日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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あの日から5ヶ月経った、被災地の姿。

 本日の会社からの帰り道に・・・やってしまった・・・。

 いや、まあ、どうでもいいような凡ミスなんですけどね。
 会社にキーを忘れている事に気付かず、通勤のために乗っていたtikitを、とあるコンビニ前でロックしてしまったという・・・。

 まあ、自宅から1キロもない場所だったので、徒歩で自宅まで戻り、スペアキーを持って引き返したのですけど・・・。
 ま、キーぐらい、ちゃんと持った事を確認しろ、と言われたらそれまでですけど(笑)。

 では本題です。
 8月11日で、東日本大震災から5ヶ月が過ぎました。
 この夏に初盆を迎えるご家庭の数も多く、特に来週は、もともと東北にいたスタッフはほぼ一斉に休みを取ってしまい、移籍組(=居残り組)だけで仕事を回さないといけない状況だったりします(^^;)。
 (まあ、こればっかりは仕方がないけれどね・・・ ^^;)

 そして・・・。
 今行っている仕事も、ある程度の段階に進んで来た事から、現場入りする頻度がこれからは少なくなりそうです。
 今後は各地のスタッフに、徐々に権限を委譲し、完全支援状態から、徐々に自立へと移れるようにプロセスを進めて行く形になります。
 (で、こちらは後方支援体制を再構築する方に回る、と・・・)

 という訳で、今回の話題を最後に、しばらく、震災の現場がらみの話題は封印ネタにする事にします。
 現場を離れる分、情報のリアルタイム性がなくなりますし。
 色々な経験&色々な皆様と色々話した結果、所詮、私は事後移住組なので、本質的な意味で、住処を無くした皆様の本当の気持ちを理解する事は難しい事を痛感させられている事もありますので・・・。
 (どんなにしんどい思いをしても、仙台に帰れば自宅があり、地元に戻れば実家がある身ですからね・・・)

 そんなこんな、色々ありますが、今回は(当分の間は)最後の話題にする事もあり、今まで、ちょっと掲載を躊躇っていたような画像も載せてみる事にしました。
 被災地が今、どんな状態なのか、報道だけではわからない部分を、多少でも補う事ができれば、と思います・・・。

 という訳で、ちょっとショッキングな内容の画像も含みますので、ここから先は興味のある皆様のみ、Read moreをクリックして下さい。

 3.11の大震災から5ヶ月。
 8月になった今、被災地にも夏が訪れ、そして、不幸にも命を落とされた皆様は、初盆を迎える事になります。
 そんな時期になった今の現地の様子は、というと・・・。
 

11081201.jpg
あの大震災に襲われる以前、
手前のヒマワリ畑のすぐ向こうには、
小さいながらも人々が住む集落があった。

画像左端に見える海岸線にも、
地平線(水平線)を隠すほどの防風林があった。

今、それは全て失われている。


11081202.jpg
以前、紹介した国道6号脇に漂着した漁船は、
今でもそのままになっている。
(奥に見える建物は、小学校)

船舶は見た目以上に重量があるため、
片付けるには大型のクレーン等が必要なのだが、
ここはもともと水田であり、地盤が泥質で柔らかく、
そんなクレーンを設置できない。


11081203.jpg
津波に舗装を引き剥がされ、
車の中で人や荷物が跳ね回るほどの悪路を越えた先、
草原の中に、いくつもの住居の基礎が現れる。

夏草が繁茂した事により、
遠目には「見えなくなった」が、
人々の生活の跡は確かにそこにある。


11081204.jpg
津波は、押寄せてくる時だけでなく、
引く時の破壊力も物凄かったらしい。

ここでは道路を守るために設置されていた防潮堤が、
引き波で海に引きずり込まれたという。
もちろん、道路も無事では済まなかった。


11081205.jpg
様々な報道の中で、
『瓦礫』の一言で片付けられているもの。
(これは自治体指定の仮置き場)

その言葉の響きから、
単なる廃木材や建築廃材だと思われがちだが、
実際にはこんなに様々な漂着物が混じった、
手に負えない厄介なものだ。


11081206.jpg
海に近い平野部で、
海岸線に近いかつての幹線道から内陸を見ると、
砂と泥土に覆われた水田の中に、
ぽつり、ぽつりと背の高い木立が残る。

あの木々は、もとは農家を風雪から守る屋敷林だった。
しかし、木々が守るべき家屋は既にない。


11081207.jpg
手前の空地にあった家屋は、津波で基礎ごと流出。
中央の破損している家屋は、2階まで浸水して全壊判定。
だが、画像奥に見えている家々には被害が及ばなかった。

水平距離で100m以内、標高差は5m程度。
この地域で明暗を分けた条件は、
たったそれだけだった。


11081208.jpg
地震で折れ曲がった高圧線の鉄塔が、
いまだにそのままの姿で残っている。

この先、2kmほどの場所に、
原発事故の影響による、
立入制限区域の封鎖線がある。


 いずれも、8月に入ってから撮影した物です。
 現在の被災地は、ご覧のような状況です。

 私がよく訪れている場所は、宮城県南部から福島県の浜通り地区北部の、新地町~南相馬市の範囲になります。
 この地域では、ほとんどの自治体で公設の避難所は廃止され、避難していた被災者の皆様のほとんどは、仮設住宅などに移っています。
 そう聞くと、避難生活も終わりつつあり、何となく「一段落した」という印象を持たれる方も多いかもしれません。

 しかし、実際の所は、避難生活の「何とか生き抜く」という段階から、「安定した生活を再建する」という段階にシフトしただけという、言い換えれば、やっと復興という長い道のりを進む準備ができた、という段階に過ぎません。
 実際の被災地の状況は画像の通りであり、まだ何も解決していませんし、何も片付いていません。

 一方で、最近の国会や報道やWeb上での話題の中心は、原発をどうするか、再生エネルギーの活用をどうするか、といった内容が主です。

 いや、エネルギー政策も、確かに今後の重要な課題です。
 そうなのですけれど、それはこれから長期スパンで解決して行くべき課題であり、今、目の前にある被災地のこの惨状を、どのように立て直すのか、そこをもっと真剣に議論すべきじゃないか?と思うのですが、どうなのでしょう?

 なにしろ、瓦礫の処理に関してだって、8月12日に、やっと「がれき処理特別措置法」が成立したという、あまりに対応が遅過ぎる状況ですからね・・・。
 ちなみに、現地の瓦礫は、自治体や自衛隊が何とか仮置用地を確保し、長い時間をかけて撤去し、そして可能な分を少しずつ処理して来ていました。

 それは、とても大変な労力を要した作業でしたが、自治体の力では、できる事は限られています。
 その結果、ほとんどの地域で、5ヶ月の間、瓦礫はこうやって山積みにされたままです(今もどんどん積み上がっている場所も多く、瓦礫仮置場の確保も課題になっている)。

 この状態の解決を図る事は、再生エネルギー法より後回しで良い事柄なのでしょうか?
 私には、どう考えたって、違うとしか思えないのですけれど。

 原発を停止させ、再生可能エネルギーに切り替えたら、被災地がいきなり復興するような、そんな魔法のような話があるはずもありません。
 エネルギー問題はまた別途考えるとして、今は現地のこの現状をどうすべきか、もっと活発な議論があって然るべきだと思うのですが・・・。


11081209.jpg
かつて、ここには漁港と、
それを取り巻く集落があった。

津波に全てを破壊され、
何もなくなってしまったこの場所に、
誰かが掲げた日の丸が翩翻とひるがえっていた。


 今、被災地を歩くと、少なくない場所で、日の丸が掲げられている所に出会います。

 今回、掲載した画像のような、深刻な被害が生じた現場を長く見ていると、自分でも気付かぬうちに、感情の起伏のスイッチをOFFにしている(多分、精神的な安全装置が働いている)時が多くなっています。
 感情のスイッチをOFFにしていないと、目にとまる光景の一つ一つが、心に痛みとなって突き刺さりますからね・・・。

 しかし、何故かはわかりませんが、あちこちに立てられている日の丸を見ると、その瞬間に、感情のスイッチがONになる時があるのです・・・(女性スタッフの中には、涙する人も居るくらいだ)。

 この旗を立てた皆様の気持ちを正確に推し量る事は、被災者ではない自分には難しい事です。
 しかし、復興に向けた決意のような、強い心が裏にある事は感じられます。
 少なくとも、そういう思いを込めた物である事は理解できますし、そして、その気持ちを共有する事ができる象徴のように感じられます。

 色々な問題の俎上に載せられる事もあるこの日の丸ですが、同じ思いを共有する象徴になるという意味で、やはり日本人には特別な物だなあ、と思わされてしまいます。

 という訳で、8月上旬現在の、宮城県南部~福島県北部の被災地の状況は、大体こんな感じです。
 画像で載せた通り、現地はまだまだ、傷跡が深く残っています。
 多くの問題が、3.11からそのまま残され、まだ何も解決していません。やっと、解決に向けて動ける準備が整った、という程度の段階です。

 これから、復旧そして復興を遂げるためには、本当に長い長い時間が必要で、まだまだ、多くの皆様が苦難の道を歩いて行く事になると思います。
 本当の被災地では、まだ何も解決しておらず、何も終わらず、そして、始まってさえいない事を、多くの皆様に感じていただければと思います。

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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