 あと、ペナン島南部のTeluk KumbarからBalik Pulauに抜ける峠も、結構な坂のようですので、楽しめるのではないでしょうか。


15012418.jpg
P14号の最高地点近くにある
ビューポイント(ペナン島の西側を見ている)。
ジョージタウンからここまで、
自転車優先レーンのマークがあった。

自転車で来たら、
もう少し違う風景に見えたと思う。

15012419.jpg
この方向は、ペナン島の南西側。
かつての大戦では、
この方角の沖合で海戦があり、
日本軍の艦艇も、
いくつかが沈んでいるらしい。
(そういう話を現地の人に聞いた)


 そういえば、戦争の話で思い出しました。
 滞在中に某ファーストフード店(日本ではジャンクフードの代名詞だが、向こうでは、それなりの収入がある人でないと入れないグレードになる)で食事をした際、日本感覚でトレーを片付けようとしたら、ものっ凄い勢いで、スイーパー(片付け係)のお爺さんが飛んできて、びっくりさせられました(^^;)。
 日本ではセルフサービスのそれが、マレーシアでは専属の店員がいるので、客が片付けると、その人の評価に関わるらしく・・・。

 悪い事をしたかな、と思いつつ席に戻ると、そのお爺さんがツカツカとやってきて、「おい、お前、日本人だろ?」「Yes.」「やっぱりな!東洋人で、自分でゴミを片付けるくらい行儀がいいのは、日本人だと思った!」
 という所から話がはじまり、色々話を聞くと、「子供の頃、Japanese Armyの兵隊さん達に、よく遊んでもらったんだ!」「日本人に会うのは久しぶりだよ!嬉しいな!」「Kon-nichiwa、Ohayou、Mata-ashita. 兵隊さんに教えてもらった日本語も、まだ覚えているぞ!」等々、意外な話を聞かされました・・・。

 いや、まあ、確かにここも、かつては戦地だったのですからね・・・。
 それにしても、現地の方から、こんな好意的な感じで話をされるとは思いませんでしたね(東南アジアというと、どうしても戦時中に戦線が酷い事になっていたイメージが……)。
 まあ、戦時中には子供だった方ですから、戦地の、本当の最前線は経験していないと思いますが・・・。

 それを除いても、マレーシアはマハティール首相のルック・イースト政策によって、多くを日本から学べ、という姿勢であった事からか、非常に日本そして日本人にフレンドリーでした。
 まあ、ペナン州限定かもしれませんが(^^;)。

 それにしても、いやあ、仕事ではなく、旅行でゆっくりと訪れたい場所ですね、本当に・・・。

 なお、今回の派遣団の中には、南アジア~東南アジアに駐在員として歴任した経験を持つ人も何人かいましたが、その多くが、「ペナン専属にしてくれないかなあ~」とボヤくくらい、過ごし易い場所でした。
 本当に、ゆっくりと旅するには良い場所ですよ、ペナン島は・・・。
 (多忙期に時間をとられるので、マイナスになるとはわかっていても、次回の訪問がとても楽しみになっている)


15012420.jpg
最後に「自重しろ」と言いたくなった、
電柱広告を・・・。
漢字で伝わるそのニュアンスは、
やっぱりソレって事かいな・・・。

しかしまあ、男のソレの悩みは、
万国共通なのかね・・・(苦笑)。

なお、こういう形の広告は、
もちろん違法であるらしい・・・。



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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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