日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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南の島に行ってきた(その3)

 久々(色々あって、2週間ぶりくらい?)に、東京の幹線道を自転車通勤で走りました。
 ・・・相変わらず、怖いっすねぇ(^^;)。

 私が通勤で利用する路線の一番左の車線は、路駐が多いため自動車が走るのを嫌い、結果的に2輪車天国になっているのですが、路駐をかわす時は、後続の自動車との間隔、速度差を見極めて、スパッと抜けないといけないのがとってもスリリングです。

 しかし、そういうスリルをどこかで楽しんでいる部分もあったり・・・。
 困ったものです(^^;)。

 では本題です。
 今回はグアム旅行記の第三回目。
 滞在最終日の様子をご報告します。

 例によって裏置きしますので、「他人の自慢話なんか興味ねーよ!」という方以外は(^^;)、Read Moreをクリックして下さい。

 なお、初日の記録はこちらです。
 滞在中日の2日目の記録はこちらです。

 あわせてお楽しみください。

 三日目も、勘弁してくれと言いたくなるほどの良い天気でした。

 簡単に流していますが、日中は簡単に30℃越えの気温になる上に、熱帯特有の湿度の高さもあって、炎天下で行動すると、本気で死にそうになるくらいの暑さを感じます。
 外を歩いてから帰って来ると、ホテルの扉の中の空調が効いた世界が、本気で天国に思える事もあるくらいです。

 時々、遠くの雲の下の景色が霞んで見えると、ああ、あそこはスコールが来ているんだな、とわかったりします。
 スコールの霞の中には、陽光との角度が良いと、虹が見えることもありました。
 スコールに降られていれば、少しは涼しく感じるのだろうか、なんて事を考えながら行動を開始します。

 それにしても、昨夜もバーベキューで大量の肉類を食って、胸焼けしている体に、相変わらずのアメリカンな朝食・・・。
 日本人には「拷問」の一言です(^^;)。

 それまで以上に(箸でなく)フォークが進まぬ食事を終えましたが、この朝食、毎日$16.5はどう考えても高いよなあ・・・。
 バイキングなのに、チップとられるしさ・・・(朝昼晩と食べて、結局、朝食が一番高かった。なんじゃそら?)。

 日々、消費される$に悶々としつつ、最終日、グアム島一周ツアーに参加するため、ホテルのロビーで待ちますが・・・。
 今日の同行者は、幹部級の上司二名。同年代の同行者は、体調不良でリタイアだとか。
 うわー、これは気が休まらない・・・かと思いきや、普段から気さくに接している上司だったので、そんなに気を遣わずに済んで助かりました(^^;)。

 今回の旅、同行する人の運に、非常に恵まれていました。


10062015.jpg
まず南西部のラグーン地帯でボートに乗り、
海上をクルーズ。
ガイドがポイッと餌をまくと、
カラフルな熱帯魚が集まってきた。


 透明度の高い海では、カラフルな魚影がすぐに見える・・・かと思いきや、熱帯魚のカラフルな体は、サンゴの骨格で白い海底とキラキラする陽光の照り返しの中ではすぐに見失ってしまいます。
 あれだけ派手な色でありながら、実はこの環境では迷彩色なのだという事実。
 ううむ、自然界は奥が深くて面白い。


10062016.jpg
そして、グアム島の一つの現実。
ガーンポイント(米軍上陸地点)の日本軍要塞跡。
これは旧日本軍の高射砲。
(もちろん、現在では使えない)


 グアム島は太平洋戦争時の激戦地でもあったのは周知のとおりです。
 時々、現地のガイドさんが、「あそこの崖見て。洞窟あるねー、あれ、日本軍が掘ったものねー」などというガイドを入れながらバスを走らせますが、こうした遺物を目の前にすると、その現実は、よりリアルな物に感じられます。


10062018.jpg
そして、スペイン領時代の砦跡(ソレダット砦)。
スペイン統治時代には首都とされた、
ウマタック村を見下ろす位置にある。

10062019.jpg
こういう近代遺跡には栄枯盛衰を感じてしまう。
スペイン統治時代には立派であっただろう砦も、
今では見事な廃墟状態だ。


 グアム島は、世界一周航海で有名なマゼラン艦隊により発見され、その後、長くスペインの統治下に入っていました。
 スペイン統治時代には、ソレダット砦から見下ろせる湾の奥にあるウマタックを首都とし、栄えていたそうですが、20世紀初頭の大地震で壊滅的な被害を受け、現在では規模もぐっと小さくなった村があるのみのようです。

 その後、一行は旧日本軍兵、横井庄一さんが28年間潜伏していたという横井ケーブ(のレプリカ)を見る事が出来るタラフォフォの滝を見学しました。

 ここにあった歴史資料館?の展示が・・・なんというか。
 そりゃ、現在は米国領だから、なのでしょうが・・・。

 スペイン統治時代の絵やジオラマは、スペイン人が現地人に鞭を振るい、女性をさらい、老若男女問わずに酷使する場面が描かれ、米国統治時代になると、一転して一緒にダンスを踊ったりと、ハッピーな雰囲気一色。
 そして第二次大戦時代になると、米軍を追い払って上陸した日本軍がスペイン人とほぼ同じ立場(使役されているのが男性のみで、直接暴力の描写はないなど、多少、冷酷さが緩い)に描かれ、最後は切腹する日本軍兵士のジオラマと、大歓迎される米軍兵士の絵で終了、って・・・。

 なんてステレオタイプな展示なんだ・・・(日本人なら、子供でも嘘くさいと感じると思うぞ、あれ・・・)。

 それに、古代チャモロ人を象ったマネキンが、どこかでネイティブアメリカンが混ざったようで、ウエスタン映画に出て来るような羽飾りをつけていたり、こんな暑い地域なのに毛皮を纏っていたりと、何かを間違った感が強いのは、ツッコんではいけない所なのでしょうか?

 そういう、いろんな方向から考えさせられる(笑)展示を見たあと、横井ケーブのレプリカ入口(中には入れないし、本物でもない)を見て、途中で暑さでへばった上司を回収してバスに戻りました。

 次の場所で昼食になりましたが、ここで出てきたのがパプリカ味の強いチキンライスに、スペアリブに骨付チキンに、油たっぷりのソーセージと、正直、勘弁してくれな食材のオンパレード・・・。
 おかげで、食事は還暦越えの上司二名より少ない量で終了(というか、胃袋が拒絶)し、あとはスターフルーツやココナツをはじめとする果物をせっせと腹に詰め込んで対応しました(白米と味噌汁と、新鮮な野菜が恋しい・・・)。
 ジャンクフードで育った自分が、こんなにも「日本人」だったとは驚きです。

 ちなみに、ココナツ(椰子)の実の、空洞の内側についた白い果実は、ワサビ醤油で食べると、ツブガイかトリガイのような食感と味覚になるという、驚きの体験をしました。
 怪しい屋台のオッサンの、「これサシミ、サシミ、おいしね、おいしね〜!」の声に騙されるつもりだったのに、普通に美味くて、ネタとしては不発じゃないか!
 (果汁だけ飲んで、果実を食べなかった人の分ももらって食べた。これを食べないなんて、損してるぞ、絶対)

 昼食時間は1時間ほど取られていましたが、私は30分経たずに、いろんな意味で「お腹いっぱい」になってしまったので、残りの時間、付近の海岸を散歩して過ごす事にしました。
 最初は青い海と白い砂浜、そして海から吹いて来る風が気持ち良かったのですが・・・。


10062020.jpg
気付くと、風が随分強くなった。
沖合いの雲が、急に黒くなり、
それが徐々に広がって行って・・・。


 明らかにヤバそうな気配を感じたので、早足で、途中で上司を捕まえて、予定時間より早い時間ですが、構わずバスに戻ります。


10062021.jpg
数分後、スコール到来!
アメリカンな大型バスが揺さぶられる暴風と、
一気に周囲が霞むほどの激しい雨!

日本の夏の夕立もある意味スコールだけど、
それとは規模とパワーが桁違いだ。


 南国の島に来たからには、一度くらいスコールを体感したい、なんて、炎天下でうだりながら冗談を言っていましたが、実際に来られると迷惑な物です(笑)。
 色々な物がガランゴロンと音をたてて飛ばされ、東屋風の屋根の下に逃げ込んだ人達は、横殴り・・・というか、まともに真横に飛んで来る雨のため、まったく屋根が役に立たずに数秒でずぶ濡れになっていました。

 で、このスコールは約15分で終了(笑)。
 その後は何ごともなかったかのように晴れ間が広がり、さらに上がった湿度のため、猛烈な暑さになっていました。

 ハプニングがあったものの、予定通りの時間に出発。
 次の場所までは40分ほどかかるとの事で、旅の疲れが出ていた体には良い睡眠時間になりました。


10062022.jpg
ガタガタと不整地を走る振動で目覚めた。
South Pacific Memorial Park
英語で聞いて、何の記念公園かと思ったら、
日本語で「戦没者慰霊公苑」とあった。


 ガーンポイントに続いて、現実を直視させられる場所です。
 慰霊堂の中には、旧日本軍兵士の遺品も展示されており、半世紀ほど前にはここが激戦地であった事を、嫌でも直視させられます。

 「あそこは物凄く、テンション下がりますよ」と、先にこのツアーに参加していた社員から聞いてはいましたが、本当にテンション下がりましたね・・・。

 リゾートとして、楽しむためにここを訪れている自分と、戦地として、死を覚悟して訪れた、自分の祖父母の世代の日本人・・・。
 この世に生を受けた時期が、ほんの数十年しか違わず、存命なら、ともに生きる時間の大部分を共有する事も出来たはずなのに、この違いは一体、何なのでしょうか?
 のほほんとした気分でこの場所を訪れる事が出来る幸福を、誰に、何に感謝して良いのかわかりませんが、とにかく、自分の生まれた国と時代がとても幸運だったと感じざるを得ませんでした。

 その後の恋人岬は、二度目なので目新しさはなく、上司を相手に、あそこに見えるのがタモン地区で、泊まっているホテルはあそこに見えて・・・とガイドに徹しました。
 案外好評だったようです(^^;)。

 ツアーはそこで終わり、あとはホテルまで帰るだけ。
 しかし、この日は、そこからがある意味本番です。

 なぜなら。
 この日の夜は、深夜便の飛行機で機内泊の予定のため、ホテル出発が日が変わった午前2時。
 飛行機の搭乗手続き〜フライトは、現地時間の朝3〜4時という、とんでもない日程が組まれているためです。

 つまり、これから飛行機に乗る午前3〜4時頃まで、ほとんどのメンバーが、一度眠れば確実に起きられない疲労度を抱えた上で、とにかく起きたまま何かをしていなければならない、という訳です。

 結果、飲めや歌えや騒げや、になる訳ですね(^^;)。

 最初は外に繰り出しましたが、そのうち、町が時間帯的に(いろんな意味で)ヤバい雰囲気になってきたため、ホテル近くの免税店で酒を買い込んで部屋飲み。
 私はなぜか、各地の拠点の長が多く入っている上司グループに引き込まれ、延々説教と演説を喰らう代わりに飲食代はフリーという特典?を獲得成功。
 お財布には優しかったが、精神的にはかなりの耐久力を要しました・・・。

 それにしても、滞在期間が長くなればなるほど、全員、どこかで片言の英語混じりだったり、イントネーションが外国人風の日本語に変わってきている気がするのは気のせいでしょうか?
 まあ、かなりの勢いで回りまくっているアルコールの影響かもしれませんけど(^^;)。

 その後、午前1時半頃にロビーに集合し、午前2時にバスで空港へと移動開始。
 バスの中でツアコンから、「こんな時間なので、空港の免税店とか飲食店とかは開いていないかもしれないので、あしからず」というミもフタもない話を聞かされながらグアム空港に到着。
 チェックインと荷物検査を通り抜け、出国カウンターも無事通り抜けると、後は何もする事がない(笑)。

 搭乗開始までの1時間以上を、奇跡的に開いていた免税店を流して、何とか時間を潰そうとしてみます。
 換金レートが不利なので、出来るだけ現金$を持ち帰らないよう、ここで使い切ってしまいたいのですが・・・。
 お土産品は既に買い込んであるし、荷物は増やしたくないので、買うなら小物に限られる。
 しかし、ブランド品の店は、価格的にお呼ばれしていない($4,000とか、普通についてる)。

 結果、ここでも飲んで食って・・・になるんだろうな、とフードコートを覗くと・・・。
 いやに目を引く、「ラーメン」の暖簾。

 ・・・はい、食べましたよ、醤油ラーメン、グアム風。
 何かとっても微妙な味でした・・・(どこかで、ラーメンのスープにうどんの出汁が混じった感じ・・・)。


10062023.jpg
まあ、そんなこんなで出国前ラストショット。
グアム空港出国カウンター内のフードコート。


 いい加減、時間を潰すネタも尽きた、朝3時50分頃、飛行機への搭乗が開始されました。
 成田までのフライトは・・・途中で機内食を食べ、朝焼けで右舷側(東)の空が赤く染まっているのを見た以外、ほとんど何も覚えていません。
 多分、完全に落ちていたんでしょうね(笑)。

 成田に到着後、何か入国審査でもめている人(免税対象外の物を申告していなかったらしい)がいましたが、私はその場でポン、と帰国スタンプを押してもらって通過。
 グアムより気温は低いが、湿度は負けていないという梅雨の気候を全身で感じつつ、NEXで帰ってきました。


 今回、現地での実質滞在期間は3日間しかありませんでしたが、そんなに短い間にしては、まあ色々あった旅でした。

 それはそうと、ウチの会社のおじさま軍団は、「自重しろ」チームと「元気出せ」チームの落差が激しかったのが、何というべきか、という部分ですが(あのテーブルのお姉ちゃん達、ナンパしてこい、とかいう無茶振りは、本気で勘弁だ。どっち方向に満喫してんだよ)。

 入国審査に関して、バックパッカーやってる元会社の後輩が、「日本人はパスポートがあれば、ほとんどの国で事実上、ノーチェックで行けますよ」と常々言っていましたが、実際、そんな感じでしたし。
 (先着していた中国と韓国からのツアー客が長々と捕まっている間に、日本人の列が物凄い勢いで消化されて行ったからなあ)
 まあ、これは日本という国が信頼されているというより、「日本人はビザが切れる前にさっさと帰国する」という実態から、つまりは「まず間違いなく、不法滞在予備軍じゃない」という方向で信頼されているから、らしいのですが・・・。
 (結局、自宅が一番安心できる国民性なのが幸いしてるんでしょうかね?)

 それはそれとして・・・。

 実質の話として、約一週間、仕事場を離れていたわけですが、そうなるとご想像のとおりと言いますか・・・。
 帰国後、物凄い量の「対応すべき案件」がたまりまくっていたわけで・・・。

 ワークアホリックとか何とか、色々海外から言われるのも無理ないですわ>日本人。

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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