日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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盛り沢山過ぎた日々 BRM913宮城1000km Part.3

 これを書いている本日は、1000kmブルベから一週間後の9月22日。
 まあ、同じ日に別のブルベに参加されているランドヌールの皆様も多数、いらっしゃるのですが・・・。

 私の方はというと、仙台ハイランドで行われた5時間エンデューロに参戦(爆)。
 600kmでDNFしたとはいえ、かなり追い込まれるまで走った翌週に、時間と着順を争うイベントに出るとか、何を考えているんだか、自分でも良くわかりません(^^;)。

 で、ソロ参加ではさすがに死にそうなので、チーム(5人)で参加したのですが・・・。

 リザルト:部門2位

 ・・・えーっと・・・(笑)。

 "ゆるふわ"で参加するよー、という事で参加表明していたのに、レース序盤で部門3〜4位くらいに付けている、というリアルタイム情報を見て、メンバーの闘志に火がついてしまったらしく・・・。

 自転車乗りの"ゆるふわ"は、色々な意味で信用しちゃいかん、という事が、ここでまた、新たな事例とともに証明されたのでした・・・。
 (しかし、約4kmのサーキットを、最後まで6分半〜7分で周回とか、結構キツかったんですけど・・・)

 では本題です。
 前回までのレポートで、PC3の花巻まで到達していた宮城1000。
 ここから先は、岩手県の内陸部から海岸の方へと転進します。

 具体的には、童話と民謡のふるさとと言われる遠野市を経て、三陸海岸沿いの釜石市へと至るルートです。
 この区間は、私の好奇心をくすぐる色々な物が転がっている、ある意味ではかなり「危険な罠だらけ」の区間になります。

 そんな場所で、私が走りながら見ていたものとは一体・・・。

 という訳で、本編は、今回は特に長いので、いつも通り裏置きします。
 興味のある方は、以下のRead moreをクリックして下さい。

1.PC3~PC4釜石 伝承と童話の里を行く
 花巻のPC3で、パスタとフルーツジュース(100%果汁)を補給。
 暑さに備えて、ドリンク類も改めてボトルに詰め直します。

 ここから先の道は、私にとっては、『見たい物だらけ』という、ちょっとヤバい区間であったりもします(^^;)。

 ここから先は、遠野市を経て、仙人峠の向こう、三陸海岸の釜石市まで進む区間。
 そう、民俗学の父と言われる柳田國男が遺した、「遠野物語」の舞台にして、宮沢賢治が童話、「銀河鉄道の夜」を執筆する際にモチーフにした、と言われる鉄道路線、「岩手軽便鉄道」がかつて走っていた場所を通り抜けます。

 ここまでのレポートを見て頂いた皆様なら、上に書いた通りの場所である事を知っていたら、私がどんな行動を取りたいのか、よぉ~く、ご理解頂けるのでは・・・。
 ちなみに、このブルベの直前に「遠野物語」を読み返して想像力を最大限まで膨らませてある上に、軽便鉄道の遺構の所在なども色々、調べてあったりするという・・・。

 さてさて、私のブルベレポート名物、『安定の脱線話』がどこまで膨れ上がる事か・・・。


13091331.jpg
とりあえず、話を先に進める。
花巻から国道283号を右折し、
遠野方面に進路を取る。


 バイパス道路のような、立派な断面構成を持つ道路を東へと進みます。
 朝日大橋を渡ってすぐくらいの所で、歩道を歩いていたサイクルジャージに一眼レフを肩からかけた方に、「がんばれー!」と声援を受けたので、手を降り返します。
 ・・・あの方も、関係者だったのかな?
 いや、このブルベ中、走っている皆様の所属チームの応援隊をはじめとして、様々な方に声援を頂いたので、本当にどこまでが関係者なのか、イマイチ理解できていなかったりしまして・・・(^^;)。
 (いいのか、そんな事で:笑)


13091332.jpg
しばらく走ると、
コースは郊外の国道らしい道になる。


 こんな感じの道路になった直後くらいに、道路の左側で、「お星様」になったキツネが一頭・・・。
 遠野物語では、「経立(ふったち)」という、老齢の動物が変化した妖怪の代表として、このキツネが様々な形で出てきます。
 何となく、妙な共通項を見つけてしまった気がしましたが・・・。
 (それ以前に、ブルベ中に星になった動物としては、タヌキ、ネコはよく見るが、キツネはかなりレアだぞ?北海道なら話は別だと思うけど・・・)


13091333.jpg
国道の重複区間で見られる、
「串刺しオニギリ」
新花巻駅の南辺りから、
土沢駅に向かう途中にあった。


 花巻市街地を出るまでの間には、宮沢賢治にちなんだ名所の案内が何か所か、出ていましたが、徐々に山が深くなって行くと、やがて標識は釜石、遠野を指すようになって行きます。


13091334.jpg
遠野方面に向かって、
徐々に山岳地へと道は進む。

13091335.jpg
周囲の農地は、
本当に豊かな実りの風景だった。
遠野物語の昔日以来、
何度繰り返された秋の風景なのだろうか。


 晴山駅の標識を過ぎた辺りから、左右の稜線が迫ってきて、道路は谷底のわずかな平場を、JR釜石線と並走するようになりますが・・・。


13091336.jpg
稜線が寄ってきて、
谷底にはそこそこ幅のある川が流れる。
谷底の平場は必然的に、
かなり狭い位置に押し込められている。

13091337.jpg
その結果、こうなる。


 近い近い近い!
 鉄道が近い!

 今ここを電車が通ったら、手を伸ばしたら触れそうなくらい近くに線路が通っています。
 いくら谷底が狭いと言っても、建築限界とか何とか、大丈夫なのか?と、いらぬ心配をしてしまいます。

 まあ、現役で運用されているからには、大丈夫なのでしょうけれどね・・・。

 そして、国道283号を東進して行く間に時間は正午に近付いて行き、気温がぐんぐん、うなぎ上りに高くなって行きます。
 途中、無人駅の駅舎で仮眠か休憩をしている参加者や、自販機前でうだっている感じの参加者の姿が見られるようになってきました。


13091338.jpg
そんな中、到着。
釜石線の「めがね橋」


 このめがね橋辺りに到着したのが、11:30頃でしたが、この頃、既に暑さがかなり強烈になっていました。
 この橋を潜ってすぐの所にある、道の駅みやもりか、コンビニに緊急避難・・・と、コンビニは店が南向きのため、日陰がありません。

 日陰を求めて、道路反対側の道の駅にINN。
 建物前に車体を停めたら、そのまま、空調が効いた建物内に避難します。

 涼しい~!
 文明の利器、最高!

 建物内のベンチに腰を落ち着け、自販機で買ったドリンクを飲みつつ、しばらく休憩・・・。
 このまま根が生えそうになりましたが、あまり長く留まる訳にも行かないので、20分ほど休憩後、軽量化を済ませ、断腸の思いでコースに戻りました。


13091339.jpg
また余計な物を撮ってしまった・・・。
ただいまの気温、29度。


 暑いわけだよ・・・。
 しかし、遠野市内で一箇所、どうしても見ておきたい場所があるので、前進を再開します。


13091340.jpg
まもなく遠野市街地。
(ここから10kmほど)
前に見えるのは石上山だろうか?


 谷が急に広がり、地形が開けると、そろそろ遠野市街地です。
 ここで私が見たかったのは、コースから比較的近い位置にある、遠野物語ゆかりの地の、これでした。


13091341.jpg
さすらい地蔵
若い衆にあちこちに持ち去られたが、
別の物が見つけて戻したり、
また持ち去られたりしていたため、
こんな名前になったという。


 このお地蔵様、力自慢の若者が、町のあちこちに持ち去っては放置されるという、そういう扱いを受けていたらしいです。
 古老などがそういう若者を見て、罰当たりな事をするな!と叱りつけて神社に戻させると、決まってその夜に、「てめぇ、俺が若い連中と楽しく遊んでるのに、なに邪魔しとんじゃ!」と神様から怒られる、という、普通、逆だろ、と言いたくなる伝承が残っているらしいです。
 (ちなみに、同じような伝承を持つ仏像や石仏がいくつかあるとの事)

 昔日の遠野の皆様の、大らかというか、神様と人との距離感のような物が垣間見られて面白い話です。

 で、かなり最近まで、このお地蔵様、実際にあちこち持ち去られていたようですが、さすがに風化が激しくなり、台座の上に立てる事も困難になってきたため、近年、モルタルで固定されてしまったらしいです。
 その工事をした人達、神様に激怒されていなければいいけど・・・(笑)。

 そして、このお地蔵様が安置されている神社の鳥居からは、遠野の三山(三姉妹の女神が下りた山、と言われている)のうち、石上山(石神山)、早池峰山と思われる山が見えましたが・・・霞が凄くて、写真には撮れなかったのが残念。
 で、三山のうち、もうひとつの六角牛(ろっこうし)山は、山座同定ができませんでした・・・。

 という訳で、ささやかながら、地域伝承に関する場所の訪問を済ませることができました。
 できれば、河童淵やダンノハナなど、有名な場所にも足を伸ばしたかったのですが・・・さすがにそんな時間を私の脚で作る事はできず・・・。

 一方で、童話「銀河鉄道の夜」のモチーフになった、岩手軽便鉄道の遺構の方については・・・。
 少々、時間を巻き戻して、順に追って行きましょうか・・・。


13091342.jpg
先程出した、
JR釜石線のめがね橋。
遠野側を見ると、
崩れかけた石積みの橋脚がある。
この橋脚が、軽便鉄道の遺構。


 岩手軽便鉄道は、花巻から遠野を越えて、仙人峠まで伸びていた鉄道路線です。
 仙人峠の駅からは貨物専用の索道(ロープウェーの簡易版。林業で材木を谷向こうまで運んでいるワイヤーを連想して頂けば、だいたい合ってる)で峠を越えて、釜石鉱山鉄道へと繋いでおり、形式的には、岩手の内陸から海岸部までの貨物運搬を担う唯一の鉄道路線として運用されていました。

 現在は、その跡地の大部分はJR釜石線として使用されていますが、重複しない区間においては、当時の遺構が残されている場所もあります。
 めがね橋の上流側に近接して残る橋脚もその一つで、現在は一番高いものが、ほぼ当時の橋の高さを伝える物として存在しています。

 画像で見る限り、現在の釜石線とほぼ同じ高さを、小型の蒸気機関車が通る姿が見られた訳で、明治の当時としては、空高くを列車が通って行くようにも見えた事でしょう。
 その風景をもとに、宮沢賢治は想像力を膨らませ、名作「銀河鉄道の夜」を書いた、とも言われているそうです。

 さて、そろそろ、何のレポートかわからなくなってきたので(^^;)、少々軌道修正してコースの話を・・・。

 道の駅みやもりを出てから先は、少し開いた谷底を行きましたが、おかげで日陰が路上にほとんどない、厳しい暑さに晒されるコースにもなっていました。
 しかも、微妙に繰り返されるアップダウン・・・。

 体力がジリジリと削られる、消耗戦の様相を示してきます。

 やがて、右から国道107号が合流する場所で、「さんさろ」という、ある意味そのままな名前のドライブインを右手に見送り、道はさらに続き・・・。

 と、そこでちょっと待った!
 軽く坂を下り切った所で、鉄道の方を振り返ってみます。


13091343.jpg
何の変哲もないトンネル。
に、見えるが、
JR釜石線は単線なのに、
なぜか坑口が二つ・・・。

13091344.jpg
奥に見える坑口をアップで見ると、
現在では見られない、
レンガ積みの意匠で作られた坑門が。


 これも、岩手軽便鉄道の遺構の一つ、「旧鱒沢トンネル」です。
 時代的には恐らく、「鱒澤隧道」と呼ばれていた事でしょう。

 ちなみに、モノの報告によると、現在のJR釜石線がカーブするトンネルであるのに対し、このトンネルは直線トンネルで、坑口に立つと、反対側の出口が見えるそうです。
 が、そんな事をするためには、線路を横断するという、超弩級の危険行為に及ぶ必要があるため、やらない方が懸命でしょう。

 ついでに、トンネル内が現在、どうなっているかはわかりませんが、明治時代の煉瓦作りのトンネルは、近年、相当の文化的な遺産価値が認められていない限り、朽ちるまま放置されているので、いつ圧壊しても不思議ではないため、自殺願望がない限り、入らない方がよいでしょうね・・・。
 (スタート直後に通った、関山峠の旧道トンネルなんて、近代土木遺産指定を受けていながら、土砂が側壁を突き破って崩壊寸前の状態で放置されている訳だし)

 さて、見たい物を見たら、またコースに復帰です。


13091345.jpg
復帰してすぐにあった、
自転車道の標識。

遠野で、緑のキャラクターだから、
河童だと思っていたのに、
後で見直したら・・・。
これ、わさび?


 暑さに脳がやられたのか、それとも元々そうなのか、沿道のどうでも良いものに目がいくようになっています。


13091347.jpg
はい、これ自転車でも重要っ!


 ま、余計な事をするだけの元気があるなら、まだまだ何とかなるでしょう・・・。
 と、気付いたら、道路の隣をつかず離れず走っている釜石線の踏切が鳴っています。

 お、これは、来ますか?


13091346.jpg
来ました!
JR釜石線の電車!

・・・といっても、
私は鉄知識はゼロに等しく、
この車両の形式だの何だのは、
全くわからなかったり・・・(^^;)。


 以前のブルベでは、SLの走行時間にPCに到着したり、トワイライトエクスプレスが走り抜ける所を偶然捉えたり、とにかく何故か鉄道と縁がある体質らしいのですが、今回もどうやらその伝統を継承していたようです。
 ちなみに、釜石線と並行して走っていた時間は、結構長時間になりますが、電車を見かけたのは、この時だけでした。
 ここからDNFで脱出を図った皆様は、かなり苦労されたのではないかと思いますが・・・(運行本数的に)。

 遠野市街地に来ると、軽い熱中症の気配を感じていましたが、コース脇にドラッグストアを見つけ、すぐさま転進。
 ここで経口補水液、OS-1を2本、入手し、一本をその場で消費。
 もう一本をボトルに詰めて再スタートを切りました。

 この、OS-1のおかげか、これから先、仙人峠に向かう道筋では、私の体はかなり持ち直しました。
 ドラッグストアは、補給地点に積極的に使って行く事を考えておいて正解でしたね。

 そして、ここで「さすらい地蔵」を見に行った後、平坦に見えて微妙な斜度で登っている遠野市の道を、仙人峠へと進んで行きます。


13091348.jpg
仙人峠へと左折。
ここから峠の最高地点まで、
約10km。


 上の画像の地点から少し行った先に、峠までの間の最後のコンビニがある事は知っていたので、一旦、そこで止まって冷たい水を補給します。
 inainaさんが先着しておられましたが、どうも足がつって、かなり苦しいご様子でした。
 この先のコースについては、峠の最高地点まで10km、そこから釜石まで20km、下りが続く事を告げると、それだけ頑張れば良いなら、と、再スタートされて行きます。

 私は、ボトルの中身を詰め替え、補給食を腹に入れ、女性参加者が通り過ぎるのを見送ってすぐ、再スタートを切りました。
 峠の頂上までは10km。
 斜度は、最初はそれほどでもなく、最後の方に少々、厄介な坂があるかもしれない・・・と、ルートラボや地形図で読んだコースプロファイルを頭に描きながら進むと・・・。

 少し進んだ先で、先程通過して行った女性参加者と、引き返してきたらしいinainaさんが言葉を交わしています。
 英語を交えて話している所を見ると、どうやら女性の方は台湾・香港チームの参加者のようです。

 やはり足の調子が悪いとの事で、最寄の岩手上郷駅から輪行で釜石に向かわれるとの事でした。

 そこからしばらくの間、台湾からの女性参加者(今思えば、Annieさん)と一緒に走ります。
 会話は英語。
 うむ、英会話は・・・もう随分忘れてしまったなあ(^^;)。
 以下、何となく交わしていた会話を再現。

 「何で平坦なのに、スピードが出ないんだろう。不思議なんだけど」
 「少し登っているからだと思うよ。1%か、2%か・・・」
 「△□※!(多分、中国語で「嘘!」とか「ゲッ!」とか叫んだんだと思う)どこまで登るの?」
 「この先、10kmくらい」
 「10km?カマイシまで?」
 「いや、仙人峠-passの最高地点までが10km。そこから下り坂で20km進んでカマイシ」
 「OK、10kmだけ登れば良いのね。」
 「自分のペースで進もう」
 「わかった、あなたも自分のペースで進んで」
 「OK、じゃ、カマイシで会おう!」

 そして、私は先行して進む事になったのでした。
 (意思疎通ができていれば、の話。出来ていなかったら、単に見捨てて進んだ事になるかも・・・:大汗)

 仙人峠への道は、それほどの急斜度ではなく、一定の負荷を意識して足を回していれば、徐々に高度を稼いで行けるような、そんな道でした。

 周囲は静かな山村の風景ですが・・・既に住む人がいなくなったらしい古い家屋が、朽ちるに任されているかのように、屋根が落ち込んだり、戸口が朽ち落ちて、部屋の中が見えているような物もあったりします。
 そんな家の鴨居に、代々の遺影らしい写真がそのまま残っているのが見えたりすると、その後に続く顔が永遠になくなっている事に、何ともやり切れない思いが沸き上がってきたりもします。


13091349.jpg
そんな感傷を他所に、
そろそろ次の探索ポイントが近付いてきた。
足ケ瀬駅付近にある、
この車高制限標識を目印にしていた。

13091350.jpg
車高制限標識の先で、
一見して何の変哲もない横道を入ると・・・。

13091351.jpg
この、静かな農道に見える場所が、
岩手軽便鉄道の路線跡だ。
(仙人峠側から遠野方向を見ている)

13091352.jpg
振り向くとこんな感じ。
軽便鉄道はそのまま、
現在の国道路盤に接続していたようだ。


 こんな所にも、岩手軽便鉄道の遺構が隠れているのでした。
 というか、ここに来るまでの間、道路の右側の農地の中に、何か所か、道路に並行して走る石垣が見えていましたが、もしかすると、それも軽便鉄道の遺構なのかもしれません
 まあ、さすがにそれを確かめる事は出来ませんでした。

 余計な寄り道を繰り返しつつ、国道をそのまま、仙人峠へと進みます。
 かつて、有料道路だった時の名残である、上下線の分離帯を抜け、急速に山深くなっていく道を進むと、右手に大きな水面が現れ、その中から枯れ木が突き出している場所が見えてきます。


13091353.jpg
これは砂防ダムのダム湖。
ダム設置時に水没した樹木が、
いまだ枯れ木の状態で立っている。

13091354.jpg
そして、そこから右に視線を振ると・・・。


 これも岩手軽便鉄道の遺構で、橋梁(橋台)と、それに繋がる築堤の遺構です。
 かつてはこの砂防ダムがなく、ここで鉄道が川を渡っていたのですが、釜石線が背後の山をトンネルで抜いて、仙人峠のはるか南で釜石方向に抜けるようになると、峠までの路線は廃止され、その遺構は砂防ダムに沈んだのでした。


13091355.jpg
対岸側の橋台も、
辛うじて現存している。

その先の鉄道路盤は、
国道の下になったのか、
現在では判然としない。


 この、ダム湖に沈んだ橋台と築堤は、砂防ダムの水位が下がっている時にしか水面上に現れておらず、普段は水底に没しています(ストリートビューでは水没した姿が見られる)。
 また、年々、築堤部分は浸食で小さくなっており、現在の姿を見る事が出来る期間は、それほど長くはないでしょう。

 かつては、海岸部へと物資輸送が可能な、唯一の鉄道路線として重宝された鉄道ですが、時代の流れとともにこのような姿になっているとは、「栄枯盛衰」という言葉を噛み締めたくなってきます。

 寄り道が多くなり過ぎているので、さっさと道を進みましょう。


13091356.jpg
正面に巨大な断崖が見えてくると、
仙人峠は近い。


 この辺りの山容はかなり険しく、切り立った崖があちこちに見られます。
 仙人峠を越えるのは、柳田國男の時代ではかなりの難路だったらしく、「仙人が住む場所」だとか、「仙人像が安置されたお堂がある場所」だとかいう伝承が、その名前の由来になっているそうです。

 また、この辺りで道路の勾配は少し急になって峠に至りますが、この辺りの道路の左右に、時々、平場や石碑が出てきます。
 これが軽便鉄道由来の物なのかはわかりません(止まっている時間がなかった・・・)。


13091357.jpg
やがて山間部らしからぬ、
開けた場所に出る。
そこが仙人峠トンネル入口前になる。

13091358.jpg
その広場の片隅に立つ、
岩手軽便鉄道の標識。
(近年に立てられたもの)


 仙人峠トンネルの入口手前左側には、大きな広場があります。
 ここが岩手軽便鉄道の終点、仙人峠駅の跡です。

 かつてはここから、貨物は索道(ワイヤー)で釣られて峠を越え、人はカゴ(ぼったくられたらしい)や徒歩で、現在のハイキングコースを通って峠を越えていたそうです。
 かつては賑わった場所のようですが、今となっては、駅舎があった名残になる物は・・・。


13091359.jpg
一つだけある。
線路への土砂の流入を止めていた擁壁(ようへき)。
広場の遠野側の片隅で、
半ば草木に埋もれている。

13091360.jpg
これは明治時代の最後か、
大正元年頃に作られた物で、
コンクリート構造物としては日本最古級。
現在、多少破壊が進んでいるものの、
まだその役目を果たしている。

ただし、
この擁壁が守るべき駅舎と鉄道は、
既になくなって久しい。


 岩手軽便鉄道の足ケ瀬~仙人峠間が廃止されたのは、昭和25年。
 それ以降、この峠を通る物流の基本は、自動車となりました。

 栄枯盛衰、という言葉をもう一度噛み締めて、コースを先に進みます。
 物流の基本が自動車になった現在、岩手軽便鉄道が通っていた交通の難所、仙人峠には、新たな形で峠越えを行う構造物が設置されています。


13091361.jpg
それが仙人峠トンネル。
昭和34年に開通した、
延長2.5kmにも及ぶトンネル。


 単位は間違っていません。
 2.5kmもの間、暗闇の中を走ることになります。

 ・・・これ、自動車には良くても、自転車には結構キツいぞ・・・?

 とにかく、進まない事には釜石には到達できないため、そのままトンネルへと突入します。
 有り難い事に、現在の仙人峠は、南にアクセスの良い自動車専用道が設置されたため、それほど交通量がある訳ではありません。

 というか、足ケ瀬辺りからここまで、一台の自動車にも出会わなかったような・・・。

 暗闇の中を走って行くと、このトンネルの左右には、方向転換用だったり、退避坑だったりする横穴が出てきますが、本線がコンクリートで巻き立てられた近代的な構造なのに対して、横穴は素堀りの岩盤むき出しってのは・・・。
 構造的に大丈夫なのかよ、と、余計な心配をしつつ、冷たく湿った空気の中、地下水の染み出しで出来た巨大な水たまりを、水切りの音を立てながら通過して行きます。

 やがて、前方に光の半円形が現れ、その向こうに、さらに急峻な山容が見えてきます。
 体感でかなり長い時間を経て、釜石側坑口に到着したのでした。

 やっと出た、という思いとともに外の世界に出ると・・・どわっ!
 アイウェアが曇った!

 慌てて停車して、ジャージの裾でアイウェアを拭います。
 こうでもしておかないと、この先、視界が悪いままで進むのは自殺行為です。


13091362.jpg
なぜ自殺行為かというと、
道路の下り勾配が、
こんな表示が出るくらいに急なので。

ちなみに、下り勾配は最大で8%くらい。
視界が悪いまま走ったら死ねる。


 仙人峠は典型的な片峠で、釜石側の地形の急峻さは物凄いものがあります。
 遠野側が鉄道で峠の反対側まで取り付けたのに対し、釜石側は長年にわたって、徒歩以外の手段で越える事が出来なかった、という事実でも良くおわかり頂けるでしょう。


13091363.jpg
だから現在でも、
「どうなってんだ?」
と言いたくなるレベルの急斜度で、
急カーブ連続の峠道を下る事になる。


 いやはや、こんな場所を曇ったままのアイウェアで走るなんて、無理!
 止まって正解でした・・・(というか、知っていたから止まって拭った)。


13091364.jpg
ここには急峻な地形に無理矢理、
車道規格の勾配で道路を通すため、
ループがつけられていたりする。

左上から下ってきて、
画像中央奥の、補修中の橋を渡った後、
右の道路から手前のヘアピンを過ぎ、
左下の道路を下って、釜石へ向かう。


 道路の設置方法も無茶ですが、ここでは鉄道もかなりの無茶をしていて、終点の駅にアプローチするために、右岸側の斜面から、ギリシャ文字の「Ω」の形の橋で谷を越えて、左岸側の駅に至る、なんて形で、鉄道でも登れる斜度を確保していたりします。
 時間がうまく合えば、左前方から出発した電車が、自分の後ろを通って、右前へと去って行くという、何だかわからない風景を見る事も可能だったはずですが・・・。

 とにかく、まずは急斜度の道を安全に下る事を考えた方が良いでしょう。


13091365.jpg
やがて谷底に民家が見え始め、
急斜度区間も終わりが近くなる。

右下のガードレールが派手に曲がっているのは、
ここに突っ込んだ車があったため、らしい。

運転手はガードレールに感謝した事だろう。
この下、30mくらいの切り立った崖で、
崖の下はアスファルトの駐車場。
落ちたら、即死確定だ。


 急斜度の道が終わっても、延々、下り基調の道が続きます。
 緊張が続くので、途中の駐車帯で気分転換も兼ねて給水停車していると、後方から二人の参加者が追い越して行きます。

 仙人峠の登り口で別れたinainaさんと、台湾の女性でした。
 あれ?輪行すると言っておられたような・・・?
 すぐに後を追いかけて声をかけさせて頂くと、どうやら電車の待ち時間が相当に長くなるので、辛くとも走った方がよい、と考えて、峠を越えてきたのだとか。
 確か先程、午前中から既に、足がつりっ放しだ、と言っておられたので、その状態でこの峠を越えてきたとは・・・やはり強い方だなあ・・・。

 下り基調の道を、最初は私が先頭で下っていたものの、渋滞でつかえている間に前後のポジションが入れ替わって、いつの間にか私が最後尾に。
 そのまま、釜石市街地へと到達しました。


13091366.jpg
釜石市と言えば、
新日鉄の工場。


 やがて新日鉄の巨大な工場が見えてくると、目指すPCはもう目の前です。

 PC4チェック:14日 15:55

 到着時間は、想定時間に対して1時間半の先行。

 少しずつ、貯金を使い潰すようになりはじめました。
 山岳コースなのに、これだけ寄り道ばかりしていれば、そうもなりますわね(^^;)。

 ここでニコ生自転車部の応援車で移動していたがんちょさんらにお会いし、現在の参加者の状況などについて色々、情報を頂きます。
 速い人達は、既に100km以上先行しているようです。
 やれやれ、凄いな、ホントに(^^;)。

 遠野を走っている辺りから、カットフルーツかドライフルーツを食べたくて仕方がなかったのですが、しばらくの間、立ち寄ったコンビニには置いていなかったので、ここで果汁飲料とキュウリの浅漬けを補給する事に。
 キノコ明太パスタとキュウリの浅漬けに100%果汁飲料という、どうにも取り合わせが謎な食事・・・。

 また、がんちょさんからは差し入れで、アミノバイタルを頂き、ここまでで疲れた体には本当に有り難かったですね(PCなので、第三者サポートを受けてもルール上、大丈夫)。

 さて、釜石まで来た事で、走行距離は約1/3をクリア。
 そしてここから先は、前半のクライマックスである三陸海岸のアップダウンが待っているとともに、2度目のナイトライドを迎えるなど、様々な形で走行環境が変わって行きます。

 もうひとつ言えば、PC4~PC6までの区間は、コースプロファイルに対して時間制限が厳しいため、単純に○kmだから□時間で走れる・・・という想定が作れないのがまた厳しい所です。

 この先、まずは久慈までを時間内にクリアできるか。
 そして次のステップで、五戸までを、朝、日が高くなり切る前にクリアできるか・・・。

 貯金を出来るだけ使い潰さずに十和田湖まで至る事が出来れば、弘前から先、制限時間が緩くなる区間へと、少し余裕を持って至る事が出来ます。

 ここから先の走り方如何で、完走が見えてくるようになるでしょう・・・。


 んで、今回は長くなり過ぎたので、ここで一旦締める事にします(^ω^;)。
 脱線しまくりだ!というご指摘は、まあその通りなので反論なし・・・。
 (ついでに、反省もないっ!)


(続く)


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コメント
お地蔵!(*・ω・)ノ
おかしい話ですよね
ソウイウノスキ(・∀・)スキスキ

実はですね
山形の朝日村には
各家々を順繰りに回る地蔵が有りますよ

でも
長閑な話しがいい感じです(^^)

軽便鉄道ってのも
一回乗ってみたいですが
もうないんですよね‥
どこかで走ってないですかね
2013/09/23(月) 09:02 | URL | cos #JalddpaA[ コメントの編集]
脱線しまくりオッケーです(*^^*)まぁ、鉄道ネタなので本当の脱線は困りますけど(笑)
めがね橋、私は突然出くわしたのですがやはり銀河鉄道のモチーフになった路線なんですね!めがね橋にくっついてる古い橋脚跡までは気付いてませんでしたが…
にしても色々寄り道してますね~。ブルベでついつい先を急いでしまう(だからと言って速くないところがツラい)私、見習いたいところです。
続きの脱線ぶりも期待してますよ~(^_^)
2013/09/23(月) 14:15 | URL | ひで #-[ コメントの編集]
Re: お地蔵!(*・ω・)ノ
cosさん、ありがとうございます。

そうそう、地域伝承なんかは、何というか人間味があふれた話が多いので、面白いですよね!

軽便鉄道、残念ながら、昭和20年代に廃止になったようです。
今は車両も残っていないのではないかと・・・。
まさに栄枯盛衰、ですね。
2013/09/23(月) 19:22 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
Re: タイトルなし
ひでさん、ありがとうございます。

鉄道のマジ脱線は本当にマズいですね(^^;)。
まあしかし、脚力もないのにこんな寄り道ばかりなので、
最後にPCにマジダッシュ、なんて事も良くあるのが困ったものです(^^;)。

最近は、この脱線芸?がどうやら好評で、
もっとやれ、というエール?が飛んでくるので、
やめるにやめられない・・・というか、もとよりやめる気がない状態です(笑)

ひでさんのレポートも、続きを期待していますよ・・・って、
もうアップされていましたね!
2013/09/23(月) 19:25 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
素敵です。安定の寄り道。
地域の伝承から、小説の舞台、土木工事の知識までいろいろと興味深いレポートはさすがです。事前にルート上の気になるポイント(ランドマークじゃなくて寄り道ポイントの方です)を下調べしたりもしてるんですか?
あとはYO-TAさんのブルベだと、横道に入る距離が全走行距離の何%になっているかも気になりますね(笑)。
2013/09/24(火) 07:56 | URL | いわん #-[ コメントの編集]
Re: 素敵です。安定の寄り道。
いわんさん、ありがとうございます。

事前の下調べは、国道の路線番号などを打ち込んで、
沿道の名所や逸話などを集めている間に、特に気になったものを集める感じですね・・・。

ちなみに、これだけ色々見ていますが、大きくコースを外れたのはさすらい地蔵様だけで、
あとはすべてコース上です。

なので、今回の誤差は、サイコンの計測誤差内に収まると思います。

余程の見どころを除けば、コースから外れる場所は、できるだけスルーするようにしています。
きりがないので(^^;)。
2013/09/24(火) 12:31 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
No title
軽便鉄道遺構はめがね橋しか知らなかったのでもうちょっと調べてから出走すればよかったとかなり後悔しています。
今回はわたし自身初の600kmオーバーブルベだったので心のゆとりが殆ど無くて、Part1、2も拝読してコースにまつわるあれこれの逸話を目にすると随分損をしてしまった感ありありです。
いつか機会があったらもっとゆっくり眺めたいなあ、と。
特に軽便鉄道w
2013/09/26(木) 20:26 | URL | Trinity(@tri1021) #bi94IFRw[ コメントの編集]
Re: No title
Trinityさん、コメントありがとうございます。

宮城1000、お疲れさまでした!
初挑戦での完走、本当に素晴らしいです。
私も、今回が初の1000でしたが、ちょっとゆっくりし過ぎたかな、と思う部分もあったりします(^^;)。

本当は、遠野物語のゆかりの地をもっと色々尋ねたかったのですが、コースを大きく外れなければならず、自分の脚力ではタイムロスが致命的になりそうだったため、断念しました。
反面、軽便鉄道の遺構は、その多くがコース上で見られる物が多かったので、出来るだけ多くを見るつもりで、望みました。
まあ、コースを外れた位置には、もっと沢山の遺構があるようですが・・・(^^;)。

今回のコースは、調べれば調べるほど見所が出てくるので、いずれ制限時間に関係なく、ゆっくりツーリングで走ってみたいなあ、とも思うようになっています。

軽便鉄道、またリベンジしにいらっしゃって下さい!(笑)
2013/09/26(木) 22:36 | URL | YO-TA #-[ コメントの編集]
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Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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