日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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年末〜年始の間の、読書感想文

 本日の、ウチのブログへの意外なアクセスキーワード。

 「美少女ゲーム」

 え〜、このキーワードでアクセスしていたのが、1/11日の、冬を乗り切る自転車アイテムの話題へのアクセスでした(冒頭脱線に、アキバ訪問の話を差し込んだのがまずかったらしい)。

 しかし・・・あの〜、Googleブログ検索の検索結果に出る文章に、しっかりはっきり「そっち属性は薄め」という所まで出ているのに、こんな場所をこんなキーワードで踏まないで下さい。
 っていうか、こんなキーワードで訪問したのに、メインの話題が「腹巻とのど飴」って、どんだけがっかり情報なのかって話ですよ、ホントに。

 ちなみに、接続元は海外IP・・・(東アジア圏)。
 う〜む、海外在住の日本人なら普通に御愁傷様だけど、知っている日本語の語彙を何とか使って国内最新情報を探ろうとした結果が「腹巻とのど飴」だったら、切腹したくなるんじゃないかな・・・。

 では本題です。
 今日は、いつもと毛色を変えて、読書感想文。
 長くなったので、裏置きします。興味のある方は、下の「Read more」をクリックして下さい。

 なお、柄にもないことをグダグダ〜っと書いていますが、まあ気にせず軽く読み流して下さい(^^;)。

1.シアター!(有川浩、メディアワークス文庫)
 小劇場という、一般社会とは(色々な意味で)どこかズレた世界を題材にした作品。
 普通の会社員の兄の所に、売れない劇団の代表をやっている弟が突然、「金貸して!」と泣きついて来た。その額、なんと300万円・・・。
 兄が出した条件は、金は貸すが、2年以内に興行収入だけで返済しろ、という物。さて、売れない劇団は、どうやってこの借金を返して行くのか、というのが物語の主軸。

 学生時代に舞台演劇の世界に関わった事があるのと、その勢いで小劇場の世界に沈没してしまった知り合いが何人かいるので、私にはこの世界の「報われなさ」は実感を持って受け止める事が出来ます(^^;)。

 いや、やってみると楽しいんですけどね>舞台演劇。でも、なんというか、地に足がつかないと言うか、浮世離れしているというか・・・。
 作中でも、劇団員が「好きな事やってるんだから、貧乏でもいいじゃないか!」的なセリフを普通に喋るシーンが出てきますが、普通の社会人は、好きな事(あるいは得意な事)をやって金を稼いでいる訳ですから、どんだけズレてんだと誰もがツッコムであろうという、そういう世界です(ぶっちゃけると、カネにならん世界だ、という事です)。

 しかし、この物語の中を見て行くと、小劇場の世界の不思議さがどれほどの物か、本当に実感できると思います。

 例えば、弟君のやってる劇団は、観客動員数を見れば意外に頑張っていて、業界中堅クラスの劇団だったりします。
 が、業界中堅クラスの集団なのに、もうけが出ない(他の業界なら、まずありえない話ですよね?)。何でか?と、その辺りが色々、解き明かされる訳ですが・・・。

 この辺り、話の本筋に深く関わるので、深く掘り下げるのはこれ位にして、気になった点がいくつか。

 弟君の劇団は、初めての人にも分かりやすい、軽くて楽しい内容の劇を演じる事をモットーにしていますが、それがいつもマイナス評価になって、なかなか日の目を見ないという所。
 確かに、舞台演劇の世界では、玄人ウケする難しい話はそこそこ評価されるような風潮があると、私も過去の経験から思います。
 ところが、そういう「軽くて楽しい話」こそが、今まで舞台演劇を知らなかった人を引きつけ、リピーターを増やし、この世界の裾野を広げている訳であり、そういう劇団を評価しないのは、根底には観客を侮蔑する気持ちがあるのではないか、という部分が、ヒッジョーに気になりました。

 現在の演劇界がどうなのかは、私はもうその世界の人ではないのでわかりませんけれど、それに似ているな、と思った世界がひとつ、思いつきました。

 写真/カメラ趣味の世界です。

 一昨年くらいまで、私は週末ごとに一眼レフ(デジイチ)担いであちこちに写真を撮りに行くような事を普通にやっていましたが、今はデジイチを持ち出すのは、三ヶ月に一回、あるかないかという頻度です。

 何でそこまで醒めてしまったかと言えば、写真/カメラ趣味の世界の、いわゆるコミュニティーサイト等でかわされている、自称「ヘビーユーザー」達の持論について行けなくなった事ですね。
 アレコレと機械のスペック論をギャーギャー語り、エントリーモデルや一部のコンパクトデジカメをケチョンケチョンにこき下ろす・・・というだけならまだしも、その機種のユーザーの人間性までこき下ろすような言動も当たり前、という風潮に、ほとほと嫌気がさしたというのが本音です。

 この風潮、先に出て来た、作中の演劇界の描写に似ていませんか?
 誰もが最初は初心者だし、趣味の世界であれ何であれ、こっちの世界に何の興味も持たない人を、ほんのちょっとでも振り向かせる事がどれだけ難しいかをわかっていたら、初心者を取り込む作業をしている人達(つまりはエントリーモデル)を軽視する事はまずありません。
 ましてや、その観客(ユーザー)を侮蔑するなんて、もってのほかだとおわかり頂けるはずです。

 作者、有川浩氏(女性とは知らなかった ^^;)は、作中における演劇界を、そういう歪みを抱えた、不健全でグロテスクな物として描いていますが、私には現在の写真趣味の世界とシンクロする表現だと思いました。
 というか、どの趣味の世界であっても、一部にはこういった歪みを抱えた、不健全でグロテスクな風潮を持つ集団が存在している気がします(自転車の世界でもね)。
 まあ、しかし、そんな歪みを持った集団の思想が主流になる事は、普通に健全な趣味の世界ならありえませんし、まかり間違ってそんな思想が主流になった世界は、衰退するだけでしょうけれど。

 ま、それ以外の部分の感想としては、「看板女優」の牧子さんの男前っぷりに惚れたかな?(笑)
 私も、忠犬として仕えたくなりますよ、牧子様!


2.海の都の物語 1〜6(塩野七生、新潮文庫)
 「ローマ人の物語」の作者である塩野七生氏が、地中海の女王とまで言われたヴェネツィア共和国の興亡について書いたシリーズ。

 ヴェネツィア=現在のヴェニスが中心の、海洋交易によって栄えた国です。
 地中海の東半分の制海権を持ち、オリエント(西アジア)とヴェネツィアを結ぶ海路と中継基地を多数建設し、香辛料をはじめとするアジア、オリエント原産の品々の貿易を独占する事で成立していました。
 一方で、いわゆる「領土」という物を、首都ヴェネツィアをはじめ、海路の中継基地程度しか持たなかったが故に、農業生産拠点はなく、純粋に交易と工業力だけで生きていた国でもあります。

 と、その姿が、現在の日本の社会情勢に見事にシンクロしているようで、本当に色々な事を考えさせられたシリーズです。

 特に、ヴェネツィアの滅亡の要因を描く下りは、まるで現在の日本の姿を鏡に写しているようです(以下、鍵括弧内は本文から引用)。

 『歴史家は、国の衰退は、その国の国民の精神力の衰微によると言う。だが、なぜ衰微したかは、われわれが納得できるような説明を与えてくれない。』

 にはじまり、ヴェネツィアの滅亡に至るまでの国民の精神力の衰微について、納得できるような説明のひとつとして、以下の内容を挙げています(以下青字部、かなり意図的な要約入り引用)。

 交易で生きていたヴェネツィアは、時代の変化に応じて、投機対象が流動的な交易品から固定資産(つまり土地や建物)に変化し、経済の膠着化(つまりは貧富の差などの階層の固定化)が進む。
 結果、主要産業への投機が減退(事業仕分けによる先端分野への投資の大幅削減が、これに当るか?)し、西欧社会における競争力は失われ、国力は右肩下がりへと転じて行く。

 さらに、世界は大航海時代(グローバル化)を迎え、植民地から直接、本国との物品のやり取りが行われるようになったため、以前はオリエントに集められ、ヴェネツイアを経由して西欧に入った交易品が、喜望峰まわりの海路で直接、西欧に入るようになった。
 かつては、ヴェネツィア人は裸一貫で海に乗り出しても、政府の保護のもと、財を成せるような社会だった(高度成長期の護送船団方式とでも言うか?)ものが、しっかりした元手を確保した者にしか、成功のチャンスは巡って来なくなる。
 また、以前は長男にだけ財産を残し、残りの子供を荒海に叩き込んでも何とかなったのに、子供達に財産を分け与えなければ自活できない社会になってしまった。

 ゆえに、子供が減る(少子高齢化)。そして、人々は「今ある物の保持」を第一に考えて、経済活動が停滞する(タンス貯金の増加)。
 経済的な成功の道からあぶれた人達は、福祉にすがって生き、その数はヴェネツィア本国人口の1/7にまで達し、国庫を圧迫する(バラマキ政策)。

 それでも、一般庶民は頑張って何とか生きるものだが、指導者階級の活力の衰えは致命的な影響を与える事になる。
 膠着化した社会が政治の硬直化と腐敗に繋がり、権力を得る手段として選挙の票の売買などが横行するようになる。そして、財力を消費して力を得た権力者は、その力を失った金を取り戻す事に使うようになる(具体的な政治家の名前が思い浮かぶが、あえて書くまい)。


 上に書いた内容に良く似た社会情勢を受け、現在の日本人は夏に大きな政治の転換を願い、多大な支持率のもとに新政権が生まれ、最初の100日間は、マスコミもまるでヒーローをもてはやすように総理大臣を持ち上げましたが・・・。
 この部分について、塩野七生氏は、昭和56年の段階で、こんな言葉を書き残しています(以下、鍵括弧内は本文から引用)。

 『アンティ・ヒーローの国が、ヒーローをもてはやしはじめては終わりである。英雄待望論は、報われる事など期待できない犠牲を払う覚悟とは無縁な人々が、自己陶酔にひたるのに役立つだけだからである。』

 アンティ・ヒーロー、つまり、個人の強権でなく、合議による合理性をもとに、国民全てが一丸となって社会を作ってきた国=日本の、今現在の混乱ぶりにシンクロする物を感じるのは、私だけでしょうか?

 歴史の中で、ヴェネツィアは自己陶酔から醒めぬまま、フランスのナポレオン・ボナパルトという希代の野心家の前に、1,000年にも及ぶ歴史に幕を閉じました。
 現在の日本人は、この国の歴史と同じ事を繰り返してしまうのか。それとも、ヴェネツィアの歴史から何かを学び取り、自己陶酔から醒めて、再びアンティ・ヒーローの国に戻れるのか・・・。

 まあ、柄にもなく、色々な事を考えさせられてしまいました。
 また、'70〜'80年代に書かれたこのシリーズが、現在の日本の社会情勢と対比したら、あまりに当てはまる内容が多すぎて、まるで未来を予測したかのような内容である事に、改めて驚かされましたね・・・。

 「海の都」の歴史を知る、知的好奇心探求の書として。
 あるいは現在の日本人を映す鏡として、色々、面白い読み方が出来るシリーズだったと思います。

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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