日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

06月≪ 2017年07月 ≫08月

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

「ツール・ド・おきなわ 2009」本島一周参加記録 Part.4

 自転車で走るのが好きなこと。
 そして、初日の苦しいコースを一緒に走り抜いたこと。

 参加者の間にある、互いを繋ぐ感情は、多分そんなささやかなものだ。
 しかし、そんなささやかな共通点があるだけでも、2日目の旅がちょっと違う楽しさになってくる。

 ささやかな共有体験が周囲の人との心理的な距離を詰め、「仲間」として認識されるためだろうか。
 旅の日程は2日目。この日は本島南部を時計回りに周回する。


P1000416.jpg
初日の夜、恩納村方向にあがった花火。
デジカメでの夜間撮影は、
昔取った杵柄って奴だ。
(ホタルを狙っていた頃もあったしなぁ・・・)


 本島一周サイクリング2日目。
 喜瀬ビーチを出発し、本島南半分を一周して名護に戻る、ほぼフラットなコースを走る日だった。

 と、その前に、宿所でのアレコレを簡単に書いておこう(本当は簡単には収まらないけれど)。

 喜瀬ビーチパレスでは、一部屋三人での宿泊となった。一人で参加の私は、自然、別の参加者と同室になる形だった。
 私の部屋での同室は、SさんとRさん(頭文字をとらせて頂いた)。ともに東京からの参加の方で、走っている場所もよく似ている。
 恐らく、運営側から、現住所が近い人達をなるべく同室にするよう、配慮して頂いているんだと思う。

 おかげさまで、あの道は、あの坂は、あそこを走る時は、と、自転車談義にはじまり、色々、ローカルネタで盛り上がる盛り上がる。

 「やっぱり、装備は坂用ですか?」
 「コンパクトの12-27です」
 「おお、基本ですね」

 という、自転車乗り以外、何がどう基本なのか、まったくわからないであろう会話が普通に行われた。

 この、SさんとRさんとは、2日目、PedalFar!の皆様とともに、あちこちで色々な話をしながら走り、ともに楽しい思い出を作る仲間になった(と、私は思っている)。
 ちなみに、Sさんは私同様、今年が初参加。Rさんは昨年も参加され、雨と風に見舞われた、厳しい気候での沖縄も経験されたようだった。
 (Rさんはトライアスリートでもあり、石垣島のトライアスロンにも参加されたらしい。凄いな)

 夜、3人でバイキングで派手に腹を満たした後、翌日を考えて、夜10時くらいには寝てしまい、朝5時に起床。
 そしてそのまま朝食をガッツリ食べ、着替えて朝7:00に宿を出発と、慌ただしい朝から一日がはじまった。

 本島一周、二日目の行程だ。
 今日は昨日一緒に走った、「やんばるセンチュリーライド」の参加者の皆様が抜けて、約半分の人数で走る(やんばるセンチュリーライドは、一日で名護に帰還する)。
 車列の中に青いゼッケンが見えないのは、少し寂しい気がした。


【11/8日 二日目】
 喜瀬ビーチパレスを出発した参加者は、一列縦隊で国道58号を南下する。
 初日のように、いきなりレースのような高速クルージングはなくて、今日は25〜28km/h程度の普通のサイクリングペースだ。


P1000422.jpg
2日目の朝一番は、ゆっくり走行。
前を行くのは、同室だったSさん。


 足に色々、ダメージが残っていて、尻〜ふくらはぎまでパンパン、膝にもなんだか違和感があり、何より、サドルの着座位置にあたる部分の圧迫痛が痛い。
 特に、内股にあたる部分が、レーパンのパッドと擦れて痛い。

 こんな状態で、いきなりレースもどきの高速クルーズなんてやられたら、たまったものじゃなかっただろう。
 すぐ前を走るSさんと、一日、こんなペースだったらいいですね、なんて話しながら、国道58号を県道104号線との交差点まで南下する。
 そこで県道104号線を左折し、沖縄本島を東岸へと横断する。当然、島の中央の山地・・・というか、東京感覚だと多摩丘陵のちょっと山側程度(高尾から小峰峠方向に抜ける道くらい?)の、軽い峠越えになる。

 昨日段階で、「もう坂はお腹いっぱい!」を実感している(宿所での会話も、自然、「やんばるの厳しさについて」が主題だった)参加者達だが、まあ、坂があるなら登って越えるしかない。
 カチャカチャと変速の音が鳴り、ドロップハンドルの水平部分を握り、参加者達は登坂モードに切り替わった。

 この日、私はなんだか絶好調で、疲れが残っているはずの足なのに、何故か軽くクルクルまわる。
 普段走っているときも、奥多摩駅から奥多摩湖まで、アウターギアでスイスイ登って行けてしまう時があるが、その時と同じくらいの快調さで、勾配もそれほど急勾配に見えないその道を、何人もの参加者を抜いて前に前にと進んで行けた。
 (まあ、もちろん抜かれる数もそこそこあったのだけど)

 峠越えといっても、それほどきつい場所ではない(東京近郊なら、尾根幹線を休憩なく往復走れる人なら楽勝だと思う)峠を越えて、金武湾岸に出る。
 本島の南側は市街地が広がり、人の生活の色が濃い。
 道路も幅が広く、いわゆる地域高規格道路的な感じの道路が多い。

 朝日にきらめく金武湾を左手に見ながら、風もそれほどではない海岸線を軽快に南下し、うるま市に入る。
 前後を行く参加者と、「尻、痛くないです?」とか、「昨日の坂のせいで膝が変です」とか、他愛のない雑談を交わしながら走るのが楽しい。

 周囲の人とこんなに気軽に声をかけあうなんて、一日目にはなかった風景だ。
 初日の難所を越えて、お互い、緊張がほぐれて楽しみ方がわかってきたのかもしれない。


P1000433.jpg
うるま市では、例年とは違うルートに入った。
例年なら石川バイパスに抜ける所、
今年はマラソンとかち合わなかったため、
石川の市街地を走行。

アップダウンが多い町で、
昨日のダメージが残る参加者は辛そうだった。

そうそう、前を行く「hcrfan,com」の方とは、
午前中、相前後して走ることが多かった。


 ちなみに、午前中は幹線道〜市街地走行がメインだったため、今、地図を見ても、どこをどう走ったのか、幹線道以外、細部はまったく見当がつかない。
 覚えているのは、「4車線以上で中分ありの幹線道は、全国どこでも風景が似ているな」と感じたこととか、空の雲が、早朝には秋の色だったのが、最初のエイドステーションに着く頃にはすっかり、夏の雲に変わってしまったことくらいか。

 一応、nuvi 205のログ表示を見ると、石川の市街地を抜けたあと、大きく東に抜けた後、昔、国体の会場にもなった運動公園にたどり着いたという形だ。
 恐らく、今、再現して走れと言われてもできない。
 土地勘がないと、方向感覚や速度感覚を失い易いのも、市街地走行の特徴だと思う。

 しかし、走りはじめてからずいぶん時間が経つが、車列は一向に停まる気配を見せない(赤信号以外)。
 水が無くなった、といって、コンビニや道端の自販機に寄る参加者も出はじめている。時間を見ると、朝、出発してからたっぷり2時間近く走り続けて、さっき書いた運動公園の、最初のエイドステーションにたどり着いた。

 最初の走行区間距離は、50kmちょっと。
 郊外の道なら、何も考えずに勢いで走れる距離だが、峠を越えて、車通りの多い幹線道を抜け、市街地をクネクネ走って・・・という経路だと、とても長く感じるのも確かだ。
 なんだか疲れ切った気分を紛らすため、自然とドリンクに手が伸び、黒砂糖や果物など、甘いものが欲しくなる。

 このエイドステーションでは、「テイクアウト」用のビニール袋を子供達が配ってくれていた。


P1000440.jpg
というわけで、黒砂糖をテイクアウト。
カリコリ食べるのが、意外に美味しくてハマった。

黒砂糖は、あとで調べて知ったのだが、
精製製品であるグラニュー糖などと違い、
不純物であるミネラル分が抜けていないとか。
カリウムとカルシウムが結構含まれるらしく、
実は補給食向けの食品かもしれない。


 黒砂糖は、以前はあまり得手ではなかったのだが、今回のイベント参加で、私の中では180度、評価が変わった。
 あまりに気に入ったため、帰還時、空港の売店で「大人買い」してザックに詰め込んだくらいだ。
 11月終盤現在、少し風邪っぽいかな、と感じた時や、時間のない朝などに、数個のカケラをつまんでカリコリかじって栄養補給に使ったりしている(昔は精製されていない砂糖が薬として珍重されていたのも頷ける)。

 しばらく休んでいると、先頭集団に出走許可が出て、参加者達がぼちぼち走り出した。
 休憩後は海岸線をメインに、幹線道沿いを走るコースが続く。


P1000441.jpg
午前中は大体、こんな風景を走った。


 日が高くなり、気温も上がり始める。運動公園に近い道路の歩道上には、カラフルなパラソルが並び、アイスクリームを売る若い女性(多分、バイト)の姿があった。
 数百メートル位の間隔でズラッと並んでいたけど、あれでは競合しまくって大変じゃないか、と変な心配をしてしまう。

 それはさておき、市街地の走行となると、自転車以外の交通にも配慮が必要だ。
 いつも都内で走っていて、後ろについて安心な人の走行を思い出し、できるだけそのイメージに忠実になるように注意して走る。

 追い越しや路駐を避ける時は後ろを確認し、右に出ることをハンドサインで示した後、一拍置いて右に出る。
 戻る時も、可能なら追い越した人にわかるよう、左に入る、のサインを出す。落下物や、道に突き出す障害物があれば、指差しで示す。
 停止時、減速時は必ずサインを出し、手が間に合わない(ハンドルやブレーキレバーから手が離せない)場合、「ブレーキ!」「ストーップ!」「停まりまーす!」などの声をかけるか、速やかに左のビンディングを外し、大袈裟に足をだらんと下げて滑走する(同じ自転車乗りなら、停まる前兆とわかってくれるはず)。
 急停止気味になった時は、半身ずらして追突を避けるように停まり、後ろからシューがリムに擦る音が聞こえたら、急ブレーキですみません、と頭を下げたりもした。

 参加者が軽い渋滞になる事も珍しくないが、こんなの、'08東京シティサイクリングの2,000人渋滞と比べたら、全然問題ない。
 どこをどんな風に走っているのかは、時々ナビの地図で確認しつつ、前走者の挙動に注意しながら、町の風景を楽しむ。

 沖縄で単純に驚いたのは、お墓の立派さだった。
 いわゆる墓石をたてたようなお墓ではなく、本州感覚では見事としか言えないような、ちょっとした石造りの小屋のようなお墓が一般的だ(それでも、昔のお墓と比べると、かなり簡素になったらしい。昔は小型の古墳みたいなお墓も多かったらしいから)。

 遠くの丘に、新興住宅地のような白い建物が並ぶ斜面があるな、と思ったら、近くで見たら墓地だった、なんて事が何度かあり、琉球王国時代から、死生観が少し本州とは違った土地柄を実感させてもらう。
 そして、多くのお墓がきれいに清められていて、弔う形は違えど、先祖を思い、血筋を大事にする思いに変わりがないことも感じさせて頂いた。
 人々の日常生活圏の近くだと、そういう風景を観察するのが楽しくなってくる(もちろん、失礼にならない程度で、だけどね)。

 そして、町中を走っていると、道行く人から色々と声をかけて頂くことも多くなる。
 小さな子供がベランダから「バイバーイ!」と手を振っているので、思わず手を振り返してしまったり。
 停車中に歩道から声をかけられ、「皆さん、かっこいい自転車ねえ。どこまで走るの?」「島を一周するサイクリングなんです」「ひゃー、すごいね、頑張って!」なんて会話を交わしながら走ると、自然と顔が緩んでいるのがわかる。

 東京でも、檜原街道や青梅街道を山に向かって走っていると、小さい子供が車の窓から手を振って応援してくれるので、思わず手を振り返してしまう事があるが、本当にそんな感覚が町の中でも続いている感じだ。
 初日は、優しく豊かで荒々しくも美しい自然の中を楽しんだが、二日目は人々の生活の近くを走ることを楽しんでいる感じがした。

 最初の休憩から小一時間ほど経った頃、それまで快調に走っていた車列が詰まり始める。
 日本人参加者が大人しく一列に並んでいる所、下り坂の惰性も手伝って、外国人参加者がその右側をビュンビュン抜き去って行く。

 「空気読め!」って、英語でどう言えばいいんだっけ?
 「Do as the Japanese do!」で通じるだろうか、この場合。
 (KYだけで通じないのは確かだ:笑)

 あ、ドサクサ紛れに一緒に走って行った日本人参加者の皆さんは、特に強く空気を読んで頂きたい(いや、マジでね)。

 ここで先程の「hcrfan.com」の方と、「外国人はねえ・・・」みたいな話をする(偏見としてでなく、やっぱり感覚が違うねえ、という感じで)。
 「青い三つ葉の背中(PedalFar!ジャージの背中の模様は、三つ葉マーク)に引いて頂いて、今日は本当に助けられてますよ。安心してついて行けるし」などと言われ、本当に嬉しくなってしまった。
 安全に注意し、後ろに続く「仲間」の目の代わりになる事を考えて走って良かったと、素直にそう思えた。

 その後、すぐに西原マリンパーク(与那原町)に到着。
 エイドステーションではアイスクリームを舐め、先程のhcrfan.comの方と談笑。
 「hcrfan=ホノルル・センチュリー・ランのファン」ということで、もちろん、ロングライド愛好家の方だった。ホノルルと沖縄の違いとか、普段走っているコース(荒川〜秩父、名栗方面。群馬にも行かれるらしい)の話などを聞かせて頂き、休憩時間があっという間に過ぎる。

 もちろん、昨日から同じコースを走るPedalFar!の皆様や、別途走っていたSさんとRさんにもご挨拶した。
 あちこちで、「あ、昨日はどうも!」とか、「なんだ、結構速いじゃないですか!騙されたなあ」みたいな、くだけた会話が飛び出している。

 本当に、今日は人と人の間のふれあいが楽しい。
 昨日、やんばるセンチュリーライドの参加者と仲良くなり、最後にコースが別れる部分で互いに手を振って別れた、という参加者の話を聞き、その区間を一人で走った事を、ちょっと残念に思ったりしてしまった。


P1000445.jpg
ここで振る舞って頂いた、
地域食が楽しい補給食。
ドラゴンフルーツ(紫)とスターフルーツ(緑)。

最初は箱に山盛りだったのに、
自転車乗り400人の一撃でこうなった(笑)。


 スターフルーツはコリコリした歯ごたえと、すっきりした酸味が、疲れた体に染み通るようで美味かった。
 ドラゴンフルーツは、本州で売っている(沖縄料理店でデザートで出てくる)それよりずっと甘みが強く、本当はこんなに美味しい果物だったのか、と、意外に思わされた。
 やはり、本物は本場の土地で食べないと駄目だ。生鮮食品は特にそうだと思わされる。

 エイドステーションを手伝っていた子供達が、「色が濃いから、これが甘いよ」とか、「こっちはちょっと酸っぱい。けど美味しいと思う」と、色々、指をさして教えてくれる。
 沖縄の言葉で「ありがとう」と言ってみたかったのだけど、子供達に「沖縄の方言で、ありがとう、ってなんて言うの?」と聞いたら、「???ありがとうは、"ありがとう"だよ」と言われて、ちょっと不発だった(笑)。

 後に、別の場所で教えて頂いた。「にふぇ でーびる」、子供達!

 マリンパークをぼちぼち、という感じで出発すると、そこからは東岸から西岸に、つまりは那覇市に向かって島を横断するルートになる。
 本島一周、といっても、本当の南端まで行く訳ではない。この本島一周サイクリングは、開催開始以来、徐々に距離が短くなっているようで、一般には330kmという認識が強いようだが、2009年は公称で313kmだ。

 来年以降、距離をまた伸ばしたい、という話があったが・・・もしそれが実現するなら、最南端側の道が追加されると嬉しい所だ。

 那覇市に続く道は、もう完全に街路。自動車も信号も多く、あちこちで赤信号で止められる。
 「町中じゃ仕方がないですね」と、前後の参加者達と軽い愚痴混じりの軽口をかわしながら、それでも顔はニヤニヤさせながら走る。

 その道を走っている途中、頭上を轟音をたててF-15戦闘機の2機編隊が飛んで行く事もあった。
 私が見たのは、日の丸マークをつけた機体だったので、まあ、別に良い。

 沖縄本島を横断する、というと、また峠越えか、と思う所だが、さすがに開発の進んだ南側には、そこまで極端なアップダウンはなく那覇市に入る。
 市街地に入る前に那覇東バイパスに逸れ、こんな場所を通って行った。


P1000452.jpg
とよみ大橋。
国場川の河口近くの合流点で川幅がグンと広がった、
汽水干潟のような場所の上にかかっていた。


 このとよみ大橋の南側は、汽水干潟のためか、那覇の市街地の目の前としては見事すぎるマングローブ林が広がっていた。
 通りかかった時は満潮だったため、あまり気根は見えなかったが、水面近くで大きくガバッと幹が開いた木が何本か見えた。

 こんな場所に、よくこんな環境が残っていたなあ、と思ったのだが、東京に戻ってから調べたら、あそこがラムサール条約登録湿地の漫湖だったようだ(もっと河口だと思っていた)。
 わざわざバイパスに逸れ、まっすぐ市街地に向かわせなかったのは、あの場所を見せたかったから、なのだろうか?
 (しかし、私以外に気付いた人は・・・何人居たんだろう?)


P1000458.jpg
那覇市街地に入る。
ゆいレールと並走する。


 那覇の市街地は、さすがに沖縄県の県庁所在地だけあって、都会の雰囲気が色濃い場所だった。モノレールが頭上を走っているあたり、東京近郊では、立川市に近い感じかな、と、私は思った。
 まあ、都市部の中に入ってしまうと、そこは東京の都心でも地方都市でも関係なく、風景は大体、似たり寄ったりになるものだけど。


P1000460.jpg
昼食場所にて。
駐車場に、参加者の自転車がズラッと並べられる。
スタンドがついていない(つけられない)車体が多く、
皆、地面に寝かせている。


 市街地の走行を経て、昼食場所に到着。駐車場には、先行到着している参加者の車体がズラッと並んでいる。
 そこに自分達も車体を並べるのだが・・・同時に到着した参加者数名と私は、その光景を見て、ほぼ同時に同じ事をつぶやいた。

 「これ、全部でおいくら万円だ?」

 ま、一台30〜50万円と考えて、参加者が約400人・・・あかん、目眩がするから計算中止!

 昼食会場は、ショッピングセンターの4Fを借り切ってセッティングされていた。
 固形燃料で煮込む沖縄そばや、特に海藻の酢の物の酸味が美味しくて、酢ごとズルッと飲み干してしまった。午後の向かい風ゾーンに向けて、グッと力が湧いてくる感じだ。
 ドリンク類は自販機での補給となったが、市街地なので、自販機は沢山ある。それでも売り切れ表示が出ている機体があったが、そんなに労せず別の自販機を見つけ、ドリンク補給終了。

 午後の走行開始。市街地ではどうしても信号ごとに停車する渋滞が発生する。
 少し裏道を巡って、国道58号に乗る。この後のルートは、ほぼ、このまま道なりに名護を目指すだけだ。
 少し走った所で、信号停止で先頭になってしまった。誘導員の方に、「真っ直ぐ真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐね!」と案内されて58号を北上する。

 途中、バス停付近では路線バスが追い越し不十分で寄せてきたり、真横からプレスをかけてくるような事もあって、怖い。すぐ後ろについていた、チームANAの方が、後方から「バス来まーす!」と声をかけて下さったりして助かった。
 (しかしまあ、思いっきりプレスしてきた某バス会社、覚えてろよ・・・)


P1000469.jpg
少し落ち着いた所で撮影。
那覇市街地では、もっと道路幅が狭く、
路肩のレーンがない場所がほとんどだった。


 那覇から北の58号は、かなり長い区間に渡って米軍施設の脇を通る。
 景色があまり変わらず、背中から照りつける太陽と、アスファルトの照り返しを受けて、とても暑い(ボトルの水を背中にかけている参加者も多かった)。
 アップダウンも時々あるが、アウターで登れる程度のもので、ほとんどフラットな道だ。代わり映えしない景色に、中だるみ感が出てきそうになるためか、参加者の車列は高速クルージングに移行する。

 初日午前中同様、知らぬうちにグングン加速する車列に、疲労の色が濃い参加者が中切れて、そして高速車列がグイグイ追い越しをかけて行く。
 走っても走っても、米軍施設は右に左に、ずっと続いている。これも沖縄の姿なんだな、と理解せざるを得ない。

 読谷村から、そろそろ恩納村に入る頃、国道沿いの共同販売センター前が休憩所になっていたので停止。
 自販機で回復薬を購入するも、スポーツドリンクは売り切れ。仕方なく、さんぴん茶(これも気に入った!)をドリンクボトルに入れる。

 そこで、サイコンの距離表示を確認した。ここまで、2日間で約285kmを走行。
 え?もう30kmしか残っていないの?

 そう考えて、ハッと気付いた。
 あと30kmだ、ではなく、もう30kmしかない、と考えていた。
 昨日なら、ゴールまでの残り距離が縮んで行くのが嬉しいというか、力になった。今日は、無意識のうちに、残りの距離が縮んで行くのが惜しいと思っている。

 今日の走行は、この楽しい時間の終わりへのカウントダウンでもあるのだ。

 そう気付いたとき、那覇からここまで、全力で(場所によっては50km/h近い速度で)走ってきた事を、少しだけ後悔した。
 しかし、あの場面ではそうやって刺激を得ないと、中だるみが出て疲労が濃くなっただろう。ここから先、残りの距離をできるだけ大事に走ろう。そう考えて恩納村の強風区間へと出発する。


P1000476.jpg
読谷村から恩納村への道は、
リゾートの雰囲気が強い。


 恩納村への道は・・・しかし、思ったほどの強風区間ではなかった。
 リピーターの皆様いわく、「いつもは、こんなもんじゃない!」。
 昨夜同室だったRさんいわく、「去年は下り坂なのに、押し戻される感じがあるくらい、強く吹いていた」という事で、「今年デビューの人達が羨ましすぎるっ!」との事・・・。

 初日の"にーみし"の不発といい、スコール遭遇回数ゼロといい、やはり今年は天気には非常に恵まれているようだった。


P1000479.jpg
恩納村の博物館前あたりで。
走行距離はそろそろ300kmに到達する。

恩納村のリゾートホテル群の向こうに、
霞んで本部半島が見えている。
あの半島の付け根が名護市街地。
もうゴールが見えはじめた。


 恩納村のコミュニティセンターで休憩。ここではサプリメント(新製品の補給食に、ドリンク剤)のサービスまであった。
 相変わらず黒糖をボリボリかじりながら、ドリンク剤をチャージ。

 参加者の体を見ると、ウェアの黒い部分に、汗が乾いて結晶化した塩が付いている。自分の体を見ると、UVアームカバーが白くなり、弾くと結晶がぽろぽろ落ちる。
 物凄い発汗量だ。全然気付いていなかったけど。
 スポーツドリンクを多めに飲ませて頂き、相変わらず暑いので、UVアームカバーを手洗い場で濡らし、空冷効果を高めて出走。

 次の休憩地点では、全員必ず停まってくれ、集合写真を撮るから・・・と言われて走り出す。
 今朝、峠越えのため東進した、県道104号線との交差点を通過。そして、早朝に出発した喜瀬ビーチパレス前を通過。ホテルの従業員の皆様が手を振って応援してくださったので、こちらも振り返す。

 この頃から、お揃いのチームジャージの数人くらいの集団が、反対車線を南下する姿が目立ってきた。
 レース部門が終了し、撤収する皆様だったのだろうか?「頑張れー!」という声援を頂く事もあり、こちらから手を振り返して応える事もあった。

 そうこうしているうちに、最後の休憩ポイントに到着。
 もうそこからは、名護湾の向こうに本部半島が大きく見えている。コース誘導の方からは、残り10kmです、との案内が。

 ああ、もうそんな所まで来てしまったのか。


P1000484.jpg
最後の休憩地点から、
本部半島を望む。

もう、28mm相当の広角端でも、
本部半島がはみ出すほど近い。


 集合写真を撮るから待て、と言われたので、少し待つ事にする・・・が、レースに出ている仲間と待ち合わせが・・・、帰りの飛行機が・・・と、何人かの参加者は、そのまま走って行く。
 集団で通過する参加者もいたり、待っていても仕方がない、と、痺れを切らして走り出す人も多い。

 私も、10分待って、20分待って・・・30分近く待っても、何も事態が変わらず、いい加減ジリジリしてきたのと、脚が冷えすぎて、逆におかしくなりそうになってきたので、先に進む事にした。

 誰も出走する気配がないので、15:30頃、こっそり一人で出走。最後の最後の区間を、たった一人で自由に走った。
 許田インターの、少し入り組んだ道を抜け、名護市街地を見通せる海岸線に出る。道路の左側は、手に届きそうな位置に、波打ち際がある。


P1000488.jpg
国道58号、許田インター付近。
名護市街地のすぐ手前の区間。


 そういえば、と思い出す。

 沖縄の海を、初めて間近に見たのは、この道を通って高速バスで名護入りした時だな、と。
 鉄の箱とガラス窓を通して見た沖縄の海は、それでも遠浅で水が透明で、すぐにでも飛び込みたくなるくらいきれいな海だった。
 その海が今、寄せては返す波の音とともに、すぐ左側を、傾きはじめた太陽にオレンジに染められて、キラキラ光りながら後方へと流れて行く。

 最初に見た時は、2日後に、ここを自転車で走るんだな、とワクワクしていた。
 今は、もうこのイベントも終わるんだな、と、半ば惜しい気持ちを引きずりながら見ている。
 明日の朝、那覇に向けて移動する時にも、またこの道は通るのだが、こんなに間近にこの海を見るのは、これが最後になるだろう。そう思うと、すぐにはゴールしたくない気分もあるけれど、できるだけ思いっきり走ってみたくなった。

 クランクを、めいっぱい踏み込んで、ギアを上げる。
 膝が痛くならない程度、無理のないトルクを感じながらケイデンスを100以上に上げる。
 サイコンの速度計は、40km/hを越えた数字を表示した。これが、今の自分の、疲れとダメージが残る足で出せる限界くらいかな。
 なるべくそのトップスピードを保ちながら、海岸線の道路を一気に駆け抜けた。

 最後の海岸線区間。
 一人旅で気ままに走れて良かったと、今でも思っている。

 名護市の市街地の入口にあるコンビニが見えてきた。もう、市街地に入ってしまう。そこで、前を行く数名の集団に追いついた。
 ゴールは、たった一人でなく、複数の人とのゴールになりそうだ。

 ふと見ると、那覇近くの58号で一緒だった、チームANAの皆さんが最後尾についていた。向こうは気付いているかどうか、もうすぐゴールですね、と気さくに声をかけて頂く。
 「でも、ゴールしちゃうんですよね」と答えると、「ああ、わかります。なんか寂しいですよね」と、残念そうな声で答えが返ってきた。皆さん、気持ちは同じようだった。

 名護市街地に入り、道は449号に入る。もう、すぐ目の前に市役所の建物が見えている。その正面が市民会館だ。

 もうちょっとだけ、このまま走っては駄目ですか?
 その信号を直進して、もう一週、北部をまわってきては駄目ですか?
 絶対、帰ってきますから、と、そんな気持ちが一瞬、沸き上がる。

 疲れて、汗まみれで、早く宿でシャワーを浴びたいんだけれど、まだ走っていたい。
 出来ることなら、まだもう少しだけでいいから、この雰囲気を楽しんでいたい。

 しかし、ペダルを踏み続ければ、目的地は近付く。
 ゴールまで、もう数分もない。
 レース部門参加者か、市民会館近くでは色々な人の姿が見えはじめ、集団の先頭の方の参加者と、「おおー、帰ってきた!」「わー!」と手を振りあっている姿もある。

 見覚えのある信号、そして、見覚えのある、黄色いバルーンゲート。

 出迎えの太鼓と、指笛と、レース部門参加者からの声援と、表彰式のファンファーレと、色々なものが同時に耳に飛び込んでくる。

 黄色いバルーンゲート前に整列して、記念写真を撮っているお揃いのジャージ姿の皆さん。
 レース中に落車したのか、派手にひん曲がったホイールのついた車体を肩に担いで歩いている参加者。
 次々帰ってくるサイクリング部門参加者を、笑顔と拍手で出迎える、大会スタッフの皆様。


 そういう人々に見守られ、あるいはそういう人々の間をぬって・・・。



 黄色いバルーンゲートを潜り。



 減速してビンディングを外す。





 そして、名護市民会館の建物前で足をついた。

 アスファルトをカリッとクリートが擦る感覚。
 いつも停車時に感じるそれが、最後に感じたこと。


 2009年11月8日、16:00頃
 「ツール・ド・おきなわ 2009」本島一周サイクリング、313km。


 私は無事、ゴールした。
 そして、ゴールしてしまった。

 この気持ち、同じコースを走った皆様だったら、きっとわかって頂けると思う。


 初めての沖縄訪問が、この、「ツール・ド・おきなわ 2009」の本島一周サイクリングだったことは、私にとって、本当に幸運だった。

 サドルを下りた時、真っ先に感じた事だった。


P1000496.jpg
完走直後に記念撮影。
公称313km(サイコン上は322km)を、
大きなトラブルなく走り切った相棒と。

一応、出発前と同じ場所だったりする。
(向きは逆だが)


 完走証を受け取った後、しばらく会場を放心したように歩き、途中で一緒に走った皆様と出会えたら、お疲れさまでしたの挨拶を交わした。
 一通りPedalFar!の参加者を捜したが、見つけられなかったのが残念だった。最後にご挨拶できれば良かったんだけど。
 (その他、鶴見辰吾さんや、新城幸也選手を発見。新城選手とは、ツーショット写真を撮って頂いたりしてしまった!)

 徘徊中、昨夜同室だったSさんとお会いでき、夕食の約束をして一旦別れることに。
 オフィシャルから荷物を受け取り、まだ放心した気分で、物凄く緩慢な動作で会場を後にする準備をした。
 ゴールした後、疲れがドッと出たというか、完全に放心したというか、そんな感じだった。

 力の入らない手足のまま、再度サドルにまたがり、今夜の宿へとハンドルを向ける。10分ほど、ゆっくり時間をかけて走ろうかと思ったのだが・・・。

 道の半ばまで来て、空からポツッと落ちる大粒のものがあった。

 ・・・え?
 まさか・・・?

 このタイミングで来るか!スコール!

 このままでは宿泊装備がずぶ濡れだ!
 前方の信号が青である事を確認し、即座にクランクを思い切り踏み込んだ。
 最後の海岸線と同じくらいの速度で宿所の駐車場に飛び込み、車体を屋根の下に引き込むのと同時に、辺りは天気雨という表現がぴったりのスコールに降られた。

 ・・・最後の最後に、なんていうオチをつけてくれたんだよ!
 感動の余韻が台無しじゃないか!

 文字通り、感動に水を差す雨のため、予期せぬ追い込み走をする羽目にあって膝がガクガクになり、宿所の前でヘニャヘニャと座り込んでしまった。
 まあ、頭を冷やすには良かったか、この雨も。


P1000515.jpg
最後に、nuvi205に記録された、
2日間の走行経路ログを。
水色のラインが、走行ルート。


(本編了、あと少しだけ、つづく)

関連記事
コメント
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

Twitterでつぶやき中
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
雨雲レーダー
リンク