日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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奥州からの帰還。水沢~仙台自走帰宅

 さて、昨日のネタで書き忘れたので書いておきましょう。
 平泉散策~自走帰宅の2日間ですが。

 サイクルボトルを忘れてましたっ!

 いやあ、清々しいまでの忘れ物。
 まあ、ボトルケージ側が、あまり差し込むボトルの形状を選ばない奴なので、ダウンチューブ側にペットボトルをぶち込んでおきましたけれど・・・(ユルユルだけど、案外落ちない)。

 ミノウラのAB100、こういう時の汎用性は、やはり最強です。

 では本題です。
 昨日、ブログに掲載した平泉自転車散策記の続きというか、何というか。
 その翌日、水沢から仙台まで自走帰宅しましたので、その状況についてもレポートしましょう。

 仙台移住後、100kmを越える距離を、相当の強負荷で走行&初見の色々があって、体感では物凄く長く感じた一日でした。

 そんな風に、物凄く長かった一日なので、本編も物凄く長くなります(^^;)。
 単発ネタとしては文章の長さ、画像数とも、多分、過去最高レベルじゃないかな・・・。

 という訳で、読み込みに物凄い回線負荷と時間がかかるかもしれませんが、興味のある方は、Read moreをクリックして下さい。

1.出発、一関市まで南下
 帰宅ルートは、国道4号~一関市~国道457号~栗原市~大崎市~色麻町~大衡村~国道4号~仙台市泉区。

 本来、水沢から仙台市泉区までは、国道4号を素直に南下すれば、ちょうど100km程度の道のりです。
 で、帰路の道のりはサイコン計測で132kmで、素直に国道4号を南下してくるよりも32kmほど遠回りになっている上に、繰り返し峠越えが出てくるという物で、何でそんなマゾルートを選んだのやら、と、我ながら感心しています(感心すな!)。 

 二日目の朝は、前日夜に食べたラーメンのニンニクが強過ぎて、軽く胸焼けがしている状況でしたが、朝食時にコーヒーをぐい飲みしてその嫌な感覚を飲下。
 天気予報をチェックすると、岩手県内陸地方は、午後以降ににわか雨がありそうでしたが、それより早く宮城県に逃げ込んでしまえば、そちらは一日、晴れの予報。
 むしろ、気温が高くなり、熱中症を心配する必要がありそうでした。

 宿をチェックアウトし、車体を輪行袋から引きずり出して組み上げ、走り出したのは朝8:15頃。
 西の空の一部に黒い雲が見えましたが、まだこちらの地方の観望天気予測には慣れていないので、天気予報を信じ先を進むことにしました。


11091401.jpg
今日も今日とて、国道4号を南下。
平日朝は、少し交通量が多かったが、
仙台市内と比べたら天国のように走り易い。

11091402.jpg
途中、「不気味の谷」のど真ん中を闊歩するような、
変な人形を見たりもした。
(なぜか東北でよく見る。命名:ブキミちゃん)

ちなみに、夜中にこの画像を調整したが、
かなり嫌な気分だったのは言うまでもない。


 平泉までは、昨日と同じルートを南下して行きましたが、平泉市街地への入口には曲がらず、この日は北上川沿いに、4号バイパスの方に入って行きます。
 北上川の流路を大きく変更した(変更前は、高館義経堂のある山裾に直接、ぶつかっていた)上で路盤を作ったという道路ですが、建設年代が新しいためか、震災の影響もほとんど見られず、また、軽い追い風に背中を押され、物凄く快調に跳ばして走れる、気持ちの良い道になっていました。


11091403.jpg
国道4号バイパス、平泉付近。
画像中央左寄りの、
少し緑が濃い山が、
高館義経堂のある山。

肉眼では、義経堂が見えていた。


 まあしかし、短時間走るだけなら良いのでしょうが、長時間、こんな道を走ると、単調な景色に飽き飽きして、退屈になるのは目に見えていますが・・・。

 平泉市街地南部でバイパスは国道本線と交わり、山ノ目駅前経由で一関市街地方面に向かう県道(恐らく旧国道)との分岐になります。
 何も考えずに直進し、国道沿いを走りましたが・・・。

 ここの軽い峠越えは、結構効きました・・・(本日、ひとつ目)。
 県道に分岐していれば、信号停止は多かったでしょうが、平坦に近い場所を走ったようなので、坂が苦手な方は、市街地に回った方が良いでしょう。

 峠を越えると、国道4号は一関市街地の南西部を通り、磐井川を渡る一関大橋に差し掛かります。
 ここで道路は4車線から突然、2車線に狭められます。

 北から南に進んでいると、左手に苔むして表面風化の進んだ橋脚が並んでいた所を見ると・・・。
 この橋梁、建設当時に2車線で供用し、その後4車線に拡幅する計画があったようですが、ここから南の用地確保が進まない間に国道284号の黒沢橋がすぐ下流に開通した結果、拡幅計画もポシャった、という感じなのでしょうか?
 ウチの会社の土木系の人間に聞いた話では、橋梁工事は設計~完成まで、何億もの金が動く(設計だけでも難解な強度計算が必要なため、すんごい額になるらしい)という事なので、無理に作るより安くなったのでしょうが、かなりもったいない話ではあります。


11091404.jpg
磐井川を渡った南で、
国道457号の分岐が現れる。

この先のキロポスト表示などを察するに、
ここが457号の一関側起点なのだろうか?


 それにしても、国道の地名表示標識は、平成の大合併時代を経た結果か、地名表記に修正が入りまくって、シールベタベタ貼りまくりな状態になっているのが、ちょっと痛々しいですね・・・。
 まあ、移住直後の余所者には、旧地名も新地名も、結局、どっちも分かりゃしないのですけれど(^^;)。

 ちなみに、この交差点のすぐ北側、地下道がある辺りで、車道脇の自歩道がいきなり歩行者専用道に切り替わっていました。
 磐井川の橋から自歩道上を走って下って来た自転車は、ここで逃げ場なく立ち往生を強いられることになる訳ですが、こういうチグハグな道路設定も、いい加減、何とかしてもらいたい物です。
 (通学ママチャリが、違反しまくっていたぞ?)

 それはさておき、4号と457号交差点の店舗前自販機でドリンク休憩後、進行方向を457号方向(西南西方向)へと転じます。
 ここからは、スムーズかつ高速な通行を目的として整備された都市間幹線道(4号のことね)と違い、山間の小さな町や集落の交通を担保するために作られた道路を通るルートです。
 わざわざ遠回りしなくても、とも思いますが、1001のブルベも近いですし、足慣らしを兼ねて走っておくのは、悪い事ではないでしょう。

 視界の中で、既に前方には山が迫り、これから先の道筋の変化を感じさせてくれていました。

 ・・・そして・・・。
 私はこの後、関東感覚のお気楽で、山間部国道にルートを転じたことを、ちょっと後悔させられることにもなります・・・。


2.東北移住後、初の自転車県境越え。

11091405.jpg
国道457号一関市内。
長閑な風景の道だ。


 国道457号は、国道とは言っても、管理は地方自治体に移管された道路です。
 国道4号は、東京から東北の主要都市間を結ぶ重要路線でもあり、国土交通省が直轄管理していますが、国道の中には、地方に管理を移管された道路も多数あります。

 見分け方は案外簡単で、道路脇の標識やデリネーター(反射板が先端についたポール)に、それぞれ管理者の名前が刻印、またはシール貼付けで表示されているので、それを見れば一発だとのこと。
 東北に転勤後、社内の他部門との距離が近くなった結果、こういう雑学は色々耳に入るようになりました(^^;)。

 ちなみに、国道の番号で言えば、一桁は文句なしの重要路線で直轄管理。
 二桁番号は、多くがやはり重要路線(関東では20号とか17号とか・・・)なので、これも直轄管理が多くあり。
 三桁番号になると、自治体移管路線が多くなるようです。
 (もっとはっきり決まっているらしいが、そこは道路マニアな皆様が詳しいだろうと思うので、ボロが出ない程度に触れておこう・・・)

 横道に逸れまくったので軌道修正すると、国道457号に入ると、急に人家はまばらになり、山間部~里山地域の風景に変わりました。


11091406.jpg
うん、私好みの良い風景だ。


 一関市の一部には、放射性物質のホットスポットがある、なんて話もありますが、こういう風景を見ていると、嘘のようにしか思えません・・・。

 途中、いかにも地方の個人経営という感じのコンビニ前を通過。
 今思えば、何気なく通過したここで、補給物資を入手しておくべきでしたが・・・国道沿い、という意識もあり、そのまま通過してしまいます。


11091407.jpg
早速登場、通行止め。
あらら、ちょっと想定外!
(って、単なるリサーチ不足・・・)

これも震災の影響。
ツーリング計画の際は、
各地の道路を管轄する国交省の事務所や、
県、市町村の土木事務所のホームページなどで、
情報を集めておくべきだ。

11091408.jpg
とりあえず、
この場所はすぐ脇に迂回路が作られていて助かった。
いかにも急造な、
真新しい砂利と土の盛土が凄い。

なお迂回路は単車線で、
自動車のすれ違いは待避所だけに限られていた。

11091409.jpg
通行止めの原因は、
反対側の封鎖線から見えた。
あらら、駄目だこりゃ・・・。
(封鎖のバリケード位置から、ズームで撮っている)


 ここの通行止めは、大型トラックほどもある落石で道路が塞がれているため、設定されているようでした(落石注意の標識が、物凄い皮肉にしか見えない・・・)。
 多分、この状況だと、崩落して来ている崖面上部に、まだ不安定な岩崩れが残っているのでしょう。
 岩だけ取り除けば良い訳でなく、崩落面の安定化処理までを完了させなければ、通行止めは解除されないと思われます。

 まあ、迂回路が設定されている分、この路線は恵まれている方です。
 小耳に挟んだ話では、迂回路もない峠道が完全に寸断されていて、反対側に抜けるのに、とんでもない大回りを強いられる場所もあるそうですから・・・。


11091410.jpg
それはさておき、道を進む。
地理に不慣れなので、
道を外していないかはオニギリ頼りだ。

11091411.jpg
時々、こんな距離表示もある。


 道は中~小程度のアップダウンを繰り返しながら、どんどん山村風景の中へと入って行きます。
 東京ではまず見られない、黄色く実りはじめた稲穂が広がり、「秋」のはじまりを風景が意識させてくれています。
 まあ、この日は気温が高くて、イマイチ「秋」感はなかったのですが・・・。


11091412.jpg
こんな風景の中を走れるのは、
やはり稲作が盛んな地域ならでは。

東京在住のサイクリストの皆様の琴線にも、
触れる物がある風景ではないかな?


 この先、少し集落を離れた所で、道の前方、200mほどの所に、小さな黒い点がポツンとあるのが見えました。
 ヒョコヒョコと動いている姿と、赤茶色い毛皮から、茶虎の野良猫かな、と思っていたのですが・・・。

 距離が100mほどに縮まった時、その動物がクルッと振り返りました。

 ・・・その距離でもはっきりわかる、金色に輝く目。
 ・・・長く突き出した鼻先。
 ・・・良く見たら、フサフサ感がより強い尻尾。

 お、おい、キツネぢゃん!
 (※文字のカラーコード #c38743:狐色)

 ハッと気付いて、腕に巻いたデジカメを構えようとしたら、キツネはタタッと道路脇に走り、ピョン、とガードレールを飛び越えて(どう見ても、猫より高く跳んだ)薮の中に去って行きました(特段、慌てふためいた感じではなく、逃げ慣れている、という感じだった)。

 それにしても、キツネとはねえ・・・。
 関東では、ツーリング中にタヌキやニホンザルに出会った事はありますが、キツネは生息圏が著しく減退しているため、その姿を見る事は、奥多摩の登山中でもなかったのですけどね・・・。
 (タヌキは恐ろしく器用で環境順応性が高く、渋谷のど真ん中でも生息している個体群までいるのだが・・・)

 それはさておき、道は集落を離れ、どんどん山奥へと向かって行きますが・・・こんな場所だというのに、ずいぶん沢山の大型トラックが通って行きます。
 おまけに、コンクリートミキサー車みたいな車両まで通って行くのが・・・。


11091413.jpg
まあ、所々でこうやって、
路肩が落ちていたりするので、
補修工事でもやっているのかな。


 とにかく、本当にあちこちで路肩が崩れているわ、周辺の山の斜面に、真新しい崩落痕はあるわ・・・。
 3.11の震災の爪痕は、報道されていない範囲でも、相当に深く残されている物だと改めて思い知らされました。


11091414.jpg
そして、大規模な修復工事現場に出た。

・・・あれ?
宮城県???


 ・・・いつの間にか県境を越えて、宮城県に入っていたようです。
 今、Google Earthなどで確認したら、さっき画像で出した、ブルーシートで保護された路肩崩落部の坂を登り切った所が、県境の峠だったようで・・・。
 県名表示標識も建ってたはずなのですが、どうやら盛大に見落としてしまったようです・・・。

 東北移住後、初の自転車県境越えは、あまり感動もないまま、終わってしまっていました・・・。


3.栗原市、震度7の地域へ
 さて、イマイチ感動のない県境越えを終わらせると、行政区は宮城県栗原市に入りました。

 この栗原市は、3.11の震災の、ある意味象徴的な場所。
 あの日、震度7という最高震度が観測された、「最も強い揺れに襲われた地域」になります。

 ・・・とはいえ、震災が直接の原因となった死者、行方不明者はゼロ。
 地元宮城出身の同僚いわく、「あそこは地震があると、いつもやたら揺れるけど、被害は嘘かと思うほど出ない」という土地柄でもあるそうです。

 そして、今回の震災の際には、「宮城県花山村に救難物資届かず、餓死者続出」というデマを流され、緊急時にその火消し対応でいらぬ苦労をかけられた地域でもあるというのが、何というべきか・・・(ちなみに、花山村は平成の大合併で消滅し、現在は栗原市。そこからも、地元ではデマだとすぐにわかったと言う)。


11091415.jpg
それはさておき、
宮城県に入ったら、
急に道が良くなった(笑)。


 県境を越え、管理移管先が岩手県から宮城県に変わったら、急に道が良くなりました。
 走り易くなったのは確かですが・・・この辺りは、道路整備の考え方の違いなどもあり、一概にどちらが良いかは判断できませんが、あまり集落もない場所に歩道付きの道路ってのもどうなのか、とは思います>宮城県。


11091416.jpg
そして、突き当たったT字路を左折。
ここも標識に地名の修正が入っていた。


 国道457号は、岩手県内から田代温泉などがある山塊部を迂回するように三迫川沿いに抜け、その後川沿いを南下して栗駒岩ヶ崎地区に至る道筋になっています。

 この川沿いの区間ですが、どういう理由があるのか不明ですが、アスファルトの骨材の砂利?がやたら大粒で、走行振動がガリガリゴリゴリ、手首、尻、そして足の裏に響いてきます。
 単に荒れた路面だ、という以上の、まるでパヴェ(石畳)の上を走っているかのような、乱暴な突き上げの連続です。

 そんな区間で、しかも下り基調。
 さらには対面2車線で道路幅ギリギリの時に、後ろに大型トラック引き連れて、対向車も次々来ていて減速できる余裕もない・・・なんて状態でそんな状況でしたから、これは強烈でした。

 後ろからは大型トラックがグイグイ迫って来てますが、寄せてやり過ごせる場所もなく。
 対向車も、微妙な間隔で次々来るので、追い越してもらうタイミングも掴めず。

 結果的に、速度30~35km/h程度をキープしたまま、強烈なガタガタの道を走り続ける事に。
 多分、フレーム寿命を大幅に縮めた事でしょう・・・。

 それ以上に、この間の走行後、両手首に変な痺れが残り、それを軽減しようと体重を尻に、足に分散したら、いつもは痛まない足の拇指球にまで、変な痺れと痛みが広がって来てしまいました。
 この手首の痺れは結局、この記事をキーで打っている14日夜現在、まだ続いていたりします・・・。

 そして、別の問題も発生・・・。
 ヴァーチャルパヴェ区間を走破した後、私ははっきりと、空腹を感じはじめていました。
 実は岩手県内の山奥部を走っている頃から、薄々感じはじめていたのですが、ここに来て、急激に明確な感覚になってしまい、いい加減、何か補給ポイントが欲しいと思いはじめていました。

 よくよく考えたら、ここに来る前の補給は、一関市で国道457号に折れた交差点で果汁飲料を飲んだのが最後であり、食事はというと、2時間以上前に、水沢のホテルで取った軽い朝食(トースト2枚程度)だけです。
 それから約1時間、山の中のアップダウンを何度も越えて来ている訳で・・・いい加減、エネルギーも尽きて来て当然という所です。

 しかし、関東なら、国道沿いであれば随所にドライバー向けの軽食店やコンビニ、自販機設置店舗があるので、そんなに補給ポイントに苦労しませんが、東北地方の山間部は違いました・・・。
 まず、コンビニはそれなりに人口が集中している場所に行かない限り、まず見かけることはありません。
 自販機はない訳ではないですが、見かける頻度は関東のそれより明らかに低いため、急場を凌ごうにもドリンクさえも、思うように補給できません。

 これは・・・かなりしんどい事になってきました・・・。
 ハンガーノックに落ちる前に、どこかで補給しないと・・・。


11091417.jpg
なんて事を考えながら走っていたら、
とんでもない規模の斜面崩落が見えた。

目算で、高さは約50m、幅も相当の範囲。
崩落面下で木々が折り重なっている事から、
本当に最近、崩れたばかり。
恐らく、3.11の震災の爪痕だと思う。

11091418.jpg
角度を変えて見たのがこちら。
崖の上には、まだ浮いて落ちそうな巨岩が多数ある。

画像左下、水田の所に落ちている岩は、
4tトラックくらいの大きさがある。
どれだけ派手な規模の崩落か、
おわかりいただけるだろうか?


 いやあ、見た瞬間に、「なんじゃありゃ!」と驚かされた規模の崩落でした(山腹一面が崩落してるんだもんな・・・)。
 恐らくは3.11の震災か、4.7の最大余震時に発生した崩落だと思いますが、とにかく傷跡が生々しくて・・・。

 しかし、この崩落も含め、あちこちにある真新しい崩落痕は、人家のある場所の近くではあまり見られなかったのが、不幸中の幸いでしょうか?
 林業関係者にとっては、山の木々が根こそぎ流され、商品価値がなくなった事は、大き過ぎる痛手である事は想像に難くありませんが・・・。

 どちらにしても、これほど広範に、これほど深刻な被害が発生したのが、3.11の東日本大震災の実態なのでしょう。
 改めて考えさせられながら、栗駒岩ヶ崎地域に至り、そこから国道のルートに沿って南下。
 市街地から1kmほど南下した所でやっとコンビニを見つけ、ピットインする事にしました。

 この時見つけた、七一一の看板は、真昼・・・というか、まだ朝10時半頃でしたが、夜の光明のように輝いて見えた事は、どうでもいい余談なのでさておく事にします。


4.鉱山の町、人の消えた町
 栗駒岩ヶ崎地域から補給ポイントのコンビニまでは、かなり嫌らしい斜度と長さの坂を越えて至りました。
 今日は、やたらと坂を登ったり下ったりが忙しい一日だ、なんて考えていましたが、この時はまだまだ甘かった・・・。


11091419.jpg
ま、とにかく前進を再開。
場所によっては、本当にこれ国道か?
と思う場所もあったが、
青オニギリがあるなら大丈夫なはず。

11091420.jpg
まあ、オニギリが見当たらなくても、
デリネーターにこんな表示があれば大丈夫。


 さて、松ヶ崎から南下した国道457号は、尾松郵便局のある交差点で、再び西進方向に転じます。
 この道路はまっすぐ南下せずに、言うなれば東西に大きく迂回しながら、ノコギリの刃形に南下をしていく道です。
 素直に南下する4号と比べると、全体の道のりはどうしても長くなります。

 そんな事は覚悟の上でしたが、覚悟できていなかったことがもうひとつ、あったりする訳で。
 まあ、その辺りはここから先、嫌でも思い知る事になります。

 さて、相変わらず国道沿いに西進していくと、鶯沢地区を過ぎた辺りで、再び山間部の雰囲気が強くなってきます。
 また登りかあ・・・と思いつつ前進していくと・・・。


11091421.jpg
鉄道の軌道が出た。
あれ?こんな所に鉄道なんてあったか?


 突然、予期せぬ所に現れた鉄道の軌道に驚きつつ前進していくと・・・。


11091422.jpg
ささやかながら、
なかなか開けた場所に出た。

細倉マインパークという事は、
鉱山関連施設?


 どうやら、昔、鉱山で栄えた町に出たようです。
 なるほど、先程の鉄道は、鉱山で掘り出された鉱石を運ぶ鉱山鉄道だったのか・・・と合点して先を進みます。

 が・・・帰って来てから調べてみて、総論正解各論不正解だった事に気付かされます。
 先程の線路ですが、廃線となった、くりはら田園鉄道の線路でした。
 一応、鉱石運搬なども行っていたようですが、鉱山の閉山、近隣の過疎化に伴う旅客の減少などにより、2007年に廃線となった鉄道だったようです。

 いやあ、そうとわかっていれば、駅舎跡などを見に行ったかもしれないのに・・・。
 事前リサーチって、本当に大事ですね(^^;)。

 しかし、鉱山施設の一部(細倉鉱山佐野住宅)が、日本アカデミー賞の受賞作、「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」のオープンセットとして使われ、現在は観光資源に使われているらしい、という状況は、道行く途中で何度も出ていた標識などでわかった事。
 そして、進行方向からちょっと寄り道するだけで行ける場所だった事もあったので、覗いてみる事にしました。


11091423.jpg
ここがそのオープンセット。
旧住宅団地をそのまま、
セットとして使っていたらしい。

11091424.jpg
ところが、これだよ!
どこまで祟るんだよ、3.11大震災!


 いや・・・もうホント、地域の観光資源に至るまで、被害受け放題。
 因果関係を追いかけていったら、どんだけの被害額になるか、想定も出来ないってレベルなのが、痛感させられまくりです。


11091425.jpg
なお、入れる限りの場所で見る限り、
随分レトロな町並みがそのまま残っていた。

11091426.jpg
こういう懐かしい作りの店舗。
見る人が見たら、
とんでもない価値の物に見えるんだろうなあ。


 それにしても、オープンセットとして使われたとはいえ、もともとは鉱山で働いた人達の生活を支えた住宅団地。
 人っ子一人いないそのたたずまいは、寂しいとか、そういうレベルを通り越して、物凄く不気味で悲しい物でした。


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かつてはこの道を沢山の人が行き交い、
普通の「日常生活」が送られていたのだろう。
誰もいないと、本当に寂しいが。

11091428.jpg
そうそう、オープンセットという事で、
面白い物がひとつ。

パッと見は、コンクリートの柵だが・・・。

11091429.jpg
倒れた物を見ると、何とハリボテ。
発泡スチロールに、
塗料と樹脂を吹き付けただけの物だった。
良く出来てるわ、これ・・・。

11091430.jpg
昭和30~40年代が舞台の映画という事もあり、
小道具もその時代の物になっている。
これはタバコ屋のショーウインドウ内。
懐かしいパッケージが色々あると思う。


 とにかく、この前日に見た平泉に続き、「兵どもが夢のあと」を見せられた気分になり、道を進む事にしました。

 そして・・・ここから先、道のアップダウンは本格的に厳しくなり、もともと坂嫌いな私には、かなり厳しい道行きになったのでした・・・。


5.繰り返される峠越え
 細倉鉱山付近から457号は、一気に山間部の雰囲気となり、あとは延々、峠越えの道になりました。


11091431.jpg
この辺り、基本的に風景はこんな感じ。
延々、登って、下ってが続く。


 まず、細倉鉱山の奥から花山ダムの下流側に向かって、峠を越えます。
 簡単に書きましたが、この区間、南関東で言うなら相模湖側から大垂水峠を越えるときの、あの感じと同じだと考えて頂ければ良いでしょう(通過点としては、そこそこハードだ)。

 その後、一旦457号は国道398号と路線が重なり、草木沢地区から南へ峠越え。
 これも、大垂水峠の高尾山口側と同じくらいの斜度と長さで、登って、下ってがありました(ひい・・・)。

 で、ここの下り坂が急坂だったので、走っていると結構な速度になったのですが、突き当たりのT字路に至った時、行き先の標識が木の枝で隠れていて、行き先が読めないと言うハプニングが!
 うお、どっちだ!と思い、焦ってほぼ標識の真下から見上げると、一瞬、左向き矢印方向に、「登米」の文字が見えます。

 登米。
 読みが「とめ」か「とよま」かは知りませんが(どちらも宮城県北部にある地名で、同じ漢字で違う読みをする地区が隣接している。ややこしい!)、とにかく、頭の中にあるおぼろげな土地勘を頼りに、「登米に回るのは、大崎の逆方向になる!」と判断。

 どうにでもなれ、と思いつつ、T字路を右折。
 すると、前方に無事、「457」の青いオニギリが出現。ふう、助かった・・・。


11091432.jpg
そのT字路通過後に、
何の意図があってか撮ってた一枚。

ま、コーラは確かにうまかった。


 そしてここで一旦、コーラ休憩を取った後、今度は栗原市から大崎市に抜ける峠越えが待っていました。

 ここも簡単に書きましたが、今度の峠道の長さは半端ではありませんでした。
 登り始めてからは、ゆうに2kmほど、インナーギアで、回して何とか二桁km/hを維持できる程度の斜度の道を登って行きます。
 そして、一旦、尾根筋に登り上げ、緩やかに下りがはじまるので、よし、峠終了!と思っていたら、またすぐに同じような急斜度で登りがはじまるという・・・。

 これは何という「ぬか喜ばせ」なのかと。
 一旦、力を抜いてしまったので、続けて登る峠の登りの体感疲労度は、倍に感じられました。


11091433.jpg
とにかく、今度こそ峠を越えた!
大崎市に突入!


 市境の峠を越えたぞぉ、もうしばらくは下りだけだぞぉ、と思っていたら、そのすぐ先で再び道は登りに転じ、ダメ押しで、東京で言うなら、青梅~武蔵五日市間にある、梅ヶ谷峠(五日市側)クラスの峠が・・・。

 峠の頂上から、池月地区までの下り坂は、半分死んだ気分で惰性で走り抜け、池月地区から457号はしばらく、国道47号と並走。
 ほどなく、道の駅の表示が出たのと、既に正午を回っていた事もあり、昼食をかねた大休止をとる事にして、道の駅にピットインしました。


6.ここから先は、平坦路・・・え?違うの?
 到着した道の駅は、「あ・ら・伊達な道の駅」でした。

 ・・・なんだ、この、ツッコんだら負け、という雰囲気をひしひしと感じるネーミングは・・・(^^;)。

 とりあえず、道の駅に着いた段階で、時間は12時半頃。
 水沢を出発してからは、4時間以上が経過していました。


11091434b.jpg
道の駅の地図で現在地を確認。
(拡大画像に、周辺市町村等の位置を併記)

画像中央左上側に現在地がある。
をい、まだこんな所かよ!

なお、平泉、一関から、
仙台まで下る赤い線が国道4号。
私は随分山側を通った事になる。


 このまま、457号をトレースしていけば、大崎市から加美郡加美町、色麻町を抜け、大衡村から大和町を経由して、宮床ダムを越え、仙台市泉区の泉ヶ岳付近に至るはずです。
 しかし、ここまでの道のりは、多分、仙台市泉区中心部に至るまでの、半分くらいと言うところでしょう。

 随分、時間がかかったなあ、というのが本音でした。
 素直に4号を南下していたら、脳内計算では恐らく、今頃は大衡村くらいに到達していたでしょう。
 遠回りした分、自治体2つ分ほどの遅れを取っている事になると思われました。

 まあしかし、4号を単純に南下しても、延々続く同じような風景に飽き飽きしたでしょうから、色々変化があった(ありすぎた、とも言うか?)457号沿いを走って来た方が、色々刺激があって面白かったのは確かでしょう。

 とにかく、現在地とこれからの行き先の展望が見えたので、昼飯にしよう、と、道の駅の中の食堂へと向かいました・・・が。
 空腹を感じている反面、体は固形物を受け付けようとしません。

 そういえば、途中、何カ所かにあった温度計の表示は、28~31度という、この季節にしては高温過ぎる高温を示していました。
 そんな気候の中で、何度も、負荷の高い峠越えをしてきたおかげで、内臓まで弱ってしまっているようでした・・・。

 しかし、何も食べないのもまた体に悪いので、とろろうどんを頼んで、時間をかけてズルルルル・・・。
 この前日には、昼に厳美渓で「容赦のない量の大盛りざるそば」をペロッと平らげていた事を考えたら、随分落差がある食事です。
 これで最後まで持つのか、とも思いますが、もし空腹を感じても、ここから先は市街地を多く通る上に、色麻町まで行けば、「えごまたまごかけごはんのみせ」がありますから、補給ポイントには事欠かないはずです。

 エアコンが効いて涼しい館内で十分に休んで、体の軽量化をしてから、再び前に進みはじめました。

 さて、大崎市に出てからは、平坦地が主体の、それほど厳しくない道のりだ、と思っていたのですが・・・。
 加美町に抜けるまでの間に、まともに丘陵地を横断する区画があり、そこでは尾根幹線の高さ方向を2倍に引き延ばしたようなアップダウンを越える事を強いられるという、なかなかの地獄を味わう事になりました。


11091436.jpg
画像で見ると平坦に見えるが、
これがず~っと微妙な斜度で登っている。
ジリジリジリジリ足と体力が削られる。

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それ以上に恨みがましい事も。
ここは加美町に入ってすぐの、
「やまだばし」という橋。
漢字は多分、山田橋。


 国道457号の大崎市~加美町の区間に関しては、何というか、腹立たしいまでに舗装状態が悪く、栗原市内のヴァーチャルパヴェ区間で傷めていた手首、足にビシビシと痛みが走るほどの、酷い振動に苦しまされた区間でもあります。
 ホント、荒れ放題、補修工事はいつやったんだかわからない、というレベルで舗装が荒れ、剥がれ、穴やクラックがあちこちにあります(その多くが、摩耗状態からどう見ても、震災以前の相当期間に渡って放置されている感じ)。

 で、上の画像に上げた山田橋。
 画像でも見える通り、中途半端なアスファルト補修(コンクリ路面との落差が2cmほどある)が入った不自然な路面である上に、コンクリートの表面がボコボコになっていて、自転車の車体が吹っ飛びそうになるほど酷い路面状態でした。

 どれほど酷いかというと、ここを通過する時、ハンドルに装着していたライト4灯中、1灯が吹っ飛んで落下、2灯のブラケットが緩んで回転、まともに前を向いていたのは、1灯だけだったというレベルです。
 言っておきますが、ライトのブラケットをルーズにしていた訳ではありません。
 春のブルベからこちら、走る前にはちゃんと装着されているか確認していますし、これまでも結構なガタガタ道を走ってきたのに、一度もこんな事は起きていません。
 この橋の管理者は、宮城県か加美町か知りませんが、何ともお粗末過ぎる状態で放置しているものです。

 それとも、自動車の通行だけを考えたなら、この酷いボコボコ状態でも大丈夫と判断されているのでしょうか?
 消えかけていた手足の痛みが一気に増幅されて、ここで一時停止を余儀なくされた上に、ライトを一灯、傷だらけにされた恨みは大きいデスぞ、本気で・・・。
 (手首の痛みは、数分間、ブレーキを握れなかったレベル。自転車乗りを殺す気なのか、道路管理者は!)

 しばらく冷えたボトルを手首に押し当てたりしつつ、痛みが引くのを待ち、ある程度、ブレーキが握れるようになってから前進再開。
 加美町~色麻町の、水田地帯を横断する道筋になります。

 水田地帯に入ると、日光を遮る物が何もない炎天下、急に強くなった向かい風が体を後ろへと押し下げてくれるようになります。
 ・・・おい、朝は追い風だっただろ、何で向かい風になったんだ・・・。

 まあ、多分、県境を越え、栗原市から連なる山塊を越えた事で、地域微気象帯区分もどこかで越えてきてしまい、午後からにわか雨、という予報だった岩手県内陸部から、一日晴れの予報だった宮城県県北地域に入った結果、そんな変化が生じたのでしょう。
 振り返ると、遥か後方の空は、鉛色、と表現するのがちょうど良い厚い雲がかかっているのに対し、行く先の空は、曇りがちではあるものの、白い雲と青空に彩られています。

 それにしても、向かい風と、そして直射日光がキツい・・・。
 今までの峠道は、なんだかんだ言っても木陰があったり、空模様が怪しくて陰っていたりした時間帯もあったので、それほど苦に感じない部分もあったのですが、隠れる場所のない水田地帯の真中でこれは、本当にキツい・・・。

 次にコンビニを見つけたら、絶対休憩する、と考えながら南下し、色麻町南部にある高台に繋がる急斜面を登り切ると、見覚えのある場所の、見覚えのあるコンビニを発見・・・。
 なんだ、もうここまで来ているのか、という安心感とともにピットインしました。


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最後の休憩地点に選んだコンビニ前。

以前も来た事がある店で、
ここからは、歩いても3分かからない所に、
たまごかけごはんの店がある。


 このコンビニは、以前、たまごかけごはんの店に来た時に、開店まで10分ほど時間を潰すために立ち寄った場所だったりします。
 一度来た事がある場所に到達すると、急に自宅近い場所まで帰ってきた気分になるのが不思議な所です。
 まあ、実際、ここから大衡村に抜け、国道4号経由で仙台に向かえば、自宅までは1時間半程度でしょうから、もう目の前まで帰ってきた、という感覚にもなります。

 暑さに負けそうだった&エネルギー切れを心配し、チョコアイスをガリガリ齧り、果汁100%の柑橘系ジュースを飲んで補給。
 ここから先のルートを考えてみましたが・・・相変わらず強い向かい風の中、宮床ダムまで登って、泉ヶ岳方面に向かう気は失せました。
 よって、大衡村から国道4号に乗り換えて、そのまま仙台方面に直接向かう事にして、出発。
 たまごかけごはんの店の前を勢いよくスルーし、国道4号合流地点まで一気に南下していきました。


7.そして帰宅
 国道4号に乗ってしまえば、片側2車線の合計4車線、中央分離帯付きという豪華仕様の道路になるので、走り易さは格段に良くなります。
 大和町は、そこを走っている事を意識しないまま通過し、富屋町のニュータウン街を縦断します。

 もともと、ニュータウン計画に合わせて整備されたバイパス規格の縦横断線形の道路なので、アップダウンも極力少なく、スムーズな交通だけを前提に作られた道は、自転車にも(ある程度は)優しい道です。
 それに、何度か走った事がある道筋だけに、風景と距離感が一致している部分も多く、ここまで来たら、ちょっとキツい坂があって・・・長い下りの終わりに赤信号率の高い交差点があって・・・という先読みも出来るので、かなりリラックスして走る事が出来るようになります。

 時々、周辺のニュータウンに入るための左折レーンや側道が左に出現するポイントがあるので、そこでは左に入りたい自動車との交錯に注意が必要ですが、ミラー併用でチラチラ後ろを(実際に振り返っても)見ながら走れば、自動車側も、「この自転車、何かしようとしている」と警戒してくれるので、危険は少なくなります。

 それでも怖いのが、高速のICの出入り口ですが・・・。
 まあ、ここは負けるが勝ち理論で、自動車をなるべく通して、車間が大きく開くタイミングを見て、直進レーンに移ったりします。

 将監辺りで入り組んだ立体交差があるので、軽車両通行禁止帯に注意しつつ側道に逃れ、横道から本線直進路に復帰し、泉区の住宅地内へ・・・。

 あとは自転車通勤でも使っているルートをトレースして、自宅に戻るだけです。
 自宅到着は15:45分頃。走行距離、132kmを7時間半。

 未知のルートに入り込んでいた事を考えたら、ブルベ200kmでも、タイムアウトまで十分に間に合うペースですから、まあまあ、という所でしょう。
 中程度の峠越え連発で死ぬかと思いましたが、足つりは一度もなく、マイペースでここまで走れたのなら、5月の連休の頃のストレングスは、まあまあ維持できている、と考えても良いかもしれません。

 ま、それより何より、全く知らない土地を、「これで合ってんのかー!」「この道でええんかー!」と心の中で悲鳴を上げながら走るのは、なかなか楽しかったですねぇ~(笑)。
 機会があったら、国道457号は全線制覇を目指し、愛子方面~山形県側も走ってみたいと思います。
 (まあ、これからの季節は、高標高域での降雪が気になるけどね・・・。関東ではそれほど切実ではなかった気候の問題だ)


 という所で、ちょっと気になったので、ランドヌール宮城さんの所で、ブルベのコース状況を見てみました。
 既に第一版のキューシートとコマ図が発表されており、PCの位置も明らかになりました。

 PC1&3は、道の駅七ヶ宿(七ヶ宿ダム湖脇)。
 PC2は、やはり折り返し地点のセーブオンでした(ほぼ、予想通りだ)。

 あとはコースを繰り返しイメージし、当日までの間にじっくり脳裏に焼き付けるだけですね。

 とはいえ、今回の水沢からの自走帰宅も、事前にそれほどじっくりコース設定した訳でもなく、地図を眺めて457経由で、というイメージだけできちんとトレースできたのだから・・・。

 まあ、そんな過信はどこか他所に捨てておきましょうか(^^;)。
 市街地横断とか、そういう特殊なコース設定じゃなかったですからね、今回は。

 ブルベはブルベで、違う対応が求められますから、注意しましょう。

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YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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