日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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スタッフ活動裏話:開催直前のコース試走(BRM906,907)

 仕事が色々、忙しくなっています(^^;)。

 今月だけで、東京と仙台を何回か往復しないといけないだけでなく、9/11~15日(日本時間)にかけて、海外に視察行に出ることにもなっています。
 それだけでなく、現在進行中のプロジェクトも軌道に乗ってきたため、こちらも貼り付きになる事が多くなっていると言う・・・。

 決して、電子の海でミッドウェー海戦やってたツケが回っている訳ではありません(^^;)。
 (ウクライナの企業サーバに登録しないといけませんからねぇ~:すっとぼけ)

 では本題です。
 そんな忙しい毎日ですが、今期開催のブルベのコースの下見を兼ねた試走に行ってきました。
 試走を行ったのは、8/29~30日。金曜日と土曜日、という変則的な日程ですが、これは金曜日が創立記念日で休みだったからです(^^;)。

 そして、試走してきたコースは、その一週間後に開催予定の、BRM906宮城200km平泉、BRM907宮城300km物見山の両コースです。
 3連休になったので、本番同様に2日連続で走ってやろうと思い、試走役に手を上げた訳です。

 ちなみに、今までにはツール・ド・おきなわの本島一周サイクリングで、初日184km、二日目に132kmほどの距離を連日走行した事はありますが、200kmの翌日に300kmという、ブルベ距離の連続というのは、初めての経験です。
 さて、どんな挑戦がどんな事になったのか・・・。

 詳細は裏置きしますので、興味のある方は以下のRead meをクリックして下さい。

 なお、このブログの記事は、あくまでも個人の記録として残す物です。
 コース攻略情報等は、ランドヌール宮城公式サイトに注意点として公開されている情報以上はありませんので、ご了承ください。


 さて、このコースを試走した直後の印象については、既にランドヌール宮城のサイトにも記載してありますが、以下の通りでした。

 「延々とアップダウンが続き、体力をじわじわ削られる2日間」

 冗談抜きで、2日目の、300kmの後半からは、本当に消耗戦というべきレベルの、苦しい走行が続きました。
 何といっても、アップダウンが続いた事で体幹の筋肉疲労が物凄くなり、まったく体が踏ん張れなくなったのがキツかった・・・。
 足の筋肉はまだ残っていても、踏ん張る時に体幹が支えられないので、フニャフニャと力が抜けていくような変な感じがして、前に進む気がしませんでした。

 おかげで、300の走行時間は、一年前に、コースを固めるための事前試走をした時よりも1時間、余計にかかってしまいました。
 当初は、ゴールして手早く撤収すれば、古川のスーパー銭湯の入館受付時間(深夜1:30まで。営業は2:00まで)に間に合うかと思いましたが、疲れ切った体でやっと撤収作業が終わった時、既にその望みは絶たれていました・・・。

 ちなみに、連日走り切った後の私の体は、もう、直立しているのがキツい、屈むのもキツい、座って上体を立てているのもキツい、もちろん、歩くのもキツい、というくらい、全身が疲れ切っていました。
 とにかく体幹に力が入らないので、とにかく、姿勢を保たなければならない状態が全てキツい。寝転んだ時のみ、楽ができますが、そこから寝返りを打つのがまたキツい、という、物凄いやられっぷりでした。

 結果、エチケットシートでノロノロと体を拭いて、車中泊装備に着替えた後、助手席のシートを倒して背中を置いた、その瞬間に根落ちていました・・・。

 という訳で、連日参加の皆様。
 月曜日はお休みを取っておく事をお勧めします(かなりマジで)。

 さて、今回は試走も2日連続で行ったので、スタート地点には木曜日の夜に入り、3日連続車中泊という荒技にもなった訳ですが・・・。

 皆様、こういう時はケチらず、宿を取りましょうね(これもかなりマジで)。

 初日の疲れが思ったほど取れていなかった事が、二日目のコンディションに響いた気がします。

 今回は、車中泊が連続する事も想定して、レンタカーを選んだのですが・・・N-BOXの収納性が、期待したほどではなかったのが痛い・・・。
 メーカーの宣伝で「ママチャリ1台を積載可能」というからには、ロードも楽々、乗せられるのかと思いきや、前輪を外しただけの場合、リアシートを両方倒して、斜めに車体を突っ込まないと、バックハッチが閉まらないという状態でした。


14090101.jpg
実際の収納状態。
これでギリギリ、バックハッチが閉まる。

なお、後に車体は前後逆に積載した。
ハッチが閉まらなかった場合、
コントロールレバーをガツンとやる形なので、
壊したらヤバいと思ったので。


 恐らく、前後輪を外して、フレームを倒立させれば、リアシートも片側を倒すだけのスペースに収められると思いますが、面倒だった 試走日は雨混じりの天候で、フレームを倒立させると、内部に入った雨水がドボドボ落ちてきて、車内を汚してしまう事が考えられたので、こんな形で収めています。

 なお、N-BOXはリアシートを着座可能な状態に立てておき、前側シートのヘッドレストを外して、少し前に出せば、リクライニングする事で、ほぼフルフラットに近い状態を作れます。
 リアシートの座面に枕を置く形で横になれば、足を伸ばして寝ることも可能そうです。
 その状態で、足を伸ばして寝ることができれば、もう少し、疲れも取れてくれたかもしれません。

 まあ、シートの継目の凸凹は結構大きいので、フラットにできても、段差を埋めるマットやパネルは必要になると思いますが・・・。

 ただし、天井の高さは軽ワゴンくらいあるので、サドルの高さをいじらずに収納できるのは、非常に大きなポイントです。
 まあしかし、単発のブルベでの使用を考えた場合は、収納性、乗り心地、燃費等を考えると、FITハイブリッドが一番、コンパクトかつ使い易い車かもしれません。
 レンタル料金が、ちょいとお高いのですけどね・・・。

 車中泊レポートになりそうなので、そろそろ軌道修正しましょう(^^;)。

 金曜日には、まず平泉200のコースを試走しました。
 このコース状況については、去年(2013年)の4月に同じコース設定で開催された、BRM420宮城200kmのレポートをご覧いただくのが良いと思います(掲載後、1年以上経っており、普通に検索サイトで引っ掛かるので、探し当てている人も多いと思いますが)。
 ウチでは、以下のリンク先でレポートしています。

 BRM420宮城200km Part.1

 BRM420宮城200km Part.2

 当時、ランドヌール宮城は200を2本、300, 400, 600を1本ずつという開催スケジュールで行っていたので、個別のコースを表すコースネームは採用されていませんでした。
 今年から、短距離域の開催を複数回にした事もあり、個々に名前をつけて識別するようになった経緯があります。

 ちなみに、開催時期が4月と9月の違いがあるので、気候や服装に関する記述は、当然ながら参考にはなりませんので、ご注意ください。
 また、路面状況についても、全く異なります。
 具体的に言えば、千厩駅周辺については、補修が入っており、まあ普通に走れる状況になっていました(公式の注意点で、危険個所として特別に報告していないのは、こうした理由による)。

 あと、200は参加者の人数が多くなりますので、雑感編の4.項について、もう一度、確認して頂ければと思います。


14090102.jpg
試走スタート直前。
雨だったので、
レインスーツ着用。


 なお、先にも書いた通り、試走日は雨混じりの天気であり、200の試走を行った29日は、スタート時点から雨でした。
 結果、前半はレインスーツを羽織って走る事になった訳ですが、前のファスナーと、両脇のベンチレーションを全開にしても熱と蒸れがこもり、なかなか厳しい状態でした。

 かといって、脱いでしまうと、季節外れの低温(コース上の表示で、23℃までしか上がらなかった)のために、寒くて仕方がない、という状態であり、装備選択に苦労させられました。
 もしかすると、こういう時にはブルベ秘密兵器のゴミ袋アーマーの方が良かったのでしょうか・・・?


14090103.jpg
私的な定点観測地点である、
栗原の大崩落地点。
栗駒山に向かう道の、
コース右側に見える。


 私的に定点観測地点となっている栗原の大崩落地点は、崩落した岩盤斜面の安定化が終わったようで、今は既に植物の繁茂がはじまっていました。
 植林が行えるまでに回復するまでには、相当長い時間が必要(もしかしたら、2~3世代後の話になるかもしれない)でしょうが、徐々に回復に向かっているのは、間違いなさそうです。

 千厩駅を過ぎてから、PC2に至るまでは、緩い斜度の登り坂になっていますが、この日は運悪く、ここで向かい風をまともに受けてしまうという・・・。
 向かい風のヒルクライムとか、地獄でしたよ・・・。


14090104.jpg
そしてPC2を過ぎた後、
急に空が晴れてきた。


 コースも後半になった頃、急に空が晴れてきて、強烈な日射しが差し込みはじめました。
 こうなると、レインスーツは暑すぎて着ていられませんので、途中で脱いでフロントバッグの中に突っ込んでコースを進みます。

 朝は肌寒さを感じるほどの低温だったのに、今度は日射しに焼かれるような暑さを感じる・・・。
 この、気候の大きな変化も、体力を消耗する要因になったのかもしれません。


14090105.jpg
毎年、何かしらネタがある七曲峠の頂上。

これは岩手県と宮城県の道路管理境界。
(左が岩手県で、右が宮城県)
宮城県・・・頑張って下さいな・・・。


 七曲峠は、公式サイトでも報告の通り、宮城県の管理区間に入った途端に道が急激に悪くなります。
 何とかして欲しいなあ・・・と毎年思いますが、まぁ、交通量の程度を考えれば、手が回らないのも仕方がないですかね・・・。
 (岩手県は、すぐ近くに岩手サファリパークがあるので、道路管理を行う大義名分も揃え易いのだろうと勝手な推測を立ててみる)

 この後、コースは登米~栗原のド平坦直線区間へと突入しますが、私はとにかく、ド平坦直線区間は苦手と言うか、精神的に嫌気が差す区間です。

 いや、だって、走っていて退屈すぎますからね・・・。
 それに、走り続ける時に、常に一定の出力を保たないと前に進んで行きませんし、風の影響は、どんな方向からもモロに喰らう、というのも、単純に負担が大きくなりますよね(追い風を除けば)。

 なので、どフラットコースのブルベがあったら、私は間違いなくDNFすると思います(走るのが嫌になって)。
 激坂は大嫌いですが、適度なアップダウンは、コースを楽しく走る上でのアクセントになるというのが、私の持論です・・・。

 と、そんなこんながあって、200のコースは11時間21分で完走。
 これは、例年の200の完走時間にほぼ同じです。
 この後、私は古川のスーパー銭湯(古川駅からは少し遠い。池月から車で30分ほど)で汗を流し、体が欲するままに多めの補給を行い、再びスタート地点に戻って、夜10時頃から二日目の車中泊に移ったのでした・・・。

 明けて30日の朝。
 夜中に、車の天井を叩く雨音で目覚めたりしたので、今日も雨か・・・と思ったのですが、どうやら雨は上がったようです。


14090106.jpg
300のスタート直前。
雨は上がったので、
レインスーツは装備していない。


 実は、この300のコースは、以前はもう少し凶悪・・・というか、面倒な場所が多い設定でした。
 大船渡までの区間はそのままですが、気仙沼ではもともと、市街地内を走り、南三陸町では、国道ではなく、南側の羽沢峠を越えて、登米町から登米市へと抜ける想定でした。

 なお、気仙沼市街地の方は、昨年のコース設定時点では、津波で打ち上げられた大型漁船がまだ残されていたため、震災被害を実感させる象徴的な場所として、市街地を抜けるコースを設定していました。
 しかし、現在は市民の希望により撤去されてしまい、当初コースを設定した時の目論みは崩れてしまっていました(あの大型漁船、実はJRの駅へのメインストリートを塞ぐ形で座礁していた事は、あまり知られていない)。

 また、羽沢峠の方は、今年の春(桜の季節だった事を覚えている)に仕事で登米町に行った際に様子を見に行ってみたら、落石等の土砂災害により通行止めとなっており、現在も復旧していないことから、急遽、北の国道を抜ける形に変更しています。

 今回のコース試走は、この、コースの変更部分の調査も含めた形になっていました。
 プラス、個人的な挑戦として、200と300のコースを連日実走したらどうなるのか、という事を実地検証する目的もありました(^^;)。

 とりあえず、初日の疲労がどれだけ残るかが心配でしたが、出だしの感覚からは、それほど普段との違いは感じられませんでした。
 そのまま、平泉地区まで行き、前日のコースから300の新コースへと移ります。


14090107.jpg
今回の200, 300ともに、
工事中で片側通行の場所が多くある。
工事用信号や、係員の誘導に従い、
注意して進んで頂きたい。


 新コース部分に移っても、相変わらずのアップダウンの繰り返しです。
 周囲の水田は、秋の実りの黄色い稲穂に彩られ、長閑で静かな風景の中を行きます。


14090108.jpg
前半はこんな風景をずっと見ながら進む。
河岸段丘の上から、
下の農地を見下ろす地点は、
地平線まで黄色い稲穂が続き、
特に壮観。


 PC2までは、長閑な水田地帯、という風情の中を走りますが、人首地区を過ぎる頃から、徐々に峠越えの雰囲気が強くなってきます。

 そして、試走日においては、PC2から先の長い登り基調の区間で、強めの向かい風を受ける事になりました(二日連続・・・)。
 さらに、途中で急に視界が霞むほどの強い雨が来たため、JAの施設の車寄せの屋根の下でレインスーツを装備して走り出すと、10分と経たないうちに、完全ドライな路面に出てしまい・・・。
 そうか、それなら、と雨具を外すと、再び視界が煙るほどの雨・・・。

 ブルベ界のマーフィーの法則の中に、「着たらやむ。脱いだら降る」という物がありますが、まさにその通りすぎました・・・。

 結果的に、どうせ夏だし、今日はそこそこ気温が高い(路上表示で25℃だった)ので、濡れて行くか、と開き直ったら、その後は最高地点である姥石峠を過ぎるまで、雨は降らず、逆に強い日射しに焼かれて暑い思いをする事になりました。

 ついでに、この登りの途中辺りから、坂と向かい風のダブルパンチで、私の体幹の疲労が限界に達したようで、クランクを回しても回しても、全然出力が上がらない、スカスカと力が抜けていくような違和感がつきまといはじめました。
 ちなみに、単発走行時においては、この峠の登りは、それほどの負担に感じるような物ではありませんでした。どちらかと言えば、足を一定ペースで回しているうちに、峠のトンネルに到達していた感じがありましたが・・・。

 その後、大船渡に向けての下り基調の区間になりましたが、ここから先はしばらく、尾根を越えるたびに曇りと雨が切り替わる、不安定な天気になりました。
 短いトンネルの向こうの路面が、明らかにウェットになっていたり、その逆であったり、妙な風景が続きます。もちろん、いちいちレインスーツを脱ぎ着するのも面倒なので、雨の区間では濡れるに任せて走り続けています。

 標高が高い場所では、身震いが出るほど冷えたのですが、麓に近付くにつれて気温も上がりはじめたのか、だんだんそんな感覚もなくなってきます。
 そして、この国道107号区間は、何か所かで採石場の近くを抜けるのですが・・・。

 この採石場周辺は、路上に粉塵状の砂が広く散らばっていて、曇りでドライな路面な場所では、トラックが通るたびに、粉塵が巻き上げられて砂嵐状態の中に放り込まれます。
 そして、雨の場所では路面全体が泥水で覆われ、側溝や路面を流れる水が、まるで石灰を解いた水のように乳白色〜薄い褐色に濁っています。
 そして、大型車が通るたびに、そんな水が勢いよく跳ね上げられ、シャワーのように全身を襲います。

 結果、ジャージ、アームカバー、車体、サイコン等々、色々な物が泥の斑点模様に染め上げられました・・・。


14090109.jpg
どれだけ酷かったか、
ちょっと見て頂こう。
これはアイウェアに残った泥汚れ。

14090110.jpg
こちらはボトル。
飲み口がむき出しだったら、
この汚れに直接、
口をつける事になる。
さすがに嫌だ。


 そして、既に公式でも報告済みですが、国道107号から国道45号の区間は、本当に大型車の通行が多く、道が狭い場所ではシリアスに命の危険を感じた事も何度かあります。
 参加される皆様は、本当に注意して頂きたいです。


14090111.jpg
陸前高田市で稼働中の巨大プラント。
近隣の山から、
土砂や砕石をダイレクトに運んでいる。


 多分、海岸地区を走っていて、最も象徴的な景色の一つだと思われますが、陸前高田市の巨大プラントは、稼動しはじめた事はニュース等で見ていましたが、私が見た時は、最初の段階だったようで、確かこのコンベアが1~2台しかなかった気が・・・。
 こんなに大規模な物になっていたとは知らず、唖然とするやら、昨年の同じ場所の、何もない状態と比較したギャップの大きさに圧倒されたと言うか・・・。

 その反面、近郊の山の中腹から上がごっそりとなくなっているのが正面に見えてくると、何というか・・・。
 これは部外者が口出しできる問題ではないのかもしれませんが、もう少し、何かやりようがなかったのかな・・・という気持ちも沸き上がってきます。
 復旧、復興が喫緊の課題であるとともに、色々と急がなければならない事は確かなのですが、早く取り戻したいと考えている白砂青松の海岸や、町の風景とともに、その崩された山も、故郷の風景の一部だった筈なのですから・・・。

 気仙沼市は、バイパスで市街地を迂回して進みますが、多くの方が、この辺りで日没を意識する時間になってくると思います。
 そして、鉄道を使って脱出できるのは、この気仙沼が最後である事は、公式サイトでも報告の通りです。
 この段階で、この先を安全に走れるかどうか、特にこれが初めての300kmになる方は、この段階で慎重に判断して頂きたいと思います。
 恐らく、気仙沼に日没頃に到着するペースであれば、ゴールに戻るのは日が変わった後になる筈ですので・・・。

 私は試走時、気仙沼で一度、補給したため、気仙沼市域内で日没を迎える事になりました。
 同時に、その日は季節外れの冷え込みに襲われたため、改めてレインスーツを羽織ってスタートを切ります。

 ですが、どうもこの辺りから、体が急激に怠くなりはじめました。
 いつもの巡航速度程度で走っているな、という感覚で足を回しているのですが、サイコンに表示される数字は、いつもの巡航速度よりも5km/hくらいは遅いという・・・。
 あれ〜、なんか随分やられているなあ、と思いつつも、この先にコースを変更したポイントがあるので、少なくともそのポイントを確認しないと終われない、と思い、日没が近付く空の色を意識しつつ、前へと進み続けます。

 そして、日没後はナイトライドになる訳ですが、現在の気仙沼~南三陸町間は、各所で震災被害のために道路が仮設道路になっていたり、迂回路が切られていたりしますが、こういう場所の幅員が狭く、街灯の整備もまだ不十分です(公式サイトで報告の通り)。
 ライトは、できるだけ強力で、一晩の走行に耐えられる物を準備した方が良いでしょう。

 南三陸町に入ってからもアップダウンは相変わらずで、低地に下りた際には、暗闇の中であっても、夜陰に慣れた目では、道路の左側に、砂浜で砕ける波頭が白く見えていたりします。
 つまり、ここは防潮堤が復旧していないという事だな・・・と、仮設橋の鉄板をガタガタ言わせながら走って行くと、やっとの思いで志津川地区へと至りました。

 で、コースの形状を頭に浮かべながら進むと、旧市街地の入口で、いきなり国道45号が北の方に大きく逸れるように付け替えられていました。

 え?どういう事?と思いながら、道路端のバリケード上にずらりと設置されたLEDのマーカーライトの点滅位置を目安に道路形状を目で追うと、北側の丘陵へと登り上げた後、旧市街地の中心部へと下って行く形になっています。
 その先で、どう進めばコースに繋がるか・・・と、頭上に青看板が出ないか注意しながら進んで行くと、見覚えのある場所に到達。

 そこは昨年段階で通過予定だった、羽沢峠(現在、土砂災害により通行止め)への入口交差点でした。
 あれ?通過してしまったぞ?国道398号はどこだ?

 少し戻ってみましたが、海岸近くの45号は東西ともに封鎖されていて走れません。
 暗闇の中の迷子。これは結構、シリアスな状況か・・・?

 しかし、幸いにして、少し戻ったら仮設標識が道路の左側に立っているのを発見し、正確なルートに復帰。
 先ほどは、頭上ばかりを気にしていたため、見落していたようです。
 標識の指示通りに右折し、行き当たった交差点を、仮設標識の指示通りに左折し、高架構造の橋を渡った先にファミマがありました・・・が、ここは20:00時に閉店してしまうようで、店の明かりはなし(到着時刻、20:30頃)。
 ただし、地元の方が駐車場にいらっしゃったので、道が国道398号で間違いない事を確認して、先に進みました。
 (45号を石巻に向かった方が、明るいし安全だよ、と教えて頂いたけれど、そういう走りをしている訳ではないので・・・)

 なお、この時点で体が温まり、寒さを感じなくなったので、レインスーツを外して、普通のジャージ姿で走行を再開しています。

 国道398号沿いに峠を越えた先、結構走った所で、酒屋さん?の前に自販機が多数、並んで明るい場所があったので、「無事に通過」の報告を流していたら、年配の方が車で通りかかって、声をかけてきました・・・が。
 ・・・やばい、言葉が半分もわからない・・・(^^;)。

 もう三年もこちらにいるはずなのに、支社の町、とまで言われ、転勤組が非常に多い仙台市内で生活している分には、ほとんどが標準語なので、あまり地域の言葉に触れる機会がないのですよね・・・。
 何となくのニュアンスで受け答えしましたが、どうやら大外しした答えは返さなかったようで、「気ぃつけでいってがい(気をつけて行きなさい)」と送り出して頂けましたが、少しだけ冷汗をかきました(^^;)。

 登米市街地に入り、伊豆沼方面に進むと、前日にも走った200のルートと同じコース沿いにゴールまで走ることになります。
 登米市街地のコンビニ(距離的に、PC4~ゴールまでの中間点付近になる)で一旦補給し、残りの平坦区間を進みます。

 しかし、やはり平坦直線は飽きる。
 さらに、体幹の疲労が限界を超えており、もう、踏んでも回してもダンシングしても速度に乗せる事が厳しくなっています。

 栗原市街地を抜けた先のコンビニで、再び停車して休憩。
 この先のコース状況は前日の試走でも見ているので、登米市街地に至った段階で、本気でここで走るのをやめて、誰かにピックアップをお願いしたい気分でしたが、あと15kmほどだから、と自分に言い聞かせるように再スタートを切ります。

 その先は最後の峠を越えるまで、ほとんど街灯も何もない、暗闇の農道をひたすら直進するという、退屈拷問を受ける区間です。

 途中、用水路に設置された水車がギシギシいいながら回っている姿が間近に現れてびっくりしたりしつつ、朝、北へと国道398号へと折れていったT字路を通過。
 最後の最後に、濃霧に包まれた峠を越えて、国道47号に至ると、終わった、という気持ちで一杯になりました。

 交通量も少なくなり、点滅に切り替えられた信号と周辺の交通の状況を確認しつつ、あ・ら・伊達な道の駅に入り、その裏手の公民館前を目指します。

 ゴールした時には、既に日が変わっていました。
 走行時間、18時間24分。今までに走った300のブルベでは、最も時間がかかっています。
 それだけ過酷なコースだったのか、私の体がやられてしまっていたのか・・・。

 まあ、皆様は本番の走行で、検証して頂ければと思いますが、私的には、「体がやられてしまっていた」方が正しいと思っています(^^;)。

 いやホントに、ゴールした安堵から緊張が切れたのか、ゴールの証拠写真を腕時計(電波時計)の時間入りで撮った後、もう、立っているのでさえしんどくて、本当にフラフラの状態で車まで辿り着きましたから・・・。
 体幹がまともに使えないと、直立二足歩行の姿勢そのものが保てず、座って上体を立てているのもキツく、もう、寝転がって、やっとナンボかまし、というレベルの感覚になりましたからね・・・(とにかく、地球の重力がかかっている事が、物凄くキツい負担に感じられるという、そんな感じだった)。

 車体の前輪を外して、フレームを持ち上げ、荷室に積み込む、と、そんな単純な作業に、恐ろしく時間がかかってしまった(30分近く)のも、もう、体に踏ん張る力が残っていなかった事が原因です。
 (ウォークスルーの車体だったので、一度、運転席と助手席のシートに横になろうとしたが、そのまま立てなくなりそうだったので我慢して、後片付けを進めた。今思えば、寝転がらなくて良かった)

 一気に寝落ちて、朝を迎えたのは、冒頭に書いた通りです。
 本当にしんどかった・・・。


 という訳で、2日連続の試走は終わった訳ですが、しかしまあ、毎回思いますが、試走って、物凄くしんどい作業です。

 いやね、何というか、とにかく孤独なんですよ、試走って(^^;)。

 スタッフにはメーリングリストで試走日程等を知らせてある訳ですが、本番と違って、周囲に参加者が誰もいませんからねぇ。
 個人のツーリングみたいに、気楽なロングライドという気分でもありませんので、何というか、「一人である」という事がずっしりと響いてくるというか・・・ね。

 普段も、スタート直後やPC前後以外は一人旅で走っている事が多いのですが、それでも、前後に参加者がいる、という事が、どれほど精神衛生上にプラスに働いているか、はかり知れません。
 特に、300kmの時はナイトライドが結構な時間(今回の試走では約6時間)ある訳ですが、市街地だったら別に何とも思わなくとも、たった一人で旧道の峠越えとか、かなり精神的に「来る」物がありますね・・・。

 特に300の後半、体幹に力が入らず、走行に違和感が出るようになってからは、ぐいぐいと意欲が下向きになりはじめ、気仙沼でやめて、休みの最終日に車で確認に来ちゃおうかなぁ・・・なんて考えていたり・・・。

 しかし、南三陸町で当初のコースが通行止めになった事に伴い、コースの変更を行っていることから、最低限、そこまで確認しないとやめられないだろう、という気持ちで、何とか前に進み続けました。
 (そして、志津川地区の現地形状が、地図とは全く違う物になっている事が事前にわかったので、結果的にそれは大正解だったのですが・・・)

 そして、今年は試走関係でいえば、300×2本、200×1本を開催前試走し、400×1本のコース登録前試走をDNFという試走成績を残していますが、他の主催団体のスタッフの皆様は、400や600の試走での孤独感を、どんなふうに紛らしておられるのかが、非常に気になる所です・・・。
 (慣れてしまう物なのか、なるべく脚の合う人達で試走に出るのか、それとも根性で頑張るのか・・・)

 まぁ、それでも、初日の200kmは、「ん?200kmのコースって、こんなに早く終わるんだっけ?」と、妙に拍子抜けしていた辺りは、いい感じで「壊れている」のかもしれませんね(^^;)。
 ・・・そういえば、今年、200のコースを走ったのは、これが初めてだな・・・(短く感じるのも納得・・・か?)。

 そしてもう一つ、これは特に強く思いましたが。
 5月の連休などに行われている、ヘブンウィークやヘルウィークなどの、連日連戦ブルベに参加されて見事に完走している皆様の、「回復力」はどんだけ凄いんだと(^^;)(^^;)(^^;)。

 400kmのゴールの翌日から600kmを走り、200、300とそれぞれ繋いで行くとか、間に数時間の睡眠を挟んでいるとはいえ、そう簡単にできる事じゃないですよね、普通に考えて(そして毎晩、「反省会」も挟んでいますし・・・)。
 実際、今回、200kmの翌日に300kmを走った後は、二足で立っている事さえしんどい、重力を体に受けている事がしんどい、というレベルで全身が疲れ切っていましたので、この後さらに400と600を走って、一週間程度でSRを取得するとか、ちょっと今の自分では考えられない世界だったり・・・。

 実際、ゴール直後のやられ具合を考えたら、この翌日に400や600のスタートに集合、と言われたら、私は車に荷物を積んだ瞬間、アクセル全開で逃げて帰ったと思います(^^;)。
 まあ、アクセル全開で逃げる前に、シートに倒れ込んでスタート受付クローズまで寝倒してDNSになりそうでもありますがね・・・。


 そんな訳で、とりとめもない話ばかりですが、こんな感じで試走は終わりました。

 ちなみに、試走中はキューシートやコマ図と現地を対比し、必要であればランドマーク等を設定し直したり、道路の安全性、工事や危険箇所の有無等をチェックしながら走っています。
 今回は、200のコース上には特に大きな変化はなし。
 300のコース上には、特に海岸部において、復旧作業等に伴う道路の切り回し等が発生している状況を、それぞれチェックしながら走った訳です。

 ただ走るだけではないため、実は普段よりも時間がかかったり、神経を使ったりする事も多いです。
 まあ、私の場合、いつもやってるだろ、と突っ込まれる事もありますが(^^;)、あんな感じで、自分勝手に書き散らすレポートとはまた違う観点で整理する必要がありますから、難しいのですよね・・・。

 皆さんも一度、200kmなり、300kmの道のりを、完走後に誰かに詳しく説明する事を前提に、コースの状況や雰囲気、危険箇所やビューポイント等を、位置関係等とともにチェックし、報告にまとめる作業をやってみて下さい。
 これが本当に、思っている以上にできない事を痛感させられますよ・・・。


 という訳で、一回のブルベを開催する前には、色々、大変な作業をしているスタッフがいるんだぞ、という事を、少しご理解頂ければ・・・と思います。

 いやね、試走していると、時々、思うんですよね。
 これ、本番では皆、ここを通るとき、「このコース作った奴ぶん殴る!」とか考えるキツさだよな、とか、そういう事を(^^;)。

 そんな事は言わないでよ、こっちも全身全霊で体感して血反吐はいてるから、と、そうお伝えしたいというか、ね(^^;)(^^;)(^^;)。
 (まあ、個人的には、後で文句でもクレームでも、何でもバシバシぶつけて頂いて構わないので、事故なく無事に戻ってきて頂ければ、と、本当にそう思っています。ハイ)


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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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