日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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「ツール・ド・おきなわ 2009」本島一周参加記録 Part.1

 初めての沖縄訪問が、この、「ツール・ド・おきなわ 2009」の本島一周サイクリングだったことは、私にとって、本当に幸運だったと思う。

 これは、完走直後に感じた、私の偽らざる感想だ。
 いきなり結論を書くなよ、とツッコまれそうだが、記憶が鮮烈なうちに、なるべく自分自身の正直な言葉で書いておきたかった。

 本当に楽しかった。
 単に「楽しかった」で終わらせては、表現する言葉が全然足りていない事は明らかなのだが、どんな修飾をつけたくても、本当に「楽しかった」という言葉しか出て来ない。
 そんな自分の想像力の貧困ささえも、あの2日間を思い出せば、おかしく、楽しくなってしまう。

 既にこのブログでは何度も話題に出してきたとおり、私は2009年11月7-8日に開催された、「ツール・ド・おきなわ 2009」に参加してきた。

 参加してきたのは、本島一周サイクリング。
 7日早朝に名護市を出発し、沖縄本島北部を時計回りに周回した後、喜瀬ビーチに宿泊。
 8日も早朝に喜瀬ビーチを出発し、沖縄本島南部を時計回りに周回し、最後はスタート地点の名護市に戻る、313kmの道のりを自転車で走るイベントだ。

 自転車で、313kmを走る。それも、沖縄本島を一周(正確には8の字に周回)するコース。

 沖縄に行くのが初めて。
 こんな遠くまで、自転車を伴って旅に出るのも初めて。
 2日連続で100kmオーバーの道のりを走るのも初めて。
 筋金入りのロングライダー達に囲まれて走るのも初めて。

 とにかく初めてづくしの、不安と期待と興奮が入り交じった旅は、私にとって、恐らく、生涯忘れられない旅になった。

 今回からしばらく、同じカテゴリー内で何度かに分けて、自分がこのイベントの中で感じてきた事を、できるだけ沢山、できるだけ正確にレポートして行こうと思う。
 時々、ナルシスト的で鼻につくような文面になったり、なかなか話が先に進まず、イライラする事もあるかもしれない(既にそうなっているかもしれない)が、ゆっくりとお付き合い頂ければと思う。

 長くて、暑くて、辛くて、怖くて、痛くて、疲れて、そのまま地面に倒れ込みたくなって。
 それでも、全てが本当に楽しかった2日間の雰囲気が、少しでもリアルな感覚となって、皆様に伝われば幸いだ。


【11/6日 出発の日】

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羽田空港。出発前。


 2009年11月6日朝、(有)名護ツアーセンターのパッケージで集合場所に指定された、羽田空港第二ビルの団体受付カウンター前は、異様な雰囲気だった。

 一般の皆様には、どこから見ても怪しい限りの、巨大な袋詰めの「何か」を抱えた十数名が、一カ所にわさっとたむろしている。
 そして、その数は、時間とともに増えて行く。
 国際線の出発ロビーならともかく、国内線の、多くの人が、鞄ひとつの軽装で旅や仕事で渡航する準備をしている中で、その集団は異様に目立った。

 見る人が見れば、その袋の中身はアルミやカーボンやその他の何かでできたパイプを組み合わせた物体だとわかる。
 しかし、出張等のために全国各地に飛び立とうとしているビジネスマンの皆様から見れば、スーツケースでもなければキャリーカートでもない、巨大な袋をフウフウ言いながら担ぎ、カートにまとめて乗せてゴロゴロ運ぶ人達は、異様そのものだっただろう。

 ま、このブログを見ている皆様には、今さら説明するまでもないだろう。
 もちろん、この集団は、分解したロードバイクを包んだ輪行袋を抱えた、「ツール・ド・おきなわ」の参加者ご一行様だ。

 しかし、集まってきたのは、ツアー参加者だけではない。
 ふと気がついたら、出発ロビーのあちこちで、同じような巨大な袋を抱えた人達の姿が目立ち出す。
 それも、時間が進めば確実に増えて行く。
 こちらは、個人で航空券を予約した皆様だろう。あるいは、私達の後の便で沖縄に飛ぶ人達だろうか?

 金曜日に沖縄入りするのは、本島一周サイクリングややんばるセンチュリーライドなど、参加者の一部でしかないはずなのに、それでここまで姿が目立つなんて、明日、レース部門の参加者がどっと集合して来る時間帯には、このロビーはどんな風景になっているのか、想像するだけで恐ろしい。

 私は既に車体も荷物も沖縄に送付済みのため、当面の着替えと生活装備だけを携えてチェックインゲートを潜る。
 それからきっかり30分後、私はB777-300の機内に座っていた。キャビン内は、到着地の気温に合わせてあるのか、初冬を迎えた東京の感覚では暑いくらいにエアコンが効いていた。


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機内誌の特集は、イタリアの自転車工房訪問記。
そして、沖縄特集。
狙っているのか、この季節にこれは(^^;)。


 席は窓際が良かったのだが、既に窓際は満席で、窓からひとつ内側の席を都合してもらった。まあ、首を伸ばせば、何とか外を見る事はできる。
 一緒に乗り合わせた修学旅行の高校生がぎゃあぎゃあ大騒ぎするのが聞こえる中、10:30頃、機体は離陸滑走を開始。
 Gで体が背もたれに食い込み、それがやがて上からのGも加わり、座面にも体がめり込む。この、離陸滑走時のGが苦手で、飛行機に乗れない人も多いようだが、私はこの感覚が案外好きだ。

 機外カメラが写す地上の映像が、どんどん現実味のない衛星写真のように小さくなり、やがて一面の雲に覆われてホワイトアウトした。
 約3時間。国内線としては非常に長いフライトは、そのほとんどを睡眠不足の解消に充てた。寝入りから2時間連続で寝る事ができれば、一気に深いノンレム睡眠に入り、不安定な姿勢でもある程度のリフレッシュ効果は期待できる。

 再びのベルト着用サインで眠りから覚めると、既に窓の外は、夏を思わせる綿のような雲が浮かぶ空域だった。
 機内ディスプレイの航跡図を見ると、機体は沖縄本島の南東側を飛んでいるらしいが、左舷側の席の私には、窓の外を覗いても、雲の下には太平洋しか見えない。

 ぐっと右に急旋回し、機外カメラの映像に切り替えられた機内ディスプレイに、陸地が捉えられた。
 沖縄本島、那覇市の南西側が見えていた。私の席から窓の外を見ると、大小いくつかの島が見えている。あれはきっと、慶良間諸島だろう。

 そのはるか手前、本島の海岸の延長と思われる遠浅の海に、ほぼ円形のラグーンが浮かんでいる。
 ラグーンの中はエメラルドグリーン。その外側は、透明感のあるサファイアブルー。見事なコントラストを見せるその海は、確かに、今までに来た事がない島に到達しようとしている事を実感させてくれた。

 機内モニターに、濃いグレーの直線が見えてきた。
 那覇空港。あと数十秒で、ランディング。47都道府県のうち、45番目に訪問する県に足跡を残すまで、あとわずかな時間の辛抱だった。

 2009年11月6日 13:00頃。
 私は生涯で初めて、沖縄県に足跡を残した。


P1000238.jpg
那覇空港。到着直後。


 空調の効いた機内から、ボーディングブリッジに足を踏み入れた。
 瞬間、感じる。

 暑い!なんだこれ!

 沖縄の11月は、関東の9月の感覚だと聞いていたが、どう考えても8月だろ、と言いたくなる。
 到着ロビーに入るやいなや、すぐにTシャツ一枚になる。そうでもないと、暑すぎて汗がダラダラ落ちてくる。 
 いや、薄着になった所で、暑いものは暑くて、汗がダラダラ流れる。

 くそう。こんな事なら、もっと髪を短く切って来るんだったと後悔する。
 その後悔は、この後2日間、ずっと私につきまとう事になる。

 食事は機内で空弁したのと、13:30の高速バスに乗りたかったので、すぐに乗り場を探す。インフォメーションに訪ねると、名護行きは2番乗り場で、往復券を買った方がお得ですよ、と案内される。
 礼を言って、空港内の那覇バスのカウンターに行き、名護BTまでの往復券を購入。乗り場に移動すると、まだ誰も並んでいなかった。

 13:20頃、入線してきたバスに乗り込むと、手荷物を受け取ったらしく、沢山の人がバスターミナルに集まってきた。
 キャスター付きのセミハードケースをガラガラ転がす人もいれば、ただの輪行袋を担いでいる人もいる。
 それぞれが目的地に向かうバスに乗り込むものの、自転車を抱えて乗るのは大変だ。

 まず、バスの入口から中に入れるのに苦労する。
 自転車梱包用段ボールで持って来た人は、あとわずかの所で全長が長くて入口の料金箱脇を曲がり切れず、結局、力ずくでミシッと音をたてて、座席にゴリゴリと段ボールをすりつけて通過。
 オーストリッチのOS-500での輪行組が非常に多かったが、これが何とかバスの客席まで持ち込める最大サイズという所だ。

 空港発の高速バスだったら、普段から観光客がスーツケースを抱えて乗って来るのだろうから、頭ごなしに乗車拒否される事はなかったが、それでも金曜昼間という、乗客が少ない時間だからこそ、という可能性もある。
 明日、レース部門参加の、ツール・ド・おきなわ参加者の本隊が到着する時には、どんな騒ぎになるのか、あまり考えたくない。

 日程に余裕がある人は、先に運送会社に頼んで送っておくのが賢い対処だと、個人的に思う。


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名護市へ向けて、高速バスに乗る。
高速の途中の停留所からも、
輪行袋を担いだ参加者らしい人が乗り込んできた。

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名護BT到着は、15:15頃だった。
日が長い沖縄も、ちょっと茜色になっている。

ここで「さんぴん茶」を初めて飲む。
普通にいえばジャスミンティーだが、
臭いがキツくなくて、とても飲み易かった。


 ちなみに、名護BTのすぐ近所に、ヤマト運輸の名護営業所がある(名護BTから国道449号方面に、徒歩数分)。
 宿(特に民宿など)に色々先行して物を送るのは迷惑がかかりそうだ、という人は、ここ止めで送っておくのも手だ。実際、私は今回、宿が先に受け入れOKのものは宿に送り、それ以外の物品は、このヤマトの営業所止めで送っておいた。
 宿もヤマトの営業所のすぐ近所だったので、名護BTからヤマトの営業所に寄って荷物を受け取り、箱を抱えてチェックイン。手荷物を少なくできて、とても楽な旅だった。


P1000252.jpg
明日に備え、車体の組み上げを開始。


 さて、宿に到着したら、早速、自転車の組み上げにかかる。
 ホテルの駐車場の隅を借りて、輪行袋(OS-500)を開き、まずは中身をチェック。

 ホイール前後とも、"ふれ"はなし。
 フレームは・・・サドルが変な方向に曲がっていて、なんだか嫌な予感がしたが、フォーク、リアエンドとも歪みはなく、フレームにも傷はなく、無事だった。


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組み上げ、もうすぐ終了。
残るはペダル装着とサイコン調整だけ。


 普段からホイール交換などを普通にやっているため、車輪の着脱などは、もう慣れた物だ。
 今回は、ペダルも外して持ってきたので、ペダルも装着(ペダルレンチは重かったので、ハブスパナで代用した)。
 組み上がったのは16:20頃。

 その作業の間、同じく車体を組み上げている人から、「ポンプ借りていいですか?」の声を何度もかけられた。
 本島一周の朝は早く、メカニックブースが開いていない事が予測されたので、私は自分のポンプを輪行袋に突っ込んで発送していたのだが、どうやらこれが同宿の皆様に、とても役に立ったようだった。

 その後、試走がてら名護市の市街地を走ってみるが、車体に問題はなかった。
 シフトもブレーキも、満足に動作するし、何より、2週間ぶりに乗るロードバイクの感覚がとても楽しい。
 本当にどうしようもない事態が起きても大丈夫なように、名護市内のスポーツ自転車ショップも調べてあったのだが、そこに飛び込む事態は避けられたようだ。

 まあ、それでもちょっと、店先を覗かせて頂いたのだけど・・・。

 気持ち良く試走をしていたら、時間は17時を回ってしまった。
 そそくさと宿に戻り、夕食をかき込んでから、名護市民会館へと自転車を走らせる。
 今夜は、そこで選手登録の手続きと、競技説明会が行われる事になっている。
 登録できなかったら、リタイア扱いだから、遅れるわけにはいかない。

 既に暗くなった道を、先程試走した際に覚えておいた道筋を辿って会場入り。
 名護市民会館は、既にバルーンゲートや大会本部のテントなども用意され、何より多数のサイクリストが集まってきていて、本当にお祭り騒ぎの様相だった。


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名護市民会館にかかった、
「ツール・ド・おきなわ」の横断幕。


 選手登録は、IDカードを見せたらすぐに終了。
 大会のノベルティグッズと、参加選手全員が書かれた冊子、競技参加の注意事項が書かれた用紙と、大会初日の夜の宿所の案内が書かれた紙などを受け取り、説明会会場へと向かう。
 ノベルティグッズの中には、補給食のメイタンチャージと、大会ロゴの入ったポロシャツなどが入っていた。

 ポロシャツはちょっと微妙だが、補給食はありがたい。
 明日、早速使う事になるだろう。

 大会の事前説明会は、何となくまったりとした雰囲気だった。
 最初に、過去に本島一周ややんばるセンチュリーに参加した事がある人に挙手が求められたが、見た感じ、リピーターは1/3という所か。


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 「明日の午前中、辺戸岬までの道は、"にーみし"が吹くと辛い」
 「海沿いは風が強く、山の中でも風が強い」
 「沖縄の坂道は、一気に登って一気に下る」
 「本島一周の皆様は、最後にちょっときつい坂を登ってもらう」
 「二日目は、町の中をゆったり走ってもらう」
 「まあ、恩納村辺りでは、名物の強い向かい風に苦しむと思う」
 「最後は夕陽を見ながら、感動のゴールだ」


 この説明の中のいくつかは、実際に走ったら「全然違うだろっ!」とハリセンを持って、大会委員長にツッコミを入れるべく、大会本部テントを襲撃したくなったのだが、それは追々話題にして行こう。

 その後の質疑応答で、ちょっと違和感を感じたやり取り。

 「メカニックサービスが受けられない、エアポンプはあるけど十分な数はない。そんな事は、事前に送られてきた用紙にも書かれず、今この場で知った事ばかりだ。もっと先に知らせておくべきでないか!」

 実行委員にこう詰め寄る参加者と、それに賛意を示す拍手が沸き上がったが、私はそれは違うだろ、と言いたかった。
 確かに、本島一周およびやんばるセンチュリーの参加者は、出発前にメカニックサービスを受けられない。
 しかし、それは大会日程をちゃんとチェックしていれば予測できたはずだ(メカニックサービスは、7日の午後から予定されていた。本島一周組は、既にやんばるを走っている頃だ。どう足掻いても、名護に行くのは不可能だ)。

 わからない事があれば、実行委員会宛に問い合わせのメールを入れる事もできたはずだ。
 それに、Web上を探せば、昨年までに参加した方のレポートが多数あり、ブログでコメントを受け付けている皆様も多数いらっしゃるから、そういう人達に質問するとか、色々、状況を知る手段はあったはずだ。

 この場で初めて知ったという事は、わからない事、自分の情報不足ををそのまま放置してきた事でもある。そんな事で、明日から険しさで有名なコースを含む313kmを、ちゃんと走れるのだろうか?
 わからぬ事を放置してきた結果、致命的な準備不足があったら、それは実行委員の責任なのか?

 私は違うと思う。

 過去に色々なサイクルイベントに参加してきた結果、感じている事だが、実行委員や事務局は、参加者の「サポート」はして頂ける(実際、それだけでも非常にありがたい事なのだ)。
 が、しかし、一旦サドルにまたがって走り出してしまったら、結局の所、参加者が個々に自分の頭で考えて、自分でできる対処をきちんと行わなければ、良い結果は絶対に得られない。間違った対処を行ったり、無為無策なまま走っていたのでは、それが他者を巻き込む事故に繋がる事も少なくない。

 前日の夜に、こんなはずじゃない、と委員の人に詰め寄った所で、坂の勾配は緩くならないし、不調のメカは勝手に直らないし、気温は下がらないし、パンクしたチューブの穴は塞がらないし、参加者個人の体力がいきなりスーパーマンになったりするはずもない。
 私が思うに、本番前日の夜という、本当にギリギリの段階で、「それじゃ満足に準備できないじゃないか!」なんて事態に追い込まれたこと自体が異常であり、そんな不十分な対処しかできなかった事を反省すべきじゃないだろうか?と思ってしまうのだが、どうだろうか?
 (それともこの考え方は、私が過去に登山・ハイキングで、何度か装備不足から、自分自身のサバイバビリティに頼るしかないギリギリの経験を経てきたから持ってしまう、特殊な考えなのだろうか?)

 まあ、何となく納得いかない気持ちを残したまま、会が解散になったので、再び宿まで自転車を走らせた。

 宿の部屋の中まで車体を引き込み、持ってきた(車体と一緒に送っておいた)フロアポンプで、規定圧のMax近くまでエアを入れ、明日に備えて早目に床についた。

 しかし、体が興奮しているのか、なかなか寝付けない。

 過去の参加者が口を揃えて「キツい!」という、やんばるの森はどんな場所なのだろう?
 そして、全てのコースを走り切ったとき、ほとんどの皆様が感じる歓喜と、一抹の寂しさという、その気持ちはどんな物だろう?

 明日の朝から、全ての日程を走り切れば、きっと私にもわかる事があるだろう。
 そう考えると、体を休めなければならないのに、また明かりをつけて、車体の各部がきちんと稼働するか、チェックしたくなってしまう。

 もういい、寝よう、と何度目かに思い、部屋を完全に暗くする。

 今朝も東京で夜明け前に起きて、長旅を経てきている。
 そして明日も明後日も、早朝からサドルにまたがって走るのだ。
 ちゃんとリフレッシュしておかないと、泣きを見るのは自分自身なのだ。

 そして・・・いつの間にか眠りに落ちたらしく、時計と携帯のアラームが同時に耳元で鳴り響くまで、私は夢の中で、ロードバイクを走らせていた。

(つづく)

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プロフィール

YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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