日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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盛り沢山過ぎた日々 BRM913宮城1000km Part.4

 本日は、昨日のレースのダメージが出ていたので、一日オフにしました。
 朝一番は、骨盤と体幹の筋肉の接合部分辺りが非常に怠くて、痛みを発しているような状態だったのですが、今では随分楽になりました。

 それにしても、随分なオーバーペースで走りましたからねえ・・・。
 サイコンに残っていた記録、画像に撮る前に操作ミスでリセットしてしまいましたが、アベレージもMAXスピードも、そんな短時間で出した事がない、というレベルの数字になっていましたからね・・・。

 まあしかし、そんな結果も恐らくは、ただいまレポート中の宮城1000への出走と参加を考えて、夏の間に走力の維持、登坂力の維持を考えて走り続けていなければ、絶対に出せなかった物だと思います。
 いや本当に、継続的に乗る事は重要ですよね。
 今後、走れなくなる冬の間のトレーニングのため、ローラー台を本気で導入しようかと考えているくらいですから・・・。

 では本題です。
 既に、ゴールの時間からも一週間が経とうとしている宮城1000ですが、前回のレポートからの続きを進めて行きます。

 ここから先、1000kmのコースはさらに過酷さを増して行きます。
 後で聞いた話では、この辺りから様々な理由でDNFする参加者が増えて行ったとの事です。

 これまで、スタートから松島までの思わぬ高速移動。
 松島から岩手花泉を経て花巻に至るまでの間の、最初の睡魔到来。
 そして、遠野から釜石に至るまでの区間における、想定外の酷暑など、参加者を苦しめる要因は色々ありましたが・・・。

 ここから先は、三陸海岸の強烈なアップダウン。
 そして、十和田湖へと向かう、標高1000mを越える登りなど、最も攻略難度が高い区間へと突入して行きます。

 さて、本編は例によって長文(今回は一気にキリの良い所まで進めたので、さらに長い)なので裏置きします。
 興味のある皆様は、以下のRead moreをクリックして下さい。

1.PC4〜PC5久慈 被災地を進む
 釜石に到着した後、出発までの短い時間の間に、日差しはオレンジ色に変化し、西に山岳地を控える三陸海岸には日陰になる場所が多くなってきます。

 どう考えても、これからPC5の久慈に至るまでの間に、完全に日が暮れて暗闇が訪れるでしょう。
 初めての夕暮れの後、ニ度目のナイトライドを、アップダウンの激しい地帯で迎える事になります。

 ここから先、PC5までの区間は、恐らくコースの全行程中で最も攻略が難しい区間です。
 ここまでに溜め込んだ貯金をなるべく使い潰さずに前進し、1時間ほどの仮眠時間を確保しつつ、PCを目指す。
 想定の到達時間では、PCクローズまでに、30分以内のタイミングで到達できれば御の字、というのが、私の脚力でのギリギリの到達予測になっています。

 ちなみに、PC4までの間に、想定到着時間に対して、2時間程度の余裕が残せれば、と考えていましたが、既に30分程度は使い潰している形になっています。
 この先の厳しいアップダウンの道を前に、少々不安材料が残っていますが、仮眠時間がゼロになるほどの物ではありません。

 とにかく、まずは先に進まなければ。

 出発直前に、ぜっとさんが仙人峠の下りで石を踏み、パンクした、とのつぶやきがTwitter上に流れていましたが、下り基調の場所ですから、修理にてこずらなければ、時間制限には間に合うでしょう。

 がんちょさんら、ニコ生自転車部の皆様のお見送りを受けつつ、この先の最難関ポイントへとスタートを切りました。
 しばらく進んだ所で、この先の道が、幅員の狭いトンネル続きである、という注意事項を思い出し、シートステーに装着したFibre Flareを点灯させ、前進を再開しました。


13091367.jpg
釜石市街地からスロープを登り、
国道45号へと合流する。
かなり変則的な構造のインターだが、
合流地点には信号があったので、
合流にそれほどの危険はなかった。


 町と町、集落と集落の間に、必ず尾根や峠を挟むのが、三陸海岸の特徴です。
 尾根を抜けるのは峠道であったり、トンネルであったりするのですが、登坂に苦しむか、幅員の狭いトンネルでギリギリを抜ける自動車に恐怖するか、その2択になりがちなのも、何というべきなのか・・・。


13091368.jpg
それでも、その途中には、
こんな穏やかな海が見えたりする。


 トンネルを越えた後、海沿いの低地へと道は下りて行きます。


13091369.jpg
デリネータのポールには、
管理者名と路線番号に加え、
「津波浸水区域」の警告が付加されていた。

13091370.jpg
そして、要所要所には、
こういう警告標識が設置されていた。
何かが起きたとき、
どちらか近い方に逃げろ、
という警告になる。

13091371.jpg
ちなみに、
浸水区域の入口には、
こんな警告標識がある。
とはいえ、
ここまで津波が来たなんて、
実際に標識があっても信じられないのでは?
ここからは海岸線は、
現地でも全く見えない。


 両石、鵜住居、大槌と進んで行くと、低地は津波浸水域を通るようになります。


13091372.jpg
津波浸水域は、
以前よりはずっと片付いたとはいえ、
まだまだ深い爪痕が残る。

13091373.jpg
大槌町役場の建物は、
被災時の姿のまま、
まだそこに残されていた。

13091374.jpg
沿道にあった注意書き。
正直、再度同じ規模の津波があっても、
「防ぐ」事は不可能という考えのもと、
少しでも被害を減らすための対策が、
色々な形で行われている。


 私が仙台に移り住んだのは震災後でしたが、仕事柄、震災後3ヶ月目には現地に飛んで、主に福島県浜通り北部を中心に、被災地の状況を目にする機会が多くありました。
 今だからこそ言える話ですが、その後、一年ほどに渡ってフラッシュバックに悩まされたり、夜中に(何の夢を見たかは全く覚えていなかった物の)夢見が悪くて飛び起きる事が何度かありました。

 他所から来た人間でさえ、それほどの衝撃を受けたのですから、ここを生活の場にしていて、先祖代々生きてきた皆様にとって、あの災害はどれほど衝撃的な事であったのか、それは私の想像を超えていると思います。
 ただ、今はまだ現実として、災害の傷跡は癒える事はなく、それでも人々は前を向いて明日を生きようとしている事だけは、事実としてそこにある事だけは理解できます。

 吉里吉里の町を過ぎ、海岸線沿いを徐々に暗くなる空の下、北上を続けて行きます。
 道の駅やまだに差し掛かった所で、軽量化の衝動が強かったので停止。
 一台だけあったディスカウント自販機でドリンクを補給すると、既に空は夜といって良いくらいまで暗くなっていました。

 再びのナイトライドが始まりました。

2.PC4~PC5久慈 暗闇の険路を行く
 道の駅やまだで小休止を入れたその間に、周囲は一気に暗くなり、フロントライトがなければ危険なくらいに暗くなってしまいました。
 いつの間にか、「夕暮れはつるべ落とし」と言われる秋の天候に移行している事を思い知らされます。

 とりあえず、当面の目標地点を宮古に定めて前進を続けます。

 山田町の中心地付近に至ると、祭囃子の音とともに、提灯の明かりで照らされた広場に、多くの人々が集まっている姿が見えます。
 周囲はまだ更地で明かりもない状態でしたが、その場所だけは人々が集まり、明るい雰囲気があふれています。
 近い将来に、そんな風景がかつての中心街全体に広がれば良いなあ、と思いつつ、さらに闇が深くなってきた道を進みます。

 そろそろ、暗所特性に優れたカメラでも、長時間露光が効かなければ苦しい場面が増えてきて、カメラを出して撮影するより、前に進む事を考える方が多くなってきました。

 山田町の中心地を過ぎると、一旦、国道45号は内陸へと逸れて行きます。
 それを越えたら宮古湾岸に出て、その先で宮古市街地・・・という事はわかっているのですが・・・。

 宮古って、こんなに遠かったっけ?
 キツい登りに細い道。
 そして夕刻以降の交通量の増加などが色々と重なって、走行時にストレスを感じる事が多くなってきます。

 特に嫌だったのが、海岸地域のために、風で飛ばされてきた砂が路面に浮いている事が多く、それが横を通過する車の走行風で吹き上がって、体にパチパチと当たる、その不快な感覚が消えない事でした。
 ついでに言えば、私はコンタクトレンズ装着者のため、それがアイウェアの中に回り込んで目に入って激痛を発してくれたりもしたので、ストレスはさらに増加しています。

 周囲が徐々に賑やかになりはじめ、宮古大橋の姿が前方に見えてきた時には、心底、ホッとした気分になっていました。
 この辺りで市街地の信号に捕まったりしている間に、inainaさんと台湾チームの女性、そして日本人の女性の方と、何となくの集団を形成します。

 宮古大橋の右前方には、宮古市役所の建物が見えました。
 あの建物の上から撮影された、目の前の閉伊川の防潮堤を乗り越える黒い津波の映像は、震災後から最近まで、何度も目にする機会があったな、と、そんな事を考えてしまいます。

 宮古大橋を渡った所で、inainaさんと台湾チームの女性は、宿泊予定のホテルへとコースを逸れて行き、私と日本人女性とがコースに残りました。
 信号停止中に何度か言葉を交わし、お互いに結構な疲労状況になっている事を確認したりします(笑)。

 当面の目的地である宮古には、想定時間よりも1時間ほど早めに到着できました。
 次の当面の目的地は、道の駅たのさか。
 PC5の手前、40kmほどの地点であり、PCまでの到着時間を読み易い、というのがその理由です。
 場合によっては、そこで仮眠を取るなどの対応も考えていました。

 次の目標地点に向けて、宮古市役所の近くを抜け、愛宕交差点を左折し、再度山岳地へと向かう・・・。
 というコースプロファイルを思い浮かべつつ市街地を走りながら、補給できそうな場所がないか、左右に目を走らせます。

 この頃になると、私はいい加減に温かい食事・・・電子レンジでチンした物でなく、ちゃんと火で調理された食事をとりたくて仕方がなくなっていました。
 しかし、愛宕交差点までの道は一瞬で終わってしまい、その後、すぐに高台への登りがはじまったので、その望みは薄くなってしまったかな、と考え、何でも良いから手軽に補給が出来る地点を探す事に意識を切り替える事にしました。

 坂の途中で、女性参加者は切れてしまったようなので、気ままに周囲を見回すと・・・コインランドリーが目に入りました。
 自販機くらいはあるな、と考えて、そこに停車。
 自販機で炭酸飲料の大型缶が安価になっていたので、それを購入してグビグビと飲み干します。

 再スタートを切ると、その先で何度かコンビニを見かける事になったので、実はそこまで行ってから補給した方が良かったのかも、と、チラッと思ったものの、あまり何度も止まる気にはなれず、そのままスルーして行きます。

 この先で、道は一旦下って田老の中心地を抜けて、再度、山岳地へと取り付きます。
 町や集落に差し掛かるたびに、いちいち海抜0mに下りるのがしんどい所です。
 一つ一つは標高は300m前後と、それほどでもない峠なのですが、何度も何度も繰り返されると、次第に体力はジリジリと削られて行きます。

 しかも、仕方がないこととはいえ、平野部はいまだ津波被害が尾を引いている地区が多いため、休憩や補給の場所もそれほど多くはなく・・・。
 ドリンク補給は、トラックの休憩所などにもなっているらしい、大型の駐車帯やチェーン脱着場に備えられた自販機などで行う事が多くなってきました。

 一方で、三陸海岸の各地には、高台上に道の駅が設置されている地区が多く、この道の駅が休憩・補給の重要ポイントとなってくれる事が多くありました。

 田老地区を抜けると、その先がまた峠道になっていて、登りの途中に道の駅たろうがありましたが、その自販機周辺には参加者の物と思われる自転車が何台か止まっていました。

 その後、何度か峠を越えて、随分北上したはずだ、と思った頃に、標識の柱に書かれていた地区名が、まだ「田老地区」であった事に愕然としたりしつつ、ヨロヨロと前進を続けます。
 今、地図を見直すと、特に摂待駅付近で国道45号は大きく東西に蛇行しており、前進した道のりに比較して、実際の移動距離(直線距離)は、さほどの物ではない、という罠があったりしたのですね・・・。

 この辺りになると、周囲の駐車帯や建物の軒下などで、倒れるように仮眠しているランドヌールの姿が多く見られるようになってきました。
 二日目の深夜、時間制限に対して体力が最も厳しくなってくる区間という事もあり、走行継続中の皆様も、かなり苦しくなっている様子です。

 で、後にスタッフカーと行動を共にするようになってから聞いた話では、宮古までの間に、暑さと最初のアップダウンにやられてDNFする人達が続出していたそうです。
 ついでに、このアップダウンの区間の途中で、押し歩きしている人に「大丈夫ですか?」と声がけした所、心の底からそう叫ぶかのような声で、「キツいっすよーっ!」という返事が返ってきた事もあったとか・・・。

 うん、皆様の気持ちは、ここを実走した身であれば、本当によく理解できます・・・。

 何度も何度も繰り返されるアップダウン。
 それも、どう考えたって10%級の斜度が何度も出てくる、というそれを、暗闇の中で走るとねえ・・・。
 ヘッドランプで前方を照らすと、ずーっと先まで、斜め上方に続くデリネーターの反射が見えているとか、追い越して行った車のエンジン音が、行ったり来たりしながら、なかなか頭上から離れていかないとか、メンタルブレーク攻撃を何度も何度も受けている気分でしたよ、本当に。

 久々に、「長いな」と思う延長のトンネル、恐らく小本トンネルを抜けると、前方の標識が、45号の自動車専用道方面と、一般道方面に別れた地点に出ました。
 ここを過ぎて、山岳コースに入れば、その尾根筋くらいに道の駅たのはたがある、と、コースを思い浮かべ、やっとここまで来たか、と言う気分になります。

 小本の、直進指示の十字路の手前にある橋を渡るとき、ふと横を見ると、もうすぐ中秋の名月になる、明るい月の光が川の水面にだけ反射して、真っ暗な空間に蛇行する光の帯が走るという、とても幻想的な風景が作り出されていました。

 ・・・が、この先の登りがまた、強烈に凄かった・・・。

 坂の途中に、下りでブレーキが過熱して効かなくなった車を突入させる緊急待避所が何か所も設置されているくらい長い上に、勾配もまた恐ろしいレベルで、いきなり10%の表示が出てきます。

 ちなみに・・・。

 東北地方の二桁番号以下の幹線国道においては、二桁パーセントの坂自体が、存在としてありえないシロモノだったりするそうです。
 何故かというと、東北地方のような寒冷地においては、冬期の凍結などの影響を鑑みて、都市部以外の場所における限界勾配は8%という規定になっているのだとか・・・。

 一体どういう事なのかはわかりませんが、とにかく、この道路は東北地方においては規格外なシロモノです。
 (ちなみにこの区間、廃道系な皆様にはお馴染みの「山さ行がねが」さんで、「危険区間道路」として詳細にレポートされていた。先の、限界勾配などに関しては、リンク先の"山行が"さんのレポートで知った)

 そんな規格外の坂を、軽車両で登る・・・。

 道路の左側には、自動車が衝突したら、確実に車が壊れる、としか思えないレベルの鉄筋コンクリートの壁があったり、その前面に申し訳程度に古タイヤが貼付けられているのを見て、本当に微妙な気分になったりもしたり・・・。

 少なくとも2kmはこの斜度で登る、というのは、帰ってきた後に知った事であり、実際に走っている間は、どこまで続くんだ、この坂は・・・と、かなり暗い気持ちになっていました。

 ちなみに、私はこのブルベに出走する前に、クランクをコンパクトのダブル(50-34)からトリプル(52-39-30)に換装していました。
 このトリプルクランクの効果は絶大であり、これだけ坂続きのブルベでも、「最軽段(30-27)で回せば、それなりの速度で前に進む」という意識が頭にあった事が、どれほど精神的な強みになったかは、計り知れません。

 この三陸海岸以外でも、コンパクトクランクでフウフウ言いながら登っている参加者の隣を、トリプルのインナーに入れて回しながら追い越す事が多かった事を考えると、重量が増加する分、レースライド的な乗り方にはあまり向かないものの、ツーリングやブルベのような乗り方においては、とても有効な装備であると思われます>トリプルクランク。

 なお、最近はコンパクトクランクで、リアも多歯ギアを使える仕様の設定が多くなっているので、上位コンポではトリプルクランクの発売はないのではないかと思われますが・・・。
 前ギアの最軽段が34→30Tになる事による抵抗軽減効果と、超長距離踏破性は、想像を遥かに上回っていますよ・・・?
 ツーリング派、ブルベ派の皆様は、騙されたと思ってで良いので、トリプルクランクの効果を体感して頂きたい物です。
 (そして、メーカーに高位グレードでもトリプルクランクを作ってくれるように、どしどし使い込んでやりましょう・・・)

 ちなみに私は、今回、このトリプルを使っていなかったら、もっともっと早い段階でDNFしていたと思います。
 それ位、絶大な効果があったと思いますよ、本当に・・・。

 話はそれましたが、急勾配登坂区間の最後の方は、直線登坂に変わり、どこが坂の頂点か、わかり辛くなってきました。
 途中、追い越して行った車のヘッドライトが照らす範囲のデリネーターが、ある一定の場所で急に間隔が縮まるように見え、その地点で車のテールランプが地面に潜るように消えて行きます。

 あそこが坂の頂点か、と、目算で決めて前進を続けると、想定通り、急登区間は終わったようです。
 とはいえ、まだ微妙な斜度で坂は登り続けていますが・・・。

 そしてその先で、前を行く参加者のテールランプがチカチカしているのが見え、その手前に自販機の光で明るく照らされた駐車帯のような物が見えます。
 近付いてみると、それは個人商店前の駐車帯で、一人の参加者が休憩中でした。

 私も、ドリンク残量が心もとなかったのと、急登でへばっていたので、ここに停車して休憩開始。
 先に止まっていた参加者は、少し言葉を交わすと、先を急ぐとの事で出発して行かれました。

 と、それと入れ替わるように、もう一人の参加者が到着し、休憩に入ります。
 少し言葉を交わした所で、私のドリンク補給が終わったので、今度は私がコースに復帰・・・する時にコースの後方を見ると、明るいライトがひとつ、その場所に接近しているようで、私が出発した後に、自販機前へと吸い込まれて行きます。

 時ならぬ、参加者の休憩リレー。
 ここの自販機、この日は妙に儲かっただろうな・・・。

 そういえば、この区間のどこかで、ニコ生自転車部の車に追い越された時、後部座席にぜっとさんの姿があったような・・・?
 いや、見間違いだったかな?
 (後に、PC4付近でDNFしたという話を聞いたので、その記憶との混濁があったのかもしれない・・・)


13091375.jpg
自動車専用道区間と、
一般国道区間が、
隣り合うように橋梁で並走。
(夕方からここまで、撮影画像なし)

この場所、明るい時間帯であれば、
谷間の風景が絶景だったようだが、
暗いと何もわからないな(^^;)。


 自動車専用道路に入らないように、インターチェンジ手前で右折した直後、道路を潜ってすぐの所にあった集会所のような場所で、何かの作業中だった人達から、「お〜い、がんばれ〜!」という声がかかりました。
 手を上げて返事を返すと、「お、あの人はまだ元気だね」という声が返ってきたり。
 そういえば、何人もの参加者が通りかかるのを見ているのでしょうからね。疲労の度合いも、リアクションである程度、わかるのかもしれません。

 とはいえ、オールナイトブルベを走っていて不思議に思うのは、どんな場所で、どんな時間であっても、何らかの形で人が活動している場所が多い、という事です。
 歓楽街近くで、酔っぱらいのオヤジ達が賑やかに歩いているとか、そういう物だけではなく、深夜の山道なのに、ジョガーが走っているとか、広場で何かを作業中の皆様がいらっしゃるとか、そういう姿を本当にあちこちで見かけるのですよね・・・。
 一部は幻覚が混じっているのかもしれませんが、とにかく、ヒトと言う生き物は、やたらと色んな事をやっている生き物のようです。

 それはさておき、フウフウ言いながら走っていると、頭上に白い標識が現れます。

 道の駅たのはた、500m先。

 おっと、いきなり500m前で標識か!
 通常なら、道の駅の2km手前で最初の標識が出て、次に500m先の標識が出ると思ったけれどね・・・。
 (気付かなかっただけかな?)

 しかし、当面の目的地が目の前というのは悪くない。
 緩やかなカーブを繰り返す道で、先行する参加者にも追いついた、それと同時に、道の駅たのはたに到着。

 駐車場の片隅に車体を止め、手洗いを済ませてから時計を見ると・・・23時を少し回ったくらい。
 これなら、1時間ほど仮眠しても大丈夫かな・・・(想定では、15日1時までに出発できれば、次のPCのクローズには間に合う計算としていた)。
 そう考えて、タイマーをセットすると、ウエストバッグを枕に、そのまま地べたにゴロン。

 いや、おい、以前の記事で、地べたは避けろとか言ってなかったか?(^^;)
 まあ、周囲は夜中で真っ暗だし、もう疲労でフラフラだし、もうどうだっていいよね・・・と、半ば朦朧とした意識の中で、あまり正しい判断が出来ていなかったかもしれません。
 それでも、寒風対策として、レインスーツを羽織ってはいましたが・・・。

 0時少し前に、近くに張られていたテントから、宿泊者の名誉のために内容は秘すべき寝言が聞こえてきて目が覚めました。
 ・・・おいおい、テント泊の人。
 どんな夢を見ていたのよ・・・(^^;)。

 まあしかし、ちょうど良い時間でもあったため、スマホのアラームを解除して出発準備。
 忘れ物がないことを確認後、道の駅の出口から外に出ようとすると、今来た方角に、明るい光が2つ、前後しながら近付いてくるのが見えます。
 後続の参加者のようです。

 テールランプはあまり遠くからは視認されないのに、フロントライトは皆様、こだわりの大光量ライトを使用しているためか、恐ろしく遠くからでも視認できるというのが、何だかおかしな話です。

 ライトがまだ遠いうちにリスタート。
 仮眠を挟んだ私の方がペースは速いようで、後方のライトはバックミラーの中で、みるみるうちに小さくなってしまいました。

 この辺りで、田野畑村の北川食堂という、海鮮丼のお店を教えて頂いていましたが・・・日が変わるくらいの時間に営業しているはずがなく、涙をのんで通過。
 その分の栄養は、道の駅で買ったコーラが賄ってくれているはずです・・・。

 というか、PC4を16時に出発して以来、液体しか腹に入れていないぞ?
 大丈夫なのか、オレの体・・・。
 まあ、異常な空腹が来ない所を見ると、大丈夫なのでしょうが・・・。

 田野畑村役場を過ぎると、再び厳しい山岳道が復活。
 レインスーツを羽織ったままでは暑かったため、途中の外灯の下で装備を外していると、先程、道の駅辺りで接近中だった参加者の物らしいライトが二つ、同じく坂を登ってくるのが見えていました。

 装備換装の方が先に終わったため、接近してくる前に再出発。
 確か、田野畑村の先は、かなりしっかりした峠越えだったよな、と考えながら、長い長い坂を、インナーギアに入れてクルクル回しながら登って行きます。

 そろそろ終わっていいんじゃないの?とか、まだ登ってんの?とか、ウンザリする思いの方が先立ちはじめた頃に、ふと頭を上げると、ヘッドランプが投げかける光の中に、青い色の標識がキラリと反射します。
 その光の中に見えた表示は・・・。

 閉伊坂峠 国道45号最高地点

 あ・・・そんな場所を通ってたの?

 約十メートルほど後方にいた参加者からも、その表示は見えたようで、暗闇の中、後方から「なんじゃそらー!」とか「ふざけんなー!」とかいう感じの悲鳴が上がっていました。

 ・・・ま、最高地点まで来たって事は、ここから先、これ以上高い場所はないって事なんだけど・・・。
 それは別に、厳しい登坂がなくなった、という意味ではない事を同時に考えておかないといけない話でもあったりする訳で・・・。

 いやはや、アップダウンではなく、連続峠越えというのが正確な道筋でしたね・・・。
 しかも、町を通過するたび、いちいち海抜0mまで下りてから登坂開始になるので、300〜400m級の峠を、いちいちゼロから登るという・・・。

 そら、「キツいっすよーっ!」という心の叫びも出ますわ。

 さて、そこから先は、下り基調の場所が多くなったとはいえ、キツい登り返しも相変わらず出てくるという事の繰り返しです。
 普代村辺りで追いついた参加者と、何となく前後しながら、追い越しざまに「眠い」「つらい」「休みたい」の愚痴を言いあいながら前進を続けていますが・・・。

 堀内駅の横を過ぎた辺りで、私の方が睡魔の攻撃にあまり耐えられなくなってきて、マイクロスリープを連発するようになったので、一旦停止して、メイタンチャージの黒を補給。
 その間に、何となく前後していた方には先に行って頂きました。


13091376.jpg
どこのトンネルだったか、
もう忘れてしまったが、
眠気覚ましに撮った一枚。
構図だの何だの、
いちいち考えて撮ったはずだが、
出来映えとしては凡作以下だな・・・。

13091377.jpg
んで、途中にあった謎の巨大オブジェ。
このキャラ、一体なに?
PC5近くで、
ボードに乗った姿のオブジェもあったぞ?


 睡魔退散のために、何かブツブツ言ったり、歌でもうたうか、と思ったけれど、サビ以外知らない歌が多過ぎて断念したりしていると、道の駅のだの案内標識が出てきます。

 ・・・っ、その道の駅を過ぎた先がPC5だ!

 そう気付くと、急に意識がシャキッと持ち直して道を進めるようになりました。
 先程の画像と同じ巨大なキャラのオブジェがまた出現したのを左に見送ると・・・見えた、コンビニの明るい看板が!

 PC5チェック:15日 01:55

 クローズまでの貯金は1時間ほど残していましたが、想定到着時間に対しては、20分しか先行していない、という状況。
 この先の道が少々、キツくなりそうだな、と思いつつ、何かの麺類とコーラを補給した覚えはありますが、意識は遠く飛びかけていたので、店舗の横手の暗がりに入って仮眠・・・。

 先行していた参加者が、エマージェンシーシートに包まったホイル焼きになっており、目の前のスナックかなにかからは、ヘタクソなカラオケが聞こえていましたが、タイマー通り15分ほどは寝たのでしょうか?
 意識はまだ微妙に朦朧としている気がしますが、よく寝た、と、両頬を叩いて出発。
  先着していた宮城スタッフからは、「三陸を無事クリアしたかー!」といわれましたが、実はこの次の、PC6五戸までの時間設定が微妙に厳しいので、まだまだ油断できません。

 ここで、そろそろ明るさがヤバくなってきたEL540の電池を交換します。
 手元が怪しくて電池をなかなか外せず、ランドヌール宮城代表の鈴木さんに手伝って頂いてしまう始末・・・。
 ま、とにかく、これで後2晩程度は持ってくれるでしょう。

 EL520は気にするだけ無駄なランタイムがあるから・・・とこの時は思っていましたが・・・。

3.PC5〜PC6五戸 記憶のない時間帯
 サブタイトルが何かヤバげですが、実際そうなんだから仕方がない(^^;)。

 画像記録が残っているのが、15日02:00の次が、15日05:11で、この間に何をやっていたのか、その記憶は物凄く曖昧になっています。
 確か、道の駅おおのか、道の駅なんごうまで走って、まだ時間に余裕があったら寝よう、と思っていた事は覚えていますが・・・。

 とりあえず、覚えている限りで話を進めると、PC5を出発した後、多くの方が仮眠に立ち寄ったらしい久慈の健康ランドは、入口さえ見つける事が出来ませんでした。
 久慈市街地に下りて、ファミレスの駐車場で装具を整えている参加者の姿が見えた後、国道395号に進路を変更し・・・たところで、視界が何かおかしい事に気付きます。

 遠くを照らすEL540に対して、手元が暗い。
 ・・・あれ?

 すぐ近くにコンビニが見えたので、緊急でピットイン。
 ライトをON-OFFしてみて、EL520が恐ろしく暗くなっていた事に気付かされます。

 ・・・え?
 満充電のエネループを使っていたのに?
 アルカリ乾電池で、連続点灯、60時間は持つはずなのに?

 帰宅後、色々調べて見ましたが、私が探した範囲では、EL520のエネループ使用によるランタイムについて、まともに測った事例は見つけられず・・・。
 今回の私の事例で言うのであれば、エネループ使用で連続点灯の条件だと、約24時間くらいで実用上問題になるレベルに暗くなる、という感じになります。

 ・・・いや、十分長いランタイムですがね・・・。

 ただし、ウチで使用しているエネループは、もう何年生になるかわからない位に使い込んでいるので、そちらの影響があるのかもしれません・・・。

 しかし、気付いたのが市街地で良かった。
 コンビニで早速、単三アルカリ乾電池を購入して、雨天を想定してビニテで固定してあった接合部を外して、電池を入れ替えると、元通りにビニテでしっかりと止め直して、前進を再開します。
 うん、嘘のように明るくなった。こういう事も、経験で学んで行くしかないのですね・・・。
 (600も一晩半くらいで終了するから、こんなに長時間、使った事なんてなかったよ、EL520)

 その後、久慈北I.C交差点のコンビニ付近で追いついた参加者が、そのままコンビニに入るのを見送って、もう何度目かの山岳地に突入します。
 道の駅おおのまではそれほどの距離ではないから・・・と思っていましたが、この先の道では、とにかく何度も睡魔に襲われ、それに対抗するのに必死でした。

 サビしか知らない歌メドレーを繰り返したり、普段から仕事上で無理矢理な要求をしてくる某氏が前方にいると想定し、追いついてボコボコにする、という物騒な事を考えながら走っていたら、本当に某氏の姿が見えてくるような気分になってきたり、と、随分、色々とやられていた気がします。

 と、一箇所だけ、左右の斜面を埋め尽くす町灯り(集合住宅の光)がパアッと広がったように見えた場所があったのは何だったのだろう?
 電照菊などを栽培中のビニールハウスか何かだったのでしょうか?
 (Google Earthを見ても、そんなに大量の集合住宅が存在する場所なんてないみたいだし・・・)

 とにかく、睡魔にやられて、色々幻覚を見たりしていたくらいなので、相当にヘロヘロだったのは間違いないでしょう。
 ふと気付くと、何か自分でも訳のわからない事をブツブツ呟きながら走っていたような気がします。

 「随分眠そうですね」と、追い越しざまに声をかけて頂いて、そこで初めて意識がシャキッとして、自分が何をしているのかを理解できたりもしました。
 そういえば、自転車で走っている途中なんだった・・・。


13091378.jpg
そしてその直後、
振り返って撮影。
既に空は明るくなっていた。
(朝霧でレンズが曇っている)


 いつの間にか、夜が明けていたのか。
 寝ながら走っていたとしか思えない時間帯だったな・・・。

 その後も朦朧とした意識と、マイクロスリープを繰り返しながら道を進んで行きます。
 時間を見ると、経過時間の割に、距離はほとんど進んでいません。
 どこかで寝た方が良いのかな、しかし、現在地はどこなんだ・・・?

 と思っていると、朝の防災無線放送の音楽が周囲に響き渡り・・・と思った直後に、今度はそれがけたたましいサイレンの音に変化。
 何があった?と、またも意識が強制覚醒。
 直後に、「これは訓練です!」という肉声放送がはいり、ホッと胸を撫で下ろしました。


13091379.jpg
軽米町辺りで撮影。
意識はかなり朦朧としていた。


 その後、消防団の消防車がサイレンを鳴らしながら走って行くのとすれ違ったりして、その車体の文字と防災無線の内容から、軽米町に来ている事がやっとわかったりして・・・。
 ぼちぼち、進路は国道340号に移して、今回のコースの最北端の県、青森県に向かう事になりそうです。

 しかし、睡魔は容赦なく襲ってきます。
 巡航速度は上がらず、後方から来る参加者に、次々と抜かれ、時間は経過しても距離はほとんど稼げていません。

 何か対策しないと、と思って補給食の中をガサガサあさっていると、金色パッケージのメイタンチャージ(カフェイン200mg含有)が・・・。
 これは出来れば、日本海側に出てから使いたい物ではありましたが・・・今の強烈な睡魔と戦うには仕方がないか、と、エグイ味のそれを喉に流し込みました。

 それから30分間ほど、私の体は一気に回復しました。
 軽米町で抜かれた参加者を次々と抜き返し、青森県との県境へと突き進んで行きます。

 途中、一箇所だけ、アスファルトをはつって工事中の場所があり、そこではさすがに減速しましたが、後方から「ダート!」という掛け声と同時に、男女ペアが物凄い勢いで下って行きます。

 ・・・シクロクロスも経験しておいた方が良いのかな・・・。

 お二方の、迷いなくダートに突っ込んで行くその姿を見て、何となくそんな事を考えたりしてしまいます。


13091380.jpg
青森県との県境の峠を駆け上がる。
全く姿が見えていなかった参加者を、
この坂で捉えて抜いたりもした。


 カフェインの効果とともに、インナー30Tの効果も合わせて、自分でも信じられない速度で坂を駆け上がって行きます。
 この時は本当に、このままゴールまで突っ走れるのではないか、と、そんな事を考えてしまったくらいで・・・。


13091381.jpg
やがて青森県の県境を通り抜けた。


 青森県の八戸市、南郷に至りました。
 この先は、実は事前のキューシート確定作業で、私も下見をしていた地域です。

 ここから弘前までの道は、全て記憶しています。
 道の駅なんごうを過ぎた先、一度下って登り返しますが、その先、剣吉までは一気に下って行ける道です。

 PC6は近い。
 このままの勢いで進もう。


13091382.jpg
とか考えつつも、
古い木造住宅などを見つけて、
足を止めてしまったりもする。

13091383.jpg
道の駅なんごう。
仮眠ポイントに設定していたけれど、
この時は体が調子が良かったので通過。

13091384.jpg
国道104号に進路を移し、
国道4号の剣吉交差点手前の蓮池。
以前、'11年の十和田ブルベで見かけて、
随分良い環境だと思ったそれは、
変わらずそこにあった。


 ここまで来て、そろそろカフェインの効果は切れてきました。

 時間にして2時間ほど。
 レースであれば絶大な効果があるであろう補給食も、長丁場が基本のブルベでは、使いどころを考えないと、この先で反動が出てどうにもならなくなる場合があります。
 今回の反省点の一つであったりします・・・。


13091385.jpg
道は国道4号へ。
一関〜平泉間以来だな、
東北地方の大動脈路線よ。


 途中で物凄く長い登坂車線を通ったりして、剣吉から五戸への峠を越えます。
 最後に、長い長い下り基調の道を進み、PC6から折り返してきた参加者と、軽い挙手で合図を交わすと、そのままPC6へと飛び込みました。

 PC6チェック:15日 07:31

 ついに、当初想定していた到着時間を下回りました(約15分だけだけど・・・)。

 そして正直、この時には日付と時間の感覚はもはやほとんど意味を持っていませんでした。
 この先、何時間以内に次のPCに至る事が出来るか。
 その間の障害はどんな物があるか。
 頭の中にあったのは、それがほとんどです。

 ほとんど、自転車に乗るのが習慣化してしまっているというか、何というか・・・。

 その反面、PCに設定されているコンビニの品揃えが、国道沿いである事と、多数の参加者が押し掛けていた事の相乗効果か、非常に限られていたのが・・・。
 相変わらず食べたいと切望していたカットフルーツやドライフルーツは見つけられず、パスタの類は全滅だったので、かわりに焼うどんを選択。
 ちゃんと火の通った食事をしたい、と強く思いましたが、この時間のこの場所でそれを望むのは高望みです。

 超長距離ブルベで、多くの皆様が牛丼屋に流れているのは、こういう事があるからなのかもなあ・・・。
 などという、どうでも良い事を考えつつ、気紛れに雨雲レーダーを開くと・・・。

 十和田湖の南西側から、巨大な雨雲の塊が接近中・・・。
 え?午前中は持つという予報じゃなかったか?

 しかし、観測情報が変わるはずもなく、出発前にもう一度、見てみたスマホの画面では、さらに接近した雨雲画像を見るだけでした。

 クローズまでの貯金はまだ何とか1時間はある。
 この一時間を、どれだけすり減らさずに進めるか・・・。

 今思えば、少々時間にこだわり過ぎていた気がしますが、とにかく、雨が来る前に出来るだけ先に進んでおかなければ、という思いとともに出発しました。

 ここから先のコースは、三陸とは違う形で厳しさを増す、十和田湖〜奥入瀬渓流〜御鼻部山を経て、弘前に至るコースです。
 下見時の感覚では、御鼻部山まで余裕を持って到着出来れば、その先は一気に楽になる・・・という物でしたが・・・。

 白かった空が、徐々に黒くなって行くのを正面に見据えつつ、道を進んでいく事になります。

4.PC6〜DNF 厳しい自然の前に
 PC6を出発してすぐの間は、今年の十和田ブルベでも走った場所を行きます。
 国道4号を逸れた直後に、雨がパラパラと落ちはじめましたが、どうやらこれは雨の先兵だったようで、路面をしっとりとさせただけで上がりました。

 この先、いつ本格的な雨になるかわからないため、雨具をフルセット、suewから出して、ドローコードで縛り付けておく事にします。

 「もう雨具着ます?」
 「いや、出して縛るだけです」

 追い越しざまに声をかけられてそう答えると、追い越して行った参加者は、納得するように頷いて先行して行きました。


13091386.jpg
しっとりと濡れた程度の道を行く。
雨の気配は、かなり濃厚になっていた。


 ささやかな峠を越えて、国道454号へ。
 PCでの補給が足りない気配がしたので、国道454号に入ってすぐの所の自販機でコーラを補給。
 そろそろ、足のあった人同士で何となく前後して走っている状況になっていたからか、私の車体が近付くと、カウベルの音でわかる、と、指摘されるようになってきました。

 しかし、私の体の方は、というと・・・。
 釜石辺りから意識しはじめた膝の痛みが、かなり本格化してきていました。
 遠野辺りで既に違和感があったので、OS-1を仕入れたドラッグストアで、関節痛用の外用薬を購入してあったのですが・・・痛みを一時的に麻痺させる事は出来ても、抜本的な解決にはなりません。

 こんな時に限って、脳内で「ぐるぐるぐるぐる・・・」という、機能も効果も怪しい健康食品のCMソングが流れたりして、忌々しい思いをしたりします。
 (グルコサミンにしろ、ヒアルロン酸にしろ、コラーゲンにしろ、消化器系で全て完全にバラバラに分解されるので、「そのもの」を摂取した所で、何ら意味はない、というのが、栄養学上正しい見解になる。プラシーボ効果はあるかもしれないけどね・・・)

 ついでに、カフェイン切れのためか、体に反動が出ており、先程までの、軽々と坂を登れた感覚が完全に切れており、体が物凄く重くて怠い・・・。
 やはり、後半まで温存させるべきだったのか、と思う反面、あそこであの補給食を投入しなかったら、PCの到着時間はもっと遅くなっていたはずで、そうなるとこの区間を攻略するのに十分な時間的な余裕を取れなかった、という思いが交錯します。

 前進を再開させると、雨がまたパラパラと落ちはじめます。
 前方の風景が煙っている所から、そろそろ雨の本体が到着か?と思い、目の前にあったバス停の待合小屋内で、フルレイン装備に換装します。
 その間に、ひびき出版の田村編集長が颯爽と走り去って行きました。

 で、バス停の外に出ると、雨は既にやんでいたり・・・。

 『着たらやむ。脱いだら降る』

 なんだよ、この、見事なマーフィーの法則ブルベ版・・・。
 換装が面倒なので、上半身だけ外して走りはじめます。
 10分ほどでまた降り始めましたが、雨脚が弱かったので強硬突破を決め込んでいたら・・・。

 本降り来ました・・・。

 新郷村役場付近で車体を止めて、上半身もレイン装備に変更します。
 少し進んだ神社の軒下でも、換装中の参加者を見ましたが、まだ上半身のみの変更で・・・?
 大丈夫なのかな、それで・・・と思いましたが、まだそれで大丈夫だった事に、その直後に気付かされます。

 そこから先、「キリストの墓」の横を抜けて、さらに山間部方向へと走っていくと、徐々に雨具の中で体が蒸れて、暑さが先行するようになりました、
 両脇のベンチレーションと、前のファスナーを解放しても、一度上がった体感温度は急には下がりません。

 暑さとともに、睡魔も復活。
 しまった、こんなタイミングで・・・。

 雨はまだ、それほど強くなくて、恐らく雨具なしであったり、上半身のみであったりした方が快適なレベルでしょう。
 しまった、雨雲レーダーの画像にとらわれ過ぎた・・・。

 そう思った所で遅い。
 復活した睡魔はしつこく脳の内側から体を蝕み、出力と気力を一気に低下させてくれます。

 道の駅しんごうまで行けば、軒下で仮眠も出来るだろう。
 そう考えて前進を続けますが、この状態で、二の倉ダム付近の急登を登るのは地獄でした。

 道の駅しんごうに転がり込むと、クソ暑い思いをさせられた雨具を全て、脱ぎ捨てる、という表現そのままに脱ぎ捨てて、自販機で買った水をグビグビ飲み干します。
 暑くて暑くて、眠くて眠くて・・・。
 先着していた女性参加者を見送った後、ベンチで10分ほど、座った姿勢で目を閉じましたが、睡魔は晴れてくれません。

 しかし、あまりゆっくりしている訳にも行きません。
 同じ宮城の実走スタッフのSさんが先行して行くのを見送り、ここからしばらく、雨具なしで進む、と決めて再スタートです。


13091387.jpg
まだ残暑の季節だけあって、
雨具なしでも何とかなる。
道は快適さを増した。


 一旦復活した睡魔は、なかなかしぶとく居座ってくれましたが、雨具を脱ぎ捨てた事で涼しさは増したため、道行きはかなり楽になりました。
 道の駅を出てすぐに長い下りがあり、その区間ではブレーキがほとんど効かずに怖い思いをしたものの、十和田湖の外輪山に向かう登り返しは、それなりの余裕が復活したくらいでした。


13091388.jpg
迷い平を経て一旦、
秋田県に入る。

これで一応、
今回のコースが通る全ての県に、
轍の跡を残した事になる。

13091389.jpg
一旦下ってまた登り返し、
青森県との県境に出る。
ここから先、
十和田湖まで一気に下る。


 県境で(上画像の通り)レイン装備に換装しようとしている方がいらっしゃいましたが、私はそのまま通過する事にします。

 ・・・が、それが選択ミスであった事に、数分で気付かされます。
 深い樹林帯に入ったために気付きませんでしたが、外輪山の内側に入った瞬間、急速に冷気が広がり、雨脚も非常に強くなり、頭上の木々の枝葉を伝って落ちてくる雨粒が、ヘルメットや背中を強く叩くようになりました。
 山頂の陥没カルデラである十和田湖の周辺は、その地形的な特性から、周囲よりも冷気を溜め込んでいる事が多い事を忘れていました。

 しかも、下りはかなりの急勾配で、一気に速度が上がり、体に当たる冷気の風も強くなります。
 ブレーキの効きも弱くなっているその状況で、危険度はぐっと増しています。
 これはまずい、と思っていると、反対車線の方に駐車帯を発見。前後に自動車も参加者もいなかったので、そちらに車体を止めて、レインスーツの上着だけでも着込む事にしました。

 そして降下を再開。
 下ハンで握っているのに、ずるずると手応えなくブレーキは滑り、カーブのたびに、減速が間に合ってくれる事を祈るような思いで進んでいます。

 やがて頭上の樹林が晴れて、国道103号との交差点に出た所で・・・交差点の駐車場に併設されていた手洗いに飛び込む!
 冷気にやられて、内臓もパンク寸前でした。
 何とか人としての尊厳を保った所で、湖岸道路に進みます。

 後方に、レストハウスでレイン装備に換装した方が2名ほど、付いたのがバックミラーの中で見えましたが、あまり気にする余裕はありません。
 雨脚は、大雨というべきレベルで強く、路面にはあちこちに巨大な水たまりが出来ています。
 自転車を避けて通ろうとした自動車が、その水たまりの水を思い切り跳ね上げた結果、こちらは右前方からのスプラッシュマウンテンを喰らうという有様です。

 とにかく、十和田湖畔〜奥入瀬渓流は、十和田ブルベで2回、仕事のついで(金曜出張だったら、翌日の土曜日辺りに)に足を伸ばして、レンタルサイクルで2回ほど走っているので、道筋や危険箇所は頭に入っています。
 大雨で、景色はほとんど見えませんから、今回は残念ながら前に進む事に専念する事にします。
 安全のために、EL540を点灯、EL520を点滅させて進みます。


13091390.jpg
大雨の十和田湖岸を行く。
下手にゆっくり走るより、
覚悟を決めて、
ある程度の速度で走ってしまった。


 湖岸の樹林地内を可能な限りの高速で走り抜けて行くと、前方に点滅信号が出現。
 これが子ノ口交差点で、これを右に曲がれば奥入瀬渓流です。

 自動車もほとんどが右に曲がって行くので、手信号を出して、その流れに乗ってしまいます。

 そこから奥入瀬渓流は、横目で見ながら一気にダウンヒル。
 「渓流」ではなくて、ほとんど「濁流」になりかかっていましたが・・・。

 路面は落葉と水たまりで滑り易く、しかも普段は見えている路面のギャップが、水たまりの中に沈んでいて見えません。

 加えて・・・ネズミかなんかが道路を横断しているのか?と思ったら、ヒキガエルだったとか・・・(あんなに速く歩けるんかい!)。

 色々なトラップを経ながら、馬門橋を渡ると、勾配が緩やかになるのでそれなりに緊張なく走れますがそろそろ、通過チェックの石ヶ戸休憩所が近くなってきます。
 直角のカーブを曲がってすぐ、道路を拡幅したような平場に、多数の自動車が止まっている場所が現れるので、停止の手信号を出しながら車体を止めると・・・サポートスタッフの方が、こっちこっち、と誘導してくれました。

 奥入瀬の通過チェックです。
 先程、一緒に下ってきた方に、先導して頂いてありがとう、と握手を交わします。
 まさか、あんな速度で下るとは思っていなかったとか・・・。

 すんません、先に行く事しか考えていませんでした・・・。
 (撮影画像も一枚もなし。珍しいな、私にしては・・・)

 通過チェック後、シクシクと痛む膝を見てみたら・・・左膝は、皿の下辺りに、内出血のような痣が出来ており、右も何だか赤く腫れています。
 十和田湖畔に入ってから、ぐっと冷え込みが強くなった事もあり、痛みはジリジリと内側から広がってきている感じです。

 進むか退くか・・・。
 ふとそんな考えが浮かんで、ベンチに腰掛けて背を預けると・・・。

 「あ、起きた」という声で我に返りました。
 20分ほど、寝ていたようです。
 その間に、通過チェックにいた皆様は、ほとんど出発してしまっていました。

 同時に、奥入瀬を通過しないと厳しい時間を示すアラームが鳴り、実際、進むか退くかの判断をしないといけなくなりました。
 弘前まで行ってしまえば、その先は時間の縛りも緩くなるので、何とでもなるでしょう。

 行くだけ行くか。
 そう考えて、いまだに雨脚が衰えない奥入瀬渓流に出発。
 途中で奥入瀬バイパスに折れて、そのまま緩やかな斜度のバイパス道路を登って行きます。

 この先は、斜度はあまり変わらないものの、コンスタントに7〜8%斜度の斜面が現れ、登坂車線も切られている場所が出てきます。
 そして、このブルベの一週間後には、この道路を利用したヒルクライムレースが開催されたはずのコースです。

 最初にトンネルを潜ってからが、勾配が本格化するポイントですが・・・トンネル内が、大雨を凌げて、車もほとんど通らず、快適な場所に思えてしまうくらいの状況になっています。


13091391.jpg
道路がほとんど川!
流れる水は、上の方に行くと、
リムが完全に浸かるくらいの量だった。


 雨脚が強く、レインスーツの上でパラパラと派手に音を立てる雨。
 高度を上げると、それに湖から吹き上がってくる強くて冷たい風が加わり、カフェイン切れのテンションダウンに追い打ちをかけてきます。

 それだけならまだしも、レインスーツ越しとはいえ、強い風が当たり続けるため、体がどんどん冷えていくのがわかります。
 冷えると同時に、両膝からは、内側から針を刺されているような、またはヤスリで関節の内側を削られているような、そんな痛みがジリジリと沸き上がってきます。

 流れの中に車体を停めて様子を見るも、状況は変わりそうにありません。
 雨を避けたくとも、1,000m近い標高では、樹木の生育もそれほど良くないため、道路の上に枝葉を伸ばしている木もなければ、国立公園の区域内でもあるこの場所で、雨をしのげる建物なんて物も存在する訳がありません。

 もう一度、ペダルに足を戻して、前進しようと試みますが、膝の中からピシッと走る痛みが、どんどん強くなっている気がします。


13091392.jpg
そして何とかここまでは登った。
奥入瀬バイパスと国道102号の交差点。
右に行くと、御鼻部山展望台。


 とにかく、ここまで来たらからには、もう少し登れば、後は弘前まで下り基調だから・・・と、考えて、このT字路を右に進みます。
 ずっと登り基調なので、膝には力がかかりっ放しです。
 痛みが和らぐ暇もありません・・・。

 ダンシングに切り替えてみますが、それでも膝の痛みは消える事も、和らぐ事もなく、体は風に当たって冷え続けます。
 大きなカーブを曲がった所で、膝の痛みが限界に到達しました。

 クランクの水平位置から下に足を下ろそうとすると、ズキッと来る痛みとともに、膝に何かが引っかかるような感覚があり、すぐには伸ばせなくなります。
 下見の段階での状況からは、まだ、T字路から御鼻部山の展望台までの、1/3ほども来たかどうか、という地点でしょう。

 これ以上、膝に負荷をかけて登るのは無理だ・・・。
 まだ力が残っているうちに、それを撤退に振り分けよう。

 幸いにして、何度も十和田市に仕事で来ている事から、ここから十和田市街地まで行けば、何件か宿がある事。
 翌日はタクシーを拾って七戸十和田駅まで行けば、新幹線でその日のうちにスタート地点まで移動可能である事はわかっていました。

 それなら、十和田市まで自走すれば何とかなる。下り基調で、登りの区間はそれほど多くないので、何とかなるでしょう。

 DNFの連絡をしようとスマホを出しましたが・・・セキュリティ解除にパターン認識を使用しているため、雨粒が落ちると、それをタッチとして検出してしまうために、セキュリティの解除が出来ません。
 ついでに言えば、電波も通じるかどうか、この場所では怪しい所です。

 ここから奥入瀬渓流の入口、焼山まで下れば、雨をしのげる屋根もありますし、電波も通じます。
 まずはそこまで移動するか、と、車体を反対方向に返し、今来た道を下りにかかりました。

 しかし、一旦停車していたためか、それとも体を動かす必要がないためか、この標高からのダウンヒルは、レインスーツを装着していてさえ、風が一気に体温を奪ってくれます。
 高度をどんどん下げて行きますが、それに従って体が冷えて行き、歯の根が合わなくなり、体の震えが止まらなくなります。

 これはまずいかも・・・。
 焼山でこの時間、火の通った食事が出来たっけ?と考えはじめた頃・・・。

 反対車線を行く車から、止まるように合図があったので見ると、これがスタッフカーでした。
 とりあえず、DNFの意思を伝えようと、反対車線に回り込んで止めると、何かを言う前に即回収という事に・・・。

 後で聞いた話では、顔色から、とてもこれ以上走れる状態じゃない、と判断されたとの事で・・・。
 どんだけ酷い状態だったのだろう・・・???

 とにかく、これで私のコース上の挑戦は終了でした。
 時間は15日の15時頃。
 スタートから約42時間後、サイコンが残した距離表示は、597km。
 両膝は普通に立っていてもジリジリと痛み、ここからまだ何百キロも走ることは、恐らく無理だったでしょう。

 回収された後、しばらくの間、私の意識はかなり朦朧としていて、ほとんど眠っていたようです。
 これで、ひとまず、コース上の挑戦は終了しましたが、ここから先はスタッフの一人として、この過酷なブルベの続きを見守る事になりました。

 ・・・とはいえ、15日の段階では、ほとんど使い物にならず、朦朧とした意識の中にいたのですが・・・。


(続く)


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コメント
タイミングと運
お疲れ様です。
わたしの時は石ヶ戸まではどうにか降られずに済んで、バイパスの登り返しで本格的に降られた状態で、気温もまだそれほど下がっていなかったし、そもそも登りでの降雨だったので少々心拍を上げれば充分凌げる状況だったのが幸いしました。
新郷から降られてしまったら、田代平からの下りは本当にきついものだったろうと思います。
いやはや、それにしても長丁場だけあって通過するタイミング次第でコンディションが大きく変わりましたね。
わたしが仮眠したいタイミングではほとんど雨に降られることなく過ごせたのは本当に僥倖と言えるのだなあとしみじみ。
2013/09/26(木) 21:54 | URL | Trinity(@tri1021) #bi94IFRw[ コメントの編集]
Re: タイミングと運
Trinityさん、ありがとうございます。

これだけ長距離のコースになると、先頭と最後尾の距離が100km以上離れてしまいますから、それぞれが全く違うコンディションの中を走っていたようですね。

私は、雨の降り出しの影響をまともに受けてしまいました。
最初は暑かったのに、十和田湖に下りる坂で急激に冷え込んで、その後はズルズルと悪くなって行った感じでしたね・・・。

仮眠を取るタイミングも、もうちょっと考えれば良かったかな、と思います。
道の駅おおの辺りで少し長目に寝ておけば、PC5〜6の間での失速を最低限におさえて、その後も走り易かったかもしれません。
まあ、結果が分かっている今だから言える事ではありますが(^^;)。

いずれまた、1000kmにリベンジする時には、今回の反省点を活かして、完走できるように備えて行きたいと考えています!
2013/09/26(木) 22:45 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
「鬼引き」に感謝!
十和田湖畔〜奥入瀬渓流にて「鬼引き」?をして頂きました!
長野から参加の○林と申します。
その節は「土砂降り」の中、先導して頂き、有難うございました。
結局私も「PC8で3分超過」・・・その後「全コース制覇」を目論見
ましたが、あと100kmを残す地点で「DNF」となりました(涙)
初めての東北!初めての1000km!!で肩に力が入り過ぎた
感があります(汗)
そんな中で「あの鬼引き」は、とっても思い出に残る時間でした。
またどこかで再会出来ればいいな~なんて思いを巡らしながら
御礼として・・・。
本当に有難うございました(ペコリ)
2013/09/27(金) 21:25 | URL | koba-P #-[ コメントの編集]
Re: 「鬼引き」に感謝!
koba-Pさん、お疲れさまでした!

うお、たったの3分差ですか・・・。
もっと鬼引きすべきでしたね!(違)
せっかくの奥入瀬渓流、通り過ぎるだけになってしまい申し訳ありません。
天気と時間が良ければ、じっくりガイドなどもさせて頂けたかもしれませんが・・・。

それにしても、あの天気の中、認定外とはいえ遊佐付近まで行かれたのですよね?
それはそれで、素晴らしい事だと思います。
今回参加されていた皆様は、本当に良い意味で強くて、
良い意味で自分の限界を知っている皆様だったな、と、実感させられています。

私はこれからも、関東方面で日程が合いそうなブルベには遠征するつもりでいます。
信州開催のものがあれば、お会いできるかもしれませんね!
その日を楽しみにしています!
2013/09/27(金) 22:46 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
仮眠の道の駅も同じ、眠さ具合も同じ、走ってる時間帯も似たようなものであることを改めて感じてます。各PCは私が少し遅いようですが、十和田湖の雨を見ると五戸からのリスタートで追い越してるようです。
通過チェックからの上りでのDNF、残念でしたね。実際あそこであの雨はきつかったです。
来年は近畿で1,000があるとかないとか…そこでお会いしましょう!?(^_^)b
2013/09/28(土) 18:41 | URL | ひで #-[ コメントの編集]
Re: タイトルなし
ひでさん、ありがとうございます。

五戸から先は、色々キツかった道筋です(^^;)。
雨具を着たり脱いだりして、何度か止まったのと、
暑さで大失速したので、その辺りで差がついたのかもしれませんね。
カフェイン大量含有の補給食の効果が切れて、
反動でテンションがガタ落ちしていたのもあって、
あの雨と、十和田湖周辺の低温はキツかったです(^^;)。
次回は極端な補給食は、出来るだけ後半に取っておくことにします・・・。

来年は近畿で1000kmですか・・・。
紀伊半島一周から、日本海まで抜けたりするのでしょうか?
それだと、何だか、物凄くキツそうなイメージです(^^;)。
2013/09/28(土) 20:25 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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