日々是遊歩。見て、聞いて、感じて、それを殴り書き。

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しつこく継続読書中 ローマ人の物語 35〜37巻「最後の努力」

 この週末は、土曜日に実家で法事があったため、金曜夜に高速バスで帰省。
 日曜日に帰ってくるというちょっとハードなスケジュールでした。

 で、結論。高速バス帰省は、若いうちにやっとけ。

 爺になった今、もんの凄く疲れがたまりました・・・。

 ちなみに、JRバスだったので、輪行は無理(手荷物として扱ってもらえない)。
 普通に体だけ、実家に向かいましたとさ。

 では本題です。

 さて、今日は普段とはかなり毛色の異なるネタ、「ローマ人の物語」の読書感想文。
 昨年、2008年1月から10月にかけて、文庫本の既刊〜昨年の新刊、1〜34巻を読破後、1年が過ぎて、続巻が発刊されたため、またも読書再開です。

 今年は自転車通勤に切り替えたため、通勤電車内という、使いようによっては非常に有効な「空き時間」がとれないため、先月末に開始以来、ちょっと時間がかかりましたが、帰省中に3冊を読破しました(移動のヒマつぶしに最適だった)。

 ま、続きは裏置きしますので、興味のある皆様はどうぞ。
 (長いです。無駄に ^^;)

 「これほどまでして、生き延びねばならなかったのだろうか」

 35〜37巻の副題は、「最後の努力」。
 上に書いた一言が、この3巻を最後まで読んで行くと、とても良く理解できます。

 時代は軍人皇帝時代を経て、4人の皇帝による分割統治時代。
 つまり、ディオクレティアヌス帝の時代から、キリスト教公認で知られるコンスタンティヌス帝(大帝)くらいの時代を描いています。

 ロムルスとレムスの兄弟による建国の時代(紀元753年)から、既に1,000年(!)が過ぎた、4世紀。
 王政時代の、同胞の血で血を洗う忌まわしい歴史の教訓から、元老院と執政官が統治する共和制を経て、ユリウス・カエサル〜尊厳者オクタウィアヌスが理想の統治形態として樹立した帝政時代も、斜陽の色が濃くなってきた頃です。

 ちなみに、他の地域の歴史で見ると、中国は三国志の時代が終わり、晋から五胡十六国時代あたりにかけて。
 日本は、というと、まだ弥生時代〜古墳時代です。

 そんな時代のローマは、既に五賢帝時代も過去の歴史の中となり、「パクス・ロマーナ」と呼ばれた時代は昔語りの中。
 キリスト教の公認〜国教化への扉が開かれる、もはや組織の老齢化を避けられない時代になってきています。

 そんな時代ですから・・・ああ〜、なんだか塩野先生、文章から表現の細部に至るまで、全体的にパワーダウンしていますよ・・・。

 まあ、仕方がありません。
 この巻で語られるディオクレティアヌス帝と、キリスト教的歴史観の中では「大帝」という、何とも大仰な尊称付で語られるコンスタンティヌス帝の時代ですが・・・。
 「大帝」が治める時代なら、きらびやかな黄金時代だったように感じる人も多いかもしれませんが、とてもそんな時代ではありません。

 過去、五賢帝時代には十分に機能し、「パクス・ロマーナ」と呼ばれる経済成長の時代を支えていた国境の防衛戦は、既に破綻。
 今までは水際で蛮族(主にゲルマン族)の侵入を食い止め、押し戻し、敵地の前線に侵攻して蹴散らし、国境線からずっと奥地へと追い返す役目を果たしていた国境守備隊は有名無実の存在になり下がり。
 蛮族撃退は皇帝直属の遊撃軍の役割となっていますが、しかし、それが機能するのは国境の奥深くまで敵に侵入され、幾多の町や村が破壊され尽くした後です。

 安全保障が成り立たなくなれば、国境に近い地域は放棄され、農地が減って生産力が低下し、交易も滞って社会は停滞しはじめます。
 度重なる蛮族の侵入で荒らされた地域では、帰る場所を失った人達が流浪の身となり、都市部に流入して社会の最下層(いわゆる低所得者階級)を形成するようになります。

 しかし、度重なる経済政策の失敗から、ローマはそれまでの銀本位制を金本位制に移行。
 固定価値になる金貨で給料をもらえる裕福層と、変動価値の銀貨や銅貨で給与をもらう平民〜低所得層の階級格差が決定的になって行きます。

 ・・・何か、現在のどこかの国を見る気分です・・・。
 重ねてはいけないのでしょうけど・・・。

 話を戻すと、この時代のローマの国情を端的に表すのが、36巻の図版にもある、美術装飾品(コンスタンティヌス帝の凱旋門のレリーフ)の出来映えです。

 この、コンスタンティヌス帝の凱旋門は、見た目には美しい建築物に見えますが、実際には帝政初期の建築物や、五賢帝時代の建築物から引っぱがしてきたレリーフ等と、コンスタンティヌス帝の4世紀時代のレリーフ等をごちゃ混ぜにくっつけた、やっつけ仕事的な物らしいのですが・・・。
 巻中の図版、それぞれに年代のキャプションがなければ、一番新しいはずのコンスタンティヌス帝統治時代のそれが、一番古い物と思ってしまうほど、「何かが大いに狂った」出来映えです。
 (それ以前に、この凱旋門自体が五賢帝の一人、ハドリアヌス帝に捧げられた物を流用したという、何ともお粗末な来歴を持つ。頭が痛い)

 どんな風にみすぼらしいかというと・・・。

 まあ、例えが分かりにくいかもしれませんが、持ち主から無理に放されて涙を流したり、夜中に校庭を走り回るような、精緻な美術品にはつきものの怪談話のネタにはまずならないであろう造形です。
 ちょっと気取った表現をとれば、それを作った人が魂を込めて作り上げた、という感じが一切せず、形だけ間に合わせで作ったぞ、という程度の出来栄えです。
 リアルな美しさの裏に、そこはかとなく不気味さを感じるという、いわゆる「不気味の谷」とはまったく無縁と言い換えることもできます。

 そういえば、巻が進むにつれて、それぞれの年代の皇帝像(胸像だったり立像だったり)が、どうにも変な感じ(子供の粘土細工的な感じ)になっているのに、第30巻頃から気付いていましたが・・・。
 こうやって、同じ建築物の中で並べて見比べると、あまりにもはっきりと、その違いが分かってしまい、残酷極まりないですね。

 コンスタンティヌス時代の皇帝像やレリーフは、過去のローマ時代の芸術品と比べると明らかに稚拙で、これが時の最高権力者たる「インペラトール(皇帝)」に捧げた物かと思うと、色んな意味で笑うしかありません。
 つまり、ローマという国にはこの時代、ゆたかな芸術を楽しみ、作り出すほどの余裕がないくらい、国力は疲弊し、人々の心が荒んでいた、という事の証左なのでしょう。

 そんな時代ですから、人々は次第に現実逃避的に宗教に魅入られるようになり、じわじわと勢力を広げて行くのがキリスト教です。
 しかし、キリスト教徒は、キリスト教を信仰しない同胞のローマ人よりも、ペルシアや蛮族のキリスト教徒に仲間意識を強く持つ始末で、ローマという国の国防を考えた場合、とても危険な存在だったようです。

 結果、ディオクレティアヌス帝は、キリスト教徒を弾圧したようです。
 後世、彼がネロと並んで暴君と呼ばれるのは、「キリスト教徒を迫害した」という事実によるキリスト教的歴史観による偏向解釈だというのは、現代を生きる私達だから理解できますが、キリスト教が社会に深く根ざしていた時代には、そんな考えは封印されてしまったのでしょう。

 しかし、ディオクレティアヌス帝の退位から、内乱を経てのし上がったコンスタンティヌス帝は、一転してキリスト教に肩入れした政策をとりはじめます。
 そして、ディオクレティアヌスの迫害の時代から、コンスタンティヌスの公認の時代を迎え、キリスト教は欧州全体に爆発的に広まる足がかりを得たことになりました。

 こういう功績から、コンスタンティヌスはキリスト教的歴史観の中で、「大帝」という大袈裟な尊称付で語られる人物となったようです。
 しかし、私はこの書に出てきたコンスタンティヌスの所業の全てを見ると、とても「大帝」と敬うべき存在ではないように思えます。
 権力闘争の過程で、血縁者や姻戚関係者を打ち破るのは、時代の常なので、まあ仕方がないでしょう(内乱という点は、褒められないが)。
 しかし、帝位継承に禍根を残しかねないという理由で、前妻との間の実の息子を獄死させ、トウがたった皇妃をお役御免とばかりに死なせる(しかも、この二人は恋仲だったとの変な噂までつけて)など、これが「大帝」と崇められる人物のすることか、と思われる悪事には事欠きません。

 しかも、一神教であるキリスト教を広めることで、皇位継承の条件は、歴代のローマ皇帝同様の「ローマ市民による推挙」と「元老院の承認」でなく、「神がそれを望んでいる」の一言で片付け、思考停止に陥らせる危険なレトリックも産み出しています。

 結果、彼以降のローマ帝国は、「市民の代表が治める国」でなく、「神に選ばれた人物が治める国」という、まったく違う国になってしまいました。
 これにより、ローマは一時的にせよ力を盛り返し、帝国の終末を100年間、遅くしたであろうとする見解もあるようです。

 しかし、その100年は、ローマの市民が獲得した「パクス・ロマーナ」の時代には程遠く、中世の暗黒の時代へとひた走る、冬の夕暮れの時代。
 冒頭の、「これほどまでして、生き延びねばならなかったのだろうか」という歴史家の嘆きが、良くわかる気がします。

 そして・・・。
 読んだ時期が時期だけに、やはりどうしても現在の日本とローマを重ね合わせてしまいますね。

 ローマは、王政から共和制、そして帝政へと、時代に応じて統治形態を柔軟に変化させながら、1,000年を越える国体を維持しました。
 そして、宗教が国政の一部となって以来、時代の波に呑まれ、姿を消して行きました。

 日本という国で、今回の選挙により成立した「政権交代」は、今の国体をどのような形に変え、どんな未来へと導くのか。
 その行く末が、「これほどまでして、生き延びねばならなかったのだろうか」という嘆きの声を絞り出させるものになるのは、絶対に避けたい所ですが・・・。

 ま、政治的な話は、似合わない上に論争を吹っかけられても答えられないので(^^;)、この程度にしておきましょう。
 (コメント欄で演説とかしないでね!)

 ちなみに、この物語の続きですが、これまでの例にならえば、次巻、38巻以降の「キリストの勝利」は、来年の今頃、刊行されるでしょう。
 それまでは、「海の都の物語 1〜6巻」で、ヴェネチアの歴史に触れておきましょうか?(←をい!)

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YO-TA

Author:YO-TA
2011年7月に東京から仙台に移住。
相変わらず、デジカメ片手に、サイクリングやハイキングを楽しんでいます。
突然、突拍子もないことをやらかしますが、それはまあ、ご愛嬌という事で…。

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