日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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登米市登米町、みやぎの明治村を訪ねる。

 ある日、会社の後輩がやらかした事・・・。

 私が数値入力作業をしているとき、あまりに進まないので、「もっとテンキーが欲しい!」と叫んだ所・・・。
 「もっと現金が欲しい!」と空耳しやがりました(^^;)。

 ・・・いくら何でも、そんな生々しいこと、叫んだりしないっつーの!

 では本題です。
 今日は三連休の中日。
 しかも晴の予報。

 それなら、どこかに走りに行かないともったいない!

 という訳で、以前聞いて、一度見に行きたかった、登米市登米町(とめしとよままち)に向かう事にしました。
 難読地名・・・というか、紛らわしいというか、全く同じ字で読み方が違うという、これはこれで珍しい地名の場所で、明治時代には水沢県の中心地であった事から、当時は地域拠点にふさわしい様々な施設が作られていた場所だ、という事です。

 そして、その明治時代の建物の多くが残っているため、「みやぎの明治村」というキャッチフレーズで、観光の振興にも力を入れている地域です。

 ちなみに、自宅から登米町の中心部付近までは、片道60km前後。
 なら、十分に自転車日帰り圏内だ!

 という訳で、本日、登米町まで行ってきました。
 で、その記録は例によって長文+画像多数なので裏置きします。
 興味のある方は、Read moreをクリックして下さい(ただし、画像多数なので、開くまで時間がかかるかもしれません・・・)。

 今回のルートは、県道8号線経由で松島方面に向かい、国道346号経由で登米市入りした後、米山から県道15号線経由で登米町まで行く、という経路を辿りました。
 県道8号線は、以前、松島に行った時に走っていますが、松島海岸IC付近から北に行くのは初めてです。


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まあしかし、
道は良く整備されていて走り易かった。
追い越しする車が、
大きくマージンをとってくれたのが有り難い!


 そして、朝一番、自宅近くの温度計に表示されていた気温は、10度。
 ・・・おいおい、関東地方の冬の昼間だよ・・・。
 服装は秋装備に変えており、長袖ジャージにウインドベストを装備しているものの、ベストに守られていない顔面や袖が冷たい風の吹き付けで冷えて、こわばってくる感じがあります。

 そこそこの距離を走って、体が温まるまで、そんな冷えを体感。
 秋でこんな状況だったら、冬になったらどうなるのか・・・。
 怖いな、気候の違いが(^^;)。
 
 そんな事はさておき、松島の北側で国道346号に乗り換え、山越えの道へと進んでいきます。


11100902.jpg
後ろに車の列がついていたので、
途中の退避所に逸れた。

そこで見つけたこれ。
・・・ん?
高城川の流れがトンネルの中から出てる?

画像右下の影は撮影中の私(^^;)。


 偶然見つけましたが、何なんでしょうか?
 高城川は道路の左をずっと流れていましたが、どこかの支流に切り替わったのに気付かなかったのでしょうか?

 まあ、先を進めば何かわかるかも、と思い、後ろに車が来ていない事を確認して、さらに坂を登っていきます。


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そして反対側、
つまり上流側の流入口を発見。

画像調整中に釣人がいる事と、
釣人がいる場所は、
柵で封鎖されている事に気付いた。

・・・もしや立入禁止の場所に侵入してる?


 このトンネル、どうやら高城川を放水路として使うために掘られたトンネルのようです。
 ま、正確には、高城川自体が、松島方面に水を流す放水路として、古来より整備された人工河川だったようですが・・・。
 道理で、河道がほぼまっすぐに、松島湾に向かっている訳だ・・・。


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高城川は、ここから地上河川になっている。

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その高城川沿いの道をさらに北上。
画像には写っていないが、
ここでは気温は12度に上がっていた。

ちなみに、昼間は20度まで上がった。
なかなかの自転車日和だった。


 高城川沿いをさらに北上し、やがて大崎市近くに至りました。


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ここでいきなり、高城川が消えた。
堤防の向こうは吉田川。

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吉田川の本川、
先程高城川が消えた場所のすぐ下流の橋から。
支流らしい流れは見えない。


 高城川が吉田川にぶつかる所で、いきなり流れが消えました。
 堤防の下を抜いて、吉田川の水を通している訳でもなさそうです(というか、そんな事をしたら洪水時に破堤の原因になるから、やらない)し、かといって、ここが湧水源という訳でもなさそうですが・・・。


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どうにも不思議だったので、
吉田川の対岸側に行ってみたら、
こんな風に流れの行き止まりがあった。

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その流れの行き止まりの所にあった看板。
なるほど、そういう事ですか・・・。


 東北地方の平野部は、河川の氾濫による水害に悩まされてきた地域でもある、と聞いた事があります。
 ここでも、河川の流路などを色々改修するとともに、洪水時に一時的に水を落とす遊水池などの整備が行われているようです。

 ちなみに、遊水池は普段は普通に水田として使われ、洪水などの非常時に、越流堤をこえた水が流れ込む仕組みになっているようです。
 (確か、平泉の高館義経堂の対岸も、そんな風に整備されていたはず・・・)


11100910.jpg
そして、高城川は吉田川を、
サイフォンで潜っていたらしい。

先程見たトンネルは、
「明治潜穴」という物らしい。
名前からして、明治時代の構造物か?


 さすが、日本の穀倉地帯。洪水一発で大量の水田が被害に遭ってしまいますから、今でも治水には余念がないようです。
 

11100911.jpg
で、画像調整中に気付いた。

げげげげ元禄ですと!
元禄時代に、
河川の流れを通すトンネルを掘ったと!
凄いな、この地域の治水技術・・・。


 いやはや、江戸時代から脈々と受け継がれているとは、恐れ入りました・・・。


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なんて事をやってるうちに、
道は水田地帯ど真ん中、
誰がどう見てもどフラットな場所になった。


 東北地方の幹線道の特徴として、あまり高低差がない道が多い、という事があげられるでしょうか?
 あの国道4号でさえも、最高標高地点は確か、500mに満たないはずで・・・。

 東京日本橋から青森市までを繋ぐ、日本最長の幹線国道なのに、高低差はほとんどなし、トンネルもたったの4カ所(それも、岩手と青森に2カ所ずつ)という状態なのですから・・・。
 坂嫌いな自転車乗りには有り難い地域ですが、こんな場所で風を食らった時の地獄度に関しては、素晴らしいものがあります・・・。


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今日の行程で唯一通ったトンネル。
ちなみに「黄金山トンネル」という、
何ともスゴイ名前だった。


 そして、この黄金山トンネルが、恐らく今日の行程では最高地点でした。
 標高は・・・地形図を見ていないので、良くわかりませんが(^^;)。

 そして登米市に入ったら、またまたフラットゾーンに入りました。
 いやはや、今まで関東平野なんて場所に住んでいましたが、平野ってのは、こういうものを言うんだ!というくらいに、


11100914.jpg


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11100917.jpg



 どの方向を見ても、真っ平らです。

 まあ、関東平野はもともと丘陵地だった場所を、無理矢理開発して、擬似的に平野にしただけの物ですから、結果的にあちこちに坂が残ってしまっているんですよね・・・。
 渋谷とかは、もともと谷地のど真ん中で、おかげで現在も大雨が降ると、一カ所に水が集まるために、時々冠水騒ぎが起きる訳ですし・・・。

 それはさておき、登米市内の道の駅米山で補給休憩を取った後、県道15号線へと進路を変更します。


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標識に目的地が見え始めた。
とよままち・・・うん、合ってる。


 県道15号線も、最初は農地をひた走る道でした。


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しかし、集落に差し掛かると、
こんな道も増える。


 どうやら水害にやられた歴史から、この地域の皆様は小高い丘の上に集落を作り、低地は農地として開墾する事で、リスク分散する生活スタイルを確立しているようです。
 県道レベルの道だと、昔の馬車道程度の幅で集落内を抜けていく場所も多くあり、昔はこの道が、地域を繋ぐ街道筋だったりしたのかな、なんて事を考えながら先を進みます。

 しかし、ちょっと注意事項。
 こういう道筋で、路面に泥のような物が落ちていた場合、注意しないといけません。
 近付いたとき、ハエが飛び上がる場合、獣糞だったりします(牛を中心に、牧畜もまた盛んな地域なので・・・)。
 それを踏んだら悲劇です・・・(背中に飛び散る・・・ ^^;)。


11100920.jpg
それはさておき、
稲刈りシーズンだったので、
こんな風に稲藁を干す風景も見られた。


 昔は実家周辺が水田地帯だったため、私はこういう風景に、物凄く居心地の良さを感じてしまいます。

 こうやって稲藁を干した後、根株を焼いて今年発生した病原菌を殺すとともに、来年の作付けの際の肥料とする。
 それが終われば、この地域にも冬が訪れるはずです。

 今思えば、年間の稲作の状況を生きた教材として見る事が出来ていたのですから、実は贅沢な話だったのでしょうか?

 そんな事を考えながら走っていると、やがて集落というには大きな住居密集地に至りましたが、それが登米町の中心地でした。


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そして最初に訪れたのが、
登米町教育資料館。
明治時代に建てられた小学校の校舎を、
資料館として整備した場所だ。


 この教育資料館は、様々な映画やドラマのロケ地としても使われている場所で、明治時代の小学校の校舎の姿を今に伝える場所です。
 ちなみに、昭和40年代まで現役の校舎だった(校長室などに使われていたらしい)ようで、この地域の教育水準がどれ程の物であったかをわからせてくれます。


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校舎はコの字型をしており、
中心のバルコニーと回廊で、
各教室が繋がっている。


 教室の数も結構あって、子供達も、結構な数がここで学んだ事をうかがわせてくれます。
 で、学校がこんな規模の物だったという事は、明治時代のこの地域は、かなり栄えた場所であったと考えられる訳です。

 今では地方都市のひとつ、という形になるのかもしれませんが、歴史を読み解くと、色々と面白い話が出てきそうです。


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資料館内は写真撮影OKとの事で、
いくつか気になる物を撮ってきた。

尋常小学修身書・・・(多分復元)。
教科書だと思うけど、
ずいぶんお固い題名ですこと・・・。

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大正時代の小学校物理の教科書。
文語体+旧字体で読み辛いが、
水銀温度計の読み方らしい。
(つーか、理科でなく、物理、だよ・・・)


 いくつか展示されていた教材などを見る限り、どうやら明治時代から日本人は、教育に関してはかなり熱心だったようで、現代と変わらないか、現代以上に高度な内容を尋常小学校時代に教えていたようですね・・・。
 それが現代日本の基礎を作ったと考えたら、今の教育政策の腰砕けっぷりは、何とも愚かしいことなのかと・・・。

 まあ、そういう話は本筋から外れますから、横に起きましょうか(^^;)。


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資料館を出たらお昼になったので、
地元名物を食べてきた。

これは地元名物の「油麩」を使った、
油麩丼。
今日のツーリングの目的のひとつだ。


 登米町のご当地B級グルメとして、結構押されている・・・と評判(本業の社内で ^^;)の物です。
 感じとしては、親子丼の親を油麩(油で揚げた麩)に変えたもの、と考えて頂ければ、まず間違いはありません。

 味の方は・・・まあ、B級グルメだな、と(^^;)。

 でも、次に来た時にも食べてもいいかな、と思える味でした。


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この三連休、
教育資料館の隣の観光物産館では、
地元料理の「はっと」の屋台村が行われていた。


 「はっと」とは、小麦粉を水で練った生地の事のようで、すいとんや、岩手県のへっちょこ団子にも似ている感じの物です。
 これを下茹でし、醤油仕立てなどの汁に入れた汁物料理が、一般に「はっと」と呼ばれている?ようでした(詳細不明。屋台村を見た感じの感想)。

 なお、この「はっと」は登米町では伝統料理のようで、色々な店が色々な形にアレンジした「はっと」を出品していました(一杯300円)。


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油麩丼を食べた後だったけど、
一杯くらい、と思い試食。

これは「赤豚カレーはっと」
伝統的なはっととは異なり、
多分、新しく創作されたタイプだと思う(^^;)。


 このカレーはっとですが、辛すぎないスープに、モチモチのはっとが妙にうまく絡んで、なかなか美味しかったです。

 これ以外にも、海鮮系の具や、野菜、豆類、そしてもちろん油麩にあわせた、色々なはっとが出ていましたが、もともとは小麦粉を練って作った生地だけに、実は色々な具との相性が良いのかもしれませんね。
 寒い冬に、鍋からすくって食べると、一段と美味しそうです。

 腹一杯になった所で、登米町の散策に出る事にしました。


11100928.jpg
懐古館(館内撮影禁止)を見た後、
北上川を見に行ったりしてから、
警察資料館を見に行った。


 この警察資料館は、もともと実際の警察署だった建物を資料館に改装した物で、警察系の資料館としては、全国でも珍しい物だとか。
 実際、昭和43年まで、現役の警察署(登米警察署)として使われていたものの、パトカーの時代になり、手狭になったために移転したという経緯があるそうです。

 また、昔は消防本部も兼ねていたとかで、内部の展示は、警察関係の展示(制服やサーベル等)とともに、消防の物も一部ありました。


11100929.jpg
館内撮影OKとの事で、
ここもいくつか気になった物を。

これは取り調べ場所。
外から連行されてきた容疑者をむしろに座らせ、
上から警察官が尋問したらしい。

・・・下には座りたくないな・・・。

11100930.jpg
留置所が復元されていた。
(警察署でなくなってから、一度壊されたらしい)

雑居房だったらしく、
それなりに広いが、
トイレが床に仕込まれた瓶というのが・・・。

食事も排泄物の臭いが漂う中でした事から、
「臭い飯」という隠語が産まれたのだとか。

11100931.jpg
それにしてもこの錠前は・・・。
絶対に逃がさない、という意思が、
明らか過ぎるほどに表れているな・・・。


 その後は町中をうろうろと走り回りましたが・・・


11100932.jpg
一般のお宅でも、
かなり立派な門構えが残っている。

なお、屋根に葺かれているのは、
この地域の特産である玄昌石。
現代でいうスレート。

11100933.jpg
その後、森舞台を見に行ったが、
屋外設置の能楽舞台を見るのに、
入場料が必要とか、
舞台そのものは近世の復元っぽい
(パンフレットで見ると新し過ぎる)
ので、資料館?の外側だけ見てきた。

11100934.jpg
森舞台の撮影中、
足元でフリーズしていたオオカマキリ。
この時期、パートナーを捜して開けた場所に出るが、
こんな場所にいると踏まれてしまうので、
この後、道端に運んでやった。
(その間もフリーズしていた)


 一通り見たな、と思えたのと、見足りなかったら、また来ればいい、という思いがあったこと、そして日没前に帰るなら、時間的にそろそろ限界に近づいていたので、登米町を後にして、帰路につく事にしました。
 ちなみに、南進方向の時は、まともに向かい風を喰らうようになっており、特にどフラット区間の地獄度が素晴らしい事になっていました。

 帰路は、往路を反対に回り、県道8号線を利府方向に向かわず、県道9号線を大衡村方向に出て、国道4号経由で帰ろうかと思っていたのですが・・・。


11100935.jpg
曲がり所を見落としたらしく、
気付いたら、
国道108号を大崎市に向かっていた。


 あらら、しまったと思った反面、国道108号が案外走り易い道だったことと、ここから大崎市(古川)に出ても、国道4号に出られる(&古川から泉までは、以前に走った事がある)ので、そのまま4号を目指す事にしました。

 しかし、最初は走り易かった108号ですが、古川の市街地に近付くに連れて、道幅は狭くなるわ、交通量は多くなるわで、急激に走り辛い道に早変わりします。
 最後は古川駅付近で自動車と交錯しながら走らねばならず、気分が多いに阻害されます・・・。

 4号まではまだありましたが、次に出た、仙台方面の標識に従い、街路に折れて先を急ぐ事にします。
 遠回りになったらしく、時間の方も、結構差し迫ってきました。


11100936.jpg
国道4号に出たら、
既にこんなに日が傾いていた。


 秋の夕暮れはつるべ落としです。
 つい先日まで、夕方になっても明るい日々が続いていたと思いきや、現在は、午後1時には既に日差しがオレンジを帯びはじめ、15時になると、もうかなり夕暮れに近い色になってきます。
 そして、今の季節、東北地方では17時を過ぎたら、もう夜間走行に近い条件だと考えて良いでしょう。

 しかし、今日は日があるうちに帰れる想定だったので、アイウェアは調光でなく、ただのサングラスを装備しています。
 ライトはブルベ装備そのままですが、サングラスで減光された夜の風景を見ながら走るなんて、考えたくもありません。

 なお、古川から仙台まで、37km。泉は仙台市街地より北なので、差し引きで考えると、大体、32kmという所でしょうか。
 私の足だと、ロードでは一時間の移動距離が20~25km(道路の条件により変化)という所であり、古川に到着したのが15時45分頃でしたから・・・。

 逆算すると、かなり際どい時間配分ですね。
 時間ギリギリで走っているブルベの気分になってきます。

 なんて事を考えている暇があったら、少しでも前進しないとダメだ、という訳で、風向きが再び向かい風に転じる中、日没とどちらが早いかの競争になった最終区間を走りはじめました。


11100938.jpg
大衡村に入ってすぐ、
4号は4車線から2車線になる。
一応、拡幅工事が行われているようだが、
4車線化するのはいつの事か・・・。

なお、冬が近いためか、
地吹雪軽減用のネットが立ち上がっていた。
(夏の間は、下に畳まれている)


 国道4号は、4車線区間は道幅も広く、走り易い場所が多いのですが、2車線区間は車線幅がギリギリの所も多く、急に走り辛くなります。
 しかも、走り辛い区間に限って、4号では珍しいアップダウン区間になっていたりするのが・・・。
 日没までの時間を気にしつつ、なるべく高速で走るようにしていると、既に走行距離が100kmを上回った足に響いてきはじめます。


11100939.jpg
それでも、仙台に近くなると、
再び4車線になり、走り易くなった。


 国道457号と近接する地点を過ぎると、あとはこちらに引っ越して以来、最も走行回数が多い道になります。
 泉IC付近で、出入りの自動車との間合いを取るのが難しい所があったものの、それ以外は問題なくクリア。
 泉区の住宅地に入る所で時計を見ると、まだ16時40分頃。ナイト装備は、またしばらくの間、必要ではなさそうです。

 ・・・ずいぶん頑張ったな・・・オレ・・・(30kmほどを、実質、1時間だよ)。

 しかし、結構神経がすり減った感じがあったので、もうあと1kmも走れば自宅、という所ではありましたが、最後にコンビニストップ。
 ここからは道が細くなり、さらに車通りも夕方で増えていますから、あえて一旦停止して気分転換を入れる事にしました。

 結局、自宅到着はちょうど17時頃。
 走行距離は145kmで、約25kmほどの遠回りを含んだ行程になりました。

 それにしても、日が徐々に短くなってきて、ロングライドの計画がたて辛くなってきました。
 まだ、こちらの地域での距離感と、所要時間の目安が掴めていないので、あまり遠い場所まで走るとか、そんな事を考えた場合、日の傾きとともに、朝昼夜の気温変化への対応も迫られるため、段々、難易度が高くなってくる気がします。

 とはいえ、年内には紅葉を見に行くとか、そういう理由で遠くまで走る機会を、何とかとりたいと思っています。
 (実施時期は、紅葉の色付き加減により決定する予定・・・)

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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