日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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Baseballを初めて日本語に訳した人(ちょっと恨み言)

  久々に、会社の上司が職場(くどいようですが、私は外に出向中)にやってきました。

 「最近、ずいぶん遅くまで頑張ってるらしいじゃないか〜」

 と暢気に言うので、「ええ、いつも昨日は今朝まで頑張ってる感じです」と答えると、何の事か分からないようで、「???」が頭上でピヨピヨ踊りをしているような顔つきに。
 普通に、毎日朝までやってます、と言い直して、やっと事態を飲み込んでもらえましたが・・・ううむ、これは上司にユーモアのセンスがないのか、私が回りくどすぎるのか・・・。

 では本題です。
 昨日、NHKで日曜夜に放映中のドラマスペシャル、「坂の上の雲」の第二回を視聴しました。
 初回からリアルタイムで見始め、原作同様、序盤の秋山兄弟と正岡子規の、ギラギラするような熱い青春物語がうまく再現されている事に好感を覚え、そして、私にしては本当の本当に珍しい事に、テレビドラマにハマりました(^^;)。
 もう、何度目になるか分からない、原作再読に入りたくなるくらい・・・。

 とまあ、それは本題から外れる話なのでさておき(^^;)、12/6日放送の第二回を見て、ちょっと思い出しました。
 大学予備門時代の正岡子規(当時は幼名の升:のぼるを名乗っていた)が、Baseballの事を、自分の名前にもじって、「野球(の・ボール)」という隠語を仲間内に披露し、これが「野球(やきゅう)のはじまり」としていた所。
 これに関連する、苦い思い出があるんですね、私には。

 学生時代(大学〜大学院)、私は秋山兄弟と正岡子規の故郷である、愛媛県松山市で過ごしました。
 そこで、学友間で、昼食のツマミのどうでもいい話題のひとつとして、「各スポーツ名を日本語に訳したのは誰か?」という話になった訳です。
 その時の状況を再現(以下、伊予弁主体の瀬戸内圏言葉ゴチャゴチャ文)。

 「ほんなら、"野球"は誰が訳したん?」(確か九州出身者)
 「正岡子規や」(地元愛媛出身者A)
 「は?それはちゃうやろ?」(福井出身者=私)
 「え?ほんなら誰なん?」(地元愛媛出身者B)
 「中馬庚やん」(福井出身者=私)
 「誰やねん、そのおっさん!」(地元愛媛出身者C)
 「だから、Baseballを野球と翻訳した人やん。知らんの?」(福井出身者=私)
 「知らんわ!正岡子規やなんて、小学校で習うで!」(地元愛媛出身者C)
 「いや、こっちも小学校で習(なろ)たわ!」(福井出身者=私)
 「どんな小学校やねん!嘘を教えよんかい!」(地元愛媛出身者B)
 「いや、そっちの方が間違いやん!ちゃんと調べてみいや!」(福井出身者=私)
 「福井はそんな変な事、教えよるんか!やっぱ北陸は北朝鮮の属領やなあ!(注:当時は、まだこれが冗談で済んだ時代)」(地元愛媛出身者A)

 というわけで、あとは数の力で地元愛媛出身者に言葉のフルボッコ状態。
 北陸出身者が学内に絶滅危惧種並に少なく、言葉のイントネーションの一つひとつから笑いのネタにされていた時代だけに、こういう事では容赦なくフルボッコにされた訳です。

 しかし。

 Baseballを「野球」と訳した人は、正岡子規だと思っている全ての皆さん。

 野球体育博物館の、野球殿堂のページでご確認ください。(さあ!リンク先へどうぞ!)

 『中馬庚 ベースボールを「野球」と訳した球人』

 とはっきり書いてあるでしょう!

 しかも、殿堂入りは1970年の特別表彰!
 どうですか?既に40年前から、正式記録で「ベースボールを野球と訳した人は、中馬庚だ」という事になってるんです。

 「坂の上の雲」のドラマの中では、『「野球」という言葉を作ったのは、中馬庚という説もある』と紹介されていましたが、それも誤り。
 正式記録で、中馬庚が「野球」という言葉を作った事になっているのです。

 では、何で正岡子規ではないか、という辺りを調べた結果を披露すると・・・。

 正岡子規は、仲間内の隠語として(正確には雅号ですが)、自分の名前をもじった「野球(の・ボール)」という言葉(あくまでも発音は"の・ボール"であり、"やきゅう"ではなかった)を作りましたが、それは仲間内の隠語以上の物ではなく、それからも長い間、日本全国でこのスポーツは、普通に「ベースボール」と呼ばれていたのです。
 しかし、中馬庚は、『広い野原で行う球技』という意味で、一般名詞として「野球(やきゅう)」という言葉を作り、その後、彼が日本初の一般専門書、「野球(やきゅう)」を出版したことが、Baseballが「野球」になったきっかけなのです。
 (以上は私が福井で習った通りだ!教育優良県、なめるな!)。

 ちなみに、正岡子規も野球の殿堂入りを果たしていますが、2002年の「新世紀特別表彰」枠ということで、中馬庚に比べたら、ずいぶん後輩で、しかも、なんだか急造に見える枠内になっています。
 とはいえ、「打者」「投手」「捕手」などの用語は、子規の翻訳が定着しているので、その功績は評価されて然るべきでしょう(ショートの「遊撃手」は中馬庚の訳が定着しましたが)。

 というわけで、何年越しになるのかわかりませんが、あのとき、数の理論で正論を踏みにじられた恨みを、ここで晴らしておきましょう(ひひひ・・・)。

 というか、郷土出身の偉人をリスペクトするのは当然、あって然るべき姿(私ら福井出身者も、橋本左内をどんだけ偉人として教え込まれた事か)としても、嘘を教えちゃいかんでしょ!愛媛の先生方!
 少なくとも、ここを読んだ愛媛の先生方は、本当はどうなのか、俗説でなく、自分で真実を調べてから、子供達に教えて下さいね!

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YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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