日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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性懲りもなく、読書継続中。「ローマ人の物語」

 三連休?なにそれ、おいしいの?

 いや、まあ、なんというか、木~金曜の大阪出張があまりに劇的すぎて、ほんと、ドキュメンタリーにして会社の上層部に見せたいくらいでしたよ。
 あんたの部下は、こんなに苦労しているんだぞ~、というアピールにも良いでしょうから(笑)。 

 では本題です。
 ここ何年か連続で、夏の終わりに文庫版が刊行されている、塩野七生先生のライフワークともいうべき著書、「ローマ人の物語」。
 一昨年に1~34巻を読み切ったかと思ったら、去年の今頃、『最後の努力』の章(35~37巻)が刊行されたので、これも通読。
 そして今年、新章、『キリストの勝利』の章が刊行されました(巻数でいえば、38~40巻で上中下)。

 そんな訳で、またも長い長い物語の続きを読み進めています。
 いやあ、我ながらよく飽きないなあ(^^;)。

 ちなみに、過去の感想は、この辺とか、この辺とか、この辺りに書いてあります。

 なお、自転車通勤に切り替えた人間の常で、最近は読書量が目立って減りました(^^;)。
 これはいかんなあ、と思いつつも、最近は出張などで遠距離移動する際に、飛行機や新幹線の中で、「これは」と厳選した本を読むようにしています。
 (まあ、仕事疲れで寝てしまう事も多いんですが・・・)

 さて、実際の感想は長くなったので裏置きです。
 興味のある方は、以下の「Read More」をクリックしてください。

 さて、今回の『キリストの勝利』の章では、コンスタンティヌス大帝の死後の混乱から、「背教者」ユリアヌス(いや、実際にはキリスト教以外の信仰も認める、「信教の自由」時代に回帰しようとしただけ)の改革、そして、テオドシウス帝によりキリスト教が国教化されるまでを描いています。

 しかし、後世に生きる私達の目から見れば、この時期はさしものローマ帝国も晩期に入り、衰退の色を隠せなくなってきた時代です。
 「皇帝」が『市民の代表』から『神に選ばれた絶対権力者』に性格を変え、「皇帝や施政への不満」は、『世論』から『神を冒涜する行為』へとすり替えられ、市民の声がどんどん抑圧され、社会が閉塞化して行くこの時代。

 歴史はローマ帝国の滅亡へ。
 そして、着実に中世の暗黒時代へと歩みを進めて行きます(暗黒時代という言葉の定義について、諸説ある点は、ここではさておきます)。

 そんな時代の中で、キリスト教の教会による政治介入の度合いは色濃くなる一方で、他の宗教の信仰を「異教」、そして、同じキリスト教でも三位一体説を容れないアリウス派を「異端」として排斥する流れが、ローマ社会の中に強くなって行きます。
 コンスタンティヌス帝は、ミラノ勅令において「信教の自由」を保証したように見せかけて、実はキリスト教を優遇する改革や立法を次々進めていたこともあり、気がつけば、ローマ古来の神々の信仰よりも、キリスト教の信仰の方が重んじられるようになって行きます。

 そのような時代の中で、若き皇帝ユリアヌスは、キリスト教よりもギリシア哲学に影響された生い立ちのもと、「ミラノ勅令」に立ち返り、再度、すべての宗教の信仰は等しく重んじられるべき、という考えに立って、キリスト教優遇策を撤廃して行きます。
 しかし、長きに渡って優遇策で「利権」を得ていたキリスト教の教団がこれに反発。皇帝はペルシアとの戦いの中で、敵、味方どちらの物ともわからぬ流れ矢に当り、若い命を散らせます。
 遺言の中にあったのは、「後継者は指名しない。お前達が話し合って決めよ」というもの。ローマの伝統である「合議」により、国の最高権力者の選定を行え、という所が「らしい」最後です。

 ですが、個人的には、この皇帝には長く在位してもらいたかった・・・。
 そうすれば、この後に続く中世は、キリスト教色の薄れた、閉塞感の少ない時代になった筈なのに・・・と、信者ではない私の立場からはそんな事を考えてしまったりします。

 ちなみに、ユリアヌスの死後、あっという間にキリスト教の教団優遇政策が復活し、それがテオドシウス帝の時代になったら、ついには「国教」という位置に据えられる事になります。
 そしてキリスト教が国教化されたからには、それ以前のローマの神々を奉じることは「邪教」として扱われ、ローマの神々の主神であったユピテル(ジュピター)には裁判で有罪判決(正直、私には意味不明な判決)が出され、各地にある古来のローマの神々の神殿は、破壊されるかキリスト教の教会に改築されて行きます。

 さらにはミラノ司教アンブロシウスが皇帝にうまく取り入って、カトリック教会が政治に介入する基盤を作った上に、キリスト教の協議をうまく(あざとく)捉える事により、キリスト教の教会に、皇帝であっても逆らえない、もっと大きな権限を認めさせるようになって行きます。
 この過程で、ローマ皇帝が、教義の解釈を巡って司教に謝罪する、という、後世の「カノッサの屈辱」にも似たことが、既にテオドシウス帝の時代に行われているのですから、このアンブロシウスという人物は大した物です(一応、キリスト教では聖人になるらしい。ずいぶん、俗世にまみれた聖人だ、とツッコみたいが)。

 同時に、ローマ帝国内では偶像崇拝が禁止とされ、各地にある(神々を象った物に限らず)石像等が破壊、遺棄されるという事態に発展。
 さらには、紀元前から続けられてきたオリンピアの競技会(つまりオリンピック)も、邪教の神に捧げる物であるため全廃され、「ローマ」を「ローマ」として成立させてきた伝統的な文化、芸術、文学のほとんどが、この時代に失われてしまいました。

 ディオクレティアヌス帝の時代には、ローマという国のコミュニティを乱すもの、として迫害対象にされたキリスト教が、ローマ帝国を支配する事になりました。
 もっと言えば、イエス・キリストがローマによって「磔の刑」にされたというその一事は、実は「ローマという国家に反逆する行為を行った」という意味であり、反逆者が開祖となった宗教が、ローマ帝国を支配するようになったと言う事は、「キリストの勝利」という副題が、多いな皮肉を含んだ正しい事実を明らかにしている形です。

 まるで古い時代のすべてを破壊し、新しい時代を作り出すかのように、性急な改革が次々進んだこの時代。
 新しい時代を作る、というと聞こえは良いですが、その後に続く時代で、キリスト教による支配が、中心となる教会の堕落により様々な混乱を生んだ事。
 さらに、一つの国家としてまとまっていた地域が寸断され、貨幣経済が疲弊して自給自足経済に。一つの帝国としてまとまっていた地域が、群雄割拠の戦乱を迎える結果になった事は、なんと考えて良いのでしょうか。

 そして、「温故知新」を忘れて進められたこの改革。
 昨年の「政権交代」以降の日本のドタバタに似ているように感じられる部分が多くあります。

 あの時も、『過去の政権党が行った政策はすべて悪』と言わんばかりに、様々な政策が、景気対策に至るまでの多くが「凍結」「停止」「中止」「白紙化」とされて行きましたが、その結果は・・・。
 未だに浮上しない経済をはじめ、不透明かつ不安定な政情が長引いて、社会不安が膨らむ一方という気がするのですが・・・。
 この「ローマ人の物語」の中でたびたび出てくるユリウス・カエサルの名言、『どんなに悪い結果に終わったことでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった』を思えば、『どんなに「無駄」と誹られた政策であっても、そもそもの目的が何であったかを的確に捉え、より良い形にブラッシュアップする』事ができず、「仕分け」として予算を削る程度の事しかできなかったのでは、失政政権の誹りは免れないと思います。

 まあ、政治の話は場が荒れるもとなのでこの辺で終わりとして、性急な改革は新たな利権集団を生み、その代償は一つの帝国の歴史に幕を引き、安定した社会秩序が奪われ、西欧の文化圏がまるでリセットボタンを押したかのように自給自足経済に突き落とされてしまいます。
 そこに至るまでの過程は、来年の今頃に刊行されるであろう、『ローマ世界の終焉』の章で詳しく述べられる事でしょう。

 そして、この長いながい物語の感想文も、そこで完結になると思います(^^;)。
 
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YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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