日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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寒くて暑くて熱い24時間 Fleche 2014「いざ鎌倉」Part.3

 気付いたら、Flecheから既に一週間が経ちました。

 走行中には、「こんなしんどい事、何でやってるんだ?」とか、「この悲惨さは、ぜひとも書き残さねば・・・」なんて思っていた事が、あり過ぎるほどあるのに、今思い出すと、楽しい思い出に変換されているのは、どういう事なのか・・・(^^;)。
 毎度、ブルベが終わった後などにも感じますが、これがいわゆる「ドツボスパイラル」という、更なる深淵への入口だったりするのでしょうか・・・。

 ・・・とか、そんな事を書くと、こちらの世界を知らない皆様は「なにそれ怖い!」って事になりかねませんけれど、そんな事はなく、楽しい世界なので、お気軽に飛び込んできて下さい(ひっひっひ・・・)。

 では本題です。
 Flecheから一週間が経ち、既にWeb上には多くの皆様の参加レポートが上がってきています。
 当日のTwitter上でも、様々な状況が垣間見えていましたが、実際にまとまった文章で読んだら、想像以上におもしr・・・いや、大変なドラマになっているチームも沢山あったようですね(^^;)。

 我らがみちのくおだづもっこズも、何とか氷点下の夜を走り抜け、軽い低体温床症を発してしまったメンバーも出たのですが、道の駅はなわで大休止を入れた結果、回復してこの後も走り続ける事になりました。

 そして、塙町を出発すると、ついに福島県を脱出して茨城県、つまりは関東地方に突入する事になります。
 一方で、今度は気温が急上昇する恐れが出てきてしまい・・・。

 東北人には今年初体験となる、気温20℃越えの世界へと飛び込んで行く事になります。

 そんな道のりですが、例によって長いので裏置きします。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。


1.東北地方を脱出、関東へ
 塙のPCの出発を、Twitterに実況で報告します。
 ここから先は暑くなりそうであり、低体温症に続いて熱中症の恐れあり、という、何とも極端な気候の中を走るという余計情報も付け加えていたので、どうやらこの時、気分的には随分、余裕があったのでしょう。

 古殿のPCで休憩中の時間帯くらいから、Twitter(#Fleche2014)を開くと、参加チームが各方面から走行を開始した様子が次々と実況で上がっていました。
 塙のPCで休憩中に見ると、今度は最初のトラブル報告が次々とログに現れてきて、妙におかしい気分になったのを覚えています。

 そして、12日土曜日の午前中に22Hチェック終了、というツイートを見て、かなり微妙な気分になったり・・・。
 いや、ルール的には11日から走行を開始してOKなので、極端な話、11日0時にスタートして、12日0時にゴールしていても問題はないのですが、皆が「序盤クリア!」の報告を出している中で、「これから最終段階!」というツイートはよく目立ちました(^^;)。
 まあ、既に中盤を走っている私達も、あまり人のことは言えませんが(^^;)(^^;)(^^;)。

 他チームの事に多少触れますと、私達同様、仙台市をスタートした「TEAM前会長」の皆様は、満開の桜をバックにスタートの報告をされていました。
 そして、ランドヌール宮城スタッフの漬物さんご夫妻と、宮城ブルベ常連の皆様で結成された「ぴくるすShift」チームも、順調な滑り出しを見せていたようです。

 一方で、(ネタなのか疑うレベルで:笑)スタート前からトラブル続出の状況が報告されていたり、ちょっと深刻なトラブルに見舞われている状況のチームの様子も見られたりし始めます。
 また、今年は愛知県スタートで東海道を東進するチームが多かったため、チーム同士の遭遇報告なども、時間とともに増えて行きました。

 私達、みちのくおだづもっこズは、どうやら他のチームとは被らないコースを走っていたようで、一般サイクリスト以外との邂逅はありませんでしたが、チーム同士ですれ違ったりすると、盛り上がりも違うものになるのかもしれませんね。

 道の駅はなわを出発し、久慈川沿いを南下して行きます。


14041322.jpg
この辺りは弱いながらも向かい風。
ペースダウンするほどではなかったと思うが、
微妙に影響した可能性はあるかも。

14041323.jpg
そしてこの辺りは仙台同様、
桜が見頃だった。
ソメイヨシノの大木が、
見事に満開の花をつけており、
遠くからも淡いピンクが良く映えていた。


 川沿いの植栽や、民家の庭先などのソメイヨシノに加えて、山の斜面にも時折、ポツポツとピンクの場所が見えています。
 あれはヤマザクラの花でしょうか。関東地方が近くなり、杉林が多くなって濃緑色が主体となった山の斜面には、ピンクのワンポイントがよく映えて、なかなか趣深い物があります。

 やがて国道118号に接続し、今度は国道沿いを直進します。


14041324.jpg
矢祭公園付近は桜まつりが開催中らしく、
多くの人でにぎわっていた。

14041325.jpg
コースは蛇行する川沿いを進む。
何度も何度も久慈川を渡り返す。


 記憶では午前10時頃、県境を越えて茨城県に入りました。
 24時間の走行時間中、約半分を過ごした福島県を脱出、そして、ついに東北地方から関東地方に突入です。

 谷地形を抜ける道筋は、時折、アップダウンしながら前進していきます。
 しかし、川の蛇行にあわせて、道路も曲がりくねっているのがちょっと曲者であり、道幅があまりとれない地形でもあるので、私達の隊列の後ろに自動車がくっついてしまう事もしばしばあったりします。
 道幅が広い場所や、駐車帯がある場所では左に寄って先に出てもらいますが、なかなかそうもいかない場所が多いのが厄介です。

 こういうとき、一人で走っているのであれば、私はさっさと道路端に止まって、車を行かせてしまったりもするのですが、チーム走ではどうすべきなんだろうか・・・。

 と考えている時に、ブラインドカーブ(右カーブ)なのに無茶な追い越しをかけたトラックが、私達の目の前で、物凄い勢いで急ブレーキ+急ハンドル。
 センターを大きく割って曲がろうとして、対抗してきたトラックと出合い頭の正面衝突になりかかっていました。

 後ろから見て、本当にギリギリのタイミングで衝突をかわしてトラックは走り去りましたが、車の構造上、両運転手は本当に目の前、という距離で互いの顔を見ていた事でしょう(当然、対抗してきたトラックからは怒りのクラクションが響いた)。
 もし、衝突事故になっていたら、私達も巻き込まれていたかもしれません。それほど際どいタイミングで、ひやりとさせられました。

 そんなハプニングがあったりしましたが、引き続き前進を続けます。

 それにしても、日が高くなったためか、急速に暑くなってきました。
 で、一旦止まって、装備を外そう、という事になりましたが、この時、私の合図出しが遅れてしまい、後続の皆様にご迷惑をかけてしまいました・・・(反省)。

 ここで皆様は一気に軽装に変えていきます。
 私も、上半身を覆うモーフィス・ジャケットから袖を外し、長袖ジャージ(この下はメッシュインナーのみ)の腕を風にさらせるように換装します。
 体幹にはジャケットをベスト(ジレ)状に着用した状態ですが、前ジッパーを開けば、風が当たればジャージに直接風を当てられるので、半袖ジャージと変わらぬ冷却効果を得られます。
 盛夏期ならともかく、初夏季までは、これで十分対応できるだろう・・・という目論見の装備でした。

 実際、走り出すと風がジャージの中を通り、十分、冷却効果を得られます。
 恐らくこの先、正午を過ぎても、夏日にならなければ十分、耐えられるでしょう。


14041327.jpg
さらに道を進む。
少しずつ、道は下り基調に・・・

14041326.jpg
と思っていたら、
突然、思い出したように登り返すのが嫌らしい。


 道は徐々に下り基調~平坦に変わってきましたが、先頭の山形1号さんがしきりに時計を見て首を捻っているのを見て、私もちょっと時計に目をやると・・・。

 ・・・ん?

 現在時刻が、次のPCの到着目標時間どころか、到達リミットタイムすら過ぎている事に気付かされました。
 あれ?どうしてだろう?

 とにかく、コースを進むしかないので、次のPCまで、そのまま走り続けます。

 PC6 山方(242.4km):11:00頃

 山方町のPCに到着したのは、当初予定の到着リミット時間を20分以上経過した後でした。
 計算してみると、それぞれのPCでの休憩時間を削って、休憩時間を前倒ししているつもりが、どうも収支がうまく合っていなかったようです。
 突然ですが、22時間チェックがピンチになってきました。

2.時間配分の罠 Fleche攻略の落とし穴
 PC6に到着と同時に、緊急ミーティングを行い、今後の方針を考えます。

 Flecheのルールでは、24時間で360km以上の距離を走ることが基本になっていますが、細かなルールの中には、最後の2時間で25km以上を走る、という物が入っています。
 「最後の2時間で25km以上を走る」というのは、恐らく、Flecheを走れるチームにとってはパレード走行とかクールダウンとか、そんな程度の物であり、特に考えなくとも走れる程度の距離でしょう(激坂の峠でも入れない限り)。
 と、いう事は、このFlecheは、24時間以内に360km以上の走行、という考え方でなく、最後の25km/2時間はノーカウント扱いで走行プランを考えておく必要があるという事です。

 つまり、Flecheは実際には、22時間以内に335kmを走りきっていないと、認定対象にならない(360kmでの認定を目指す場合。それ以上を目指すなら、ゴールまでの距離マイナス25km以上を走らないといけない計算)。
 そしてそれは、通常のブルベペースでの走行(時間移動距離が15.0km以上)よりも高速での移動(私達のチームの想定コースの場合、時間移動距離が約15.6km)が必要とされる物になるのです。

 Flecheのルールでは、この22時間チエックが、実は一番のキモなのでした。
 (毎年、この22時間チェックで失敗してDNFになるチームがいくつか出るらしい)

 私達、みちのくおだづもっこズがスタートしたのが11日の19時だったので、360km以上を走るには、22時間後、つまり12日の17時までに335km地点まで到達している必要があります。
 想定の22Hチェック地点までの残距離は約100km。22時間後までの時間は6時間弱。

 現在までのところ、時間移動距離は約16kmで推移してきていますから、数字だけを見るなら、ギリギリなんとかなる気がします(16×6=96kmなので、少し頑張れば何とかなりそう)。
 しかし、ここから先は水戸市街地を抜け、霞ヶ浦の北岸を通って利根川を渡るルートを設定しています。
 市街地の混雑や信号峠につかまったり、霞ヶ浦で向かい風を受けたり、休憩やトラブル対応等に必要となる時間を想定すると、かなり厳しい条件になっていると言わざるを得ません。
 それに加えて、現在段階でスタートから16時間が経過。疲労のない、サラの脚なら問題なくクリアできそうなその条件も、そろそろ全員に疲労の色が見え始めている今の状況では・・・。

 「まず50km地点の、次のPCまで行きましょう。その段階で、また考えれば良いでしょう」

 リーダーのT.Sさんの判断は明確で、100kmを2区間に分けて、それぞれを攻略しよう、というものでした。
 6時間で100kmと聞くより、3時間で50kmを2回、と聞いた方が、「それなら行けそう」という気分になるのが、何というか、不思議な数字のマジックです。

 T.Sさんには今回のFleche参加にあたり、エントリー手続きから参加費の立替え、コース作成にコース偵察、走行プランの作成に至るまで、ほとんどの煩雑な手続きを行っていただきましたが(本当に助かりました。ありがとうございます)、その綿密な走行プランは、当初想定の一本だけでなく、いくつかオプションが用意されていて、終盤のPCへの到達状況によって使い分ける、という冗長性が考えられていたのでした。
 いやはや、私は今までのブルベで、ここまで綿密なプランを立てた事って、なかった気がするぞ(^^;)。
 (デッドエンド時間の算出と、それに応じた走行ペースくらいか?私が考えるとしたら・・・)

 そして、今思えば凄かったと思いますが、私達のチーム、この時点での決断が、最小限人数でも残して走る、ではなく、All or Nothingでした。
 足の残っている3人を前に出して、後ろの二人は切れたらDNFして良し、という切り捨て作戦ではなく、全員で認定距離の突破を目指すという方針にまとまったのは、なかなか凄い事かもしれません。
 全員、初フレッシュな上に、集まって一緒に走るのもこれが初めて、という状況でしたが、恐らく、ここまで走ってきて、このメンバーとなら一緒に進める、という考えが、無意識に共有されていたのでしょう。

 ちなみに、私は今回、写真撮影で足を止めたりすることがほとんどなく、前について行く事に専念していましたが、おかげさまで、「ちゃんと走れば速い」「実は安定的にどんな局面でも走れている」等の評価を頂く事になりました(^^;)。
 え~と、まあ、しかし、先頭を務めた時間は、恐らくメンバーでは一番短い、っていうか、前に出たら引き離して走りかねなかったというか・・・。
 (序盤の峠で、リーダーおいてけぼり事件をやらかしたしなあ ^^;)

 ミーティング後、15分後に出発、だったはずが、10分後には全員、補給などが終わり、出発できる態勢になっていたので、そのままコースに戻ります。
 久慈川沿いをさらに下流へと下り、常陸大宮の市街地で渋滞につかまったものの、那珂市に入ると追い風が吹きはじめたためか、ペースが再び上がり始めます。

 しかし、非常にタイミング悪く、私の体調の方が崩れ気味になってきました。
 先程、補給した物が悪かったのか、胸焼けがするというか、ブドウ糖の静脈注射を受けた直後のような胸の不快感が急速に上がってきます。
 あれ、そんなに血糖値が急上昇するような物を食べたか?
 (確か、バナナと羊羹と、ボトルに残ったドリンク消費と・・・)

 考えても、症状が出てからではもう遅い。
 前を行く山形一号さんとちゃりけんさんの背中から離れない事を考えて、何とかついて行きます。
 途中、ちょっと注意力が散漫になったらしく、停止する際に急停止になってしまい、後続のT.Sさん、K.Sさんにご迷惑をおかけしてしまったりも・・・(←2回目だぜ、おい)。


14041328.jpg
水戸市街地に入った。
交通量が多くなり、
信号に引っかかる回数も増える。


 那珂川を越えると、急激に建物が増えて、水戸の市街地に突入します。
 この、水戸市街地を走っている間が私の体調不良のピークであり、偕楽園付近でJRの跨線橋の上に一時停止した時は、少々、救われた気分でした。
 もっとも、その後、国道6号バイパスに入り、さらに加速したために、再び地獄に逆戻りだったりした訳ですが・・・。


14041329.jpg
偕楽園付近。
周辺の緑地があまりに広くて、
どこが本当の偕楽園かわからなかった。
随分昔に、見に来た事があったけどなあ・・・。

14041330.jpg
茨城県庁付近の桜並木。
小美玉までは満開の桜を見てきたが、
ここは7割くらい散ってしまい、
葉桜になりかかっていた。

緯度的に、「春」の域を脱し、
初夏の範囲へと入ってきたようだ。


 6号バイパスに入ったなら、次のPCもすぐだったはず、と、とにかく喰らいついて行く事だけを考えて前進を続けます。
 何度かのアップダウンを超えた先に、コンビニのサインが見えた時には、心底助かったという気分でした。

 PC7 小美玉(289.4.1km):13:30頃

 認定距離まで、100kmを切りましたが、このPCに到着した時点では、私の体調が最悪の状態でした。
 停車し、T.Sさんに体調は大丈夫か問われたとき、内臓が裏返って口から出そう、的な事を言った気がしますが、さて、何と答えたのやら?
 とりあえず、ここのPCでは実況ツイートを入れる余裕もなく、コーラとメイタンチャージの黒を補給して、あとはじっと座って、回復に専念していました。

 ついでに、このPCに到着する直前の赤信号で、ボトルに残っていたドリンク(ソルティライチ)を飲み干そうと、ボトルをぐっと握ったら、蓋がねじ込み不足だったようで激しく漏出があり、口元からウェア、フレームに至るまで、ドリンクでベシャベシャになるという個人的大惨事が起きていましたが、あまりチーム全体には影響のない話なのでカットしておきます(^^;)。

 とりあえず、この時はボトル表面やフレームについたドリンクのべたつきを拭き取る気力もなく、仙台に帰ったら、洗車調整行きだな~、とだけ考えて、そのままドリンク(ソルティライチ)を追加していました。
 ちなみにこの時、ちゃりけんさんから「そればっか飲んでるね~」と突っ込まれましたが、ソルティライチ、ぬるくなっても飲みやすいので、盛夏期のロングでは、必ずボトルに入れるようにしています(私の場合、アクエリやポカリは、温まると喉を通らなくなるしね・・・)。

 なお、この時点での路面ベースの気温は、T.SさんのGPSによれば20℃越え(最高で24℃に達したらしい)。

 おいおい、仙台近郊なら7月の気温じゃないか(^^;)。
 ほんの12時間前まで-2.7℃の世界を走っていたのに、季節は半日で冬から夏にワープしやがっていました(いろいろ、強烈なコンディションだな・・・)。

 ただし、気温は高くても湿度が低く、蒸し暑さがなかったのが私の体には良かったようで、長袖ジャージでも全く問題なく走行を続けられたのはありがたかったです(実際、気温ほどの暑さを感じなかった)。
 しばらく日影でじっとしていると、やっと胸のムカムカも治まってきました。

 次のチェックが22Hチェックで、残時間は3時間。
 22Hチェックまで、残る走行距離は約52kmですが、ここでT.Sさんより、目的地変更の提案が出されます。

 暑さが激しくなってきたことと、市街地走行の影響があった事から、当初のゴール目標地点であった佐倉市まで行くのは、時間的にも少々厳しいと考えられることから、認定距離ぎりぎりラインの、総武線成田駅をゴールに変更しよう、という物でした。
 そこから逆算すると、この先3時間弱で走行する距離は、約47km先のコンビニに変更され、攻略難度は少し落ちます(距離5km減は、約20分の貯金になるので、相当大きい)。

 無理にチャレンジングな事は避け、確実に認定を得られるような形への方針転換です。
 全員、それぞれ思う所はあったと思いますが、無理を避けて最低限の認定を目指す、という事でその提案に賛成し、47km先のコンビニを22Hチェックとして再スタートです。

 ここからは霞ヶ浦方向に抜け、その北岸を南東へと進み、国道51号で千葉県入りする経路になります。
 残りは73km。
 24時間の戦いは、最終局面へと向かいます。

3."神風" 吹く

14041331.jpg
高速道路のようだった6号バイパスを離れ、
のどかな雰囲気の中に出た。
ホッとするひとときだ。


 霞ヶ浦方向に抜けるために、国道6号バイパスから県道56号に折れ、丘陵地帯を抜けて行きます。
 周囲の水田は既に田おこしが終わっており、シュレーゲルアオガエルの声が賑やかに響いています。
 いまだ仙台周辺ではその声を聞いたことがなかったので、ずいぶん暖かいんだな、と実感せざるを得ません。

 のどかな雰囲気の中を抜けて行くと、右前方に広大な空間が開ける気配がありました。


14041332.jpg
右前方に巨大な空間。
あれが霞ヶ浦か!
ついにここまで来た!


 日本で第二位の水面面積を誇る湖沼である上に、目に見える方向は上流端~下流端を見る、最も対岸までの距離が遠い位置になりますから、さらに広さは際立って見えます。
 周囲はほとんど何も遮る物のない、フラット基調の地形です。
 ここで向かい風を受けたらどうなるかと思いましたが、今のところ、風は大人しく、安定しているようです。

 国道355号沿いを南東へと下って行きますが、この時、私はこの前後の道筋で、物凄い既視感に襲われていました。

 そして・・・思い出しました。
 ここ、東京時代に百里基地の航空祭に行ったとき、シャトルバスが走っていた道筋だよ!
 と、いう事は、右手の水田内をかしてつこと、鹿島鉄道がかつて走っていたはずだ、という事も思い出しましたが・・・。

 鹿島鉄道は2007年に廃止され、その後、路線の一部がバス専用道路に整備されているので、今ではその面影が多少残っている程度でしょう。
 駅だった場所を曲がり角からうかがったり、旧跨線橋を通る時に下を見た限りでは、鉄道路盤らしいバラスト敷きの地面があるだけで、レールは枕木ごと撤去済み。
 駅舎跡には駐輪場のものと思われる屋根があった程度でした。

 ちなみに、百里基地の航空祭後は、この辺りから石岡まで、何時間もかかるレベルの大渋滞になるので、鹿島鉄道の常陸小川駅でシャトルバスを降り、鉄道で石岡まで行くのが脱出路としてありましたが、鉄道が廃止になった今は、皆様、どうやって脱出しているのでしょうか?
 (運行ルートが大きく変わった、という話を聞いた事があるけど)

 え〜、毎度お馴染みの脱線が出てきたので話を戻すと、旧鹿島鉄道の跨線橋を越えた先の高台で、一旦装備換装件補給のための休憩を取ることにして、停車しました。


14041333.jpg
休憩した高台から霞ケ浦を見下ろす。
湖岸を走っているはずだが、
見事にフルフラットな地形のため、
こういう場所がないと水面はほとんど見えない。

そして、私の装備の軽装っぷりも、
大体おわかり頂けるかと(笑)。


 霞ヶ浦の沿岸区間として1/3程度を走行終了、次のPCまでは20kmという所で、時間的には少々、余裕ができた感じでしょうか。
 少し距離を短縮したため、気持ち的にも余裕が出来ています。

 とはいえ、長逗留は危険なので、10分ほどで再度、コースに復帰です。

 ここから先の平坦地域では、風向きが味方をしてくれました。
 かなりの強さの追い風に恵まれ、一気に巡航速度を上げられます。

 サイコンのチラ見で、速度は常に30km/hを上回っており、地形も平坦なため、特に抵抗もなく前へ前へと進んで行けます。
 この区間で向かい風を喰らい、強烈なブレーキになる事を危惧していましたが、逆に作用してくれるとは有り難い!

 それに、実際に色々な地形を走り回っていて、心情的に疲れるのは、延々繰り返すアップダウンですが、肉体的に最も疲労するのは、実はド平坦な場所だと私は思います。
 アップダウンの地形は、下りの間は足を止めて休めますし、その勢いをいかして、続く登りを簡単にクリアできる時もあったりします。

 しかし、ド平坦な道は、回し続けて踏み続けないと、全然前に進んでくれませんし、風の影響をもろに受けるので、実は楽に見えて全然楽ではない場所だと思うのです。
 とはいえ、追い風を受けたときは全くの逆で、強烈なアシストを後方から受けているような、そんな勢いで一気に駆け抜けていけます。

 この追い風に乗り、ここで一気に距離と時間を稼ぎ・・・と思った所で、急に「止まります!」の声がかかり、隊列は一旦、歩道上に上がります。


14041334.jpg
なんと、山形1号さんの、
リアシフトワイヤーが切れるアクシデント!


 この時、ワイヤーのSTI側の根元が切れたので、レバー側にタイコが残ってしまい、現地での張り直しは難しいという事もあって、山形1号さんはここからトップ固定で走る事になりました。

 「前がトリプルだから、3速あれば何とかなるよ」

 という事でしたが、まだしばらく続く平坦区間はともかく、利根川を渡った先、佐原市内に入ると、再び丘陵地のアップダウンが続く事になる筈ですが・・・。

 と思ったのですが、この後も山形1号さんは全く減速する様子もなく、ほぼずっと先頭を走り、全員を牽引して行くのでした。
 ・・・うん、やはり凄い人達だな、このチームの皆様って・・・。

 追い風にぐんぐん乗って、驚くほど早く国道51号に到達しました。
 国道51号は、高規格道路の断面規格で建設されているので、道幅が非常に広いだけでなく、すぐ脇を通る自動車も、高速道路かっ!というような速度でかっ飛んでいます。
 風は横風になりましたが、ここにきて風速はおさまってきてしまい、走行にそれほど障害が発生することはありませんでした(何というタイミングの良さ)。

 なお、今年のFlecheは、「シャーマン」の力がどんな方向で働いたのか、ナイスプレイスに向かっていた全チームが必ず追い風を受けるという、神がかり的な奇跡が起きていたようです。
 私達も、この霞ヶ浦の区間で追い風を受け、かなりの距離を一気に走りきることができたことが、この後、どれほどの助けになったことか。


14041335.jpg
国道51号を南下。
ぼちぼち、茨城県も終わる。


 やがて前方に利根川の堤防がみえてきました。
 あの川を渡れば千葉県。私が本州の東日本側で、まだ唯一、轍の跡を残せていない県です。

 が、県境越えの前に、22Hチェックをしなければ。
 という訳で、間に合いました、22Hチェック。

 22Hチェック 稲敷(337km付近):17:00頃

 新規に設定した22H地点は、利根川の手前、ギリギリで茨城県という場所でした。
 実際には、22時間目の少し前に到着しましたが、休憩、補給などで時間を取られて、最終的に22Hの10分前くらいになったので、その時点でチェックを受けた形になっています。

 さあ、残り時間は2時間。
 その間に25kmを走ればゴール。

 これは、今までブルベを走ってきたペースから考えれば、問題なく走れる条件です。
 最後の最後、パレード走行かクールダウン・・・に、なるのでしょうか?


(続く)



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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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